100%自分がいいなって国は100%ないっていうことに気づいた人
砂漠のことを思うと、カフカの小説を思いだす。「断食芸人」。
私の好きな小説が、安部公房の「箱男」であることはたぶん変わらないんじゃないだろうか。段ボール箱を被った変質者の物語。安部公房も、たしか終戦を迎えて中国から戻ってきたはずだ。
たしかクレオール語にくわしかったはずでは?
記憶の断片が自分を作っている。
永遠に自分のことしか考えられない人間もいて、それは永遠に人に迷惑をかけ続ける。(主催:qbc)
今回ご参加いただいたのは とみえ さんです!
現在:ここで100点にしたらそれって私はもうずっとここにいればいいしこの生活を続ければいいっていうことだと思うんですけど、そういうふうには思ってなくて、
イワナ:今、とみえさんは何をされてる方ですか?
とみえ:私は今中国で働いて、5年目というところです。
イワナ:仕事は何をされてるんですか?
とみえ:仕事を言うと、多分わかる人はすぐわかっちゃうので具体的には言えないんですが、日系企業で仕事しています。
イワナ:5年目っていうことなんですけど、それまでは日本で働かれていたこともあるんですか?
とみえ:日本でも働いてはいたんだけど、継続して働いてたのが1年くらいで、オーストラリアにワーキングホリデーに行ったり、オーストラリアから帰って1年もしない間に中国に行きました。
イワナ:ワーキングホリデーに行かれたのは、何か目的があったんですか?
とみえ:ちょっと順番ぐちゃぐちゃになるとは思うんですけど、元々海外に行きたいなっていうのは学生時代から思ってたので、学校を卒業して1年働いて、オーストラリアのワーホリに行きました。
オーストラリアのワーホリに行くときには、もしできるなら海外に長く住み続けたいという気持ちがあったので、オーストラリアで具体的にどういう方法でっていうのを考えて、でも、実際具体的に何もなかったので、1年でオーストラリアは帰ったんですが、海外に長く住むっていうのが一番の目的でオーストラリアに行きました。
イワナ:実際オーストラリアに行ってみて、どんな気持ちでしたか?
とみえ:海外は学生のときに語学留学のボランティアに行っていたので、初めてではなかったです。英語も同じオーストラリアに行く時点では喋れる状態だったので。学生時代からオーストラリアに行きたいと思ってたんでオーストラリアに行けてよかったというか嬉しい限りです。
イワナ:1年間が終わったときはどんな気持ちでしたか?
とみえ:オーストラリアにいる1年の間、1回もオーストラリアの外にも出ずで、ちょうど丸々1年365日ですごい充実していたというか、充実感と達成感っていう感じで。
しかもオーストラリアから帰るときに直接日本に帰らないで、ちょっと1ヶ月ぐらいかけて、東南アジアと、アジア、韓国とか、台湾を1ヶ月ぐらいかけて回りながら帰ったんで、そこでオーストラリアからただ帰るからはい終わり、海外終わりって感じじゃなくて、そのまま楽しみながら日本に帰りました。
イワナ:なるほど。1ヶ月東南アジアを回られて、何か得たものはありましたか?
とみえ:アジアで回ったのが、インドネシアのバリと、シンガポールとマレーシアと、ベトナム、台湾、韓国だったんですね。その中で友達と回ったわけじゃなかったので、1人行動だったんですけど、ツアーでいろんな国の人と一緒になったりとか、韓国と台湾は友達が現地にいたので会ったりしてたんで。
いろんな人との交流というか、それがすごい楽しかったなと思います。
イワナ:行かれた国はどうやって選んだんですか?
とみえ:オーストラリアから自分が帰る前に帰った友達、現地で知り合った日本人の友達が結構バリとか経由して帰っていったんですね。
ちょうど先に台湾だったり韓国に帰った友達もいたので、だったらついでに私も回りながら、回りながらというか立ち寄りながら帰ればいいじゃんって思って。
最初台湾に直接行こうと思ったんですね、もうオーストラリア、台湾っていうふうに。行こうと思ったんですけど飛行機がなくそのとき、直行便がないかすごい高いかで。
そしたらバリとかを経由した方が安いっていうのを見つけて本当に興味本位でルートも決めていった感じですかね。
イワナ:知らない土地に1人で行くのってどうですか?
とみえ:すごいワクワクするというか。知らない土地に行くことが多いタイプなので、私が。
なので、あんまり特別感が多分私の中ではないんですけど、新しいというところに行くっていうときが楽しみな気持ちが大きいと思います。
イワナ:海外に行きたいっていうのは、どういうきっかけで思われたんですか?
とみえ:具体的にこれっていうエピソードが本当になくて、家族にも全然海外に関係がある人も全然いないですし、英語も喋れない家族だったので、あんまり接点が浮かばないんですけれども。
中学校の冬、確か中学校のときに青年海外協力隊のことをやってるテレビを見て、それでまず興味を持ち、あとは高校のときにもちょっと少しずつ海外に行きたいなっていう気持ちが。それがなぜそう思ったかっていうと、ちょっと思いつかないんですけどそういうふうに思いました。
地理の授業とかすごく興味があって、高校時代、地理の授業を一番よく聞いてたよね。
イワナ:なるほど。いろんな国に行かれたと思うんですけど、新しい国に行って、絶対にすることはありますか。
とみえ:特に決めてはないんですけど、現地のそのローカルっぽい食べ物は食べたいなと思ってます。
何か結構私お腹が強いので、学生時代のボランティアはインドに行ったんですけど、インドで全然お腹壊さなくてっていう経験もあるので現地の食べ物に関して全然抵抗なく味わう方だと思います。
イワナ:今まで行った中で一番自分に合っていた国ってどこですか?
とみえ:難しいですね。どこもそれぞれ多分自分に合ってると思える部分はあって、でもやっぱりどこの国もここはちょっと合わないかなとか、ここがちょっとなと思うところはあって、どこが一番とは言えないんですけどいろいろ行った中で住みやすいだろうなって思ったのは台湾です。
イワナ:それはなぜですか?
とみえ:やっぱり東アジア全般って文化だったり生活の感じも近いですし、1回しか私も行ったことないんですけど、街も思ってた以上に綺麗で、物価が高くない地域でもあるので。あと寒いところより暖かいところが私は好きなんで、台湾暖かいので。そういういろんな要件が重なって、台湾住みやすそうだなと思います。
イワナ:とみえさんって、どんな性格の人だねって言われますか?
とみえ:自分では全然そう思ってないんですけど、なんか明るいねみたいなことは、言われたことがある。あと、裏表がなさそうとか言われたり。
あとはなんていうか、感情のアップダウンが激しくないというか、常に平穏、一定を保ってるみたいなことは言われたことがあります。
イワナ:人と接するときに気をつけていることとかは、あるんですか?
とみえ:どちらかというと人に合わせたい心もある。海外とかいろいろ行っててこういうのも変ですけど、集団の中だと周りに割と合わせたいタイプなので、周りの動きとか雰囲気とかは意識してというよりか自然に出てるのかなと思います。
イワナ:それはご自身では特に居心地が悪くて窮屈とかいうことはなく、自然に?
とみえ:そうですね。まあ結構人見知りなので、これも海外に行っといてなんなんだという感じだと思うんですけど。
人見知りなので、ちょっとこう、様子を見たいなっていうのがあって。なんで、そうですね。様子を見たいのと、なんとなく自信がないこともあるので、むしろ、この最初からガンガン行くよりかはこっちの方が自分に合っているかなと思います。
イワナ:自分では性格って、どう思いますか?
とみえ:自由なりに、完璧主義とまでは言わないですけど、なんか変に細かいところがあるかなとは思うんです。
イワナ:性格で困ったエピソードはありますか?
とみえ:そういうことをすごい忘れちゃう性格で、あんまりその、困ったことあるかもしれないんですけど、困った記憶があんまりないのと、結構全般的に言えることで、今までで楽しかったこととか、辛かったことを聞かれると、もうあんまり思い出せないんですよね。
イワナ:完璧主義っていうのはどういうときに思うんですか?
とみえ:例えば何ですかね。すごい言い表しづらいんですけど、例えば自分で勉強とかの予定を立ててやろうと決めたときに、まず予定表を作るところから始めて、これを作って終わりじゃなくて、それにちゃんと記入していくみたいなところはあるんで。
日記毎日書くって決めたら、絶対毎日書くみたいな。そういう感じですね。
イワナ:それをすることでどんな気持ちになりますか?
とみえ:その時々で多分そんなに、表を作ったときは始まる最初なんで頑張ろう、とかありますし、例えば1ヶ月終わったら1ヶ月終わったのでまた次の日も頑張ろうみたいな感じで思いますけど。
日々、何か思うかっていうと、特別な気持ちというよりかは自分の自然な行動としてやってるので、あんまり気持ち的な部分は考えたことがなかったりします。
イワナ:それはいつ頃からルーティーン化してるんですか?
とみえ:途中でやってないときとかもありますけど、最初にやったのは中学生のときで、中学は最初定期テストのときに先生が配ったんですよね、この予定表をちゃんと立てて計画を立てて勉強しましょうみたいな。
予定を作るセットみたいなプリントも配られて、多分同級生もやってる人とちゃんとやってない人はいたはずなんですけど、私はちゃんとやる方で。
高校受験のときは別に先生からそういうの配られなかったけど、自分で時間を紙に、なんか6時に起きて7時にこの勉強してっていう、予定表を毎日書いて毎日その通りに勉強してました。
イワナ:自分で計画を立てていく方がうまくいきますか?
とみえ:そうですね。中学生のときにそれでうまくいったっていう多分経験になってるので、それをやった方が自分が動きやすいというか、頭の中で考えるだけってよりかはどちらかというと文字にして目で見ておきたい方なので、こういうふうに書いた方がうまく行動できるなっていうふうに思います。
イワナ:とみえさんの好きな食べ物って何ですか?
とみえ:好きな食べ物はカレーです。
イワナ:いつ頃から?
とみえ:元々あんまり好き嫌いがなくて、好きな食べ物を聞かれたら困るなと思って、なんかそれでカレーって言おうと思うことに決めたのが多分中学か高校か大学とかそのくらいなんです。
カレーは本当に好きなんですけど。全般的に好きで。インドカレー的なやつも好きですし、普通に日本のカレーも好きです。
イワナ:インドのカレーはどうでしたか?
とみえ:インドのカレーはやっぱ辛くて。お店に行くんです、カレー食べに。
で、やっぱり周りのインド人って手で本当に食べてて、何かお米も手でつまんで、それをカレーにつけて食べるんだけど、それを真似して実際にやってみたらすごい難しくて。ご飯をカレーにつけて口に運ぼうとすると、それが手から腕の方に垂れていっちゃうんですよね。でもインド人はそんなふうになってなくて。腕に垂れて面倒くさいんで、もう普通に食べてたんですけど。
カレーも日本でいう味噌汁みたいな位置付けみたいで、野菜カレーとかチキンカレーとか、フィッシュカレーとかいろいろ種類があって、インドの人は日替わりで食べてるみたいでした。
イワナ:今の生活の満足度は、何点ぐらいですか?
とみえ:90点ですね。
イワナ:あとの10点は何が欲しいですか。
とみえ:あとの10点は、ここで100点にしたらそれって私はもうずっとここにいればいいしこの生活を続ければいいっていうことだと思うんですけど、そういうふうには思ってなくて。
中国のあともまだいろんな国に行きたいですし、もっと新しいことに挑戦したりとか、まだやってないこととかもあると思うんで、そういうのもやりたいなっていう意味の10点です。
過去:正直後悔してなくて。そこで部活を頑張ったから、得られたものがあったのと、行きたい大学に落ちて行った大学ですごい良い大学生活をおくれたので何か結果オーライだったので、
イワナ:子供の頃はどんな子でしたか?
とみえ:子供の頃は、男の子と遊んでる女の子でした。
イワナ:周りに女の子はいましたか?
とみえ:いましたね、女の子。小学生のころですか?
イワナ:もうちょっと小さい頃って覚えてますか?
とみえ:小さい頃は、男の子とも女の子とも遊んでます。
イワナ:どんな性格でしたか?
とみえ:多分優しい子供だったと思います。すごい覚えてるのが、なんか4月生まれの体の大きい女の子と男の子がいて、何か一緒に遊ぼうって、私両方に両側から手を引かれたんですね。
それで泣いたっていう思い出なんですけど、そうやって、また2人に同時に遊ぼって言われるような。
それで多分嫌だとかやめてとか言ってなくて、だから何か多分優しい子供だったんだろうなと思います。
イワナ:小学生になってからは、男の子と遊ぶ方が多かったんですか?
とみえ:そうですね。ただ別に女の子が嫌いで男の子と遊びたかったっていうよりかは、単純に私がサッカーとかドッヂボールが好きで、それをするとなると男の子と遊ぶことになってたので、男の子と遊んでました。
イワナ:体を動かすのが得意だったんですか?
とみえ:そうですね。運動はすごい好きだし得意でした。
イワナ:今もお得意ですか?
とみえ:はい。今も、今特に何もやってないんですけど、運動はずっと得意で。
イワナ:小学生のときにサッカーとかするのってどうでしたか?
とみえ:楽しかったですね。サッカーとかも何か練習したら、それやったらうまくなる。サッカーは別に習ってなかったんですけど。何か単純に多分すごい楽しかったなと思います。
イワナ:習い事はされてましたか?
とみえ:習い事はピアノと水泳を幼稚園からやって、小学校のときに3、4年くらい英語に行ってました。あと習い事って言うかわかんないですけど野球もやってました、2年くらい。
イワナ:じゃあ結構忙しかったんですね?
とみえ:どうですかね、何か、私の世代の私の地域は多分標準くらいで私よりもっと習い事してる人もいっぱいいました。
イワナ:どの習い事が好きだったか覚えてますか?
とみえ:多分全部好きで全部続いたので。面倒くさいって思うこともありましたけど、なんか本気でやめたいって思ったことはなかったですね。
イワナ:中学生のときはどうでしたか?
とみえ:中学生はなんかすごい優等生だったと思います。自分で言ったら変ですけど。何か部活もキャプテンとかやって、クラスでも何か学級委員みたいなことやったりとか。
合唱コンクールでピアノ弾いたりとかしてたので、すごい目立ってる人だったと思います。実際自分もその時は目立ちたがり屋なところが多分あったんで。
イワナ:性格でいうとどんな感じでしたか?
とみえ:性格で言うと何かグループ作って固まったりとかそういうのはすごい嫌いだったので、なんか割といろんな人に平等に接するような。穏やかというか。穏やかだったかなと思う。
イワナ:中学生の頃の自分って今思うと、どうですか。好きですか?
とみえ:自分なんでね、好きか嫌いかで言ったら好きだと思います。あとすごいなって思います。なんかいろんなことを頑張ってたんで。
イワナ:中学生の頃のお話が結構出てくるなと思ってて。予定表の習慣が根付いたのも中学生の頃っておっしゃってたんですけど、その頃にきっかけとか出来事はありましたか。
とみえ:あんまり思いつかないんですけど、多分小学生までと比べて、ちょっと大人っぽい生活リズムっていうか、そんな決められた勉強をちゃんとやるとか、試験前に試験の勉強するとか。
今もあると思うんですけど、大人になってからもある事柄なので、それをたまたま中学生の時にやったやり方がうまくはまったので続けてるって感じなので。
もし、例えば、中学受験をするってなって中学受験のときに、そのやり方を見つけたら、このエピソードは多分小学生の頃のエピソードになったと思います。
イワナ:なるほど。高校生はどうでしたか?
とみえ:高校生は部活を頑張りたかったのと、また中学の話になっちゃうんですけど、中学のときに行きたい大学も決めてて。なので受験科目とかも大体決まってたので勉強はほとんどしてなくて、何か部活にすごい力を入れるっていうか部活にすごい目がいって。
だから行事とかも練習さぼるとかはしてないですけど、なんかただ普通にいる人みたいな感じで。部活中心ですね。
イワナ:なるほど。部活は何されたんですか?
とみえ:部活はバスケ部です。
イワナ:大学を決めてたっておっしゃってたんですけど、どういう大学だったんですか?
とみえ:大学は運動系の大学に行きたいなと思って。
イワナ:スポーツは決めてたんですか?
とみえ:中学もバスケ部だった。中学校高校もバスケ部でそのあと大学もバスケ部なんですけど、でもバスケでその大学に行けるようなレベルもない、バスケだけが理由ではないんですけど。
やっぱりちっちゃいときからそれこそ幼稚園から運動が好きだったので、運動系かなっていう感じで決めてます。
イワナ:勉強との両立はどうでしたか?
とみえ:勉強は、部活の先生はちゃんと勉強もしなさいっていう先生で、テストで赤点を取ったらその日は練習しちゃ駄目とか言われてても普通に赤点とか取ってて、本当に進級さえできればいいでしょみたいな、そのぐらいで。ただ好きな科目だけは何かやっぱ面白かったんで勉強してて。地理とかは、そんな悪くなかったです。
イワナ:高校生に戻れるとしたら、改めたいことはありますか?
とみえ:あんまないですね。何かその勉強しなかったんで結局その大学行けなかったんですけど、そこに関して全然、正直後悔してなくて。
そこで部活を頑張ったから、得られたものがあったのと、行きたい大学に落ちて行った大学で、すごい良い大学生活をおくれたので何か結果オーライだったので、高校時代に戻って、もっと勉強すればよかったとかっていうふうに全然思ってないです。
イワナ:高校生のとき、大学受験に落ちてしまったときはどんな気持ちだったか覚えてますか?
とみえ:何かそもそもこんな勉強量の人が受かるわけないだろっていうのがわかってたのと、あと本当にこの大学でいいのかなみたいな気持ちも後半あって、ただもう決めてたしっていう惰性みたいな感じでいってたのもあったんで、なんか落ちてすごいショックとかそういうのはなかったです。
イワナ:そこからはどうやって大学を決めたんですか?
とみえ:行きたい大学と結果的に行った大学は両方国立なんですけど。今は違いますけど、昔センター試験なんで、センター試験を受けたあとにネットでセンターリサーチっていうのがあって、自分が取った点数と受けた科目を入力すると出願候補の大学の判定を出してくれるっていうのがあって。
行きたい大学はもうその時点で受からないなっていう。なんか多分EとかDとかC以下ですか。まあ覚えてないんですけど。
で、行った大学はあの前期と後期があって、前期はその行きたい大学は一応そのまま受けといて、後期は調べてなかったんで後期でどこ出せるかなっていうのを探したときに出てきた3つの大学があって、それが全部A判定で、あの実家から一番近いところにしたっていうだけでした。
イワナ:なるほど。学部は決めてたんですか?
とみえ:もう行きたい大学と結局その系統は一緒というか学部の名前は違うんですけど。内容的にはそんなに大きく変わらなかったかな。
イワナ:別の大学に行ったけどやりたいことが結局できるところっていうことですかね。
とみえ:やりたいことを形を変えてやったのとやりたかったことが出来なかった分、新しくやりたいことができたっていう感じです。
イワナ:やりたかったことは、運動であってますか?
とみえ:はい。
イワナ:結局行ったのは?
とみえ:行ったのも運動です。
イワナ:大学に行って実現させたかったことってどんなことですか?
とみえ:大学に入る前の冬休みに、高校の部活の同級生でなんか卒業旅行に行ったときに、大学で頑張りたいことみんなで言ったんですけど。
そこで私が言ったのが、結果的に行った大学が教育学部だったんで、教員免許を幼稚園から小学校中学校高校を全部取るっていうのを、そこで言ってたんですけど、それをしました。
イワナ:他に大学時代の思い出はありますか?
とみえ:大学時代もメインが部活で、高校まで本当にそんな大したレベルじゃないところでバスケやってたんですけど、大学であのレベルがたまたま競技的にレベルの高い大学に行ったので、自分が活躍することはなかったけど、高校までに経験できないようなレベルでバスケットができたんで、ここは1つの思い出かなと思います。
イワナ:バスケを続けながら教員免許取得を目指す中で、辛かったことはありますか?
とみえ:大学1年のときにそれと並行して、やっぱり海外に行きたいなっていうのがあって、バイトもしていたので、部活があれば夜中にバイトしたりしてたんで、それは大変だったなと思います。若いからできたなっていう。
イワナ:そのモチベーションって何だったんですか?
とみえ:海外に行きたいっていう、それだけでしたね。
イワナ:海外に行って何が変わるって思ってましたか?
とみえ:何かを変えようと思って行ったわけじゃないんですけど、なんかなんとなくこの頃からぼんやり海外に出て、なんか英語とか外国語使って現地の人と同等に仕事したいなって、もう本当ぼんやりですけど思っていたので。その大学で最初に海外に行ったときはとにかく英語を勉強しようと思ったんです。
イワナ:憧れの人とか、なりたい自分があったんですか?
とみえ:多分なくて、あの地元、実家が東京なんですけど、なんか地方の人が東京に行くあの上京するくらいの感覚で多分海外に行くっていう気持ちなのかなって思います。
イワナ:想像していた苦労と実際に行ったときの苦労って一緒でした?
とみえ:カルチャーショックで苦労するって、行く前に想像する人はいると思うんですけど、あんまり私そういう苦労のイメージをして行ってなくて。
もちろん情報として、こういうことに気をつけましょうとか教えてもらった上で行ったんですけど。
海外に行って自分なりに英語の勉強とか頑張った気がしましたけど、なんかそれを苦労というふうにあんまり思いませんでした。
イワナ:英語の勉強とかは、とみえさんにとって、一言で言えば何でしょうか。
とみえ:新しい世界に行くための道具っていう感じですかね。
イワナ:とみえさんはあまり不安とか恐怖を感じないのかなっていうイメージがあったんですけど、怖いものとか不安とかってありますか。
とみえ:留学にしても中国にしても、行こうっていうときは不安とかないんですけど、また直前に結構ドキドキするタイプで。
やっぱり人見知り的なドキドキだと思うんですけど、0かっていうと0ではないんですけど、でも一般的なこの不安な感じは多分ないなって思います。
イワナ:その人見知りから来るドキドキするっていうのは、良い方向のドキドキっていうことですか?
とみえ:人見知りじゃない人羨ましいなって思って。何か無駄に緊張するんで。
イワナ:ちょっと苦しい感じのものではあるんですか?
とみえ:どうなんですかね。緊張するなと思いますけど、それが苦しいかっていうと、またそれもなんか違うというかしっくりこなくて。
多分この緊張も、どっちかっていうと楽しみの中に入ってくるのかなと思います。
イワナ:やるって言ったことは実際にやられてるし、自己コントロールがお上手なんですかね、そういう印象をすごく受けました。
とみえ:そういうことを確かに言われたことは過去にもあるんですけど、すごい自分に目が向いてるというよりも、全然人のこと多分見てなくて。
友達とかと道歩いてて、友達が何かあの人、誰々に似てるとかいうことって多分あると思うんですけど。そう言われてもどの人、みたいな。自分は見てない、みたいな、そういうタイプなので、とにかくただ自分にフォーカスが向かってる。良くも悪くも自分ばっかり見てるかなって。
イワナ:自分のことは結構好きですか?
とみえ:そうですね。多分好きなんだと思います。多分そうじゃなかったらもっと人のこと見てると思う。
イワナ:自分のどういうところが好きですか?
とみえ:自分のどこが好きっていうよりかは、何か自分で考えたことを実現していくのが楽しいっていうか、自分がやりたいなって思ったことを自分でやってそれが楽しいっていうのが、だから全部ですね。
未来:死生観的なのは考えたことは結構あるタイプなんですけど。死ぬときが何か自分の一番レベルとして最高のっていうふうに思うので、
イワナ:5年後10年後、死ぬときまで想像してみて、未来についてどういったイメージを持っていますか?
とみえ:5年後は、中国じゃない国にいようと思っていて。10年後も、多分海外にいて。
で、死ぬ時でしたっけ。死ぬとき、何か死生観的なのは考えたことは結構あるタイプなんですけど。死ぬときが自分の、一番レベルとして最高っていうふうに思うので。
まあただ死ぬときは、ある程度予想ができる死に方をしたらいいなと思います。
何か事故とかで急に死んじゃったら何かいろいろ大変じゃないですか、何か。自分の持ち物とかどうするんだとか。っていうよりかはある程度年取ってとか病気とかで先が何かある程度ここだっていうのが見えた状態で死んだ方が良いなって思います。
イワナ:中国じゃない国に5年後行きたいっていうところなんですけど、中国でこれをやり遂げたら中国を出るっていうのは、決められてますか?
とみえ:中国も元々5年もいるつもりがなかったんで、なかったのと、中国にいなきゃいけない理由が、5年経ってもできなかったので、とりあえず期限を決めてじゃないですけど、期限を決める、次の国に行くお金も貯めれたらいいかなっていう。
イワナ:今のところ中国で得たものって、何ですか?
とみえ:中国で興味がないこととか自分に関係がないなって思ってたことを知ることは、大事だし、思ってる以上に面白いことだなっていうのを中国で学びました。
イワナ:それは中国自体がその対象なんですか?
とみえ:何か中国全然行く気とかもなかったし興味もない国で、元々。
オーストラリアから日本に帰る途中も、ルートに組み込もうと思えば組み込める位置にあるのに、全然迷いもせず飛ばしてっていう感じだったんですけど。
たまたま中国で仕事が見つかって来てみたら意外と面白いじゃんみたいな感じで。中国語もそんなですけど一応勉強も続けていて。
イワナ:台湾とかに比べて、中国ってなんで自分にとって魅力がなかったと思いますか?
とみえ:まず、何か言葉が全く通じないじゃないですか。自分が中国語わからないので、中国語もわからないし。なんでですかね。逆に近いからですかね。あと単純に何か中国の人とか、中国の文化に触れる機会があんまりなかったからかなって思います。
イワナ:死生観についてなんですけど、最高って、どう最高ですか?
とみえ:なんていうんですかね。多分毎日毎日だらだらぼーっと過ごしてたら、多分その最高にはならなくて、何ですかね、かといって毎日毎日めっちゃストイックに勉強とか筋トレとかしたらそれが最高かっていうとそうでもなくて、なんか人生経験的な意味で、人間的な豊かさって言う意味での最高かなって思います。
イワナ:さっき、今の生活が90点っておっしゃってたんですけど、死ぬときの最高に人生経験豊かな自分と比べても、今は90点ですか?
とみえ:もっと低いですね。
イワナ:半分ぐらいはいってますか?
とみえ:そうですね。50点ぐらいになると思います。
イワナ:死ぬときって、誰に看取られたいとかありますか? 横に誰がいてほしいとか?
とみえ:そこまで考えたことなかったです。どうなんですかね。
でも特定の誰っていうよりかは、なんていうんですかね、多分まだ出会ってない誰かかもしれないっていうのもあるんで。誰か看取ってくれる人がいたらいいなとは思います。
イワナ:今って、結構毎日知らない人が横にいるっていう環境ですか?
とみえ:今は人に会わないというか、コロナもあって外に出歩かないのと、仕事で会うメンバーっていうのもすごい限られてるので、本当に限られた、ごく少数の人しか会わない。
もちろん外に出れば人にはすれ違いますけど。
イワナ:あまり直接、人とは関わりない生活ってことですかね?
とみえ:そうですね、やっぱコロナのあとだいぶ人との関わりが減りました。
イワナ:人見知りっておっしゃってたんですけど、人とあまり関わらない生活ってどうですか?
とみえ:ただ海外で、外国語で喋るときに人見知りかっていうと、またそれも違うんですよね、私。中国人って何か道ですれ違うときに結構気軽にここの駅に行きたいんだけど、どこ行けばいいとか、話しかけられるんで、そういう時人見知りしないんで。
何か人見知りでそれが嫌だから出歩かないっていうか単純なコロナで何かお店に入るのとかもすごい面倒くさいんで、そういう面倒くささの方が大きいですね。
日本にいる友達とかとオンラインであの電話とかしてるので、人との交流をしたくないっていうのも、特にないです。
イワナ:言語が変われば性格は変わりますか?
とみえ:変わると思います。
イワナ:日本語のときはちょっと人見知りな感じなんですか?
とみえ:多分。英語と中国語勉強してるのと韓国も前ちょっと勉強したんですけど、多分日本語が一番なんていうか、自分の気持ちを詳細に表現できるからっていうのもあると思うんですけど、日本語が一番私は何か弱気な自分だなって思います。
イワナ:何語を喋ってるときの自分が好きですか?
とみえ:まずそこに到達できるほどどの言語もレベルが達してないので、もっと勉強しないといけないなって思います。
イワナ:今後日本に帰ってくることってありますか?
とみえ:そうですね。今一時帰国が全然できないんですけど、できるようになれば帰りたいのと、多分国から国へ移動するときは必ず日本を経由すると思うんで、日本に帰るっていうのは必ずあるんですね。
イワナ:もしもとみえさんが昔から人見知りではなくて、日本語でも分け隔てなく誰とも喋って楽しいっていう性格だったらどんな人生になってたと思いますか?
とみえ:まず日本から出ないで日本でずっと生活してたかなと思います。
イワナ:それで満足できる人生だったっていうことですか?
とみえ:そうですね、多分。日本でのことに満足して日本で生活してたと思います。
イワナ:それって主に何に対する満足なんですか?
とみえ:この今の生活何点かって聞かれたときの100点みたいな満足の。今も100点って言おうと思えば言えるんですけど、何か日本にいれば多分不自由なしで日本で仕事をして普通に生活できる環境にいれば生活できると思うんで。多分そういう意味での満足の100点だったんじゃないかなって思います。
イワナ:なるほど。日本の生活に比べてとみえさんにとっての海外生活の良さってなんですか?
とみえ:すごいちっちゃいことで言うとなんかファッションを頑張らなくていいです。
あとは実家が東京っていうところで言うと、満員電車に乗らなくていい。まあ日本でも別にできることだなって思いますけど。
イワナ:ファッションでいうと、日本ではどういう気持ちですか?
とみえ:何かあんまり自分にセンスがないっていうのはあるんですけど、なんかどういう服を着たらいいかもなんかよくわからないし。じゃあちょっと服買いに行こうかなと思ってちょっとその辺のお店、その辺のっていうか、よくあるような普通のお店に行って多分何かサイズがあんまり合わなくて、どっちかというと平均身長より高いのもあって、何かあんまりサイズが合ってないような感じなんですけど。
オーストラリアでも中国でも結構サイズの幅が広いんで、サイズ的なのもそうですし、あとまあその現地の人も他の人を見てないって感じなんで。本当にみんな好きなものを好きなように着てるみたいな感じなんで、何か良い意味で気を使わなくて良いっていうふうに感じてます。
イワナ:ファッションの自由さは心の自由さにちょっと繋がるところもあるんですか?
とみえ:そうですかね。なんか外国の人からすると、東京のファッションって逆に自由みたいで、すごくおしゃれな格好を逆にできるみたいなって思う外国の方もいるみたいなんで。たまたまその私が行ったオーストラリアとか中国とかのファッションの何て言うんですかねあり方っていうかそういう中国とかの方が私にはあってたのかなって思います。
イワナ:なるほど。それも中国に行かないとわからなかったことかもしれないですね。
とみえ:そうですね。
イワナ:海外をこれからも渡り歩く予定だと思うんですけど、なんか最終目標が何なんだろうと思って。ここで死にたいっていうような場所を見つけることになるんですか?
とみえ:近い目標でいうと、永住権、どこかの国の、どこかの国って言い方もひどいけど、どこかの国で永住権をとるっていう目標があって。で、死にたい場所っていうのっていうと、それは日本でもいいのかなっていう。
イワナ:住みたいって思う場所を見つけるために旅して生きてるっていう感じですか?
とみえ:多分5年くらい前まではそういうふうで、住みたい国を探したいみたいに、思ってたんですけど、100%自分がいいなっていいところは100%ないっていうことに気づいて、なので逆に永住権を取れる可能性があるかとか、住みやすさっていうより、住んでみたい国はどこかとか、行ってみたい場所はどこかっていう基準になりました。
イワナ:今後も行ってみたいっていうところには、絶対行く予定ですか?
とみえ:絶対とは言えないですけど例えば、永住権を取ったとしても、そこにずっといなきゃいけないわけじゃないんで。もし行きたいなと思ったら行くと思います。
イワナ:ありがとうございます。最後に読者の方向けか自分に対する独り言とか感想とかを残していただいてます。何かありますか?
とみえ:難しいですね。なんか思ってたよりちゃんと答えられてなかった、答えられてないだろうという部分が多分いっぱいあるんで、なんかもうちょっとまたちゃんと自分の中でもこういう自分の今までのこととか、自分の考えとか、考えていきたいなと思ったんで。
何かnoteにちゃんと接してふり返っていこうと思いました。なので、これを見てくれる方がいれば、私のnoteも見て欲しいって感じです。
あとがき
とみえさん、ありがとうございました。
お話する前は、「中国に住んでいる日本人の女性」っていうイメージでしたかね。
インタビュー前に教えていただける場合は、私は前情報として、noteなどを拝見するようにしているんですが。
「~な人」なんだなって思ってお話を聞き始めても、そのくくりは今の一瞬のものでしかなくって、本当のその人の本質は別にあるってことに日々面白さを感じます。
もちろん印象の時に感じたその人のキーワードが本当に変わらずあることもあるんですが、その違いもまた面白いです。
インタビューをしていると、どうしても自分の中の基準で相手に評価を求めてしまうところがあります。今回だと、辛いこと、苦しいこと、得られたものなど。
その質問が反面教師となって、「いやいや違うんです、それは思わなくて、」ってお話いただけるから入りとして駄目なわけではないと思うんですが、なんかそんな感じで、質問内容が自分への反省としてブーメランのようにかえってくることが度々ありました。
共感しないように、自分とは切り離してインタビューを行っているんですが、インタビューを通して、こうやって編集している時などに自分を鏡越しに見てしまうこと、嫌いじゃないです。
インタビュー担当:イワナ
編集協力:生きにくい釘
#無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #中国 #海外
マガジンで過去インタビューも読めますよ!
インタビュー参加募集!

いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートは無名人インタビューの活動に使用します!!