やりたいことをやりたい人
むかしむかし、ある村に、自由(じゆう)という若者が住んでいました。自由には、シンプルだけれど強い思いがありました。「やりたいことを、やりたいようにやりたい」という願いです。
村では多くの人が、「こうすべき」「そうあるべき」という決まりに従って生きていました。しかし自由は違いました。
朝、鳥のさえずりを聞きながら目覚め、
「今日は絵を描こう」と思えば一日中絵を描き、
「川で泳ぎたい」と感じれば川に飛び込み、
「星を見たい」と思えば夜通し空を眺めました。
村人たちは最初、自由のことを不思議がりました。
「あの若者は、どうしてそんなに気ままなのか」と。
しかし、自由の顔はいつも輝いていて、その姿に何か魅力を感じる人も多くいました。
ある日、村の長老が自由に尋ねました。
「好きなことばかりしていて、将来が心配ではないのか?」
自由は微笑んで答えました。
「やりたいことをするのは、ただ楽しいからではありません。心が求めることをすることで、本当の自分に近づいていくのです」
後に自由はこう語りました。
「やりたいことをやるには、時に勇気がいります。でも、その勇気が私たちを本当の幸せに導いてくれるのだと思います」
そして「心の声に従う者に、真の喜びあり」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年3月1日23時29分に書く無名人インタビュー1026回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは 大山将司 さんです!
年齢:30代前半
性別:男性
職業:フリーランス
現在:もう海外が大好きで、旅行は行けるときはできるだけ行こうっていう思いで生活してますね。
さあや:
では、最初の質問に入ります。大山さんは今何をしてる人ですか。
大山将司:
今一応フリーという形でですね、家庭教師みたいな形でオンラインで全国の方の生徒に授業を提供したりとか、あとはマレーシア移住もちょっと視野に入れているっていうのもあってカスタマーサポートの仕事も少しやってる状態です。
さあや:
ふうん。そのオンラインの家庭教師は、いつからされてるんですか。
大山将司:
昨年の10月ぐらいですかね。それまでフィリピンのセブ島で駐在していたので、帰国後から始めた形ですね。
さあや:
そうなんですね。主にどういうことを教えたりするんでしょうか。
大山将司:
そうですね。元々長年塾で働いてたので、いわゆる塾の授業のような形で小中学生に5科目の科目指導っていう形ですね。
さあや:
小学生に5科目、全般的に教えている。
大山将司:
そうです。小中学生に、はい。
さあや:
小中学生。
大山将司:
はい。
さあや:
大体1日の過ごし方って24時間でどういう割合になりますか。
大山将司:
でもカスタマーサポートの方にちょっと結構力を入れてるっていうこともあるので、基本的には1日6時間ぐらいはカスタマーサポートの仕事をして、夜時間があればそういう授業を入れて、というようなスケジュールですね。
さあや:
朝起きてから寝るまでってどう過ごされてますか。
大山将司:
そうですね。最近NOTEもちょっと書き始めてるっていうのもあって、基本的に始業前、仕事始める前はNOTEの記事をちょっと作成して仕事が始まって、終わった後は自分の時間っていうか映画を見ることが好きだったりもするので映画を見て、趣味の時間とか、そういう1日ですかね、1日の流れとしては。はい。
さあや:
家庭教師をしてるときはどういう気持ちですか。喜怒哀楽で言うと。
大山将司:
でもやっぱりもう楽しいにつきますかね。はい。
さあや:
具体的にどういうことが楽しいですか。
大山将司:
そうですね。できないことができるようになってるところを見るときとか、生徒がですね。なんか解けない問題が解けるようになったとか、あとは本当にたわいもない世間話というか、学校で起きてることとか、私生活のこととか、そういう話も入れつつ、とにかくコミュニケーションをとることが楽しいっていうところですかね、はい。
さあや:
どういう授業とかどういう関わりができたときに、いい時間だったなっていうふうに思いますか。
大山将司:
そうですね。 正直その授業はそこまでガッツリタイプじゃなくて、僕自身がどちらかというと子ども、生徒たちの心のよりどころじゃないですけど、何かやっぱり困ってることとか聞いてほしいこととか、悩んでることとか多分いろいろあると思うんですよ。
そういうのを話してくれたりとか、解決できたりっていうようなとき、なかなかやっぱ心を開くのって難しいと思うんですけど、そういうのが開けたときとかは、やっぱり非常に充実した時間だったなっていうのは感じますね。うん。
さあや:
なんかそのガッツリ授業するタイプの先生もいるんじゃないかなと思うんですけど、そうじゃないスタイルっていうのはどうしてなんでしょう。
大山将司:
そうですね。もうずっと大学生のときから塾でアルバイトしてたっていう経験も10年以上のその経験からくるものにはなるんですけど、もちろんガッツリタイプの先生もいれば、いろんな先生がいていろんな授業のスタイルがあっていいとは思うんですけど、なんか僕の中で僕が一番合ってるその授業のスタイルってのがやっぱりもちろん勉強も教えるんですけど、どちらかというと別の角度から生徒と距離を詰めてコミュニケーションをとって、やる気を出させて点数アップに繋げるみたいなっていうようなスタイルが自分の中で長年の経験で確立できたので、それをやってるっていうような形ですかね。うん。

さあや:
そうなんですね。マレーシアの移住っていうのは、移住に向けて、今されているものに、カスタマーセンターでの仕事以外はあるんですか。
大山将司:
移住に向けての仕事は基本的にはカスタマーサポートのお仕事のみですね。まああとはそれこそNOTEとかで、マレーシアに実際移住してる人とか、移住を考えてる人とか、そういう人が記事を見たり自分で調べたりはしてますけど、お仕事に関してはカスタマーサポートのみですね。
さあや:
仕事以外では何かそういう準備はされてないんですか。
大山将司:
実際に就職活動とか転職活動もしましたし、あとYouTubeとかで結構同じような立場で実際にマレーシアにも住んでる人、移住してる人の動画とか見るっていうような。
あとは実際直接そういう人たちに声をかけてSNSとかで声をかけて、何かメッセージのやり取りとか、リアルな声みたいなものも聞いたりはしてましたね。
さあや:
移住に向けての、実際に移住するまでと、今の計画の段階で、どれぐらいの進捗の位置にいるんですか。
大山将司:
そうですね。でも、正直移住しようと思えば、もうすぐにできるみたいな状態ではあるんですよ。 ただちょっと自分の中の準備が整ってない状態なので、あえてというか、移住したいって思ってるのに、そして今すぐ移住できる状態ではあるのに、まだ移住してないみたいな状態ですかね。
さあや:
あと何をしたら、その決断ができそうですか。
大山将司:
やっぱりお仕事ですかね。
多分これマレーシア移住を考えている人たちみんな共通してることかなと思うんですけど、どうしてもマレーシアに移住するってなったときに、選べる仕事ってのはもうカスタマーサポート、もうほぼほぼ90%以上の日本人は、カスタマーサポートの仕事をして移住をするっていう流れだと思うんですけど。
ちょっとその練習も兼ねて日本のカスタマーサポートで勤務してて、ちょっと、まあやってけるとは思うんですけど。
何か例えばその、評価とかあとは外資系なのでいろんな国の人が働いてるっていう中で、自分が納得のいく形で仕事ができるかなっていうのが一番のネックになってる部分ですかね。
さあや:
マレーシアでは現地の企業とかオフィスとかに行って働くっていう選択肢が主なんですか。
大山将司:
そうですね。基本的にはマレーシアにある外資系企業、BPO企業と呼ばれるカスタマーサポートの仕事を扱ってる会社で働くことになるっていう感じですかね。
さあや:
そうなんですね。
大山将司:
はい。
さあや:
フリーのオンラインの家庭教師とかされてるのは、それはマレーシアでも続けるんですか。
大山将司:
そうですね。それもあって始めたっていうのもあるんですけど、その仕事はどこでもできる。セブ島に自分が駐在してたときに、セブ島に住んでる日本人の方がその仕事をしていたっていうのもあって、それは続けたいなとは思ってますね。
さあや:
そうなんですね。
大山将司:
はい。
さあや:
話は変わるんですけど。
大山将司:
はい。
さあや:
最近楽しかったことは何ですか。
大山将司:
楽しかったことは、そうですね。直近で、それこそマレーシアとロサンゼルス、韓国に立て続けでちょっと行くことができたので、やっぱ海外旅行はすごく楽しかったですね。



さあや:
海外旅行は昔からよく行かれるんですか?
大山将司:
そうですね。好きで、もう海外が大好きで、旅行は行けるときはできるだけ行こうっていう思いで生活してますね。
さあや:
何カ国ぐらい行ってるんですか。
大山将司:
いや、でもまだ20いかないぐらいですかね。国数としてはそれぐらいで、都市とか同じ国で何回かっていうのもあるんですけど。国の数で言うとそれぐらいですかね。
さあや:
へえ。海外旅行に行くとどういうところが楽しいとか、どういうところに惹かれるんですか。
大山将司:
いや、なんかもう人間の五感を使って全部で好きなんですけど、例えば聴覚とかだったら、その現地の言葉がまず聞こえてくる、日本語以外の言葉が聞こえてくる。視覚だと目で見るこの景色、日本では味わえない風景とか見れて。
嗅覚とかだと、何かそのアジアだと独特の何か食べ物の匂いとか、感じることもできますし。
触覚とかだと、気候が違うからこそ感じることができる風とか、そういうのも楽しいですし。
味覚はもちろんその現地の食べ物を食べたことないような味の食べ物を味わうことができるので、何か人間が持ってる五感を全て使って、やっぱり海外が好きだなっていうのは思いますね。
さあや:
フィリピンに駐在されてたってことなんですけど、長く住んでも、そういう気持ちはありますか。
大山将司:
でも正直働くと観光で行くのはちょっとやっぱ違うなっていうのがあって、やっぱ働いて、観光でずっと行ってたから楽しいって思える、観光だから楽しかったっていうのもあって、逆に働くとなるとちょっと違うことも経験するので。
それは、働いてみて何かやっぱ観光のときに味わってた気分とは違うな、とは思いましたけど、でもやっぱり海外は好きだなっていうのを思いますね。
さあや:
大山さんは、人からは性格についてなんて言われますか。
大山将司:
性格は、そうですね。結構1人が好きというか、自分1人で行動することが多いので一匹狼的なところ。あとは結構普段あんまり感情を表に出さないというか、冷静でいることが多いので、こう、何を考えてるかちょっと読めないみたいなことは言われることありますね。
さあや:
自分では性格についてどう思いますか。
大山将司:
でも周りが思ってる通りだなって思いますね。はい。
さあや:
1人で過ごすのがどうして好きなんでしょう。
大山将司:
何か周りに気を遣わなくていいっていうのと、全部自分の責任、自分でまず考えて行動して、それがうまくいかなかったらもちろん自分に返ってくるっていうところで、あんまりなんかチームプレーっていうか、個人プレーが元々好きだったので、良くも悪くも全部自分に返ってくるし、いいことしかイメージしてないので、何か自分で独り占めできるようなところが好きですね。
さあや:
好きな食べ物は何ですか。
大山将司:
好きな食べ物は寿司とか、ですかね。
さあや:
寿司。
大山将司:
はい。
さあや:
あ、そうなんですね。
大山将司:
はい。
さあや:
なんか、海外のご飯が来るのかなと思ったんですけど、意外でした。(笑)
大山将司:
そうですね。やっぱ日本人としてというか、日本食でお寿司が好きで、海外行くときはもう必ず、最後のご飯は基本的にお寿司にしてるんですけど。
さあや:
そうなんですね。海外で食べたもので、もう一度食べたいものってありますか。
大山将司:
そうですね。美味しかったものは直近のアメリカ、ロサンゼルスのハンバーガーとか、イギリス行ったとき、イギリスはなんかあんまり食べ物が美味しいというイメージがないんですけど、でもカレー、イギリスで食べたカレーとか、ですかね。ぐらいですかね。

さあや:
大山さんにとって、日本ってどういう存在というか、意味というか、位置づけですか。
大山将司:
そうですね。でもトータルいい国だなっていう気も、でも半分半分ですかね。
やっぱ日本で生活していると、なんか日本はもう駄目だみたいな。その政治的な部分とか税金的な部分で、日本は駄目だ駄目だっていう情報がすごく多くて、でも実際海外行ってみると、それこそ日本のすごい恵まれた環境、治安とか食事とかそういうのもすごくありがたみを感じますし、そしてやっぱ海外の人は日本への憧れ、日本に行ってみたいっていう憧れもすごく強いので、そういうのを聞くと、やっぱりみんなが行きたいと思う国なんだなっていうので、なんか日本っていう国が良い部分と悪い部分がちょうど半分半分ぐらいで感じている状態ですかね、うん。
さあや:
移住するってなると日本を離れるっていうことだと思うんですけど。
大山将司:
はい。
さあや:
なんかそこは特に迷いはなかったんですか。
大山将司:
そうですね。日本が嫌だから外国行っちゃおうとかではなく、外国の方が自分に合ってるというか、好きだなっていう思いが強いかなっていう感じですかね。
さあや:
外国にいるときの大山さんは、日本にいるときと違いますか。
大山将司:
そうですね。日本にいるときよりかはなんていうんですかね、アクティブというか、フットワークが軽くなるというか、多分見るものが新鮮で感情も豊かになるとかっていうのはあると思いますね、うん。
さあや:
そうなんですね。
大山将司:
はい。
過去:怖いっていうかでも憧れもちょっとやっぱ入ってて、男としての何か憧れですかね。
さあや:
そしたら、ちょっと過去の質問に移っていきたいなと思います。
大山将司:
はい。
さあや:
子どものとき、10代とか、もっと前からさかのぼっていただいて、どんな子でしたか。
大山将司:
人見知りでしたね。もうとにかく人見知りで、内気なシャイな少年でしたね。
さあや:
なんか小学校とかで力入れてたことってありますか。
大山将司:
小学校のとき力を入れていたことは特にはないんですけど、スポーツは全般的にすごく好きでしたね。
さあや:
何か部活とかってされてたんですか。
大山将司:
部活は小学校のときは特にクラブとか入ってはなく、本当に友達同士で、なんでもサッカーでも野球でもドッジボールとかバスケとかとにかく楽しいんで、中学は卓球部、高校レスリング部でしたね。
さあや:
あ、そうなんですね。
大山将司:
はい。
さあや:
部活というかスポーツを選ぶときは、どういう基準で選んだんですか。
大山将司:
中学のときはもう本当に人見知りで、友達も同じ小学校のときの友達の中の本当に限られた子たちとしか仲良くしてなかったので、その子たちがみんな「卓球部に入る」って言ったから卓球部に入ったっていうようなっていうふうでしたね。
高校のレスリング部はもう完全にスカウト。最初は本当に部活やる気なくて囲碁将棋部に入ってたんですよ。文化部を半年ぐらいやってて、まず太ってきちゃったんですよね、体型が。運動してないんで。太ってきちゃったのと、あとは友達が全然できなくて。
本当に最初、高校1年半年、友達が全く、というか1人、同じクラスの目の前の席の子が囲碁将棋部だったんで、その子とだけ仲良くしてて、ちょっとこれはさすがにやばいなってなって。
そのときに同じクラスのレスリング部の子が「レスリング部見学行ってみない?」って言って、なんか運動部入ると友達が増えるようなイメージがあったので、ちょっとその自分を変えるためにも、ということで入りましたかね。
さあや:
なんかさっき1人だといろいろ楽っていうお話もあったと思うんですけど、何かそのお友達といるときはどういう気持ちですか。
大山将司:
もう本当に限られたお互いの性格を全て知ってるようなお友達だともう気楽に何でも言い合える、楽しく過ごせる感じですかね。
さあや:
高校の後とかは何かどういうことをされてたんですか。
大山将司:
高校の後は大学行って、1年間休学したこともあったんですけど、でも卒業して就職というような形ですね。
さあや:
差し支えなければ、休学の間はどうされてたんですか。
大山将司:
休学はですね、ワーキングホリデーに行ってみたいって思って。
その当時、今はちょっともうたくさん行ける国が多くなってるみたいなんですけど、その僕が行った当時は、英語圏だと3、4カ国ぐらいしか選べなくて、カナダかイギリスかニュージーランドかオーストラリアの4カ国の中でってなって、大学の先生にどこがいいか聞いたんですよ。
そしたら「大山くんはオーストラリアがあってんじゃない?」って言われたのでオーストラリアにワーキングホリデーに行くことを決断しまして、行くことになったんですけど、駄目でしたね。失敗して1ヶ月で帰ってきちゃいましたね。
さあや:
そうなんですね。
大山将司:
はい。事前の準備が何もできてなかったので、行ってみたはいいんですけど、行った後にやること何もなくて、何のつてとかもなくて、お金ばっか出てくだけみたいな形になっちゃって、「このままいてもしょうがない」ってなって、もう1ヶ月で戻ってきちゃって、そっからはバイト生活。
もう1年休学は決まっちゃってたので、やることがないっていうことなので、バイトとあとは英語の勉強とかをひたすら毎日繰り返して、たまに海外行って、旅行で、観光で海外に行ってみたいなのを繰り返して休学が明けて、大学再開みたいな形ですね。
教職も取ってたんで教員免許の方も取ったので、そっからは教育実習行ったりとか、あとは授業もすごく忙しくなって。
大学1年生のときに、これもなんかもう燃え尽き症候群みたいになっちゃって、大学一切行かなくなっちゃったんですよ。1年生のときに。
さあや:
はい。
大山将司:
本当に行かなくて多分1年間で取れた単位って5個とかだと思うんですよ。 5単位とかで、もうほぼほぼ行ってないみたいな。1週間に1回行けばいいぐらいで、その1回も1時間授業を受ければいいぐらいのレベルでしか行かなくなっちゃって。
でもそういうのもあって、それがもちろん自分に返ってくるわけで、休学明けてからもう授業を詰め込んで、朝から晩まで大学で、みたいな形でとにかく忙しい日々を過ごし、それでもやっぱり1年休学してて半年ぐらいちょっとオーバーしちゃって、合計で5年半、4年で卒業するところを5年半かかって卒業して、集団塾に就職っていう形ですかね。
さあや:
大山さんはどんな環境で育ったんでしょうか。
大山将司:
あ、家庭環境。
さあや:
はい。
大山将司:
自営業の父、電気のお仕事をしてる父と、父の会社で事務を担当してる母の両親のもとで姉と妹1人ずつ、合計5人家族で過ごしてましたね。
何不自由なく、なんならちょっといいぐらいの子ども時代で、父親もう亡くなっちゃったんですけど、父親からしたら初めての男ってか息子で、非常に嬉しかったみたいで、ちっちゃい頃はなんかもうブランドの子ども服ばっかり着せてもらってるような、ちょっといい暮らしをしてるような子ども時代だったんですけど、父親はとにかく厳しかったんで、もう家に帰ってくるあのドアの玄関のガチャって音で、心臓が止まりそうなぐらい、怯えてました。 それぐらい、とにかく厳しくて。
さあや:
はい。
大山将司:
妹が大好きだったんですよね、父親は。妹は溺愛してて、1人息子にはものすごく厳しくしてるような。
だからあんまり本当に小学生ぐらいのときは、あんまり厳しさは感じず楽しく、でも忙しかったんで、とにかく父親が。会うこともほとんどないぐらいの、直接話すこともなければ、すれ違うことも家の中でないぐらい。結局その自分が僕が学校に行く時間朝、7時8時、7時ぐらいですかね、にはもう仕事に行ってますし、僕が家に帰ってきて例えば部屋で勉強してるときとか、それよりもっと遅い時間に父親が帰ってくるので、本当に会うことがないんですよ。土日も仕事してましたし、父親は。
なので、どんどんどんどん話さなくなってったこともあって、で、まあちょっと怖い人だったんで、そういうのもあって、っていうような形ですかね。
さあや:
厳しいっていうのはどう厳しかったんですか。
大山将司:
何か怒鳴られてるとかっていうわけでもないんですよ。 別に殴られたとかでもないんですけど。なんか、それこそ寡黙なというか昭和の親父というか、なんかあんまり笑ったりとか、もちろん職場とか飲み会とかでは楽しくワイワイやってるとは思うんですけど家ではそういう表情が一切出てなかったので、怖い、なんか感情があんまり何を思ってるのかは、それこそ今の自分みたいな、はたから見たときに何を考えてるんだろうっていうのがわかんないような人だったので、怖い。
あんま喋らないし、僕も喋りかけないしで。
どうしてもなんか進路とかテストとかそういうときはまず僕は母親に見せるんですけど、相談したりするんですけど、それが母親伝いで父親に行くと。父親から何か一言もらった物も母親経由でもらうみたいな。
なんかそんなにダラダラ言う人ではないので、何か一言「こんなんじゃ駄目だろ」みたいな、「『こんな点数で駄目だろ』ってパパが言ってたよ」とかそういうのを母親伝いで聞くぐらいだったんで、その何か多くを語らないのが怖かったっていうんですかね。
さあや:
大人になってからお父さんとの関係とかコミュニケーションっていうのは何か変わりましたか?
大山将司:
いや高校ぐらいまでやっぱ変わらなくて、高校んときに結構自分を手前味噌であれですけど点数とか成績も良くて、1位とか取れたりもしたんですけど、でもなんか、「100点じゃなきゃ意味ねえだろ」みたいな。「テストが99点以下は、意味ねえだろ」みたいな感じで、それも母親経由で言われたりとかしてたので。まあ高校ぐらいまではずっと怖くて。
ただ大学1年生でやっぱり僕がガクッと落ちちゃったときに、母親からふと、なんか「お父さんと一緒に韓国行ってきなよ」みたいな、「2人で」。提案をされて、行ったんですよ。
でも行ったけど、海外、初めての韓国だから楽しいっていう感じで、別に何かそこで父親と打ち解けたわけでもないんですけど。やっぱまだそこでも怖いなっていう感じですかね。
怖いっていうかでも憧れもちょっとやっぱ入ってて、男としての何か憧れですかね。 いい時計つけてたりとか、いい車に乗ってるとか。韓国の旅行もなんかいいホテルに泊まらせて、まあ全部父親が支払うんですけど、なんかいいホテルに泊まったりとか、何かこう手の届かない存在っていうのが、やっぱり怖さでもあり憧れでもあったんですけど。
だからそれでもやっぱり距離は縮まることなく、今度僕が社会人になったら余計、疎遠になっていくというか、本当に1年に1回会うか会わないかぐらいで、実家で見るか見ないかぐらいのタイミングでずっと来ちゃってて、で、亡くなっちゃったって感じですかね。
さあや:
なんか今も、そのお父さんに憧れて近づきたいみたいな気持ちがありますか。
大山将司:
やっぱ男としてそうですね。
なんか自分の中の男の正解じゃないですけどやっぱり男は仕事頑張って、何かいいもの持って、いい生活して、人生も楽しむみたいな。っていうところはやっぱずっと憧れではありますね。
さあや:
今そういう生活してますか。
大山将司:
そうですね。本当に最初、新卒で入った会社に比べたら、今比較するとだいぶ近づけてきてはいるのかな、とは思いますね。
さあや:
直近のフィリピンに駐在されてたっていうことなんですけど、これはどういうことをされてたんですか。
大山将司:
これはですね、オンライン英会話事業で、フィリピンにいるフィリピン人と、日本にいる日本人をオンラインで英会話で繋げるというか。
フィリピン人は英語が喋れますし、日本で英語を喋りたいと思ってる日本人をマッチングして、オンラインで授業を行うっていう事業の会社に駐在してたんですけど。
ただ実際僕がやるのは、何て言うんですかね、会計の仕事とか、その会社、オフィスの売り上げとか、損失とか、そういうところを見て、結構、右肩下がりの状態になってたので、そこを改善するべく、何ができるのかとか、どこを削れるのかとか、今後どうしていけば他社に負けないのかっていう戦略とか、そういうのを考えてオフィスの中で共有して、みたいなお仕事でしたね。

さあや:
それはどうしてその仕事を選ばれたんですか。
大山将司:
元々ですね、集団塾をやめて個別指導塾に転職したんですよ。そこで勤めてて、4年半ぐらいですかね。
社内公募っていう形で、そのオンライン英会話事業の部署がセブ島の駐在員を1人募集するってなったところに応募したのがきっかけですね。
さあや:
行ってみて、大山さんにとってどんな経験になりました?
大山将司:
やっぱり長く住んで働くからこそ味わえるつらさだったり大変さみたいなものを一番感じましたかね。やっぱりそれまでは海外旅行で、「楽しい」を味わって帰ってきてたんですよね。旅行中って。
ただ実際に働いて長く働いてみると、やっぱりその文化の違いとか考え方の違い、フィリピン人のやっぱりその仕事に対する姿勢とかっていうのも全然違うんで、自分が今まで当たり前だと思ってた仕事の取り組み方、もう全然通用しない、なんならむしろ対立しちゃう、喧嘩になっちゃう、っていうようなところで、いろいろ大変だったっていうのが50パーで、楽しかったっていうのが50パーっていう感じでしたね。
さあや:
うんうんうん。そこからマレーシアの移住っていう選択は何か関連があるんですか。
大山将司:
やっぱりそのセブ島で働いてたことが一番大きなきっかけにはなって、大変でもあるけどやっぱりその海外で働くっていう楽しさを感じたので、引き続き海外で働きたいなっていう思いが強かったんですね。その働き方も含め。
海外の人たちのそのワークライフバランスというか、仕事とプライベートを両立させてる働き方っていうのも含めて、何か今の自分にとっては海外で働くことがそれがベストなのかなって思って、いろいろ調べてマレーシアが一番日本人が住みやすいみたいな情報もあったりして、マレーシアを選んだっていうような形ですかね。
さあや:
セブ島に戻ろうっていうのはなかったんですか。
大山将司:
そうですね。セブ島は仕事が少ないんですよ。 どうしてももう観光かオンライン英会話か、ぐらいしかなくて、募集もそもそも、もうほぼほぼしてなくて、海外のその求人サイトとか見ると、フィリピンとかセブ島はもう募集がそもそもないのでちょっと難しいかな、と思ってましたね。
さあや:
ここまで現在と過去のインタビューを質問させていただいたんですけど、ここまでインタビューを受けてみてどうですか。何か喋りにくいところとか、もっと話したかったとか、ありますか。
大山将司:
そうですね。現在、過去は大丈夫ですかね、はい。
さあや:
はい。大山さんの人生に、これまでの人生に影響を与えた重大な出来事とかがあるとしたらなんですか。
大山将司:
まず一番は高校のときに出会った英語の先生。この先生に出会ったことで、英語の道、英語の教員の道っていうのをまず志したので、それがきっかけにはなってて。
また教員免許も取った後に、結局自分の中で塾に入って働くっていう決断をして集団塾に入社したんですけど、5年勤めて、ちょっともうきついなってなったときに、個別指導塾、大学生のときにアルバイトしてた個別指導の塾の塾長から5年ぶりですね、アルバイトを終えてからの、集団塾で僕が就職したその5年間一切連絡なかったんですけど、5年ぶりに急にぱっとLINEが来て、「うちの塾で働かない?」って来たんですよ。そのタイミングもちょうど自分が集団塾を辞めようと思ってたタイミングだったので、そんなタイミング、しかも5年ぶりに連絡来たのが、その連絡だったっていうので、もうその個別指導塾にお願いすることが決まったんですけど、だからそのときの塾長がまず2つ目の大きなきっかけ。
3つ目はやっぱり、セブ島の駐在員に選んでくれた、その英会話部署の皆さんというか、社長も含め。その人が決めてくれなかったら、セブ島にも行ってないので、この3人がやっぱ人生の中でも大きな分岐点というか、に関わってる人たちかなと思ってますね。
さあや:
今一番大事な人とか物とかって何ですか。
大山将司:
今一番大事なのは、うーん。人はないんですけど、物っていうか……そうですね。
物理的なものはないんですけど、何か時間とか……ですかね。その時間かなっていう、はい。
さあや:
それはなぜですか。
大山将司:
やっぱり、もっと海外に行きたいってなったときに、どういう人生を歩めば行けるかなみたいなことがあったら、仕事もそうですけど、仕事をしながらいかに海外に行く時間を確保できるかなみたいな部分なので、その時間が取れるように生きていくっていうところで時間が大切なのかなって思いますね。うん。
未来:現状に全然満足してないですし、可能性もあると自分の中では思ってるので、自分だけは自分を信じて、何かとてつもない世界に行きたいなとは思ってますね、死ぬまでには。
さあや:
それでは未来の質問に移っていこうと思います。
大山将司:
はい。
さあや:
5年後とか10年後とか、もしくは死ぬときまで想像していただいて、未来についてはどういったイメージをお持ちですか。
大山将司:
そうですね。 月1海外旅行を繰り返してほしいって思ってて、やっぱりとにかく、世界200カ国ぐらいある中で、今自分が行けてる国が20ヵ国ぐらいだとしたら、まだ10分の1しか行ってないと。
ってなったら、なんか1年に例えば3回、何か大型連休、ゴールデンウィークとかお盆とか年末年始とか、こういう何かいわゆる世間がお休みのこの長期休暇のときにだけで行ってたら、絶対に全世界はちょっと回れないなって思ってるので、とにかく自分で考えて仕事をしながら、時間を作って、もう毎月1ヵ国は行ってるような生活を繰り返しててほしいなっていう。
それが続けられるようになってほしいなっていう思いで、それはずっとこれから先も10年後でも繰り返していたいなと思ってますし、ただやっぱりその海外で生活する、そのマレーシア移住っていうのも全然捨てた夢ではないので、何かどこかのタイミングで行けるようになれば、マレーシア移住もしたいなとは思ってますね。
さあや:
何か今後の人生で、得たい経験ってありますか。
大山将司:
得たい経験は……得たい経験はまず1つやっぱり海外での経験、いろんな国に行くことの経験。あとはそういうことを実際にやってる人、できてる人たちがどういう働き方をしているのか、っていうのもちょっと知りたい。いわゆるそのサラリーマンとかじゃない働き方ですよね。 フリーランスとか、で働いてる人たちが、どのような生活を送って、どういう生活をしているのかっていう、どうやってそういう生活をしてるのかっていうのもちょっと知りたいなと思ってますね。はい。
さあや:
もしもの未来質問なんですけど。
大山将司:
はい。
さあや:
もしさっきおっしゃってた人生に影響を与えた人たちに出会ってなかったら、どういう人生になってたと思いますか。
大山将司:
そうですね。父親が電気工事の仕事を、会社をやってたのでその長男、僕長男で1人息子なんで、それを継いでたと思いますね。その会社を。はい。
さあや:
今は継がないんですか。
大山将司:
そうですね。それはもう。てか継ぐ運命で、小学校4年生のとき10歳のときに全校生徒の前で2分の1成人式っていう、20歳が成人式じゃないですか。 20歳だから2分の1ですよね。2分の1成人式っていうところでみんなの前で将来は、父親がその電気工事士っていうお仕事だったので、その電気工事士になるんだっていうスピーチをして、小学生ながら、小遣い稼ぎじゃないですけど父親の仕事も手伝いに行ったりもしてたんですよ。
さあや:
はい。
大山将司:
なのでもう小さい頃から叩き込まれてて、高校も結局その電気工事の、電気工業高校の電気科に入って、もうこれは将来は電気工事士として父親の会社を継ぐんだという、もう未来が決まってたような状態だったんですよ。
そこで英語の先生に出会ったので、全然関係ない英語の道に行ったんですけど。
なので、出会ってなかったらおそらく電気工事の仕事をしてたと思いますし、継ぐ意思はもうその高校3年生のときに何か「人生が2回あるんだったら継ぐけど、人生は1回しかないから、自分のやりたいことをやらせてほしい」っていうのを伝えて、両親に。で、英語の学部、大学、もう全く関係ない学部に入学したので、そこでもう継がないっていう決断をしましたね。
さあや:
なんかその決断を伝えるってすごいですね。
大山将司:
そうですね。父親は、やっぱりなってほしいな、継いでほしいなっていう思いが絶対あったはずなんですよ。けど、ちょっとやりたいことをやりたいっていう思いがどうしても強くなっちゃったので、そこはしっかりと伝えるべきだなっていうことで、思い切って伝えました。
さあや:
受け入れてもらえたんですか。
大山将司:
まあ渋々。本当は多分納得してないと思うんですけど、そういうのも表に出せないような父親だったので、渋々受け入れてたとは思いますね、はい。
さあや:
もし今、お父さんに会えたら何か話したいこととかありますか。
大山将司:
そうですね。実は今日も墓参り行ってきたんですけど、ちょっと命日が今月だったので、少しずれてしまいましたけど、まあでも、いつも伝えるのは、なんか好き勝手やってる自分の人生、継がなかったし、好きなことばっかりやって、なんか海外行っちゃうわ、海外駐在員で海外行っちゃうわ、あちこち転々として、何かこう、うん。
なんか普通だったら多分今の僕ぐらいの年齢の人たちって、男性で、もう結婚して子どももいて、マイホームを建ててみたいな。 周りの友達とかも見てるとみんなそういう生活を送ってるので、それが普通なのかなっていう思いもありつつ、本当に好き勝手やってる自分だけど、でもそれでも、楽しく生きてるよっていうのは伝えてますね。
さあや:
うんうん。どういう反応してくれそうですか。
大山将司:
うーん。まあ怒られるんじゃないかと。なんかいつまでそんな遊んでんだみたいな、なんかもっと男として家族を守るべきものを持って、何が孫の顔でも見せろぐらいのとは思ってるとは思いますね。
さあや:
これをするまで死ねないというか、生きてる間にやりたいっていうものってありますか。
大山将司:
そうですね。 ヨーロッパ一周とか。絶対にやるべきだと思ってますし。
なんか最近よくYouTubeのショートで見てるのが、モナコっていう国があって、そこはとてつもない金持ちが住んでると。とてつもない金持ちが、とてつもない車に乗って、五つ星ホテルの前に来て、車から降りてくるみたいな、っていう動画見ててちょっとそのレベルまでには行きたいなと。
さあや:
ええ!はい。
大山将司:
はい、ちょっとやっぱり、そうですね。 ちょっと現状に全然満足してないですし、可能性もあると自分の中では思ってるので、自分だけは自分を信じて、何かとてつもない世界に行きたいなとは思ってますね、死ぬまでには。
さあや:
何かお金持ちの世界に入りたいみたいな感じですかね。
大山将司:
そうですね。なんか小学生ぐらいの子が思ってるような夢かもしんないですけど。
なんか、何千万何億という車に乗って、こういう国で過ごしてみたいっていうか。まあ旅行でも全然いいんですけど、ちょっとまだ、いつも何かLCCエコノミークラスに乗って、何か安いホテルに泊まってっていう観光ばっかりしてるので、さすがに何かビジネスクラスとかに乗って、五つ星ホテルで優雅に海外旅行も楽しめるレベルにはなりたいなと思ってますね。
さあや:
うんうんうん。もし100万円、今持ってたらどうしますか、新しくもらったら。
大山将司:
今100万円もらったら、もう迷わず海外行きますね。
さあや:
どこに行きますか。
大山将司:
そうですね。トルコとか今ちょっと気になってて。
多分滞在費とか、滞在日数とかはそんなにお金かかるものではないと思うので、ちょっとやっぱりいい飛行機、ビジネスクラスに乗ってトルコに行って、気球に乗れるらしいので、トルコでは。ちょっとその体験をしてみたいなと思いますね。
さあや:
はい。最後の質問に入っていこうと思うんですけど、読者向けでも自分に対する独り言でも感想とかでもいいんですけど、最後にこのインタビューで言い残したことはありますか。
大山将司:
人生1回、って感じですかね。
さあや:
うんうん。その心は。
大山将司:
2回目はないから、1回目に楽しまないと駄目だよね、みたいな感じですかね。はい。
さあや:
うん。わかりました。インタビューは以上です。ありがとうございます。
大山将司:
はい、ありがとうございました。
あとがき
大山さん、インタビューありがとうございました!インタビュワーのさあやです。海外、五感、という単語を聞いたら不可抗力で体温が上がるのを感じました。約1年住んでいたカナダから先月帰国し、日本と海外のギャップを良くも悪くも感じているところです。海外と一口に言っても、北半球と南半球、緯度、大陸、エリア、国、街…と様々なシチュエーションがありながらも、何歳になっても海外って憧れる!!
1年前までは、海外がなんか良い!と思える理由は「旅行という短期間だから旨味だけ得ている」ためだと仮説を持ってたんですよね。その検証も含めて1年住んでみて、もちろん1年間だって短期であり、市民ではないので旨味だけ得ている可能性はありますが、海外が日常になってもなお、なんか良かった◎
大山さんにインタビューしながら、馴染みのある環境を飛び出ると五感が長期間鋭くなる可能性があるなぁ…と次の仮説を思いついていました。
個別塾講師バイト4年目のMeadowです!心に響くインタビュー、何度も深く頷きながら編集させていただきました。
最後に海外に行ったのは6年前、オーストラリアのシドニーでした。それっきり1度も海外に行かないまま大学生活を終えようとしています。海外での記憶って夢のようで、いざ帰国すると「あれ、本当に行ってきたのかな」と思ってしまうんですよね。でも、そんな夢のような記憶であっても、オペラハウスのギザギザのシルエットやビーチで浴びた灼熱の日光は確かに自分の一部になっていることを思い出させてくれるインタビューでした。
ご参加ありがとうございました!今日も元気に塾に行ってきます!
【インタビュー・編集・あとがき:さあや】
【編集:meadow】
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