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ぼっち起業コンサルタントの人

むかしむかし、ある村に、幻想(げんそう)という名の若者がいました。幻想は「中二病演劇」という不思議な芝居を始めた人でした。
村人たちは最初、幻想のことを変わり者だと思っていました。「なんで大人になってまで、そんな子供じみた空想にふけるのか」と、みんな首をかしげていたのです。
幻想の演劇は、闇の力を操る魔法使いや、封印された古の剣を求める勇者、異世界からやってきた転校生など、現実離れした物語ばかり。大げさなセリフと大袈裟な動きで、村人たちをびっくりさせていました。
ある日、村に凶作の危機が訪れました。人々は不安に怯え、希望を失いかけていました。
そんなとき、幻想が立ち上がりました。「みなさん、僕たちで『豊穣(ほうじょう)の祭り』という芝居をしましょう!」
村人たちは半信半疑でしたが、他に案もなく、幻想の提案に乗ることにしました。
幻想は村人たちを配役しました。農夫たちは「大地を司る精霊」に、漁師たちは「海の王」に、子どもたちは「風を操る妖精」に扮しました。
そして、壮大な物語が始まりました。精霊たちが力を合わせ、邪悪な「荒廃の魔王」と戦い、最後は village 全体の想いを一つにして、魔王を倒すというストーリー。
演劇が進むにつれ、不思議なことが起こりました。村人たちが役になりきることで、本当に力が湧いてきたのです。諦めかけていた気持ちが、希望に変わっていきました。
芝居が終わるころには、村人たちの目は輝き、エネルギーに満ちていました。そして驚いたことに、その年の収穫は例年以上に豊かなものとなったのです。
それからというもの、村では困難に直面するたびに、幻想の「中二病演劇」が行われるようになりました。現実離れした物語が、人々に勇気と希望を与え、困難を乗り越える力となっていったのです。
後に幻想はこう語りました。「中二病的な想像力は、現実を変える力があるんです。大人になっても、心の中の中学2年生を大切にすることで、私たちはどんな困難も乗り越えられるのです」
そして「空想の翼で現実を飛ぶ」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2024年10月22日0時57分に書く無名人インタビュー924回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

今回ご参加いただいたのは 杉本幸雄 さんです!

年齢:50代後半
性別:漢
職業:ぼっち起業コンサルタント

Tiktok:https://www.tiktok.com/@sugimoto99

Facebook:https://www.facebook.com/ECommerce.Magician


現在:自分で決めたことを自分でやるっていうのは根本的には自尊心が基準になりまして、自分との約束を守らないっていうのは相当な「恥」、恥ずかしいことだと思っています。

ミミハムココロ:
今、何をされている方でしょうか?

杉本幸雄:
私は、起業してコンサルタント業をもう20年ぐらいやってます。

ミミハムココロ:
具体的にどういったお仕事を。

杉本幸雄:
そうですね、最近特に強くやってるのは「ぼっち起業コンサルタント」っていうふうに名乗ってまして。あの「陰キャ」とか「人見知り」の起業家とか経営者の方に経営コンサルを行って、その方たちの目標達成を導くっていうような仕事をやってます。

ミミハムココロ:
どうしてその「ぼっち」という部分に焦点が当たるようになったんでしょうか?

杉本幸雄:
そうですね。実は私は子供の頃から…あの自分、今55歳なので、その頃は「ぼっち」とか「陰キャ」っていう言葉は無かったんですが、「根暗」っていう言葉はあったんですね。いじめとかですね、あとは貧しさとか孤独とかっていうような子供の頃からの人生っていうか、そういうふうに生きてきて。で、会社もそうなんですけど、その前の学校でもそうなんですが、あの人間関係が苦手で。今でいう言葉の「ぼっち」っていう状態が続いてました。それで会社に入ってからもすごい短期間で、正社員だけでも10社以上転職を繰り返してて。辞めていた理由は「仕事が合わない」とかなんかそういうことではなくて、「人間関係が”面倒くさい”」とか「会社に通うのが”面倒くさい”」みたいな感じですぐに辞めるようなことを繰り返していました。それである時「もう履歴書を書くのも、転職活動するのも”面倒くさい”」って思って、仕方なく起業しました。

起業に対する「希望」であるとか、もっと言えば「野望」みたいなことは全く無くて。ただただ…ただただ就職活動とか履歴書を書いたりとか、面接に行くのが面倒くさいっていう理由で、仕方なく起業して1人で働き始めたんですね。そしたらそれがすごくうまくいったんですよ。すごくうまくいったっていうのは、もちろん収入面ではすごい苦労してきたんですけど精神的な自由の面ではすごくうまくいきまして。今20年ぐらいなんですが、10年くらい経った時に初めて気付いたことがありまして、それは何かっていうと、会社員の時にはいつもいつも「いつやめようか」って考えていたんですけど、起業してからは「やめよう」「労働者に戻ろう」と思ったことが1回も無かったってことに気がついたんです。

それで思ったのが、転職を繰り返したりとか、学校で居づらかったりする人の中には「1人”ぼっち”だったらうまくいく」っていうような人が、まあ私がそうだったのでいるんじゃないかって考えて。1人で起業して1人でも稼げるし、人に会わなくても、あんまり話さなくても稼げるしっていう、「そういう生き方もあるよ」っていうことを、私は誰も教えてくれなかったんですよ。なので、そういう、生き方、稼ぎ方があるってことを知らせたいと思って「ぼっち起業コンサルタント」っていうのを始めました。

ミミハムココロ:
今、そのコンサルタントのお仕事以外に何かされていますか?

杉本幸雄:
ぼっち起業コンサルタントの仕事以外に、コンサルとしての活動はいっぱいやっています。ECコンサル、弁護士やお医者、それに弁理士さんや中小企業診断士など難しめな先生業の方へのネットマーケティングコンサル、それに、ショート動画プロデューサーとしてTikTokコンサルもやっています。あと、ビジネス本の著書という顔もあります。……仕事以外の面は特にほとんど何もやってないです。なんか趣味とかそういった遊びの領域も私はあんまりなくって。まあ、趣味と仕事が一体化しているような感じで過ごしています。

ミミハムココロ:
今のコンサルのお仕事を20年も続けられている理由は、精神的な自由以外には何かありますか?

杉本幸雄:
そりゃあ、やっぱり当然、稼げたってことが続けられた大きな理由ですよね。なので、陰キャの人とかぼっちの人っていうのは、人と会ったりとか話したりするコミュニケーションっていうのが苦手だったりとか嫌な人がいると思うんですけど。あの、自分もそうだったんですけどテキストで、文字で…今はEメールというよりはfacebookとかViberなんかのメッセージアプリの方が多いんですけど、そういうメッセージアプリで、テキストベースでセールスとか接客とか、まあ今Zoomもありますし、陰キャやぼっち、人見知りでも起業して、昔だと考えられないレベルで稼げるので。やっぱり精神的な自由の面だけでは仕事を続けていくのはちょっと不十分過ぎると思うんですね。

なので、お金もある程度稼げるっていうことで…あの、やっぱり人間ってすごい不思議なものでお金が無かったりお金が減ると、すごい苦しくなって不安になってストレス感じる人が多いと思うんですね。でもお金も稼げるし時間も自由だし、1人でいることがスタンダードになるとやっぱりそういうのが合ってる人には続けられると思います。

ミミハムココロ:
これちなみに、どうして稼げるようになったみたいな転換点とかありますか?

杉本幸雄:
そうですね、やっぱり転換点ってのはありました。よく普通の発想としては、いわゆる「みんなと一緒のやり方をやろう」みたいに思ったりとか、あと教育もそういう教育が普通だと思うんですけど。発想の転換としては、「ないものねだりして、陽キャの真似をして、無理して明るく元気なフリをしてもすぐに疲れちゃうから、そういうやり方じゃなくて、「今の自分」を受け入れよう。最大限に活かそう!今ある自分の能力を生かそう、それが自分らしいはずなんだから」っていう考えになったことですし、陰キャとかぼっちの人にも「陰キャとかぼっちを直すんじゃなくって、それを活かすっていうことをやってほしいな」って。そういうのが考え方の転換としてありました。自分の人生は自分らしく生きればいい。陰キャやぼっちなら、陰キャやぼっちを活かして、生きればいい、と。

ミミハムココロ:
ちなみに陰キャとかぼっちっていうのは、活かすとしたらどういった能力があるんですかね。

杉本幸雄:
やっぱり陰キャとかぼっちの人っていうのは「内向的」っていうことですから、自分のことをよく考えたりしてると思うのと同時に、他人のこともよく考えてて結構、察知能力とかもうありますし。あとは陰キャとかぼっちの人は本読んだりとかインターネットをよく見たりとかってしてる人も多いと思うので、そういった部分を生かすとしたらやっぱりライティングとかが…あとは読解力、分析力とかっていうのが得意な人が多いので、その辺を活かすと良いと、本当にいいと思います。あと、意外なことですが、「共感力が弱い」ことはコンサルティングには断然活きます。

ミミハムココロ:
そういうぼっちの方で「コンサルティングしてください」みたいな人ってのはやっぱり多いんですか?

杉本幸雄:
そうなんですよね。実は「昔の私みたいな人を応援しよう」っていうふうに思ったのが昨年の秋ぐらいだったんですけど、具体的には。それをやるにあたって、やっぱりそういう人たちは本読む人が多いっていうのは思ってたんで、自分もこのぼっちの人を応援する「ぼっち起業をしましょう」っていうような趣旨の本を9月に出したので、その本が予想よりもものすごくたくさん売れてるんですよ。Amazonで売れている他、埼玉の大宮エキュートのリブロでは総合ランキング第1位になりましたし、東京恵比寿の有隣堂では、一時あの『キングダム』をランキングで上回って、総合第2位にもなりました。そういう読者の方からダイレクトメッセージをもらって、対応してるような感じになります。フォレスト出版『ぼっち起業で生きていく。』最低限のコミュニケーション&人付き合いでストレスフリーで稼ぐ方法


ミミハムココロ:
今までの、起業する前のお仕事ってのはどういったお仕事を。

杉本幸雄:
起業する前の仕事は、EC(ネット通販)の仕事は正社員が多かったですし、あとさっき「10社以上転職した」って言ったんですけどアルバイトでは、接客とか販売以外の仕事はものすごいたくさんやっていまして。農業とか工場の流れ作業とか、清掃、出版社で文字校正するとか印刷とか…そうですね、なんかそういう自分だけ頑張ればいいようなアルバイトとかもたくさんしてきました。

ミミハムココロ:
主に辞めた理由として「人間関係が…」みたいにおっしゃっていたんですけど、具体的にどういった感じで?

杉本幸雄:
人間関係っていう理由でよく世間であるのは「合わない同僚がいた」とか「上司が嫌だった」とかっていうのがあると思うんですけど、自分の場合は全く違いまして「そこに人間関係がある事が嫌だった」ってことです。報告とか連絡とか相談とかするのがすごい面倒くさいって思って。そういうのが面倒くさくて…そうですね、自分は結構キーワードが「面倒くさい」っていうのがあるんですけど、それが面倒くさいから嫌だったってのがあります。それでやめました。やめてたっていうかあとは人間関係にすぐ飽きるんですよね。

ミミハムココロ:
じゃあ今の仕事は、人間関係の面倒くささからは完全に。

杉本幸雄:
そうですね、全く完全にではないんですけど、9割以上は解消されてる感じがあります。それは自分主導で自分主体で、自分のマイペースで生きてるっていうのが一番の心地よさが自由な点です。誰と仕事をするか、どこの会社と取引するかはほぼ完全に自分次第ですから。

ミミハムココロ:
逆に、今のお仕事のスタイルで何か「辛いなあ」みたいな部分はありますか?

杉本幸雄:
全くありません。そうですね、よくそういうことも聞かれるんですけど…やっぱりですね、今は悩みとか困ってることが無いんです。それでおそらく余裕が出てるので、自分みたいな陰キャやぼっちの他の人を応援したいっていう、そういう欲望が出てきたと思います。

ミミハムココロ:
暇な時は何をされてますか?

杉本幸雄:
基本的には、暇はありません。主体的に予定を組んで過ごしていますから。まぁ、隙間時間なんかには、Netflix見たりとかTVer見たりとか映画館行ったりとかっていう感じで、やっぱり1人ぼっちでいることが多いです。あとは暇な時っていうよりは、そういうのも結構時間を自分で決めて、休息や娯楽も、それを自分で主体的に時間を割いてやってる感じで。自分的には寝てない時以外はだいたい仕事してます。自分で主体的にやってるから辛くないし、ブラック企業とも思わないですね。(笑)

ミミハムココロ:
自分の思い通りに自分を1日動かすことっていうのはできるんですか。

杉本幸雄:
はい、出来ますし、やっています。やっぱり自分のコントロールっていうのは自分ができますね。自分で決めたことを自分でやるっていうのは、根本的には自尊心が基準になり、自分との約束を守らないっていうのは相当恥ずかしいことだと、自分は思います。

ミミハムココロ:
基本的に自分との約束はこれまでも破ったこととかは無いですかね。

杉本幸雄:
そうですね、ほとんどありません。この前も、ちょっとコンサルのお客さんに聞かれたんですけど、「目標達成できないときにはどういうふうに感じますか」みたいな質問を受けたんですけど、すごいよく考えて、その30秒とか1分とか無言になるとけっこう対人では長いじゃないですか。それぐらいよく考えたんですけど、目標達成してないことは最近は思い出せませんでした。

さっき言った本も、「本を出したらそういう人たちにこういう、ぼっちで起業する生き方があるってことが広まるだろう」と思って、出版しようって去年の冬に思ったんですけど、「1年以内に出そう」って決めて、結果的に、10ヶ月後くらいに出せたので、自分の特徴としては、必要なことを着々と淡々と面倒くささと戦いながら、それに勝ってやっていくっていう感じです。必要かどうかが基準で、好き嫌いという価値観は自分にはありません。

ミミハムココロ:
自分としてはどうですか、予想以上に本が広まったことに対して。

杉本幸雄:
すごくありがたいですし、あとやっぱり関わってくれた方にもすごい感謝しているのと同時に、やっぱりそういう「ぼっち」っていう、「ぼっち起業」っていうことを前面に押し出してる本なんですけど「需要あったんだなあ」、そういう人は少なくなかったなって自分でもちょっと驚いてます。

過去:だから、その時は本当にものすごい人生に落ち込みました。自分の存在を恨みました。偏差値が高くても東大には行けない。お金が無いと、普通レベルのお金が無いと東大には行けないってことを思い知らされて、お金のパワーをすごい感じた時でしたね。

ミミハムココロ:
振り返ってみてですね、自分ってどんな子供だったなと思いますか。

杉本幸雄:
辛気臭い子供だったと思います。

ミミハムココロ:
しんきくさい?とは

杉本幸雄:
はい。辛気臭いっていうのは他人から見ての評価なんですけど…暗いって意味ですけど、暗くて関わりたくないような人間だったと思います。

ミミハムココロ:
どうしてそう思われるんですか?

杉本幸雄:
まあ自分が相手の立場だったらそう思う、っていうのが今の発言ですね。自分から何か話し出すことはないし。あ、どもりがあったんですよ。どもりがあったんで学校の先生からも「障がい者」っていうあだ名を付けられたぐらいなんですよ。

ミミハムココロ:
学校の先生から。

杉本幸雄:
はい。で、宿題もやったことが無くて、小学校5年生まで勉強をやったことがないんですよ。だから掛け算も知らなかったし宿題もやらなかったし、あと持ち物をほとんど持って行ったことがなくて。そういう、何もできない人間だったんですよ。だからやっぱり、周囲の子たちが「友達になろう」とか「一緒に遊ぼう」とかって思わせるような人物ではなかったかなっていうふうに思います。

ミミハムココロ:
小学校ぐらいまでを振り返ってみて、どんな生活でしたか。

杉本幸雄:
生活?性格?

ミミハムココロ:
あ、生活ですね。どんな様子で過ごされたのかなと。

杉本幸雄:
えっと、自分は…記事にする時にどれぐらいまで書いてもらってもいいかってのが今決まってなくて言っちゃうんですけど。

ミミハムココロ:
あ、全然そこは編集してお渡ししてから公開するので、杉本さんの「ここまではOK」っていう部分で全然。

杉本幸雄:
はい。小学校3年生の時から給食費を稼ぐためにアルバイトしてたんですよ。虐待やいじめも受けていました。一日のスケジュールとしてはいじめられに学校に行って、虐待されに帰るっていう、そういう生活です。

ミミハムココロ:
いじめや虐待は今振り返ってみて、何かきっかけがあったなとか思いますか?

杉本幸雄:
きっかけは当然ありまして。やっぱり子供の世界でも上下関係ってあるじゃないですか、実際問題。例えば、学校でしたら「面白い人がもてる」とか「足が速い人がスター扱いされる」とか「算数ができると尊敬される」とかそういうのがやっぱあるじゃないですか。あと、やっぱり頭が悪い、貧乏、容貌が悪いとやっぱり下位に行くと思うんですよ。いじめっていうのはやっぱり当然立場や腕力が弱い人をいじめるので、私は何をとっても弱かったですね。弱いとか貧乏とか頭が悪いとかそういうのがいじめのきっかけですし。

虐待のきっかけも同じようなことで、これはこのインタビューと関係するかわからないんですけど、そういう施設に居たくて居る人っていないんですよ。あと、それは職員さんもそうなんですよ。第1希望で「施設で働きたい」って高校卒業する時とか大学卒業する時に思う人って、今でもほとんどいないと思うんですよ。東大出て「わたし児童養護施設で職員やりたいです」って言う人ってやっぱりいないじゃないですか。だからそれと同じで職業にも上下関係があると私は思っています。なので、施設での虐待っていうのはやっぱりストレスだと思いますね、その人たちの。その中でもやっぱり反逆しにくい人を選んで対象にするっていうのが、普通の流れだと思います。

ただ、この先も話してもいいですか?

ミミハムココロ:
はい。

杉本幸雄:
ただ、自分はいじめられながらとか虐待されながらも相手の事をよく見てみてたんですよ。えっと…そうですね、「勝とう」と思ってました。だから、小学校5年生の時に、これよく僕いろんな人に伝えてる話なんですけど「なんでいじめられるか」って考えたら「弱いから」だと思ったんですよ、自分が。自分が弱いからだと思ったんで「いじめられないように強くなろう」って小学校5年の時に思ったんですよ。

その時に自分が思った人生逆転の方法が3つありまして。まあ野球が好きだったんで、まず一つ目が「高校野球で甲子園に行こう」って思った。で、2番目が「ヤクザの親分になる」っていうこと、3番目が「勉強して東大に行こう」っていうふうに思ったんですね。子どもながらに「このどれかになれば、嫌がらせは止まると思いました」。それで小学生ながら自分で考えたのが、「東大に行くのが一番簡単だな」と思ったんですよ。理由は、自分一人で頑張ればいいからなんですよ。野球もヤクザもそれこそ周りの人からの影響を受けるので、結果が出しにくいと思ったんですよ。

なので、小学校5年生の時からもう死ぬほど勉強始めたんですよ。それでやっぱり、良い成績を取るようになってから、だんだんと周りからの扱いが変わってきたのを自分ではっきり分かって。「本当に世の中って大したことないな」って子どもながらに思いました。そんなことで変わるんだっていう感じでそれからもずっと勉強を続けてきて、言ったら「不思議な存在」っていうか「扱いが難しい存在」っていうか「やばいっていう存在」みたいな感じになって、みんなが距離を取るようになって、いじめや虐待はなくなりました。

ミミハムココロ:
「無くなったな」って明確に感じた時期とかはありますか、何年生とか。

杉本幸雄:
そうですね、やっぱり小学校5年生から勉強を始めて、6年生の時には、もうそう思いました。

ミミハムココロ:
その後、中学高校は行かれたんですか?

杉本幸雄:
はい。中学高校大学って行ったんですけど、高校卒業するまでさっき言ってた給食費を稼ぐためのアルバイトと勉強を両方を死ぬほどやりました

ミミハムココロ:
暇な時間とかはありましたか?

杉本幸雄:
ありません、ゼロです。自分の思い出として「遊んだ」っていう思い出はほとんど無いんです。っていうか、よく自分たちの世代でしたら「ファミコン」とか漫画の『少年ジャンプ』とかそういうのが話題に出ることが多いんですけど、私は全然知らない世界です。そう、だから多分それもあって今も別に遊ばないんですよ、あんまり。それは多分遊ぶのに慣れてないんだと思うんですね。仕事をしていない時なんか、ちょっと罪悪感を感じますね。何もしてないっていうのは。なんか「働かざる者食うべからず」っていうのが染みついてるのかもしれないですね。

ミミハムココロ:
勉強自体はどうでしたか、やっていて。気分としては。

杉本幸雄:
ちょっと少し生意気な感じで言うと、おもしろかったですし、簡単でした。それも思い出がありまして。小学校5年の時に隣の席の女の子が、喋ったこともない…まあ私はほとんど誰とも喋ったことが無かったんですけど、隣の席の女の子がテストで90何点取ってる時に自分はと言えば、20何点とかだったんですね、10何点とかという時も頻繁でした、小学生ですよ。その時に90何点っていう彼女の点数が見えて「ものすごい天才だな」って思ったんですけど、その女の子が話しかけてくれて「これってここに書いてあるんだよ」って教科書を示してくれたんですよ。「答えは、ここにあるんだよ」って。

で、私は今でも覚えてるんですけど、革命的な経験だったんですよ。なんでかっていうと、教科書も見たこと無かったし勉強もしたことなかったんで「え、答えが書いてあるの?!」って。「答えが書いてあるなんてずるい、卑怯だ」って思ったんですよ。自分はずっと全部、自力で考えてたのにって。それで「勉強って簡単だな」って、その時に思ったんですよ。「書いてあるじゃん」っていうことで。なので、それからずっと勉強していたんですけど、別に「辛い」とか「難しい」とかって、あんまり思わなかったです。書いてあることを読めばいいし、言われたとおりにやればいいっていう、学校の勉強とはそういう世界だと思いました。

ミミハムココロ:
途中でいじめられなくなったとおっしゃってたんすけど、その後も「東大に行きたい」って気持ちは変わってなかったんですか?

杉本幸雄:
変わってないです。やっぱりいじめだけが問題ではなくて、お金が無くて…まあお金が無いわけなんで、中学とかも高校とかも自分で家賃を払ってたんですよ。だからお金が無いわけなんで自分と自分の人生を切り拓かなきゃ…。あ、あ、良いことを自分で思い出したんですけれど、「普通」への憧れが強かったんですよ。普通になりたい。だから「東大に入れば普通になれるんじゃないか」って思って、頑張ってました。それはもう、頑張って、もっと頑張って、もっともっと頑張っていました。

ミミハムココロ:
実際どうだったんですか。

杉本幸雄:
実際、高校3年生の時の模擬試験で全国1位になったんですよ。で、東大もA判定だったんですよ。だからその時にはもう自分は「勝った」っていう感じで有頂天になったんですけど、実際には東大には行けなかったんですよ。理由は、入ってからの生活費の算段が立たなかったんです。

なぜなら、「入れても勉強しながら毎月の生活費を稼ぐみたいなことがかなり難しい」という状況でした。インターネットもない時代でしたから、知らない情報や救済策もあったかも知れません。だから、その時は本当にものすごい人生に落ち込みました。自分の存在を憎みました。偏差値が高くても東大には行けない。お金が無いと、それも普通レベルのお金が無いと東大には行けないってことを思い知らされて、お金のパワーをすごい感じた時でした。なので、私立の大学で入学金とか授業料とかも免除してくれて、さらに生活費も貸し付けてくれるところがあったので、そこに行きました。

その当時なんですけど、さらに18歳の時に初めて大学のクラスの人たちと一緒に家電の量販店に行って、当時はワープロっていうのが20万とか30万とかしたんですけど買おうと思って。その頃はまだクレジットカード社会じゃなかったんですよ。多分ショッピングローンとかそういう感じだったと思うんですけど、分割払いの申し込みをみんなしたんですね、もちろん、自分も。そしたら自分だけ審査に落ちたんですよ。なのでその時も「自分でもう一生住宅ローンを組めないし、自動車ローンも組めないんだな」っていうふうに、それも思い知らされました。

ミミハムココロ:
大学生活自体を振り返ってどうですか?

杉本幸雄:
大学生活自体はそうですね…結構まあ、苦しかったです。

ミミハムココロ:
理由は、やっぱり勉強とバイトですよね。バイトって言っても、普通の人たちは、大体の人は余暇のためのバイトじゃないですか、デートや飲み会、趣味や遊びのためのバイトっていうか。でも、自分は違います。生きていくためのバイトなので、そういう意味でやっぱり心に余裕が無いし、苦しかったですね。とにかく苦しかったんですよ、人生。起業して上手くいくまでの人生の7割が苦しかったです。

未来:「推譲」っていうのは、今の自分の暮らしで余ったお金とか財産は他の者に譲るっていう、そういう意味なんですけど、それをやるようにしてます。

ミミハムココロ:
今から5年後とか10年後で最後死ぬまでをイメージいただいて、未来に対してどういうイメージをお持ちですか?

杉本幸雄:
そうですね、自分は「関わる人みんなに人生を勝ってほしい」そう思っています。今までのインタビューの中でも「勝つ」とかっていう言葉が何回も出たと思うんですが、普通あんまり、多くの人たちは「勝つ」を使わないと思うんですよ、「勝てました」とか「闘い」とかも。なので、なんか諦めかけてたりとか、うつむき加減で生活したりとか「自分は隠キャだから駄目なんだ」とか思ってるような人たちに、誇らしい人生、自信がある自分で、勝ってほしいっていうふうに思ってるのでそういう活動をこれからも続けていきたいと決意していますし。

あとはやっぱり死ぬ時には…人はみんなどうせ死ぬんですから、生きてる間は自分は一生懸命生きようと思ってるんですけど。関わった人には一生懸命生きて、悔いなく自分も死にたいし、他の人にもそういうふうに思って死んでいってもらいたいと思ってます。

ミミハムココロ:
今の段階で杉本さんは「生まれてきて良かったな」ってもう思えてますか?

杉本幸雄:
はい、思っていますね。なんか苦しい人って、色んな立場で苦しい人っていると思うんですけど、そういう人たちの気持ちがもしかしたら他の人よりは理解できる人間になってるかもしれないので、そういう意味でも、生まれてきてよかったと思います。それこそなんか、私が生誕した役目、ミッションかなと思いました、最近。

ミミハムココロ:
役目。

杉本幸雄:
はい。生まれてきた役目が「そういう苦しい立場の人を理解して、応援して、苦しさから脱してあげる」みたいなことが役目かなと思いました。役割ですね。

ミミハムココロ:
その手段として、今のコンサルの仕事以外に何か別の方法でそれに携わりたいなみたいなのは、今の段階でありますか。

杉本幸雄:
たくさん寄付してます。寄付と今の仕事以外にはやってないです。

ミミハムココロ:
寄付は見つけたら寄付するっていう形ですか?

杉本幸雄:
見つけたらってのは何を。

ミミハムココロ:
そういう例えば、寄付箱とか。

杉本幸雄:
違います。もっとでかい単位でやってます。大きい金額を。

ミミハムココロ:
ちなみにその寄付の先ってのは、もう色々探してる中で見つかったんですか?

杉本幸雄:
そうですね。例えば、神社さんであったりとか、親がいない子供を支援する団体だったりとか、片親家庭を支援する団体だったりとかっていう、そういうところです。

ミミハムココロ:
あんまり今でも遊ばないとおっしゃってましたけど、どこか行きたい所とかありますか?

杉本幸雄:
別にありません。ていうか私は家にだいぶ長い時間、いつもいるんですよ。もちろん毎日ほんの少しは外には出てるんですけど、なんか賑やかな所とかには行かないし。なんかよくある「旅行に行きたい」とか「海外に行きたい」とか「温泉に行きたい」とか全く思いません。遊ぶ習慣、お金を使う習慣があんまり無いんですよね。

ミミハムココロ:
じゃあもう自分に対してお金を使うってのは、本当に今も全然しない。

杉本幸雄:
そうですね。何か贅沢なものっていうのは持ってないですね。パソコンが一番高いかもしれないですね、自分の持ち物。あとはスーツかな。スーツとパソコンが一番高いかもしれないですね。あの、「推譲」っていう言葉がありまして、二宮尊徳さんの考え方なんですけど。スイってのは推薦、推しっていう「推」ですね。ジョウってのは「譲」っていう字なんですけど。

「推譲」っていうのは、分相応の自分の暮らしをして、余ったお金とか財産は他の者に譲るっていう、そういう意味なんですけど、それをやるようにしてます。資本を再配分するってことですよね。だから、車とかマンションとか腕時計とか、なんかアクセサリーとかは全然欲しいって思ったことないですし、実際に持っていません。

ミミハムココロ:
日々の食事はどうですか?

杉本幸雄:
日々の食事は、食材には気を付けているので、良いものを食べてると思います。

ミミハムココロ:
どうして気を付けられてるんですかね。

杉本幸雄:
まあやっぱり子どもの頃から、厳しい、苦しい、そういった環境だったので、肌が悪かったりとか…あとはお腹の調子が悪かったりっていうのは子どもの頃からずっと続いてまして。頭痛もあったりしています。なので、それをやっぱり…すごい悪くなると苦痛なので、それを避けるために食材に気を付けてるって感じですね。口に入れたもので、人間の身体は出来ているので。ダイエットとか美容ってすごい贅沢なことだと思うんですよ。余裕のある人がやることですよね。ちょっと今数字を忘れちゃったんですけど、世界で肥満で死んでる人と餓死して飢餓で死んでる人って、肥満で死んでる人の方が多いんですよ。ちょっと今の話とズレちゃいましたけど。

ミミハムココロ:
あ、いえいえ。基本的には自炊ですか?

杉本幸雄:
外食と、あと買ってきて食べるってやつですね。

ミミハムココロ:
普段生きていて「何か相談したいな」って思った時に、最初に誰が思い浮かびますか?

杉本幸雄:
誰も浮かびません、子どもの頃から「相談したい」って発想しないんですよ。それが隠キャとか内向的な人の特徴の一つでもあるんですけど、自分で考えて自分で勉強して自分で解決するみたいなのが身に付いてます。すごい、ぼっちですよね。

ミミハムココロ:
どうですか、要は誰かの相談を受けたりしてるわけだと思うんですよ、コンサルって。それ自体はどうですか。

杉本幸雄:
それ自体は本当にやりがいもありますし、あとやっぱり責任も感じてますね。人の人生を大きく転換することもありますから。さっき野球が好きだって言ったんですけど、野球見ていて思うんですけど、どんな指導者と出会うかっていうので、その選手の未来が大きく変わるってあるじゃないですか。だから、私も自分のクライアントが悪い方に大きく変わらないように、すごい気を付けています、相談を受ける時に。

ミミハムココロ:
具体的に気をつけてることとかってありますか?

杉本幸雄:
ありますね。やっぱり事実をきちんと理解しないで、思いつきでアドバイスや提案を言うみたいなことはないようにしてますし。あとは、やっぱりその人の特性とかその人の事情とかってのがあるので、その人の現状を大切にするように気を付けています。それは多分、おそらく自分がそういうふうにしてもらってなかったんですよ。なので、人にはみんな事情があるっていうのは、よく思っていますね。

ミミハムココロ:
その考えは起業されて最初の頃からできていたんですかね。

杉本幸雄:
いやあ、できてないですね。やっぱり自分に余裕が出てからですね。最初は本当にキャッシュフローを回すのが大変だったので…起業してからも借金をしてるんで、やっぱり最初はそんな余裕は無かったです。

ミミハムココロ:
ちなみに野球は今でも観たりはするんですか?

杉本幸雄:
だいたい毎日観てます。

ミミハムココロ:
毎日。

杉本幸雄:
やってる時は、パ・リーグTVで観ています。

ミミハムココロ:
実際に観に行かれたりはしますか?

杉本幸雄:
今年は行ってないですね。ただ、行く時はありますよ。

ミミハムココロ:
何か「これやらないと死ねないなあ」みたいなものはありますかね。

杉本幸雄:
ありません。自分が、毎日全力で生きてるつもりがあるんですよ。なので、別に無いです。悔いが無いって感じですね、やり残してる事とか。睡眠時間もすごい少なくて、寝ようと思って寝ていないんですよ。寝ちゃうってやつなんですよ。寝落ちするっていうのが毎日なんです。

ミミハムココロ:
疲れ果てて。

杉本幸雄:
その通りです。エピソードとしては、以前、歩きながら寝たことがあります。「これ危ないな」と思ってすごい気を付けるようになりました。「あ、寝ちゃった」みたいな。よく子どもが自転車に乗っけられても寝ちゃうみたいなのあるじゃないですか。「自分もああいう状態なんだな」と思いました。

ミミハムココロ:
体に支障とかは無いんですか?

杉本幸雄:
はい、特段何も無いです。

ミミハムココロ:
今の生活は体が続く限りは続けるつもりですかね。

杉本幸雄:
はい、そうですね。一応、何か変えなきゃなみたいなきっかけが無ければ、まあ続けられたらいいと思ってます。風邪もひかないと決めていて、実際にひきません。

ミミハムココロ:
最後、言い残したことでもこのインタビューの感想でも遺言でもいいんですけれども、一言いただければ。

杉本幸雄:
はい、ありがとうございます。
陰キャとか、ぼっちとかコミュ症みたいなことで、自分のことを劣等感を感じていたりとか「悪いこと」って思ってる人はいると思うんですけど、それ自体は全然悪いことじゃないんで。それを直そうとかって、思わなくてもいいと思うので、自分の特性は活かして、自分を諦めないで、自分に期待してほしい、自分の人生は自分で操縦するものだっていうのが伝えたいことです。 最近は「本気で生きれば、誰でも人生変えられる」をスローガンにしているビジネスコミュニティで集客や営業を学べるカッコイイ大人の会の、「陰キャ自由が丘支部」の運営も支部長としてスタートしました。毎月24日で、内向的な方が稼ぐ能力アップをコンセプトの一つに掲げて、学び重視の会なので、他の交流会が苦手な方にも役にも参加しやすくなっています。それにZOOMの開催の回もあるので、全国から参加可能です。だいたい半分くらいの方が初参加です。

また、インタビューは自分のことを思い出して言語化するのは、やっぱり自分の当時の映像とかも浮かんだんで良かった…良い時間になったと思うので、すごい感謝してます。ありがとうございます。

あとがき

杉本幸雄さん、ありがとうございました。

つくづく思いますが、自分で自分をコントロールするっていうのはとても難しいことです。夕方に観た映画にひどく感化されて込み上げた熱というかやる気がいったいどうして一晩寝ただけで消え去ってしまうのか、いつもいつも不思議で仕方ありません。結局「思い立ったらすぐやること」と「習慣にしてしまうこと」の2つが最強だと頭では分かってるんですけどね。

最近だと「朝起きてすぐベッドを綺麗にする」と「使ってない充電コードは抜いて綺麗にまとめる」という2つが僕の生活習慣に新たに仲間入りしました。こいつらも最初は忘れることが多かったですし、体に叩き込むまでになんとも時間がかかりました。

なんか僕は完全に習慣になってしまったあとの満足感も好きなんですけど、習慣になるかならないかの合間で苦しんでいる時期の方が好きです。「自分ってほんまに意思が弱いなあ」という情けなさと「まあ逆に人間らしくて可愛いとも言えるか^^」という甘えがせめぎ合ってる時期です。

ちなみに次の目標は「朝ごはんを毎日自炊する」です。

【インタビュー・編集・あとがき:ミミハムココロ】

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