推し活からエッセイへ——上海まで駆けた無名OLの記録「いつか上海で電影を」作者に聞く|文学フリマインタビュー
この記事は、文学フリマに参加する人たちのためのインタビュー。
今回参加いただいたのは 三上ゆきよ さんです!
屋号:どこかの窓際
作者名:三上ゆきよ
近刊本」「いつか上海で電影を」
参加イベント・ブース:文学フリマ東京41・せ-01
文学フリマカタログ:https://c.bunfree.net/c/tokyo41/4F/%E3%81%9B/1
Webサイトなど:
どんな本を出されているんでしょうか?
まりはな:ブース名と作者名を教えてください。
三上ゆきよ:ブース名は「どこかの窓際」で、名前は三上ゆきよと申します。
まりはな:どんな本を出しますか?
三上ゆきよ:文学フリマ東京41で、エッセイ本を何冊か出させていただく予定です。
まりはな:1冊ずつご説明いただいてもいいですか?
三上ゆきよ:まず今回の新刊から、『いつか上海で電影を』というエッセイを出させていただきます。内容としては2024年の4月から2025年の3月まで、推しと出会って毎日が変わっていく様を書いた長編エッセイです。
ある日、本当に予期せぬところでとてつもなく麗しい俳優さんに魅了されちゃったんです。でも困ったことに、その方は中国の俳優さん。
私、中国語は全く分からないし、そもそも海外とかまったく興味ないタイプの人間だっていうのに。
でも、そこから火がついちゃったからしょうがないですよね。
情報を探そうにも何にも全然出てこない。出てきたところで全部中国語。
これまでに来日されてる方だとか、日本で上映されてた映画とかに出てるとかだったら多少糸口がありそうなんですけれど、当時はそういった糸口もないっていう。
そんな俳優さんにはまってしまったオタクが、いろんな出会いとご縁、そして「え?こなにこれ?」って事と巡り会いながら、なんやかんやで上海まで映画を見に行くって話です。
まりはな:好きになってから上海に行くまでの一年間の記録なんですね。
三上ゆきよ:はい。半年くらい経ったところで「この経験なんか面白いな、形に残したいな」と思うようになってきたんです。
それがきっかけで、そもそもエッセイというものを書き始めるに至ったっていう。
まりはな:どうして形に残したいって思ったんですか?
三上ゆきよ:今まで何かにハマるってことはよくあったけど、わりと一人で勝手にはまって、勝手に応援して、そこで完結していたんです。
でも今回は本当に思いも寄らないところから話が進んでいって、生きてきてこんなことはなかなかないな――――その時「これはもう何かに残さなきゃ」って直感したんです。
もう一点。私気づいちゃったんですよ。私が本を出して、自分ではない人に一冊でもこの本が渡れば、その人はもう「推しを存在を知った人」じゃないですか。
仮に30冊刷ったら30人に、50冊刷ったら50人に届く。その分だけ、推しの存在が日本に広まっていく。
「あ、これだ」って思いましたよね。
この方法なら、私一人でも多くの人に「推しのすばらしさ」を届けることができるんですよ。言ってしまえば布教です。
それに気づいた瞬間、もう形に残すしかないと心が決まりました(笑)
まりはな:あとの数冊については?
三上ゆきよ:三冊のうち一冊は『たねまき』という短編エッセイ集になります。ジャンルとしては日記本に近いのかな?
毎日職場だとか家だとかで起きた「ちょっとこれ記録しておこう」って思ったことを、いつも持ち歩いてる日記帳みたいなのに書くようにしているんです。それを文字に起こして三週間分ぐらい集めたのがこの「たねまき」です。
書いてからもう半年経つのかな?いろんな人に読んでいただいて、本当に感謝しきりです。
初めて自分で出した本っていうことになるので、すごく思い入れのある一冊です。
まりはな:今年の3月の日記は、もう全日分というかノーカットで?
三上ゆきよ:どちらかというと日記の部分はあくまでも「話のタネ」みたいな感じで、場合によっては書き出しの三行とかしか書いてないところとかもあるので、それをそこから整形して、思い出せるところや書きたいところまで書いて出すっていう感じなので、日記とエッセイの中間みたいな感じの感覚ですね。
まりはな:続いて三冊目もお伺いしていいですか?
三上ゆきよ:三冊目はフォトエッセイになります。『蟹はなくとも上海へ』っていうフォトエッセイです。実際に上海に行った時のフォトエッセイになります。ただ、新刊の方が推し活をするっていうのがテーマなのに対して、このフォトエッセイの方は純粋なグルメ本。
推し活抜きにしても美味しいものがあまりにもいっぱいあったので、それを全部写真に撮って、食の話と一緒にまとめたものになります。何食べても美味しかったんですよ、本当に。
まりはな:中でも印象に残って美味しかったものとかありますか?
三上ゆきよ:意外に思うかもしれないんですけど、上海行って一番美味しかったものって焼き茄子なんですよ。
まりはな:どうしてですか?
三上ゆきよ:焼き茄子って、皆さん各々頭の中でイメージするものあるかと思いますけれど、持ってる焼き茄子の三倍ぐらいのサイズなんですよ。ホッケの塩焼きぐらいの大きさの茄子に、麻婆春雨が乗っかってて。とろとろになるまで焼いたナスと麻婆春雨を一緒に食べるってものなんですけど、これが本当に美味しいんです。しかもお値段も、当時の物価で40円50円ぐらいで食べられて。
メニュー表にも焼き茄子としか書いてないしもう調べても出てこないかもしれないんですけどね。
まりはな:この大きな焼き茄子もフォトエッセイには入っている?
三上ゆきよ:入ってます。
三上ゆきよ:そうそう、今挙げた新刊を含めた三冊はほぼ同じ時期の話になってくるので、話としてもつながってます。基本的に私の周りの出来事にはなってくるので、登場人物も当然多少は繋がっています。
まりはな:三冊まとめて買うとより深まるというか。
三上ゆきよ:深まるって程ではないんですけど、まあそうですね。もちろん単品で読んでいただいても全然問題ないです。
本当にごくごく普通の、あんまり仕事ができないタイプのOLがただ生きてるだけなんですけれど、書くのが楽しいので出しちゃいます。
まりはな:書くのが楽しい。書く楽しさって何ですか?
三上ゆきよ:書く楽しさって私の中ではいくつかあるんです。
一つは記憶に残しておきたいことを記録できるっていうこと。
こういったインタビューで話したことでもあれ、何話したっけ?どうだっけ?ってあるじゃないですか。人間忘れちゃいますよね。
でも、どんなにしょうもないことでも記録に残しておいたら、ある種の「記録」や「データ」としてずっと残っていくんですよ。
後々迷ったり困ったりしたときに役にたつかもしれないし、そうでなくても「ああ、こんなこと考えてたな」「こんなふうに感じてたな」って振り返ることができる楽しさがあると思います。
もう一点としては、「ずっと考えていられる楽しさ」ですね。
文章を書いてると、自分の頭の中から一番面白いところを引っ張り出して並べていく必要があるからやっぱり頭を使うんです。
でもこの「ずっと考え続ける」ってプロセスは、好きなことや面白かったことに対してだと最高に楽しい。
そういった意味だと推し活とも本当に親和性が高いですね。オタクに向いているというか。
あとは、日常に意味を見つけられる楽しさかな。
例えば雪が降ったな、とか月が見えるな、とか。それってわざわざ書こうって思わなかったら、多分その日のうちに忘れてる話じゃないですか。
その日のうちに忘れちゃうようなささいなことでも、書くことで賞味期限を延ばせるし、自分の中で意味をつけて大切にすることもできる。
何より、そんな何気ない物事でも誰か読んでくれる人がいるかもしれない。
そのままだと誰も聞いてくれないような「今日こんなことあったんだよ」っていう話を、普段自分が知り合わないような層の人が文字を通して聞いてくれるかもしれないという可能性を思うと、やっぱりモノを書くって夢がある話だよなと思いますね。
これまではどんな活動をされていたのですか?
まりはな:エッセイを書き始めたのってどんなきっかけなんですか?
三上ゆきよ:先ほど申し上げたとおり「なんか推しは最高だし、毎日も面白くなってきたしこれは文章に残すしかない」って思ったのが大きいですね。
あとは去年たまたま縁があって、友人の主催する合同誌に寄稿させていただく機会があって、書いてみたらすごく楽しかったんですよ。
そうしてるうちに、こんなしょうもない人間でも生きているっていう痕跡を残しておくには「エッセイ」という形式が一番自分に合ってると思うようになったんです。
世の中のエッセイって、珍しい人生を歩んでたりする人とかがルポ的な感じで書いた話だったり、あるいは平凡でも旦那がいて子供がいて、みたいなすごーくちゃんとしてる人生についてだったり、あとはキャリアについてだとかの頭が良さそうで説教くさいような話が多いじゃないですか。
言葉って、ある意味誰でも使いこなせるし、誰にでも届けることができるはずなのに
実際は「何か」を持ってる人にしか許されていないように見えることがあって。
敗北感じゃないですけれど、じゃあそういう人生を歩めない人って存在しないのか?透明人間なのか?だなんて思うとやっぱり釈然としないんですよね。
これといって何にもない人なりに、生きてて面白いことはいっぱいあるんです。
だから、せめて「持ってるもので勝負しよう」って。
私、負けず嫌いだから、欲しいものを全部持ってる人たちへの対抗手段として「日常を書く」ことにしようって思うようになりました。
そして、私が書いたモノを同じくらい「これといって何もない人」が読んでくださることで、少しでも安心してもらえたら、それが一番うれしいなって思います。
イベントへの意気込みをお願いします!
まりはな:文学フリマの魅力について、どんなところにあると思いますか?
三上ゆきよ:初めて出たのは大阪の会場だったんですけれど、やっぱり活気がすごいなって。本当に幅広い層の人がいらしていて、作品にしても本当に幅広い作風のものがあるので、歩き回ってるだけでもすごい面白いだろうなと思います。
あとはイベントがやっぱり大きくてネームバリューもあるということもあって、ネット上とかで繋がってる本好きな友達とかにも「ちょっと来てよ」って呼びかけやすい、来てもらいやすいイベントなのかなって思います。
まりはな:今回の文学フリマの意気込みを聞かせてください。
三上ゆきよ:いっぱい読んで欲しいんで、いっぱい本を作りました。読んでください(笑)
私が楽しいから書いてるだけとはいえ、誰か一人でも一緒に楽しんでくれると嬉しいな。
まりはな:今後の予定とかありますか?
三上ゆきよ:今回の新刊、書きたいモノを書いたら250ページ超の長編になって、これで燃え尽きるのかな?と思いきや、全然そんなことなさそうです。
それこそ、3月に上海に行った後も私の物語はまだまだ続いています。ちょうど昨日も新作映画の情報が出てたんで、もう見に行くしかないですよね。少なくともいつか生身の推しに会えるその日までは、私は書き続けると思います。
日記の方ももう半年分くらい溜まっているんですけど、三週間分の日記で本が作れる中、半年分日記が溜まってるってもう無敵じゃないですか?そう遠くないうちにまた本にして出していきたいなっていうふうに思います。
他にも、ひとつのテーマで何かを書いていくだとか、若干旬を過ぎた感はありますが万博行ってきたぞっていう話だとか、書きたいことならいくらでも思いつきますね。
あとは、映画鑑賞エッセイですかね。
今回の新刊で、はるばる上海まで見に行った映画がたまたま東京国際映画祭で日本二条陸したんですよ。『ガールズ・オン・ワイヤー』っていう邦題の映画です。
私は一人しかいないのに、3日間上映があるっていうことでテンションが上がってペアチケットを勢いで3セット買っちゃって。しかもうち2回は平日の昼間の回。
さてどうしよう。
誘ったらギリ断らなさそうな人々に声をかけていった結果、関係性も付き合いの長さも全然違う3人の友人とそれぞれと同じ映画を見に行くことになったんです。
毎回全然反応が違ってちょっと面白かったんで、書き残しておきたいなっていうふうに思ってます。
何はともあれ書き続けていきます。書きたいことがまだまだあふれるくらいにはあるので。
インタビューを終えて
「好き」の情熱、最高!好きなことをしている人、好きなことを話す人は、楽しそうで嬉しそうで熱があって。何かに熱中している人はキラキラして見えます。そんな三上さんにインタビューさせていただいて、こちらまで楽しくなりました。
「好き」を聞くことって幸せの連鎖だな、と思います。「好き」を話せて嬉しい気持ち(そうであってほしいという私個人の願いもありますが…) の話し手と、話し手が楽しそうに話すのを聞けて、嬉しく楽しい気持ちの聞き手。楽しいとか嬉しいの感情って、話すことで伝染するんですね。
三上さんにとって書くとは、面白がること、というお話しが印象的でした。書き残すことで、日常の小さな出来事もさらに楽しむことができる。その話を、全く知らない人に共有することもできる。嫌だった出来事を、吐き出すだけではなくアレンジだってできる。「書く」は幸福を増大させる力があるのだと知りました。
小さいことで喜び、楽しみながら生きていきたいと思う今日この頃なのですが、書くことで、日々の楽しみや喜びを深く感じ、ささいなことを大事にできるのかもしれない!と思いました。人生を面白がって生きていくためのヒントをもらったインタビューでした!
【インタビュー・あとがき:まりはな】
制作:栗林康弘・qbc(無名人インタビュー主催・作家)
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