ゴーイングマイウェイで行きたい人
むかしむかし、ある山里に、マイウェイという名の若者が住んでいました。マイウェイは、誰かのまねをするのが嫌いで、いつも自分の信じる道を歩んでいました。
村人たちは、マイウェイを見て首をかしげていました。
「どうして、みんなと同じようにしないんだろう?」
「変わった人だねぇ」
ある日、村に大きな嵐が来ることが予言されました。村人たちは慌てて山を下りることにしましたが、マイウェイは違いました。
「私は、この山に残って別の道を探します」
村人たちは心配して止めましたが、マイウェイは自分の判断を信じ、山に残りました。そして、山の高い場所から空を観察し、村人たちが知らなかった安全な避難路を見つけたのです。
嵐が来たとき、マイウェイは村人たちを新しい避難路へと導きました。その道は安全で、誰一人怪我をすることはありませんでした。
それからというもの、村人たちは理解するようになりました。
「自分の信じる道を歩むことも、時には正しいのかもしれない」
マイウェイは後に村の賢者となり、こう教えました。
「人それぞれに、歩むべき道があります。大切なのは、その道を自分の心で見つけること」
この話は、「自分の道は自分で選ぶもの」という教えとして、今でも語り継がれているとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年08月28日18時16分に書く無名人インタビュー1154回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは risa さんです!
年齢:40代前半
性別:女性
職業:ライター&カラーセラピスト
note:https://note.com/risah
X:https://x.com/risas0809
現在:話してると私超幸せな生活してるなあって思います、今。
ナカザワ:
risaさんは今何をされてる方でしょうか?
risa:
今はライターをしながら、カラーセラピスト・数秘セラピストとして活動をしてます。
ナカザワ:
なるほど。普段の生活としては、毎日どんな感じで過ごされてるんでしょうか?
risa:
私、3年前に離婚して実家に帰ってきたんですけど、けっこう田舎なんですよ。
朝ヨガしてラジオ体操して散歩して、そのあとは一日仕事して。のんびりしているのか分からないけど、田舎での生活を楽しんでます。
ナカザワ:
今はご実家に住んでいらっしゃるということですか?
risa:
そうですね。
愛知県なんですけど、山の方で田んぼとかもある。歩いてたら近所のおばちゃんとかが野菜とかくれたりする感じです。
ナカザワ:
今何人暮らしなんですか?
risa:
家族はお父さんだけです。二人で暮らしてます。
ナカザワ:
なるほど、なるほど。お仕事の話で、ライターとカラーセラピストと数秘セラピストってお聞きしたんですけど、割合というか、それぞれどんな感じのお仕事することが多いんでしょうかね。
risa:
ライターは普通にSEO記事とか、YouTubeのシナリオとか、Webライターみたいな感じのことをしてて。で、週末はイベントとかでカラーセラピーと数秘セラピーしてます。
イベントだと、お手軽にできますよ。みたいな。セラピスト歴は10年ぐらいです。
ナカザワ:
ちなみに、カラーセラピストや数秘セラピストって具体的にどんな事をするお仕事なんですか?
risa:
カラーセラピーは色のボトルを並べてそこから色を選んでもらって、体とか心の状態を「今こういう感じですね」みたいに伝える感じですね。カウンセリングみたいな。
数秘セラピーっていうのは、お誕生日からその人の数字を出して、運気の流れとか本質とか才能とかそういうのを伝えたりしてます。
ナカザワ:
なるほど。そういうのをイベントとかでやられているということですね。
risa:
イベントは月に3回とか多いときだと4回、毎週ぐらいやってたり。でもほとんどはライターの仕事ですね。
ナカザワ:
一日の中で、例えばどういうことをしてる時間が多いんですか?
risa:
ほとんど仕事してます。パソコンで。
ナカザワ:
お仕事以外に、普段どんなことをされているんですか?
risa:
えー……もう本当に散歩とヨガ。あと、近所のおばちゃんとおしゃべり。
それぐらいですね。本当におばあちゃんとしか喋ってないですね。あとは、お父さんと。
ナカザワ:
最近の生活のなかで、感情が動いたのはどんなことがありましたか?
risa:
……なんだろう。田舎ならではなんですけど、周りの人が本当みんないい人で。
私、すごい人が好きなんですよ。人と喋るのが好きで。歩いてて、子供みたいに誰にでも喋りかけるんです。で、友達の輪が広がっていくみたいな。おばあちゃん友達の輪が広がっていく。
毎日歩いてるんで、顔合わせるじゃないですか。そうすると野菜持ってきなとかいって、名前も知らないおばちゃんから野菜とかもらったりするんです。そういうのが田舎に来てから増えましたね。もともと接客業ずっとしてたんで、人と喋ることは好きなんですけど。
おばあちゃんしかいないところなので、今はおばあちゃんと話すのが楽しい感じです。
ナカザワ:
人と話すときの楽しさって、例えるとどんな感じですか?
risa:
なんだろう。その人の笑った顔とか見てるのがすごい好きで。逆にしょんぼりしてたりすると、元気出しなよ、とか言ってハグとかしたくなるぐらい。
私と喋ってちょっとでも笑顔になってほしいって思ってます。元気にしてあげたいって思ってます。
ナカザワ:
なるほど。ヨガと散歩以外に、趣味みたいなところで何かされてることってありますか?
risa:
趣味はねえ……仕事が趣味みたいな感じですかね。本当、仕事に好きなんです。書くこともセラピストもどっちも。逆に何もやることがないとどうしようって、あわあわしちゃう。
マグロみたいに何かしてないと仕方ないんですよ。かといって電車もないとこなので、気軽にどっか行こう、みたいなのもできなくて。車も一台しかないので。あと最近は図書館に行ってますね。
ナカザワ:
図書館は近くにあるんですか?
risa:
車で10分ぐらいです。
ナカザワ:
なるほど……なるほど。でもそんなに遠くはないんですね。
risa:
図書館という名の交流館です。
ナカザワ:
本はどんな本を読まれるんですか?
risa:
なんでも読みます。でも小説が多いですね。好きなものがすごく偏ってて、金原ひとみさんとかわかります?
ナカザワ:
ああ、はい、『蛇にピアス』。
risa:
そうそうそう。金原ひとみさんが、もう崇拝してるぐらい好きで。
ああいうエッジの効いたやつも読みますし、のほほんとしたのも読みますし。だから図書館はすごい良いんですよ。本も借りれるし、作業もできる。
あと田舎に引っ越してきて、お茶の稽古を始めました。
たまたま行ったイベントでお茶に触れることがあって、そこから紹介していただいて。
今1年ぐらいかな。着物とかそういうのも好きで。昔から日本の文化的なものに興味があったんです。3年ぐらい前には着物も習ってたんですけど。
抹茶、いいですよ。気持ちが整います。とても。
ナカザワ:
何かを習おうっていう時は、どういうきっかけが多いんですか?
risa:
もう直感です。私は考えるより前に動く人なんで。
数秘とかでも結構出るんですけれど、私、1番なんですよ。で、1番の人って考える前に行動しちゃうんですね。思い立ったら即行動みたいな、何事に対してもそういう性格です。あんまり考えないから、失敗することも多いんですよね。
ナカザワ:
なるほど。なるほど。
risa:
ありがたいことに騙されたりはまだしてないので、いいんですけど。
ナカザワ:
ご自身では、性格についてどう思ってらっしゃるんですか。
risa:
いやあ、もう自分ではいいかなと思ってます。誰にでも話しかけるこの性格と何事も考えずに行動する、この性格で。
あとね、基本的に私強運だと思ってます。2回死にかけて死んでないんで。もう本当死ぬこと以外かすり傷だと思ってます。
ナカザワ:
その性格については、人から何か言われたりすることはありますか?
risa:
いいねって言われる。いいねって言われるけど、父親とかは心配してたりするかも。
こんな田舎で誰にでも話しかけるのやめてくれよ、みたいな。
ナカザワ:
なるほど。お父様は周りの方と話したりはされないんですか?
risa:
お父さんも必要最低限はしますけど、私みたいに誰にでも話しかけたりするタイプではないです。
でも一緒に買い物とか行くと、私がスーパーのレジのおばちゃんとかにすぐ話しかけちゃう。お兄ちゃんとかにも、髪切りましたよねとか言っちゃうんです。それで、あっちも話しかけてくれてみたいな感じで。
ナカザワ:
はい、はい。
risa:
私、結構見た目が派手なんですよ。ピンクの髪の毛とかしてるので、歩いてるだけで結構目立つんですよね。そういうのも含めて「もう40過ぎてんだから」みたいなふうに父親からは言われます。周りの人は「いいよね、個性的で」みたいな感じですね。
ナカザワ:
最近楽しかったことは何かありますか?
risa:
直近は昨日友達と幼馴染と一緒にご飯食べました。飲みにも行けないんですよ田舎って。飲食店とかないので。飲みに行く人もいないし。
私、人とお酒を何より愛してるので。
離婚する前までは名古屋に住んでたんですね。名古屋に住んでたんで、近くに飲み屋もあったし、前の旦那さんも飲むのが好きな人だったんで、休みの日は外食みたいな感じだったんですけど、田舎はそれができなくて、幼馴染との飲み会が唯一の楽しみです。
ナカザワ:
飲み会はどこでやったんですか?
risa:
自宅です。
ナカザワ:
あー、なるほど。
risa:
隣りなので。ほんとスープの冷めない距離。ちょっと柚子胡椒足りないから取ってくるわーぐらいの感じで、そんな飲み会をたまにしてます。宅飲みですね。彼女のおばちゃんとかも一緒に。
ナカザワ:
なるほど。なるほど。
幼馴染の方とはどういうお話をするんですか?
risa:
今は子育てのこととか。二人ともバツイチなので。彼女は子供がいるので、子供たちも一緒にワイワイみたいな。私は離婚して、子供はお父さんの方にいるので。子育ての話やら地域の話やら年取ったねみたいな話。
幼なじみなので、生まれた時から一緒で、そこにおばちゃんが加わって、あんたたちちっちゃかった時はさあ……みたいな話をして、そんなのどかな時間が流れてます。
ナカザワ:
なるほど。ありがとうございます。
risa:
そうやって話してると私超幸せな生活してるなあって思います。今。
もう幸せすぎて泣けてくるぐらい。幸せ。自分で話して自分で泣いてるのもあれですけれど。
ナカザワ:
それが3年目なんですね。
risa:
そうですね。そんな生活が3年目です。
過去:もう本当に自分でも死ぬと思いました。本当に死ぬんだな、このまま、って。もう脳も麻痺してるから死ぬのも怖くないんですよ。
ナカザワ:
少し過去のことを振り返る質問をさせていただきたいと思います。子供の頃はどんなお子さんでしたか?
risa:
子供の時はとりあえず人と一緒なのが嫌でした。
ナカザワ:
人と一緒が嫌。
risa:
みんなが外でドッジボールしてる中、図書館で妖怪図鑑とか読んでる子でした。都市伝説とか、そういうの好きなんですよ。今も都市伝説好きなんですけど。
本当に人と一緒なのが嫌で。でも田舎だし、なんてったって昭和生まれなので、小学生で金髪とかにしようとかはないんですよ。そういうのも知ってたけど、そこまでする勇気はない。でも人と一緒なのは嫌。
で、みんなそろって地元の中学に行くんですけど、それもすごく嫌で。地元の中学が自転車で山二つ越えて行かないといけないんですよ。1時間かけて。
ナカザワ:
へえー。
risa:
それが絶対嫌って言って、私立に行きたいって言ったんですけど、うちは普通のサラリーマンだから、そんなお金はないぞ。って言われたんですね。
せめて中学まではまわりと一緒のところ行きなさいって言われて、渋々地元の中学に行ったんですよ。でもそれがすごく嫌で。
ナカザワ:
実際、ほとんどの生徒がその中学校に進学するということなんですか。
risa:
そうですね。結構大きい小学校で120人くらいいたんですけど、私立中学に行く子が1人いるか2人いるかぐらいな感じです。私立もなかったですしね、近くに。
ナカザワ:
中学時代は、何か印象に残ってることとかありますか?
risa:
地元の中学に行ったんですけど、その時一回死にかけたんですよ。
ナカザワ:
あ、そこで。
risa:
そう、地元の中学に通ってて、でも本当に嫌で、摂食障害になったんです。その時に。
中学1年生の時かな。ご飯が食べれなくなって…。もともとすごい体格も良くて、足とかも早くて、頭もそれなりに良かったんですよ。自分で言うのもなんですけど、優等生タイプ。
変わり者の優等生タイプみたいな感じだったんですけど、摂食障害になっちゃって、1年生の夏ぐらいかな?本当にみるみる痩せてっちゃって、ご飯も全然食べないし。親もさすがに心配して、大きな病院の小児科に行ったらもう危ないんで入院しましょうってことになって小児科にしばらく入院したんです。記憶があんまり定かじゃないんですけど。
でも、摂食障害の特徴なんですけど、大丈夫だからって言って脱走とかしてたりしたんです、病院から。
でもやっぱり、体が大事だから、このままじゃ本当死んじゃうからって言われて、しばらく入院して。何か月か入院して退院したんですけど、地元の中学には行けなくなって、自宅でずっと過ごしてました。
ナカザワ:
それが中1の時。
risa:
中1の時ですね。夏から秋ぐらいですね。で、退院してからは自宅で過ごしてたんですけど、摂食障害は悪化する一方で。で、体重が31キロになったんです。今でも覚えてる。
156センチぐらいで31キロになって。
摂食障害の人って、毎日体重計に乗って一グラムでも百グラムでも増えてるとパニックになるんです。でも、さすがに31キロになった時に、自分でも、これ死ぬわと思って。
そこから少しずつ食べるようになって、体力がついた時に私立に行きたいと言ったんです。
中学も何ヶ月も休んでたし。それこそ田舎だから、みんななんで入院したかも知ってたりするんですよ。噂みたいなのも広がるし。
二年生から間に合うんだったら、私立の中学行きたいって言ったら、親も必死に探してくれて、編入できるところが見つかって、編入試験を受けて合格したんです。それで私立に二年生から通いました。名古屋の私立の中学に。
ナカザワ:
その31キロという数字を見た時がタイミングだったんですか?
risa:
そうですね。それが1個の大きなタイミングですね。このままじゃ死ぬわ。まじで、って
その時何食べてたとか覚えてないんですけど、変な話リストカットとかもしてたし、毎日泣いてたりするし、もう本当にボロボロでした。それが1回死にかけた話。
で、まぁそれなりに食べるようになって、体力もついて編入して、そっからは中学通ってたんです、女子校の。でも何しろ田舎なんで、中学通うまでに朝5時半に起きないといけないんですよ。でも、私立に行きたいっていう私の願いはとりあえずかなったわけじゃないですか。
ナカザワ:
確かに、はい。
risa:
私立の女子校に行きたいっていう願望がありました。漫画とか好きだったんで。
なんかあこがれるじゃないですか。
で、2年間私立に行ったんですけど、今度は恋愛がしたくなるじゃないですか。それで、また変わり者が爆発です。やっぱり地元の公立受験するわって言って。
1回、名古屋に出たんだけど、編入までして私立に入ったんだけど、高校、地元の公立行くわーみたいな感じで。
その私立の中学も大学まである、エスカレーター式の結構なお嬢さん学校だったので、受験する子なんていないんですよ。
地元の田舎から受験する子は少ないし、私立から受験する子もまた少ないしみたいな数少ないオンリーワンを貫いてきたんです。で、ありがたいことに頭だけは良かったので、地元の結構優秀な公立の高校に入学しまして。
ナカザワ:
はい。
risa:
文武両道みたいな厳しいところだったんですけど、そこでも、本当に人と一緒が嫌で、地味眼鏡で勉強すんのやだみたいな。そこで憧れたのが、漫画のキャラでいるじゃないですか。すんげー不良だけど頭だけめっちゃいいやつ。
ナカザワ:
あああ。確かに。いますね。
risa:
あれに憧れて。赤い髪の毛とかで学校行ってたりしたんですけど。なぜか勉強は学年10位に入っているみたいな地位を確立したんですよ。不良に見えて家で猛勉強してるみたいな感じの3年間を過ごしました。その時はもう摂食障害も落ち着いてて。
ナカザワ:
高校に入ってすぐ、勉強はできる不良みたいな感じを貫いてたんですか?
risa:
そうですね。そういうのに憧れてたんでしょうね。当時は。
ナカザワ:
実際そういう存在になるには、結構勉強しないといけないんですか?
risa:
勉強好きだったんですよ、私。今でもなんですけど。
新しいことを吸収するってとっても楽しくて。人との出会いもそうなんですけど。勉強好きだったんです。だから全然苦にならなくて。
ナカザワ:
じゃあ勉強も不良的なこともどっちも好きでやってたみたいな感じ?
risa:
そうですね、好きでやってましたね。
進学校だったので、勉強できりゃそこまで言われないみたいな感じなのもあったので。怒られるは怒られましたけど。友達もできたし、彼氏もできたし、その時は精神的にもいろいろ落ち着いて楽しい三年間を過ごしましたね。
ナカザワ:
その後の進路はどうだったんですか?
risa:
大学も結構帰国子女とかが多い大学だったんで、また自由で、ゴーイングマイウェイでした。まわりがみんな私みたいな子ばっかだったから。
金髪、ひげ、鼻ピアスみたいな子ばっかだったからもうマジで楽しかったです。大学は。バイトと遊んでばっかりだったけど、なんとか4年で卒業しました。
で、そこでもまたみんなと一緒が嫌魂が爆発して、就職なんかしないよ。みたいな。就職も結構いいとこ行ける学校だったんですけれど、私は好きなことをしたいよみたいな感じで就職活動を一切してなかったんですよ。それで、卒業してからはバイト3つぐらい4つぐらい掛け持ちしてました。
ナカザワ:
なるほど。なるほど。
risa:
接客業ばっかりです。それも、カフェとか。
あとは、アパレルとか化粧品販売とか。あとはね、テレビ局で働いてました。カメラアシスタントみたいなので。卒業してからはもうバイト三昧でしたね。一人暮らしもしてたので。
ナカザワ:
仕事はどういう基準で選ばれてたんですか?
risa:
自由にできるかどうか。ピアスとか髪型とか。あと自分が楽しい仕事か興味ある仕事か。時給とかよりもそっち。あ、東京の方ですか?
ナカザワ:
今東京に住んでます。はい。
risa:
名古屋に大須って場所があるんですよ。
ナカザワ:
ああ、行ったことあります。
risa:
けっこう自由なところで、タトゥーショップとかもあったりして。東京でいうと原宿みたいな感じなのかな?
当時はもっともう本当に個性的な人が集まってて、古着屋とかいっぱいあって。ずっと大須で働いてたんですね。周りの友達もバリバリタトゥーとかドレッドとかそんな子たちばっかりですごい楽しかったです。卒業してから数年間はずっと大須で働いてて。私も金髪だったし、タトゥーも入ってたし、ボディピアスもバンバン開けてた。で毎日遊んで、働いて、夜はクラブに行ってみたいな生活をずっとしてましたね。
ナカザワ:
今に至るまで一般的な、いわゆる正規雇用での就職みたいなのはしなかったんですか?
risa:
はい、でも25、26歳までそんな生活してたんですけど、さすがに保険も入ってないしヤバいかなあって。どっかで根が真面目なので。それで、派遣会社に登録したんです。接客系の派遣会社。その後、美容部員として働き始めました。
個性派にも飽き初めて……モテたい、って。彼氏もそれなりにいたんですけど、モテたいってなって。そこからガラリと変わりましたね。髪型も。金髪ぱっつんから巻き髪、黒髪への華麗なる変身。コンサバ系みたいな。
美容部員で働いてた時にその後旦那さんになる方に出会い、結婚しました。
ナカザワ:
目的を果たしたんですね。
risa:
そうですね。やりたいこと全部やってきた感じですね。本当、人生に悔いはないです。元旦那さんとは付き合って数か月で結婚しました。できちゃった結婚だったんですけれど。
ナカザワ:
それってその変身からどのくらい経ってからのことなんですか?
risa:
美容部員になって2年、1年半ぐらいの時かな。できちゃったんで結婚しましょうか?みたいな感じで、ちょうど結婚適齢期だったし。それで結婚しましたね。
ナカザワ:
なるほど。好きなことをやりたいこと全部やってました、っておっしゃったんですけど、ご家族だったりとかパートナーはそんなrisaさんに対してどう接してましたか?
risa:
その当時は、家族とは仲がめっちゃ悪かったです。
一人暮らししてからは実家に1年帰るか帰らないかぐらい。特に母親と仲が悪くて。摂食障害って母親との関係性が結構あるみたいで。
もともと母親が学歴主義というか結構厳しくて、私が派手な格好とかすると、なんでそんな格好するのよって言って、怒るんじゃなくて泣くんですよ。それが耐えられなかったし、父親もお母さんの肩を持つというか、もうお姫様みたいな感じだったんで。
今思うと寂しくて、そういう風に派手にしてたのかもしれないですね。大学時代も実家にいたんですけど、家に全然帰らなくって。心配した母親が高校の時に仲良かった友達に電話をかけて、その友達から電話がかかってきたこととかもありました。お母さんが心配してるから帰ってあげてみたいな。私が母親の電話には出ないので。
母親との関係性はめっちゃ悪かったですね、結婚するまでは。結婚して子供が生まれたら良くなりました。
ナカザワ:
すでに結構、紆余曲折がありますけど、まだ一回しか死にかけてないですもんね。その後の転機というか、転換点みたいなところはあったんですか?
risa:
ここからなんですけど……元旦那さんが料理人だったんですね。
義理のお父さんも自分で会社をやっていて、「男たるものを結婚したらば独立せならばあかん!」みたいな感じのお父さんだったんで、結婚したんなら店を持てって言われて、結婚直後に店を始めたんですよ。居酒屋を。
で、お母さんもお父さんの会社を手伝ってたんで、夫婦なら手伝って当たり前でしょ?旦那さんのお手伝いして当たり前でしょ?ってなって、一緒に働き始めたんですね。まぁ、私も普通に接客好きだったんで。
で、居酒屋って夜なので子供は預けに行ってたんですよ。旦那さんの実家が車で5分ぐらいだったんで。でも、夜遅いし大変でしょ?って同居することになったんです。
ナカザワ:
なるほど。
risa:
結婚してから半年ぐらいで同居することになったんですけど、私、親とも仲悪いし、自由奔放に生きてきたんで家事、育児、掃除、料理全部できないんですよ。もう本当に何もできないまま結婚した。
完全同居だったんですけど、義理のお母さんが結構厳しい人で。洗濯物の干し方一つから、食器の洗い方一つから全部教え込まれて…。私も自分が全然できないって自覚してるのでありがとうございます、ありがとうございますって聞いてたんですね。素直に。
もう本当に、階段の埃ピってやって「埃ついてるけど」みたいなのもやられましたよ。
でもお母さんも悪気があってやってるわけじゃなくてすごい優しい人なんですよ。私のことを思ってくれて、いろいろ厳しく言ってくれたと思うんですけど。私も素直に聞いてたし。でも聞いてたけど、身が入ってないからすぐ忘れるんですね。同じミスを何回もするんですよ。
食事とかもすごい厳しくて、大皿ドンじゃダメなんですよ。一汁一菜。メインがあって、サラダがあって副菜があってみたいな…。それが一番大変だったかな。
あとお父さんがお酒を飲む人だったんで。ご飯の前におつまみみたいなのを出さないといけなくて。料理は嫁の仕事、みたいな感じのお家だったので、先におつまみ出して、お酒飲み終わったタイミングでご飯を注いで味噌汁を温めてみたいな。生活をずっとしてましたね。10年ぐらい。
私もそれを疑わなかったですし。初めての結婚だし、そういうものなんだと思って。
旦那さんも結構、モラハラって言ったら悪いですけど、上から目線の人で。自分が店守らなきゃみたいな感じもあったんだと思うんですけど厳しかったです。
私、基本的にヘラヘラしてるんですよ。喋るの好きだからお客さんとかともすぐしゃべるんです。でも、そんなんじゃいかんだろ?みたいなふうに叩かれたりして。
それで、そういう生活をずっとしてて。
子供の成長も見れなかった。1歳から保育園に預けて、夜はお母さんに預けて、休みの日にちょっとだけ出かけたりとか。
子供が泣きながら追いかけてきてもごめんね、仕事だからって言って仕事行ったりとか。
もう本当、今思いだすと泣けてくるんですけど、本当に大事な時に一緒にいてあげられなかった。それが今つらいなぁって。
それでまた徐々に精神を病んでくるんですね。またご飯が少しずつ食べれなくなっちゃって、仕事でも笑顔が出なくなっちゃって。
自営業だったんで、生活の保証がないのでパートもしてたんですよ。昼間。
だから当時は結構忙しい生活をしてて、息子が保育園の時は朝起きて息子を起こして保育園に送ってそのままパン屋のパートに行って、9時から5時まで働いて帰ってきて洗濯物を取り込んでそのまま店に行って夜帰ってきてみたいな生活をずっとしてましたね。休みの日は掃除して洗濯して買い物に行って。
ナカザワ:
ご飯も作ってるわけですよね。
risa:
その時は夕ご飯はメインだけ作って、あとはお母さんが作ってくれたりしてました。で、そういう生活を繰り返してたら、パート先でいきなり店長に呼ばれて。
パン屋のお客さんから私宛にクレームが入ったって言われたんですよ。「店員さんが笑顔がなくて怖い」って言われて。でも私ずっと接客業してるし、そんなつもり全然なくて。店長も私がずっと接客業してるの知ってたんで、ま、多分お客さんの勘違いだよねーって言って、機嫌が悪かったのかもね。みたいなことで終わったんですけど、同じようなクレームが立て続けに入ったんですよ。その後。
ナカザワ:
へえ。
risa:
で、店長もこれはいかんねってなって。私もおかしいなって。で、その時に、義理のお母さんも何かを察したんでしょうね。あんまり無理しないでいいから、とりあえず生活はできるんだからパート辞めなさいって言ってくれたんです。
それで、居酒屋だけにして、その時にカラーセラピーを習い始めたんですよ。ちょうど12年ぐらい前かな?この空いた時間で何かしたいなあと思って。
もともと色も好きだったし、心理学も好きだったんですよね。自分がメンタル病んでたんで大学も心理学専攻してました。で、それがきっかけでカラーセラピーを学び始めましたね。
でも、相変わらずお母さんも旦那さんも厳しいし、同じような生活してた。怒られながら家事をして、料理を作って。仕事に行けば仕事に行ったで旦那に怒られ、みたいな。
メンタルも結構やられてるんで笑顔もなくなってくるんですよ。そんな顔じゃあお客さん逃げてくだろう。お前のせいで客減ったらどうすんだ?みたいなふうに言われて。店潰す気かぐらいまで言われて。でもそんな中で頼る人もいなく…。
で、ちょうどその時に実家の自分の母親が急に亡くなったんですよ。
ナカザワ:
なるほど。
risa:
大動脈解離って言って、血管が急に剥がれてしまう病気で。忘れもしない。息子の小学校の時の運動会の日。
朝4時に電話かかってきて、父親から。その時は関係は良好だったので、そんな時間にどうしたんだろうと思って出たらお母さんが亡くなったって言われて。一言だけ。
とりあえず着の身着のまま病院に行ったら、夜中に運ばれたみたいなんですけど。もう冷たくなってましたね。
だから、結局母親とはお互いに心から理解できないままだったかなーみたいなのは今でも思います。
でもね、なくなったものはしょうがないし、私も私の家族がいるしみたいな感じでやる事だけ済ませて、名古屋に戻ったんです。
その後は相変わらず家事して育児して仕事してみたいな生活をずっと繰り返してて。でコロナがあったじゃないですか。
ナカザワ:
はい。
risa:
コロナを機に店もやったりやらなかったり、ある期間はできなかったり。自分では普通に生活してたつもりなんですけど、ほんとに徐々に徐々に精神が蝕まれていったんでしょうね。
ある日突然店に向かう途中に歩けなくなったんです。足がパタッと止まっちゃったんです。で、涙出てきて動けなくなっちゃってそのまま家に引き返したんです。
ナカザワ:
はいはいはい。
risa:
そしたら、子どもも義理のお母さんもいてびっくりして…。どうしたの?って言われたんですけど、私もわかんないし、わかんないんですけど、わかんないんですけどって言ってずっと泣きじゃくってたら、もう実家に帰りなさいって言われて。ちょうどコロナだったんで、店も忙しくないし。
それからは一年ぐらい。実家と名古屋の家を行ったり来たりする生活をしてましたね。実家でちょっと良くなるけど、名古屋に帰ったら悪くなる。で、メンタルクリニックにも通って。
でもその当時からまた摂食障害が悪化しちゃって、食べれるのが野菜とチーズだけで一日一食。朝起きてコーヒー飲んで、昼店行く前にまたコーヒー飲んで、夜帰ってきて10時とかに野菜とチーズだけのご飯を食べて、酒飲んで寝るみたいな生活をしてたんですよ。
当然体重もどんどん減って。気づけば体重が28キロぐらいになってたんですね。
その当時も体重を測るのがやっぱり癖みたいになっちゃってて。
精神的にも安定しないし、自分でもやばいなあっていうのはさすがに思い始めてきて。当時は起きれなくて、週の2、3日は寝てるみたいな生活してたんですよ。大量にお酒飲んで寝て、朝起きれなくて。
さすがに義理のお母さんも心配して、一緒に病院に行ってくれて、これは危ないんで精神科に入院しましょうっていう話になりました。結構大きな病院だったんで、1ヶ月ぐらい先になりますけど、予約取っときますね。ってなった時に、急性肝炎で倒れたんです、私。朝起きれなくてバタンって倒れて。
でも、急性肝炎ってとりあえずお酒抜いて栄養あるもの食べて寝てるしかないんですよ。入院もできない。そのまま帰ったんですけど、すっごい頭が痛くて起きていられないんです。
一日ずっと寝てて、なんとか起きれる30分にご飯食べてお風呂入ってまた寝るみたいなのを一週間ぐらいしてたんですね。でも体重は減ってく一方じゃないですか。そんな生活。
で、最終的に体重が25キロ、26キロぐらいになりました。
そんなさなか、夕方、もうほんと心臓バクバクして自分で救急車呼んでくださいって言って、入院する予定の病院に運んでもらったんです。精神科の。
お酒は飲んでなかったけど、食べるのが怖くて野菜だけのスープを飲んでた。もう極限ですよね。
それで緊急搬送されてそのまま入院しました。でっかい病院に。初めは内科だったんですよ。精神科に空きがなくて。でも内科って結構自由なんで、ご飯も食べてもいいし、食べなくてもいいんですよ。
ナカザワ:
なるほど、そうなんですね。
risa:
でも、やっぱり食べるのがどうしても怖くって。そんな状態でも。
ナカザワ:
病院のご飯でも。
risa:
はい。で差し入れとかしてもらってたんですけど、夜はおかずつまんでサラダつまんであと漬物かじるとか。そんな生活を内科で2週間ぐらいしてたら、びっくりしましたよ。体重が21キロになりました。身長160センチなんですよ。21キロ。
もう本当に、自分でも死ぬと思いました。本当に死ぬんだな、このままって。でも、脳が麻痺してるから死ぬのも怖くないんですよ。
トイレも自分で行けないし、車椅子乗せてもらって行くんですけども、トイレ行くだけで心臓バクバク。
ベッドから起き上がるだけで動悸が激しくて、過呼吸みたいになって息も苦しいしもうずっと泣いてました。でも、息が苦しくなってナースコールをしても、看護師さんもどうしようもできないじゃないですか、メンタル的なものなので。呼吸器系じゃないので。看護師さんも「大丈夫だからね。大丈夫だからね」みたいな風に落ち着かせる事しか出来ない。
最終的に体重21キロになって、そうなると、今でも覚えてるけど、人間ってゆっくりしか喋れないんです。脳が働かないから。
内科は電話とかメールとかパソコンとかできたので、本当私死ぬなと思ってエンディングノートを書きました。
なんとか意識がある時にエンディングノート書いて、大事な友達に電話して…。友達も多分すごいびっくりしてたでしょうね、そんな喋り方で。まさか死にそうなんだとは言いませんでしたけど。今入院しててねえみたいな話をしてて、もう本当に大事な人には、最後に電話しとこうと思って電話しましたね。
ナカザワ:
うんうん。
risa:
その時はエンディングノートも書いたし、もう本当に自分そのまま死ぬんだなあって思ってました。夜寝て、朝が来ても目覚めないんだろうって、むしろそっちの方がいいなと思ってました。
ここまで人に迷惑をかけて。自分勝手なことをやってきてね。息子にも元気なお母さんの姿も見せられず、叱られてばかりの毎日でもう死んだ方がいいかなとか思ってました。
それで、もう本当にやばいんで、精神科が空いたんで入院しましょうってなって。精神科に移動して入院しました。
精神科の入院って2種類あって、任意入院と、家族の判断で入院みたいのがあって。その当時は私も自分で判断する能力が本当になかったんで、強制入院。強制入院だと、自分がどんだけ退院したいって言っても退院できないんですよ。先生の許可が下りなければ。
とりあえず、精神科にそのままベッドごと運ばれて、4ヶ月入院しました。でも、めちゃくちゃ厳しかったです。
精神科は摂食障害の治療なんですごかったですよ。もう入った瞬間に下着だけしか許可されないんですよ。紐類も全部没収で。
いきなり栄養を入れてはいけないからって2週間は鼻から栄養を入れて、お水もいきなり飲んだら心臓にたまるからって氷を1日3回なめるだけでした。しかも15グラム。
すごく厳しかったですね。その時、何か食べたい、口にしたいって生まれて初めて思いました。
精神科は摂食障害の治療なので、とりあえず出されたものは全部食べないと、また鼻から栄養って言われるんですよ。一種の脅しですよね。先生も命救わないといけないから。泣きながら食べてました。残すとまた鼻から栄養ってなるし、35キロにならないと退院は許されなくて。
最初の3ヶ月はとりあえずカロリー使っちゃだめだからトイレもベッドの上。ベッドから降りることは許されませんでした。
ようやく3ヶ月経ってトイレいけるようになった時も、かろうじて歩き方を覚えてますけどフラフラですよね。看護師さん達が支えてくれて。それが2回目に死にかけた話です。
で、4ヶ月入院して、泣きながら食べて寝ての日々を過ごし、退院して、でもそれをきっかけで離婚をして。
で、田舎に戻ってきた感じです。当然体力もないし、4ヶ月も入院してたんで仕事もできないし。息子も中学2年生か3年生だったんで、私では育てられないので旦那さんの方に。おじいちゃんとおばあちゃんがいますしね。
そっちでねっていう感じになったんですけど、今も普通に行き来できてるのでとってもありがたい関係です。離婚して実家に戻ってきたのが3年前で、今に至ります。
ナカザワ:
なるほど。
risa:
だから生きてるだけで幸せだなって思います。自分の足で歩けて、好きなものが食べられて、周りには嫌いな人が誰一人いなくて。父親はたまに文句言ってますけど、本当にあたし、今幸せだなあって思います。
あと、なんやかんや周りの人達の愛情に救われてきた。自分では強運だと思うって言いましたけど、やっぱり運って自分だけのものじゃなくて、周りの人が与えてくれるものだと思うんですよ。
亡くなった母親にも感謝してるし、義理のお母さんにも感謝してるし、今息子の事を育ててくれる元旦那さんにも感謝してる。ほんと人に恵まれてきたなあと思います。今も。すごい恵まれてる。
未来:その人だけが持つ思いとか経験っていうのを伝えたい。その人だけが持つ想いとか、そのお店だけが持つ魅力とか私の言葉とか、私を通して伝えたいというのを今すごく思ってます。
ナカザワ:
ありがとうございます。risaさんはこの先の自分の将来について、未来について、どんなイメージをお持ちですか?
risa:
ライターの仕事っていうのはもともと、外で働けないから始めたっていうのはあるんですけれど。
体力もないし、結構HSPみたいなのもあるんで音とかも敏感。人見知りじゃないように見えて人に気を使うところもあったりするんで。外で働けないから周りに好きな人しかいないんだと思いますけれど。
それで、ライターの仕事を始めたんですけれど。今この仕事をもっとちゃんとしっかり続けていきたいなと思ってて。
その人だけが持つ想いを伝えたい。インタビューですよね。その人だけが持つ想いとか言葉とか、そのお店だけが持つ魅力とか、私を通して伝えたいというのを今すごい思ってます。
ライターの仕事してるって言いながらも、ほとんどお父さんの年金で生活してますけどね。
あとは私の、この経験が誰かの役に立てばいいかなと思います。こんなんでも生きてるよ、今幸せだよっていうのを伝えていきたいですね。そういう思いを抱えている人って結構多いと思うんですよ。メンタルが辛いこと、なかなか言えない人とか気付いてない人とか。
私自身、全然気づいてなかったんで。自分は別にやれる、普通だってずっと思ってて、結局極限まで気づかなくて二回も死にかけてるんで。そうなる前になんとかしてあげたいなぁっていうのは思いますね。
ナカザワ:
人と違うことをしたいっていう思いは最初から伺ってたんですけど、それはなにか変化がありましたか?
risa:
人と違う…自分でもよくわかんないんですけど、何なんでしょうね、人と違うって。みんな人と違うと思うんですけど、目立ちたい願望なんですかね。親とかに結局認められなかったから。旦那さんにも義理のお母さんにも認められなかったと言えば認められなかったから、目立つことで誰かに認めてほしいんでしょうね。
ナカザワ:
なるほど。
risa:
自己肯定感がめっちゃ低いんですよ。だから目立つことでテンション上げてるみたいなのもあります。
ナカザワ:
実際にその今日聞いた話の中だと、やっぱり最初にその人と違うことをしたいっていうはっきりとした願いが叶わなかったのって、中学受験。結果的には私立中学校に行けてるんですけど、例えば、一つ自分の望みみたいなのが叶って、中学最初から私立のところに行ってたりとか、そういうことがもしあったら、変わってたと思いますか?
risa:
変わってたかな?どうだろう。
私、今思うと、ほんと、場を変え立場を変え、誰かに認められたかったんだと思います。
最初から私立に行ってたとしても、母親に認めてもらえなければ、また派手な格好してとか言われてたら変わらなかったと思います。もしかして旦那さんとかがすごく優しくてお前はそのままでいいんだよって言ってたら変わってたかもしれないです。
旦那さんも義理のお母さんも、私が髪の毛を染めるたびに、一言言う人だったんで。そんな髪の毛で店に立つな、みたいな。
母親は無視できるじゃないですか。でも、旦那さんとか義理のお母さんは無視できない、一緒に住んでるし。そのまますぐじゃあ離婚しますなんても言えないし。そっちの方がつらかったかもしれない。今更だけど。
でも息子はね、そんなお母さんだけどいいんじゃない?みたいな風に言ってくれるんでありがたいです。
ナカザワ:
なるほど。
risa:
ゴーイングマイウェイで行きたいです。これからも、いつになっても金髪で。
これからも胸張ってゴーイングマイウェイで生きていけるように、ちゃんと経済的に独り立ちがしたい。という感じかな。
ただ好きなことしてるだけで親の世話になってる40代って格好悪いじゃないですか。この明るいオーラで地域を明るくしていきたいです。
ナカザワ:
最後に、言い残したことというか、この時間の中で話せなかったことでもいいですし、話してみての感想だったりとか、あと、これは記事という形で外に出るものなので、読んでる方に対してのメッセージでも大丈夫なんですけれども、何か一言いただければと思います。
risa:
世界は愛で溢れてます。って感じかな。今回インタビューを受けて人生の振り返りができました。これ、終活とかにいいですね。
ナカザワ:
ありがとうございます。
あとがき
最近、人間ってとても弱いなあと思うようになりました。
生きるために社会という楽園を作ったはずが、いつの間にか楽園を維持するために生きるようになっているのかもしれないと思うこともあります。
生物として強いか弱いかという評価については意見が分かれるかと思いますが、割と簡単に精神に不調をきたすし、周りの人や環境の影響を簡単に受けてしまいます。
精神疾患に罹患する人の数も、手帳所持者という観点だけから見ても増え続けているのは、人間が弱くなってしまったのか、社会と人間の関係がうまく行かなくなってきているのか、私の今持っている知見からはなんとも言えませんが、人間、けっこうデリケートな気がしてしまいます。
よく何万年も生きてるなと。
強くなりたいとつい思ってしまいますが、生物の歴史を考えても強くなることは目的ではなく生きるための知恵でしょうから、まずは、何かしらの健やかな欲求を持つこと、すなわち生きたいと思うことが一歩目なのだろうなと改めて感じながら編集しました。
【インタビュー・あとがき・編集:ナカザワ】
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