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無名人インタビュー:親がいなかったし、生き方について親から否定されないので、思った通りに人生を生きる、そういう発想だった人

今回ご参加いたいだいた方は物理学博士。「世界一」になった経験もある博士です。
が、今はオンラインビジネスに携わっていて(いちおう学会に籍はあるそうですが)、悠々自適に暮らされているそうです(悠々自適は私の聞いた限りのきわめて私視点での感覚ですが)。何gfhで、この人は、こんなに明るくて楽しそうなのかな、と思い、そこを見つけるためのインタビューになったかと思います。
私、幸せなんてものは人それぞれだし、主観的だし、数値化しにくいし、だからあんまりその定義、その醸成、その維持については考えないほうがいいんじゃないかと思ったりします。
そう、幸福ということについて考えないのが幸福だ、と。
まあ、はは、自分の話をしてしまった。
ということで内田さん回、お楽しみください。あなたなりの幸福ポイントの発見を、このインタビュー閲覧がもたらしてくれますようにと。


今回ご参加いただいたのは 内田敦子 さんです!

現在:物理学者で事業家

qbc:今、何をされている方でしょうか。

内田:物理学で博士号を取っていて、物理学者もしてるんですけど、そっちは今、少しゆっくりやってます。
もうひとつはネット関係で、最初は副業で収入を得るための仕事という位置づけだったんですが、お金は稼げるようになってきたので、今はその延長で、会社で売上を立てて、財団を作って、研究費に回そう、という事業を進めています。

qbc:なるほど。

内田:2010年ぐらいからアフィリエイトをやっていて、通販とかの商品を紹介して、広告収入を得ていました。月数百万くらいになってきたので、いろんなところに出かけてセミナーしたりイベントしたりして遊んでました。
それで、3年くらい前から帝王学を学びはじめて、そこで知り合った仲間がネットを使わないビジネスをしていたんですね。何かのサービスをして対価を得るっていうビジネスで、そういうの良いなって、その友達を見て思ったんですよ。
私はそれまでネットでしか仕事をしていなかったんですが、それって人がいないところでお金だけ増えてるみたいなビジネスなんですね。誰が買って何をしてっていうのが、あまり見えてこない。

qbc:そうですね。

内田:で、今まで自分が培ってきたネットの知識で、その知り合った友達の事業を応援したりできないかなって。
ホームページを作ったりとか、講座の導線作りをしたりとか、オンラインサロンの立ち上げをお手伝いしたりとか。そういうオンライン化をするお手伝いを始めました。
これまでのアフィリエイトを全部捨てて、また違うネットの仕事を始めた感じです。人のプロデュースですね。
それで今年からは、オンライン秘書、事務局代行の体制を整えて、もっと多くの人をサポートできる事業にしよう、と思っています。

qbc:同時に何名くらいサポートされているものなんでしょう?

内田:今、10名ぐらいですかね。

qbc:具体的には、どんなことをされるのでしょうか?

内田:システム周りのサポートです。料理教室や何かしら教える講座を始めた、みたいな人たちに対して、ホームページを作って管理とか、決済ツールの導入をサポートしてます。
オンライン講座一式と言ったほうがいいかな。一人一人案内を送って返信して、みたいなそこまで自分でやらなくていいんじゃないかなっていう状態に、簡単なシステムを入れる、っていうのを今やってます。
あとは、講座として喋れるけどテキストになっていないとか、動画の撮影編集もできるので、動画教材作りの手伝いとか。

qbc:なるほど!

内田:ITで困ってる人は多いから、もっといろんな人を助けたいなって思っています。メールの設定ができないとか。
私は簡単なことをしているつもりなんですけど、Canva​​使ってバナーを作ったりとか、簡単なイベントのチラシを作ったりとか。さっとできるんですけど、それだけでも喜ばれたりします。
そんなに難しくないけど、求めてる人は多いなっていう。個人でいろいろやりたいことがいっぱいあるんだなって。

qbc:ちなみに、今、物理学の方はどういう形態でお仕事されているんですか?

内田:大学に登録だけして、給料はもらってない感じですね。好きなときに研究しに大学行っていいっていう感じで。

qbc:なるほどそういう。十分稼げていたアフィリエイトを辞めて、サポートのほうの仕事に専念するようになった大きなきっかけはあったんでしょうか?

内田:1人で仕事をしていると、自分を活かしきれてないなっていう感覚がありました。それから、もっと事業を大きくしていくために、今までやってたことと違うことをしたいなって思って。
それから、相手と話をしながら本当にやりたいことは何なのかっていうことを見つけるのが好きなんですよ。やっちゃいけないと思っているところのブロックを外して、自分はこれができるんだって思ってもらうのが楽しいですね。

qbc:拠点は、今どのあたりに?

内田:数年前までは毎日どこかに出かけてましたけど、今は渋谷にオフィスがあります。
ここでセミナーやったりとか、1人で仕事したりとか。オンラインの仕事がメインなので、あとは外で誰かと会うとか、サイト作ったりしてるかとか。

過去:こうしなさいとかは全然言われてこなかった

qbc:お子さんのころって、どんなお子さんだったんでしょうか。

内田:うちは大分変わっていて。1歳のときにお母さんが病気で亡くなったんですね。あとお父さんと、お父さん方のおばあちゃんと暮らしていました。
お父さんが昼は仕事してて、夜は麻雀で遊びに行ってしまうので、一緒についていってました。私もわりと家にいない子でした。

qbc:はい。

内田:お父さんが、私を野生児として育てたいみたいな思いがあったみたいで、勉強とかしなくていい、ワイルドに外で遊べって感じでした。木に登ったりとか、裏山で遊んだりとか、そういう。熊本で育ったんですけど。
ただ、いつも一番を目指すって意識で何でもやってました。自分がやることは全力でやる。学校の課題もそうだし、友達と遊ぶときもそうだし。とにかく世界一を目指すみたいなのは、小ちゃいころから何となく思ってて。

qbc:おお。

内田:小4ぐらいから、ちょっと太ってきたので、それぐらいからちょっといじめられたりとかあって、学校へ行かなかったんです。でも特に「学校へ行け」っていうのもなかったので、家でゴロゴロしてゲームとかして遊んでたんですけど。
10歳か11歳ぐらいのときから父親が具合悪くなって、病院に入院したりしてて。中学校入ってすぐ亡くなったんですね。

qbc:おおお。

内田:学校は、小6まではほとんど行ってないんですけど、中学からすごく楽しくなってきて、絶対休まないみたいな感じになりました。
なので、お父さんは亡くなったけど、もともと具合も悪かったし楽になったねっていう感じで、自分は学校を楽しんで生きておりました。落ち込むとかはなく。

qbc:そのときって、だれと一緒に住んで生活されていたんですか?

内田:そのときはおばあちゃん。半分ボケてたんですけど、介護とかはしなくて良かったので。父親方の実家に住んでいました。
子どものころについて、何が言いたいかというと、特にあれこれ言われず、好きに生きてたってことですね。こうしなさいとかは全然言われてこなかったので、自分の人生は自分で決めるみたいな感じの育ち方しました。

qbc:現在のお話で「一番になりたい」という気持ちがあるということでしたが、それって何からの影響だったんでしょうかね? 

内田:わかんないです。幼いころ、「シティーハンター」とかすごい好きで見てたんで、それの影響かなって思いますけど。漫画とかアニメとか、そういう影響かな。今も好きですけど。
保育園とか。小学校へ入る前くらいに、アニメで見てたんですよ。
他には鬼太郎とか。ジブリとかディズニーは、全く見てないです。ちょっと戦うみたいな、そういうのばっかり。悪と戦う。

qbc:なるほど! その後、どういう経緯で物理学の道へ進まれたのでしょうか?

内田:特に何もないんですけど。自然科学っていうか、何でこうなるのっていうのがわかるっていうのが、中学ぐらいからすごい好きだったので。
でも高校入ったときは医者を目指していて、最初は医学部へ行こうとしていたんですけど。

qbc:はい。

内田:中3の冬に入った学習塾の塾長が「人生とは」って語る人だったんで、全力で生きようって思ったんですよね。それで高校はすごく勉強にハマって。
中学校3年間は、学校は好きだったけど勉強はそんなにしてなくて。授業は真剣に聞くけど、復習とか勉強はしないみたいな感じで、成績は真ん中ぐらいでした。一番の高校に行きたいと思いつつ、全然行けず。中途半端な進学校へ行きました。
ただ、学習塾に通うようになって、勉強がすごいできるようになったんです。それで勉強がメチャクチャ楽しくなって、もう勉強以外しない感じのちょっと偏った生活になりました。
医学部へ行きたいってずっと言ってて、医学部は受けたんですけど落ちて。たまたま塾にいた尊敬していた先生が、物理学科出て会社の社長をやっていたんです。

qbc:はい。

内田:物理学に進んだのは、その先輩に憧れてたっていうのと、医学部落ちた後、当時数学が得意だったんで数学科へ行こうかなと思ったけど、「数学科は、ちょっと何やってるかわかんないと思うよ」ってまわりから言われて。高校の数学が得意なんだったら、大学で物理やるとちょうどいいと思うよって。
あとは、高校の担任が物理の先生だったんですけど。熊本大の理学部出てる、ちょっと変わった先生だったんです。「君が熊大へ行ってくれると、国の宝になるから」みたいな、ちょっとよくわかんないこと言われて、そうかって思って受けちゃったんですね。何も考えずにどこでもいいやって思って受けて、受かって、そのまま入って。

qbc:その流れでそのまま受かるところがシンプルにすごいですよね。

内田:私、医学部受けるってまわりに言ってたんですけど、結局受けなかったんですよね。
それで、高校のときに憧れてた塾の先輩の真似して仕事ができるようになりたかったんですが、仕事もできず怒られてばっかりで。

qbc:まあ、そんなすべてがうまいこと行っていたわけでもなく。

内田:大学の4年間怒られ続け、大学卒業のときに就活してなかったのもあって、院に進学したんです。バイトし過ぎて研究できなかったんで、院こそは研究するぞと思って進学したんですけど、結局バイトしてて、あんまり研究ができず。
ただ、院に入って知り合った先生が東京の大学の教授で、その人はすごく面白かったんですよね。その人が世界一の研究してたので、私も先生のとこで勉強したいって言って、大学院の2年のときに国際会議に呼んでもらって。
そしたら、「うちに来るなら来いよ」みたいな感じで気持ち良く受け入れてくれたので、受験して。それで24歳から東工大へ進学して、やっと研究するっていう。

qbc:あ、それまではどちらに住まわれていたんですか? 

内田:それまでは熊本県です。熊本市。

qbc:それまでは、特に東京に来ようとは思っていなかった?

内田:特に来たいとかはなかったですね。
予知とか好きなんで、何かで東京へ行きそうな気がするみたいなのはあったけど。

qbc:おお。いつごろから予知を?

内田:20歳ぐらいですかね? 思ったら叶うっていうか。20歳過ぎぐらいから、思ったことが叶ってきたなっていう。
28歳で世界一取りたいと思って、28歳のときにたまたま、世界一を取ったんですよ。チームなので自分だけの力じゃないですけど、思ったら叶うんだっていうの体験しました。

qbc:世界一ですか! どういう?

内田:私は27歳で博士号を取ったんですけど、そのときに国から研究費と給料をもらえるテストにも受かったんですよね。
で、卒業後1年間好きなとこへ行っていいって言われたので、知り合いの先輩が行ってたアメリカの国立研究所に行きました。
そこの研究所で、メチャクチャでっかい磁石みたいなののでかさで世界記録を取りました。

qbc:なるほど。

内田:28歳で世界一になったらいいなと思ってたんですけど、28歳の誕生日過ぎてすぐ「来週、世界一に挑戦する」って言われたんですよ。早いな! みたいな。
磁石って電気を流したらできるんですけど、町1個分の電気代を使うみたいな実験でした。失敗はできないぞって。
日本だと実験をするときにチームって感じじゃないんですが、アメリカだとすごいチーム感があって。私は比熱を測定するポジションでした。熱を測ってエネルギーを見るっていうのをやってたんですけど、マイナス273度っていう絶対零度の直前まで下げて、電子とか原子がどう変わるかを見るっていう実験なんですけど。そこに大きい力をかけたら普段見れないものが見れるから、大きい力をかけるっていうことで。
それを見るために別の研究室の人の研究を使って、いろんな人の力を使って実験を作るんですよね。だから、1人じゃできないけどチームだとできるっていうことを、そのとき体感しました。

qbc:なるほど。そこまではバチバチに物理学って感じですが、そのあとどういう流れで今のサポートの仕事をしようとなっていったんですかね?

内田:アフィリエイトやってても自分が成長しないなっていうのがあったんですよね。1から仕事を作り直そうって思った感じ。
私は、依頼されて何かを返すっていうことをあまりしたことがなかったなって。アフィリエイトって、やっぱり自分で商品を選んで、自分のペースで作って、成果報酬なので売り上げが上がらなかったら赤字っていうか、自分の時間がなくなるだけで。私、あんまり赤字にならなくて、マイペースでやってたんですけど。
でも、相手がいる仕事ってなると、自分のやりたいことと、相手の求めてることが違うなっていうことが結構多くて。こういうことはやったことがなかったんですよね。日々、勉強です。

qbc:でも、生きていく分には、アフィリエイトだけでも良かったのでは? 

内田:1人で仕事をしていくっていうのは、先がないなって思った感じですかね。
アフィリエイトしてる子たち同士で遊んでも、特にこれというお金の使い道がなかったんですよね。
一方で、帝王学の勉強会で知り合った友達だと、いろんな課題を抱えていて、その課題を乗り越えてみたいなことをしている。
私、何も乗り越えてないなって。
アフィリエイトだと、相手の応援ができない辛さがあったかな。

qbc:アフィリエイトを止めてサポートする方に切り替えるのって、勇気が必要でしたか?

内田:あんまり考えてないんで、こっちでいこうって思って、そっちにいった感じ。

qbc:内田さんが、人生で一番大事にしているものは? 

内田:「今を生きる」

未来:世の中を変えたい

qbc:未来についてお伺いしていきます。5年後、10年後、こうしていたいといったイメージはありますか? あるいは、死ぬときにはこう思われていたいとか。

内田:地球に貢献したいという気持ちがあります。今やってる事業を大きくして売却してっていうのを何回かやって、Googleみたいなプラットフォームじゃないけど、世の中の根底を変えるような、役に立つようなことができればいいなと思ってます。
研究所を作りたいというのもあるんですけど、この2つがいつか合体するのかなとも思ったり。

qbc:なるほど。

内田:今、目の前でできることっていうのは、人と人をつなぐっていうことですね。
これやったらこうなるとか、この人とこの人が組んだら合うとか合わないとか、そういう感覚が私は優れてるようなので、人をプロデュースして、かつ、その人と合う別の誰かをマッチングできたらと考えています。
今は個人の時代なので、個人ができることを最大限にして、1人ではできないチームをいろんなところで作っていくっていう活動をしていきたいです。

qbc:なるほど。今のお仕事で、一番楽しい瞬間って、どんなときでしょうか。

内田:相手が「本当にやりたかったことはこれなんだ」と気づくきっかけになれたときが一番うれしいです。
人を助けたいという想いは、医者になりたいだとか、小さいころからあって。研究して世の中を変えたいだとか。
昔から変わってないのは、何かを変えたいという思いと、世界で一番になりたいという思いですね。
で、せっかく変えるなら、世界をドンって変えた方が良くない? と思うんです。1人の人生を変えるより、数億人の人生を変えた方がいいのかなって。

qbc:なるほど。内田さんって、周囲の人と感覚がズレてるなと感じたことははありますか?

内田:なんとなく。熊本では。
熊本では、みんなわかってくれなかったんで、東京へ来たっていう感じです。ここにいたら腐るわと思って。もったいないなと思って。
別に、東京でなくてもよかったんですけど、親がいなかったし、こうしたい、ああしたいっていうのは、伝記を読んで覚えました。生き方について、あれこれ親から否定されないので、思った通りに人生を生きる、そういう発想だったんですよね。
周りの人なんかは「親がこう言うから」とか、自分の人生を自分で決めてないところがあったんで、「なんで自分で決めないんだよ」みたいな話をしても、通じなかったりとか。

qbc:はいはいはいはい。

内田:地元では、「世界で一番になりたいと思う」とか言って、「そんなんできるわけないじゃん」みたいな話をされて。なった人からしてみれば、できてるやんって思うわけですよ。だから、できないっていう考えはあんまり理解できなかった。だから、ダメだなと思って。環境を変えないといけないなと思って。

qbc:内田さんの嫌なことって何ですかね? 

内田:自分を否定されることはダメだなって、最近思ってます。
私じゃないとできないことをしたいっていうことがあるので。特に、仕事とかで誰がやってもいいようなことを言われると「誰でもできることなら私はやらない」みたいな。特別な存在になりたいっていうのがあるんじゃないかな。

qbc:なるほど。特別っていうほどのことではなく、内田さんが内田さんであるということですよね。

内田:そうです。

qbc:そうですよね。それはすごく自然なことだと思います。

内田:はい。

qbc:「無名人インタビュー」では「もしもの未来」をお伺いしています。もしご両親とも健在だったら、どうなっていましたかね?

内田:きっと、けんかするだけだと思います。それでも家を出て行ってたんだろうなと思います。言うことはきかない。

qbc:人生で選択することってあると思うんですが、その選択で後悔されたことはありますか?

内田:間違った選択とかは気にしてないです。たとえ思い通りにならないことが起きるとしても、自分にとってはベストのことが起こってるからって感じです。そういう感覚がだんだん強くなってきています。

qbc:今、不満ってありますか? 

内田:今、事業を大きくやりたいなって思ってて。まだまだこんなんじゃないなって。
でも今年は弾ける感じなので、もうちょいかなっていう感じです。
いつも成長したいと思ってるんです。

qbc:成長というのは、どういう感覚ですか?

内田:同じことをやらないっていうか、いつも新しいことをやりたいという感じ。

qbc:最後に、言い残したことがあれば、お伺いします。

内田:ないですね。

qbc:やりたいことを着実にやられている方だなと思いました。

内田:直感っていうか、今、これをするっていう降ってくる感じがあるので、思ったことはすぐやる。やりたくないことはやらない。
研究してればいいんでしょうけど、研究仲間でも大分アウトローなんですよね。アフィリ界でもアウトローみたいな感じで。

qbc:なるほど。ありがとうございました。

内田:ありがとうございました。

あとがき

人は世につれ・世は人につれ。
そういうものです。社会的動物っていうくらいですからね人間はもう、もう、もう、世の中という環境に波風たてられやすいという。
なんちゅうかさ、人間には自我があります、しかし周囲からの影響を受けるってことはさ、その自我ってほんと、独立した存在なのかなって思います。例えば親ガチャっていうけど、それは自分の生活、自分の心、もちろん自我にも長きに渡って侵襲くわえてくるってことでしょう? そういう影響を受ける自分っていうのは、ぜんぜん独立なんかしてなくない? て。
いや、まあ、ほんとお金持ちで人におもねることがなくとか、ほんと自由気ままな性格で他人の目線なんか気にしない、てことならば独立独歩なのかもしれんけれども。
でもさ、やっぱり、環境は人間に影響を与えるという仮説のもとで言えば、今回のインタビューご参加者のお話は、ご両親を亡くす、あまり学校に行かなかった、など希少な状況で、ひとつの例の軸になるのかなと。
つまりインタビュー参加者の自由な生き方の背後には、あまりとやかく言って子育てするとその人の能力を縮こませてしまうのではないかなと。
どう? 思います?
ということで、あなたの感想をお待ちしております。コメント欄に、忌憚のない皆様からのご意見をお待ちしております!

編集協力:有島緋ナ

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