人を喜ばせたい人
むかしむかし、ある村に、喜助(よろすけ)という若者が住んでいました。喜助には、「人を喜ばせたい」という純粋な願いがありました。
朝は早く起きては、お年寄りの家の前に
咲いたばかりの朝顔を活けて置き、
昼には、畑仕事で疲れた人に
冷たい井戸水と手作りの扇子を届け、
夕暮れには、帰り道の子どもたちに
面白い影絵を見せては笑顔をもらい、
夜には、一人暮らしのお年寄りの家を訪ねては、
星空の話を聞かせていました。
村人たちは最初、喜助のことを不思議に思いました。
「なぜそこまでして、人を喜ばせようとするの?」
喜助は穏やかな笑顔で答えました。
「誰かが喜ぶ顔を見ると、私も嬉しくなるんです。その喜びがまた、次の誰かを喜ばせる力になるんです」
不思議なことに、喜助の小さな親切は、村中に広がっていきました。
喜助に喜ばされた人が、今度は誰かを喜ばせ、
その人がまた別の誰かを喜ばせ、
そうして村全体が、喜びの輪で満たされていきました。
後に喜助はこう語りました。
「人を喜ばせることは、特別なことじゃない。ちょっとした思いやりや、小さな優しさで十分なんです。その積み重ねが、世界をもっと明るくするんです」
そして「喜びは分け合えば、倍になる」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2024年12月28日23時05分に書く無名人インタビュー976回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは 杜 白理米 さんです!
年齢:50代前半
性別:女性
職業:万象・型舞道家
現在:なくなってはいけないものを守るための芸術をやりたい
ポンプ:
今は何をされてますか。
杜白理米:
いま正社員なんですけど。企業の正社員をしていて。
スタジオ運営的なことをやってるんです。
結構ハードな仕事なんですけど、休日ドテッとすると、人生その仕事に捧げて終わりなので、自分がどうしても気になっていることをやるためにいろんな人と出会うっていうことに休日使っていて。
何がやりたいかっていうと、伝統工芸とか伝統文化、風習とか地域の慣習とか、その場にしかない特色のある資源とかそういったものを舞の型に当て嵌めて・・・
例えば伝統工芸であれば制作に工程があると思うんですけど、工程ごとの難しさとか想いとか素材との戦いっていうのがあって。
それを歌にしながら舞うというプロダクトができるまでの価値観、見えない部分を可視化して、廃れないための一つの芸術をやりたいって思うんです。
それが今現在ですね。
ポンプ:
伝統工芸に着目したのはなぜですか。
杜白理米:
元々ミュージカルをやってたんですが日本の土壌から生まれたものではないですし。
自分の中ではフィット感ありつつもどこか心にぽかんと穴が空く、何かがあったんですその表現の世界で。
自分がやっている表現っていうのは、例えば拍手をもらったときに、自分に対する拍手だと思うんですけど。
でもその拍手が自分に向けられるのではなくてもっと違う意味、価値がもたらされるんじゃないかなって。
表現しにくい部分ですけど。
自分が称賛されたいわけじゃないっていうことがわかったというか。
なので、なくちゃいけないものを守るための芸術をやりたいっていうところが、直結する理由ではあります。
ポンプ:
伝統工芸って具体的にどんなものを表現されたんですかね。
杜白理米:
一緒に携わり始めてる方もいるので具体的なことは言えないんですけど。
例えば動かさないと価値が見えないものがあって。
伝統工芸の絵柄とか図柄が、角度を変えることによって見え方が変わってくるとか。
そういうのって静止の状態で置いといても魅力は伝わりにくいんですよね。
世の中そうですけど情報をスクロールして指で送っていく文化じゃないですか。
漫画もタテ読みが出てきたりとか。
捲るのも手でスクロールしていって、ポンとタップしてハイ次!みたいな。
なのでスピード感を持って動くことに対して、人が反応するのであれば、例えば動く伝統工芸っていうキャッチフレーズにしてみて、それを持って舞う人がいてもいいんじゃないのっていう。
見え方が変わったときに、こういうところに難しい技術が施されていて。とか。
動くことによって静止の状態で見ているだけでは伝わらない技術面の難しさだったりとか、背景が伝わるんじゃないかなっていう。
ポンプ:
その活動を始めてどれぐらい経たれるんですか。
杜白理米:
子を産んでから少しずつだったので10年近くは構想あるんですけど、本腰入れて動き始めているのは今年に入ってからで。
登録商標は、去年取ったような感じですね。
ポンプ:
その活動に名前がついてるってことですか。
杜白理米:
そうですね。名前はごめんなさい伏せてますけど。
ポンプ:
活動しているのは1人ですか。
杜白理米:
はい。でもチームになれたらいいなっていう方は少しずつ現れています。
ポンプ:
既に表現されたものはありますか。
杜白理米:
まだこれからですね。
ポンプ:
今ターゲットにしているものはいくつぐらいあるんですか。
杜白理米:
媒体のことですかね。
ポンプ:
表現したいと思っている伝統工芸の数なんですけど。
杜白理米:
三つぐらいですかね。
ポンプ:
その活動以外のときってどんなことされてるんですか。
杜白理米:
正社員を普通にやってます。人に雇われてます。
3年ぐらいを目処に脱却できたらな、とは思ってます。
ポンプ:
10年の構想から、ようやく今年になってその活動に着手できたきっかけですが、どんなことがあったんですか。
杜白理米:
年齢です。
半世紀生かしてもらったんで、いい加減にちゃんと悪あがきしようっていう感じです。
ポンプ:
それ以外にやりたいことって何かあったりするんですか。
杜白理米:
伝統工芸だけじゃないですけど、日本の文化を守ってきているであろうその媒体を表現するっていうのをひとくくりにしたときに、何ができるのかっていうのを実験できるような施設を、いろんなところに作りたいです。
例えばこの技術とこの技術を合わせたら何が作れるのか、とか。
例えば三味線とロックバンドとかいうのはいくらでもあるんですけど。
クリエイティブなものが、どこまで世の中に影響できるかなっていうのを実験できるような場所・・・表現の可能性を爆発させられる場所を作れたらいいなと思ってます。
例えば多摩織っていう伝統工芸の技術とGoogleで一緒になったウェアラブル・・・何だっけな・・・
ランニングしながら体の状態を測るものを開発してるのがあって。Googleと多摩織の技術の一部を使って、そういうプロダクトを作っている・・・ウェアを作る活動とか。
そういうプロダクトを介して人の背景もちゃんとコミュニケーションとしてできるような場所って言えばいいんですかね。
フェイストゥフェイスで可能性が広げられるような場所を作りたいっていう。
ポンプ:
確認なんですけど、媒体ってどういうものですか。
杜白理米:
地域でなくなりそうな技術・・・例えば草鞋の編み方とか。お茶農家さんも。
そういう第1産業だったり、なくなったら困るであろう物を指している・・・それと場所もそうですよね。
知る人ぞ知る、みたいな技術も含めて。
ひとくくりで媒体っていうふうには言っちゃってます。
ポンプ:
さっきと似てる質問なんですけど、それに着目した理由ってなぜなんでしたっけ。
例えばさっきお話しいただいた、ミュージカルでもらえる拍手が自分じゃないためにあったら、なおさらいいなっていうことの先って、必ずしもなくなったら困るものに繋がるわけじゃないじゃないですか。そこに繋がった理由ってなぜなんですかね。
杜白理米:
今までの日本を彩ってきたものだと思うので、何でもかんでも新しいものならいい?っていう・・・・日本から土臭さがなくなってくのが嫌だって言えばいいんすかね。
なんでもかんでも新しく開発されたものが大事なものって言ったらちょっと疑問視するので。
今まで日本を支えてきた遺伝子的なものをどうにか違う形でもいいから、残していくのって、理屈じゃない大事さがあるんじゃないかなって思っているので。
まずはそこが理由ですかね。
なんでも新しい方法で便利になっていって、進化しているみたいだけど、それって本当に大丈夫なのっていう、漠然とした疑問がありますね。
ポンプ:
なるほど。理屈じゃない大事さっていう部分を、詳しくお聞きできたりしますか。
杜白理米:
私達みたいな何か作る人間っていうのは大前提がないんですよね。
人間って、想像できないとそれは出来ないっていう・・現実味を帯びないんですよ。
頭の中でイメージがし難いものは現実になり難いみたいな。
その理由は目で確認できないからなんですよね。
なので目で確認できたら納得できるっていう安易なマーケティングが嫌いで。
どこに向かっているんですか人間は?って考えたときに、目の前に形として見えたら信じる?・・・そんなの例えば赤信号だったらみんなで渡れば怖くないって、やっちゃうんですね?って私は思っちゃうんですよね。
自分の中にある潜在能力を自分でクリエイトするのがエンターテイメントだったり技術だったりすると思うので、自分の中にあるものを自分で引き出す、その過程の摩擦が私のやりたいことなので。
形になったときに見て、ああだねこうだねって言ってるのが人間なんですよね。
視覚に支配されちゃってるので。
だからそこができるまでの部分っていうのを見させたいっていうモチベーションからきてるのでそれに当てはめやすいのは伝統工芸とか文化そのものであったっていう逆算でもあります。
過去:喋るの苦手だけど、役と場をもらうと強くなる自分がいたんですよ。
ポンプ:
ちっちゃいときはどんなお子さんでしたか。
杜白理米:
全然喋らなかったですね。
幼稚園、小学校低学年のときは本当に喋らなかったと思います。
自分の言ってることとか考えていることは、なかなか人にはわかってもらえないんだろうなっていうのを本能的にいつも感じている子でしたね。
ポンプ:
どんなこと考えてましたか。
杜白理米:
例えば一つ描くにしても、水の色は誰が決めたんだろう、とか。
別に水色じゃなくてもよくない?・・・海の底までいったら多分真っ黒かもしれないしさとか。
そういう目の前にないことを自動的に想像する子でしたね。
そういうふうに教わっているからそういうものだって思っちゃってるけど、実際知らないよね、とか。
あとすごい覚えてるのが小学校三、四年生のときにバッハを聴いて衝撃を受けましたね。
「トッカータとフーガ ニ短調」とかそういう題名だった気がするんですけど。
確か気管支炎に近い、胸に響くような咳が出ちゃってたんです、そのとき。
苦しいって思っていて、音楽の時間が来て、バッハの曲がかかったときに、なんだこの曲は!と思ったのを覚えてます。
ポンプ:
その後の白理米さんに影響を与えてるんですか。
杜白理米:
直接か分かんないですけど、私が今やろうとしていることよりも音楽の方が遥かに高い次元にあるって思っちゃってます。
音楽がすごいやっぱ好きなんですね。
音楽に敵う芸術あるのかなって、思っちゃう自分がいて。
音って振動と波動で磁場を作り上げていて。
どこにいても邪魔にならない・・・空間の邪魔にならないし場所の邪魔もしないし。
だけど1人1人の世界にアンテナが紐付けられれば、すっとその世界観に浸れたりとか。
人を開放したりクリエイティブにしたり元気にしたり悲しくしたりっていうところに、すっと届くものが音楽だと思ってるんで。
バッハ聴いたときも、これには敵わないっていう感覚を持った気がします。
子供ながらに。
ポンプ:
そのときって普段どんな音楽を聞かれてましたか。
杜白理米:
小学校のときは本ばっかり読んでたんで音楽じゃないですね。
やってたとしたら幼稚園の年長さんからエレクトーンを10年間ぐらいやってたので。
ピアノだったらよかったのになっていうのは後で思いましたね。
ポンプ:
なぜピアノのほうがよかったって思われるんですか。
杜白理米:
音楽やる上で、基礎はピアノなので。
エレクトーンは音楽全般に通用するものではないので。
なんで10年間もピアノじゃなくてエレクトーンだったんだっていうのをあとで気づいてちょっと泣きそうになりましたね。
ポンプ:
周りの友達ですとか、ご家族とかの関係性で何か思い出ありますか。
杜白理米:
「8時だよ全員集合!」を家族で観て馬鹿笑いしてたのが思い出ですね。
小学校低学年ですね。そのときから、ものまねをする癖がつき始めて志村の真似したり、加トちゃんのものまねしたりとか。しょっちゅうやってました。
人に自分のことを喋ったりとか、そういうの苦手だったわけじゃないんですけど、ふざけ合う友達がいたかって言われるとぱっと浮かばない感じですね。
自分の中のことを話すのは、大事なことをベラベラ喋っちゃうみたいな感じがしてたので。
学校では本ばっか読んでましたね。
ポンプ:
本は何を読んでいたんですか。
杜白理米:
赤川次郎ですね。小説ばっかり読んでました。
そういえば漢字は得意でしたね。本ばっか読んでたから漢字は得意で。
ポンプ:
他に得意なことありますか。
杜白理米:
漫画で極端に変な声を出すキャラクターの声まねとか。グーグーガンモとか。
今もできることなら鬼滅の刃の鎹鴉の声やりたいです。
ポンプ:
今もものまねをされたいっていう熱があるんですね。
杜白理米:
ものまねをやりたいって熱はなくて。ただそういうアニメの伸び伸びとした境目のない表現が大好きで。
面白いなと思って、いちいち真似してます。
ものまねには興味がなくて、ただその世界観がすごく好きですね。
ポンプ:
今芸術に触れられていて、昔の憧れだった方にお会いできたりしたことってあるんですか。
杜白理米:
ないですね。この人に会いたいっていうのがなかったですね。
ただ志村けんさんはすごい好きで。
とんでもない馬鹿みたいなことだし、全員集合なんていつ死んでもおかしくないリハーサルを何回もやってらっしゃったみたいで。
一歩間違えたらおしまいっていうところに居続けられるっていう生きざまがすごい好きで。
”最初はグー”とか2度見3度見っていう・・・人の日常にすっと入ってこれるようなギャグをやってる人だなっていうイメージがあって。すごく胸がきゅっと温かくなるような、切なくなるような。
ペーソスたっぷりの芸人さんで本当に大好きでしたね。
ポンプ:
中学校高校生あたりはいかがでしたか。
杜白理米:
中学1年生のときは相変わらず本を読んでいて。
読みたくて読んでたっていうよりも学校つまらなくて、本の世界に入っちゃえ。みたいな感じで読んでました。
その様子を感じててくれた担任の先生がいらっしゃって。
その担任の先生のことを密かに尊敬してました。
いつも冗談ぽく気にしてくれるんですけど、心配してくれてるんだなっていうのが伝わってくるので。
優しく上手に見守ってくれるっていうか。
2年生のときもすごくいい先生で。本気で怒ってくれるんですよね。
本気で怒ってる感情の乗っかり方がちゃんと愛情なんですよね。
苛立ちじゃなくて、親に近いような叱り方をしてくれる、かっこいい女性の先生でしたね。今でも1年生と2年生のときの担任の先生のお顔はパッと浮かぶぐらい。
ポンプ:
友達関係は。
杜白理米:
ヤンキーの子たちに声かけられてましたね。
全然喋らない子なんですけど、何となく守ってくれました。ヤンキーの子たちが。
なんで私なのかなと思うんですけど・・・人と喋るの好きじゃないし連むのも苦手だったんですけど。
優しい子たちだなと思いながら卒業しちゃって。
その中の2人ぐらいがバイクの事故で亡くなっちゃったんですけど。
ポンプ:
その後の白理米さんはどうなっていくんですか。
杜白理米:
その前に小学校の高学年で演劇クラブに入った時に表現するキッカケが生まれて。
喋るの苦手だけど、役と場をもらうと強くなる自分がいたんですよ。
全然平気だし、人に見られるのも関係ないし。
役に入っちゃうことが自分の中ではとっても楽で。そんな小学校の高学年のときがあったんで、その感覚で中学に行って、その流れのまんま高校行って。高校ではダンス部入って。
表現することの楽しさとか作ること・・・振りがバンバン生まれるタイプだったので、知らないところでジェラシーされてたりとか。
自分はそんなつもりは一切ないんだけど、作れるっていいよね・・、みたいなことを知らないうちに思われてたみたいで。
誰が曲作ればこの作品進むんですか?みたいな状況だったので。先生めちゃくちゃ怖いんですよ。腕組んで作品が出来上がるまで睨み続ける先生だったので。
責任持って作ろうとするメンバーがない中で作るの楽しくって1人で嬉々としてやってたみたいな。変な光景ですけど。
嬉しいような、でも誰も作らないから自分でも気づかないところで責任感がいつの間にか生まれてたりとか。
そんなような流れでしたね、高校んときは。
ポンプ:
その後、高校の後から、今の会社にお勤めになるまでの間ってどういうことがありましたか。。
杜白理米:
ここが一番大変ですね。高校出てから大学行ったんですが詰まらなくて毎日痺れ切らしてました。で、もう自分でミュージカルのスクールをガンガン探して受けちゃって。
特待生で入って3年ちょっと、死にものぐるいのトレーニングして。
20代前半でもう先生やってましたね。
幼稚園生から70代の方まで教えて。
ミュージカルとか舞台の世界ってダンスインストラクターやらないと食えないんです。日本はそういった土壌なので。
ダンスインストラクターで、作品作るときはプレイヤーもやるんですけど、演出助手とか振付もそうですし演技とか発声の指導とか、全部同時にやる感じですね。
ポンプ:
そうすると会社にお勤めになられたのはもっと後々ってことなんですね。
杜白理米:
そこからは結婚して子供産んでるので。
バイトだったり、派遣とかちょこちょこ繋いで、子供が落ち着いてから正社員やったり、子供が病気しちゃったので辞めて。
また中途半端に契約社員やったり正社員やったりみたいなのを繰り返して今に至る、みたいな感じでやっと落ち着いて。
未来:人を笑わせたまんま、なんかぽっくり死にたいです。
ポンプ:
これからやりたいことのイメージはあると思うんですけれど、ご自身がいなくなるまで残りの時間でこれはやっておきたいとか、こういうことはしたくないとかありますか。
杜白理米:
あと3年ぐらいで会社設立できるような状態まで持っていきたいのと、60手前で安定感持ちたいですよね。それで食えるっていうこともそうですけど、例えば自分の作ったものがムーブメントを形成してるとか。
60歳以降はどうなるかわからないので何とも言えないですけど、死ぬ手前でどうありたいかっていう話でいくと、あれ私死んじゃったんだ?って、死んじゃった後に死んじゃったことわかんないぐらい、元気な身体でぽっくり死にたいですね。
ポンプ:
死の予感を感じないぐらい、ということですか。
杜白理米:
人に迷惑かけないで人を笑わせたまんま、なんかぽっくり死にたいです。
ポンプ:
ちなみにご家族にそういう場面で伝えておきたいこととかありますか。
杜白理米:
笑ったまま死ねるように生きようねって感じですかね。やりきれなかったとしても顔に出さないでいい人生だったって言ってちゃんと笑顔で逝ける生き方をしてねっていう。
特に子供にはそう言いたいですね。
ポンプ:
今の取り組み以外でやりたいこと、あったりしますか。
杜白理米:
とにかく今どんどん人に繋がることをすごいやってます。チームを作っていきたいので。
何かやるときはガーッと集まるみたいな。
人間同士でちゃんと繋がっていて必要があればいつでも組める環境を作りたいなと思ってます。
ポンプ:
それはやっぱり今の活動に繋がるものですよね。
杜白理米:
そうですね。例えば劇団作っちゃうとかそんなんでもいいですし。
その中で、なくなっちゃいけないものを守れるようなものができるならそれでいいですし。
自分が作ったもので絶対こういうスタイルじゃなきゃ嫌だっていうのも、違うと思うので。
摩擦を作り出したいと思ったときに別のシナジーが生まれていいと思ってるんで、こういう形じゃなきゃ嫌だっていうのもないですね。
ポンプ:
摩擦っていう言葉は何か別の言葉に言い換えたりできますか。
杜白理米:
舞に付属する道具を作るとか、そこに関わってくれた人のプロジェクトを手伝うとか。
あったものに対して、否定をしないでやっていくという意味ですかね。
・・・今未来の話でしたっけ。
無名人インタビュー、なんでやろうと思ったのかっていうのをずっと思いながら喋らせてもらってました。これ逆インタビューになっちゃうんで別物だと思うんですけど・・いろんな人がいるんだなと思って。
ポンプ:
そうですねインタビュアーは何人かいるので、それぞれきっと想いだったり、目的とかがあるとは思うんですけど。
杜白理米:
めちゃめちゃクリエイティブですよね無名人インタビュー。コンセプトが面白いからインタビューしてもらおうっていうのが経緯だったんです。
民間のラジオやってたこともあるんで、喋るってすごいクリエイティブだと思ってて。
言葉って、いろんなものが乗っかってるじゃないすか。
その人の雰囲気とか声の響きとか。声とか言葉ってすごい情報源だと思ってて。
なので無名人インタビューって面白いなと思って、何日間かずっと(応募)フォームを眺めていて。
うん、やっぱやろう。みたいな感じで応募させていただいてます。
ポンプ:
嬉しいです。ありがとうございます。
ちょっと戻るんですけど、もし仮に今の活動が理想的な形で世の中に浸透したとすると、白理米さんはそのとき、どういうふうに行動すると思いますか。
杜白理米:
1人歩きしてくれるんだったら自分が先導しないかもしれないですね。誰かに任せちゃうか、世の中に任せちゃって。
管理はするけど、具体的なところはもう誰かに渡しちゃって別の事を作ろうとしてると思います。
ポンプ:
別の悪あがきですね。それはぼんやりとこの辺り手つけてみようかなみたいなのって何かあったりするんですか。
杜白理米:
連動してるんですけど被災地とか、生活だけでいっぱいいっぱいのところの助けになるような・・・場所を助けるような活動したいですよね。
アートとかエンターテイメントっていう枠が、私の得意分野だと思うんで。
例えば売り上げとかそういったものの何%かは、自動的に後継者に紐付く仕組みとか、そういったもので被災地を助けられるような連携を持ちたいですよね。
いいものをやったって、落ち着いた心で落ち着いた生活環境の中で潤沢に享受できない人もいるわけで。
そこほっといて、本当にそれが芸術なのかな?みたいな考え方もあるので。
だからそういう場所を助けることはしたいです。そこでイベントやって人を呼ぶとか。
そこの伝統工芸をどういう仕組みで後継者を探すとか、そこの土地のなくなっちゃいそうなものを軸にした公演をやるとか。
土くさいというか、根っこの方をできたらいいなと思いますね。
ポンプ:
そうるすと、被災地には無くなりそうなものがあるっていう前提になりますか。
杜白理米:
そうですね。今の石川県もそうですし。
言っちゃえば伝統工芸の界隈が被災してるようなもんですよね。
江戸扇子とか30工程全部、1人でやるんですよ。
江戸扇子は骨が少なくて分厚くて長くていい音が出るんですけど、最後の技術者さんが亡くなっちゃったりとか。
もう伝統工芸の世界が被災しちゃってるんですよ。
伝統工芸の被災地を救っていくことができたら良いですよね。
あとは食べれない子供たちにそういった楽しみがいくような、見せるだけじゃなくってその子たちにやらせるとか。そういうこともできたらいいですよね。
そういう寂しい思いとか、一見パズルが組み合わさっていないような生活の中で日々を蓄積してる子供っていうのは、感じ方が細かいと思うんですよ。
そういう子たちがそういった経験を表現の形で活かせるっていうのは
「人に喜んでもらえることができる人間なんだ、自分も」
っていうような自信も持てるでしょうし。
そういったことができたらいいなと思います。
ポンプ:
最後に何か言い残したことあればお伺いしたいんですけど。
杜白理米:
また遺言みたいになってますけど(笑)。そうですね・・・
ポンプ:
感想でもいいです。
杜白理米:
なんかちょっと不思議な感じがしました・・・・
言葉ってやっぱ難しいですね。人の顔を見た方が、言葉が出るんだなっていうのが良い経験になりました。
人の顔を見ないで喋るより、人の顔を見た方が自然と文章が整うんだなー。なんて思い。
でも多分職業病もあるので。
フェイストゥフェイスの仕事が軸なので、多分それもあると思いますし。
ポンプ:
言葉に音とか、喋り方とかの情報がたくさん詰まってるっていう、話すときの目線だったり表情だったりを見ながら会話されるんだろうなと思いました。
杜白理米:
そうですね。・・・クロージングめちゃくちゃ得意なんですよ。
スタジオに来たお客様90%切らないでほぼほぼ契約させています。
顔見て情報が来るじゃないすか。
例えば、今突っかかってることがあるからお店(スタジオ)の定型文(案内)を言っちゃっても絶対頭に入らないだろうな・・・っていう情報を、動きながら得ようとします。
ピタッて座っちゃって「御説明をさせていただきますね」とかやっちゃうとめちゃめちゃ相手を緊張させちゃうんで、その席にいざなう動きの中で「一緒に汗かきましたよあなたと!」みたいな雰囲気作って顔色伺って、実際この方は性格がいいからこういう接し方だけど(今顔曇ってない?あなた?)って感じて、「もしかしてここ気になってます?」って、どんどん疑問点と不安点を片っ端から潰していきます。
ポンプ:
腕の良い営業みたいな・・
杜白理米:
商材が理解できないと無理ですし、良いと思わなきゃチカラ入んないですけど。
やっぱ顔見て、っていう方が言葉が出てきますね。
伝えなきゃいけないことは絶対伝えるんですけど、ちゃんと懐に飛び込んじゃうって感じです。
例えば相手のこういう事情があるから、こういうこと言ってもやりたくないよねっていうふうに。
でも絶対お得だからって本当に思ってるんで。
どうにかして(相手が)楽しくなるような会話にしますね。洗脳してるわけじゃなくて。
「だって絶対お得だよね」みたいな。楽しくなるような会話にしたい。
ポンプ:
その楽しくさせたいっていう想いってどこから来てるんですかね。
杜白理米:
だって、笑顔を見た方がやっぱり楽しいので。
・・・・それですね!私の病気は人を喜ばせたいんです。
自分が拍手もらって嬉しいんですけどなんか違和感がずっと若いときからあって。
でも24歳ぐらいから教えるようになって、めちゃくちゃ後輩が上手くなった、伝えたことができてそれが本人なりに料理され始めたりとかするところを見るとめちゃくちゃ楽しくって。
普通、ジェラシーして自身のポジション取られるんじゃないか、ぐらいの緊張感を持つんですけど。
なんか嬉しいんですよ。自分が伝えることで人が上手くなるのが本当に面白くて。
なので人をうまくさせるのが好きだったから私が教える子たちはみんなうまくなりましたね。
ものすごい自信があったんすよね。優越感じゃなくて馬鹿みたいに・・子供みたいに無邪気に楽しかったみたいな。
もうお願いだから教えさせて!みたいな感じですかね。
お金いらないからとりあえずこっちおいで!みたいな。
それが多分私の最大の軸だと思います。
もうそこに理由も理屈もないですね。
自分が作った媒体じゃなくてもとにかく私が喋るときは楽しんでもらいたい、みたいな感じで。でも結局契約はさせるんですけど。
楽しみたいんですよ多分。ちょっといい夢見させてあげたいみたいな。
ポンプ:
それは誰彼構わずですか。
杜白理米:
誰彼構わずじゃないです。できない方もやっぱりいるので、やめとこう・・みたいにすぐ諦めます。
それも暴力っていうか相手が入ってこない。こちらがもう無理にねじ曲げるっていうのは亀裂が走るので。
それはそれで止めといたほうがいいんだなみたいな感じで尊重しちゃいます。すぐ諦めてすぐ次です。
あとがき
せっかくなのでバッハの「トッカータとフーガ ニ短調」を聴いたんですが、
よく耳にする曲だったので、曲名がようやく今分かった次第で。
まだ曲が分からない方は、♪タラリーン(⤵︎)っていう表現で伝わると嬉しいです。
(嘉門達夫をご存じであれば、このあとに「鼻から牛乳」と続きます)
で、志村けんさんの話なんですが、うちの4歳の息子も全員集合が好きで、叔父からもらったDVDを観て笑っています。
アイーンみたいな真似もなぜかするんですが、息子は存命の志村さんを知らないはずで。
なのにすっかりハマっている様子をみて、この世代を超える引力というか惹きつけるチカラに本当に驚きました。
(もちろん僕もよく観ていました)
他にも、白理米さんの海の色のエピソードが印象的でしたが、僕の周りでも昔、似たようなことがありました。
僕の小学校では(昔はどこもそうだったように)髪を染めるのはよくないっていうのが当たり前だったんですが、ある先輩が
「じゃあ全員が金髪にすればそれが普通になるじゃないか」と先生+生徒に投げかけていて、当時の僕はその意見が大胆すぎて、そんな大それたことは考えちゃいけない!と焦ったものでしたが、いま振り返るとその先輩(女子)、かっこいいなと思います。
ということを思い出しました。
いつも後書きでは、忘れかけた記憶を取り戻しているような気がしますありがとうございます。
【インタビュー・編集・あとがき:ポンプ】
#無名人インタビュー #インタビュー #伝統工芸 #伝統文化

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