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複雑性PTSDの人

むかしむかし、深い森の中に、心に深い傷を抱えた美しい少女が住んでいました。少女は幼い頃からつらい体験を重ね、人々との関わりを避けるようになっていました。
ある日、森で迷子になった小鳥と出会います。小鳥は羽を痛めていて、飛ぶことができませんでした。少女は恐る恐る小鳥に近づき、優しく手当てをしました。
「ありがとう」と小鳥は言いました。「でも、なぜ私を助けてくれたの?みんな、あなたは人を避ける人だと言っているのに」
少女は静かに答えました。「私も、あなたのように傷ついていたから。誰かに優しくしてもらいたかったから」
その言葉を聞いた小鳥は、実は森の精だったのです。精は少女に告げました。「あなたの心の傷は、簡単には癒えないかもしれません。でも、あなたには人を思いやる優しさがある。その優しさが、きっとあなたを癒していくでしょう」
精は少女に不思議な笛をプレゼントしました。「辛くなったら、この笛を吹いてください。私があなたの話を聞きに来ます」
それからというもの、少女は少しずつ、村の人々と関わるようになりました。時には涙を流し、時には怒りを感じ、でも、精との対話を重ねるうちに、自分の気持ちに正直になれるようになっていきました。
村人たちも、少女の優しさに触れ、彼女を理解し、支えるようになりました。少女は完全に過去の傷から解放されることはありませんでしたが、それでも前を向いて生きていく力を見つけたのです。
今でも、深い森で笛の音が聞こえるとき、それは誰かの心が癒されているしるしだと言われています。
めでたし、めでたし。

と思う2025年09月30日11時01分に書く無名人インタビュー1182回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】


今回ご参加いただいたのは のか さんです!

年齢:20代後半
性別:女性
職業:販売職(休職中)



現在:休職中で病気療養をしています。

qbc:
今何をしてる人でしょうか。

のか:
大手小売りチェーン店の会社員なんですけれど、今は休職中で病気療養をしています。

qbc:
日中の過ごし方ってどんな過ごし方なんですか?

のか:
通院がある日は病院に行って、病院に行かない日は水泳に行ってみたりとか、市民プールに行ってみたりとか、近所に住んでいる旦那の妹とお出かけしたりとか。あとは、たまに知り合いにコンタクトとって会いに行ったりしてる感じですね。

qbc:
どれぐらい休職されてるんですか?

のか:
最初に休職したのが去年の9月末なので、ちょうど一年ぐらい。途中で復職したりもしたんですけど、飛び飛びで一年ぐらいかなって感じですね。

qbc:
今どんな気持ちですか?

のか:
9月末に退職が決まったところなので、かなりすっきりしているというか、もう辞めていいと思っていたので、辞める選択ができてよかったなっていう感じですね。諦めがついたみたいな気持ちではあります。

qbc:
なるほど。ちなみに今なんかその決まる前まではどんな感じだったんですか?

のか:
決まる前までは復職したりもしたってさっき言ったんですけど、やっぱり会社のことが結構好きで。名前言ったら誰でも知ってるような会社なので、そこに入れたっていう気持ちも嬉しかったし、そこで働いてるっていう実感を持てたのがすごく楽しくて。
なので、できれば辞めたくないというか、辞めなくて済むなら辞めたくないなみたいな気持ちがどこかにずっとあったんです。ただ、自分に向いてる仕事じゃないっていうのはずっと分かってたんですよ。

qbc:
はい。

のか:
だから結構無理して頑張ってきたところがあるんですけど、結局一回復職してみたら、やっぱり向いてなかったって分かって。

qbc:
なるほど。

のか:
なので、はっきり決められてよかったなっていうふうに思いましたね。

qbc:
休職してた理由は何だったんですか。

のか:
最初は全然自分にもわからなくて。
朝起きたら体が動かなくて行けないっていう感じだったんですけど、そんな感じでずるずる休みつつ、もう休職にしたら?って言われて休職にしました。
病院に行ったら、診断名はこれかもしれない、あれかもしれないって繰り返し変えられて。結局最終のところ、家庭環境が悪いことによる複雑性PTSDを発症していて、だから会社でも緊張してしまうし、必要以上に脳のリソースを食って仕事がしにくくなる、みたいな状態ですねと診断されました。

qbc:
複雑性PTSDってどう説明できますかね?

のか:
PTSDっていうのはよく聞く言葉だと思うんですけど、事故に遭った方や戦争から帰ってきた方が、その事態を忘れられなくて悪夢を見たりとか、長年苦しめられるような病気です。

複雑性PTSDっていうのは、最近診断基準ができた病気らしいんですけど、長期間に渡って逃げられないような家庭内暴力の環境にいたりとか、命には関わらないけど性的虐待をされ続けてた人とかに起こりやすい病気って言われていて。
悪夢を見るとか、発達障害に近い症状が出るので、かなり誤診されやすいんですよ。
落ち着きがないところがADHDに誤診されたりすることもあるので、何でかわからないけど、社会生活がうまく営めない人ということだそうです。

qbc:
「複雑性」がついてる理由って何かあるんですかね?

のか:
例えば普通のPTSDだったら、事故とか戦争をきっかけにガラッと人生が変わるじゃないですか。でも、複雑性PTSDは、何十年とかに渡る今までの蓄積によってできるので、原因が確定できないから複雑性と言われてるって医師から聞いてます。

qbc:
それが診断されたのはいつ?

のか:
今年の2月ぐらいですかね。

qbc:
治療方法みたいなものはあったりするんですか?

のか:
寝ないと今までトラウマと感じてきたことの脳の処理が進まないので、まずは睡眠をよくしましょうって言われてます。
睡眠の薬を処方してもらって、そしたらちょっとずつ昼間の気分も晴れてくるので、思考がちょっとマシになってきますね。

そしたら次は自分は何をトラウマだと感じていたのかっていうことを振り返って、先生とお話して考えていったり、今まで自動思考でこういう風に考えてたけど、これ違ったよねっていう見直しみたいなことをして直していく感じですね。結構長期的になります。

qbc:
薬とカウンセリングの両方ということなんですかね。

のか:
そうですね。

qbc:
何でそうなったのかっていうのをお伺いできますか。

のか:
私自身は実家の家庭環境が悪いっていうふうに思ってなかったんですけれど、実はすごく家庭内暴力がある家庭だったってことに最近気づいたんですよね。

qbc:
はい。

のか:
父親が母親のことを殴ったり、言葉の暴力とかもあったりして。母親は母親で家族に嘘ついて、外で不倫してて。
それでどっちも悪いから離婚する感じになったんですけど、子ども達に対してもモラルハラスメント的なことはたくさんあって、祖父母の家ももうずっとそんな感じだったので、私はずっとそれが普通だと思って生きてきて。
その価値観をすり込まれて仕事してたから、こうじゃなきゃいけないみたいなのがすごくあって、ちゃんとしなきゃいけないっていうのはずっとありました。父親が良い大学に行けとか、良い会社に入れっていうタイプの人であるっていうのもあるんですけど。
こうじゃなきゃいけないっていうふうに思ってたし、家の中で暴力が多いので、常に何かと戦ってる状態だったと思います。
お医者さんによくビクビクしてるって言われるので、今考えると家庭環境は悪かったなっていう。それが最近明るみに出た感じですね。

qbc:
離婚されたのはいつ頃だったんですか?

のか:
私が中学三年のときなので、十年ぐらい前ですね。

qbc:
ちなみに今の年齢はお伺いしても大丈夫ですか。

のか:
今25歳で、今年26歳になります。

qbc:
環境が改善されたのっていつ頃だったんですか?

のか:
離婚してすぐに家が過ごしやすくなったわけではなくて。
祖父母の家も大概そういう感じだったので、そのとき学校行けなくなったりとかしたんですけど、いつまで家にいるんだとか、学校行かないのは違うみたいな感じで、私が死にそうになってるのにそういうこと言うタイプだったので。

大学生になって一人暮らしを始めたんですけど、そのときはそのときで、家から出たてなので一人で家でじっとしてるのが怖くて、外に出てすごくお金使っちゃったりとかして。
だから一人暮らしのときもそんなに穏やかではなかったし、家族から離れてみたいと思って仕事で北海道に行ったんですよね。

qbc:
それは何歳のとき?

のか:
大学卒業してすぐに就職して、そのまま北海道に行ったので22〜23歳ぐらいですかね?

qbc:
大学生までは実家にいた?

のか:
大阪で一人暮らしをしてました。18歳から大学生の卒業まで4年間、実家からちょっとだけ離れたところで暮らしてました。

qbc:
なるほど。

のか:
その後北海道に行ったんですけど、北海道にいるっていうこと自体が実家から逃げるための行動だったので、結局友達とも離れて仕事はしんどい感じになってて。そこで休職したんですよ。去年の冬に。
関西に戻ってきて今一緒に住んでる恋人がいるんですけど、その人に出会ってここで一緒に住み始めてから、ようやくマシになって、ちゃんと診断も受けられたっていう感じ。本当に最近の出来事ですね。

qbc:
パートナーと一緒に住み始めたのはいつ頃なんですか?

のか:
今年の1月ぐらい。複雑性PTSDが判明する1ヶ月ぐらい前だったかなと思います。

qbc:
今時点ではどんな気持ちですか?

のか:
今週末に入籍が決まってるんですけれど。

qbc:おめでとうございます。

のか:
ありがとうございます。
入籍で苗字も変わるので、実家から足を洗えたというか、縁が切れたみたいな感覚がちょっとあるのと、会社の退職が決まったっていうのと、診断名がついて治療が動きだしたっていうことを全部合わせて、ちょっとすっきりしたなっていう感じがしますね。

qbc:
なるほど。前の仕事がつらいっていうのは、どういう風につらかったんですか?

のか:
小売りの仕事なので、結構店舗でバタバタする感じの忙しさでトイレに行く時間がないとか、お昼ごはん食べる時間が予定よりも30分遅れるとか。そういうことがザラで、めちゃめちゃ残業もしてたんですよ。
それはもしかすると複雑性PTSDじゃない自分だったら耐えられてたかもしれないなぁって思う感じだったんですね。
上司にいつ怒られるかわからない恐怖とかも家庭環境由来によるもので、忘れ物が激しいっていうのも、落ち着きがないっていうのも、脳のリソースを食われてるからっていうPTSD由来なんですけど。そういうのをひっくるめて、しんどかったです。
普通に店が忙しいっていうのと、自分が複雑性PTSDだから人以上に悩んでるっていうことでつらかったですね。

qbc:
なるほどね。大学生活はどうだったんですか。

のか:
芸術大学で小説を書いてたんですけど、そこには家庭環境が悪い人って結構いるんですよね。自分がしんどいから何か作りたい、書きたいと思ってる人が多くて。
なので、大学時点で自分の家庭環境が特別悪いって思わなかったのは、それもあると思います。
芸術大学で周りに色々な人がいたので、大学生活自体は結構自分らしくいれたかなと思うんですけど、学校に行ってるときはよくても、家にいるのがしんどかった感じでした。

qbc:
高校は?

のか:
中学3年でちょっと不登校気味になって親が離婚したので、高校は通信制に行きました。登校が自由なので、行っても友達と喋ったりみたいな感じの過ごし方をしてて、軽音部でバンドしてましたね。

qbc:
楽器は何をやってたんですか?

のか:
ボーカルとベースです。

qbc:
その前はどんな感じだった?

のか:
小学校と中学校の頃は、やっぱり周囲に馴染みにくい子どもだったかなとは思います。
みんなが笑っていても何が面白いのか分からなかったし、馴染めないな、くだらないなって思ってましたね。
ただそれだと一人になっちゃうので、周りのことを研究して馴染めるように頑張る、みたいな感じでした。本を読むのがずっと好きだったので、そういうのを勉強して周りに馴染めるように自分を作るっていうのをやってましたね。

qbc:
さっき言ったこと以外でしていることって何かありますか。

のか:
最近は絵を描いてます。

qbc:
どんな絵を?

のか:
最初はアナログで描いていて、水彩画とかアクリルガッシュとかもやってたんですけど、本格的にやってみたいなと思ってiPadを買って、iPad上で水彩画を描いたりしてます。

qbc:
絵は元から描かれてたんですか?

のか:
ちょっと話がややこしいんですけれど、私が小さい頃、父親が絵を描くのが好きで。
私が漫画家になりたいって言ったら、漫画家なんてやめとけよ、お前がなれるわけないみたいな感じで言われて、そこから人前で絵を描くのがめちゃくちゃ怖くて、ずっと絵を描いてこなかったんですよ。
でも、治療が進むにつれて、自分って本当は絵を描きたいんだよなと思って、また描き始めたっていう感じです。

qbc:
他に何か趣味とかありますか?

のか:
運転するのとか、カラオケとかめちゃくちゃ好きですね。

qbc:
どんな歌が好きですか。

のか:
歌は結構昭和歌謡とかが好きですね。

qbc:
昭和歌謡っていうと?

のか:
津軽海峡冬景色とかあの辺りの年代の曲とか、60年代から80年代くらいの曲。採点で多分最高97点ぐらい。

qbc:
へぇー。
性格は人からなんて言われますか。

のか:
学生時代の私を知ってる人だと、自分の意見をはっきり言うタイプ、完璧主義的な感じって言われるんですけど、多分それは父親の影響を受けてるんじゃないかなって思ってて。
今は、同居してる恋人に言われるんですけれど、人に向かってはっきり意見を言ったりするっていうよりは、ちょっと一回躊躇するような感じ。遠慮がちな感じですね。

qbc:
自分自身ではどんな性格だと思ってますか?

のか:
家庭環境由来で多分色々な自分がたくさんいて、その日の体調とかによってこうしたいとかこう言いたいとかっていうのが違うなっていうことに最近気づいたので。
はっきり意見を言いたい自分もいるし、言ってしまえっていう自分もいるし、よく考えた方がいいよっていう一歩引いた大人になった自分もいるのかなっていうふうには思ってます。

qbc:
パートナーとか家族とか親友とか、距離の近い人から言われる特徴ってあったりします?

のか:
特に言われるのが、言葉に対する感覚が鋭いっていうこと。恋人とか母親とか親友からは言われますね。
文章を書いていたので、普通なら聞き逃しちゃうような言葉のミスだったり、チラシの誤字だったりとかを見つけてしまうっていうのを言われますね。

qbc:
それは元からっていうよりも、小説を書いてたから?

のか:
小説を書いたからっていうのはもちろんあるんですけれども、小説を書く前から言葉が好きで、だから小説を書いたっていう順序はあるんじゃないかなと思ってますね。
両親は、1歳半で喋り始めたっていうので言葉が早かったのと、二語文を話すのがかなり早かったっていうふうに言ってたので。
ママとかご飯とか言うのが一語文なんですけど、ママご飯、ちょうだい、とかっていうふうに二語文で話せるようになったのが早かったと聞いてます。

qbc:
言葉に対する興味って、何かそのことで感じることってあります?

のか:
多分小学校とか中学校で周囲に馴染めてなかったっていうのも、必要以上に言語に対する感性が強すぎたからかなと思ってて。
中学校の国語の先生に、あんたは言葉に対する感性がまともだから、周囲の幼稚なギャグで笑えないし大変だと思う、みたいなことを言われたりもして。

qbc:
子どもっぽい話題が通用しないってことか。

のか:
そうですね。実際、病院でIQ検査を受けたんですけど言語性IQが明らかに優位で、ちょっとこの数字はあんまり見たことないですねって言われたりとかして。
本当にそうだったんだって、後から答え合わせしたみたいな感じになりました。

qbc:
ちなみにどんな小説を書かれてたんですか?

のか:
ライトノベル的なのが多くて。最終的に映像になってほしいなっていう自分の願望があるんですよ。
自分が書いたものがアニメか映画になってほしいなって思ってて、映像にしやすいような読みやすい小説を書きたいなと思って書いてました。

qbc:
さっき仰っていた「言葉に対する感性が鋭いなぁ」って感じるエピソードあります?

のか:
それを活かして漢字検定準1級取ったりとかしましたね。なんか役に立ってるなっていうか、社会で役に立ったなっていうのはすごく感じます。まぁ、学生のときはやっぱりしんどかったんですけれど。

qbc:
なるほど。好きな食べ物ってなんですか?

のか:
好きな食べ物は海鮮系、寿司とか。あとは麺類がめちゃめちゃ好きですね。毎週ラーメンを食べに行ってるぐらい。

qbc:
そういえば、北海道に行った理由はなんだったんですか?

のか:
就職が決まって、全国に支店があるのでどこに配属になるかわからないっていう状態で、希望を出せたんですよ。希望が聞いてもらえるかどうかは分からないっていう感じなんですけど、そのとき私は実家から出たいと思ってて。
実家から出れば家賃補助も出るので、ある程度遠くを書こうとは思ってたんですけど、そのタイミングでネットを通じて知り合った北海道の人と運よく付き合うことになって、じゃあもう北海道行っちゃえと思って、配属希望に北海道って書いたら通った感じですね。

qbc:
一応確認なんですけど、それは今の人とは違う?

のか:
違います。

qbc:
なるほどね。じゃあ北海道という地域は関係ないってことですね。

のか:
元々興味があって、住んでみたいなと思ってた地域ではあるんですけれど、最終的な決め手はその人でしたね。

qbc:
なんで北海道に興味があったんですか?

のか:
父の仕事を手伝う兼ね合いで、一緒に北海道に行ったことがあって。札幌、旭川、登別、苫小牧に行ったんですよね。
めちゃくちゃ景色が綺麗で広大で、7月だったので本州よりもちょっと涼しくて空気が軽くて。そのときの光景が頭に残ってて、こんなところに住めたら面白いだろうなって、うっすら思ってたんです。
でも、移住って本来かなり費用がかかるじゃないですか?なので叶わないだろうなと思ってたんですけど、その会社が転勤という形で扱ってくれて送ってもらえたので、叶っちゃったっていう感じですね。


過去:幼稚園にも学校にも行きたくないし、周囲にも馴染めないし、何がおもろいんだって思ってましたね。

qbc:
過去の話を聞いていかせていきたいんですけれども、子どもの頃はどんな子どもだったんでしょう。

のか:
幼稚園とか小学校低学年の頃は、幼稚園にも学校にも行きたくないし、周囲にも馴染めないし、何がおもろいんだって思ってましたね。

qbc:
その感覚は何歳からですか。

のか:
物心ついた頃からずっと、幼稚園に行くのを嫌がってましたね。
クラスが1年間あるので、1年間の後半でちょっと慣れてくるんですけど、4月にクラスが変わったらまた行けなくなるっていうのを繰り返してました。

qbc:
そのときは誰とコミュニケーションを取っていたんですか?

のか:
幼稚園の担任の先生とはもちろんなんですけれど、学年主任的な先生がいて、その先生とずっと行きたくないことについて話したりとか。
あと、母親が幼稚園が始まる2時間ぐらいはずっと一緒にいてくれたんですよね。私が離れないから、先生と母親と私三人でずっと押し問答みたいな感じで毎日してました。

qbc:
小学校はどんな感じでしたか?

のか:
入学してすぐの頃から行きたくなくて、副担任の先生とずっと教室の外でお話してました。

qbc:
何で行くのが嫌だったんですかね?

のか:
当時はそんなに言語化できてなくて、なんでって聞かれてもうまく答えられない感じだったと思うんですけど。
今思えば、みんな揃って教室で椅子に座って45分居なきゃいけないっていうこと自体、本当に意味が分からなくて。

小学校一年生でやるのって、書き取りとかじゃないですか?漢字とかひらがなを習ったりとか、数字を書けるように練習したりとか。それをみんなで揃って一緒にやらなきゃいけなくて、それって別に家でも良くないって思ってて。学校のシステムに全然納得いってなかったんだと思います。

qbc:
その自覚って、何歳の頃の自覚なんですか。

のか:
結構あとだったかもしれないですね。中学校の二年生ぐらいのときに塾に行き始めて、そこでまた、別に塾で良くない?って思って。
そのときにようやく言語化できる力がついてきて、あのときって学校に納得いってなかったから行けなかったんだって思いましたね。

qbc:
なるほどね。幼稚園の頃から行きたくなかったんだっけ?

のか:
全然行きたくなかったですね。

qbc:
それはさっきの家庭環境と関係があることなんですかね。

のか:
そこに関しては今病院の先生と診療中ですね。複雑性PTSDが先なのか、自閉スペクトラム症的な集団に馴染めないのが先だったのかっていうのを深掘りしている最中で、まだ結論が出てないんですよ。

qbc:
今の現状って、見解としてはどうなんですか?

のか:
昨日の診察でも先生にお話したんですけど、私は夜泣きがものすごくひどい子どもで、ちょっとした音とか光とかで起きちゃう子だったんです。母親に聞いた話なんですけど。
それで、マンションから見える道路の夜景の車のテールランプが連なっているのを見せると泣き止むっていう子どもだったらしいんですよね。
それを先生に話したら、それは自閉スペクトラム症的な側面が強いかもしれないねっていう話をされて。光で泣き止むとか、特定の音で泣き止むとか、規則正しいものを見たら落ち着くとか、そういう人が多いみたいなんですけれど。

あとは、両親は私が幼稚園の頃とかって仲良かったと思うんですよ。悪くなり始めたのが小学校の中学年以降だった気がするので。
だから、幼稚園に行きたくないのは自分本来の性質だったんじゃないかなって私は思ってます。

qbc:
お医者さんは?

のか:
先生は複雑性PTSDがもう少しよくなってから、残った症状で検討したいみたいな風におっしゃってて。今複雑性PTSDがあまり良くなっていない状況で、どちらも検討することはできないっていうふうにおっしゃってました。

qbc:
なるほど。いいのか悪いのか分からないですけど、自分の中ではどっちだと思ってるんですか?

のか:
生まれつき学校に行けないとか、人に馴染めないっていう性質はあって、そういうことが家庭環境が悪くなるにつれて一緒になって悪化したんじゃないかなって思ってます。

qbc:
中学校はどんな感じでしたか?

のか:
中学校も全然集団に馴染めてなくて、一応吹奏楽部に入ったんですけれど、集団で行動するっていうのはやっぱりものすごく苦手で。でもやらなきゃいけないなぁと思って頑張った三年間でしたね。

qbc:
家庭生活はどんな感じでしたか?

のか:
両親も仲悪くて、夜中に喧嘩を始めて眠れないとか、私も叩き起こされて一緒に掃除をさせられるとかもあって。
父親のこだわりがすごく強くて、家が汚いから掃除をしろって夜中二時とかに私とか母親を叩き起こすんですよ。そういうこともあったので、全然うまくいってなかったなと思います。

qbc:
兄弟は?

のか:
妹がいます。

qbc:
妹さんはどういう状況?

のか:
妹は今も普通に仕事してるし、元気ですね。

qbc:
言語感受性とかは?

のか:
多分私よりは全然ないと思うんですけど、妹のすごいところってめちゃくちゃ忘れる力が強いんですよ。
マジかって思うのが、大学で友達と同じクラスの同じ授業を取ってたらしいんですけど、その授業でしか会わないから、夏休み終わってその授業に行ったらその子の名前を忘れてた、みたいなことを言ってて。
顔と名前を覚えるのも苦手だし、道も全然覚えられないし、出来事も覚えられないんですよ。

qbc:
特定のものを忘れるって能力じゃないんだ。

のか:
そうなんですよ。全部忘れちゃう人なんで、昔こんなことあったよねって言っても、そうだっけ?みたいな感じ。大丈夫なのかなって思いますけど、それがいい方向に働いたのかなとも思います。

qbc:
複雑性PTSDのような状態にはなってないってことですよね?

のか:
全然なってないですね。

qbc:
なるほどね。ちなみに何歳差なんですか?

のか:
2個下です。

qbc:
じゃあそこまで生まれ育った環境がちょっと違うってわけでもないんですね。

のか:
そうですね。

qbc:
高校はどんな感じだったんですか?

のか:
さっきちょっと端折ったんですけど、一回普通の私立高校に行って、半年ぐらいで行けなくなって、後ろ半分を休学してもう一回通信制の高校に一年生から入り直したので、高校は4年行ってるんですよ。

qbc:
はいはい。

のか:
その後に行った高校がすごく楽しくて、バンドやったり、友達がたくさんできたり、今も付き合いのある友達もいたりします。

qbc:
高校時代は楽しい楽しくないでいうと、どっちなんですかね?

のか:
高校時代はかなり楽しかったですね。

qbc:
小中は、そういう目線でいうとどうだったんですか?

のか:
小中は、楽しかったかと聞かれたら、別に楽しくはなかったかな。

qbc:
高校はなんで楽しかったんですかね?

のか:
高校は通信制だったってのもあって、学校に馴染めない子とか、家庭環境があんまりの子とかが集まったので。
話が早いって言ったらあれなんですけど、踏み込まれたくないところには踏み込まないし、話したら分かってもらえるしっていうことが多かったので、仲良くなりやすかったですね。

qbc:
なるほど。そのときってどんな気持ちなんですかね。

のか:
バンドをやって、チームに所属するってことってこんなに楽しいんだっていうのは思いましたね。やればできることもあるんだなっていうか、運が良ければこうなるんだなっていう一つの成功体験にはなりましたね。

qbc:
諦めなかった理由って何ですかね?学校にはもう行かない!みたいになってないのは、なぜなんでしょうか。

のか:
学校はずーっと行きたくなかったし、高校進学とかも個人的には諦めてもいいぐらいだったんですけれど。
親族が割と入った会社の名前とか知名度とか入った学校とかを大事にする家で、学校に行かないってことが許されなかったので、とりあえず形だけでも行かないとって思って入った感じでしたね。

qbc:
周りの親族っていうのは、社会的な地位が高い人達なの?

のか:
そうですね。母方は公務員家系で、父方は上場してる化学会社の取締役だったんですよね。

qbc:
はいはい。

のか:
父親も、エリート会社員になれ、みたいな教育を受けてきて、それが嫌で自分で起業して社長になっちゃった人なので。母方も父方もどっちも仕事に対する熱意っていうのはすごくある家庭ですね。

qbc:
なるほど。ご両親からはどのように育てられましたか?

のか:
父親と母親が学歴にコンプレックスがあったので、私を賢い子に育てたいと思ってたみたいで、幼児教育の塾にずっと通わされてて。賢い子になってほしいっていう意図がすごく強くて、本の読み聞かせをしたりとかすごくしてましたね。

qbc:
はい。

のか:
私が小中ぐらいになってある程度勉強ができるってことが分かってきたら、いい高校に行かせようとして塾代とか本代とかは躊躇なく出してくれましたね。

qbc:
それに対してのかさん自身はどう感じていたんですか?

のか:
そうですね。幼児教育塾に行ったこととか、小さい頃からそういう教育を受けたことによって、周囲に馴染めなくなったんじゃないかって思ってた時期はありました。
生まれつきのものではなくて、一回変な教育受けたからそれぐらいの力を持ってしまったんじゃないかって思って、それはすごく嫌でしたね。
別になくてもよかったし、普通に過ごしたかったのに、って思って。

qbc:
はい。

のか:
でも後々考えてみれば、私って体も強くないし、スポーツがすごいできるってわけでもないから、勉強ができるようになっておいた方が良かったっていうのは事実だったなと思います。

qbc:
それはいつの話?

のか:
大学に入ったときぐらいですかね?

qbc:
なるほどね。大学生活はどうでしたか?

のか:
大学生活は似たような人が結構いたのでかなり楽しかったです。創作を思い切りすることもできたし。あとは、今の恋人っていうか、旦那と出会ったのも大学なので。
芸術大学なので卒業制作をやるんですけど、卒業制作が旦那も私も賞をもらって学校から表彰されたりして、充実した大学生活だったんじゃないかなと思います。

qbc:
小説作品で?

のか:
そうです。

qbc:
それで卒業後になんで就職するんですかね?そもそも芸大に入って就職するっていうのは普通?

のか:
芸大に入ってデビューできる人って、もうほんの一握りしかいなくて。

qbc:
まあまあ、それはそうですけど。

のか:
どこかで就職しないといけないとはずっと思ってたんですけど、いくつか選択肢があって、父親のやってる会社に入るっていうのが一つあったんですよね。

qbc:
ちなみに離婚後って、どっちで暮らしてたんですか?

のか:
母方が親権を持ってるんですけど、ずっと近所に住んでたので、父親と母親の仲が悪いだけで私たちは普通に交流がある状態だったんですよ。

qbc:
じゃあ、結構頻繁に会ってはいたんですね。

のか:
はい。全然離婚前と同じように会ってました。
それで就職先は、父親の会社に就職するっていうのが一つと、そのときバイトしていた塾講師をそのまま正社員になるっていうのが一つ。あとは普通に就職するっていう選択肢だったんですけれど、就活を一回やってみて、いくつか受かったけどあんまり興味あるところがなくて。
とりあえず受かったけど、まあいいやと思って、父親の会社に入るっていう道を選ぼうとしたんですよ。

qbc:
はい。

のか:
でも、近くにいるとより父親の異常性みたいなのが分かり始めて、めちゃくちゃキレてくるし、めちゃくちゃなこと言うし、この人の近くに何十年も一緒にいたらおかしくなると思って辞めたんですよ。

qbc:
辞めたというのは、入ってから辞めた?

のか:
4年生で、バイトしてた感じですね。在学中バイトしてて、もうちょっと無理だと思って辞めて。で、そこから強制的に就活しなきゃいけないってなったんですけど、それが4年の8月とかだったんですよ。

qbc:
はいはい。

のか:
決まらなきゃやばいってところで、たまたま受かったのが今の会社だったから入ったって感じです。

qbc:
なるほどね。まあタラレバの話をしてもしょうがないですけど、違うシナリオもイフも考えられた感じですかね。

のか:
全国展開じゃない会社に勤めてたらもしかしたら実家に残ってたかもしれないし、関西に住んでますね。

qbc:
なるほど。自分の人生で転換点があるとしたらどこにあると思いますか。

のか:
間違いなく今の彼氏と付き合うと決めた瞬間だった気がしますね。

qbc:
大学生の時だっけ?

のか:
大学の同級生なんですけど、社会人2年目の去年の今頃に付き合うって決めたんですけれど。

qbc:
相手はどこにいたの?

のか:
相手は関西にいたんですけど、東京で就職してうまく行かなくて大阪に戻ってきたって感じでした。

qbc:
はいはい。友達関係は続いていたと。

のか:
ずっと友達でしたね。

qbc:
それが転換点?

のか:
はい。

qbc:
どういう意味合いで転換点になるんですかね?

のか:
まず北海道から帰ってくるっていう、はっきりとした選択をできたのはその人がいたからだと思います。
で、その人が紹介する病院に行ったんですよ。関西で今の主治医にかかろうって思ったのはその人が紹介してくれたから。だから私は複雑性PTSDだっていう診断を受けることができたんですよ。

qbc:
あれ?今どこにいる人なんですか?

のか:
今関西です。

qbc:
戻ってきてるんだ。

のか:
はい。

qbc:
なるほど。どんな人かって聞いてもいいですか?

のか:
元々内向的な人だと思うんですけど、鉄道がものすごく好きで、国鉄時代の貨物にめちゃめちゃ詳しい人なんですけど。

qbc:
鉄オタってこと?

のか:
そうですね。自分のやりたいことを突き詰めるっていう感じの人です。
あとは、父親みたいに怒鳴ったりとかきついこと言ったりとかっていうのは全くない人ですね。穏やか。

qbc:
ちなみに大学では何をやってた人なんですか?

のか:
私と同じく小説を書いていた人ですね。

qbc:
二人とも作品を書いていたっていう意味で言うと、どんな作品が好きなんですか?

のか:
私は村上春樹さんと太宰治さんが好きで、卒業制作も太宰の地元を巡る、みたいなテーマで書きました。実際に旅行に行ってみて、それを旅行記か小説みたいにしてまとめたんですけど。

qbc:
うん。

のか:
相手は純文学が好きなので、芥川龍之介のファンだって言ってました。

qbc:
最近の小説は?

のか:
最近の小説だと、私は『成瀬は天下を取りに行く』がめちゃくちゃ好きですね。滋賀県を舞台にした小説なんですけど、私の地元がものすごく出てくるのが面白かったですね。

qbc:
へぇ。

のか:
本屋大賞をとってると思います。

qbc:
なるほど。お互いの小説を読みあったりするんですか?

のか:
してますね。学生時代から添削してもらったりとかしてましたね。

qbc:
二人でいるとどんな気持ちになるんですか?

のか:
付き合うって決める前までは、多分この人とずっと友達なんだろうなって思ってて。
付き合うってなってからは、あるべきところにあるべきものがあるっていう感覚。パズルがはまったなっていう感覚になりました。

qbc:
ピンポイントなこと聞くんですけど、その境目って何ですか?友達から付き合うってなったきっかけは?

のか:
相手から言われて。でも、そもそも二人とも前の恋人と別れた直後みたいな感じで、今後の人生どうやって生きていこーかみたいな話をしてたんですよ。
そしたら向こうが、なんか自分じゃだめなのか?みたいなこと言ってきて。で、私もこの人を好きな世界線もあったかもしれないな、って思ってたりして。
でも自分からはそう言えないっていう感じだったので、一晩考えて付き合おうって決めた感じですね。


未来:治療を進めて、自分がトラウマを背負ってない姿になってみたい。

qbc:
未来に関してなんですけど、5年10年30年先、最後自分が死ぬっていうところまでイメージして、今どんな未来をイメージしてますか?

のか:
とりあえず今やってる治療を進めて、自分がトラウマを背負ってない姿、PTSDを背負ってない姿になって、世界がどう見えるかを見てみたいなって思っていますね。
で、そのあとはもう出世とか起業とかそういうのに縛られずにゆったり暮らしていきたいなって思ってます。

qbc:
具体的にこれしたいっていうのは何かあるんですか?

のか:
旅行したいとか、一軒家でのんびり暮らしたいとかはあるんですけど、どこに住みたいとか実際にこういう所に行きたいっていうのはあんまりないですね。とにかく穏やかに暮らしたいと思ってます。

qbc:
生活で言うと、こういう生活が好き、みたいなのってイメージありますか。

のか:
本を読んで、相手が作った料理を食べて、私は洗濯をして、っていう、本当にそれだけでいい。誰も家で怒鳴らない家で過ごせれば、本当にそれだけでいいって思います。今は。

qbc:
幸せってどんなものだと思いますか?

のか:
難しいですね。私にとっては、必要最低限の生活っていう感じなんですけど、かなり人によってその定義が違うなっていうのは思ってて。当たり前なんですけど。
父にとっての幸せって、多分起業して成功することだっただろうし、祖父母にとっての幸せって、多分ずっと公務員を続けて最後まで働くことだっただろうし、とか思うんですよ。
私にとっては、その満ち足りた生活だけでいいっていうふうには思います。

qbc:
満ち足りるために必要なものって何ですか?

のか:
最低限のお金と、トラウマを背負ってない自分の姿ですかね?

qbc:
今も家族とは会ってるんですか?

のか:
母親とはたまに会ってるんですけど、父親とはもう正月以来会ってないですね。

qbc:
お父さんは起業して何年ぐらいなんですか?

のか:
2013年ぐらいだったと思うので、もう10年ちょっと経ってると思います。

qbc:
もしもの未来の質問です。もしも作家としてデビューできたら、どんなことを書いていましたか。

のか:
実は今温めてる小説があるんですけど、自分が経験してきたことをちょっとずつ違う人の人格に当てはめていって、自分と違う主人公を作りたいと思って。
今、北海道で暮らす大学生の小説を書いてるんですけど、それでデビューできたら嬉しいなと思ってます。

あとはその先の話をすると、自分と全く違う人間っていうのを書きたくて。自分と近い人間って、書けて当たり前だと思うんですけれど。
例えば、40代の銀行員とか、医師とか、そういう全然私じゃない人を書けたらすごく面白いだろうなって思います。

qbc:
何が面白いんですかね?

のか:
なんていうんだろう。自分と違う人間でもここまで書けるんだって、プロの小説を読んで感じることがあって。
小説を読んで、この人ってこんな小説書いてるけど、元々こういう仕事をしてた人なのかなって思って調べてみたら、全然そうじゃなかったりとかするんですよ。それってその役者が全く違う人になりきるとかっていうのと一緒なのかなって思っていて。
実力を見せられるっていう意味で、面白いな、興味深いなって思いますね。

qbc:
まぁ、自分にとってそのやりたい自分が一番やりたいことって何なんだろうっていう風に思います。

のか:
人生を通してやり遂げたいのは、一度でもいいから文章を書いてお金をもらうことだなぁと思います。

qbc:
じゃあ一番楽しいことってなんですか?

のか:
一番楽しいことは、今は結構模索中かもしれないですね。
こう思わなきゃいけないとか、こうしなきゃいけないっていう中で今まで生きてきたので、それを取っぱらって自分が本当に何を楽しいと思えるのかっていうのを今探してるところかもしれないです。

qbc:
これが楽しいかもしれないことっていうのは、何か思い当たることあります?領域とか。

のか:
やっぱり文章を書くことと絵を描くことかなと思います。

qbc:
文章を書くことで何が楽しいんですかね。

のか:
確かに何が楽しいんですかね?私も文章を書くことの何が楽しいかって、今まで考えたことなかったです。

qbc:
小説を書くのが楽しいの?

のか:
全部です。エッセイとか自分のことを書くのもそうですし、小説もそう。
多分頭の中にある言語化されてないものを言語に落とし込んでいくっていうのが楽しいんだと思います。型に液体を流し込んで綺麗に固めていく、みたいな。そういう作業は気持ちいいですね。

qbc:
最後の質問です。最後に言い残したことはありますか?遺言でもいいし、読者向けメッセージでもいいし、自分に向けての言葉でもいいんですけど、最後に言い残したことがあればお伺いしています。

のか:
過去の自分に向けてっていうことでもあるし、悩んでる読者の人に向けてっていうことでもあるんですけど、昔本当に色々なしんどい思いをして、今があって。
でも今は生きててよかったなって思うので、10代とかで苦しんでる人がいたら、そのときだけの「しんどい」で、もう人生いいやって思わないでほしいなーって思います。以上です。

qbc:ありがとうございます。


あとがき

深く強い。

【インタビュー・あとがき:qbc】

【編集:misato】


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