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「死にたいと思うんだったらそこで死ね」って言われたときに、死にたいぐらい自分が生きづらいと思っとうだけで本当は生きたいと思ってるんだって気づいた人

腰から下の感覚がなくなってしまった。もう歩けないのかもしれない。そんな気持ちになったことが、まー、ある。
右腕の、ひじから先の感覚がなくなってしまう、なんて気持ちになったことが、まー、ある。
北極の氷の世界の中で、どうしても私は生きぬかなければならなかったとしたら、まー、どうやって生きぬくんだろう。
人間が、どうしてそうやって生きるかいまだにわからないんだ。目的も知らんがな。でも生きてる。どうしてこの国は宗教を捨ててしまったのかと、思い切ったことをしたものだ。
思い出は渚。記憶は重油。苦しいは人さらい。うそつきは藻屑。
人の苦しみは、人にしか解消できないね。
ということで、無名人インタビュー本日もよろしくお願いいたします!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは だいすけ さんです!


現在:不安定なところから何か気づいたりとか発見があるということを喜びとしている自分がいるのかな、なんていうふうに今、気づきました。

尾崎:今、何をしている人でしょうか?

だいすけ:今、主に創業5年から10年ぐらいの会社さんを対象に、仕組み作りのサポートをするコンサルティングを主にやっています。

尾崎:そのお仕事はどういったきっかけで始められたんですか。

だいすけ:きっかけはですね、元々最初はコンサルティングっていうふうにやってなくて、いわゆる会社の経理の代行店ですか。経理のスタッフを自分で雇うほどじゃないんだけど、自社で雇うほどじゃないんだけど、ちょっと社長が自分で。最初、創業は社長が自分でやってたんだけど、そういうふうにはいかなくなってっていうとこの話をいただいて、経理ちょっとお願いできない? っていうところがきっかけで始まりました。

尾崎:コンサルに移っていったのは、どういう変化があったのでしょうか?

だいすけ:経理をやる中で会社の数字っていうところに触れるので、なんで売り上げが上がっているのかとか、上がってはいるんだけど、すごく売り上げの増加に伴って逆に社員が疲れてたりだとか、社内の雰囲気が殺伐としてるみたいなことが起こったんですよね。数字上はね、すごく誇らしいはずなんだけど、精神的な満足度っていうところでは非常にギャップがあったので。

それがなんで起こってるんだろうかっていうところを経理の会議なんかをしてるときにですね、いろいろ僕が自分の意見を言ったりだとか、Aさんはこういうことが言いたいんですよね、Bさんはこういうことが言いたいんですよねっていうファシリテーターのようなことをやってたら、それってコンサルティングだよねみたいなことを言われて。そうだったんだっていうふうに知って、コンサルティングの方を自分がやりたいんだからそっちをやっていこうというふうにシフトしました。

尾崎:なるほど。今、何社くらい受け持たれてるんですか。

だいすけ:今は3社ですかね。

尾崎:それはだいすけさんが直接ご訪問してコンサルをされているということですよね。

だいすけ:今、Zoomでオンラインでミーティングをすることも多いので、訪問するのはだから、本当に月に1回とかになるんですけど。基本的にはオンライン上でのZoomでの面談が中心になっています。

尾崎:どういったお気持ちでお仕事に取り組んでいらっしゃるんですか。

だいすけ:毎回実は結構緊張してるというか。内心ビクビクしながらやっていて、そういう意味では本当に社外から関わりを持つっていうことを思ったときに、悪い極端な言い方をしたら人事のようにも思うと思うんですよね、実際に会社の中で働いてる方からすると。

言ってることは理想だし、そうだったらいいなとは思うけど所詮きれいごとだよねっていうふうに感じられる部分は、多少、少なからずあるなと思うと、会社には所属はしてないんだけれども会社の未来だったりとか、今の現状の問題だったり課題っていうところに対してあれこれ口を出すっていうのは、毎回身が引き締まる思いでやっています。

尾崎:クライアント様には、コンサルの後にどんなお言葉をいただいたりしますか。

だいすけ:一番よくいただくのは、考えてることが整理されましただったりとか。あと、会社にとって第三者が入るとやっぱ新しい風が吹き込むきっかけにはなるみたいで。まさか、みんな方向性がバラバラだと思ってたものが思ってたよりは共通してることがありましただったりとか、新しい発見に繋がってるっていうこともあるみたいで嬉しいですね。

尾崎:ちなみに、だいすけさんは身近な方からどんな性格って言われることが多いですか。

だいすけ:あんまりこういう性格だよねって言われることが最近むしろ、そういう意味では少なくなってきたので、今。ちょっとなんだろう。ちょっと質問にびっくりしてます。

尾崎:ゆっくりで大丈夫です。では、ご家族からは、どんなふうに言われるとかありますか。

だいすけ:どう言われるかな。よく言われるのは、何を言われるかな。

尾崎:ありがとうございます。ご自分ではどんな性格だなって思ってますか。

だいすけ:だから臆病な性格だなと思って、自分では。そういう意味では、人に言われてるのと、似てるというか共通してますけど。臆病なのに見栄っ張りだよねっていうのはよく。ネガティブな言い方をするとですね、臆病なのに見栄っ張りだよねって言われることもあるし。ポジティブな言い方で言ったら社交的だよねとか、慎重だよねっていうふうに言われます。

尾崎:今お仕事の話が主に出てたんですけど、だいすけさんの中で占めるものって、お仕事の他に何かありますか。

だいすけ:そういう意味では仕事とプライベートっていうものの境目をできる限りなくしていくというか。昭和的な考え方だと仕事は仕事、プライベートはプライベートみたいな、バチッと分けるものみたいなイメージが僕はすごくあるんですけど。今、働き方もすごく自由になってきてるじゃないですか。

だからそう思うと、仕事してることがプライベートの何かにも繋がって、プライベートの何かが仕事にも繋がるっていうような生き方をこれからしていきたいなというのは思ってるので。なので自宅で仕事をしていることも増えましたし、プライベートっていうところでは家庭菜園だったりとか、畑を。庭仕事をするのは結構今好きで、自分がですね。だからそれをしてる間に仕事の何か思いついたりっていうような、過ごし方をしてます。

尾崎:庭仕事はどうして好きなんですか。

だいすけ:余計なことを考えなくていいというのがいいですね。無心になれるというか。よく草むしり面倒くさいっていう。この話をするとですね、私は庭仕事嫌いなんだけどっていうところの話から、草むしりするのすごい嫌なんだよねっていうのを聞くんですけど。僕はむしろ無心に草むしりしてるのがすごい好きで。

尾崎:それはなぜでしょうか?

だいすけ:無心に草を刈っていくじゃないすか。振り返ったときに綺麗になってるのも気持ちいいし、あとは草刈りをすると風の抜けが変わるんですよね、風の通り方が。汗をびっちょりかいてるところに風がぶわーって吹いたときの爽快感というか、心地よさっていうのがやみつきになります。

尾崎:趣味は何でしょうか?

だいすけ:趣味は、畑っていうところ。家庭菜園をやってるので、家庭菜園から広がって会社が自宅から1時間ぐらい離れたところにあるんですけど。会社の方でシェアリングエコノミーのコミュニティをやっていこうっていうので、やってまして。そのシェアリングエコノミーのコミュニティの一つとして畑をやってるんですけど。そこは本当に趣味の延長みたいな感じで僕にとっては。だから趣味は何でしょうと言われると畑ってなります。

尾崎:会社の中に畑があるっていうことですか。

だいすけ:会社の事務所からは車で10分、15分ぐらい離れたところ。お借りしてるところになります。元々耕作放棄地で、お借りしてやってるんですけど。農薬とか化学肥料とかに頼らない自然農法だったりとか、オーガニックな形でやりたいなっていうところにこだわってやってるので、なかなか草がぼうぼうしてて。雑草がですね、生えてたりとかってこともあって、野菜育ててるの? 雑草育ててるの? って自分でもよくなるんですけど。近隣の方からもご理解だったり、ご協力いただいて、どうにかそういう好きな形でやれてるのは楽しいなと思いますね。

尾崎:最近落ち込んだり、悲しかったことはありますか。

だいすけ:日々日々落ち込んだり、悲しくなったりしてますね。情緒不安定と言われたら、そうなのかもって思いますけど。仕事のこともそうですし、そういう意味では働き方っていうところをいろいろ挑戦をしているところで。いわゆる昔ながらの働き方だったら月曜日から金曜日まで会社に出社して、8時から5時まで働いて、時々残業してみたいなものが一般的だとは思うんですけど。逆に月曜日から金曜日まで自宅でリモートワークしていて。ちょうどこの7月からそう変わってですね。

逆に6月までは、週の半分自宅で過ごして、週の半分は家族ごと会社のある1時間離れたところにですね。会社に泊まって。だから、いわゆる2拠点生活をしてたんですよ。その2拠点生活もしてたんだけど、7月から今は週5、逆に自宅でリモートワークしてみるっていうようなところを挑戦しているというところを思うとですね、何がしたいんだろう自分っていうふうによく迷うことがあります。

尾崎:どういったときに思いますか。

だいすけ:逆に自由に自分が選択できるって、すごくのびのびとやれる一方で選択肢。1番か2番どっちがいいですかって聞かれたら選びやすいと思うんですよね、1番と2番で比較すれば。

ただ、好きな番号を選んでいいよって言われたときに、どの番号がいいんだろうっていうふうに戸惑うというか。そんな感じが近いですね。

尾崎:そういったときはどう選択していかれるんですか。

だいすけ:そういったときは直感に従いなさいっていうことも教えてる会社でもあるので、僕の会社がですね。迷いながら、直感って何だろうっていうふうに自問自答しながら選んでますね。

尾崎:選ぶものは、こういう傾向があるとか、ご自分で言えるものがありますか。

だいすけ:今まで自分が選んだことがない物を選んでるなとは思う。自分だったら絶対選びたくないという。

尾崎:それってなぜでしょうか?

だいすけ:そういう意味では、不安定なものに興味があるというか、安定志向じゃないんでしょうね。安定志向だと自分で今、今の今まで思ってましたけど。むしろ不安定なことを楽しんでるというか、不安定なところから何か気づいたりとか発見があるということを喜びとしている自分がいるのかな、なんていうふうに今、気づきました。

尾崎:プライベートは趣味の畑仕事と他に何かありますか。

だいすけ:あとは本を読むのがすごい最近。最近というか、ここ1、2年ですごく本を読むようになったなっていうのは、さっき話してて思い出しましたね。

尾崎:どういった本を読まれるんですか。

だいすけ:ビジネス書だったりとか、自己啓発やったりとか、スピリチュアルな本も、最近読むようになりました。

尾崎:読んでるときは、どんな気持ちになりますか。

だいすけ:脳内で書いてある本に自分がいろいろ意見を言ってるんですよね。それは本当にそうかなとか、俺だったらこうだけどなっていう。その本と対話してる時間がすごい楽しいなと。

尾崎:読み終わった後はどんな感じですか。

だいすけ:わりと1冊読んでどうってよりは、1ページに書いてあることですごく止まったりするんですよ。書かれてることを読んでどうなんだろうみたいなふうに自分が思って。そのまま本をパターンと閉じて、仕事の続きをするだったりとか、子供が2人いるので子供と遊ぶだったりとか。そんなふうに気づきをもらう機会になってますね。

尾崎:なるほど。お子さんっていうお話が出たんですが、お仕事と自分の趣味の時間と家族って何対何対何とかってありますか。

だいすけ:考えたこともなかったですね。どうなんだろう。4:4:2で、仕事:家族:趣味ですね。2割が趣味。厳密に仕事の時間とか家族の時間っていうふうにあんまり分かれてなかったので。パソコンでパチパチしているときに、横から子供が声かけてきて仕事が止まって、いったん子供と遊んでから、また仕事に戻るみたいな。ブツブツと途切れながら仕事したり、逆に育児してるなというふうには思います。

尾崎:切り替えって難しくないですか。

だいすけ:難しいです。イラッとしますよね。仕事でよし、ここからぞって盛り上がってやってる時に、横から声をかけられて、子供から。後にしてみたいなふうにはなりますけど。後にしてって怒りが湧くぐらい子供との関わりも自分が大事にしたいと思ってるし、仕事の方も大事にしたいと思ってるんだねっていうところを自分に声かけながら子供にそうなんだよって伝えながら。10回に8回ぐらいは子供にやつ当たりしながら、そうじゃなかったってやり直しながらやってます。

過去:定期的に引きこもったときに行き着くところが死にたいって思うっていう、自殺願望があったんです。

尾崎:幼い頃、子供のときって、どんな子でしたか。

だいすけ:よく素直ないい子と言われてましたね。

尾崎:何かエピソードとかあります?

だいすけ:ごめんなさい、素直でいい子っていうのとは全然また違うんですけど。思い出しちゃったエピソードは、僕、実家が群馬県なんですけど。群馬県の赤城山って山があって。その山のふもとにおばあちゃんちがあるんですよね。実家から車で20分ぐらいのところにおばあちゃんちがあって。

おばあちゃんちによくでかけてたんですけど、小さい時にですね。山のふもとっていうぐらいなんで、自分ちの畑があって。養鶏業、鶏の出荷をする、鶏を育てて出荷するっていう家業があったんで、おばあちゃんちに。鶏の鶏舎が2つあって、結構広いおうちだったんですよ。だから時期になると草刈したりとか、畑をトラクターで耕したりみたいなことをやってたんですけど。

7歳ときだったかな、のときにそれを手伝ってたら、トラクターで耕したものに雑草が混じってるわけですよね。その雑草をどうやら当時の僕、よけてたらしいんですよ。出てきた雑草を根っこの土を落として横に置くっていうのをやっとったら、それがよく気づいてやっとうよね、みたいな。だから、いい子よねみたいなふうに言われたエピソードを今思い出しました。

尾崎:なるほど。

だいすけ:本当にそういう意味では昔ながらの考え方というか、長男なんだからしっかりしなさいねってよく言われてたので。親の言うことだったりとか、おじいちゃんおばあちゃんが言うことは、聞こうというか。聞かねばみたいなふうに過ごした幼少期だったなと思います。

尾崎:好きだったこととかはありますか。

だいすけ:好きだったこと。ポケモンの指フィギュアってあるじゃないですか。あれを集めるのがすごい好きで。僕、きょうだいが3人だったので、あまり自分が満足するまでは買ってもらえなかったんですけど。

それを集めて友達と小学生のときにですね、友達と夏休みとか、自分がどんなの持ってるかって見せ合うというか、見せ合って遊ぶみたいなのが好きでしたね。

尾崎:小学校で覚えているエピソードはありますか。

だいすけ:1、2年生ぐらいまではそんな感じで過ごしていて。2年生の時に両親が離婚したんですよね。シングルマザーの家庭に子供3人っていう感じだったので、なかなか。母も一生懸命、子育てをしていたのは今でもわかりますけど。なかなか殺伐とした空気の中での生活が続いて。

でも、高学年になるにつれて、放課後に友達と遊ぶのが楽しかったですね。駄菓子屋さんに集まって、駄菓子買って、ケイドロしたりサッカーしたり。そんなふうに、たわいもなく過ごず放課後が好きだったなと。

尾崎:中学校に上がってからは、どんな感じでしたか。

だいすけ:中学校に上がってからは、中学校の半分ぐらい不登校で、学校行ってなかったんですよね。わざわざ自分がちょっと変わったことしてみたいと思って、校区外の学校を選んだんですよ。だから同じ小学校から行く友達が4人ぐらいしかいないところ。一学年に160人ぐらいのところの4人だったので、ほとんどアウェイの中で生活するっていうのがあって。

1年生のときは、むしろ楽しかったんですけど。2年生になってから、学校に行かなくなって。結局、中2の途中でまた学校に行くんですけど。学校には行ったんだけど、ようやくクラスに馴染んだと思ったらすぐクラス替えで中3になって。クラス替えになった今度は中3のクラスに馴染めなくて。馴染めなくてというか、馴染まなくてというか。

5月ぐらい、6月ぐらいかな。から不登校になって、そのときに人生で初めて自分が死にたいっていうぐらいすごく、今思うと鬱状態と言いますか。になって、本当に家から一歩も出たくない、携帯も見たくない、引きこもるみたいなふうに過ごしていて。

見かねたおばあちゃんが、そんなふうに家で腐ってるぐらいだったら、おばあちゃんちにおいでよっていうのがきっかけで、おばあちゃんちに3、4ヶ月ぐらいですかね。リトリートみたいな感じで。だからさっき言った、もう畑と鶏の声しか聞こえないみたいなところで、過ごしてたらちょっとずつ自分を取り戻していく。元気なって進路どうすんのって、あんた将来どうすんのってなって。自分でも頭ではよぎったので。大学には行こうとは思うから高校行くためには中学校行っとかないかんし、受験もせないかんかっていうので、中3のだから、11月とか12月ぐらいからまた学校に行って。その後は進学ですかね。

尾崎:進学ということは、高校生に上がられたっていうことですか。

だいすけ:そうですね。高校に上がったんですけど、高校も上がったは上がったで、4日で学校に行かなくなってですね。入学式と次の日行って。それもまただから、なかなか学ばないみたいで。中学校の時に校区外に行って、友達がいないとこに行って、アウェイを感じたんだから、高校はみんなが行くようなところに行けばいいのに、特段別に小学校でいじめを受けてたから違う中学校に行ったとか、中学校でいじめを受けてたから違う、また知り合いがいないところに行ったっていうわけじゃなかったんです。

単純に自分が選ぶものが、わざわざアウェイなところを選んでたっていうところで。高校も本当にむしろ友達1人もいないみたいなところの高校を選んだんです、自分。自転車で1時間かかるようなところをわざわざ選んでたので、それも行ったことがないところ。入学式に行って、嫌だなって、誰も知らんし、すごい居心地悪いなみたいなのを感じてて。次の日、学校行ったら、1人休んでる子がいたんですよね。休んでる人いるやん、俺ももう休もう! みたいなふうに。もういいやみたいな、と思って、次の日から行かんくなったんです。

ゴールデンウィーク前にお前どうすんのって。だから僕が高1の時に両親がまた、両親というか、母が再婚して。義理の父が一緒に生活を始めたので。学校にどうするのみたいな、めちゃくちゃ言われたりだとか。両親だけ再婚して生活が始まって、相手の方が独身が長い方だったんですけど、独身期間が。それでやっぱすごく喧嘩が多かったですね、家の中で。

毎朝どっちのゴミ出す、ゴミ出さないみたいなことで喧嘩してるみたいなのはすごく覚えて
。それも相まって、もういいやみたいなふうになるけど、どうすんのみたいなふうに言われて、俺もどうしたいかわからないよみたいな。行った方が良いのはわかるけどとか、行かなかったら行きづらくなるのはわかるんだけど、つらいから行かないんだよねみたいなまま、ゴールデンウィークがやってきて。ゴールデンウィーク前に1回行ってみようみたいな思い立った日があって行ったんですよね。

そしたら、行ったら行ったで今度、入学式の次の日に休んでた子が、なんだったらクラスの人気者じゃないけど、みんなに囲まれてて。そういう展開ある? ってびっくりしたんですけど。お前もそんなとこで1人で寂しくお昼ご飯食べてるだったら一緒に食べようよって、その声かけてくれて。ほっとして過ごしてて、部活でもしようかなと思って、できたばっかりのハンドボール部に入ったんです。

そしたら、それが思ったほか、熱血の先生のところで。何となくお察しの通りすごく打たれ弱いので。それで、もう熱血だったら無理だみたいなところからゴールデンウィーク明けも行かなくなりました。

尾崎:それからどうなりましたか?

だいすけ:それから1年生のときに、1年生が終わる3月のときにどうするのっていう話で、もうやめるわって言って、中退したんですよね。中退したのはいいんだけど、どうすんのっていうとこの話から、高卒認定っていう昔で言う大検があるよっていうのを聞いて。大学には行くんだったら高卒認定取っとったら?みたいな話で。っていうか、取らないと行けないからね。高卒認定を取るための、いわゆる普通の高校からドロップアウトしたようなヤンキーの子だったりとか、僕みたいな引きこもり気質な子が行くような学校があって。そこに行ったんですよね、1年だけ。高卒認定を取るっていうコースで。

そこに通いつつ、一日朝から晩まで学校じゃないので。その高卒認定の試験が取れればいいから、いろんな勉強を自分でしようみたいな。空いてる時間が多かったので、その時間をバイトに使ってたりして、自由になるお金も多くって、髪の毛染めたりとか、パーマかけたりとか、好きな服を何万円分も買ったりみたいな生活を1年ぐらいしてました。

尾崎:そのときは、気持ち的には安定されてたんですか。

だいすけ:そうですね。なんか楽しかったですね、そのときは。

尾崎:どうして楽しかったんですかね。

だいすけ:普通とは違うっていうところにすごいコンプレックスがあったんですよね。普通の高校生は学校に今行っているのに、自分は行けてないとか、行ってないとか。当たり前のことが当たり前にできないっていうので、中2から高1にかけての期間ですごくコンプレックスだったんですけど。

そうやってバイトして好きにお金稼いで、むしろ他の子が学校に行ってる時間、自分は買い物してたりとか、バイトしてるっていうことにすごく優越感も感じてたし、充実してるなっていうふうに感じてもいて。っていう感じですね。

尾崎:それからどうなったんですか?

だいすけ:それから、結局でも高2が終わったら今度受験生のシーズンがやってくるというところで、予備校というんですか。進学塾に行ったんですよね。そこからがまた極端で。1ヶ月、1日14、15時間勉強したと思ったら、休みなく毎日。かと思ったら、今度急に1ヶ月全く勉強しない、0時間みたいなふうに極端な生活が続いて。1ヶ月勉強して、1ヶ月しない。

見かねた塾の先生が、そんなんじゃちょっと。そんな勉強の仕方してるから、当然、偏差値が上がるわけもなく。その勉強の仕方じゃ大変よみたいなことは言われながらも、中学3年生のとき同様、わかるんだけど、できないんですみたいな。やる気が湧かないんですみたいな状況が続いて。

結局、当初は薬学部目指してたんですけど、国公立。母が看護師だったので、そういう医療系の資格の仕事がいいよみたいな、すごく小学生のときから言われてて。そんなんで。だからずっと大学を目指してたのも薬学部に行った方がいいし、行くことを期待されてるしみたいなところがあって、ずっと大学に行かねばみたいな感じだったんですけど。

そんな感じで偏差値がとてもじゃないけど、国公立の薬学部を目指すような偏差値には届かなくて。どうしたもんかなっていうときに、たまたまテレビで新しい大学ができました。新しい大学の新しい学部ができましたみたいになって、出会ったのが入学した東京未来大学っていう私立の大学で。

学部がモチベーション行動科学部っていう、モチベーションについて学びましょうみたいなところでした。僕みたいな、上下が激しい、モチベーションのアップダウンが激しい俺みたいな子が行ったらいいよっていうので母が激推ししてきたのもあって。結局だから、そこに入ったんです、大学。

尾崎:入ってからはどうでしたか。

だいすけ:ちょうど高3の時に行ってた進学塾の塾長が面白い人で。今だったらコーチングってもう当たり前に聞きますけど。10年前ってコーチングってまだまだ、スポーツの世界の中のことみたいなイメージが強かったときに、塾の子供たちの指導にコーチングを取り入れるみたいなことをやってた先生で。アメリカでコーチングの、アンソニー・ロビンズっていうコーチング界隈の中ではすごくトップな人がおるから、その人のU20、20歳以下の子向けにリーダーシップのセミナーやるから行かない? みたいな声をかけられたんですよ。

当時、そのセミナー代だけで20万で多分渡航費で20万ぐらいかかってるから総額40万ぐらいかかったんですけど、親がそれ出してくれて、それに参加したんですよ。初めてそのときに、1週間ちょっと渡米して。それはそれで帰ってきて、結局何もセミナーのことは生かさずですね、アップダウンする生活が続き。そのときにその繋がった日本人のチームみたいなのがあって、その日本人チームの中で大学生が1人いて、学生団体っていうのをやってるから、君も大学入ったら、僕たちと一緒に活動しない?みたいな言われたのをきっかけに。

大学が決まったのが1月か2月ぐらいに決まったので、2月から3月ぐらい毎日群馬から東京に電車で通って、学生団体の活動に参加してたんです。すごく活発に活動をしてたっていうのもあって、大学に入学したときも、見た目は元気な子みたいな感じだったんですよ。ただ内面はそんな変わったわけじゃなかったので、家に帰ると外とのギャップに自分がすごいずーんと疲れて。だんだん外で見せてる自分と本当の自分っていうところのギャップがどんどん強くなっていって、しんどいなって感じることが増えて、中3だったり中2だったり、高1だったり、定期的に引きこもったときに行き着くところが死にたいって思うっていう、自殺願望があったんです。

それがだから大学1年のときにもう一回再発というかですね。けど外では元気に活動してるから、起業するぞって言ったりとか、大学生向けの新しい教育の何かしようよみたいなふうにやってたりとかする中で、バリ島で英語のセミナーがあるから行ってみない? ってまた声をかけられたんですよね。

その英語のセミナーを受けにバリ島に行ったら、そこに僕は東京から学生チームっていうので行ったんですけど。福岡からも来てて。その福岡から来てた経営者のおばちゃんにいろいろ人生相談をしてたんですよ。なんかすごく話しやすいなと思ったところから、実は死にたいと思っててみたいなことを言ったら「わかった。じゃあ死にたいと思うんだったら聞いていてやるからそこで死ね」って言われて、なんてひどいこと言うんだろうと思ったんだけど、そのときには、死にたいぐらい自分が生きづらいと思っとうだけで本当は生きたいと思ってるんだっていうことにパッと気づいて。

人生やり直しに東京から福岡に越しておいでよって言われたのがきっかけで、大学1年生が終わったのと一緒、同じタイミングで大学側にはインターンシップするために2年間福岡に行ってきますっていうことにして、休学して、福岡に移住しましたね。そのまま大学は辞めて、今に至ります。

未来:もちろん葛藤はあるんでしょうけど、それを一つひとつ乗り越える度に、自分との自己信頼っていうものが高まっていく人生になっていくんだろうなっていうふうには思ってます。

尾崎:5年後、10年後、あるいは死ぬまでを想像して未来についてどういったイメージをお持ちですか。

だいすけ:変化に富んだ人生を送っているんだろうなとは思います。

尾崎:どういった変化でしょうか?

だいすけ:本当にまさか自分が福岡で今こうやって生活しているとは思いもしなかったし。3年前に会社も。入社して6年、7年経つんですけど、3年前に会社が派閥争いで二分して、倒産の危機にあうみたいな。2年ぐらい、給与がまともに出ないみたいな時期もあったんですけど。そういう時期も経て、今があるということを思うと、すごく変化に富んだ人生ではあるなと思うんですよね。

だから冒頭に言った自分が臆病ではあるんだけど、すごく安定志向じゃなくて、不安定思考。不安定なことを楽しんでるんだなと思うと、今後も変化に富んだ人生っていうものを潜在的には自分がすごく望んでるんだろうなと思うと、そんな人生になっていくんじゃないかなと思いますね。

だから自分でも全く想像がつかないことが起こってるんだろうなと思うので、どんなふうに変化するだろうというふうに思うと、ちょっとわからないです。

尾崎:ちなみに中学校、高校と変わったことがしたいと思って、友達のあまりいない学校に進学したっておっしゃってたんですけど、なぜですか。

だいすけ:そう思うと、昔からそういうとこあるんですよね。振り切ったように、周りが止めとけよって思うようなことを振り切ってしまうところがあるっていうか。福岡に移住してくるときも、やっぱりやめといた方がいいよっていうのは相当言われたんですけど。俺、福岡に行かないと変わらない気がするんでって言って全部振り切って。当時付き合ってる彼女もいたんですけど、東京に。その彼女ともめちゃくちゃ喧嘩して、福岡に来てるっていうところを思うと、何かあるんでしょうね。自分の中でのスイッチが、それがわからないのが困りますけど、自分で。

尾崎:そこは自分でもわからないと。

だいすけ:そうですね、スイッチが入る瞬間があります。

尾崎:では、不登校になって引きこもりになって、おばあちゃんちに行って「自分を取り戻した」っておっしゃってたんですけど。取り戻す前は、自分を失ってたっていうことですか?

だいすけ:本当にその通りだと思います。むしろ、取り戻した後も長らく自分を失ってました、そういう意味では。

尾崎:自分を見失っていたって、そもそもどういうことなんですかね。

だいすけ:自分がどうしたいかわからなかったりとか、感情とすごく切り離されてるなと、そういうときって。幸せだって感じにくかったりとか。今の状況って、きっと幸せだと思うから幸せなんだろうみたいなふうに頭で考えて思ってて。本当はすごく居心地が悪いと思ってたりとか、無理をしてたりとかするんですけど。そういう自分が無理をしてるっていうことに無自覚だったりとか。自分の感情に無自覚になってるときって自分を失ってるなと思います。

尾崎:性格をお聞きしたときに「素直でいい子」っておっしゃってて。それにもちょっと関連するのかなと思うんですけど、誰かの期待みたいなのに応えて、自分が失われるっていう感じなんですか。

だいすけ:どうなんだろう。影響を受けやすいってのはめちゃくちゃあります。それは昔から言われてます。一番古い例でいくと、テレビで仮面ライダー何かやってたりするじゃないすか。仮面ライダーだったりとか、戦隊物。ゴレンジャーの。ああいうのを見たら、それにしばらくなりきってるみたいな。他の番組だったら、今度は他の何かになりきってるみたいな感じで。いいなと思ったら、それに自分がすごく影響を受けやすいというか。っていうのがあります。

尾崎:影響を受けやすくて、でも本当の自分とは違うから……?

だいすけ:例えば、影響を受けやすいと思ってるのを、今なんかすごく話を聞いたりとか、すごい経営者の人の話を聞いて、自分がわくわくしてるんだねっていうふうに、自分に自覚ができたら、別にその経営者の人が言ってた、すごいなと思った経営者の人が言ってたやり方に自分が、感動。

この経営者の人が、とにかく行動しましょうと。すごい人が言ってるからとにかく行動した方がいいんだみたいなので、例えば、とっかえひっかえ、いろんな人に名刺を配って、配り歩くみたいな。行動するのが大事です、だからそうするんだみたいな。結局、名刺は何百枚って集まるけど、その後の何にも発展しないみたいなところがあったんですけど。

結局、とにかく行動しろと言われたから名刺たくさん交換して、たくさんの人と知り合いになったはずなのに、なんか自分はすごくむなしかったりとか、疲れてたりとか、意気消沈してるのは、なんでだろうみたいなふうに。

今だったら、それが経営者の人が行動した方がいいよっていうふうに言った、その話を聞いてわくわくしたんだね、自分っていうふうに振り返れるんですけど。そのときはわくわくしてるっていう感情に無自覚なまま、行動しろって言われたら行動するんだみたいなふうになってたなと思うと、影響を受けやすいっていうとこの自分を知らなかったなと思います。

尾崎:わくわくする気持ちを自覚したきっかけってありますか。

だいすけ:福岡に移住してきて、今勤めてる会社が感情だったりとか潜在意識っていうものに自覚してというか、意識を向けていきましょうっていうことを、根本に伝えてる会社なので。その中でインターンだったりとか、自分が勤める中で、そういう教育だったりとか研修を自分が受ける中でですね、自分ってこういうときにわくわくしているんだとか、こういうときにがっかりするんだとか、こういうときに無理してるんだみたいなふうに、それまで自分でも無自覚だった何か感覚的なものにようやく名前がついて、自分がわかりやすくなったっていうのはあります。

尾崎:もしもの質問っていうのをしてるんですけど、今の会社に入ってなかったら、どんな人生になってると思いますか。

だいすけ:多分いまだに群馬の実家で引きこもってるか、もしくは、どうでしょうね。どっかでのたれ死んでるだろうなっていうぐらい、すごい大きなライフシフトの機会でしたね。

尾崎:なるほど。あとは、死にたいっておばさんに行った時、ひどい言葉を投げかけられたっておっしゃってたじゃないですか。あの経験がなかったら、どんな人生になってたと思います?

だいすけ:ひどい言葉を言ったっていうおばちゃんが今、実は勤めてる会社の代表で。

尾崎:え? すごい。

だいすけ:そのおばちゃんに、そんなこと言ってるんだったら福岡おいでよって言われて、そのままそのおばちゃんの会社で働いてるっていう。なので、それがなかったら本当にのたれ死んでるだろうなと思います。

尾崎:そうだったんですね。すごい、ご縁が。

だいすけ:そうなんですよ。

尾崎:鳥肌が立ちました。死にたいって思ってた学生の自分とか、身近に死にたいって言ってる人がいたら、何て声かけます?

だいすけ:逆に言うと、死にたいっていうときの死にたいレベルが人それぞれあるんだろうなと思って。本当に死ぬ人って多分何も言わずに死ぬと思うんですよ。死にたいって言ってるうちはどっちかっていうと、何て言うのかな。自分でもどうしたらいいかわからないけど困ってるっていうことの裏返しが、死にたいっていうふうに出て、死にたいって言ったら周りがびっくりして、大丈夫?って気を注いでくれるじゃないですか。それが嬉しいなとは思うんで、そういうことをそのまま言うかなと思って。今話したような内容をですね。

だから自分の経験を交えて伝えたりとか。さすがに、わかった、じゃあ、そこで聞いているからそこで死んでいいよって言う勇気は今、僕にはないので。そういう意味では、本当に死にたくて言ってるわけじゃないなっていうのはわかります。

尾崎:今の会社の代表さんは、どういう気持ちで死にたいってだいすけさんが言ったときにひどい言葉をかけたと思いますか。

だいすけ:そういう意味では、毎日人って死んで生きてると思うんですよね。毎日死んで生まれ変わってるというか。毎日っていうか、毎日どころか一瞬一瞬、そうだろうなと思うんですよ。

ありきたりな言葉ですけど、昨日と同じ日はないってよく言われると思うんですけど。同じように思ってるだけで同じじゃないんだろうなと思うと、今の、この自分というのも死ねばいいのにって思うような自分っていうのは本当に1回殺して。もう一回、新しく始めるんだったらどうするんだろうかっていうことを言ってたんだろうなって今は思います。

尾崎:最初の方に「不安定なことを楽しんでいるんだ」っておっしゃってたと思うんですけど、不安ってどうやったら楽しめるんですかね。

だいすけ:不安定なことをですか。

尾崎:そうですね。

だいすけ:そういう意味では、いわゆる楽しいっていう感情だけじゃなくて、言ったら不安だったりとか、怖いだったりとか、焦るだったりとか、心配だみたいな、そういう気持ちも湧いてるのも含めて、自分、今これ怖いと思ってんだね、面白いみたいな。そういう状況を面白がるというか。

不安を感じている自分に飲まれないって言うと、あれですけど。不安は不安としてあるよねみたいなふうに。映画を見てたら、主人公がすごくバタバタしてて、焦ってんなとかって冷静に見れるやないですか。ある種、そういうふうに自分を客観的に見るというか。それが不安定を楽しむっていうことなのかなっていうふうに、今のところは思ってます。

じゃないと、ただただ不安定な状況があって、明日どうしようみたいなのでオロオロして、不安に飲まれるだろうなと思って。そこから、どう状況を変えていくんだろう、自分っていうふうに、映画のワンシーンを見るかのように過ごしているのかなと思います、それを楽しんでいるときはですね。

尾崎:これから未来で、また死にたいなって思うことがあると思いますか。

だいすけ:それはもうないなと思ってて。福岡に来てから、最初の頃はありましたけど。最近、ここ数年、本当に死にたいと思ったことはなくて、一度も。というか、だから死にたいくらい落ち込んでるとかっていうふうに。死にたいわけじゃなくて、がっかりしてんだねって、これいけると思ってたんだよね、自分みたいなふうに自分で自分のその感情に寄り添うというか、自覚することが増えてはきたので。

死にたいみたいなふうに行き着く前に、死にたくなるぐらい、そうなんだよねみたいなふうに冷静に声かけてる自分がいるなと思うと、今後の不安定な変化っていうところもより今まで以上に。もちろん葛藤はあるんでしょうけど、それを一つひとつ乗り越える度に、自分との自己信頼っていうものが高まっていく人生になっていくんだろうなっていうふうには思ってます。

尾崎:最後に言い足りないこととかはありませんか。

だいすけ:インタビューの内容とはちょっと離れるかもしれないんですけど。仕事柄、人の話を聞く時間が多くあるんだなっていうふうに今、この1時間、自分が質問されてて気づいて。だから新鮮でした、人に質問されるっていうのが。

尾崎:新鮮。

だいすけ:逆に自分がよく人に質問するとか、人の話を聞く側なので、自分が聞きたいことと意図しないことが返ってきてびっくりしたりとかってことが僕はよくあるんですけど。その話はわかるんだけど、それがどう問題解決に繋がるんだろうかって戸惑うとかですね。けど、質問されて答える側っていう体験を今回してみたことで、今まで以上に自分の仕事っていうところでも、相手が答えるときにどんな気持ちなのかっていうのが1個想像しやすくなったなっていうのは、面白い気づきです。

あとがき

甘えベタで独りよがりだった私が10代から20代前半で一番影響を受けたオトナは誰だったか考えてみました。

私の場合「下田美咲」さんですかね。彼女はエッセイストという肩書でTwitter や noteで発信されています。直接会ったことはありませんが、書籍はすべて本棚に並べられています。

彼女の書籍のタイトルを2つ紹介します。

『生きているだけで死にたくなるような世の中で生きていてもいいような気がしてくる119の名案』『私に都合のいい人生をつくる』

タイトルからどういう印象を受けましたか?

これらの本や下田美咲さんの発信を通じて、甘えベタで独りよがりだった私が学んだことは「”自分を大事にする”とは、具体的にどういうことか」「フラットな人間関係を築くための考え方や方法」など。

もし、SNSという概念がない時代に生まれて、下田美咲さんの影響を受けない人生を想像すると胸が苦しくなります。下田美咲さんに救われたんだな。

どういう形でもいい、規模も小さくていいので、いつか私も救う側の人間になりたいと思っています。自分の好きなことを突き詰めた結果、他人にいい影響がある形が理想かな。そのために、日々の生活で感じたことと丁寧に向き合って言語化していこうと思いました。

読者のみなさま、読んでくださりありがとうございます!
だいすけさん、ご参加ありがとうございました!

またお会いしましょうね。

【インタビュー・文字起こし・編集・あとがき:尾崎ゆき】

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