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挑戦していける大人になっていきたい人

むかしむかし、山と川に囲まれた小さな村に、歩夢(あゆむ)という名の若者が住んでいました。歩夢には幼い頃からの夢がありました。「挑戦していける大人になっていきたい」という思いでした。
村の多くの大人たちは、年を重ねるにつれて新しいことへの挑戦をやめてしまっていました。「もう歳だから」「今さら無理だ」と言い訳をし、安定した日々を送ることを選んでいたのです。
しかし歩夢の祖父だけは違いました。九十を超えた今でも、新しい植物を育て、見たことのない場所へ旅をし、若い者にも負けない好奇心を持ち続けていたのです。
「なぜそんなに挑戦し続けられるのですか?」と歩夢が尋ねると、祖父はこう答えました。
「命ある限り、人は成長できるもの。挑戦をやめた時こそ、本当に老いるのだよ」
その言葉に心打たれた歩夢は、村を出て修行の旅に出ました。初めは怖くて足がすくむこともありましたが、一歩一歩前に進み、様々な技術を学び、多くの人々と出会いました。
ある時は険しい山に登り、またある時は荒波の海を渡り、時には失敗して傷つきましたが、その度に立ち上がって新たな挑戦に向かいました。
十年後、歩夢が村に戻ると、多くの村人たちは変わらぬ日々を送っていました。しかし歩夢は変わっていました。技術も知恵も身につけ、何より挑戦する勇気を持った大人になっていたのです。
歩夢は村に学びの場を作りました。そこでは年齢に関係なく、誰もが新しいことに挑戦できる場所でした。最初は恐る恐る訪れていた村人たちも、少しずつ変わり始めました。
八十歳のおばあさんが初めて字を書けるようになり、五十歳の農夫が新しい農法に挑戦し、十代の若者たちは未来の夢を語るようになりました。
後に歩夢は、弟子たちにこう語りました。
「年を重ねることは、挑戦をやめる理由にはならない。むしろ、経験という土台があるからこそ、より高く飛べるのです。挑戦していける大人でいることが、人生を豊かにしてくれるのです」
そして「挑戦の種は、いくつになっても育つ」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年3月30日23時34分に書く無名人インタビュー1043回目のまえがきでした!!!!!

【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

今回ご参加いただいたのは 理桜 さんです!

 年齢:20代前半
性別:女性
職業:学生(大学4年生)



現在:未来に大きい不幸があるんじゃないかって怖くなっちゃうぐらい、今はすごい楽しく生活できてるっていう感じです。

ポンプ:
今は何をされてる方ですか。

理桜:
今は大学4年生で来月から新社会人になる者で、今はシェアハウスに住んでいて、来月新居に引っ越すので、引っ越しの準備をしていたりとか、ゆっくり過ごしてるっていう状況です。

ポンプ:
どんな気持ちですかね。いろんなことが変わるっていう中で。

理桜:
仕事についていけるのかっていう漠然とした不安はありますね。
でも会社の同期の子が20人いるんですけど今まで3回ぐらい会ってて。

その子たちが本当に一緒に働きたいなって思えるような子たちなので楽しみな面もありますし。

私が入る会社を知ったきっかけが、大学時代にすごくお世話になった先輩が1人いて、その先輩が私の1期上で同じ会社で働かれていて、その方から事業の内容のこととか、仕事の雰囲気とか聞いてたので。
その方が自分にとってのメンタル安定剤というか。

なんかそんなに仕事に対してはめちゃめちゃ不安を抱えることなく過ごせてはいますね。
なるようになれと思ってます。
あと日常生活に関しては本当に幸せなので。
未来に大きい不幸があるんじゃないかって怖くなっちゃうぐらい、今はすごい楽しく生活できてるっていう感じです。

ポンプ:
今のその感じはいつぐらいから続いてるものなんですか。

理桜:
去年の10月ぐらいからだと思います。
何か大きい出来事があったっていうわけでは全くないんですけど。
シェアハウスに関しては、全員で40人ぐらい住んでるところなんですけど。
大きいシェアハウスですけど、でも仲違いとか大きいトラブルもなく、それぞれの居心地良い距離感で接することができる家なのですごく楽ですし。

シェアハウスの生活がすごく楽しいっていうのと、人に恵まれてるなって感じるっていうのと。あとバイト先もドラッグストアで先月まで働いてたんですけど、社員さんとかパートさんとかバイト生含めみんな良い人たちで。
自分は人見知りであんまり自分から話しかけられないんですけど、気さくに話しかけてくれる子もいれば、パートさんとかいろんな情報を教えてくれたりとかしますし。

だからすごい人に恵まれてるなっていう点で、幸せだなって去年の10月ぐらいから思い始めてって感じです。

ポンプ:
これから引っ越しされるっていうことについてはどうですか。

理桜:
どうだろうな、父親が転勤族で私自身も2、3年に1回ぐらい移動してきた関係で・・・生まれは熊本なんですけど熊本、福岡、佐賀、高知、で今鹿児島に実家があるみたいな感じで・・・結構転々としてきたっていうのもあるので、新しい環境に行くことだったり新しいことをするっていうのが楽しくて。

そういう面でも、引っ越すっていうのは全然嫌ではないんですね。
全然住んだことがないエリアって、どういうとこだろうとか、どういう人に出会うだろうっていうワクワク感があります。

ポンプ:
今は具体的にどんな過ごし方をされてるんですか。1日の流れみたいなものだと。

理桜:
大体8時9時ぐらいに起きて、朝ごはんをシェアキッチンで食べて、午前中に引っ越しの片付けをして。
散歩するのが好きなので、昼過ぎからカフェに行ったりとか。
そこでゆっくり1人で過ごすことも好きなので。

コーヒー飲んだり、携帯見たりとか、そういうのをして帰ってきて夜ご飯は住居人の方と一緒にご飯を食べてっていう感じです。

ポンプ:
好きなこととかありますか。趣味みたいなもの。

理桜:
ライブ鑑賞が好きで、今はXGっていうグループがいるんですけど。
日本人で構成された7人組ガールズグループなんですけど、結構世界でも注目されるようなグループだったりで。
あと最近デビューしたHANAっていう女の子のグループも好きですね。

あと中高時代、茶道部と華道部に入っていて、日本文化に取り組んできたことが自分にとって大きくて。
なんで日本文化に興味を持ったかっていうと、私一人っ子なんですけど、親の教育方針上、自立してほしいみたいなことはすごく考えたらしくて。
広い視野を持っていろんなことに果敢に挑戦してほしいという思いも込めて小学校の頃からホームステイプログラムに応募してて。

小学生くらいから親元離れて1週間ぐらいタイとかヨーロッパ行ってホームステイしたり、そういう経験があって。
ホームステイ先で茶道とか着付け体験とかで日本の文化を紹介する瞬間がすごく好きで。

そこをきっかけに日本の文化をちゃんと学んでみたいなって。
そういうのを中高で茶道部、華道部6年間しっかり学んで大会とかにも出たり一生懸命取り組んで。
大学では本格的に習ってなかったんですけど・・・3年生の後期ぐらいからパニック障害にかかってしまって。
体を壊してしまったんですね。

何か大きい原因があったわけじゃないんですけど・・・争いごとが得意じゃなくて平和主義者と言われるんですけど・・・でも友人間トラブルみたいなのに巻き込まれた時期があって、楽しかった生活が一変してしまったときがあって。

それをきっかけに人前で喋ることが苦手になったり、言いたいことがあっても言えなくなって。
それでパニック障害になって。

ひどいときは家でも30分ぐらい過呼吸が止まらなかったり、徒歩3分のコンビニも歩いて行けなかったり。
大学にも通えなくなっちゃって。

病院と話し合って1年休学しましょうって話になって。
そのとき実家に帰って、外に出ることもできないし何もすることができなかったので家族しか話せる相手がいなかった時期で。

何か、将来どうなりたいかっていうのを考える時間しかなくて。

そう考えたときに、体力的にもメンタル的にもどの会社に入っても、一生その会社で働くことはできないんだろうなって、何となく感じてきたんですね。

だったらメンタルが崩れたらどうしようって、びびって生活するんではなく、会社が相性合わなくて駄目でも、辞めた先に何をしたいかって、考えた方が楽というか。

だからその先に自分はどういうふうになっていたいんだろうっていうのを考えたときに、やっぱりずっと学んできた日本文化を世界の方に紹介することが自分にとってやりがいだろうなっていうふうに思って。

それを目標として生きたいなと。

日本文化を中高で学んできたけど、それを仕事にするイメージが湧かなかったので、とりあえずバイトでもいいから働いてみようって。

休学して最初の半年間は働ける状況ではなかったんですけど、メンタル的にも余裕が生まれてきたときに、まずは実家の九州にある、日本茶の製造会社でインターン生として1ヶ月間働かせて下さいと直談判して、働かせていただきました。

そこでは、お茶がどんなふうに流通されてるかとか、九州のお茶の可能性ってどんな感じなんだっていうのを勉強させていただいていて。

その勉強がすごく楽しくて。
これが自分の天職なんだろうなって思っちゃうぐらいすごい楽しくなって。

でそのインターンをきっかけに、まだまだ知名度が低いっていう現状があったので、これをもっと広げていくことに自分のやりがいはあるなっていうふうに感じてて。

休学を終えて東京に戻ってきて、東京で茶産業の現状を見てみたいなって感じてて。

そのときたまたまYouTubeで日本茶専門店が特集されていて、私と同年代の人が店長をされてて。
その方も日本茶の魅力を伝えていきたいと語られていて。
自分のやりたい事と似てるし、この方から沢山のことを学びたいし、吸収したいと思って。

そのYouTubeを見た後に、その方のインスタを見つけて、自分からお願いして働かしてくださいって。
今年の4月から浅草のその専門店で働かせていただいたっていうこともあったりして。

そのお店は日本茶をメインとした専門店ではあるんですけど、運営されているトップの方が、元々デザートの修行をされてる方で。

修行されてる中で日本茶の魅力にとりつかれて、日本茶に合うデザートを作ろうということでそのお店を作られたんですね。

そのトップの方が日本茶のことをいろいろ知る中で、私と同年代の方を見つけて、その方を店長にしようという流れで。

4月から働かせていただいたんですけど、やっぱり飲食店は難しいというか。

そのお店、人気のお店だったんですけど経営体制としては全然行き届いてないっていう感じだったんですね。
もうギリギリお金をやりくりしてるっていう状況だったんですね。

そういう現状を見て、自分ってたぶんお茶の飲食店を経営するんじゃなくて、お茶を中心とした飲食店の企業の管理をしていきたいなっていうふうに思ってきて。

中小企業、スタートアップの運営をするところからサポートをしていきたいっていうふうにバイトを通じてすごく感じて。

ゆくゆく九州に帰りたいので、九州で飲食店だったりスタートアップだったり中小企業のお茶の事業されてるところのサポートできる機関、仕事をしたいっていうふうに決めて、就職先はどう決めたらいいのかなって思ったときに、今の内定先を見つけて。

そこが中小企業とスタートアップの支援をする機関で。
将来やりたいこととマッチしてたので就職先は決まったっていう経緯があったりするんですけど。
人生振り返ったときに、日本の文化とお茶が自分の人生に絡んでるなっていうふうに思うし。

最初の方でライブ鑑賞が好きって言ったんですけど。
XG、HANAというグループは共に、日本の素晴らしい文化、エンタメを世界に発信していきたいって強い意志を感じるんですよ。

自分が惹かれるものって日本の誇るべき文化とかエンタメを世界に発信して世界の人が喜ぶ様が、一番のやりがいなのかなって思った感じです。


過去:テレビに出たことが一番大きかったかもしれないです。

ポンプ:
ちっちゃい頃ってどんなお子さんだったんですか。

理桜:
すごい育てやすかったと言ってて。赤ちゃんの頃も泣き叫ぶとかなく。
昔から自分の意見とか全然言えなかったですし。自分の意思とかを示すタイプではなく、周りと仲良くやっていけばいいよね、みたいな感じ・・・おとなしい子供だったなって思います。

ポンプ:
周りの方との関係性で、印象的な思い出とかありますか。

理桜:
小学校もおとなしい感じだったと思うんですけど、その割には1人で親元離れてホームステイ行ったりとか、突飛なことはしがちな子だったと思うので。
周りから見てもギャップが・・・理桜ちゃん、そういうことよくできるね・・・みたいなことは周りから言われてた感じはするんですけど、個性だと思ってて。

周りがやらないことやりたいなっていうふうには。

言葉にしないですけどずっとそれは思ってたことなので。
そう言われることが一つの嬉しさ、みたいな感じかなと思います。

ポンプ:
具体的にありますか。

理桜:
今ぱっと思い出したのは、テレビに出たことが一番大きかったかもしれないです。
自分で応募して出ました。

応募しようと思ったきっかけが、インスタでフォローしていたメイクアップアーティストの方がいて、この方のメイクがすごく好きで。
いつかやって欲しいなって思ってたんですけど。

その方のメイクってすごい人気で、予約を開放したもんなら3分ぐらいですぐ埋まっちゃうんですね。なかなか取れなくて、毎回駄目だなと思ってたんですけど。
ある時にインスタのストーリーに、今度初めて自分のメイクを特集したテレビに出ますって書いてあって、モデルを募集してますって書いてあって。

でインスタのDMに自分はどういうふうにメイクを通してどういうふうになりたいのかとかなんで応募しようと思ったのかみたいな理由を添えて応募してくださいみたいなふうに書いてあって。

普段応募できないならこれで応募するしかないと思って、つらつら自分の思いを書いて応募して。
5、60人ぐらいから選んでいただいて。
それで1時間番組の一番初めの5分10分ですかね。
メイクを通して変わりたい女性がいるっていうモデルとして選んでいただいて。

そのことが今まで一番大きかった出来事というか、気持ちも大きく変わったなって思います。

ポンプ:
気持ちが変わったきっかけって何だったんですか。

理桜:
(もともと)自己肯定感がちょっと低めというか。自分の容姿にも自信はなかったんですけど。

でもどっかでは、一般的に美しくないと言われてるかもしれない容姿しても、捉え方次第で絶対変われるぞっていう自信はあったんですね。
いろんな美があるんだよっていうのは伝えていきたいって。
おこがましいですけどなんかこうあるんだよっていうのをわかってほしいっていうのはすごく感じてて。

メイクとかではどうにもならないことも大きいかもしれないけど、でも自信のない容姿でも変われるんだぞっていう思いはどっかあって。
プロの力を使ってそうしてほしいなっていう願いはちょっとどっかであったので。
そういうタイミングでメイクモデルの募集があったので、当たったら私しかないって思って。

実際メイクを通して、周りからも表情が違うって言われたりしたので。

たかがメイクって思われるかもしれないけど、メイク一つの手段を使えば、マインド的にも変われるし、明るくなるっていうのももちろんありますし。
姿勢とかも全然変わるし。

人に対する喋り方だったり態度も良くなってるって周りからも言ってもらったので。

メイク一つで変わったっていうのが衝撃というか驚きというか。
それが自分自身にもプラスに影響されましたし。
実際に放送も良かったらしくて他のモデルさんで第2弾があった話を聞いたんですね。

第2弾まであったってことはやっぱり同じ悩みを抱えてる方っていらっしゃるんだろうなって思って。
メイクの力を改めて感じられたのは、大きい経験だと感じています。

ポンプ:
小学校とか中学校ってどんな生活でしたか。

理桜:
小学校に上がるタイミングで熊本から福岡に移動したんですね。
小学校で1回、福岡から佐賀に転校して、中高はずっと佐賀の学校に通ったんですけど・・・。

ほとんど楽しかった記憶が多いんですけど、私は中学受験をしていて。
周りは中学受験をする子がいなかったので、その中で勉強するのは結構つらかったり。

小5ぐらいから受験勉強を本格的に始めたっていうのもあって、ストレスで過食して太り始めた時期なんですね。
ストレスで髪が抜けたりで、有様を揶揄されたっていうのが大きくて。
他にも小6のとき、髪のスタイリングを親に任せてたんですけど、あるとき二つ結びで学校行ったら、ぶりっこみたいな感じで思われたらしくて周りからは、かわい子ぶって・・・みたいなふうに思われたらしくて、髪の毛引っ張られたり。

そういう経験が、なにくそと思いましたし、勉強で見返すしかないなって思ったので。
そこから絶対受かってやるっていう思いで勉強して志望校に受かって。

見返したという感じはないんですけど、勉強するきっかけはそこが大きいなって、思い出としてあって。

ポンプ:中学あたりはどうですか。

理桜:
中学は私立だったんですけど関東圏の子とか福岡県からとか、いろんな出身の子が集まる学校で、そこがすごい合ってて。自分の性格に。

いろんな文化が集まって、それを共有する時間っていうのがすごく楽しくて。
そこの生活をきっかけに大学の専攻も、まちづくりとか地域活性化について学んだんですけど、自分の地元ってどういうところなんだろうって。
自分の出身県ってどういう魅力があるんだろうっていうふうに感じるようになって。

学校でも自分の住んでるところをどうやってアピールするか、みたいな授業があって。
九州の町をもっと盛り上げて発展していくためにどうすればいいんだろうって考え始めた時期が中三ぐらいで思い出としてはあるかもしれないです。

ポンプ:
その後の高校生活、大学生活はいかがですか。

理桜:
エスカレーターでそのまま高校に入り、中3〜高3の4年間、体育祭の応援団務めた時期があって。最後高校3年生の時に私がずっとダンスを習ってた経緯で、ダンス演舞部長を任せてもらって。
その経験が自分にとって大きくて。

一応、中高の部活で茶道部と華道部は部長を務めたんですけど人数が少なくて20人ぐらいで、楽しかったんですけど。
体育祭ともなると人数規模が違うじゃないですか。

まず応援団の演舞を揃えるっていうのがきつくて。しかも私達のチームは演舞が強いっていうので有名なんですね。上位圏内に毎回入るっていうところで、プレッシャーもあってきつかった。
まとめる難しさもあったし、どうやってまとめていいかわかんなかったりして団長と仲たがいすることもあったし、話し合うこともあったんですけどその結果、4チーム中、3位でした。

演舞の項目で3位になってしまってすごい悔しくて、切り替えようと思ってもなかなか切り替えることができなくて。
自分ってなんの魅力があるんだろうか、とかいろいろ考えて。
自分駄目だみたいなことを考えてしまったことがあって。
自己肯定感低めで生活してたっていうのが一つの思い出としてありますし。

あと華道で大会に出ることになって。
それが3人で1組、学校でチームを組んで時間内で生け花をして、その後にスピーチもして評価してもらうっていう大会なんですけど私が部長のときに九州大会に出ることになって。
3人が私ともう1人の同級生と、あと1人が1個下の子だったんですね。

で1個下の子が結構おとなしいというか何も喋らない・・・なんで生け花にしたのかっていうのも読み取れなかったし、練習しようよって言っても歯医者に行きますとか言われて。
温度感つかめなくて。

(大会)行く直前も病院に行きたいですとか言われちゃったりとかして、チーム力っていうのをどうしていけばいいんだろうっていうふうには悩んだ時期ではあって。部活の経験が自分にとってはすごく大きい。
ていうのと、どうすればいいんだろうっていう、すごく悩んだ時期ではあったかなっていうのはありますね。


未来:人に寄り添っていろんな人を助けて死にたいっていうふうに思って。

ポンプ:
理桜さんがいなくなるまで、何かイメージされてることってありますか。

理桜:
私のおばあちゃんとかとおじいちゃんとかと話してると、ちょっと考え方が古いなっていうふうに感じることがあって。
幼少期の頃から叩き込まれてきたので当たり前だったんですけど、そういう考えの方たちをアップデートしていきたいというふうに思っていますし。
日本の誇るべき文化とか、自分なりの考え方を自分なりのやり方で発信していきたいですし。

世界から見た日本っていう・・・誇るべきプライド・・・何かそういうふうな活動を自分なりにやっていきたいなって。

ポンプ:
個人的にこうなりたいなとか、こうなりたくないとかありますか。

理桜:
私が尊敬している方は、元吉本興業でマネージャーとして働かれていて、かまいたちやとろサーモンをマネージメントされていた樺澤まどかさんです。

現在は吉本興業を退社されて、オーストラリアにワーキングホリデーに行かれています。
その様子がyoutube(@kabasawa_madoka)で映ってるんですけど、樺澤さんの人間性が大好きで。
英語も喋れない状態で、ワーホリされてるんですけど、喋れない自分にネガティブになりすぎるんじゃなく、自分の弱さを認めつつ、ポジティブに貪欲に学び続ける姿勢がめちゃめちゃかっこよくて、尊敬しています。

私はプライドが高い人間なので、私が樺澤さんのような状況だったら、海外いっても喋れない自分にとことん落ち込み、傷つきたくないから、周りともあまりコミュニケーションを取らずにワーホリ生活が終わっていくと思うんですが、樺澤さんの素直に分からないことは分からないと言い、毎日反省しながら成長される姿は社会人として、見習わなければいけないなと思います。

さっき自分自身、幸せだって話したんですけど、これって受身の姿勢だと思うんです。
これでは駄目だよなって思ってて。

幸せだと思って甘えてる自分っていうのは多分あって。
人に恵まれてるとかじゃなくて、挑戦して自分から殻を破らないと新しいステップには繋がっていかないと思うので。

理想としても好奇心とか向上心を忘れずに果敢に・・・空気を読みすぎる性格もあって周りに合わせてしまうことも多いんですけど、それも自分の個性として認めつつ、挑戦する心とか殻を破る大切さっていうのを知ってるので、挑戦していける大人になっていきたいなって思います。

ポンプ:
理桜さんにとって死という結末は、どんな存在になってますか。

理桜:
ネガティブには考えてないかもしれないですね。
苦労が多かった人生かもしれないけど、それでも楽しかったなって思えたときに、死を迎えたいなって思うので・・・

ポンプ:
質問がちょっと難しかったですか。

理桜:
・・・うまく答えることができなくて。
でも本当にずっと思うのは、何となくの人生歩みたくないなって思ってるので、現状に満足せずに自分が知らないことにも果敢に挑戦して。
苦労した分、人に寄り添っていろんな人を助けて死にたいっていうふうに思って。

ポンプ:
寄り添いたい、助けたいという想いの理由ってどんなところにあると思いますか。

理桜:
多分、小学校で軽いいじめ受けたのが一番の発端だと思うんですけど。
容姿とかで自分より下のレベルのわかりやすいもので比較していじめてくるっていう。

そのときから醜いなって思っていたので。
視野の狭さにすごい腹立ってた部分はあったので、自分はこういう人になりたくないし、自分なりの人生を・・・周りに流されない自分っていうのを歩んでいきたいって考えたんで。

表上、明るい方でもいろんな苦労をされてる方とも話したこともありますし。
裏のこと話してもらうには、自分の苦い経験だったりとか自分の苦労した経験を話せば、話してもらえると私は思ってるんですね。

だからこそ、それで初めて人に寄り添えると私は思ってるので。
簡単なもので見下されたくないっていう想いがあるからこそ、自分も寄り添えるように、いろんな経験を積んで進んでいきたいなと思いますし、考えが楽になったと言ってもらえるのが一番の嬉しさではあるので。
そういった人になりたいっていうのが目的として、挑戦もしていきたいなっていうふうには思います。

ポンプ:
最後に何か言い残したことあればお伺いしたいんですけどいかがですか。

理桜:
言い残したことは無いんですけど。
まとまりがつかない文章ばっかりで申し訳なかったんですけど。
自分自身を振り返るいい機会になりましたし、今やりたいことも過去の経験があったからこういうことをやってるんだなっていうふうに改めて考えることができてすごく自分にとってもいい機会になりました。
聞いていただきありがとうございます。


あとがき

理桜さんが最後におっしゃっていた、
「まとまりがつかない文章ばかりで申し訳ない」
という感想については、言うまでもなくインタビュアー(僕)の質問品質にも因るところで。

未熟で申し訳なく思いつつ終始、質問に対して熟考してくださいましてありがとうございます。

インタビュアーとして、ときに触れる、
「誰かのためでありたい」
という気持ちを探ることが多いのですが。

そこにある人柄というか為人(ひととなり)がどれだけ自分自身と違うのかという検証(いわゆるこのインタビュー)は少なくとも僕の、価値観を豊かにしてくれます。

仕事して、家に帰って。というある種不安定な繰り返しの中で、この揺るぎない”ものさし”は、最期に自分を支えてくれるんじゃなかろうかと。

ツラツラと書いててあらやだカッコつけちゃって、つって後戻りできなくなったので連想エピソードなんですが。

理桜さんが地方出身とのことで、同じく知り合いで地方出身の方の親御さんが、上京した際に渋谷のスクランブル交差点を見てあまりの人の多さに
「おい、祭りか?」
と思わず言ったそうです。

例に漏れず僕の地元は石川県で、およそ20歳あたりに東京へやってきました。
そこからずっと東京に住んでいて今では地元に居た時間よりも長く居ることになります。

いま思い返せば上京したばかりの頃は、
あのときぼったくりに会ってたんだな、とか
あの行動は、浮いてて周りが冷めてたな、とか
焼印のように記憶がこびり付いてます。

理桜さんのインタビューを聞いていて、上京当時の懐かしい記憶を思い出しました。

【インタビュー・編集・あとがき:ポンプ】


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