スナックのママをしたい台湾留学中の人
私が初めてスナックに行ったのは、大学生のころでした。考古学ゼミの教授と仲良くなってて、ゼミ飲みの後で私と男子学生数名が連れていかれたのです。
場所は、どこだったんだろうな。
ゼミ飲みが両国だったので、その周辺だったかもしれません。
なんで両国かって。両国には国技館だけではなくて江戸東京博物館というのがあり、そこで毎年「考古学速報展」という催しが行われているのです。教科書に載るかどうかわからん、生々しい発見がそこに並べられているんですね。
ということで私の初めてのスナックの記憶なんていうのはほとんどないのですが、教授がSMAPのらいおんはーとを歌っていたのを覚えています。
そうなんです。スナックでは、ある程度年のいった男性が、若い女性から歌を教えてもらう場なんです。
あと、あれですかね。父方のおばあちゃんの妹がですね、スナックやってるんですよ。父が死んで、田舎でおばあちゃんと二人で飲んだんですが、二次会でそこに行ったんですね。女の子がついてくれたんですが、よくよく聞いてみると、遠い親戚で、どうも私と血がつながってるんですよね。なんだ、こういうこともあるのかってちょっと面白かったです。つまみは、お客さんの畑でとれたスイカでした。これも面白い。
以上、私のスナック思い出談義でした。
今日も! 無名人インタビュー! 始めますよー!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】
今回ご参加いただいたのは Takeda Ayumi さんです!
現在:自分の力で来たんだっていうふうに思いました
石井:今どんなことをしている人でしょうか。
Ayumi:台湾に留学中で、中国語の勉強をしてます。
石井:どうして中国語を勉強されてるんですか。
Ayumi:いくつかに分けてお話すると、まず語学の便利さですね。私は元々、世界のいろんな人と喋ってみたいっていうのがあって。そういう目的があるんだったら、なるべく母語話者数、喋ってる人数が多い言語を使えば、自分が出会える人数を膨らませることができるなと思ったので。
ってなると、英語と中国語が目的にはかなってるかなっていうのが、中国語勉強したきっかけですね。語学を道具として見た場合にそういう理由があります。
石井:台湾での時間の使い方としては、何がどれぐらいの割合で構成されてますか。
Ayumi:一番中心になってるのが、語学学校で。それは、授業が3時間とプラスで2時間ぐらい勉強する時間で合計5時間ぐらい。あと最近はnote書いたりとか。
石井:暇な時間ってあまりないですか。
Ayumi:暇な時間は、うん、あります。暇っていうか、散歩する時間は、台湾に来てからよくとるようになりました。
石井:前はなかったんですね。
Ayumi:前はあんまり、なんかちょっと走ったりとかはしてリラックスしてたけど、時間の余白みたいなのがあんまりなくて。あまり、家の周りに面白いものがなかったから、自然とか。今はその海の近くに住んでるから、それを見るのが好きで、それで外に出てるんですけど。散歩してる時間が暇な時間にあたるのかな、ぼーっとしてる感じっていうか。
石井:海の近くに住んでるんですね。台湾ってあんまり海のイメージがなかったので。
Ayumi:海の近くを選んだんですよ。
石井:それは理由があるんですか。
Ayumi:広くて開放感ある場所が好きっていうのがあって。台湾は去年の11月に来たんですけど、それ以前の2年ぐらいの間に、結構海に、水のある場所に行くことが多くて、友達といったりとかして。それがすごい好きだなって。海あるところ好きだなと思って、そういう理由ですかね。開放感がある場所が好きやし、海も好きやし。
石井:今の台湾での生活は、総じてどうですか、気持ちとしては。
Ayumi:一個目的を達成してしまったって感じがあります。
石井:目的がどんなものだったか伺ってもいいですか。
Ayumi:台湾で生活をしてみたいっていうのが目的だったので。例えば台湾の生活を経験してそのあと何々やってとかそういうのを考えてなかったので。自分の経験とかこれからの選択肢の広がるチャンスになればとは思ってたんですけど。台湾に住んでみる、海外に違う国に住む経験をしてみるっていう経験が叶ってしまったので、毎日生活は楽しくゆったり過ごしてるんですけど、次のステップが見えてこないみたいな状態になってます。
石井:台湾じゃなくても良かったんでしょうか。
Ayumi:台湾を選んだ明確な理由はないですけど、元々台湾が好きだったのと、好きだったし、なんか住めそうっていうふうに思って。日本に近いし、文化的にもちょっと影響を受けている部分も多いので。違う国に住んでみるっていう経験をするんだったら、一番足がかりというか、チャレンジしやすいかなって思ったので、台湾にしました。
石井:それはいつ頃から思ってたんですか。
Ayumi:2019年ぐらい。
石井:4年ぐらい、結構前なんですね。4年間思ってたことが実際に叶ってみて、どうでしたか。
Ayumi:自分の力で来たんだっていうふうに思いました、最初のとき。
石井:自分の力っていうのはどういうものが含まれてますか。
Ayumi:全部かな。自分でここに行きたい、こういう生活をしたいっていうふうに思って、それに向けてこういう段取りでっていうのを全部逆算して、1個ずつ叶えていって、それでやって来ることができたから。その過程全部に対して、自分で手に入れた生活って思いました。
石井:行くまでのプロセスにすごく思い入れがあったんですね。住んでみてギャップとかってありましたか?
Ayumi:あんまりないかも。それまでに台湾に行ったことがあったので、2019年以前に。台湾の友達も多かったので、そんなギャップはなかったかもしれないです。
石井:そうなんですね。台湾って一言で言うとどんな国ですか。
Ayumi:朗らかな国だと思います。しかも温かい、いい意味で気にしすぎないっていうか、神経質になりすぎないで何事も取り組めるというか。生活していく上でも。例えば、バスとかちょっと遅れても、気にしないっていうか。
1個あったのは、文房具屋さんでお会計してもらった時、店員さんがレシートを大きい紙に印刷しちゃって。レシートのちっちゃい細長いやつじゃなくて。それで、わーって顔してごめんなさいみたいな感じで、でももう1回印刷し直さないで、大きい紙のまま渡してもらって。
その適当さ、まあいっかみたいな感じ、お互いに、お客さんの立場、店員さんの立場からしても、肩肘張らずにコミュニケーションできる感じが、すごく朗らかで、広い意味では人の朗らかさっていう面で含まれるのかなと思います。
石井:なるほど、ありがとうございます。台湾とは別の話になりますが、Ayumiさんはwebライティングのお仕事をされているそうですね。それはずっと前からですか?
Ayumi:2020年ぐらいからな、本格的にしたのはそのぐらい。
石井:きっかけってあったんですか。
Ayumi:文字を書くのと、あと言葉を紡ぐのが好きで。ただ好きっていう状態であったんですけど、それを文字を書くっていうか本格的にやりだしたのは、きっかけとしては、結構近い友達が自分でブログをしてて。それが自分のポートフォリオになったっていう話をしてて。自分のアピールポイントになるとか、世の中に見せることによってそういう効果があるよっていうふうに教えてもらって。
そういう姿を見てて、なんとなく頭の中にあったんですけど、2020年にコロナの時間になって何もすることがなくなったときに、どうしよう、何かしないとあかんっていうふうに思ってたときに、アウトプットする方法として、自分が考えてたこととかを文章、ブログでちょっとずつ書いてみました。文章をそのブログっていうかインターネットに発表し始めたのはたぶんそれが初めてで。それ以前は、大学で論文、レポートとかを書くタイミングがあったので、文章を書くことは苦じゃなかったです。
石井:直接的なきっかけは、コロナでっていうことだったんですね。
Ayumi:アウトプットするのって大事っていうふうに思ったんですよね。そのときに。なんかそれ以前は、自分の文章とか自分の情報をインターネットに出すのに抵抗があったんですけど、出さないことにはどうにもならないっていうか。
その友達が言ってたように見える形にしておくっていうのは大事だなと思ったので。っていうことを考えると、思い切ってそのタイミングでブログにして書けたのかなと思います。
石井:Webライティングとnoteは方向性が違いますか。
Ayumi:Webライティングは、どちらかというと仕事としてやってる感じで。noteは、好きなこととか考えてることとか、あとは自分が今までこういう仕事をしてきましたっていうポートフォリオみたいな場所として、一種の自分をアピールするSNSみたいな感じで自由に書いてます。
過去:その女性の生き方っていうのが、当時付き合っててそういう束縛されて自分、押し込められてた自分はどれに当てはまるんだろうみたいな
石井:Ayumiさんは、どんなお子さんでしたか。
Ayumi:優等生な感じやったと思います。
石井:具体的に覚えてる場面とかってありますか。
Ayumi:親の言うことはよく聞くタイプっていうか、あんまり自分が欲しいものとかを言っちゃいけないと思ってて。なんか、そうですね。人の言うことを聞くタイプでした。ちょっと今思い出されへんけど。
石井:その理由は覚えていらっしゃいますか。
Ayumi:そうですね、なんでとかはなく、ちっちゃいころの性格なんで、なんでそうしたかとかはなかったと思うんですけど。でも親が絶対って思ってたかもしれない。
石井:ご両親は怖かったですか。
Ayumi:怖かったわけではなく、全然怖いわけではないんですけど。なんとなく良い子にしてないと駄目なんかなみたいな。そんな感じかもしれないですね。
欲しいものがあったときに、例えば雑誌が欲しい、小学生の雑誌が欲しいとかなったとき、親に「年相応のものを読まないとあかん」みたいなことを言われることがあって。例えば、ちょっとませてるような感じのものとかは、その年相応のやつを読まないといけないっていう理由で手に取れなかったっていうのもありましたね。
ゲームとか携帯も、クラスの子がみんな持ってたら考えてもいいかなっていう感じで。なんか、人とか世の中に合わせるのが正しいことなのかなって感じるような理由で、教育されてきたっていう。例えば、親自身がこういう理由でこういうのは駄目だと思う、みたいな理由じゃなくて、世の中的にこうだから、これは今は駄目、これした方がいいとか、そういう感じが多かった気がします。
なので、ちっちゃいころの自分は、誰かに合わせたりとか言うことを聞くのがいいっていうような価値観の子供だったと思います。
石井:それはいつ頃までですか。
Ayumi:高校生かな。高校は結構個性的な子が、個性的っていう言葉もなんか好きじゃないですけど、自分の好きなものをちゃんと持ってる子が多い高校で。例えばこの子はこのアニメが好きで、この子はそのアイドルが好きでって、1人1人にカラーがあるような高校だったんですけど。それですごい、自分のカラーを出すことを解放できた感じはあります。
石井:そのときの自分のカラーってどういうものだったんですか。
Ayumi:そのときは、和風のものが好きで。着物とか和柄のものとか、いっぱい持ってましたね。
石井:何か好きになったきっかけとかあったんですか。
Ayumi:今思い出せるのは、映画があって、『さくらん』っていう映画があって、それは遊郭のお話なんですけど。すごい映像が綺麗で、蜷川実花さんが監督で。自分の綺麗だなって思う世界を描いてるような気がして。それで自分が好きなビジュアル、和柄とか和風のものに寄って行ったのかもしれない。
石井:今手元で調べてみたんですけど、なかなか大人な映画ですね。
Ayumi:そうですね、内容としては大人かなと思います。主人公が自分の芯を持ってる感じがあって、それもすごい好きで。
石井:自分の好きなものを持ってるとか芯を持ってるとか、そういう部分には惹かれますか。
Ayumi:うん、惹かれますね。
石井:それは現在にも影響を与えてると思いますか。
Ayumi:そうですね、与えてると思います。その形は変化してきてるんですけど。当時は芯を持つこと自体が目的になってて。それまでは結構周りに合わせないといけないっていう価値観だったので、そうじゃなくて、自分のスタイルを持つっていうことに憧れを持ってて。芯を持ってる自分になりたいなって思ってたんですけど。今、質問なんでしたっけ。今に影響を与えてるかどうかですか。
石井:そうですね、はい。
Ayumi:その起点にはなってると思いますね。でも今は形が変わってきて、芯がある自分だけど、その芯自体に自分が縛られないようになろうって思いました。
本末転倒にならないようにっていうか。例えば、自分の芯を崩さないために、芯になっている部分から外れないように意識しすぎたら、自分の選択肢が減って、余計にその首を絞めてしまうので、もうちょっとフレキシブルにっていうか。今も芯は持っていたいと思ってはいるんですけど、自分が縛られないようになろうと、結構しなやかに、緩い感じに変化しました。
石井:縛られてた時期もあった。
Ayumi:縛られてた時期もあったのかもしれないですね。それは自分の芯を持ってそれを外に出していくことで、自分のカラーをわざと出そうとして、キャラ作りみたいなものになってた時期もあります。大学入りたての頃とか、そういうのだったんですけど。なんか自分を覚えてもらうためにというか、自分のキャラを持つために、和風が好きとかそういうのを全部押し出した時期はあって。もちろん自分は本当に好きなんですけど、それによって自分を余計に、必要以上に着飾ってたっていう感じはします。
石井:芯に縛られなくていいっていうのは、何かそう思うようになったきっかけとか理由とかってあるんですか。
Ayumi:ちょっとずつそれを崩していったっていうのがあって。例えば、当時は髪の毛は黒い髪の毛が好きで、和風の。今も黒い髪って健康的で好きなんですけどね。一時期、それが一番自分っぽいからっていうので、髪の毛を全然染めなかったときがあって。
その頃に、何がきっかけかは忘れたんですけど髪を染めて、それをしたとしても自分の軸がそんなに崩れなかったので、アイデンティティというか。ちょっと崩しても大丈夫って思ったというか、崩してもいいなって思えたのかもしれないです。
石井:そこから考えると、やっぱりその最初に言ってくださった、そのアイデンティティっていうのがいくつかある状態っていうのは結構対照的ですよね。
Ayumi:そうですね。今の自分とその当時の自分は全然違いますね。
石井:なるほど、ありがとうございます。大学生活ってどんな感じだったか伺ってもいいですか。
Ayumi:大学生活はとにかくいろんなことをしまして、色んな自分になった気がする。色んな自分の側面を体験したと思います。
石井:何か印象的だったことってあります?
Ayumi:一つこれっていうのはなくて、色んなことをずっと並行しながらやってたんですけど。例えばあの、大学で軽音をしてて、同じ日にまた何か違うこともしてっていうふうに。色んな顔を持ってる人間でした。
何か出来事があって印象的って言うよりかは、結構ずっと忙しくて。例えば学部のときはこういう人間で、軽音のときはまた違う自分がいて。バイトのときはまた違って、て感じで、忙しく自分を渡り歩く感じを楽しんでたのかもしれないです。
石井:高校生までだとこういうのはあんまり確かに起こらない。
Ayumi:そうですね。一気に変わったときがあって、大学生活で。1回生2回生のときはめっちゃ怠けてて。授業も結構さぼってたんですけど。中国語の単位も、今では考えられないんですけど、全然興味なかったんで、落として。って感じの1,2回生だったんですけど、3回生になったときに急に真面目に取り組むように、勉強をするのが結構楽しくなってきて。
1つきっかけなのは、少人数のクラスで、大学の外とプロジェクトを一緒に進行していくっていう、実践的な授業があったんですけど。そのときに他の学生がすごい自主的にやってるのを見て。メールのやり取りとかすごいできてたし。全然当時できなかったんですよ、メールの頭に相手の宛名を書くことも全然知らなくて。
っていう感じだったんですけど、その授業に行って、周りの学生の自主的な姿を見て、刺激を受けてました。そこで勉強を自分からガツガツやっていく学生に変わったかもしれないです。ダラダラ過ごすんじゃなくて、忙しくてもスケジュールが詰まっててもちゃんと1個1個やっていくっていう。忙しさっていうか意識の度合いが変わったと思います。
石井:何か取り組むとかが変わったわけではなくて。
Ayumi:そうです。取り組むものが変わったというか、取り組む範囲が広がった感じ。興味の対象が増えた感じです。前兆というか、それ以前にもあったんですけど。だんだん2回生ぐらいから面白いって思える授業に出会ったりとか。
あとは、周りの友達と一緒に外国語のクラスに参加してみたりとか、単位とか関係ないやつの、スピーキングのクラスに参加してみたりとかして。大学って自分で学ぼうとしたらいくらでも環境は整ってるんだなって思って。整った環境の中で、なるべく色んなものに触れていきたいなって思い始めたんだと思います。
石井:広がったっていうのはそういうことなんですね。
Ayumi:そうですね。2回生のときに1個面白い授業に出会ったんですけど、女性の生き方をファッション誌でなぞっていくっていう授業で。
例えば、大学のときにこういう系の雑誌を読んでる人は、将来こうなるっていう。すごいざっくり言うと、大学のときに、かっこいい系のファッションとかそういう情報が載ってる、結構バリバリ働く人をモデルにした感じのファッション雑誌を読んでたら、将来結婚よりも仕事に重点、重心を置いて活躍する女性になるとか。その授業がすごい、女性の生き方に重きを置いてて、すごい斬新だったっていう。
それも、さっき言った『さくらん』の映画と繋がるかもしれないですけど。あれもすごい女性の生き方を描いてると思ってて。その中に出てくるのは遊郭で働く遊女なんですけど。それも一種の女性の処世術というか、そういうふうに必死に生きてた人もいて。『さくらん』を事前に見たからこそ、女性の生き方について結構考えることが多くなったのかもしれないですね。
その授業によってそれまでに考えてたことが可視化、言語化された感じがして。面白い授業に出会えたなっていう感覚ですね。
なんで面白いかって思ったっていう理由があって。大学1回生のときに付き合ってた人がいて、その人が結構束縛してくる人で。でもちゃんと付き合ったのが初めてだったので、束縛されてることに気づかなかったんですよ。でもだんだん周りが教えてくれたりとかして、やめた方がいいよって言ってもらったりとかして。その付き合ってた期間っていうのは、自分の意思が全然ない期間みたいな感じがして。相手に対して従順な感じ。そこから友達の助けとかで復活したっていう経験があるんですけど。
その時期と、その授業を受けてた時期が重なってて。その授業で描かれてる女性の姿は、さっきお話したみたいに、結婚とかを見据えずにバリバリ働いていく人と、それか旦那さんに養ってもらって自分が献身的に尽くしていくみたいな人もいて、みたいな。ちょっと昔の本、書籍を元にした授業なので、今は違うかもしれないですけど。そういう色んなタイプの女性が描かれてるんだなって見えてきたときに、その女性の生き方の中で、当時束縛されてた自分、押し込められてた自分はどれに当てはまるんだろうみたいな。
自分のパートナーになる人に照らし合わせたときの自分の存在みたいなものを考えるようになって、リアリティを持って授業に参加できたので、だからすごく印象に残ってたんだと思います。
未来:スナックのママをしたくて。お酒が美味しいとかご飯が美味しい以上の価値を、人と人との繋がりを生む場所を作りたくて。
石井:未来の話なんですが、10年後とかってどんな風になってると思われますか。
Ayumi:全然見当はつかないですけど、どうなってるかな。こうなっていたいみたい、希望はあって。安定したパートナーがいたら嬉しいかも。精神的にというか、支え合っていけるようなパートがいたらいいかなっていうのは思ってて。
今は結構自分の好きなことをやってるので、自分が優先なんですけど、それをやりきったら人に合わせるのもいいなって思ってて。私が思うのは、自分のためだけに全部の人生の時間を使うのは時間が多すぎる。暇すぎると思うんですよ。
もしくは、私は今の時点では結婚とかは、子供は産みたくないと思ってて、結婚も別に、形はそんなに意識してないんですけど。そうなると、子供がいなかったら時間がありすぎると思う、死ぬまで。だから自分の意識を分散できるような対象がいるのもいいかなと思って。今は24時間ほとんど自分を一番優先にして時間を配分してるんですけど、それを誰かの存在によって思いがけない乱し方をされるのもいいかなっていうふうに。
それもそれで面白いかなって思うので、10年後は自分のためだけじゃない時間の使い方をしてる人間になってたら面白いなって。そういうふうに自分が変化していってたら、面白いなって思います。
石井:パートナーさん自体は安定した方がいいけれど、その方によってちょっと思いがけないことが起こるのはそれはそれでっていうような感じなんでしょうか?
Ayumi:パートナーの中身が安定してるというよりかは、自分とパートナーの関係が長く続けばいいなって思ってて。その思いがけないことが起こるっていうのは、今は自分で台湾に来て、仕事も自分で段取り立てて全部、予定したことをどんどんどんどんやってきて今は生活してるので、それ以外のことが起こらなかったんですよ。こういうルートをたどっていこうと決めて、それをただただ叶えてきたって感じなんですけど。
たぶん誰か他の人と生きていってたらそうはいかないと思うんです、相手の都合に合わせたりとかすると思うんで。なんかそうやって自分の生きていくペースを乱されるっていうのも、意外性があって面白いんかなと思います。
石井:なるほど、ありがとうございます。進路とかって今どう考えてらっしゃいますか。
Ayumi:すごいそれ今悩んでるところで。台湾でこれから長く住むのもいいなと思っていて。そうなると、台湾の大学院に行った方が良くて。ビザとかの関係で。それも最近いいなと思い始めてて。
ただそうなると、働く段階に行き着くのが数年後とかになっちゃうので、それを自分が耐えれるかなっていうのはある、ありますね。耐えれるかっていうのは、なんていうか、もちろん大学院で勉強したいっていうのはあるんですけど、お金をしっかり稼げる自分になるまでに、ずっと学生でしばらく行くってことになるので。なんか周りの人はみんな一生懸命働いてる中で、まだ不完全な自分っていう感じがしてしまう。
仕事っていってもいろんな形があると思うんですけど、その狭い意味での仕事をしてる、会社に入ってみたいな感じになってない状態がすごい不完全に思えてしまって。その感覚に耐えれるかなっていうのは、不安はありますね。
でもそこでも自分の二面性があるなと思ってて。自分が台湾に行きたいから、結構奇抜なルートというか、大学卒業してから台湾に留学に来たんですけど、なかなかそれもしてる人いないと思うので、日本では。そういう勇気もある一方で、あるあるのルートっていうか、あるあるのルートっていうのは、大学卒業して就職してずっと働いてみたいなね、そういうルートから完全に抜け出せない自分もいるっていう二面性ですね。
石井:どちらが好きとか嫌いだとか、そういうのはあるんですか。
Ayumi:好きな方で言ったら今の前者の方なんですけどね。結局は、その前者の方を選ぶと思うんですよ、結果的には。でもそこに踏み切るまでに、結構葛藤を乗り越えないといけない気がしてます。
石井:今回も、っていうようなことですね。
Ayumi:そうですね、色々考えることはありました。
石井:そうじゃない方、今言ってくださった方だと後者にあたる方を選ぶ可能性ってあるんですか。
Ayumi:選ぶ可能性も全然ありますね。ないとは言えないっていうか、そっちの方が単純っちゃ単純で、あんま考えなくていいし、他の人の真似をしたらいいので。自分で切り開いていく感じはなくて、そっちの方がやりやすいので。もし自分で自分の道を切り開いていくパワーがなかったらそっちに行っちゃうのかもしれないですけど。なんかそこはちゃんと自分の、どうなってたいかっていうのを考えて踏ん張って、自分の方向とかやり方を考えていかないといけないなって。今すごい踏ん張ってるところだと思います。
石井:なるほど、ありがとうございます。何か死ぬまでにやってみたいこととかってありますか。
Ayumi:あー死ぬまでに。
石井:もし何かひとつって言われたら。
Ayumi:スナックのママをしたくて。着物を着て接客するのがすごい素敵だなと思って、お店が、お客さん同士の交流の場になったらいいなって思ってて。お酒が美味しいとかご飯が美味しい以上の価値を、人と人との繋がりを生む場所を作りたくて。
なんでそれを作りたいかっていうと、そういう人と人との繋がりってなんかいつの時代もなくてはならないもので、色んな人が欲しがってるものだなって思うんです。でもまずは自分が着物で接客するスナックのママになりたいっていう頭の中のイメージを叶えたいのが大きいかもしれないです。
イメージあれです、角ハイボールのCM。
スナックではないんですけど、なんかカラオケ居酒屋みたいなので働いてたことがあって。従業員として働いたんですけど。そのときの店長、ママって呼んでもいいのかもしれないです。ママが周りに気遣いすごくできる人で、ユーモアもあって。それはママの自分のお店なので、いろんなことを自分の力でお店を動かしてる感じというか、自分の空間を作ってる感じで、それがすごいかっこよく映って。
ママの人柄に引き込まれて通ってるお客さんとか、そこで知り合ったお客さん同士で仲良くなったりとか、そういう憩いの場みたいなのを作ってたので。
自分がスナックのママになって着物を着て接客っていうのは、和風が元々好きで、着物とかが好きっていうのもあったかもしれないんです、なんかしっぽりした感じというか。そういうのをしてみたいっていうのもあるんですけど。それがちゃんとイメージできるようになったのは、そのとき働いてたお店のママが、ああいう人柄って素敵だなって思ったからです。
石井:もしその条件が全部整ったら、スナックのママって明日からとかってやりますか。
Ayumi:明日はやらないです。明日はやらないですけれども。
石井:もうちょっと先。
Ayumi:もうちょっと先ですね。あれですね、なんかいろいろ今までにやってきたことを掛け合わせるのもいいかもしれない、例えば台湾でスナックを開くとか。
そしたら、自分は台湾のお客さんとも交流できるし、お客さん同士でも交流できるし。今すぐにスナックを開くイメージはないですけど。今は台湾で過ごして、生活するのを楽しみたくて。いつかスナックを開くとしたら、自分のバックボーンを活かしたお店を作れたら面白いなと思います。
あとがき
海外に住んでいる人のインタビュー、多分これで3つ目なんです。
そのどれも私がまだ行ったことがない国だったので、毎回どんな景色を見ているんだろうなって思い浮かべるのが楽しくて。
(もちろん日本にも行ったことがない場所はあるんですが、なんとなく想像できてしまうんですよね)
そんなインタビューの中で出てきた「スナックのママ」という単語が、これまた自分とはあまり縁のないものだったので
少し驚いたのが正直なところだったのですが
必死に想像を働かせながらも、なるほどこの人の人生はそうやってまとまるのか、と思うととても興味深かったです。
色んなアイデンティティと、それでも芯のある自分と、というお話しの伏線が回収されたような気分でした。
ありがとうございました。
台湾留学が充実したものになるよう、願っています。
【インタビュー・編集・あとがき:のどか】
【文字起こし:安東】
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