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誰もが輝ける社会の実現に向けて発信している人

溺れている夢を見た。ベッドで溺れている。
二階建ての家。そこで寝ていた。確かにその日は大雨だった。夕方から雨足が強くなり、確かに水の量は多かった。でもま、家を浸水してしまうほどではなかろう。
そもそも二階だ。私は二階で寝てるというのに、そこまで水位があがってくるなんて、雨程度じゃ、そんなになるはずがない。
でも、なったのだから仕方あるまいに。
そう、仕方あるまいのだ。
そうだ。
雨が降る。
実際、雨音で目が覚めた。雨音というか、ぴちゃぴちゃ、ペットボトルが浮かんでいる音で目が覚めた。目覚めて、まっくらで、手を伸ばすと、水で、水が、周囲に水があふれていたのが分かった。一瞬、スマホが、パソコンが、電化製品が、と思ったが、もう、その瞬間に、私は死ぬんだなとわかった。
今日の無名人インタビューもお楽しみくださいませ。
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは かわうそ さんです!

現在:以前は去年までは、どちらかというともう僕なんてもう生きててもしょうがないやんみたいなそんな感じだったんですけど。今は逆にやりたいことがいっぱいあったり、他の病気を抱えてる人たちのためにいろんな活動をしたいとかっていうふうに何か生きたいって思える自分が好きですね。自分で存在価値を見出したっていうか、そういうのはあれですね。

JYO-RI:今何してる人ですか?

かわうそ:今は、障害者年金の申請をしながら音楽活動をしたりですとかnoteを中心とした発信活動、そして政治家の先生と繋がって、フリーランスのインボイス制度とかあるじゃないですか、そういうのを廃止する運動を応援したりだとか。
私、病気を患ってるんですけれども、その病気に対する差別や偏見をなくすために、活動をするとかっていうことをやってますね。

JYO-RI:たくさん活動されてる中で、一番力いれてることはございますか?

かわうそ:音楽活動ですかね。

JYO-RI:どんな音楽活動されてるんですか?

かわうそ:作曲になるんですけれども。私は作曲まだ初心者なんですけれども、こないだYouTubeとTwitterに初めて僕が書いた曲を投稿しまして、そしたらエイベックスに所属しされてたミュージシャンの方から君は才能があるからもっと歌頑張った方がいいとかっていうふうにお褒めの言葉をいただいたりして、それで今音楽頑張ろうと思ってるんですけど、なにぶん機材がまだ揃ってないので、障害者年金がおりて、収入が得られ次第、機材を拡充してどんどんとできることを増やしていくっていうのと。あと一つユニットを組みませんかっていうお話をいただいてるんですね。まだ具体的な話とかまだ決まってないんですけど、そういったお話もいただいてますね。

JYO-RI:この音楽活動ってどれくらい前から始められたんですか?

かわうそ:音楽自体は、二十歳のときなので5年ぐらい前にベースをやり始めて、その時は作曲とかはやってなかったんですけど、作曲を始めたのは今年からですかね。

JYO-RI:今年の1月くらいって感じですか。

かわうそ:そうですね。2月ぐらいに書き始めて、3月の初めぐらいにできて投稿したって感じですかね。

JYO-RI:音楽活動に至った何か理由とかってあったりするんですか?

かわうそ:まずですね、私、病気をしてて、同じ病気を抱えている人に向けて何か表現できないかっていうのを考えたときに絵とか僕、すごい苦手だったんですよ。絵とかじゃ無理だからどうしようかなと思ったら知り合いに作曲家がいるんですよ。
それで作曲やってみたらっていうふうに、誘われまして。じゃあやってみようかなと思ってちょっと作ってみたっていう形ですね。

JYO-RI:なるほど。ちなみにその5年前にベース始められてから、その作曲に至るまではどんなことしてたのですか?

かわうそ:アンケートモニターとかやってましたね。例えばスマートフォンの新機種を事前にテストする使い心地とか画面のサイズが大きい小さいとか、あと使い心地はどうだとか、あと画面のレイアウトが使いやすいかとかお年寄りにも簡単スマートフォンだと何か使いやすいかとか、そういうテスターとかをやってましたね。

JYO-RI:音楽に関してどんなことされてたのですか?

かわうそ:ライブとか中心にやってたんですけれど、コロナに襲われましてライブのお話が全部なくなってしまったので、それで一旦音楽やめちゃったんですよ。また最近になって作曲っていう形で復活したみたいな形になるんですけど。

JYO-RI:復活したのはお知り合いの方に誘われてってことだったんですか?

かわうそ:そうですね。はい。

JYO-RI:作曲を始めようと思ったときの、作曲に対する印象は?

かわうそ:ベースって演奏者側じゃないですか。コロナでバンドのお話がなくなったときに、仕事が自分で作れないなと思って。作曲家なら曲作る側だから自分で仕事を作れる側だから、ある程度演奏家に比べたら強みがあるんじゃないかなって思ってやり始めたっていう感じですかね。

JYO-RI:次に、ご病気の方を差し支えない範囲で教えていただいてもいいですか?

かわうそ:統合失調症と、パニック障害と強迫性障害を患ってます。統合失調症の話でいうと、主に幻聴ですね。幻聴がすごい聞こえる。例えばですけれども、他人に対して本当は思ってないのに、こんなやつ、もう早く死んでしまえとかっていうのが頭の中で響いてくるんですよね。そういう声が。それが他人に対してか家族に対してもそうなんですけど。
それとあと不眠で夜寝れなかったりとかというゆううつな気分であったりとか。パニック障害は映画館とか電車の中とか、何ていうんですかね、閉じ込められるっていうんですかね、建物とか。場所にそうするとすごいあの不安感が出るっていうか震えが止まらなくなるっていうんで。
強迫性障害に関して言うと、自分は何もしてないのに何か重大な犯罪を犯してしまったんじゃないか、ニュースに載ってるんじゃないかと思ってニュースで自分の名前検索したりとかっていうのがありますね。今はその症状は薬で抑えられてはいるんですけど、主に今は統合失調症で苦しんでるっていう感じですかね。

JYO-RI:インボイス制度廃止の活動のきっかけは?

かわうそ:僕が作曲家を目指すときに、その作曲仲間から税金の話をされたんですね。今まだ君は無名だけれども、もし今後仮に有名になったときに、税金でインボイス制度が変わってくるぞというふうに言われて。親戚にも税理士がいるんですよ僕の。税理士やってた人がいて、その人も文化芸術関係でフリーランスでやるなら気をつけろよとかっていうふうに言われたので。
調べてみたらとんでもない制度だったので、これは何とかしなきゃいけないなと思って。あちこちいろんな政治家の先生に、DM送って何とかしてくださいとか応援してますとかっていうのをやったりしてますね。

JYO-RI:時間があったらやりたいこととか、趣味みたいなものとか、何かあったりしますか?

かわうそ:料理ですかね。

JYO-RI:へえそうなんですね。

かわうそ:簡単な料理なんですけど、家族と今一緒に住んでるんですけど。家族がみんな仕事で出かけるとき、僕1人になるわけですよ。例えばお昼1人だったら自分で簡単なものを作ったり、夜ご飯も家族仕事から帰ってきて疲れて大変だろうから、夜ご飯作っといたよとかっていうしたりとかっていうふうにはしてますね。

JYO-RI:ちなみにご家族、どういう構成で住まわれているんですか。

かわうそ:祖父母と父ですね。

JYO-RI:得意料理とかあったりするんですか?

かわうそ:得意料理は肉団子ですね

JYO-RI:おーいいですね。おいしそう。

かわうそ:甘酢餡のね。甘酢餡作って絡めてね。

JYO-RI:いいな、ふうん。

かわうそ:そういうのが得意ですね。

JYO-RI:今の自分の好きなところはどんなところですか?

かわうそ:以前は去年までは、どちらかというともう僕なんてもう生きててもしょうがないやんみたいなそんな感じだったんですけど。今は逆にやりたいことがいっぱいあったり、他の病気を抱えてる人たちのためにいろんな活動をしたいとかっていうふうに何か生きたいって思える自分が好きですね。自分で存在価値を見出したっていうか、そういうのはあれですね。

過去:それで母が裁判を起こしたときに父がすごい僕につらく当たってきて母に直接文句言えないから、僕しか当たる人間なかったんでしょうね、きっと。もうお前のせいで俺の人生狂ったぞとかって言われて。そのときはもう本当つらかったですね。中学校の時。もう本当つらいながらも明るく振舞って学校生活やってたみたいな感じですね。

JYO-RI:子供のときはどんな子でしたか?

かわうそ:私ちょっと家庭環境がちょっと複雑でございまして、物心つく前に父と母が離婚したんですね。その時に親権をどうするかっていう話になったときに、母の実家が自分で言うのもなんですけど、資産家だったんですよ。初孫だったので僕を跡取りにっていうことで母の母に引き取られて、跡取りとしていろんなことを教えられましたね。振る舞いであったりだとかもちろん勉強もそうですし、民宿をやってたのでその民宿の手伝いとか、もうそうですねやってましたね。
そういう何て言う、帝王学じゃないですけど、資産を受け継ぐに値するように、その礼儀作法とかっていうのはすごいしっかりと教育されたっていう感じですかね。
あとひいおばあちゃんがすごいかわいがってくれて。一緒に畑仕事やったりだとか一緒にお風呂入ったりだとか、水戸黄門見たりとか。なのでわりかし結構古いものが好きというかそういう子でしたね。

JYO-RI:小学校に入るまではどんな子でしたか?

かわうそ:小学校に入るまでは保育園に預けられたんですよ。母が実家の民宿を手伝ってたもので僕を面倒見る人がいないっていうことで、保育園に預けられたんですけども。保育園ではもうお母さんと離れるのが母と離れるのがすごく嫌で、ずっと何か泣いてるっていう感じの子。でもそれも保育園に慣れてきたら、今度砂場があるじゃないですか。
砂場に顔を作って水を流してっていうは、そういう遊びをずっとしてて、水の使いすぎたとかって怒られそうなんかそういう何かを作ったりとか、何かをいじったりするとかそういうことが好きな子でしたね。

JYO-RI:小学校に入ってからはどんな小学生でしたか。

かわうそ:小学校に入ってからだと、家庭環境のことで言うと、僕の叔母の母、要は僕の叔母が結婚しまして、子供が生まれたんですよ。その子、重度のダウン症なんですけど、家族会議が開かれまして本当は僕を跡継ぎにするつもりだったけど、叔母が子供を産んだから、叔母に叔母の子供を跡継ぎにするっていうふうになって、僕は跡取りの権利を剥奪されたんですよ。なので今までその厳しかった教育とかが全部なくなって、自由に遊べるとかって言って、なんか自由にのびのびとゲームやったりとかやってましたね。

JYO-RI:そのときの記憶、気持ちとかってどんな感じなんですか?

かわうそ:気持ちとか、気持ちとしてはそれこそ教育が厳しかったので開放感っていうか、子供ながらにしたら、今思えば資産家跡取りなんてすごいあれじゃないですか、何かおいしいって言うとあれですけど、うまみがあるなと思ったんですけど。子供のときは、いや、もうこれ厳しい教育とか受けなくていいんだって思うと、なんかすごい開放感っていうか、そういうの感じましたね。

JYO-RI:どんなふうに説明にされたかって覚えてますか。

かわうそ:本当にストレートにその叔母の結婚相手が、養子に入っちゃったんですよ。僕の母方の祖母の。なのでもうこういう状況だから、僕、本名Hって言うんですけど、Hはもう自由に生きなさいと、あなたはあなたの人生を生きなさいと。この家のことは気にしなくていいからっていうふうに言われて。
そのときに、母から医者になれとかって言われて、稼げる仕事に就きなさいみたいな。そんなことも言われましたけど、わりかしストレートに子供だから隠そうとかじゃなくて、わりかしストレートに、あなたはもう後継者からは外れたから自由に生きなさいっていうふうにストレートに言われましたね。

JYO-RI:すごいですね。そんなことあるんですかって思っちゃいます。

かわうそ:なんかちょっとドラマっぽいようなね。

JYO-RI:そうですよね本当に。いやーないなって。

かわうそ:そうなんですよねドラマっぽいなとか思って。

JYO-RI:ドラマですねまさしく。ちなみにこれ何歳のときだったんですか。

かわうそ:小学校3年生ぐらいのときですね

JYO-RI:9歳とか8歳とかですか。

かわうそ:そうですね。そのときに僕の将来がもう変わってしまったっていう感じですね。

JYO-RI:ちなみに、それ言われたときに、何か周りの人の反応とか何かあったりしたのかなとか思ったんですけど、どうですか?

かわうそ:周りの方たちには特には言ってないんですけど。離婚した父親側には言ったんですよ。

かわうそ:僕が跡取りじゃなくなりましたって言ったら、そしたら父の方が俺が引き取るよっていうふうに言ったんですけど。母が僕を手放さなかったのでそのまま母と2人で暮らことになるんですけど。小学校4年生のときに母が再婚しまして、母も名字を変えて僕も名字が変わって。そうですね、そんな感じですかね。

JYO-RI:ご両親が離婚されたのは何歳でしたっけ?

かわうそ:実の父と母ですか。僕が1歳か2歳だったころだったと思う。物心ついてないときですね、もう物心ついたときは母と一緒にいて跡取りの教育を受けるみたいな、そんな感じでしたね。

JYO-RI:お父様の方とは何か会われる機会とかあったんですか。それまでにも。

かわうそ:ありましたね。土日はもう父と父方の祖父母の家に遊びに行ってましたね。それは離婚してからも父と母はやり取りしてたみたいで、父方の祖父母の家に行って、そこでは本当にすごい伸び伸びとかわいがられたって感じです。厳しいことも何も言われずに本当に孫僕1人だけなんですよ。父方の方にとっては、なので僕をすごいかわいがってくれましたね。

JYO-RI:今の跡取りの厳しい教育と何か土日の開放するみたいなところが、わりとバランス取れてたのかなみたいな感じだったんですか?

かわうそ:そうですね。もう土日も自由にさせてくれる力の祖父母の家に行くのかもとっても楽しみで。なんかそれでうまく土日かわいがってもらったから、またお勉強っていうか教育っていうか頑張ろうみたいなそんな感じですね。

JYO-RI:中学生はどんな子でしたか?

かわうそ:中学校のちょっと前にまたドラマになっちゃうんですけど、母と再婚した夫がいるじゃないですか、僕の義理の父にあたるんですけど。義理の父から僕、虐待を受けてまして。それで小学校五、六年生の時に、新しい家を建てると、僕のために母方の祖母が跡取りにできなかったからって言って、2000万ぐらい母に渡してHのために家を建てなさいって言われて、新しいお建てるっていうふうな話になったんですよ。
もうそのときにはもう僕と種違いの弟が生まれてて、母から私はもうあなたを面倒見るつもりがないですって言われて、どっか施設にって言われたんですよ。でも、そんな身勝手な理由で預かってくれる施設ってないじゃないですか。なので、週末行ってた父方の祖父母のところに引き取られたんですよね、小学校5、6年生ぐらいのときに。中学生は祖父母の家から電車で地元の中学に通うみたいな感じですね。

JYO-RI:なるほど。

かわうそ:すいませんなんかいろいろちょっとドラマチックな生々しい話で申し訳ないです。でも子供ながらに再婚したときに母が再婚したときに、高校生ぐらいになったら、何か全寮制の高校行きなさいとかって言って家を追い出されるんだろうなって薄々は感じてたんですよ、子供ながらに。なんですけど、まさかランドセル背負ってるうちから追い出されると、ちょっと早くないとは思いましたけどね。

JYO-RI:中学生は何してましたか?

かわうそ:吹奏楽部に入って、そこが初めて音楽の出会いだったんですよ。フルートとピッコロを担当しまして、しばらく一、二年生は吹奏楽部でやって、3年生になって掃除とかを担当する環境委員会っていう委員会があるんですけど、その委員長になったんですよ。
ずっと僕、環境委員をずっとやってて、誰もやりたがらなかったんですね。誰もやりたがらないったら、僕がやった方がいいんじゃないかって嫌々やらせられる人が出てくるよりは、僕がやった方がうまくいくんじゃないかと思って、じゃあ僕委員長やりますって言って、委員会活動を一生懸命やりましたね。中学校3年のときは。もう毎朝毎朝ほうき持って学校の校門のところを掃除してて、校長先生から委員長今日も掃除とかっていう言われて。そうですよ先生僕現場主義だからっつって、そんな話をしながら。なので、そうですね、委員会活動に精を出してったって感じですかね中学校3年生の頃は。

JYO-RI:クラスだと、どんな子だったんですか?

かわうそ:結構わりかし音楽やってたもので、芸術家じゃないですけど、普通の子と違うなみたいな、普通の子と違うなっていう感じだったんですけど、でも中学のときにできた友達がいるんですけど、今もそのことを付き合ってますね。友達なんですけど、なので友達とかはわりかし多かったかなっていう印象でしたかね。
またちょっとすいません。また生々しい話なんですけどね、私がですね、祖父、父からの祖父母に預けられたじゃないですか。中学生の時に母と僕は虐待した義理の父たちがですね、僕を養ってもいないのに今までの養育費をよこせって言って、民事裁判を起こしたんですよ。
当時、僕が住んでた祖父祖父母の家って今もそうなんですけど、祖父母には母屋と離れがあるんですね。僕は母屋の方に僕と祖父母と暮らしてて、離れの方に、父は父は内縁の妻と一緒にいたんですよ。父は内縁の妻に夢中で、僕の面倒を一切見ないで、祖父母に押し付けてもう女と一緒に何かずっと好き勝手やってたっていう感じなんですけど。
それで母が裁判を起こしたときに父がすごい僕につらく当たってきて、母に直接文句言えないから、僕しか当たる人間なかったんでしょうね、きっと。もうお前のせいで俺の人生狂ったぞとかって言われて。そのときはもう本当つらかったですね。中学校の時。もう本当つらいながらも明るく振舞って学校生活やってたみたいな感じですね。すいませんまた生々しい話で、まだまだあるんですけどね。

JYO-RI:その辺のそういう状況知ってる友達とか、いらっしゃったんですか?

かわうそ:友達には一切話さなかったです。もうそういうふうに何か気を使われるのも嫌だったんで、もう全部自分で1人で抱え込んじゃったっていう感じですかね。

JYO-RI:何か抱え込みながらも、なんかいいなとかうらやましいなとか、そのどんなふうに思ってたのかなとかって。思い出してどうですかね。

かわうそ:やっぱり普通のお父さんとお母さんがいて、家庭環境が普通でっていう、いわゆる普通の家庭がすごくうらやましいなと思いました。友達んち行っても普通にお父さんとお母さんがいて、あらいらっしゃいよく来たわねって言ってくれる。こういう家庭環境にてすごい恵まれてるな友達はとかっていうふうに思ってましたね。

JYO-RI:そのときの楽しみとかってあったんですか?

かわうそ:部活と委員会です。もう本当に部活も一生懸命やりましたし。委員会も部活3年生になってからは、もう委員会活動ばっかやってたんで、部活に行かなくて、顧問にお前仕事のしすぎだとかって言われるぐらい、それぐらい学校の使われてなかった花壇を肥料とかを買って、耕して花を植えて綺麗にしてみたりとか。
ちょうどそのときに僕の世代から、学校のトイレ清掃を自分たちでやろうっていうふうな話になったんですよ。そのトイレ清掃のやり方の動画とか作って学校の集会でプレゼンというか説明動画付きで説明したりとかして、各会学年ごとちゃんとしっかりできてるかどうかっていうのを夕方まで遅くまで回ったりとかして、ちゃんとゴミがない、落ちてないかとかちゃんと綺麗になってるかどうかとかっていうのを顧問の先生と一緒にずっと回ったりとかして。
あとは、代表委員会っていって、生徒会と各委員会の委員長とあと学級委員が集まる会が月に1回ぐらいあるんですよ。そこで僕らのときだけ、僕の中学校は一学年3クラスだったんですけど、僕が3年生のとき1年生が人数の関係で4組になったことがあって、運動会得点どうするっていうふうな話になったんですよ。それであの生徒会は無理やり3組に入れちゃうばいいじゃんとかってそういう案を出してきて、でもそれ違くないとか何か生徒会とちょっと揉めたりとかバトルしたりとかね。なんか結構わりかし仕事熱心で言うと自分であれですけど。なんか本当に学校のために、もうや頑張ろうと思ってずっとやってましたね。それをやっぱり校長先生とか本当によく見てくださって、高校受験前に面談があるんですよ。あなたはこういう生徒でとこういう学校にどういう学校に行きたいですか。高校に進学したいですかとかっていうふうな面談があるんですけど、その時にいやあ君は本当に委員会の活動よく頑張ってくれて本当に嬉しいから、高校もし受かったらその高校によく伝えておくからっていうふうにおっしゃってくださって、本当に委員会を真面目にやってましたね。

JYO-RI:どんな高校生でしたか?

かわうそ:高校生は高校のときにまた生々しい話があるんですけど、父が、今度は実の父親側が、僕の裁判、僕の養育費を求めて裁判を起こすんですよ。
そうすると、母から電話かかってくるわけですよ。あんたの父親どうしようもないと。今すぐ裁判をやめさせるよう父親を説得しなさいとかっていって。それで高校一年生のときにもう不眠の症状が出ちゃって、高校進学したんですけど、もう家庭環境がもう複雑すぎて、もう学校行きたくないって、もう駄々こねてもう不登校気味になっちゃったんですよ。って高校生高校一年生の夏ぐらいにもう先生学校や学校辞めるって言っちゃって。僕の祖父母は高校行けなかった世代なんですよ、お金がなくて。特に祖父は家にお金がなくて、もう中学校卒業して大工で丁稚奉公に生かされた過去を持ったので、とにかく高校にだけは行ってくれっていうふうにお願いされて、仕方なくつらい中、高校に行ってたんですけど、高校1年生のときは僕普通科だったんですけど。定時制が併設されてる高校で。で定時制の学生向けに学校のスクールカウンセラーさんがいたんですよ。
僕の家庭環境を知った学校の担任の先生が、ちょっと特別だけど、定時制向けだけど、ちょっとカウンセリングを受けてみないって言われて。それでカウンセリングの先生と相談してカウンセリングを受けて、何とか学校に徐々に行くようになったんですよね。
でも、1年生の終わり頃に契約期間が切れたみたいで、カウンセラーさんがいなくなっちゃって、高校2年生からは別の先生が僕の悩みを聞いてくれて、本当に何かあれですね、先生が僕の家庭環境とかを全部把握してその都度、大丈夫かとか、無理しなくていいぞとかっていうふうに応援してくださった感じですかね。

JYO-RI:ちなみに高校ってのは、第1志望でしたか?

かわうそ:ですね、高校自体は第1志望の高校なんですけど。理数科と普通科とあったんですよ。僕は理数科に行きたかったんですけど、理数科に落ちちゃって、普通科に合格したっていう感じですね。なのでちょっと悔しいなって思ったときもありましたね。

JYO-RI:理数科に行きたかった理由は?

かわうそ:理数科行きたかったのは、当時薬剤師になりたくて、理系の大学に行きたいなって思ってたんで。理数科で数学とか理科とか理数科の方が偏差値が高かったんですよ。なので偏差値が高いところに行けば、自分も周りも一生懸命な人が多いだろうから自分を強くするためにはそっちの方がいいんじゃないかって思って、理数科を志望したんですけど。

JYO-RI:薬剤師になりたかった理由は?

かわうそ:母からちっちゃい頃、医者になれって言われたのはさっきお話したんですけど、医者はちょっと無理だろうと。注射が僕すごい嫌いなんですよ。
それで、そこそこお金ももらえる職業ってなんだろうなって考えたときに、薬剤師ならいいじゃん注射しないし、収入もあるし、薬剤師ならいいじゃんって思って。そういうちょっと現実的というか安直なというかそういう理由で薬剤師目指してましたね。

JYO-RI:家庭環境は相当大変だったとお見受けしておりまして。それに対して祖父母のお2人や周りの大人って、何か周りから言っていたのですか?

かわうそ:周りにはあんまり言わなかったので。友達のお母さんとかお父さんとかでも一切言わなかったので、もう本当に1人で全部抱え込んじゃったみたいな感じですね。

JYO-RI:私が想像できてないところもあるんですけれども、そのご両親がお互い裁判を起こしたりしていることは、祖父母は知ってたんですよね?

かわうそ:知ってましたね。

JYO-RI:それに対して、どういう対応だったのかなと思って。

かわうそ:母親が裁判を起こしたときは、父、負けたんですね。その時には父にお金がなかったので、祖父母もまあしょうがないかっていう感じでお金を出したんですよ。それで父親が裁判を起こしたときは、父親が勝ったんですね。
ただ、そのお金をその内縁の妻と遣い切っちゃって、それに祖父母が怒って。お前それはHのためのお金だろうって怒って。そうですね、見守るっていうか何か駄目なものは駄目とかっていうふうに、そういうふうな感じでしたかね。
なんかもう、私にはどうしようもできない状態でしたね。ただただ僕がつらくなったときに話を聞いてくれるっていう、そういう感じでしたね。はい。

JYO-RI:内縁の妻の方は、全然コミュニケーションとってなかったんですか?

かわうそ:たまにですけど、なんか挨拶したりとかはしてましたよ。なんかお菓子くれたりとか、ただ基本的にはあれですね、あんまり接点はなかったですね。

JYO-RI:今お話聞いてる内容だと、もっとひねくれそうなのに、お話してる感じだと、素直で誠実な感じが伝わってきていて、なんかアンバランスな感じもあるのですが。
それは、祖父母からの愛情があったからなのか、最初の跡取り教育によって得た知識的なものなのか、気になったのですが。いかがですか?

かわうそ:たぶん両方だと思いますね。ちっちゃい頃、教育もそうですし、ちっちゃい頃言われたのは、何があってもくじけるなと。何かあってもくじけるなと。口うるさく祖母から言われてまして、

JYO-RI:その祖母っていうのは、どちらですか?

かわうそ:母方の、資産家の方の。
父方の祖父母は祖父母で、僕に愛情を注いでくれたので。住んでるところが田舎なんですよ。なので、横道にそれようにもそれる場所がないっていうか。例えばタバコ吸うにも、タバコとかあるじゃないですか、お酒とか。そういうのも父親はやったらしいんですけど、高校生の時。僕は一切そういうのに興味なくて、それはたぶんあれなんでしょうね、やっぱりちっちゃいころの情操教育っていうんですかね。そういうのと、祖父母の愛情のおかげなのかもしれないですね。

JYO-RI:高校卒業後の進路は?

かわうそ:大学受験は本当に頑張ったんですけど、残念ながら失敗してしまいまして。かろうじて受かった大学に行ったんですよ。そして入学式に行ったら、震えと汗と動悸が止まらなくて、もう駄目だと思って途中で帰っちゃったんですよ。
そっから大学に1回も行けずに1年が経って、学校側からあなたを登校の意思がないとみなして、除籍処分にしますって言われて、除籍処分になっちゃったんですよね。
そっからあれですね、何か今まで我慢してたツケが来たのか、ちょっと引きこもりがちになっちゃったりとかあって、社会とちょっと距離を置くようになったりとかっていうふうな感じになっちゃったんですよね。

JYO-RI:行きたかった大学、実際に大学で所属された学部はどういう学部だったんですか?

かわうそ:法学部ですね。ただですね、法学部でも僕、研究したいことがあったんですよ。途中で薬剤師だった夢が変わったんですね。普通に入って、普通科って文系も理系も一緒のクラスだったので、文系いいかもと思って文系の方に流れちゃったんですよ。
法律で研究したいテーマが高校生のときからあって、その研究をしたくて、第1志望の大学に勉強しに行ったんですけど。第1志望の大学へ行くために勉強したんですけど、残念ながら落ちてしまって。まあでも、せっかく浪人するには祖父母にすごい申し訳がなかったので、しょうがないかあと思って、受かった大学に行ったっていう感じですね。

JYO-RI:どんなことを研究されたかったんですか。

かわうそ:ドラえもんを法律的に解釈すると、どういうふうな存在なのかを研究したくて。例えばドラえもんってお金とか使えるじゃないですか、お金で普通に買い物、どら焼きとか買ってるじゃないですか。だからお金を使えるっていうその権利とか持ってるわけですよね。
例えばドラえもんが、空気砲とかで人を撃った場合、ドラえもんを処罰すべきなのか、ドラえもんの所有者を処罰すべきなのか、ドラえもんを作った作成者を処罰すべきなのかどういうふうに裁けばいいのかっていうのを今、AIとかが発展してるじゃないですか、その前だったんですけど。その前にその意思がある人工知能みたいなものが出てきたときに、どういうふうに法律的に裁いたりルールを作ればいいのかっていうのを研究したかったんですよね。

JYO-RI:何かきっかけがあったんですか。

かわうそ:いや、本を読んだんですよ。空想科学読本でしたっけ、アニメを法律的に解釈するとどういうふうなのかって、そういうふうなのを読んで、ああ法律って面白いなと思って、僕もドラえもんっていうものを法律的に研究したいなって思って。

JYO-RI:なるほどそうだったんですね。大学は結果的に行けず、家にいて、そこで何かベース始めたみたいな感じですね?

かわうそ:ベースとアンケートモニターをしながら、なんとか食い繋いでたっていう感じですね。

JYO-RI:なるほど。今ご病気の具体的な原因とかってわかってたりするんですか。

かわうそ:統合失調症の場合は家庭環境とか関係ないらしいんですよね。100人に1人にかかる病気って言われてるぐらい。若い子を中心に、誰もがなりうる病気だっていうふうに言われたんですよ。
なので、家庭環境の影響ではないけれども、パニック障害と強迫性障害に関しては、おそらく幼少期のストレスが原因だろうと。幼少期からのストレスや大学受験失敗してたとかいろんなことが重なって起きたことだろうっていうふうには言われましたね。

JYO-RI:何か病気で何か苦しむというか、嫌だなって思った経験とかって思い出したりしますか?

かわうそ:もう幻聴。幻聴とかが本当にひどいときは、もうずっと聞こえるわけですよ。例えばなんですけど身内に不幸があったときにお葬式に行くじゃないですか。そうするとお葬式のその故人の方の悪口とか言うわけですよ。もうこんな奴死んでしまってよかったなとか、早くあの世に行っちまえとか、こんなお葬式なんてもう早く終われ終われとかっていうふうに、思ってもないことをずっと頭の中で、何て言うんすかね、声が聞こえるので。
それが本当につらくて申し訳なくて。他人に対して申し訳ないっていう感じでしたね。それが本当つらくて、自分にも言ってくるんですよ。お前はどうしようもない奴だとか僕がどうしようもない奴だって言われる分には多少は平気なんですけど、とにかく他人に対しての悪口の幻聴はものすごく他人に対して申し訳なくて、それがすごいつらかったですね。

JYO-RI:今まで生きてこられた中で幸せでも苦しみでもいいのですか、強烈に残ってることって何ですか?

かわうそ:一番幸せだったっていうことで言えば、厳しい跡取り教育を受けながらもひいおばあちゃんであったりとか、父からの祖父母に土日に遊びに行ったりとかっていう日々が、今考えると一番幸せだったのかなって思いますね。その時は離婚だ裁判だとかっていうのも一切なかったので、将来も約束されてましたし、そのときが一番幸せだったのかなと思うんですけど、ただ今これからのことを考えたときに、これから幸せになってやろうっていう気持ちが今あるんですよ。過去はそうですね、やっぱちっちゃい頃ですね。

未来:その子がめちゃくちゃイケメンで身長も高くてキラキラ輝いててもうなんかすごい一目ぼれしちゃって。なんかそういうちょっと一目ぼれして、ちょっと失恋じゃないですけど切なさ、青春の甘酸っぱさみたいなものを出せる曲をかけるようになったらいいなと思いますし、あとは癒しですよね。

JYO-RI:5年後10年後、死ぬ時までを想像して、未来についてどんなイメージをお持ちですか?

かわうそ:まず障害者年金を受給したら、音楽の機材を揃えて、本格的に音楽の勉強をしながら、プロでも使っているような機材とかを使ってやったりとか。あとはアコギとか使って弾き語りしたり、ギターとかベースの演奏動画を上げたり、したいなと思ってて。
で、そのうちに働きたいなって思ったら、今ITエンジニアとか動画編集者とかリモートワークあるじゃないですか。リモートワークで、今後働いて車と家を買うっていうことしたいなと思ってて。車も欲しいものを決めてて、家ももう狙ってる中古の家があって。それでそのあとは、通信制の大学に通うこと。通信制の大学で大学の勉強が楽しかったら大学院に行くこと。そして僕が経験したことを踏まえて、障害者福祉に対する政策提言であったりだとか、ツイッターにも書いてるんですけど、誰もが輝ける社会の実現に向けて、いろいろ発信したりだとか、また政治家の先生とかに繋がったりとかっていうのがある。そういうふうにしたいんですね。
っていうのも政治に関して言うと、母方の実家の親戚に政治家がいたんですよ、国会議員が。僕がちっちゃい頃、右翼に刺されて死んじゃったんですけど。ちょっと前に宗教団体の話があったじゃないですか。あれを厳しく追及してた人で、日本の闇を暴こうとして刺されて亡くなったっていう、そういう親戚がいるもんで。そういう血も入ってるせいか、政治とかをうまく使って社会を変えてやろうみたいな意欲が、今すごい強いんですよ。
そのためにはやっぱり大学とか、必要によっては大学院とか行って勉強して、ちゃんとデータとか論理的にこういうふうにして予算はこうしてとか、こういうのが大事だから現場の声をもっと吸いあげて、こういうふうな政策や条例を作ってくださいとかっていうふうにするのが目標ですね。

JYO-RI:仮に、自分だけの幸せを考えたときに、これだけは何かやっておきたいことありますか?

かわうそ:海外に行ってみたいですね、いろんな国に行ってみたいです。僕、高校生のときに英語の先生に短期留学、交換留学しないかって誘われたことがあるんですよ。ただその時アメリカの方でなんだっけ、テング熱でしたっけ?
あれが流行り始めてた頃で、それをニュースで見た祖父母から、お前がそんな病気にかかったらもう私達は生きていけないからやめてくれって言われて。それで行けなくなったっていうのがあるので。今これがもう脱コロナとかウィズコロナの時代になってきてるじゃないですか。なので人の往来が今後緩くなってくると思うので、そのタイミングを見計らって、例えばアメリカ行ったりーヨーロッパで本場の音楽聞いたりとか、オペラ見たりとか、そうですねしてみたいですね。はい。

JYO-RI:うん。

かわうそ:やっぱり日本だけだと視野がどうしても狭くなっちゃうので。やっぱ世界を実際に足を踏み入れて体験したこととかが、やっぱり思い出にもなるし、今後の自分のためにもなるかなと思うので。そういった経験をやっぱ死ぬまでには一度はしておきたいなと思いますね。

JYO-RI:もしも、何か資産家の跡取りとして生きていくってなったら、どんな人生になってきたなって思いますか?

かわうそ:たぶんですけど、何て言うんですかね。それはそれで忙しい人生になってないかなと思うんですよね。っていうのは資産家でアパートとかの不動産経営とかもしてるんしてるんですよ、今もしてるんですけど。であったりだとか、お寺さんあるじゃないですか、お墓。
普通の戒名あるじゃないですか。あれもう普通の戒名と格が違うんですよ。うちの資産家の方のお墓は、なのでお寺さんに包むお布施と申しますけれども、そういったものも変わってきますし、お寺さんとのお付き合いも普通の檀家さんとは違うお付き合いをしなきゃいけなかったりとかっていうので、たぶん資産管理だとか維持だとか、お寺さんのお付き合いだとか親戚とかのお付き合いだとかっていうので、それはそれで忙しい人生になったんじゃないかなとは思いますね。

JYO-RI:今、ご病気持たれてると思うんですけど、それがない人生だったらこんなことしたいとかあったりするんですか?

かわうそ:病気がなかったら、もうたぶん普通にサラリーマンやってたんじゃないかと思うんですけど。でも僕、逆に病気したからこそ、例えばあれですけど、今リモートワークしたいっていう話を先ほど申し上げましたけど、時代がもうそうなってきてるじゃないですか。なんか普通になんか満員電車で出勤して会社に出社して上司に嫌味言われたりしてまた満員電車で家に帰って家でぐったりするみたいな、その働き方とかがもう崩れてきてるじゃないですか。
だから逆に僕、病気になって視野が広がったというか、こういう生き方もあるんだなって思って。スキルがあれば、会社に所属してもいいしフリーランスでやってもいいしっていうので、わりかし病気になったからこそ視野が広くなって選択肢がより広くなったなっていうふうに思いますね。なんかすいませんちょっと答えになってないのかもしれないですけどよ。

JYO-RI:もし、自分の人生振り返って作曲家として曲を作るとしたら、どんなタイトルにしたいとか、何か今想像してあったりしますか?

かわうそ:これ記事に書いてもらってもいいんですけど、LGBTQなんです僕。高校生のときに、一目ぼれ、交換留学生できたアメリカ人のアレックスっていう男の子が来たんですけど。その子がめちゃくちゃイケメンで身長も高くてキラキラ輝いてて、すごい一目ぼれしちゃって。
でも好きだとも言えずにアメリカに帰っちゃったんですけど。そういうちょっと一目ぼれして、ちょっと失恋じゃないですけど、切なさ、青春の甘酸っぱさみたいなものを出せる曲をかけるようになったらいいなと思いますし、あとは癒しですよね。同じ精神障害者とか病気を抱えている人たちが共感できるような歌詞、元気づけるような歌とか、そういうのも書きたいですし。いろんな曲書きたいですね。

JYO-RI:いいですね。聞きたいですね。ぜひぜひ上げてくださいね、落ち着いたら。

かわうそ:頑張って勉強します、音楽も。

JYO-RI:ちなみに、LGQTQに関しても、思うところがあるんですか?

かわうそ:LGBTQも、やっぱり僕、政治家の方と繋がって、日本は同性婚とかLGBTQに対しての差別や偏見をなくすべきだと僕は思ってるんですね。アメリカとかはもう、そうですけど。他の国でも同性婚とかしてる国とか結構あるじゃないですか。なので、日本だけ何か伝統的な家族観が壊れるとかってよくわけのわかんないこと言って反対する人たちがいるらしいんですけど、僕からするといや伝統的な家族観父と母がいたけど、いろんな家庭環境があったんで。
別にそんなLGBTQを認めたからって家庭が崩壊するようなそんなもん、それと話が違うんじゃないのって思うので。そのLGBTQの人たちに対しても、やっぱりもっと声を上げて、結婚、同性婚とか差別や偏見をなくすっていう普通の人と、もう共存していけるような社会を作っていけたらなと思うんですよね。
ただ、僕自身はパートナーとかと結婚する意思はなくて、1人で暮らしたいっていう意思なので。僕自身は同性婚をしたいから同性婚を推奨するとかっていうわけではないんですけど。ただ同性婚ができなくて困ってる人とかを見たことがあるので、やっぱりそういう人たちがいるなら、やっぱり当事者として声を上げるべきなんじゃないかなと思うんですよね。
自分ができることっていうのは限られてると思うんですけど、やっぱり声を上げることによって、例えば政治家の人にメッセージなり手紙を送るなりとか、可能であれば実際に会うとか。そういうことをうまく政治家を利用して、政策立案にうまく持ってって実現していくっていうやり方がやっぱりいいんじゃないかな思って。
ただツイッターとかで同性婚認めろとかって言っても、あんまり効果ないんですよ、はっきり言うと。

JYO-RI:難しいですもんね。

かわうそ:難しいので、やっぱりそこはちょっと一歩踏み込んで、政治家の方とか活動をしている団体の方とか、そういう方をいろいろマッチングさせて、化学変化じゃないですけど、そういうのを起こさせた方がより物事進むんじゃないかなって思うんですよね。やっぱり日本ってどうしても前例主義が多いじゃないですか。
昔がこうだったから、今もこうしなきゃ駄目みたいな新しいことやるの、ちょっと駄目みたいな。
そういう文化を壊したいっていうか、そういう主義にとらわれないように生きてかなきゃいけないと思う。逆にそうしていかないと世界から遅れると思うんですよね、日本が。
なのでやっぱり日本に生きる1人として、日本のためっていうと、またちょっと違いますけど、やっぱり生きづらさを抱えてる人たちとか、LGBTQの人たちとか、そういう人たちが不当な差別を受けないように、やっぱり活動していくっていうのは、活動していきたいっていうのは、思っているので。
LGBTQでね、音楽も何か利用できないかなと思って。さっき言った、交換留学生の一目惚れの話とかも男の子を好きになっちゃったっていうそういう気持ちも、歌詞とか曲にできたらなって思うんですよね。
ただ何て言うんですかね。僕はLGBTQだからっていって前面に押し出してはいないんですけど、ただ女性とかと話すときに、ちょっと好きですとかって言われたときには、いやごめんなさいLGBTQなんでって言うようにはしてますね。

JYO-RI:読者向けでも、自分に対する独り言でも、感想でも何でもいいんですけど、最後に言い残したことはありますか?

かわうそ:どんなに家庭環境が複雑でも、病気や障害を患っていても、失敗や挫折をしても、いつかは前を向いて頑張れるときが来るので、それまではゆっくり休んで、時には逃げる勇気も必要ですと思うんですよね。
いつか必ず輝けるチャンス。自立でもそうですし、僕みたいになんかいろいろやれるようになるもそうですけど、時間が解決してくれる問題っていうのもあると思うので、
そんなに気にしなくていいよって。焦らずにゆっくり一歩一歩ずつやっていけばいいんじゃないっていうふうに思います。
僕もそれ、今、思ってるんすよ。いろいろやりたいこと、先ほど申しあげましたけど、全部一気にやるのは難しいので、一歩一歩一つ一つずつやっていこうかなと思ってますので。
そんなに、病気とか障害とか家庭環境複雑だとか、失敗や挫折したりとか、社会のレールから外れても全然大丈夫だよ、問題ないよって。なんとかなるさっていう、そんな感じですかね。

JYO-RI:ありがとうございます。

あとがき

かわうそさん、ありがとうございました。ご本人もドラマだと言っている、ここまでのヒストリーを聞き色々なことを感じました。ただそれ以上に話し方が非常に穏やかであったがゆえに、受け手が過度にパニックになることなく、内容が入ってくる、そんな時間でした。ここまで穏やかに話せるのは、すでに整理がされて、今前を向いてるからだと、その強さを見た気がします。音楽制作頑張ってくださいね。
そして、全ては言い方、これに尽きることって意外にありますよね。つまり、受け手が全て決めるということ。感謝も、謝罪も、指摘も、挨拶も、なんでもそうです。自分ってどう見られてるんだろう、意外に本心伝わってないとか、あれ私こういうところで毎回人間関係詰まっちゃうなとか、分析してみるのも人生を上手く進めるために必要な気がしてます。ただやりすぎると本心って何?ってなるから、ほどほどにね。ではではでは、、、

【インタビュー・編集・あとがき:JYO-RI】

【文字起こし:さりあ】

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