自分のことを1000人殺したいって奴がいたとしても1万人自分と仲の良い友達がいれば相殺されるなって人
新潟はサラリーマンの時にお客さんがいたんで何回か行ってるんですよね。新潟の周囲にまた別のお客さんがいれば泊まりもできたと思うんですけど、日帰りでねー。
朝、東京から新幹線で新潟まで行ってついたら昼ごはん。午後いちで訪問して商談(というか継続だったんでご挨拶でしかないですね)して、新潟駅までまた帰ってきて、で、新幹線ん乗ってまた帰ると。
で、ちょっと遅めの新幹線をとって、軽くお酒を飲むと。
新潟駅の下に、日本酒がささっと飲めるお店と、クラフトビールのお店があったんですが、たいだいそのあたりで飲んでましたね。夕方じゃないから、居酒屋とかは空いてないし。
まあそういう意味では限定的にしか知らない土地なのかな。
私は東京生まれで東京育ちだからさ、土地に対する愛着があんまりないし、その土地に住んでいる人たちに対しても親近感みたいなもの、あんまりないんだよね。
だからそういうのある人はうらやましいなって思ったりもする。
無名人インタビュー始めます!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】
今回ご参加いただいたのは やんやん さんです!
現在:相手が何を聞きたいかに合わせて情報を得てわかりやすく伝える仕事をしているんです。
ナカザワ:やんやんさんは、今何をしている方ですか。
やんやん:いろいろ活動はしてるんですけど、肩書きで言うと、地域史教育コーディネーターをやっております。
ナカザワ:地域史、地域の歴史ですね。
やんやん:はいそうです。
ナカザワ:具体的にどういったことをされてるんですか。
やんやん:多分日本中でこの肩書きを持ってるの私だけなんですよね。地域の歴史をいろいろ調べて、社会人だとか、学生だとか、子供にわかりやすく伝えるということをしております。
ナカザワ:それは資格なんですか?
やんやん:資格ではないですね。名乗ったもん勝ちですから。名乗ってしまいました。
ナカザワ:なるほど。今のところ名乗ってる方が1人だけっていう。
やんやん:そうですね、はい。
ナカザワ:地域の歴史自体も広いですけど、どんな内容を伝えることが多いですか。
やんやん:私新潟県の長岡市ってところに住んでるんですけれども、そうすると近現代が中心になるんですね。
私も実はナカザワさんのことをちょっと調べてて。ナカザワさん長岡市出身っていう情報を得ているんですけれども。
ナカザワ:はい。
やんやん:長岡ってやっぱり、河井継之助とか戊辰戦争以降の話が有名なので、需要としてはあのあたりなんですよ。
こういう仕事をしているので、地域の学校だとか、社会人向け講演や講座に呼ばれたり、自分で勝手に行ったりしているんですね。そのときに、相手が何を聞きたいかに合わせて情報を得てわかりやすく伝える仕事をしているんです。
私は元々大学で日本民俗学と日本考古学を勉強してたんですよ。しかも関西の大学でしたから、ぶっちゃけ地元の歴史とかあんまり知らなかったんですね。戻ってきてから勉強し始めたんですけれども。
そういう、知りたい人に寄り添った知識を伝えるっていうことをしています。元々教員なので、研究者とは違うんですよ。研究者の先生って自分がやってることだけを伝えるじゃないすか。
私のやっていることは、相手の知りたいことを、相手にわかりやすく伝えるっていうこと。私は英語もやってるので、場合によっては外国人向けに英語のコンテンツを作ったり、英語で伝えるってこともしていますね。
ナカザワ:じゃあ近現代っていうのは、それを求められるから伝えるっていうことが多いってことですか。
やんやん:そうですね。求められることも多いですし、結局江戸時代以前だと、なかなか史料がないんですよ。あるんですけれども、いわゆる一般人がアクセスしやすい史料っていったらやっぱり図書館。そうすると、一番アクセスしやすいところも近代、近現代以降になります。
あと、意外と大正時代、昭和時代って、近すぎるからみんなあんまりやらないんですよ。そうするとどんどんどんどん資料も記憶もなくなっていってしまうんですね。
だからまあ、これからの歴史の一番の穴場はおそらく昭和史になるんじゃないかって思ってるんですけど。昭和史、特に戦後ですよね。GHQが日本を植民地支配してから高度経済成長で日本の経済が伸びたあたり。そしてちょっと伸びた後に疲弊して、というあたりまでを押さえる人が、出るといいなって思ってるんですけど。
ナカザワ:ご自身の専門があるわけではないんですか。
やんやん:専門は一応持ってますよ。
お寺と神社と、それから学校教育史が一応自分の中では専門なんです。関西に行ったときは結構面白いものもありましたけれども、ぶっちゃけこの辺でお寺とか神社とか言っても、そんなにないんですよね。特に長岡なんてもう寺自体も空襲で焼けて建て直したものが多いので。
ナカザワ:最近だと、どういった1日を過ごされてますか、調べることがメインですか。
やんやん:最近はちょっと雑務に追われてるんですけど。一応本業で英語の先生もやってるので、一言で言うと、書籍で調べてるか、調べたことをライターとして書いてるか、それか誰かに伝えてるかのどれかですね。
ナカザワ:本業が英語の先生というと、どこかで教えてらっしゃるんですか。
やんやん:一応フリーで、いろんな塾や予備校で教えてます。自分でも生徒を取ってることもありますね。
ナカザワ:英語と地域史ってなんか全然結びつかないんですけど、それはたまたまですか。
やんやん:全然違う分野だから面白いでしょう。言語やってる人はまず歴史をやろうと思わないし、歴史をやろうとする人は言語が苦手な人が多いんですよ。
なんでこういう組み合わせになっちゃったか。「なっちゃったか」ってあえて言いましたけど、なっちゃったかっていうと、私学生時代元々、日本の文化とか歴史を海外の人に伝えたい仕事をしたかったんです。
ナカザワ:なるほど。
やんやん:高校時代にホームステイで2週間ぐらいアメリカに行ったんです。
そのときいろんなアメリカ人の人に日本の歴史とか聞かれたんですけど、当時英語が喋れなかったこともあるんですけれども、自分が歴史好きで勉強してる割には、彼らにうまく日本の文化とか歴史のことを伝えてられてないなって思って、それが悔しくて。
で、歴史を勉強しながら語学を勉強できるところに行こうと思って、関西の大学に行ったんですね。そこで英語と歴史の勉強をし始めて、まあ将来は学校の先生になろうかななんて漠然と考えてたんです。
でも、大学3年の終わり頃ですかね。うちの大学がアメリカの大学と提携を結んでて、ちょっとお金はかかるんですけど、1年間留学できる機会があったんですね。語学留学なんですけれども。
本当は自分でTOEFLとか点数取れて、交換留学に学内で選ばれれば良かったんですけど、語学系の人じゃないとリスニングとかが不利なんですよね。私は文学部出身で。
文法とか単語は自分でも勉強できるんですけど、なかなか外国人と話す機会のない文学部出身の人間が、リスニングの力を伸ばすことができなかったので、とりあえず1年間、語学留学という形で、現地の語学学校で勉強して帰ってきたんです。
日本の大学を卒業したら、本当はそのまま大学院に行こうと思ったんですね。けどなんか日本の大学に行くのが馬鹿馬鹿しくなって。
海外の大学の学部に行くんだったら奨学金が使えるって言われたので、向こうの大学の普通の学部に行きました。だから、私は学士を二つ持ってるんですよ。日本の大学の学士と向こうの大学の学士。セカンドバチェラーとか言うんですけども。第2学士ですね。
最終的に向こうの大学を卒業して、日本に帰ってきたって感じすかね。それで、こういう活動をしております。その前に台湾に仕事で行ったりとかもしてたんですけど、なんか気がついたら日本帰ってきてました。
ナカザワ:仕事以外に趣味とか、今、好きでやってらっしゃることとかってありますか。
やんやん:趣味はね、二つあって。今ながおか史遊会っていう団体を立ち上げて、地域の人と一緒に歴史の勉強をしてるっていうのがあるんですけど。
今一番大きいのは怪談ですね。怖い話。怪談好きの仲間と集まって、あちこちで怪談イベントを作ったりとかしてます。
ナカザワ:怪談が趣味っていうのは、怪談を聞く、話すってことですか?
やんやん:聞くのが好きだったんですけど、語る方にも巻き込まれて、この前怪談師デビューしました。
ナカザワ:失礼な聞き方かもしれないんですけど、怪談のイベントに行くっていうのは、やっぱ聞くのが面白いってことなんですか。
やんやん:大体の人は多分聞くのが好きなんでしょうね。語れって言われても、多分語るにも技術がいりますからね。
ナカザワ:確かに。怪談はどういうところが面白いですか。
やんやん:複数あるんですけど、子供の頃から不思議な話が好きだったんですよ。
大学も、考古学と民俗学が勉強できるところに入ったんです。民俗学って妖怪とか勉強できるじゃないですか。でも、ガチの民俗学って妖怪はやらないんです。ガチの民俗学はフィールドワークとか、柳田とか折口の理論の勉強をしたりとか。
妖怪とか、精神論的なものはある程度学者として成功した人間がやるものであって、駆け出しの人間はああいう解釈がいろいろ取れるような内容をやっちゃ駄目だよって言われて。それで私の中で妖怪とか怪談の研究に対する興味っていうのは封印してたんです。
卒論は即身仏で書きましたけどね。
ナカザワ:なるほど。
やんやん:卒論に関しては、怪談っぽい話は入ってないですけど、民俗調査してるとやっぱりそういう話も入ってきますね。本当は望んでないのに埋められたとか、そういう話も聞きましたけど。
よくあるのが、即身仏の調査に行ったときに、この即身仏写真撮っていいですかと聞いたら、地元の人に「撮っていいですけど写真撮ると呪われますよ」って言われるとか。
私はそのとき、自分の中でも、またとないほど最悪な人生を送ってたと思っていたので、十分呪われているから大丈夫ですって写真撮ったんです。何もなかったですけどね。
ナカザワ:不思議なものとか、その繋がりで怪談なんですね。
やんやん:そう。20代とか30代のある時期までは、自分の興味の中で封印してたんですけど、数年前に自分の父親が亡くなって、やっぱり、肉親の死を経験とかすると、そういう不思議な世界とか死後の世界の興味が開くんですよね。母は今年亡くなったんですけど、父とか母とかが亡くなっても、どこかね、向こうの世界で見守っててほしいなっていうのが多分あったんだと思います。だから父が亡くなったときなんてもう、葬儀の時間までずっとYouTubeで怪談聞いてました。
ナカザワ:イベントとYouTubeとかで聞くのはやっぱどっちも面白いですか。
やんやん:面白いですよ。ただイベントってお金がかかりますからね。プロの怪談師の話を聞くとお金かかっちゃうので、YouTubeである程度は我慢するってのはありますけどね。
私、まわしよみ怪談っていう怪談のYouTubeもやってますんで。
ナカザワ:いろいろやってらっしゃるんですね。
やんやん:やってます。まわしよみラジオってこうやってインタビューするようなチャンネルも持ってますので、よかったらチャンネル登録してください。
過去:哲学とか宗教学っぽいところから世界を捉えようとしてたんじゃないかなと思いますね。
ナカザワ:やんやんさんは、子供のころはどんなお子さんでしたか。
やんやん:子供の頃、多分変な子でしたね。
ナカザワ:どういうふうに変だったんですか?
やんやん:さっきの怪談の話と繋がるんですけど。結構学校の七不思議とかが好きで。
七不思議って本当にあるのかなとか思って、昼休みとか1人で校内ウロウロして不思議なものを探してましたね。
体育館の下に棺桶があるとかいう噂があったら、実際に体育館の下が見えるところに行って、あれが棺桶かな、とか探していたような子でしたね。
ナカザワ:それは何歳くらいのことですか。
やんやん:小学校ですね。
ナカザワ:小学校には七不思議があったんですか?
やんやん:七不思議もありましたし、今もあるかわからないですけど、階段の踊り場に、人の顔の4分の3くらい、ちょっと右上が欠けたような、人の顔みたいなシミがあって、さらに、反対側の階段のところにも頭蓋骨の下の方が欠けたようなシミが壁にあったりとか。
それは噂じゃなくて本当にありました。
そういうものを見ながら、これは本物なのかなとか。
小学校の先輩とかに聞いても、前にお化けのイベントやったときに、誰かが書いたのがそのままになってるだけなんだよ、と言われて。でも明らかに、人が書いたものじゃなくて本当にシミなんですよね。怖がらせないようにそう言ってくれたのかなとか、いろいろ考えたりとかしたんすけど。そんな感じの子でしたね。
ナカザワ:それは何なんでしょうね、知りたい、気になるみたいな感情なんですか。
やんやん:多分そうですね。好奇心が強かったんでしょうね。
ナカザワ:好奇心の向く先は、七不思議とかちょっと不思議な話が多かったですか?
やんやん:あと、哲学とか宗教の本を読んでいました。小学生のときから。
ボケーっと考え事して歩いてると、周りからはやっぱり変な子扱いですよね。空想の世界で生きてたので。
なんで自分はここに今存在してるんだろうとか、結構宇宙ってどんなんなんかなとかいろいろそういうことを考えてたので。
もし数学ができていればそのまま物理の世界に行ってたと思うんですけど、数学ができないが故に文系になっちゃって。割とそういう哲学とか宗教学っぽいところから世界を捉えようとしてたんじゃないかなと思いますね。
ナカザワ:それは、中学校、高校に上がっても同じでしたか。
やんやん:小中高ともういじめられっ子だったんですよ。変わってるし、ちょっとうちが特殊な仕事をしていたっていうのもあって。
小学校のときまずいじめられる。で、いじめられっ子って一度いじめられると、いじめられぐせがつくので。もういじめられっ子の考え方しかできないから、当然中学校高校入ってもいじめられるんすよね。
高校はなんだろう。高校入試失敗してるので、いろんなこと考えてる余裕がないせいで、常に悩みは進路のことと、友人関係。
ナカザワ:友人関係っていうのはいじめられていたことは含まれていますか?
やんやん:いじめられたのもそうだし、唯一仲良くしてくれる友達もそうです。
友達は小学校のときからいたんですけど、友達の扱い方がわからないんですよ。だから、気がついたら友達傷つけちゃったりとか。しょっちゅうです。
ナカザワ:なるほど。
やんやん:どういう風な距離感で、どういう風に人と付き合えばいいのかがわからない。なにせいじめられてるから、人に嫌われることは知っていても、人に好かれようと生きれないんですよ。
ナカザワ:友達の扱い方がわかってないなっていうことがご自身でわかったのは、いつの話ですか。
やんやん:多分中学ぐらいですね。あっなんか変だなって。自分は他の人と、友人関係のあり方が他の人と違うなと。だから余計にいじめられるんだなってことに気がついた。
まあ一言で言うと、空気が読めない子でした。
ナカザワ:進路って話もありましたが、もっといい高校に行った方がその先いけるのになっていう意味ですか。
やんやん:いや、もう大学は決めてたんですよ。中学のときから、父親に連れてってもらった大学に行こうって決めてたんですけど。
なんか、劣等感ですよね。数学はとにかくできないので、やらなくてもよかったんですけど。数学ができない自分に劣等感があって、結局公立に落ちたので、私立の進学クラスで、本当にもう進学のための勉強ばっかりするようなところに入って、結構大変だったんです。
勉強する合宿とかでね、補習とかあるですよね。数学ができなくて、再テスト。補修になったやつらはみんな合格して、もうとっとと寝てるのに、自分だけずっと合格しないで何度先生から説明を受けても合格しないし、だんだん夜遅くなってきて眠たくなるから、余計に頭に入らない。1時過ぎとかにもうしょうがないから寝れとか言われてやっと寝れるみたいな。そんな生活を送ってました。
ナカザワ:大学はその後決めてた学校に入れたんですか。
やんやん:行きました、そこは。決めてた大学に入れましたし、高校時代、日本史に関しては校内1位だったので。だから結局、行きたかった大学よりもさらに偏差値の高い大学に受かったんですよ。
でもどっち入るかって考えたときに、留学の支援がなかったので、一番最初に考えてたところにそのまま進学したんですけど。
ナカザワ:元々留学は視野に入れてたんですか。
やんやん:ホームステイに行ったのが高校3年生の夏だったんです。
大学受験の直前に、何を思ったかホームステイに行って。帰ってきてから留学しようって思ったんですよ。
ナカザワ:高校時代、進路にも悩んでたっていう風におっしゃってましたけど、それはどんな悩みだったんですか。
やんやん:まあまあ夢は叶ったんです。だから、学校の先生になるためのスタートラインには立ったんですよ、大学入ったことによって。
ナカザワ:元々、学校の先生になりたかったんですか。
やんやん:そうなんですよ。多分、学校の先生にしかなれないって思ったんですよね。今思えば学校の先生にもなれなかったんですけど。
要は、いじめられてたでしょう。世の中からいじめをなくしたい、じゃあ、どうしたらいいかっていったら、自分が学校の先生になっていじめられてる子を救えば、いじめがなくなるんじゃないかって本気で考えていた時期があって。それで学校の先生になったんですよ。
ナカザワ:なるほど。
やんやん:大学1年生の時に、教職論っていう、学校の先生はかくあるべきだ、みたいな、概論の授業があったんです。
当時その授業を教えてくれたのが、原田隆史先生っていう生徒指導の神様って言われてる方だったんですね。荒れていた公立中学校を立て直して、陸上の日本一を何人も出してるような先生。
その先生が教職論を教えてくれて。本当に学校の先生になりたいって思ってる自分にとっては本当にぴったり、しっくりくる先生だった。まあ厳しかったんですけど、いい先生に巡り合えたんですね。
他にも、いろいろ自分の中で尊敬する専門の先生とかに会いましたし、とにかく大学時代は先生に恵まれたって感じですかね。
ナカザワ:ちなみに、先生にならなかったのか、なれなかったのかっていうのは、留学に行ってたとかその辺があるんですか。
やんやん:留学したときにね、なんか日本の学校の先生になりたくなくなったなって思って。
大学卒業してからアメリカに行ったときに、いろんな国の人間と関わってたんですよ。
大学中に1年間行ってたのも含めて、いろんな国の子と関わって、日本とか外国の教育問題とか見たときに、日本っていろんなものが恵まれてるのに、ちょうど私が学生時代のとき、いろんな教育問題が噴出してて。それこそいじめだとか、学生が先生殴ったとか、殺したとか殺さないとかそういった物騒な話があって。日本で教育したくなくなったなっていう気持ちが強くなったんですよね。
恵まれてる国ゆえに、教育の価値が薄くなっちゃってるな、と。それだったらもっと、アフリカとかそういった貧しい国、今思えばアフリカなんて全然貧しくなかったんですけど、そういったいわゆる第三国みたいなちょっと貧しい国に行って、必要とされる教育をしたいなって思うようになったんです。
でも、できるわけないじゃないすか、教員免許なんか日本の免許しかないんだから。それだったら、もう学校の先生やらなくていいかななんて思い始めて。
それで、日本に帰ってきてからは普通に派遣で仕事したりとかもしてましたし、いろいろやってました。
ナカザワ:学士が二つあるってことは、アメリカの大学では何年勉強されたんですか。
やんやん:アメリカの大学では1年半ですね。
だからもう、学士を二つ取ってる時点で、軌道からは外れたんですよ。研究者にもなれないですし。他の人が大学院行くところで大学院に行かなかったから。
1年間留学したときに悩んでたんですよ。このまま教育の道に進むか、研究者の道に進むか。日本に帰ってきて、あぁやっぱり自分がやりたいのは研究じゃないなって思って、それで教育の道に進もうって思ったんです。
ナカザワ:でも、行かなかったんですよね。
やんやん:教育の道に進もうって思って、アメリカの大学に行ったけれども、そこでもしっくりこないなって思ってて、教育の道には結局つかなかったんです。
でも、気がついたら塾の先生やってた。日本に帰ってきてからは、塾の先生やったり、通信制高校の先生やったりとか。結局、先生にならない生き方を選ぼうとしたはずなのに、気がついたら先生やってたみたいな。
ナカザワ:先生じゃない仕事も、もちろんされたんですよね。
やんやん:短い期間でしたけど、そういう仕事もやりましたよ。でもやっぱり行き着くところは、教育の仕事。戻ってきちゃってるんですよね。
ナカザワ:それは、なんでだと思いますか?
やんやん:それしかできないんじゃないですか。かっこよく言うんだったら、自分の天職とか、そういう言い方はできると思うんすけど。
かっこよく言いたくないんで、あえて言うと、多分それしかできないんですよ。いい悪いとか、別に職業に貴賎があるとかないとかじゃなくて、自分にはそれしかできないんだろうなと。
ナカザワ:かっこよく言いたくないんですね。
やんやん:だって、かっこよく言ったってしょうがないじゃないですか。仕事してると、やっぱりかっこ悪い自分しか見えてないんで。
成功すれば、その仕事をずっとやれてるわけじゃないですか。でもそうじゃなくて、いろいろクビになったりとか、自分でブチキレてやめたりとか、そういういろんな挫折を通して、教育の仕事は次は絶対しないって思ってた時期もあるんですよ。けれども、気がつくと、「ここちょっと空いてるからやってみない?」とか声をかけられて。
要は生活するために、何も仕事しないと死んじゃうから、あいてるところに誘われるがままに入ると、気がつくと教育の仕事に戻ってる。だから塾の仕事でも、教えるのが嫌で営業側に回っても、結局塾の先生の人手が足りなくなったとき、「お前営業だけじゃなくて教えたことあるんだろ、だったらちょっと教えられるよな?」みたいな感じで。だんだんまた教育の現場に戻されていくわけですよ。
ナカザワ:なるほど。
やんやん:そうなんですよ。なまじ営業の仕事よりは、教育の先生してた時期の方が長いから。結局最終的には、教育の仕事に関わっちゃう。
だからもう、好きか嫌いかじゃないですよね。こうなってくると、それしかできなくなっちゃう。
もう15年以上はもう教えてるんじゃないですか、なんだかんだ。
未来:のたれ死んでると思うんですよね。ここまで自分のやりたいことしかやらない人生はないので。
ナカザワ:やんやんさんは、死ぬときに、何を思って最後死にたいですか。
やんやん:多分何も、何も思わないと思いますよ。のたれ死んでると思うんですよね。ここまで自分のやりたいことしかやらない人生はないので。
ナカザワ:何も思わないでいたいというか、何も思わないだろうっていうことですかね。
やんやん:そうですね。多分ナカザワさんとかが期待してるのは、最後あぁいい人生だったなとか言ってもらいたいみたいな感じですか。
ナカザワ:いや、どんな回答でもいいですよ。
やんやん:他の人ってどんな風に言ってるんすかね、逆に。
ナカザワ:統計は取ってないですけど、わかんないっていう人もいますし、やりきって死にたいみたいなタイプの人もいますね。
やんやん:我々は無の中から誕生してるので。宇宙の大きな存在の中から別れて、元々何もなかったようなところから生まれてて。死ぬときは多分、最終的に無に帰っていくと思うので。だから、死ぬ瞬間とか、多分こうしたいとか、ああしたいとかないですね。
ナカザワ:自分のやりたいことしかやってない人生っていうのは、今までの生き方の評価として、思ってらっしゃるってことなんですよね。
やんやん:もっと言うと、嫌なことから避けてきた人生がこれですよ。
やりたいことをやろうとした結果、嫌なことからことごとく避けてきた人生がこれだなと。
ナカザワ:逆にやりたいことって何ですか。
やんやん:これからやりたいことは、まず地元の歴史とか日本の文化をもっと海外に発信していきたいっていうのは強くあります。
まだそれができてないですけど、今は海外の人に伝えるよりも、まずは地元の歴史を、地元の人自身にしっかりと伝えないと駄目だなということで、今日本語で読んだものを日本語で発信してるんです。
今後は、英語に直して発信する割合を増やしていきたいなって考えてます。
ナカザワ:やっぱり最初におっしゃってた、日本の文化を海外に伝えたいっていうことですね。ゴールは海外なんですね。
やんやん:そうですね。ただ、正直これだけネットとかでいろんなコンテンツができて、AIで誰でも簡単に英語にできるようになったときに、果たして自分のやろうとしていることっていうのは、オリジナリティがあるのかなという風には思ってますね。
ナカザワ:確かに。
やんやん:そうなったときに、今やってる歴史語りにしても、自分が直接体験したことから語れるようになりたいなと思っています。自分が見てきたもの、自分が見た景色、直接聞いたもの。それはやっぱり自分しか発信できないので、そこに価値があるんじゃないかなと。
ナカザワ:それは、具体的にどういうイメージですか。
やんやん:そうですね。今自分で言って、これはどういうことだろうって、ちょっと困ってしまったんですが。
例えば、同じ史跡を見たとしても。例えば、そうですね、京都とかってよく行きますか?
ナカザワ:何回か行ってます。
やんやん:京都の宇治の平等院って知ってますか。10円玉の裏側に書かれてるところなんですが。例えば10人そこに行ったら、同じ空間にいても、10人感じることって違うと思うんですよ。
その違いって何からくるかっていうと、当然知識とかもあると思うんですね。
大体の人はまず最初、感性で捉えると思うんですよ。宇治の平等院に行って、ここはどんなところなのか、自分がまず好きか嫌いか。それから、見える風景。綺麗なのかそれとも心地よいのか、人によって違うじゃないですか。
ナカザワ:はい。
やんやん:私の場合、そこに知識が入ってくるんですよね。
藤原道長によって建てられたものだとか。でもそれって、やっぱりネットで今簡単に得られる情報じゃないですか。
私、宇治の平等院、一番最初に見てどう思ったかっていうと、10円玉と同じじゃんって思ったんすよね。
例えば、宇治の平等院の池に映ってるものを見て、どういう風に感じたのとか、そういうことって自分なりのものしかないと思うんすね。なんか鏡みたいだなとかって思ったんですけれども、それってやっぱり自分しかない感性だと思うんですよね。
だから、自分でもまだどういう風に発信していこうかわからないんですけれども。自分でしか伝えられない言葉を使って発信していきたい。
それから、日本文化のコンテンツとか日本の歴史のコンテンツってのを同じように英語に翻訳して発信してたとしても、受け取る側の国とか文化とか風習によって、受け取り方が違うんですよ。
例えば、新潟のコンテンツを英語に翻訳するとして、例えば農業体験とか、そういうのを同じ海外の人向けに発信したとしても、多分アメリカ人は面白がるでしょうけど、ベトナム人とか中国人とかアジアの人たちが面白がるかっていうと面白がらないじゃないですか
ナカザワ:そうかもしれないですね。
やんやん:なぜなら彼ら、母国で同じようなことやってるから。
その辺のさじ加減って、AIではわかんないんですよ。それを例えば、ホームページにしてツアーにして紹介しようってなったときに、今インバウンドって言ってますけれども、国や文化によって、重きに置くものが違うっていうことに気づかないと、日本人の想像だけの発信になってしまうから、海外の人たちに響かないんですよね。
そういった機微がわかる男になりたいですね。インバウンドの仕事もしてるんですけれども、ただ日本の文化とか日本の歴史を翻訳するだけじゃなくて、受け取る側の文化の違いで、発信するコンテンツも変えられるようにしたいですね。
ナカザワ:なるほど。
やんやん:今話しながら気がついたんですけど、そういうことだと思います。
ナカザワ:割と具体的に今お話いただいたんですけど、結構具体的に動いていきたいなっていう、そんな状況なんでしょうか。
やんやん:まあ、いずれやりたいなと思ってますけど、具体的にどうしようかとか全然動いてないですね。ただ、お仕事でたまに観光の仕事とか、翻訳の仕事とかももらってはいます。自分からメインでやるってことはまだあんま考えてないです。
もうね、私の本名で検索すると、その辺いっぱい黒歴史が多分出てくると思うので。
ナカザワ:積み重ねていって、まあそういうこともいずれはっていう感じですかね。
やんやん:そうですね。実際、本当にこの間も、出版のお話もありました。出版といっても共著の出版ですけど。
今は本当に、フリーランスとしてまだ、4、5年ぐらいなので。いただいてるお仕事を丁寧にやって、結果として返していくしかないなって感じですね。
ナカザワ:なんだかんだずっと、教えるとか学校とか教育みたいなところが軸で。軸にしてたというよりは、軸になってた部分があるのかなと思ったんですけど。
逆に、やってみたい仕事はありますか?
やんやん:なんですかね。考えたこともないんですけど。YouTuberをやってみたいですかね。
いやYouTubeはやってるんですけど、難しいですね。ヒカキンみたいにならないです。YouTubeの世界は奥が深いなと。
YouTuberをやってみたいですね。なってみたいっというか、やってみたい。
YouTuberとして、まわしよみラジオっていうのやってるんです。
これは、私がおもしろそうだと思った人にお話を聞いていくラジオ形式の番組なんですね。
私がYouTuberとして成功して、影響力を持つことによって、その人たちのことをもっと世間に紹介することができるんですよ。私は才能も何もない男なんですけども、何がすごいかって、あえて言うなら、友達がすごいんですね。仲間がすごいんです。
そのすごい仲間がもっと活躍できるような世界を作りたいので、自分が仲間を紹介しているチャンネルがバズれば、その仲間もバズる。単純な発想ですけど。
ナカザワ:自分よりも仲間を見てほしいって感じですか。
やんやん:そうなんすよ。私はもう、ある程度メディアにも出させてもらってますし、今回本も出させてもらってますし。やりたいなっていうことはやり尽くしているので。
もし今後、将来的にやりたいなってことができれば、今までの自分の性格上、必ずそれは実現できるんですよ。自分が当初思ってる形と違うかもしれないですけど、実現できるんです。
例えば、フリーランスやりたいなって思ったら、今フリーランスできている。だから今はどっちかというと、自分の成功よりも仲間を成功させるためにはどうしたらいいのかなって考えてるんですね。そのために、自分がYouTuberとしてもっと頑張りたいなと思ってます。
ナカザワ:過去のときは、なんか友達の扱い方がわからないとおっしゃってたんですけど。今は変わってますか?
やんやん:今もわかんないですよ。今もわかんないんすけど、なんか大人になると、集まってくる友達が、変わってる人には変わった友達が集まるんですよね。だからその変わった友達を紹介できればいいと思ってます。
未だにやっぱり生き方が不器用なんで、敵もたくさんいますよ。私のことを殺したいってやつは、多分世の中に1000人ぐらいいると思うんですけれど。例えば、自分のことを1000人殺したいって奴がいたとしても、1万人自分と仲の良い友達がいれば、その1000人って相殺されるなって思ってるので。まあ気の合う人としかつるまない。
でも、気の合う人としかつるまないって言ってますけど、じゃあ本当に自分は閉鎖的なのかっていうと、基本的に自分はかなり変わってる人間なので、守備範囲はかなり広いと思います。基本的に相手が自分のこと嫌いにならなければ自分はそれでいいと思ってるので。自分のこと嫌いな人以外はみんな友達だと思ってるんで。だから、ナカザワさんも私の中ではもう友達。
ナカザワ:ゆるめの判定ですね。
やんやんさんは、昔から今になるにあたってなんか変わったんですかね。やっぱり留学は結構大きな変化だったんでしょうか。
やんやん:そうかもしれないですね。
いろんな人の生き方を見てきたし、やっぱり教育の仕事してるから、いろんな人の生き方って見るんですよ、留学もそうなんですけれども。そうするとなんかね、背景のことがどうでもよくなるんです。自分の持ってる正義感とか、自分の持ってる価値観なんてのは、他の人から見たら、糞の役にも立たないですね。なので、自分の正義感とか価値観とかどうでもいいんだなって思うようになりました。
ナカザワ:価値観っていうのかな、それ自体の意味はないのかもしれないんですけど。
やんやん:価値観がなくなってます。逆に言うと、それまでは、こうならなければ、こうであらねばならないって苦しめられていたんですよね。
だから、19から20になる頃が一番しんどかったです。友人関係もやっぱりそうですし、自分の学業もちょうどスランプに入って、勉強面でも悩んでたところだったので。そんなときに留学をしたので、留学から帰ってきたらもうどうでもよくなりました。
本当にもうどうでもいいっていうか、アメリカ人って日本人ほど暗くないんで、基本的にポジティブシンキングで、なんかどうにでもなるんじゃねって考え方をしてるんですよ彼ら。自分もだんだんそうなってきて、なんとかなるんじゃねで今まで生きてきて。やりたくないことをやらないで生きてきた。
やりたくないことをやらないで日本で生きてくると、こういうろくでもない人間になってしまうっていうことですね。多分アメリカだったら、普通に適応できるんですけど、日本は適応できませんから。だから自分みたいに海外留学してる人間って、帰ってきてから大変だと思いますよ。価値観が日本と合わなくて。
ナカザワ:ありがとうございます。ちょうどお時間になったぐらいなんですが、やんやんさんの中で、今日、言い残したこととかありますか。
やんやん:言い残したことはないんですけど。これをまとめる方が大変だなとすごい心配していて。いろいろ余計なこと喋りすぎたかも、とだいぶ反省はしております。
でも楽しかったですよ。これだけいろんなこと話せたので。
ナカザワ:まとまるかはわからないんですけれども。ドキュメンタリー的な、ラジオと同じだと思うんですけど、そんな形の記事になると思うので。
やんやん:ありがとうございます。
ナカザワ:いえいえ、ありがとうございます。
まわしよみ怪談
やんやん公式X
ながおか史遊会公式X
あとがき
仙台に住んでいた時、歯医者のおじいちゃん先生に、「長岡市出身なの?長岡といったら河井継之助でしょ、最近は花火ばっかり取り上げられちゃって…」と言われたことを思い出しました。
とはいえ私は、もともとは平成の大合併で長岡市にくっついていったまちの出身なので、長岡の歴史は全く知らないですし、日本史にあまり興味がなかったので河井継之助に関しては知識ゼロでした。(現在進行形)
でも、高校のランク感とか、地元トークは非常によくわかりました。
合併した自治体は郷土教育も難しそうですね。
そういえばYoutuberのHIKAKINは新潟県の出身なので、私はこっそり「郷土の偉人」と呼んでいます。
話変わるんですけど、無名人インタビューをしていると、いじめられていた、とか、友達がいじめられて抵抗した、とかそういう話をしばしば聞きます。
でも、不思議と、いじめてましたって話は聞かないんですよね。
いじめられっ子の数だけいじめっ子はいるはずなんですけど。
これについて
①そもそも褒められるようなことじゃないからわざわざ話さない
②いじめっ子マインドのまま大人になったひとは無名人インタビューになんか興味ない
③いじめたという事実に気づいていない、あるいは、覚えてない
とかっていう理由が考えられると思うんです。
で、最近、③の可能性が一番高いんじゃないかなって思うんですよね。
恐ろしい話ですけど。
いじめっ子の方、いつか一度くらい話してみたいんですけどね…
【インタビュー・編集・あとがき:ナカザワ】
【文字起こし:花梨】
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