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音楽がなかったら自分がなにやりたいかってのがわからなかった人

私qbcの無名人インタビューを受けた回数はいよいよ二桁を突破し、むしろ私がインタビューされたいがために、インタビュアー募集をしているのかもしれない。
なんて思うんですね。
うそ。ほんとは思ってないよ。
そうではないけれどものね。
文句あるわけではないですからね。
そうそう、ところで、音楽、好きですか? どう? 好き?
私の姉は、音大付属幼稚園に通っていました。まあ、単純に、近かったんですよ、武蔵野音大付属幼稚園が。そうなんです。私の育ったのは江古田なのでした。知ってる? 知らないよね。まんがアセンブラの舞台。麻宮騎亜のまんがね。そうね、どうでもいい。
世の中、自分にとって、どうでもいいことばかりです。
だって、大事なことは自分のことなんですから。
エゴね。エゴ。
姉は、ビアノをやっていて、中高生のころはバンギャで、X-JAPANのグルービーでした。夜な夜なコスプレをしてライブに足しげく通うバンギャでした。音楽の専門学校に通い、音楽関係の仕事に就くかと思いきや、そうはならなかったです。
あこがれのままで終ってしまった。
一方ひきかえ、私は、小説家になりたかった。子供の頃から。それで、文章は、ずっとずっと書いていて、でも、世の中に通用する小説はついぞ書けなかったんです。でも、書くことはすきだったし、手放せなかった。でも同時に、小説が、一部の人だけが読むものだということが許せんかった。こんな、一部の人しか読まないもんかくなら、配信者になったほうがマシではないのか? そんなこと思ってたよ。
世の中を変えられないなら、やらんほうがいいと思ってた。
でも、ほら、その中で、ようやく、小説的に人間の面白さを追求できる無名人インタビューにたどりついた。ここまで、40年。短いくらいだよ。
手放すな! 無名人インタビュー、本日もお願い申し上げまう!
【まえがき:栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは 河内桃子 さんです!

現在:自分もこのお客さんじゃなくて、ステージ側からお客さんを見てみたいなって思って

のの:今、音楽の活動されてるんですか?

河内:そうですね。去年の6月ぐらいに、自主制作的で、インターネットで曲を出しまして。iTunesとかSpotify、AppleMusicとか、大体のところで聴けるんですけど。
そういう活動とか、あとYouTubeとか。でもあんまり、リアルでは活動できてなくて。それを今後やりたいなって思ってる感じです。

のの:その活動が、お仕事って感じですか?

河内:まだお仕事として成立してるかっていうと、まだまだって感じですかね。将来的にはそれだけで生活できたらいいなって思ってます。

のの:音楽の活動を始めようと思ったきっかけを教えていただきたいです。

河内:きっかけは、高校2年生のときに、ある音楽フェスティバルの映像をみて、そのときに、あんまりライブ映像とかって見たことなかったんですけどそれまで。初めて見て、自分もお客さんじゃなくて、ステージ側からお客さんを見てみたいなって思って、そのときに。
それで、音楽を始めました。

のの:それまでは、音楽に関わることをされてたりしたんですか?

河内:それまでは、小学校のときに合唱団に入ってて。2年くらいなんですけど。そのときに、合唱団なので、合唱曲中心なんですけど、歌を歌ったりはしてました。

のの:歌を歌うのが好きで、音楽の活動もされてるってことですかね。

河内:そうですね。歌を歌うっていうのもそうだし、どちらかというと作る方が好きで。作詞作曲、編曲を今、頑張ってやってるって感じですね。

のの:どういったジャンルの曲を制作されてるんですか?

河内:ジャンルとしては、J-POP的なメロディーと、ヒップホップとかR&Bとかの、なんていうのかな、ビートっていうか。コード感を混ぜた、みたいな曲を作ってます。
去年の6月に出した曲は全編英語で出した曲で。でも日本語の曲もあるので、今作っているアルバムでは、日本語の曲と英語の曲両方出したいなって思ってます。

のの:全部1からおひとりでされてるんですか?

河内:そうですね、全部1人でやってます。

のの:すごい。

河内:6月に出した曲に関しては、一昨年ぐらいまでボーカルスクールに通ってて。その先生に結構アドバイスをもらって作った曲ですね。作詞作曲に関して自分でやったんですけど。このドラムはこうした方がいいよとか、なんかそういうアドバイスはもらいました。

のの:なるほど。ライブとかもされる予定はあるんですか?

河内:ライブの予定はないんですけど、そのアルバムを出したら、リリース記念で、ライブはしたいなって思ってます。

のの:じゃあ今、週のほとんど、音楽活動をされてるって感じですか?

河内:週のほとんどは、音楽はやってないです。最近は音楽ってよりか、イラストとか、あとちょっとだけライターの仕事をしてて。なんかそっちがメインなんですけど、今は。
でも本当は、軸にしたいのは音楽なので。もう少し音楽にかける時間を増やせたらなとは思ってます。

のの:なるほど。そのイラスト、ライターが今のメインのお仕事って感じですか?

河内:イラストは仕事っていう感じじゃないんですけど。イラストも仕事にしたいと思ってるなかのひとつなんですけど。ライターに関しては、ちゃんとお金をもらって書いてるので。それが一番メインですかね。今の。

のの:なるほど。そのライターは、いつごろからされてるんですか?

河内:ライターは去年の9月ぐらいからですかね。なんか今は、ライターの実績を積み立てるというかそういう時期だと思うので、自分が書きたいジャンルってよりかは、なんていうか、勉強してる期間っていうか。

のの:うんうん。趣味とかはありますか?

河内:趣味は、イラストは半分趣味みたいなものなので、最近はよくYouTubeで柴崎先生っていう、YouTuberというか画家の方のYouTubeをみながら、お手本にして描く、みたいなのはしてますね。あとはNetflixとか見たり。本もたまに読んだりしますね。

のの:インドアかアウトドアだったらどっちですか?

河内:インドアだと思います。あんまり出かけないかもしれない。

のの:じゃあ、休みの日は家にいることが多いですか?

河内:そうですね、家にいることが多いですね。でもライブに行ったりするのが好きなので。急遽この日ライブがあるってなると、前日に行くって決めて、その日のうちに行ったりとか、突拍子がないときもあります。インドアだけどたまにアクティブになるというか。

のの:好きなアーティストの方はいるんですか?

河内:好きなアーティストは、そうですね。K-POPを聴くことが多いんですけど、高校生のときに好きなったのがTWICEで。あと、J-POPとかだと、三浦大知さんとか、最近藤井風さんが好きで。あと、ちょっと上の世代の方ってなると、細野晴臣さんっていう方が好きで。その方は本当に、尊敬してる方ですね。なんていうか日本のJ-POPを作ったような方なので。

のの:その方たちの音楽をもとに楽曲とかも制作されたりするんですか?

河内:そうですね。でもあんまり影響は受けてないかもしれないです。直接この人に影響を受けたかっていうのは、あんまりわかんなくて。作ってたらその曲調に似た、とかはあるんですけど。なんかこの人のこの曲作りたいから作ってみたってのはなくて。でも無意識に影響を受けてると思います。

のの:なるほど。音楽を作るときって、急に思いついたりするんですか?

河内:音楽はなんだろう、作ろうって気合いを入れないと作れないです。なんていうのかな、メロディーが降りてくるとかはないですね。自分で作るぞ、っていう時間を作らないと作れないので。でもサビのメロディーが決まると、大体曲が決まるっていう感じですね。

のの:先にメロディーを考えて、歌詞とかを作るんですか?

河内:そうですね。どっちでもできるんですけど。自分ひとりで作曲するときは、メロディーを考えて、コードをつけて、1回曲入れしてみて、あとから歌詞つけることが多いんですけど。前、ミクチャとかで活動したときは、来てくださってる人にこの曲に入れてほしい単語とかを言ってもらって、それを組み合わせて即興で歌詞を考えて、あとからメロディーをつけるっていうこともしますね。どっちもあります。

のの:ありがとうございます。最近楽しかったことはありますか?

河内:最近楽しかったことは、また音楽関係になるんですけど、去年の10月だったか11月だったかな。さっき言った三浦大知さんの、ライブとかするときのバンドメンバーの上條頌さんっていうギタリストの方がいるんですけど、その人のライブに行って。そのライブがすごい衝撃的で。「Sho’s JAM with The WORLD!」っていうライブだったかな。
そのライブがすごい衝撃的で、めっちゃ感動して。その理由が、日本のライブの空気感じゃなかったというか。演奏してる人たちも、ギターは上條頌さん、キーボードはPenny-Kさん。それと、ボーカルは日本で活躍している歌手のオリビアさん。あと3人、キーボードの人と、ドラムと、あとベースの人は、海外から呼んだミュージシャンで。それで演奏してて。
その呼んできた人たちがすごい人たちで、それぞれ。世界の最前線で活躍してるみたいな人たちだったんですけど、その中でも、ベーシストのアンドリューっていう人が、ベーシストだったんですけど。なんかその人は、アメリカのアーティストのプリンスっていう人の、すごい有名な方のバンドマスターをしてた人で、本当に世界の最前線。あと、マイケル・ジャクソンとか、ホイットニーヒューストンとかとも仕事したような人で。その人とライブ後に話す機会があって。なんかそれがすごい楽しかったし、いい思い出だなっていう感じです。

過去: 黙々と本を読んだり、絵を描いてるような子どもでした

のの:ありがとうございます。では過去の質問をしていきたいんですけど。河内さんは子供の頃はどんなお子さんでしたか?

河内:子どもの頃は、幼稚園のときまではすごい元気だったんですね、活発でおしゃべりで。でも小学生になったときに、急に内気になってしまったというか。
小学校って大人数で集団行動みたいな、あるじゃないですか。そこに馴染めなくて、内気であんまりしゃべらない子どもでしたね。黙々と本を読んだり、絵を描いてるような子どもでした。

のの:急にそう変わったって感じですか?

河内:そうですね。まあ、幼稚園ときに仲良かった子が引っ越しちゃったっていうのもあって。それでより、孤独になっちゃったのかもしれないですね。

のの:なるほど。友達はいましたか?

河内:友達はいました。そんなに多くはないですけど、でも仲良くしてる子とは普通に話せたんですけど。クラスの子とかは、あんまり話せなくて。恥ずかしがりやというよりかは、静かというか。あまり積極的に人に話しかけるタイプじゃなかったので。仲良い子は何人かいました。

のの:その頃は、どんな遊びが好きでしたか?

河内:その頃は、今のライターの仕事に繋がるんですけど。自分で本を作って、A4用紙二つ折りにして、半分をのりつけて、本みたいにするみたいなのをやってて。そういう遊びというか、文章を書いて、本にして、みたいなのとか。あと鬼ごっことかもしましたけど。どちらかというとインドアだったので。友達と絵を描いたりとかが多かったですね。

のの:習い事はされてましたか?

河内:習い事は、小学1年生くらいのときから、踊る方のバレエをやってて。それは小学5年生くらいまで続けて。小学5年生ぐらいから中1まで合唱団に入ってたって感じですね。あと、小学生の時は塾にも行ってました。

のの:バレエをはじめたきっかけはありますか?

河内:バレエをはじめたきっかけは、近所にあるバレエ教室が、スイミングスクールに併設されてるダンススタジオにあったバレエ教室で。そこの前を通るんですよね、お買い物とか行ったときに。それで見て、お母さんに、バレエはじめたら衣装とか、かわいいじゃないですか、バレエって。そういうかわいいの着れるよって言って。その言葉につられてはじめました。

のの:お母様のすすめでもあったんですね。バレエは楽しかったですか?

河内:バレエは楽しいというよりか、きつい方が多かったですね。厳しかったので。そのスイミングスクールに併設されてるダンススタジオのところのバレエ教室がきつくて、そこをやめて別の場所のバレエの教室にも行ったんですけど、やっぱりクラシックバレエは特にそうなのかもしれないんですけど、結構厳しくて、先生が。大変でしたね。なんかもう、いつもやめたいって言ってました。でもやめさせてもらえなくて。結局小学5年生までやってましたね。

のの:小学生の頃の好きなこと、趣味って覚えてますか?

河内:小学生のときは、少女漫画のちゃおをすごい読んでました。あと、本を読んでましたね、すごく。休み時間とか、友達と話したりしないからやることがなくて。なので休み時間になるといつも図書館に行って、本を借りてて。なので小学生のときは漫画で読める伝記みたいなのあるじゃないですか。例えば、夏目漱石とかの伝記、漫画で読めるみたいな。ああいうの読んだりとか、小説読んだりとかをしてましたね。

のの:本は、読むのも作るのも好きだったんですか?

河内:そうですね。どっちも好きでしたね。その時も、将来の夢は編集者になる、っていうのは夢だったので。どっちも好きでしたね。

のの:なるほど。中学生になられてからは、変化とかありましたか?

河内:中学生になってからは、中学校が別の小学校と合流するというか、3つの小学校が集まってくるみたいな中学校だったので、そこでも馴染めなくて。あんまり楽しかった思い出は少ないですね、中学校も。

のの:部活はされてましたか?

河内:部活はソフトテニス部でしたね。

のの:3年間ですか?

河内:3年間。はい。

のの:で、合唱も習い事でされていたんですよね?

河内:合唱は中1まででした。テニス部と両立が難しくて、中学1年ときにやめましたね。合唱団は。

のの:なんでソフトテニス部に入ったんですか?

河内:ソフトテニス部に入った理由は、なんでなんだろう。その、小学生の時に中学校の見学のときがあって、そのときにソフトテニス部の様子を見学して、入りたいって思ったんですよね。でもなぜかはよくわからないです。でも中学入ったらソフトテニス部に入るってなんか決めてました。小学生のときに。

のの:運動自体は好きなんですか?

河内:今運動は好きじゃないですけど、小学生のときとかは好きでしたね。運動することは。あと、ダンスやってたってのもあるし。体動かすのが好きでしたね。

のの:その頃は、好きなことはありましたか?

河内:その頃は、引き続き図書館にいつも行ってて、本読んだりとか、あとはその頃から洋楽を聴くようになって。洋楽を聴くようになったきっかけが英語の先生で、中学生のときの。その時英語が好きになったんですけど、中学生のときに。それで先生に、どうやったら英語うまくなりますか?って聞いて、それで、発音とかだったら、曲、洋楽聴いたらいいんじゃない? って言ってくれて。それで、洋楽を聴くようになりましたね。

のの:例えばどんな曲を聴かれてたんですか?

河内:そうですね。洋楽って言っても結構、なんていうのかな、マニアックな洋楽なんですけど。ディズニーチャンネルのオリジナルドラマの挿入歌というか。例えば、最初にみたのが「シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ」っていうドラマで。それで、そのドラマがきっかけで洋楽聴くようになって。主演のマイリー・サイラスさんの曲をよく聴くようになって。「Party In  The U.S.A」とかを聴くようになって。そこから、その系列のディズニーチャンネルオリジナルドラマシリーズとかオリジナル映画とか、その楽曲を聴くことが多いですね。有名なのだと、「ハイスクール・ミュージカル」とか、そういう曲を聴いてました。

のの:性格は、小学生の頃と変わってなかったですか?

河内:変わってないですね。ていうか、悪くなりました。人見知りが加速したというか。より喋らなくなりましたね。喋らないとか、諦めちゃってたっていう感じですかね。

のの:高校生活はどうでしたか?

河内:高校生活は、そうですね。最初はちょっとつらかったんですけど、段々、後半になるにつれて楽しくなっていきましたね。自分の性格も段々変わったというか、明るい方に。

のの:何か変わった理由とかってあるんですか?

河内:変わった理由は、なんだろう。その高校自体が、外国語科がある高校で。9クラスぐらいあって、ひとつだけ外国語科があって。そこで3年間、同じメンバーだったんですけど、クラスの子たちが。なんかそれで、外国語科だから、英語の授業も多いし、そういう国際的なクラスだったので、それで影響されて、ちょっと明るくなったのかなって思いますね。

のの:ご自身では、明るくなってよかったですか?

河内:よかったですね。その方が楽しかったですし、後半、特に高校の後半は、楽しかったですし。友達もできたし、良かったですね。

のの:高校卒業されてからは、どんな感じですか?

河内:高校卒業してからは、そのあと大学に行って、進学して。大学も、高校とは違った開放感があって。自分の意思で決めることが多くなったから。そんな感じで、コロナ禍になる前までは、順調でしたね。大学生活。コロナになってから、またちょっと雲行きが怪しくなったというか。そんな感じです。

のの:その、雲行きが怪しくなったっていうのは性格の面ですか?

河内:性格面もそうだし、でも性格というか、コロナになって、大学の授業がオンラインになって。それで友達と会えなくなっちゃったからっていうのと、ひとりで淡々と課題をこなしたりとかしないといけなくなったときに、ちょっとつらくなっちゃって。それでまた、性格が暗くはなってないんですけど、元気がなくなったって感じですね。

のの:楽しみがなくなったみたいな感じですか?

河内:そうですね。コロナ渦がはじまる前まではよくライブとかに行ってて。さっき言った三浦大知さんのライブにもよく行ってたんですけど。そういうのも全部できなくなっちゃって。それで元気なくなっちゃいましたね。

のの:その、元気のない状態から、回復した時期はありましたか?

河内:でも最近やっと回復しはじめたかなって感じですね。

のの:その回復した理由はなんですか?

河内:理由はやっぱりコロナも落ち着いてきて。コロナ禍も。段々出かけられるようになったっていうのが大きいですかね。出かけたりとかライブに行ったりとかできるようになって。楽しみがまた増えたというか。そういうので元気が戻ってきたと思います。

のの:河内さんは、まわりの人から、どういう人って言われますか?

河内:そうですね。まわりの人からは、おとなしいとか優しいって言ってもらえることが多いですね。

のの:なんかそれは、そこまで親しくない人と、親しい人、どっちも一緒ですか? 違いますか?

河内:親しい人からは、変わってるって言われることもありますね。あと、面白いって言ってもらったりとかするときもあります。

のの:ご自身では変わってる自覚ってあるんですか?

河内:それはめっちゃありますね。人と考え方が違うときが多いから。社会のこのレールみたいの、から外れがちな人だったので。あの、そうですね。自覚はありますね。

のの:じゃあ大学を卒業されてからは、ライターをされつつ、今の音楽活動されてるって感じですか?

河内:大学は卒業してなくて。一応在籍中っていうかたちなんですけど。ライターの仕事はメインでやってますね。

のの:じゃあ結構毎日忙しいですか?

河内:最近はそうでもないです。

未来: 音楽活動しながら世界一周がいいですね

のの:では未来のことについて聞いていきたいんですけど。河内さんは5年後10年後、あるいは死ぬときにどう思われていたいとかありますか?

河内:そうですね。どう思われていたいか。5年後10年後だったら、前まではそんなに有名なりたいとかなかったんですけど。音楽やる上で、でもこないだの、上條頌さんのライブに行った後からは、音楽界隈の人たちの中では知られてるというか、そのぐらいの有名度、認知度は欲しいなっていう。

のの:そこまで有名にはならなくても、って感じですか?

河内:そうですね。有名に、めっちゃなりたいってわけではないですね。国民的なアーティストみたいなのには、まあ、なりたい気持ちもありつつ。でもなったらなったで大変なんだろうなっていうのがあって。まあね、あるじゃないですか。週刊誌とかに追いかけられちゃったりとか。なんかそういうのがあるので。本当に、有名になりすぎるのも、大変なのかなって思ったりしますね。

のの:なるほど。死ぬまでに、これは絶対したいってことはありますか?

河内:そうですね、世界一周旅行とかしたいですね。ヨーロッパとか行ったことないので、ヨーロッパとか。アフリカに。アフリカのチュニジアに友達がいて。その友達に会ったりとか。世界一周旅行みたいなのしたいですね。

のの:旅行は結構好きですか?

河内:旅行は好きですね。

のの:じゃあ結構海外とか、旅行で行かれたことありますか?

河内:そうですね、小学生のときは、ハワイとかグアムとかに行ったり。あと、高校生のときはオーストラリアにホームステイに行って。旅行というかまあ、研修っていう感じなんですけど、学校の。オーストラリア行ったりとか、あと、高校の修学旅行は台湾だったので。台湾に行ったりとかしましたね。

のの:音楽活動がありつつ、世界一周もできたらな、って感じですか?

河内:そうですね。音楽活動。でも一番いいのは、音楽活動しながら世界一周がいいですね。目標としてひとつに、世界各地にちょっとずつファンがいて。そのファン全体の人数で、なんか生活成り立つみたいな。日本だけじゃなくて世界に点々とファンがいてっていうのが理想なので。なんかそういう世界を巡る、ちょっとしたライブみたいなのやってみたいですね。

のの:いいですね。それで結構、英語の曲を作られてるんですか?

河内:英語の曲は、それでというよりかは、自分のアイデンティティのひとつとして、中学生のときから英語が好きで。高校も英語に力入れてる高校に行って、大学も英語関係で。そういうバックグラウンドがあるから、自然と英語の曲ができたというか。意図的ではないですけど。でもまあ、SNSとかで発信するときは、意識してますね。海外の人も見てくれるようにと思って。日本語と英語両方で投稿してみたりとかしてますね。

のの:投稿して感想とか、結構いただいたりするんですか?

河内:投稿して、そうですね。友達が多いんですけど、海外の。その人たちからリアクションもらったりとかしてますね。やっぱり日本語だけ投稿すると、友達もこれどういう意味なの? って聞いてくるんですよねあとから。その時に、ああ、やっちゃったな、と思って。英語でも投稿すればよかったって思ったときがあったので。
そっからあの、日本語と英語両方でなるべく投稿するようにしてますね。Instagramとか。Twitterはあまり英語投稿しないけど。あとYouTubeとかも、動画出すときは、英語を説明欄に入れたりとかして工夫してます。

のの:海外の友達っていうのは、音楽活動を始めてからできた?

河内:そうですね。高校時代のときの、高校のときの留学生とかもいるんですけど。あとは、英語の勉強をするときに、なんかそういう学習サイトみたいなので知り合ったりとか。あとひとり、ドイツ人の、なんていうのかな、インフルエンサーというか。アーティストであり、そういうファッションとかも投稿してる人と知り合ったのはTwitterで、それはお互い音楽やってるっていうのがあって、フォローしあいませんか? って聞いて。そっから、仲良くなったりとか。音楽と英語関係っていう感じですね。

のの:なるほど。なんかそのほかに、将来叶えたいことってあります?

河内:そのほかには、なんだろうな。将来。なんだろう。あんまり音楽とか、音楽以外の将来のことをあんまり考えてなくて。まあでも、老後のことを最近考えるようになって。ちょっとだけ。まあ、いつかはね、介護が必要になるときもあるかもしれないから。そういう備えをしておかないとなと思って。ちゃんとお金貯めないとな、とか。そういうことを考えてます。これをしたいっていうのはあんまりないですけど。

のの:じゃあ、河内さんが音楽活動に出会ってなかったら、どういう人生になっていると思いますか?

河内:そうですね。もし音楽活動とかはじめてなかったら、なにをやっていいかわからなかったと思います。まあ、英語は高校でもやってたし、大学も英語系のところ行くってのは同じだったと思うんですけど。音楽やってなかったら、普通に就職して、会社員として働いて。でも、本当の喜びはわからないみたいな。あの多分、自分のなかでなにかこれ、っていうのがないと。なんか音楽がなかったら、自分がなにやりたいかってのがわからないと思います。

のの:じゃあ河内さんにとってその音楽は、必要不可欠な感じのものなんですかね。

河内:そうですね。音楽がないっていうのは考えられないくらい必要不可欠ですね。

のの:子供の頃は、音楽以外の仕事をしたいなって考えられてたんですか?

河内:子供のときは音楽ってよりかは、さっき言った編集者とか、表に出るっていうよりかは、文章を書いたりとか、そっち系の仕事がしたかったんですけど。高校に入ってからガラッと変わりましたね。

のの:今ではその表に出ること自体に不安っていうか、そういうのはないですか?

河内:表に出ること自体に不安はないんですけど。なんかこれでちゃんとやっていけるかな?とか。そういう不安はありますね。音楽だけでやっていけるのか?とか。そういう不安はありますね。

のの:金銭的な不安は大きいですか?

河内:そうですね。やっぱりなんか社会人、社会人というか、ガツガツ働いてる友達とかもまわりにいるので、なんか比べちゃったりとかもしますね。収入面とかで。でも、なんか比べちゃうんですけど、それでも音楽をやりたくて。なんでこんなにやりたいのかわからないんですけど。高校生のときの、高校2年生のときのあのライブ映像をみてから。ずっと変わってないですね。

のの:そろそろ最後の質問になるんですけど。最後に言い残したことはありますか?

河内:言い残したことは、このインタビューを、もしかしたらファンの方とか、友達とかも、もしかしたら読んでくれるかもしれないので。なんかそういう音楽活動とかも、自分の力だけじゃできないので。英語の曲を出したときも、自分の英語をチェックしてくれた、オーストラリアの友達がいたりとか。アドバイスをくれたボーカルスクールの先生とか。がいなかったらできなかったし。家族もいなければ、こうやって自由に活動もできないし。そういう感謝を伝えたいですね。

のの:音楽活動の宣伝とかはありますか?

河内:宣伝は、そうですね。アルバムを作ってる最中で。それもあるんですけど。あと、さっき言った、6月に出した曲が、iTunesとか、Spotify、AppleMusic 、YouTube Musicとか。大体で聴けるので。河内桃子っていう名前と「Whoever You Are」っていう曲なんですけど。その曲のタイトルを入れてもらうと、検索すると引っかかるので。よかったら聴いてもらいたいです。あとYouTubeも見てもらいたいですね。やってるので。

のの:ありがとうございます。

河内:はい、ありがとうございます。

「Whoever You Are」はこちらです!

あとがき

河内さんの音楽活動しながら世界一周するという目標が、すごく素敵だなと思いました。自分の好きなことでしたいことを叶えるって幸せすぎることじゃありませんか? ぜひ叶えてほしいなと思いました。河内さんが音楽の話をされている時、本当に楽しそうで音楽が好きなんだなということがひしひしと伝わってきました。中々難しい世界だとは思いますが、有名になって高校生の頃にみた映像のような景色を見て欲しいです!

【インタビュー・編集・あとがき:のの】

【文字起こし:あおい】

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