毎日毎日どうやったら明日がより良くなるんだろうって考えていきたい人
むかしむかし、ある静かな村に、日向(ひなた)という名の若い女性が住んでいました。日向には一つの習慣がありました。毎晩、その日を振り返りながら、必ずこう考えることでした。
「今日はどうだったかしら。明日はどうやったらもっと良い日にできるだろう」
村人たちは不思議に思いました。
「日向は何をそんなに考え込んでいるのだろう」
「毎日同じような暮らしなのに」
日向は小さなことから始めました。今日は村の井戸端で転んでしまったから、明日は足元をよく見て歩こう。今日はお隣のおばあさんが寂しそうだったから、明日は声をかけてみよう。今日は畑の野菜の育ちが悪かったから、明日は水のやり方を変えてみよう。
一つ一つは本当に小さなことでした。でも日向は毎日、その小さな改善を積み重ねていきました。
歩き方を気をつけるようになり、転ぶことがなくなりました。近所の人たちと話すようになり、村に笑い声が増えました。畑仕事も上手になり、美味しい野菜が採れるようになりました。
ある日、村に旅の学者がやってきました。学者は日向の畑を見て驚きました。
「これほど美しく整えられた畑は初めて見ます。誰が作ったのですか?」
村人たちが日向を紹介すると、学者はさらに驚きました。
「あなたはどうやってこんなに素晴らしい畑を作ったのですか?」
日向は恥ずかしそうに答えました。
「特別なことは何もしていません。ただ毎日、今日より明日をほんの少しでも良くしようと考えて、小さなことを変えているだけです」
学者は深く感心しました。
「それです!それこそが真の学問です。毎日少しずつでも前進しようとする心こそが、最も尊いのです」
やがて日向の考え方は村中に広まりました。皆が毎日、小さな改善を考えるようになりました。村全体が少しずつ、でも確実に良くなっていきました。
道は整備され、家々は美しくなり、人々の笑顔も増えました。遠くからその村の噂を聞いて、見学に来る人も現れました。
日向は後にこう語りました。
「明日をより良くしようと考えることは、希望を持って生きることです。大きな変化は必要ありません。毎日ほんの少しの改善でも、積み重なれば大きな宝となります。そして何より、そう考えている時間そのものが、心を豊かにしてくれるのです」
そして「今日の小さな工夫が明日の大きな幸せ」ということわざが、この村から全国に広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
そして次にインタビューされるのはきっとこれを読んでいるあなただし、そしてインタビュアーになる日もそう遠くはないでしょう。
と思う2025年6月1日20時02分に書く無名人インタビュー1079回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは 川田 ゆき さんです!
年齢:40代後半
性別:女性
職業:フリーランス保育士
https://www.instagram.com/frrehoikushi_yukky

現在:純粋に子供の笑顔も嬉しいですし、嬉しいことがいっぱいある時間ですね。
くじらぐも:
ゆっきーさんは今何をしている人でしょうか?
川田ゆき:
私はフリーランスで保育士をしている者です。
くじらぐも:
フリーランスの保育士ですね。お仕事の日はどういう1日を過ごされてるんですか。
川田ゆき:
フリーランスの保育士というのがまず仕事が五つぐらいありまして。訪問保育っていう個人宅に保育に行く日と、保育園や小学校の訪問っていうのがあるんですよね。そこで子供の様子を見させていただいたりとか、支援するお仕事なんですけど、それが二つと。あと、私は子育て支援をしている者なので、そういう働き方がしたいっていう方のサポートもしてるんですよね。あと市民団体を作っていて、ママの子育ての孤立をなくそうっていう団体の代表をしていて、それが四つ目。あと、それとは別に親子イベントなどもしているので、五つの仕事をしている形になるんですけれども。なので、日によってその中身が変わるんですけれども、例えば今日でいきますと、zoomが3件入って、その後に個人宅の訪問保育に行く形になります。
くじらぐも:
ありがとうございます。フリーランスというのは、元々ずっとそうなんですか?
川田ゆき:
フリーランスは3年目になりまして。それまでは公務員の保育士をしてました。公立の保育園で働いていました。
くじらぐも:
公立とフリーランスとでは、どんなところがゆっきーさんにとって違いますか。
川田ゆき:
まず保育園の保育士のときは担任を持っていまして、2、3年ほど働いてたんですけど。小学校とか幼稚園とかと一緒で、クラスの子が何十人いての先生っていう形でやらせていただいたんですけど。今フリーランスになったら個人宅に伺ったりする時点で全然働き方も違いますし、自分でこういうことをしています、こういうサービスをしていますっていうお知らせをしたりですとか人に知ってもらったりとか、黙っていても知られはしないので。自分がやってることを必要な人に届けたりするっていうことがすごい大事だなって思ってやってます。
くじらぐも:
人に知ってもらうための活動は何かされているのですか。
川田ゆき:
SNSが多いですね。インスタとかThreadsとかを活用しているんですけれども。何か一つずつのお仕事、例えば保育ですとかを丁寧に取り組むことで、それを受けてくださった方が紹介してくださったりとか。人の繋がりをすごく大事だなって思ってやってます。
くじらぐも:
保育の仕事はゆっきーさんにとっては、どんなものですか。
川田ゆき:
すごく、、何でしょう、自分らしくいられるというか。子供と関わるときは同じ視点というか、私ゆきちゃんなんですけど5歳のゆきちゃんの気持ちで一緒になって遊んだりとか、3歳だったら3歳のゆきちゃんの視点を忘れないようにしてるんですよね。なので、私も楽しいですし、お子さんというか親子ですね、やっぱり子供が楽しそうですと保護者の方も何かこんなふうにしたんですよみたいなことで喜んでいただけるので、喜んでいただけることも嬉しいですし。純粋に子供の笑顔も嬉しいですし、嬉しいことがいっぱいある時間ですね、私にとっては。
くじらぐも:
では仕事において譲れないこと、ゆっきーさんの中で信念みたいなものはありますでしょうか?
川田ゆき:
信念は大人の都合を入れない、ですね。子育てとかってのはまた大人の都合も入ってくるかもしれないんですけど、保育のときはもう本当にその子供がやりたいことに寄り添うというか。大人の都合というか、関わる大人ですね。お母様たちのニーズは入れますけど、私が泥だらけになろうが何だろうが、この時間はそのお子さんに集中するみたいな。なので、保育園に勤めてたときからですけど、もう保育園に入った瞬間からは、5分前に何か悲しいことがあろうが腹が立っていようが、もう気持ちを切り替えて、よしやるぞみたいな感じです。
くじらぐも:
なるほど、ありがとうございます。保育の仕事は今ゆっきーさんの生活の中で、気持ち的な面での割合は何割ぐらいを占めていますか。
川田ゆき:
気持ち的な面、、そうですね。いや6割とかですかね。プラスアルファの保育というか、子育てのっていうことに割と仕事でもプライベートでも重視を置いてる人生なので、そこに力は入ってるかもしれないですね。
くじらぐも:
では、残りの4割はどんなものがありますか。
川田ゆき:
残りの4割は育成ですね。育成とか繋がりとか。人が多いですね、人と関わること。6割が子供だとしたら4割が大人ですかね。
くじらぐも:
大人の同じ保育士を育成するという意味ですか。
川田ゆき:
そうですね。保育士もそうだし、教員の方とかの子育て支援に関わるセラピストの方とかもそうなんですけど、親子支援に関わりたい方のサポートみたいなのをさせていただいてるんですよね。で、親子支援を保育士をする中で保育園では一つ一つの家庭に入って何かをするっていうのは難しい、保育園でできることをする場所なので、もっと深くできたらいいなって思いがあってフリーランスになったんですけど、私1人で行ける家庭数も限りがありますし。何かそういう思いですとかこういうことをしたいみたいな思ってる方と繋がったりですとか、こんなふうに育児をしたいみたいなお母様ですとか、っていう方に自分ができることでお伝えできることがあったら、もっと問題が解決される、っていうのを思ったんですよね。一番大好きな私の大事な時間は、子供と関わる保育の時間なんですけど、それが広がったらいいなと思って育成というかサポートというか、をさせていただいてますね。だから対象が支援者とママとか、パパさんとかもいらっしゃいましたけど。
くじらぐも:
ありがとうございます。ゆっきーさんの中で、理想の親子像ですとか、こうあってほしいみたいなものはありますか。
川田ゆき:
理想の親子、なんでしょうね。その親子さんが自分らしくいれたらいいと思っていて。なんかちょっと話変わっちゃうかもしれないですけど、私子供が3人いるんですけど、どんな子が理想ですかみたいな感じになったときに、やっぱその子がその子らしく生きてたらいいなって思うんですよね。だから、気持ちが高ぶって荒れてたり駄々こねたりとかしたら、あ駄々こねてるなみたいな。なのでその人らしく生きてたらいいかなって思ってます。
くじらぐも:
ありがとうございます。では、お仕事以外の面でも少しお聞きしたいなと思うんですが、ゆっきーさんはご自身の性格はどんな性格だと思いますか。
川田ゆき:
性格は好奇心旺盛で気になると何でもやる。フットワークが軽い方だと思います。
くじらぐも:
では、周りの人はゆっきーさんの性格はどうだと言うと思いますか。
川田ゆき:
いい意味で変わってるって言われます。いい意味かどうかわかんないけど、変わってるとは言われます。
くじらぐも:
それはどんなところですかね。
川田ゆき:
どんなところ、なんだろうな。割と何かの多数決とかを取ったら、絶対多数に入らないんですよね、わざとじゃないんですけど。割と少数派なので多分変わってるっていう印象になるんじゃないすかね。あと、人が通るような選択肢もあんまり取らないことが多い気がします。
くじらぐも:
お子様だったりご家族はゆっきーさんのことをどんなふうに言うと思いますか。
川田ゆき:
家族ものびのびして欲しいと思ってるので、私は結構家族のことを自由人だったりクセ強いなって思うんですけど、家族は家族でママが一番自由だよねとかって言うので、そういう人なんだと思います。
くじらぐも:
では、今ハマっているものは何かありますか。
川田ゆき:
ハマっているものはカレーが好きです。今っていうかずっと好きなんですけど。私住んでるとこは北海道なので、スープカレーがすごく流行っているので、リフレッシュとかでスープカレー屋さんとかいろんなとこ行くのが好きです。
くじらぐも:
趣味は何かありますでしょうか?
川田ゆき:
趣味も食べることが結構好きで、食べ歩きとかカフェに行くとかが好きですね。あと音楽も好きです。
くじらぐも:
ちなみにどんな音楽ですか。
川田由紀:
特に固定のアーティストみたいなのはないんですけど、フェスに行ったりとかが好きです。音楽鑑賞みたいな演奏会に行くとか。何か生の音楽が好きなのかもしれないですね。
過去:できないことがたくさんある中のスタートだったので、やりがいがあったんですよね。
くじらぐも:
ゆっきーさんは子供の頃は、どんな子供でしたか。
川田ゆき:
子供の頃は男の子顔負けぐらいにすごい活動力がある子でした。
くじらぐも:
何か具体的なエピソードなどはありますか。
川田由紀:
具体的なエピソードは木登りとかが好きで、何かがなっていたらすぐ取るみたいな。いや人んちのとこは取らないですけど、いろいろなっていたりする木の実っていうか。何取っていたのかもうわかんないですけど、何か取るのが好きな子だったのかなという感じです。さくらんぼとかよく木に登って取ったりとかしてました。脚立とかでも。
くじらぐも:
勉強は得意な方でしたか。
川田ゆき:
勉強はすごいアンバランスで、なんか文系なんですよね。国語と社会とかは割とできますけど、理数系はあんまり得意ではなくて。だから国語と社会が得意なことはその後公務員試験を受けるときにすごく役立ちました。政治経済とか。
くじらぐも:
では、小中高の学生時代は、何かずっと続けていたことなどはありましたか。
川田ゆき:
読書が好きで、図書館も好きで、本を読むのが好きな子だったと思います。
くじらぐも:
それは、今もですか。
川田ゆき:
最近は、Webで見ちゃったりする。紙で見ることが減ってしまいましたけど、でもちょっと旅に出て移動中読むとか、そういうふうに時間が取れるときはやっぱり本、紙媒体が好きなので、もう読もうかなって思います。
くじらぐも:
では、学生の頃、自分を変えるような転機とか出来事などはありましたか。
川田ゆき:
それこそ図書館が好きだったから図書局員っていうのになったんですけど。図書局長っていうなんか局長になったんですよね、先輩に推薦されて。それまでそんなに割と人の前に出るのが好きなタイプじゃなかったんですよね。だけど、そういうふうに前に出たりですとか、何かまとめたりする経験をもらって、それからそういうリーダーじゃないですけどそういうことが増えてたので、転機だったのかなと思います。
くじらぐも:
学生時代を通じて、楽しかったことや、逆につらかったことは何かありますか。
川田ゆき:
楽しかったことは、私は企画をするのがすごく大好きだったんですよね。5年生のときにクレープパーティーを企画したんですけど、何を持ち寄るとか場所をどことかみたいなのをイベントプランナーみたく立てて、すごい楽しくて。その後も中学生になったら長期休みはどんなところにみんなで行くみたいな、勝手にプランみたいな立てて選んでもらったりとかしたので、とにかくイベントが好きなパーティピーポーなんですよね。今の仕事にも繋がっていて、やってる内容としては5年生のときにクレープパーティーを立てたのと違うのは違いますけど、ざっくり言うと一緒っていうか。今やってる仕事も人が喜ぶことを企画してやってるっていう点で5年生のときに楽しかったことが今も、なんなら仕事として人に喜んでもらえてやれて幸せだなって思いますし。
つらかったこととかは、お話があんまり上手なタイプではなかったんですよね。自分の思いをうまく伝えられない子だったので、悔しいというか本当はそういうことじゃないのになみたいなことがすごくたくさんあったので、大人になってコーチングっていうのを学びました。だからきっかけになったっていうか、悔しい思いをしているから自分がその子供の気持ちを汲み取りたいですとか、っていう何か伝えられない人の気持ちがすごくわかる。自分もできなかったから。そういう点においては結局全部よかったねってことになっちゃうんですけど、その当時は泣いたり悔しい思いはたくさんしたと思います。
くじらぐも:
ありがとうございます。では、学生生活の後ですね、小中高の後はどういうふうに歩んでこられましたか。
川田ゆき:
高校卒業した後、幼児教育学科がある短大に入ったんですよね。そうしましたら、その短大がみんななんか天使みたいにいい人で。私はそこに入ったときはものすごく保育園とかの先生になりたいみたいなのがあんまりなくて。今だから言えるんですけど。なんか受かった短大の中で一番偏差値が高い学科だからそこに行ったぐらいだったんですよね。だからOLになってもいいし、何かになってもいいしみたいな感じだったんで、就職率が100%っていう理由で私は入ったんですけど。その学科のお友達同級生みんなが本当に幼児教育学科のために一生懸命動いてる人たちで、性格も優しい。もうみんな本当に優しくて、集団にいたらみんなが優しいってことってありえないじゃないですか。そんなのないと思うんですけど本当にみんな普通に優しいんですよね。気遣いができるし思いやりがあるしみたいな、120人ぐらいの集団で。何だここはって思って、私も心を入れ替えるじゃないですけど、何か考えるきっかけになった気がします。
くじらぐも:
短大で過ごす時間は、ゆっきーさんにとってどんなものでしたか。
川田ゆき:
すごくカリキュラムがぎっしりで、なんか普通の短大生とかだと60単位ぐらい取れば卒業ってできるんですよね。だけど、幼児教育学科はその間に国家資格の保育士とか幼稚園教諭とかも取るので、2年で80単位ぐらい必要で。他の学生さんとかが早くっていうか、ある程度の時間に帰るとかいう時、教育学科だけはずっと朝から夕方までびっしりみたいな感じで勉強したりとか実習行ったりとかしてたんですよね。いいな、みんな早く帰ってマックとか行くんだなみたいな、大学の窓から見たりとかもしましたけど。その2年間ですごい大変なこともいっぱいあったし勉強することもいっぱいあったし、子供に関わることなのでしっかり勉強ももちろんしなきゃいけなかったんですけど、大変だったこともなんか良い思い出だし、素敵な仲間がいたから乗り越えたみたいな。すごい宝物みたいな2年ですね。
くじらぐも:
短大のお仲間とは、今はお付き合いあるんですか。
川田ゆき:
ありますあります。昔ほど頻繁に、年に何回会うとかはできてないですけど、今はLINEがある時代なのでグループLINEで近況やったりです。もうなんか20何年間の友人、20年じゃきかないか、30年弱になりますね。その付き合いですね。
くじらぐも:
では、短大を卒業された後はいかがでしょうか。
川田ゆき:
その後は、私立の保育園で1年間勤めて、その後公立の保育園に行ったんですよね。私立の保育園は私が行ったところはそんなに長く働かれてる方がいなくって。結婚ですとか、結婚じゃなくても2、3年とかで辞められる方がたくさんいて。私は長く働きたいなと思って、それで公務員が割と長く働かれてる方が多いって聞いたのと、私の友人も他の市町村ですけど公立の保育園で働いていたので、行ってみようかなと思って試験を受けていきました。
くじらぐも:
では、保育士として働いてからの気持ちの上がり下がりですとか、今までどんなふうに働いてきたのかなというのが気になるんですが。
川田ゆき:
短大のときに、まず保育士になりたくて小さい頃から努力してましたみたいな人ではなかったので。保育士って何かいろんな技能が必要というか、ピアノもやるしお遊戯指導もするし、文章も書けなきゃいけないし指導力も必要だし、絵も書けなきゃいけないしみたいな、結構いろんなスキルを求められるんですよね。それに対して私はピアノもそんな、周りがエレクトーン10何年やってましたみたいな人たちが多いので、やっていないですし、エレクトーンやってたんですけど私5年ぐらいしかやってないので、全然歴が違うし。お遊戯とかもよさこいやってましたとかダンスやってましたみたいな人とかが結構多かったりするんですよね。私やってないしみたいなところで、できないことがたくさん多い中での私はスタートだったんですよね。なられる方ってできるし向いてるからっていうのでなろうとする方が多分多い職業だと思うんです、保育士って。
なんですけど、私は短大に入ったときはまだ保育士になるって決めてなくて、短大の保育実習に行って子供とか先生の関わりに感動してしまってなったんです。自分に技能が揃ってない状態でのスタートをしたので、すごく大変だったんですよね。できないことがたくさんある中のスタートだったので、やりがいがあったんですよね。なんか伸びしろがあるというか、多分性格的に得意だからやるっていうよりも、あれもできるようになりたいみたいな方が多分楽しいタイプの人だったんでしょうね、その20代の当時は。なので、周りの先生とかも丁寧にご指導してくださってやってのけて、あれもできるようになったこれもできるようになったっていうふうなのがあったので、保育士ができたのかなと思います。向いてるところがあるとすれば、遊ぶことがすごい好きだったりとか自分が活動的なことだったので、あとイベントが浮かんだりする人だから、人が喜ぶことを考えるのが好きとかすごい楽しいことをやることを惜しまないですよね。それが多分子供とマッチしてお子さんたちも喜んでもらえたし、保護者にもいつも先生ありがとうございますって言っていただけたので。っていう感じですね。だから良いスタートではないっていうか、私にとっては大変なスタートでした、保育士は。
くじらぐも:
ありがとうございます。では、特に公立の保育園では、何十年も働いていられたのかなと思うんですが、働き続けられた理由はどんなところにあると思いますか。
川田ゆき:
働き続けられた理由はやりがいがとてもあったからですね。子供の成長変化に、私はやっぱり関わらせてもらえてすごく幸せだったんですよね。そして、労働条件も良いといいますか、ちゃんと育産休を取らせてもらえる職場だったので。私は2回産休をとらせてもらってるんですけど、お休みをいただいてもちゃんと戻ってきてまた働ける職場だったので、自分のプライベートも大事にしながら、お仕事もさせてもらえたので続けられたのかなと思ってます。
くじらぐも:
では、保育士の仕事がゆっきーさんに何か影響を与えましたでしょうか?それとも、もうゆっきーさん自体は変わらず、ここまでやってこられましたか。
川田ゆき:
影響はすごく与えてますね。何ていうか、やっぱり人と関わるのって自分もすごく考えさせられる部分があるというか。大人でも子供でも関わる中で、わが身を振り返ることもありますし。どうしたらもっとより良い関係になれるんだろうですとか、今もですけど、こういうお仕事に関わって27年とかになるんですけど、子供1人1人に対しての対応はやっぱりその人の数だけ私変えてるんですよね。なので、例えば3歳だったらみんなこういう対応だとかではなくて、その子その子の個性があるからすれば大人も一緒だと思っていて。なので、関わった人の数だけ、自分が柔軟になったこともあると思いますし、譲れないところは譲れない部分もあるのかなと思います。そう悩んだり考えたりして、進んでるかなと思います。
くじらぐも:
ありがとうございます。お仕事をする中で悩んだ部分ってどんなことがあったかお伺いしてもよろしいですか。
川田ゆき:
関わりの中で自分の語彙力のなさで伝えきれないですとか、やっぱコミュニケーションの部分ですね。子供というよりは大人だったりするかもしれないです。どういうふうに関わったらもっといいんだろうとか、自分はどう接していったらいいんだろうとか、すごく考えましたし、今もゼロではないですね。より良くするにはどうしたらいいんだろうっていうのは、関わってきたケースが増えたので引き出しは増えてるとは思いますけど、今も悩むっていうのか考えるのはゼロではないですね。
くじらぐも:
では、保育士のお仕事のことを一言で言い表すと、どうなりそうですか。
川田由紀:
一言で表すと、、何だろう。でも私にとっては宝物です、本当に。やってよかったなって思いますね。
未来:毎日毎日どうやったら明日がより良くなるんだろうっていうのを今のところはですけど、考えていきたいなと思ってるので。
くじらぐも:
ゆっきーさん、5年後や10年後、あるいは死ぬときまでを想像してみて未来についてどんなイメージを持ちますか。
川田ゆき:
未来についてのイメージ、うーんと。チャレンジを常にする人生にしようって思ってたんですよね、3年前に。なので、コツコツしたチャレンジがきっとどんどん実を結んでいて、自分がやりたいと思ってることとか関わってる人とかが増えて、自由がもっと増してるイメージです、何年後かは。
くじらぐも:
今やっている仕事を、これからどうしていきたいなという目標などはあるんですか。
川田ゆき:
今やってる仕事、訪問保育っていうのをやってるんですけど興味を持ってくださっている人とかがたくさんいらっしゃって。教員ですとか、保育士さんとか、幼稚園教諭さんとかいらっしゃるけど、フリーランスっていうか自分でお仕事をする不安感が、過去の私もそうでしたけど、多分強いと思うんですよね。雇用の安心感みたいなのがあると思うので、私としては好きなことができるっていうか、自分がより良いように生きられるのであれば全然どっちでもいいと思ってるんですけど。もしその経済的不安ですとか、っていうことの不安でやりたいことが踏み出せないなっていう方がいらっしゃるのであれば、大丈夫だよみたいなのを見せれたらいいなと思います。なんかここをこうして、こんなふうにしてっていうか、実際私今自分の働き方がすごい楽しいんですよね。楽しいので、不安があってできないっていう方たちの不安を減らせるきっかけになるというか、こういう働き方もあるっていうのをどんどん知ってもらえたらいいかなと思ってます。
くじらぐも:
では、その訪問保育の働き方についてもどんどん知っていっていただいて、それも達成された際は、どこを次は目標としていきますか。
川田ゆき:
その先は、市民団体のママの輪っていうのを作ったんですけど、市民団体を作る中で、私は最初子育てで大変なママがちょっと外に出るきっかけができたらいいかなみたいな感じで、親子イベントとかをやってたんですけど。その中で、何かいろんな社会問題みたいなものを、何が理由で子育ての孤立ですとかみたいな話を他団体さんから聞いたりとかする機会があって。またちょっと視点が変わって、私も社会問題を解決する側の人になりたいと思ったんですよね。今までは一個人として、私は双子のお母さんなんですけど、双子の子育てが大変だなとかなので双子の子育てが大変な人の問題を解決したいですとかっていうことで今の活動やってるんですけれども。もっと地域と繋がるとか、行政と繋がるとか、ちょっと高い視点というか、活動が大きな幅で自分の地域の子育てがもっとやりやすくなったらいいなとか。っていうのに動ける人になったらいいなと思います。自分の子育ても大事にしながら。
くじらぐも:
ではお仕事は何歳ぐらいまで続けていくご予定ですか。
川田ゆき:
可能であれば生涯訪問保育に行けたら。生涯というか何歳までかな。でも、もし保育士として動ける体の範囲が例えば65歳だとするのならば、70歳ぐらいとかになっても、おばあちゃんの絵本の読み聞かせみたいな感じで、お子さんとかが集まって絵本を読むとか、そのときの自分ができることができたらいいなと思います。今と同じ働き方ではなくても。
くじらぐも:
では、お仕事以外の面で、何かこうしていきたいなという願いなどはありますか。
川田ゆき:
私はお母さんに余裕ができたら子供たちにも還元されると思っていて。自分がもっとというか、今も結構自由にやらせてもらってるんですけど、まだそこにも伸びしろがあると思って。こんなに楽しくってこんなにわくわくしてみたいな場面を子供に見せれたらいいなって思ってますし、自分の行動で子供じゃなくても周りの人とかもそんなふうに生きれるんだみたいなきっかけになったら思っているので。結局より一層自分が、チャレンジはしますけど楽しく行けることに重点を置く、ですかね。
くじらぐも:
なるほど、ありがとうございます。では、この先死ぬときとなったら、どんなふうに知りたいなと思いますか。
川田ゆき:
4年前に死生観を思ったときに、私はどんなふうなことで人生を後悔するんだろうと思ったんですよね。そのときに、私は結構バリバリ働いていたので家族ともっと過ごせればよかったっていう後悔をするんじゃないかって思って、働き方を変えたんですね。仕事は大好きだけど、労働時間が長い職業だったので。で、今時間ができた中で、でも今それ以降は明日死んでも後悔しないように生きようと思ってます。何かを決めるときには、リスクよりもそれをやらなかったことで後悔はしないのかっていうふうな選択肢を取るので、明日死ぬ予定はないですけど、明日死んでも後悔しないような人生にどんどんなってると思います。
くじらぐも:
ありがとうございます。では、もしもの質問というのをお聞きしたいなと思うんですが。もしも、学生のときのゆっきーさんが幼児教育の短大に受かっていなくて、幼児教育っていう選択肢が見えない人生だったとしたら、今どう変わっていると思いますか。
川田ゆき:
あー、そうですね。うーん、子供も産んでいなかったかもしれないですし、アーティストとかに、何かアーティストって幅広いですけど。絵を書いたりすることが好きだったので、そういう方面に行ってたかもしれないです。全く違う人生な気がします。
くじらぐも:
では、その中で幼児教育を選んでこれまで歩んできたっていうのは、ゆっきーさんの人生において、どういう意味があることだと思いますか。
川田ゆき:
使命というか、やっぱいろんな仕事を選べる選択肢もありましたし、今も自由なので、いつ辞めてもいいような状況ではあるんですけど。それでも、続けるのってやっぱり届けたい想いみたいのがずっとあるので、生涯を通じて幼児教育をしようって多分決めたんだと思います。思いますっていうか、自分のことなんですけど。使命かな。
くじらぐも:
改めてその届けたい使命っていうのは何なのかお聞きしてもよろしいですか。
川田ゆき:
うーん、、自分が子供時代に悲しかったりとか悔しかったりすることが多分ちょっと多い子供というか、だったんですよね。まあ人と比べたことがないのでわからないですけど、時代背景とか、私は昭和の子供なので、昭和の子供が大人に求められてる像みたいなのもまた今の令和の時代と違うので、みんながそうだったのかもしれないですけれど。ここがこうだったらもっといいのになっていう子供なりの思いというか、教育とかに対してのっていう部分があったので、それを今やれることが嬉しいですし、必要なのかなと思ってます。
くじらぐも:
ご自身の?
川田ゆき:
そうですね、体験があったから。
くじらぐも:
では、ゆっきーさんの人生の総評として、満足度は0から100%の何%になりそうですか。
川田ゆき:
総評として、、うーん。75%。
くじらぐも:
では、その総評を伺ってよろしいでしょうか?
川田ゆき:
いや、今でも十分満足だし幸せなんですけど。多分なんだろうな、まだ伸びしろがあるんじゃないかなと思ってですね。まだやりたいこととやってないことがあるので、それをやってから、また点数が変わるのかなっていうのがあって。
くじらぐも:
では、100%になった人生っていうのは、どんなものだと思いますか。
川田ゆき:
ほんと死ぬときじゃないすかね。あー、いい人生だったみたいな。
くじらぐも:
死ぬときまでゆっきーさんは進化し続けるというか、上に向かっていかれるというふうな感じですかね。
川田ゆき:
そうですね。そんなイメージです。なんか年齢によってできることは変わっていくとは思うんですけど、毎日毎日どうやったら明日がより良くなるんだろうっていうのを今のところはですけど、考えていきたいなと思ってるので。今より亡くなるときの方が、変化だったり進化してる自分だったらいいなって思います。
くじらぐも:
では、これからゆっきーさんがお仕事などの働きかけで、死ぬときはどんな身の回りや社会になっているのが理想的ですか。
川田ゆき:
社会はちょっと大きすぎて浮かばないんですけれども。身の回りでいくと、、想像がつかないな。家族が自由人なので、想像がつかないんですけど、でも想像がつかないのが理想ですね。想像がつかないぐらいに周りの人が自分らしく自由にやってたらいいなって思います。
くじらぐも:
ありがとうございます。では、インタビューも以上となりますけれども、記事を見ている人に伝えたいことだったり、あるいは独り言や宣伝、あとは遺言みたいなものでもいいんですが、何か最後に言っておきたいことはありますか。
川田ゆき:
年齢に関係なくやりたいと思ったことはやった方がいいと思っていて。私は44歳で起業をしたんですけど、3年前はこんなふうな働き方をするとは思っていなくて。例えば、さっき音楽が好きってお話したじゃないですか。フェスが好きだからフェスの託児したいみたいなこと思ったんですよね。行動しなかったら思うだけで終わると思うんですけど、託児を私できますって言ったら、そのフェスの運営に入れていただいたりとかして。今MAX10何人ぐらいの託児しかしたことないんですけど、フェスの子供の想定人数が3000人とかなんですよね。普通に考えたら15人から3000人の差ってすごいじゃないですか。それを何かやりたいって思ったらチャンスってくるのかなって思うので、諦めない人生、理想の社会じゃないですけど、唯一人に伝えるんだとしたら、諦めないでチャレンジするのも悪くないよっていうことを多分私は伝えたい人生なんだと思います。体現していくので、よかったら見てねみたいな感じですね。
あとがき
インタビューをしていると、仕事に情熱を注ぐ人の方が体感多い気がしています。自分の仕事について自分の言葉で語れるって、本当に素晴らしいことだと心底思わされます。仕事に懸ける大人ってカッコいいですね。ありがとうございました!
【インタビュー・編集・あとがき:くじらぐも】
【編集:komima】
#無名人インタビュー #インタビュー #フリーランス #保育士

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