歩き巫女の人
むかしむかし、ある国に、千鶴(ちづる)という名の歩き巫女がおりました。千鶴は一つの土地に留まらず、草鞋を履いて村から村へと旅を続けておりました。
「なぜ、一つの神社に仕えないのですか?」
ある村人が尋ねると、千鶴は答えました。
「神様は、立派な社だけにおられるのではございません。山にも、川にも、道端の小さな祠にも、神様はおられるのです」
千鶴は旅の途中、困っている人々に出会うと、祈りを捧げ、お祓いをし、時には話を聞いてやりました。
ある日、病で苦しむ子どものために、千鶴は三日三晩、祈り続けました。すると不思議なことに、子どもの熱は下がり、元気になったのです。
「お礼を」と村人たちが差し出すと、千鶴は少しの米と草鞋だけを受け取り、また次の村へと歩き出しました。
「なぜ、ここに留まらないのですか?」
千鶴は振り返って微笑みました。
「神様のお告げは、歩く者の足に宿るのです。留まれば、届けるべき祈りが届かぬ人がおります」
やがて、千鶴の噂は国中に広まり、「祈りを運ぶ人」として慕われるようになりました。
そして「歩く者に神宿る」ということわざが、この国に伝わっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年11月30日18時19分に書く無名人インタビュー1211回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは 神楽まゆみ さんです!
年齢:50代後半
性別:女性
職業:巫女・作家
現在:降りてきたメッセージを早く文章にして出すことが楽しいです。
qbc:今何をしてる人でしょうか。
神楽まゆみ:国際結婚をしており、本業ではアメリカ軍基地で勤務しています。
横須賀のネイビーで11年、現在はアーミー基地で4年間、
兵士の方々の心身のケアとしてマッサージやセッションを担当しています。
空いた時間には、本の執筆や歩き巫女としての活動、霊視も行っています。
qbc:何年ぐらいアメリカ軍でお仕事されてるんですか?
神楽まゆみ:17年。
qbc:17年。なるほど。でも。
神楽まゆみ:神楽っていうのは旧姓で。旧姓の京都の京都生まれで神楽まゆみっていうですけれど、どうしてもカストロまゆみで巫女やってるって言うと、外国の名前なので、なんで?っていうふうによく聞かれてしまうので、なので、アメリカ軍で仕事するときはカストロまゆみで、日本でも巫女の活動をするときは神楽まゆみという名前を使い分けて行ってます。
qbc:はいはい。歩き巫女っていうのはどういう事をされてるんですか?
神楽まゆみ:歩き巫女っていうのは、巫女さんって普通神社にいると思うんですけど、お守りとか売ったりとかして。だけど、人たちとは別に歩き巫女という人たちが昔いたんです。江戸時代よりもっと前なんですけれど。その人たちは神社に属さないで、まあ街を歩いて。まあイタコ。あとご神託とか、亡くなった人の霊を降ろすとか、占いとかをやっていた人たちがいます。で、人たちは明治政府によって止められて廃業になってしまうんですけど、彼女たちが本当に生きてたっていう証が、長野県の祢津っていうところにお墓がたくさん残っておりまして。そこへ興味を持って通うようになって、そこにシノハラさんっていう歩き巫女を先導していた、神事舞太夫(しんじまいだゆう)っていう男性がいたんですね。
qbc:しんじまい?
神楽まゆみ:神事舞太夫って、神の、事変の事に、太夫は太い夫ですね。
qbc:あー、神に、事はなんていう?
神楽まゆみ:東京事変の事。事件の事。
qbc:ああはいはい。神、事、まいは?
神楽まゆみ:神事舞太夫。太夫は太いに夫。
qbc:まいは?
神楽まゆみ:神事舞は普通の舞です。
qbc:踊るんですか?
神楽まゆみ:はい。
qbc:あ、はいはいはい。
神楽まゆみ:で、その男性は、まあ昔は県を越えて移動が人ができなかったので、関所を渡るのに通行手形を取ったりとか、幕府からその歩き巫女の仕事はもう認められた仕事なので、街々に行くのに通行手形を持って宿を取ったりとか、歩き巫女を先導していた男性がいるんですけど、その末裔の方が長野県の祢津にまだいらっしゃって、その方と私も一緒に歩き巫女の伝承を伝えています。
qbc:それはいつ頃から?
神楽まゆみ:それは、でも一年半くらいですかね。そう、お墓に通うようになって、まあ地域の方と仲良くなって、神事舞太夫の方とも仲良くさせていただいて、一年半くらいなんですけど、公式サイトを立ち上げたりとか祢津の情報を流したりとかしてます。
qbc:もうちょっと、どんなことをしてるんでしょうかね?
神楽まゆみ:まあ昨日もスピリチュアルのイベントに出てたんですけれど、マルシェとかスピリチュアルのイベントに出て、霊視鑑定をして、まあその人の悩みを神様に聞いて、言葉を降ろすっていうことをやってます。
qbc:やってることの割合としてはどんな感じなんですかね。米軍で働いてるのと、歩き巫女というか。
神楽まゆみ:割合というと半々なんですけれど、通常でいくと、週の木、金、土日が米軍で。ただ、そういうイベントとか、出なければいけないものがあるとそっちに行くので、米軍の方はお休みさせていただいて、歩き巫女の活動をやってます。
qbc:じゃあもう米軍はまあある程度固定で入ってて、それ以外は歩き巫女に使ってるみたいな。
神楽まゆみ:そうですね。はい。
qbc:それ以外にされてることとかあります?
神楽まゆみ:まあ、本の執筆。まあKindleで結構今年20冊ぐらい出したんですけど。
あと英語でもアメリカのKindleの方で本を二冊かな、出したりとかして。
qbc:どんな内容の本?
神楽まゆみ:すごいたくさん。本当はスピリチュアル作家って言ってるんですけど、いろんな分野の本を出していて。まあトランプ政権になって今後の日本どうなるかとか、トランプさんが選挙に勝った時ですね。で、私もアメリカの主人の実家にしょっちゅう、まあ二年一回ぐらい行きますので、その時のアメリカ人の人たちの声も聞きますし。あとまあ米軍でもちろん働いているので、アメリカ人の人たちの声も聞くんですけど。
世界情勢みたいなことも書くし。テレビ業界の崩壊とか。
あと5月6月に吉原遊廓に行ったんですけど、吉原遊廓ですごい具合が悪くなってしまって。霊障が起きたんですね。梅毒検査跡地ってところで話を聞いていて、すごい具合が悪くなってしまって。で、その後に虫に刺されたようなできものが全身にできて痒くなってしまって。私もう本当に梅毒にかかったんじゃないかと思うくらい、ただ話を聞いただけで。そこでもう全身痒いのが何ヶ月もおさまらなくて。吉原で働いていた遊女の人たちの生き様を書かないと、たぶん憑いた霊が納得してくれないと思って、吉原の本を書きました。
qbc:書く事自体いつから始めてらっしゃるんですか?
神楽まゆみ:書くことは今年からなんです。
noteにも描いたんですけど、その場に立つと、地霊を読むことができるので、昔の映像がレイヤーになって浮かんでくる。そこで昔生きてた人たちのビジュアルとか建物が、映像として出てくるので、そういうものを文章にして書くということをやっています。
qbc:なんで急に書き始めたんですか?
神楽まゆみ:書くことは興味があったんですけど、この話すると変と思われるかもしれないけど、大丈夫ですか?変と思われるかもしれない。
qbc:なんかスピっぽい話って意味で?
神楽まゆみ:はい。
qbc:ああ、全然。というかスピリチュアルテーマインタビューやっているので全然大丈夫ですよ。
神楽まゆみ:わかりました。去年、瞑想中にとても印象的なビジョンが浮かびました。
16世紀の錬金術師パラケルススを思わせる人物が、薄明かりの中で研究している姿です。
その後、彼の生き方や思想を調べるうちに “書きなさい” と促されているような強いインスピレーションを受け、
それが執筆を始めるきっかけになりました。
qbc:最初に書いたのはなんだったんですか?
神楽まゆみ:最初に書いたのは、本当は巫女の本を書きたかったんですけど、時代が追いついてくれなくて、テレビ業界の崩壊を一冊目に書いて、二冊目にトランプ政権になって今後の日本はどうなるかっていうことを書いてから、三冊目に巫女と神道の本を書きました。
qbc:テレビ業界はなんか関係されてたんですか?
神楽まゆみ:いや、テレビ業界はその時フジテレビがガタガタになってた時だったので、今後テレビ業界はどうなっちゃうのかっていう、フジテレビだけじゃないんですけど、今後テレビはどうなっていくかっていうのを一冊目に書きましたね。
qbc:それはその、自分が関係者というわけではなくて?
神楽まゆみ:関係者というわけではなくて、降りてきたメッセージを文章にするという感じで。
qbc:そうですね、歩き巫女的な活動、スピリチュアル全般の活動はいつ頃から?
神楽まゆみ:歩き巫女の活動は、歩き巫女に興味を持って、長野県の祢津市に行くようになってから、巫女スクールっていうのを紹介されたんですよ。
qbc:はい。
神楽まゆみ:巫女スクールっていうのがあります。普通巫女さんっていうと高校生がバイトでお守りとか売ってるイメージなんですけど、巫女スクールっていうのが大阪の神社の宮司さんがやっているスクールがありまして、そこに入って勉強して、巫女の免許を取りました。そして歩き巫女の活動も一緒にやってくんですけど。
歩き巫女のところに行って、シノハラさんとか村の人たちから、その伝承とか残っているものとかもありますので、そういうものを見せていただいたりして、それを人に伝えているって感じですね。
で、今歩き巫女の教本をちょうど書いているところで。歩き巫女っていうのがね、「どうする家康」のテレビで有名になったみたいで、私ちょっとテレビがないので見てないんですけども、そこで巫女とか神社に興味を持った女性が、私も歩き巫女かもしれないとか、歩き巫女になりたいっていう女性がある程度いるので、それの統括をさせていただいてます。
qbc:なんというか、スピリチュアルっていうもの自体との関わりですね。
神楽まゆみ:スピリチュアル。まあ仕事がそのスピリチュアルのイベントで霊視鑑定でやっているので‥
qbc:その、歩き巫女をされる前の、スピリチュアルとの関わりっていうのはあったんですか?
神楽まゆみ:歩き巫女をする前はヒーリングを教えてました。
qbc:どれぐらい前から?
神楽まゆみ:それは四年くらい前ですね。
qbc:その前は所謂スピリチュアル関係にはあまり関わってなかったんですか?
神楽まゆみ:できてたんだけど、米軍の中で働いていたので、日本人に公表する機会がなくて。で、コロナの時に皆さん、お母さんが施設とか病院の中に入ったけど会えないっていうことが出てきたじゃないですか。
で、そういう時に、娘は東京にいるんだけど、お母さんは大阪の病院に入っちゃったみたいな。で、それをなんとか、私は米軍でマッサージとかセッションしてるから、日本人の人に手を当てることができないんだけど、私が教えたらその人たちができるようになったら、遠く離れている人たちにヒーリングができるんじゃないかって教えたのがきっかけで、四年くらい前ですね。で、その人たちがいろんな都道府県にいるので、その人たちができるようになった。
その場で直接手を触れなくても、その人を思うだけで、その人の悪いところがわかって、それを治すって言ってはいけないんだけど、癒して改善させられるような力を持つ人たちをつくったということですね。
qbc:はい。そうですね。今どんな気分で過ごしていることが多いですか。
神楽まゆみ:どんな気分。なんか本当に、上から降りてくるメッセージがすごく速くて。よくホリエモンが「秒で動け」って言ってましたけど、私も降りてきたらすぐ文章にして外に出したいので。降りてきたらすぐ文章にして、それで本を出したりとか。★〇〇っていうアメリカのサイトがあるんですけど、そちらの方で日本語と英語でコンテンツ出したりしてます。
qbc:はいはいはい。気分、感情としてはどんな感じなんですか。喜怒哀楽で言うと。
神楽まゆみ:毎日の感情?
qbc:まあ、主にこんな感じですね、みたいな。
神楽まゆみ:主にこんな感じ。いつも生きてて楽しいですけど。
qbc:ああなるほど。何が楽しいですかね。
神楽まゆみ:何が楽しい‥降りてきたメッセージを早く文章にして出すのが楽しいです。
qbc:最近書いたことってなんですか?
神楽まゆみ:今編集の人二人お願いしてて、今もちょっとやりとりしてたんですけど、スピリチュアルマーケティングに力を入れていこうと思っていて。スピリチュアルの人ってどうしても、昨日も200人くらいの先生たちがイベントに出てたんですけど、どうしても「虹が見えました」とか、「雲が龍神様の形で流れてきたからいいことあります」みたいな感じの、まあフワフワした感じのものがお好きな方が多いんですけど、まあ私も大好きなんですけれど、やっぱりマーケティングに力を入れていかないといけないって言うのは強く思っていまして、スピリチュアルなマーケティングを教えていきたいんですね。アルゴリズムを見るとか。なのでそういうことを立ち上げてやっていきたいので、その本の原稿を今ちょうど編集者の人とやりとりしてます。
qbc:はいはい。
神楽まゆみ:あとその、海外に向けて、日本の神道とか言霊とか巫女とか古神道とかの情報を発信していく準備に入っていまして、それはYouTubeでやっていく予定です。私が話したのを、英語の翻訳機をかけて、そして海外の人たちに向けて英語版で、私が喋っているのは日本語のチャンネルで発表するっていう、バイリンガルでやっていきます。
今外国の人が侘び寂びとか、生きがいとか、外国人が日本で検索するキーワードを見つけてですね、それと言霊とを合わせて日本の文化を伝えていきたいなと思っています。
qbc:なんで、今このタイミングで?二十冊書かれたのもそうですけど。
神楽まゆみ:本当にパラケルススに言われて、その方も莫大な本を残されているんですけど、難しい本、私も読みましたけど、やっぱり今までなんで書かなかったんだって彼に言われて、バカだとか説教されて、それで降りてきたらすぐ出す降りてきたらすぐ出すっていうことをやってます。
シャーマンとか巫女って天と民を繋ぐパイプみたいな役割なんですけど、男でもなく女でもなく宙に浮いてる存在で、民の声を吸い上げて、天に聞いて、天からのメッセージを下ろす役目をするんですね。私たち。巫女とかって。その役目をするのに文章を使ってます。
文章だけだと外国人の人にリーチするのがなかなか遅いので、それを動画で、日本の文化を伝えていくことをやろうとしています。
今、すごく外国人の人たちが、昨日も浅草行ってましたけど、外国人の人が多くて、電車の中外国人だらけ。京都に行っても外国人の人がすごく多いですけど。私も米軍で働いてて、皆さん神社には行くけど、巫女って見たことないんですね。巫女さん、社務所に引っ込んでてなかなか出てこないんですけど。ちょっと神社の参拝の仕方わからなかったりとか、お寺と神社の違いがわからないとか。神社って中に仏像も絵も飾ってないところに、皆さんこうやってて、どこに何をお願いしてるの?っていうことをよく聞かれるんですね。だから、そういうことも外国人の人に伝えていきたいなと思っています。
あと、まあ日本人だったら言霊って言って皆さん知ってるんだけど、外国人の人はその言葉に持つ霊力な力っていうか、そういうこともわかっていらっしゃらない人が多いので、そういうことも発信していけたらいいなと思ってます。
qbc:その他にされていること、趣味とか、仕事とか日常生活以外の事って何かあります?
神楽まゆみ:趣味は楽器を演奏するんですけど。篳篥(ひちりき)と言いまして、雅楽で使う東儀秀樹さんとかが、神社のまあ「ぽい〜ん」っていう音を出す、これをやってます。よくね、これは篳篥。この前、渋谷のライブハウスで演奏したんですけれども。
こういうことをやったりとか、二胡っていう中国の楽器ですね。二弦の。蛇の皮が貼ってあるのかな。あれを中華街が近いので中国の先生に習っているのと、あと胡弓って言って今度は日本の古典の弦楽器なんですけれど、それはこっち側に猫の皮が張ってあって、裏が犬の皮なんですけれど、それを弾いてます。両方とも弓なんですね。弓で弾くんですけど、弓は馬の尻尾でできてて。で、歩き巫女もね、弓を使ってたんですよ。昔。すごく私も弓にすごく興味があって。昔は歩き巫女はその梓弓(あずさゆみ)って言って弓をビンビンビンってはじいて、それで亡くなった人の霊と交信して、「誰々さんが亡くなったからその人と話したい」って言った時に、まあその人の声になって喋るっていうことをこの弦を使ってやってたんですけど。私はそれは楽器の演奏を今している感じです。
qbc:その他なんかあります?
神楽まゆみ:楽器の演奏、あとは霊視、あと祈り。
祈りは、まあいろんな方達のお悩みを聞いて、祈り屋、拝み屋みたいなこともやっているので。大病にかかった人には手術が無事に済みますようにとか、恋愛の事だったらうまくいきますようにとか、そういう拝み屋さんもやってますよ。
qbc:性格は人からなんて言われたりします?
神楽まゆみ:性格なんだろう、穏やかだと思います。
qbc:自分自身でも?
神楽まゆみ:自分自身では穏やかだけど、中身はパッション。
qbc:距離の近い人、パートナーとか家族とか親友とかから言われる一面とかあります?
神楽まゆみ:もう皆さんわかってるからな。不思議なことをやってることは分かっているので、まあ穏やかだと思います。そんな急に怒り出すこともなく。
qbc:パッションって、その情熱ってどういうものです?神楽さんの。
神楽まゆみ:そのマーケティングを教えていきたいので。これからスピリチュアルの仕事をしようかなと思っている人たちのための本ってのも今書いてるんですけれど、それはこれから私の生徒さんもいます。私は光明真言おみくじっていうのを作ったんですね。光明真言っていう真言があるんですけれど、その真言をテラヘルツっていう鉱石に書いて、梵字を一個一個書いて、それを入れて、来たお客様が取って、その梵字によってあなたはこういう風な形、こういう風なことになりますみたいな読み解くっていうことを発明したんですよ。その光明真言おみくじを販売しておりまして、そこで生徒さんが何十人もいるんですけれど。だからそういう生徒さんはまだマルシェとかスピリチュアルのイベントに出たことがないけど、やってみたいなあと思っている人たちとか、もう実際に出たんだけどまだ一回くらいしか出てないとかっていう初心者の人たちが多いので、これからスピリチュアルの仕事していこうかなと思っている人たちの本っていうのも書いている最中で、その他にもうある程度数回出たよって言ってこれからもっと続けていきたいよって人たちは、もっとマーケティングの方に力を入れていきましょうということを教えていく第一人者になりたいなと思ってます。
qbc:マーケティングってなんか突然じゃないですか?
神楽まゆみ:いや、マーケティング大好きで、スピリチュアルの人ってどうしても上と繋がる上と繋がるっていうのやるんですけど、私はやっぱりマーケティングすごく大事だなと思っておりまして。
昔若い頃やっぱりマーケティングとか、マーケティングリサーチ会社とかに勤めて、あと広告代理店とか、ちょっとテレビのお仕事もしてたので、すごくマーケティングのところで仕事してたんですね。なので、そういうこともありながらマーケティングのスピリチュアルのビジネスに関してのマーケティングの方が全然ないんです。昔アメリカではあったんですけど、ニューエイジでスピリチュアルのブームが来た時には本がすごく出たんですけど、コロナになってからすごく情勢が変わった後の本が全然なくて、世界的に。だから、まず日本でそのマーケティングを教えていったら、今度海外でもその本を出していこうと思っています。
過去:外国人相手の遊郭があったんですよ。前世そこにいたっていうイメージがあって。
qbc:過去について聞いていきたいんですけれども、子供の頃はどんな。
神楽まゆみ:子供の時もなんか‥空見て、天気変えようってしたりとか、ずっと空見たりしてました。今もやるんですけど、手のひらを太陽に向けて「手のひらを太陽に透かしてごらん」とか歌ありますよね?あの歌を思い出しながら、手のひらを太陽にかざしたり言ってましたね。
今もそうなんですけど、とても本を読む子で。常に図書館とか、小学校だったらクラスの文庫みたいなのを全部読んだり。今もたくさん本を読むんですけど。
qbc:子供の頃に好きだった遊びとかってなんでした?
神楽まゆみ:遊び‥まあ普通に鬼ごっことか缶蹴りとかそんな感じ。
qbc:読んでた本って覚えてらっしゃいます?
神楽まゆみ:なんだろう。小学校中学年くらいはシャーロック・ホームズとか、そういうものを読んでましたね。
qbc:学校ではどんな子だったんですかね。
神楽まゆみ:学校ではあんまり喋らないんだけど、授業の一番最後に指されるんです。なんか先生に「話しまとめて」みたいな感じで。なんかみんな子供達が、その時すごく思ってたのが、なんで私はこの鼻たれ小僧の人たちと一緒にいなきゃいけないんだろうってずっと思ってて。なんかもう自分だけ年を取っているイメージがあったので、このうるさい子達は誰なんだろう?みたいな感じがあったんですよ。表面上では仲良くするんですけど。で、クラスでわーわーいろんな意見が飛び交った後に先生が「一番最後にまとめてください」っていうのがいつも私で。学級委員とかもしてました。
qbc:中学校とかどんな感じでした?
神楽まゆみ:中学校はもう吹奏楽部にのめり込んでたので。覚えてないんですけど、朝練とか昼練とか夜練、夕方練みたいなのをよく集中してやってた感じです。
qbc:高校はどんな感じですか?
神楽まゆみ:高校は女子校に行ったのであまり楽しくなかった。
qbc:なんで楽しくないんですか?
神楽まゆみ:もう周りが女性ばっかりですよね。だからあまりハプニングもなく、良妻賢母を育てるみたいな学校に行ったんですよね。清く、正しく、美しくみたいな。スカート丈は床から何センチで、靴下の長さは何センチでみたいな。だからすごく規律正しいところに行ったからつまんないなみたいな。
qbc:そのあとは?
神楽まゆみ:そのあとは国文学をやりたくて。国文学を専攻したくて短大に行きました。そこで近代文学を読みまして、有島武郎とか川端康成とかその辺をやって、卒論は梶井基次郎をやりましたね。で、その当時の教授から残って研究室で手伝ってほしいって言われたんですけど、やっぱり文章の仕事をしたくて、コピーライターになりたくて東京に出たんですね。その時に糸井重里とか林真理子とかが流行ってた時で。銀座の宣伝会議っていうコピーライター養成所に通いながら、銀座の広告代理店に就職しました。
qbc:どれぐらいされてたんですか?
神楽まゆみ:広告代理店は3、4年。その後に今度は代官山のマーケティングの会社に移りました。
qbc:その頃ってなんかどんな感じでした?
神楽まゆみ:すごい忙しくて。特に銀座の方、銀座の広告代理店は会社に戻ってくるのが夜十時とかで、そっから報告書を書いて家帰るのが11時みたいな。それは当たり前だったような感じで、すごく景気も良かったし、すごい金額も流れてた世界にいました。華やかな。マガジンハウスとか、あの辺の近くに会社があったんですけれど。
qbc:そのあとどんな。その頃30ぐらいですか。
神楽まゆみ:まだ30になってない、20代ですね。後にマーケティングの会社に入って、そこもすごく楽しくて、某大学の卒業生のテニスサークルの人たちが立ち上げたベンチャー企業で。だから、秋葉原の広告を一手に引き受けたりとか、リクルートとかNTTとか。そういう会社の、まあ新しい風を吹かすためのヒットの裏側を作るみたいな会社だったんですよ。そこはすごく楽しかったです。それが20代後半なんですけれど。その時に今のうちの旦那と会って、それで27くらいで結婚して子供が生まれました。
qbc:その後はどうなるんですかね?
神楽まゆみ:その後は子供が三人生まれるんですけれども。その時うちの旦那がキャンプ富士だったので、キャンプ富士の近くの静岡の沼津っていうところに引っ越しまして。そこで出産と子育てして。次に横須賀に引っ越しして二人目が生まれて、で、今横浜なんですけど。二人目は横浜で、三人目も横浜。で、出産はアメリカ軍の米軍基地内の病院で出産してます。
qbc:子育て、学校ってお子さん達ってどこになるんですか?
神楽まゆみ:学校は、上の子だけ、うちの旦那が小学校に勤務してたので、上の子だけプレスクールとキンダーガーテンはアメリカ軍の中にいて。一年生の七夕の時から小学校の一年生編入学で日本の学校に入って、下の二人の女の子の方は自分たちから最初から日本の幼稚園がいいって言ったので、日本の幼稚園から入れました。
qbc:それで、なんか子育て期間が続くみたいな感じなんですか?
神楽まゆみ:子育て期間が十年ぐらい。で、その時はまあ仕事できなくて。で、下の子が幼稚園に入ってくれてから、二歳三歳ぐらいの時に、うちの旦那がよくバンコクに行ってたんですけど、バンコクでタイマッサージを受けてたみたいで、マッサージって知ってる?って、とても気持ちのいいマッサージなんだよって言われて。知らなくて受けに行ったら、検索したら家から通える範囲でスクールがあったんですね。日本人が。そこに行って体験したら私ヨガもやってたのでヨガに似てて。二人でするヨガっていうふうに言われてたので、じゃあなんか自分も健康的になれるし、いいかなと思ってタイ古式マッサージを始めて、そこのスクールに行って学びました。
そして、先生がすごく営業能力が高いから独立開業コースをした方がいいって言われて、フットとフェイシャルも学んで、タイ古式とフットとフェイシャル三つ学んで、で、もうこれできるようになったっていうことで卒業したんですけど、チラシ作ってこの辺、横浜の山手なんですけど、山手に撒いても全然人来ないし。日本から家が見えないくらい広いんですよね。だからすいません。印刷代かけたのに全然反応ないと思って、どうしようかなと思っていた時に、家の近くに米軍があるので、そこへジムに行ってこう鍛えてたんですけど、そこへチラシを置かしてもらったら、プロデューサーが英語でそのチラシを作り直してっていうふうに言われて。また印刷物30万円かかるの嫌だなと思ってたら、セラピストが妊娠して部屋が空くんだけどやってみない?ってお声をいただいて。
で、私その当時全然英語に自信がなくて、旦那の英語はわかるんだけど、全く知らない他人がドアの前に立った時にやり取りができるのか不安で、二回ぐらい断ったんですね。自信がないって。だけど、やっぱり何回か声かけてくださるのでやろうかなと思って、二店舗同時にオープンしたんです。横須賀と横浜にサロンオープンして。で、曜日で何曜日は向こう、何曜日はこっちっていうふうにして、二店舗行ったり来たりしてマッサージしてました。
で、その時にすごく忙しくて、手が腱鞘炎になっちゃったんですよ。すぐ。ドアとか開けられなくて。カバンとか持てなくなって、手がこんな状態になって。子どもたちがおかえりって言ってもハグができないみたいな。手がこんなふうになってしまって。もううちの母親がそんなに手がひどくなってね、やめなさいとかって言ったけど、せっかくここまで免許を取って、サロンオープンさせたのやめたくないと思って、そこで何かないかなと思ってヒーリングにたどり着いた。自分の手を直すためにいろいろ勉強したんだけど、その中で「手当て」っていう本があって、手を当てたら痛さが取り除けるっていう本に出会って、そこからその本の通りやったりとか、その先生に学んだりとかしてすぐできるようになったんですね。手が痛くなくなって、そうすると、これって距離って関係ないかもしれないと思って、どんどんこう距離を離していったら、ここでもどんどんこの手が痛くなくなるってことがわかって。ドアの向こうとか部屋の向こうでも関係なくできるってことがわかったんです。
子供たちにも教えたら子供たちもできて、私が下に出てて二段ベッドの上に子供たちがいるんだけど、あの手が痛いから直してって言うと子供達が二段ベッドの上からこういう風にやると手が痛いの治ったりとかして。そう。で、それって痛さを取り除くこととかって、あと人を思いやる気持ちって距離関係ないなってことに気がついて。で、遠隔でできるように、それがどこの、距離とか時差が関係なくできるんですね。サンディエゴに住んでるマイクさんでも誰でもできるので。まあ評判になってアメリカ軍でも「私がお金払うけど、遠いところに住んでる親族のこの人は直してほしい」とかって依頼も入って、アメリカ軍の中でも時差関係なくやってました。
qbc:で、まあ現在に至るみたいな。
神楽まゆみ:はい、そうです。
qbc:飛んじゃうんですけど、ご両親からどのように育てられたと思ってらっしゃいますか?
神楽まゆみ:うちの父親は、海外のいろんな国の造船の仕事をしてたんです。船。で、私が小学校から帰るたびにいろんな国の人たちが家の中にいて。ただいまって帰ってこうランドセル置くと、ドイツの人がいたり、オーストラリアの人がいたりとかして、部屋の中でビール飲んでるみたいな感じで。だから、常にこう英語が近くにあった。日本人の友達よりも外国人の友達を連れてきてたので、何かやってって言われて、「じゃあ何もできないから校歌を歌います」みたいな感じで。
そのおじさんたちと一緒に過ごしてたみたいな。うちの母親はバリバリの生命保険会社の支部長で。もう本当にキャリアウーマンだったので気が強い女性で、お母さんはもう営業の日本一取りましたとか、そういうトップセールスマンみたいな。で、まあ支部長を長くやっていて、保険のセールスマンのトップの人でした。
qbc:ご自身の人生の転換点っていうのがあるとしたらどこにあると思いますか?
神楽まゆみ:やっぱり国際結婚して、アメリカの文化を半分自分の中に取り入れた。で、今職場もまあアメリカなんですけど、巫女のことをやってる時にアメリカ軍のことを言っちゃうとごちゃごちゃになっちゃうので、名前も分けて、スピリチュアルのイベントの時はこういう和の格好をして。で、軍で働くときは、まあスタッフもお客さんも英語なので、その時は巫女のことは外してみたいな。使い分けてるんですけど。でもすごくバラエティに富んでて、面白い人生だなと思って。子供たちの教育方針もすべてのイベントをやろうと思った。ひな祭りで鯉のぼりもやって、ハロウィン、サンクスギビングデイ、クリスマス、お正月っていうのも。アメリカの文化も全部体験する。だからめっちゃ忙しいんですけど、でも、すごくこう人間が豊かになる。経験が豊富で、こっちもあっちも全部知ってるみたいな感じで。それがなんかいい感じに育ったんじゃないかなと思います。
今もその、まあ昔の地霊を読むっていうので、今しか見てない人多いんだけど、昔の人達が住んでて、こういう暮らしをしてて、こういう建物があって、っていうことは見えないじゃないですか。今住んでると。その人達が確かにいましたっていうことが私は分かるので、その人達へ、まだ念が残ってる人は浄霊して上にあげて、もう大丈夫です、上に行ってくださいということをしたりとか。あと瞑想とか夢を見て、不思議な光景とかを見るので、その場所が本当にあるのか?ってことを確かめに旅に出るんですけど。
確かにその場所があって、で、そこでまた瞑想とか、土地に降り立ったときにどういうビジュアルが見えるのかっていうことをコンテンツにしてます。それを日本語でも英語でも、だから、自分が芸術とか霊的なものを体験したことを文章に書いて、日本語と英語で発表してる感じです。
qbc:結婚のタイミングに戻っちゃうんですけど、結婚の時っていうのは何を考えてたというか、国際結婚って一応まあ名前が分かれてる結婚になるわけですけれど。思い切ってしたのか、自分としては普通だったのか。
神楽まゆみ:普通でした。思い切ってではなかった、その小さいときから、やっぱり外国人が周りにいたので、結婚するんだったら日本人じゃないっていう思いがずっとあって。
で、なんか私、また変なこと言っちゃうんですけど、横浜に昔ですけど、外国人相手の遊郭があったんですよ。岩亀楼(がんきろう)っていうとこなんですけど、前世そこにいたっていうイメージがあって。岩亀楼が横浜スタジアムの中にあるんですけれど、横浜スタジアムのすぐ脇にちっちゃな公園があって、水があってこう魚とかも泳いでるんだけど、岩亀楼跡地っていう、あの石碑も残ってるんですよ。そこに行ってよく瞑想するんですね。
なので、すごくその時も日本に来て、あ、丁度あのペリーが来て、鎖国が解いて、日本をこう開いた時に外国人がいっぱい流れてきて、山下公園のところにすごく建物が建って、外国人相手の女性たちを集めなきゃいけないって政府が考えて岩亀楼を立てたわけですけれど、その時も外国人の、英語をロウソクの光でこう勉強しながら外国人を癒したっていう自分がいて。今ももちろんその性的なサービスをしてないんだけど、外国人の体を直している仕事をしています。なので、すごくリンクしているところがあるなと思っていて。
qbc:じゃあなんかその流れのままっていう感じなんですかね?ご自身の中で。
未来:スピリチュアルマーケティングを教えていって、そこを確立していきたい。歩き巫女のことも、引き続き一人でも多くの人に知ってもらいたいという思いがあります。
qbc:未来について聞いていきたいんですけれども、この先自分が死ぬっていうところまでイメージしてどんな未来をイメージできますかね?
神楽まゆみ:死ぬところまで。もう本当にスピリチュアルマーケティングを教えていって、そこを確立していきたい。で、歩き巫女のことも、まあ引き続き一人でも多くの人に知ってもらいたいという思いがあります。それで歩き巫女って古神道を使ったりとか、山伏の人としても絶対接点があったんですね。修験道とか。修験道とか山伏の人たちとも最近こう一緒にご神事したりとか過ごすことが多くなってきてるので、その日本の昔ながらの、まあ霊的存在を信じて山に入ってた人たち、そういうこととかも、日本の知られざる世界みたいなことを海外の人たちに古神道、言霊、まあ、そういうことも発信していきたいなと思ってます。
qbc:歩き巫女に関しては、どういうモチベーションで、なんで関わるようになったんですかね?
神楽まゆみ:私がすごく歩き巫女に興味を持って、彼女達がどういう風に旅をしてたのかっていうことも、徐々に本読んだりとか、シノハラさんとお話ししたりとかしてわかるので、そういうことが自分なりに解釈して、まあ瞑想で降りてきてこう、多分こういう感じだったんだろうなっていうことを、またそれを本にして世の中の人に知ってもらうみたいな。どうしてもなんか、巫女さんっていうとどこの神社に属してるの?って絶対聞かれるじゃないですか。歩き巫女っていう人がいてねって言うと、皆さん知らない。まあ日本人のほとんどの人知らないんですけど、「そんな人いたの?」みたいな感じなので。そういう人達が確かにいましたってことはお伝えしていきたいなと。
qbc:その本を書いたのは錬金術師で、マッサージされてるのは流れてもう17年もされてる。歩き巫女だけ、どこがフック、どこが引っかかったのかなっていうのが。
神楽まゆみ:もともと神楽っていう名前なので、ご神事に関係しているご先祖さんがいたんだなっていう思いがあるんですね。京都で。
その時は神仏習合だったので、神社の中にお寺があったわけですよ。宮司さんがいながらお坊さんがいたみたいな。で、そのご先祖さんが多分いたんですけど、まあ、歩き巫女の存在を知っている。だからちょっと言い方変だけど、正当な神社を持っていたご先祖がいます。で、歩き巫女の存在を知ってました。で、巫女とか宮司は馬鹿にしてたと思うんですよ。彼女達の存在を。宿なしとか。彼女達はそういう泊まれなかったら、そういうお寺とか神社さんの軒下で雨しのいだりしたと思うんですね。
で、バカにしていた方、私のご先祖様が。なので、まあ申し訳なかったなっていう気持ちも込めてお墓参りしてるんですけど。まあそういうところで接点があったのかなと思って。だから私は昔はご先祖様側だったらバカにしてた方なんだけど、今は歩き巫女のお墓にいて、ご先祖様がもし失礼なことをしていたらごめんなさいみたいな感じで謝って、その中間にいる感じです。
で、今そのイベントとかマルシェとか各地って言ってもまあ関東ですけど、そこへ行くのもバス使ったりとか電車使ったりとかして行くじゃないですか。それは県を越えていく時もあるので、それは現代の歩き巫女につながっているかなと思います。私だけじゃなくて、そういう人は愛知からとか飛行機で来ましたっていう人もいますので、まあ、そういう人達も歩き巫女っぽいかなと思います。今はね、全然県をまたぐのに通行手形がいらなくて、宿も自分でね、ネットでピピって取れる時代だったけど、昔はとても大変だった。命がけで県を超えて行ってた人たちがたくさんいたので。
qbc:もしもの未来の質問をしていて、もしも神楽さんにそのスピリチュアル的な感受性がなかったらどんな人生になっちゃうと思います?
神楽まゆみ:感受性がなくて。数字だけ好き。そんな感じですかね?
qbc:数字だけ残る?
神楽まゆみ:昨日の方もお客さんでしたら会計士やってて、その会計士が自分と仕事を合わない。本当はスピリチュアルなことに興味あるんだけど、会計士の仕事がすごいつらいみたいなことを言われてた方がいるんだけど。だから、自分の中でスピリチュアルの能力がなくて、そういう仕事だけしてたら、なんかまあそういうスピリチュアルの世界はあるんだろうけど、自分にはなんか関係がないとか、自分はどうせそういう、半分ないっていうわけですから、自分の中で。なんかそういうものはあるんだろうけど、自分は分からないんだろうなみたいな感じで終わってたと思います。
まあ、なんか、だから私はすごいスピリチュアルだけとか数字だけとかっていうよりも、それは両方いい具合にわかってバランス良く生きられたらいいかなって今の感じはそう思ってます。
qbc:感覚として片方に寄ってるっていう人が多いです?
神楽まゆみ:多いと思うんですね。なんかそれはバランス的に良くないので。で、スピリチュアルの人はどうしてもふわふわしてる人が多いので、ちゃんとマーケティングを勉強した方がいいかなと思ってます。
qbc:逆にビジネス寄りばっかりの人ってどんな感じなんですかね?
神楽まゆみ:ビジネス寄りのばっかりの人には、山に行って、自然のエネルギーに触れた方がいいですよってアドバイスはします。まあすごくこう疲れちゃってとかっていう人は、もうちょっと携帯とかパソコン切って山とか海に行かれた方がいいと思いますよって。その方が元気取り戻しますよってことはアドバイスします。
qbc:今現時点での神楽さんのその人生で一番楽しいことって何ですか?
神楽まゆみ:もう今時点が超楽しいんですけど、なんかもう私全部達成できたなって思ってて。まだ海外に向けてのYouTubeはやってないんですけど、一個も動画あげてないのに海外の人たちのファンが増え始めたりとかしてて。なんかやっぱり思ったら現実になるのが当たり前なので、なんかこうなるって決めたらそうなるみたいな。そう、だからもう、まあ国際結婚なんか、日本人じゃないなと思ってそうなるみたいな。可愛いハーフの子供欲しいなと思ったらそうなるとか。あと、高校の時に神戸の異人館に修学旅行に行ってああいうところに住みたいなああいう町に住みたいなあと思ってたら、横浜の山手に住んでるとか。なんかそうしたいなとか言葉にしたものが全部叶うんですよね。だから、それをどんどん言葉にしてったらそうなります、みたいな。
qbc:現時点で今一番楽しいことって何ですか?っていう、何してるのが楽しいっていう。
神楽まゆみ:ていうことは、やっぱりその降りてきたことを言葉に残していく作業が楽しいです。
qbc:その前って何が楽しかったです?
神楽まゆみ:その前。その前は人を治して差し上げるのが好きっていうか、まあ、そういう仕事をしてるので、それは痛さを取り除いたりとか、病んでるところを治してあげるところに特化してやってました。
qbc:今ってその言葉降りてきたものを言葉にする作業っていうのはその何を目的にしてるんですか?
神楽まゆみ:何を目的‥もうなんか降りてきたことを早く外に出さなければいけないっていうミッションみたいのがあって、もう本当に早く早く外に出したいっていう思いがあります。
qbc:出した後って結果どうなることが多いですか?
神楽まゆみ:それは考えてないんですよね。
qbc:どうなることが多いですか?
神楽まゆみ:応援してくれる人達がいるので、その人達が本を買ってレビュー書きました、今レビューが上がりましたみたいな感じで、反応頂くことが多いです。
qbc:なんかどういう影響を与えるとかそういうのあります?
神楽まゆみ:影響を与えた。どうしてもね、他人は変えられないんですよ。いくら私の本を読んで感動しましたとか生き方変えますっていうふうに言って、ワークとかも本の中にあるんですけど、そのワークをやってもやっぱり元の生活にどうしても戻ってしまう。だけど、一時的にもあ、こういう考えがあるんだとか、こういう考えを取り入れてみたり、思考を取り入れてみたら、自分の生活が豊かになるとか、より良い方向になるヒントがもらえた。でもすごい、百ページある中でも自分のヒントになるのって一ページとかなんだと思うですよ。自分の人生の中に取り入れようと思うの。だから、その一ページが見つかって、ちょっとでも、その人の人生がより良い方向になってもらえたらいいかなと思います。
qbc:ありがとうございます。最後に言い残したことは、遺言でも、その見ている人、読者向けのメッセージでも、独りごとみたいになってもいいんですけれども、最後に言い残したことがあればお伺いしています。
神楽まゆみ:ええ、生まれてきて楽しかったです。ありがとうございます。
qbc:ありがとうございます。
あとがき
人生はいろいろですねえ。
【インタビュー・あとがき:qbc】
【編集:遊星】
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