湧喜✨湧歓✨湧心家の人
現代のある街に「湧喜」「湧歓」「湧心」という三兄弟が住んでいます。
兄弟は毎日、街の人たちに喜びと幸せを届けることを生きがいにしています。
長男の湧喜は、朝露のように清らかな笑顔で村人たちに挨拶をし、その笑顔は見る人の心に喜びの泉を湧き上がらせています。
次男の湧歓は、春風のように優しい言葉で街の人たちを励まし、その言葉は聞く人の心に歓びの泉を湧き上がらせています。
末っ子の湧心は、夕陽のように温かな心遣いで村人たちを包み込み、その優しさは触れる人の心に愛しさの泉を湧き上がらせています。
ある日、街に大きな災害が訪れ、人々は心も体も乾ききってしまいました。
そんなとき、三兄弟は力を合わせ、街の人たちの心に希望という名の泉を湧き上がらせました。
湧喜の笑顔は、疲れた人たちの表情を和らげ、
湧歓の言葉は、落ち込んだ人たちの背中を押し、
湧心の心遣いは、不安な人たちの心を癒しました。
すると不思議なことに、人々の心に湧き上がった希望は、天に届き、人も物も様々な支援が街に届くようになりました。そして、人々の心の中にも、湧喜、湧歓、湧心を呼び起こしたのです。
それからというもの、街の人たちは三兄弟のことを「湧喜✨湧歓✨湧心家の人」と呼び、街も「湧喜✨湧歓✨湧心家の街」と呼ばれているのです。
あなたの街にも、あなたの心にも、そんな3兄弟が住んでいるかもしれません。
と思う2025年07月10日19時18分に書く無名人インタビュー1116回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは 岩渕賢次 さんです!
年齢:60代前半
性別:男性
職業:湧喜✨湧歓✨湧心家✨ アスカー【Asker】
音声バージョンもあります!
現在を一言で表すと
誰でも自分自身の中には、本当に素晴らしい最高の生命がある!
それをいつでも輝かせることによって、もっと毎日を愉しめる!
ミミハムココロ:
岩渕さんは今何をしている方でしょうか?
岩渕賢次(以下、ぶっちぃ):
会社員をしております。60で定年になり、その後契約社員として一年ごとの契約更新をして、今4年目の再契約中です。
ずっと同じ会社に44年間勤めながら、技術職から営業職になり、現在は若手の営業マンのサポートをしながら、週1日は、社内ダブルワークとして、長年の念願だった人材育成としての研修講師等の仕事もしています。
また、社内のダブルワークとして、エールという会社に外部委託のサポーターとして登録していて、年に数回程度しか仕事はありませんが、YELL者にマッチングされた、他社の様々な方々と、30分のリモートセッションを、2週間に一度、4回から8回、「聞く・聴くトレーニングのための伴走」の仕事をしています。
あとはボランティアで、地元の小中学校などを中心に、生徒さんの道徳の授業の際に、
『Emi【笑み】toありがとう!』の授業をしたり、保護者や先生、地域の方々向けに同様の講座を開いたり、自らアスキング【Asking】と名付けたリアル&リモートセッションをして、笑顔とありがとうの輪を広げて、それをライフワークとしてしております。
ミミハムココロ:
そしたら一番軸として置かれている、その再契約とかもされた会社の方は、どういったお仕事をされてるんでしょうか?
ぶっちぃ:
今はNTTグループの会社ですが、電電公社に入社以来、ずっと44年間続けて勤めておりまして、他社を知らないのですが、本当にいい会社だと実感しています。
もともとは技術屋としてスタートしたんですが、もう営業になってから30年以上、半分以上は営業をしております。
今は定年退職後の契約社員としては、若手の営業のサポートという形で営業の部署にいながら、直接何かを売ったりということではなくて、お客様のサポート、若手のサポート、そういうサポートがメインで仕事をしております。
ミミハムココロ:
今のそのお仕事は、やっていてどうですか?
ぶっちぃ:
面白いですね。
一番やりたい仕事はダブルワークでやってる週一回の人材育成研修。
新入社員研修とか、そういう研修担当をずっとやりたくて。
10年以上ずっと上司や幹部にアピールを毎年毎年年何度も何度も繰り返しアピールをし続けました。
結局契約社員になってしまった後もアピールを続けて、ようやく週一回だけですけど、研修をやらせてもらえるようになって、本当に感謝しています。
そちらはもちろんものすごい面白いんですけど、本来業務の営業も、ある意自分に合っている仕事なので。お客様と喋るのも愉しい、社内の人と喋るのも愉しい、話を聞くのも愉しい。トラブルが発生しても、それを調整して解決するのも愉しい!なので、天職のようなものかなと思いながら、本来業務もダブルワークも両方愉しんでやっております。
おもしろいことがあるから「楽し」のではなく、自分でいろんな面白さを見つけながら、湧き上がってくる歓びを味わう、そんな「愉しい」を日々味わってます。
ミミハムココロ:
どうしてそんなに人材育成の方に関心があったんですかね?
ぶっちぃ:
もともと44歳の時に心理カウンセラーの民間資格を取り、その翌年に質問学というのを学ぶ機会があり、その「キッズインストラクター・トレーナー」の資格とスキルとマインドを活かして、いろんな学校で質問の授業をさせていただきようになりました。
先生とか、保護者の方にも講座を開かせていただくようになり、20年間でのべ、1,000人以上の大人と子どもたちに、広げてきました。
人に歓んでもらうことが自分もものすごい愉しいということに気づいて、それをライフワークにしています。それの自分の特技、心音(マインド)を仕事でも生かしたいということで、社員の研修というのをやりたいとずっと訴え続けてきて、少しやらせてもらえるようになったということです。
ミミハムココロ:
それは外部で教えたりするのと、実際に社内の人材に対して接するのとでは違いますかね?
ぶっちぃ:
どちらも、基本的には同じです。
どうすればもっと毎日が愉しくなるかっていう事を考えて、自分で実践して習慣化できたことを元に皆さんに伝えています。
ただそれも、自分のやり方を教えるのではなく、「答えは自身の中にある」と強く確信していますので、相手の中から相手なりの考え方、やり方を一緒に見つけて、一緒に磨いて習慣化するという事を大切にしています。
地元の小中学校の生徒さんも先生、保護者、地域の方々も、会社の新入社員も中堅もベテランも、いろんな年齢の人、色んな立場、考え方の方々とお話をして、様々な新たな学びと気付きを積み重ねています。
全員に上手く届けられるわけではないですが、その時には伝わらなくても、生命(こころ)の中に、「自分の中には最高の生命の力がある!」と信じる種をそっと置ければ、そらがいずれ何ら赤の形で。「いつでも、どこでも、自分なりに簡単に愉しく持続可能な
「セルフモチベーションアップ」として生きてくると信じて希ってます。
※祈ることも大切にしていますが、「希う=こいねがう」と言う言葉も大切にしています。
ミミハムココロ:
社外ダブルワークのエールの活動は、どんなことをされてるんですか?
ぶっちぃ:
YELL(エール)っていうのは…もともと私はカウンセラーになって、一般的に言われているように口が一つで耳が二つなので、カウンセラーは喋るより倍人の話を聞きなさいと言われ続けてきたんですけれども。ただ私喋るのが大好きなので、ついついいっぱい喋ってしまうんで、もう開き直って喋るカウンセラーでいいやと思って、喋っちゃおうって開き直って活動してました。
でもやっぱり聞くのは大事だよなあって思ってた頃に、会社の上司から、「自分がやってるエールっていうのは面白いよって。君にも合うんじゃないか?」って、勧めてくれたので、体験して入ってみたら非常に面白くて。
私はもうずーっと聴いてるだけの傾聴は自分には合わないと思ってたんですが、エールの聴くトレーニングっていうのは、単に傾聴するだけではなくて、私の得意とする問いかけ、質問を駆使するので、とても魅力的でした。
どういう問いかけをすれば、相手の方がより気持ちよく話してくださるかっていう、すごく質問が大事なトレーニングだってことがわかったので、これはもう自分にぴったりだなと。聞く練習にもなるし、問いかける質問の練習にもなるし。というので、二年ぐらいもう続けているんですけれども、そのおかげで少しは聞く・聴くことができるようになりました。喋る半分くらいは、ちゃんと聴けるように少しはなったかなと思ってます。
色々な会社がエールという企業と契約をして、私たちのような登録している外部委託のサポーターと呼ばれる人が3000人程ます。話を聞いてもらうトレーニング、聞く力を養うトレーニングをしたいという会社さんとYELLが契約して、私たちに、一緒に伴走する係をマッチングしてくれます。
一定期間が終わった時に、「あー聴くっていいなぁ、気持ちがいいな、自分ももっともっとしっかり聴いてみよう」と思っていただけるような、そんな仕事もしております。
ミミハムココロ:
なるほど。好きな場所とかはありますか?
ぶっちぃ:
場所ですか?まぁ家が一番好きですね。
それから家族車で移動して、その車中も愉しみながら、景色の良い場所。富士山が好きなので、富士山が見える場所が大好きです。
ミミハムココロ:
家はどうして好きなんですかね?
ぶっちぃ:
とにかくもう私喋るの大好きで、そういう性格だと思われてるんですが、基本、根は明るくないんですね、決して。一人っ子で家の中でずっと一人で遊んでることも多かったので、子供の頃から比較的おとなしかったんですが。
心理学を学んで結構いろんな方と喋るようになって話すことは得意になったんですけど、一人でボーッとしてるのも大好きです。
家族と過ごすのは好きなので、家が一番落ち着くというか、愉しいです。家族と過ごすのが好きという方が合ってるのかもしれないですけど。
ミミハムココロ:
お仕事がお休みの日とかは、何されることが多いですか?
ぶっちぃ:
一番多いのは、ぼーっとしていることが多いんですけど、まぁ、テレビを見たり、本を読んだり。寝るのがとにかく大好きです。
毎朝5時50分ぐらいに起きるんですけど、平日は8時から在宅勤務を始めるんで、昼寝をしたり、また夕寝をしたりとかしたりします。休みの日はたまに午前中から寝ちゃったりとか。寝るのが大好きなので、出かける用事がない時は家にいますね。ずーっと。
ミミハムココロ:
今再契約という形でお仕事をされているじゃないですか。それは、この契約が終わった後はどういうことをしたいみたいなのは考えてらっしゃるんですか?
ぶっちぃ:
もちろん。今もライフワークとしてやってますので、それを本業として行こうと思ってます。
できればうちの会社が好きなので、70歳までは、会社勤めをしながらダブルワークも、もっと充実をしていこうと。バランスよく社内外で働いていこうと思っています。
ミミハムココロ:
今回、どうしてこの無名人インタビューに応募してくださったんでしょうか?
ぶっちぃ:
とにかく喋るのが大好きなので。この一時間も好きなこと喋って、それを聞いてくださるっていうので、もう渡りに船という感じで。ぜひぜひ聞いていただけるんだったらお願いしますって感じで。毎日stand.fmで、いわゆるラジオ的に喋ってるんですけど、勝手に自分の好きなことをもう独り言のように喋ってるだけですが。ニュージーランドの知り合いの方がずっと聞いてくださる以外は、もうお互いフォローし合ってる人が気まぐれでいいねしてくれるだけで、本当に自分のために喋ってます。
こういう喋れるチャンスがあれば、なんでもありがたくやらせていただこうと思って応募しました。
ミミハムココロ:
そのstand.fmはいつ頃から始められたんですか?
ぶっちぃ:
もうなんだかんだで三年ぐらいなるんですかね。私も年とともに声がしゃがれてきちゃったんですけど、三年前ぐらいはもっとマシな声だったので、富山の知人が「岩渕さん声もいいし喋りもうまいから、stand.fmやればいいじゃん」って言われて。へー、面白いと思って始めてから、もうずっと続けてます。
ミミハムココロ:
3年間ずっと続けてらっしゃいますけど、やっていてどうですか?
岩渕賢次:
もちろん聞いてもらって反応もらえれば、それは嬉しいんですけど。もともとは喋るのが好きでやってるので。仕事柄、いろんな方のお話を聞く機会が多いので、やっぱり一方的に自分がしゃべりたいことを喋るというのでバランスをとっていかないと、聞くときにも集中して聞けないので。そういう意味ではとにかく喋りたいことをしゃべって、とても心地良いです。
今は毎朝5時50分に起きてから、モチベーションを上げて。いつでもどこでもすぐにモチベーションを上げられる特技を実は私持ってまして。もう凹んでも大体三分で立ち直って元気になる。何にも楽しいことなくても勝手に楽しくなって、もう嬉しくなっちゃうっていう、そういうものを持ってるもんですから。そういう状態で毎朝、今日も楽しいんです!って言って勝手に喋ってるんで、そのうち誰かがあ、これ聞いてると元気もらえるなぁと思ってもらえたら嬉しいなぁと思いながら。でも聞いてなくても、自分がしゃべってこんなに楽しくて、喋れば喋るほど余計にまた自分のモチベーションが上がってきて幸せな気分を味わえるので。それで毎朝喋ってるという感じです。ある意味、自己満足ですね。
ミミハムココロ:
そのモチベーションをいつでも上げれる方法というのは、ある一定の時期から身についたものなんでしょうか?
ぶっちぃ:
そうですね。もともと私、仏法生命哲学っていうこと考えてまして。私は自分でそう呼んでるんですけど、22歳の時から、自分の中にはもう最高の生命があるって。まぁ一歩間違えるとスピリチュアル的な話になっちゃうんですが、私は生命哲学だと思っていて。
自分の中には本当に最高の生命があるんだって、それをいつでも燃やすことによって元気になれるっていうのは、ずーっと何十年も実践してきているので。最近いろんな本を読んでも、量子物理学とか様々なもので同じようなことを語られていて、科学者の人たちがやっぱり、そういうものが本当にあるんだって言ってるし。亡くなった村上和雄東大名誉教授も、そういう「サムシンググレート」という偉大な何かと自分の中の何かが結びついているんだとか仰ってるし。
そういう風にいろんな人がそういうことを説いているので、やっぱりその通りなんだなと実感しています。私の場合は、「ありがとう」が特に大切なキーワードなんですけど、ありがとうとか嬉しいとか、愉しいとかいう言葉を唱えることによって、自分の生命の中から、歓喜、大歓喜が湧いてくると。「超歓び」って自分では名付けてるんですけど、大歓喜よりももっとさらに中から湧き上がってくる、爆発的な喜びではなくて中から湧き上がってくる歓び。宝くじみたいな一時的な喜びじゃなくて、中からじわじわじわと沸騰するように湧き上がってきて、それが長く持続もする。静かになっても、いつでもそれを「ありがとう。嬉しい。愉しい」って言って呼び起こすと、いつでも愉しくなれるので。
それをずっと20歳の頃から実践をして習慣化しているので、今はもういつでもどこでも簡単にそれを取り出せる。取り出して愉しんでます。
腹が立った時なんかも、その怒りのエネルギーってすごい貴重なエネルギーなので、「ありがとう、嬉しい、愉しい」って言って燃やしてると、さらに元気になります。
だから短気なんで、しょっちゅう怒る…怒るというのとは違うんですが、イラッとすることはもうよくあるんですけど、その度に「ありがとう、嬉しい、愉しい」って言って、それをエネルギーに変えてモチベーションアップしています。それはそれでまた楽しいので、聖人君子みたいにいつもニコニコしているわけではなくて、怒ることもあるし、へこむこともあるんですけど、それを全部バランスよく愉しんでいる。ネガティブも愉しんでる。ポジティブも愉しんでいる。やっぱバランスが大事だなぁと思いながら毎日愉しんでいるって感じです。
過去を一言で表すと、
『人生山なし谷なし』
山あり谷ありのジェットコースターのような100かマイナス100かっていう、心理学の講座などで、グラフに書くようなの人生の大きな変化がないっていう意味で。丘の上り下りはいっぱいしてるんですね。
ミミハムココロ:
そしたら次、過去についてもお伺いしていこうと思います。振り返ってですね、自分ってどんな子どもだったなぁって思われますか?
ぶっちぃ:
そうですね。まず、その大前提として、今この時ライブワークで今この時を今すっごく愉しんでるので、あんまり過去こだわってないんですけど、あえてどんな子供だったかっていうと、さっきも言った比較的病弱でおとなしい子でした。
ようやく生まれた一人っ子で。で、五体満足に生まれないだろうと言われてたのが奇跡的に五体満足で生まれたけども、病弱だったって子なので、すごく甘やかされながらも厳しく躾られて。ツンデレの母だったので。
両極端なんですよね、厳しさと甘やかしが。そんなもとで生まれてきたのもあって、大人しい反面おしゃべりでもあったり、いろんな要素を持った面白い、自分では変わり者だなぁと思っているんですが、そんな比較的おとなしい幼少期でした。
ミミハムココロ:
その今ツンデレの母っておっしゃっていますが、そういったお母様のことを、当時はどういうふうに思われてましたか?
ぶっちぃ:
いやもう大好きだったので、常にくっついてましたから。ただ怖い時はものすごく怖いですけど、どんなに怒られてもやっぱり結局ほとぼりが冷めればひっついていくっていう。そんな甘えん坊な子でしたね。
ミミハムココロ:
だいたい小学六年生が終わるぐらいまでを一区切りとして、どういった生活だったなって思われますか。
ぶっちぃ:
6年生…。とにかくずっといい子で育ってきたので。6年生まで僕はそんなに疑問を感じて…でも6年生ぐらいからだんだん、おれは本当はそんなにいい子じゃないんだっていう自我が芽生えてきたけど。でも周りの親戚から近所の人からみんなもういい子だってレッテルをある意味でいい意味でレッテル貼られていたので、いや、いい子じゃないって。自分の中にドロドロしたものがあったりとかいうのとの葛藤を感じながらの6年生ぐらいでしたかね。今思うと。
ミミハムココロ:
この時期に、はまっていたものとか、好きだったものとかはありますか?
ぶっちぃ:
特にハマってなくて、みんなに合わせて。なので、みんながビー玉やってればビー玉やるし、どろけいって言って鬼ごっこみたいなやつがハマってればやるし、缶切りやるし、野球は野球で…だいたいみんなに合わせてですね。特にこれは誰にも負けないとか言ってハマってたものはないですね。
ミミハムココロ:
そのみんなに合わせている自分というものについて、考えていたこととかはありますか?
ぶっちぃ:
全然ないですね。普通に。合わせなきゃいけないとか言ってるのもないし、自我を抑えて我慢して合わせてたこともないし。普通に楽しんでた。
要はずっとそうなんですけど、平凡なので、可もなく不可もなくってずっと生きてきているので。
よく、人生山あり谷ありって言って心理学の講座とかに行くとグラフを書かされたりするんですけど。テレビでも芸能人呼んできてグラフ書かせたりしてますけど、ここが一番盛り上がってたわけで、ここがどん底でしたってものすごい零を起点にして上がったり下がったり、のグラフを皆さん書いてるんですけど。
私の人生ってそれがないので。今noteの連載で、人生山なし谷なしって言って、自分の過去を振り返りながら書いてるんですけど。平凡でしたね。突き抜けたものがないけど、特に苦手でこれが困っていることもないっていう。そんな目立たない子でした。
ミミハムココロ:
その小学校の後は、中学校に行かれたんですかね?
ぶっちぃ:
そうですね。中学ももう普通に目立たない。バレー部に入ってても本当に目立たないポジションで、地味にやって。クラスでもそんなに目立つこともなく可もなく不可もなく。
テストの点だけは要領よく取れてたので。ですけど、特別に優秀だっていう部類でもなく。中の中的なポジションでずっと勉強もスポーツも。仲間内のポジションとしてもずっとそんな感じでしたね。
ミミハムココロ:
いろいろな部活があったと思いますけれど、どうしてバレー部を選ばれたんでしょうか?
ぶっちぃ:
なんでなんでしょうね…。幼稚園は別なんですけど近所に住んでたずっと幼馴染が、小学校も一緒で中学も一緒に上がって。その彼がバレー部に、後にキャプテンになるんですけど、バレーをやるって言って多分誘われたんだと思うんですね。よく覚えてないんですけど。
ミミハムココロ:
可もなく不可もなくとはおっしゃっていましたが、バレー部3年間やられてどうでしたか?
ぶっちぃ:
いや、全然もうすごい思い出があるとか全くなくて…。中学のバレーボールはそんなに思い出はないですね。
ミミハムココロ:
その後は高校に進学されたんですか?
ぶっちぃ:
一人っ子で親の敷いたレールに乗るタイプだったので。
都立行きたい!と思ってたんですけど。技術が別にそんな好きじゃなく文系のタイプだったので、技術やだなぁって思いながら、親に言われるままに仕方なく高専に行きました。5年間寮で暮らして、苦手な電気工学を5年間学んで。
最初はもう絶対に三年で抜けて大学に行くって決めてたんですけど。大学の普通科にまた入り直せるので。そうしようって決めてスタートしたんですが、もう三年間寮生活してだらだらやってたらもう勉強するのが面倒くさくなってしまって。もうそのまま5年間高専で過ごした。そんな高校時代でしたね。
ミミハムココロ:
どうでしたか?そのダラダラも含めて、高専での日々は。
ぶっちぃ:
高専の日々は別にそんな楽しくなかったんですけど、寮生活はすごく楽しかったので。寮のいろんな地域の仲間と生活を共にするっていうのが。
やっぱり一人っ子で育ってきて兄弟がいないので、そういう本当に兄弟のような先輩と後輩とか、同級生に囲まれて、一緒にご飯を食べて一緒にお風呂に入ってっていうのは本当に楽しかったので。それはもう最高の思い出ですね。5年間。
ミミハムココロ:
はい。
ぶっちぃ:
大学で文系にシフトするためには、高専でやらない文型の勉強を自力でやんないといけないんですね。それで諦めてやめました。積極的に5年間の方を選んだわけじゃなくて。消去法で、もういいやこのままで、って言って5年間そのまま残ったって感じです。
ミミハムココロ:
なるほど。その5年間の後は、先ほどおっしゃってたように、もう会社に?
ぶっちぃ:
そうですね。電電公社に。
中学の時からそうなんですけど、要領だけはいいので。電電公社にクラスで2名、隣の電子工学から2名で併せて4名当時電電公社に行かせてもらえたので。もう全くその会社案内とかも全く読んでないですし、会社訪問も全くしてないですし。会社に入るための勉強も何もしてないんだよね。なので、遊んでる延長線でそのまま入らせてもらっちゃったもんですから、そこは本当にラッキーだったなぁと思うんですけど、そのまま電電公社に入って、三年後にNTTになって、今に至るっていうところです。
ミミハムココロ:
そしたらですね、起伏がないとおっしゃっていたんですけれど、あえて人生の中で、一つのターニングポイントだったなみたいな部分を一つ作るとしたら、どこになりますか。
ぶっちぃ:
あ~、起伏がないわけではなくて、山あり谷ありのジェットコースターのような100かマイナス100かっていう、皆さんがよくグラフに書くようなのがないっていう意味で。丘の上り下りはいっぱいしてるんですね。高めの丘とかの、上り下りはしているので。
そういう意味では一番大きなタイミングポイントは、22歳のときに、今でも私の生き様の根本になっている、仏法の生命哲学というものに出会って。それを学んで実践するようになって、自分の中には最高のこういう力もあるんだ~っていうのを気づいたのが、22歳の一番のターニングポイントですね。
その後、33歳は仕事の上でのターニングポイントがあったんですけど。44歳で心理学、日本メンタルヘルス協会というところに出会って、そこが二番目の大きなターニングポイント。
で、55歳で家内がプライベートカンパニーを立ち上げたので、それに一緒に今携わってるんですけど。
そうやってゾロ目で来ているので。22、33、44、55と来てるんで、次、再来年の66と13年後の77、すごい楽しみにしてまして。ここで本当に大きく…今年大きく飛躍する予定なんですけど、自分の勝手な予定の中では。今年来年と飛躍しつつ66でもう大きな転換期をまた迎える予定でおります。
未来を一言で表すと、必ずより良く変わります!っていう根拠のない大確信!!!
ミミハムココロ:
そしたらですね、今ちょうど話の流れが未来の方に向かったので、このまま最後、未来の質問に移りたいと思います。
今から5年後、10年後、20年後、そして最後、自分が死ぬところまで想像してみてですね、未来というものに対してどういったイメージを今は持っていますか?
ぶっちぃ:
さっきも言ったみたいに、今、この時を一番大事にしています。明日っていうのはもう明日になったら今日になっちゃうので。
なので、あんまり過去も引きずらないけど、未来もああなりたい、こうなりたいとか、十年後に向かって今を耐え忍ぼうとか一切考えてなくて。夢を愉しんで毎日を愉しんだ結果、5年後、10年後にどうなっているかっていう意味でいくと、5年後はまず悠々自適の生活をしながら全国を飛び回って講演会に呼んでいただいて。研修をさせてもらったり、一人一人と対話をしたり、いろんな方と互いに喜び合っている、5年後。それがさらに加速した10年後っていうイメージというか。もうそれは自分の中では決めてます。必ずこうなるんだっていうのは持ってます。
ミミハムココロ:
今年、先ほど大きく飛躍する予定だとおっしゃってたじゃないですか。これをもうちょっと具体的に教えていただけますか?
ぶっちぃ:
はい。もともとここ数年、脳科学者の茂木健一郎さんのおっしゃっているような、「根拠のない自信」っていうのを自分の中で一つ大きな軸の一つにしてます。
なので、大きく飛躍する根拠はないんですけど、年の当初に、質問学のオプションの一つで、漢字一文字のカードセッションをするのがあるんですけど。自分でセルフセッションして引いたカードが飛翔「翔」だったので今年は飛翔する!、大きく変わるんだって決めてスタートしてます。いろんなところでちょっとずつちょっとずつ今までにない変化が起きているので、間違いなくこれは変わるぞ!と大確信をしているところです。
なので、具体的に何か予定があるんですか?ってなっちゃうと具体的な予定はないんですけど。必ず変わります!っていう根拠のない確信があるというところです。
例えば、今回こうやってこういう機会をいただいたことが、自分でコツコツsnsとかで発信しているのとはまた違う形で、どなたかの目に留まって本当に大きく飛躍する一つの要素になるだろうと自分の中では勝手に大確信をしています。きっとそうなるだろうなって湧く湧く夢想空想を膨らませて愉しんでます。
ミミハムココロ:
先ほどおっしゃってくださった中に、5年後、10年後全国で講演会をしていきたいとあったんですが、その講演会の中ではどういったことを人々にお話ししていきたいんでしょうか?
ぶっちぃ:
今やってる延長線なんですけど。いつでもどこでも自分なりに簡単にセルフモチベーションアップができるんですよ。その根本としては、まず自分の中に最高の生命があるんですよ!っていうのを一番伝えたいんですけど。なかなか伝わりづらくて…。かつスピリチュアルな一面になったりするので、それは隠し玉として置いといてあります。
前面に押し出すのは、『いつでもどこでも誰でも自分なりに簡単にできる~「スムーズ」って、私、勝手に呼んでるんですけど~セルフモチベーションアップ』を一緒に見つけて習慣化しませんか!という事を声を大にして訴えたいです。
そのためには、「口角を一センチ上げるだけで人生変わるんです」
感謝、ありがとうを見つける。
ただ口にするんではなくて、当たり前のことの中から毎日毎日ありがとうを見つけて、口にして耳に入れて、文字に書いて目に入れて、体に染み込ませたら、間違いなく毎日愉しくなる!
口角を上げ、ありがとうって感謝して。プラスアルファ深呼吸してもいいし、自分の心地いいものはみんなそれぞれ違うので。同じ人でも日によって瞬間瞬間で全く違うので、やる気スイッチ、心地いいセルフモチベーションのスイッチってみんな違うので。それを一緒に探したい。
全国回って皆さん一緒に探しましょうって言って、まずは種を植えて。種を植えた中からやり方をもっと学びたいという方に個別にセッションをさせていただきながら伴走していって。で、そうやって自分で自分を元気にできる人が全国に広がっていって、その方がまたさらに広めてくれたら最高だなぁと思ってますね。
かといって、それを世の中にいっぱいあるような何か団体を作りたいわけではなくて。やっぱり、依存してほしくないので。結局いろんなメンターがいて、いろんな方がいろんな教えを説いていて、様々皆さんそこにお金をかけて時間をかけて学びを繰り返し繰り返し、いろんな新しいものに飛びついて学んでいっての繰り返しだと思うんですけど、まぁそれはそれで別に良い悪いことだとは思わないんですけど。
人に依存するんじゃなくて、きっかけの一つとして、私の講座やセッションを受けて頂き、あとは自分で自分のやり方を見つけていくのが一番いいんじゃないかな。自分なりに簡単にできる方法、自分だけの方法を探すのが一番いいんじゃないかなっていうのが私の持論です。
それを広げていきたい。広げていこうと決めています。
ミミハムココロ:
もしもの質問なんですが、もしも22歳で仏法生命哲学というものに出会わなかったら、その後の人生、今まで、どんな人生になってたなと思いますか?
ぶっちぃ:
たまに考えたことありますけど、めっちゃ暗い人生だったと思いますね。結局毎日愚痴を言う…、要は周りにいる同期だとか仲間だとかの姿と同じように、愚痴を言って文句を言って。もうお酒は飲めないんで、くだは巻きませんけど。そんな毎日を嘆いている人生になってたんじゃないかなと思います。
ミミハムココロ:
全国で講演会とか一対一のお話とかおっしゃってくださったんですけれども、それ以外で何かこれやってみたいなというのはありますか?一人でもいいですし奥様ともでもいいんですけれども。
ぶっちぃ:
喋って聞いて喜んでもらっての生きがいなので、それとセットであれば…それを切り離して考えることはないんですけど。
それとセットでっていうことであれば、私、鉄道が大好きな乗り鉄なので。全国いろんなところに乗ったことない鉄道に乗って旅をしたいですね。国内さまざまな所に行きたいと思ってます。それで行った先々でいろんな方と対話をしたいです。
ミミハムココロ:
今、最初に行きたい場所で、思い浮かんだ場所とかはありますか?
ぶっちぃ:
本当の自分の行きたい処を自分に問いかけてはいないんですけど、単純に頭だけで考えちゃうと、行ったことがない、四国の愛媛以外の三県と、山陰の鳥取・島根のその五県に行きたいです。まずは四国に行きたいと思いますけど。じゃあ時間とお金があって、さあ、どこに行く?って言われたら四国を選ぶかっていうと、そこは分かんないんですけど。
微妙ですね。四国に行きたいって思いもありますし。そうですね~…その時になってみないとなんとも言えないですよね。
どうしてもここに行きたいんだっていうのはとりあえず今はないですね。要はどこに行ったら愉しいとか、何が手に入ったら幸せとかではないので。最近は特に、今、この時を大切にしています。家族と一緒に家にいる今この瞬間が愉しいです。
どっかに旅行に行くのは好きなんですけど、どうしてもあそこ行きたい!って念じているとこはないって感じですね。
ミミハムココロ:
冒頭で、ボランティアもされてるって聞いた気がするんですけれども。そちらはいかがですか?
ぶっちぃ:
まぁボランティアって言い方があってるのかどうかわかんないですけど。小学校とか中学校の授業はお金もらってないので、そういう意味ではボランティアかなと思ってます。
あとはそのPTAのお母さんとか。今日も地元の中学校の先生のお話を聞かせていただいてたんですけど、全部無料でもちろんやっています。
そういう意味でのボランティアっていうことになると思います。何かボランティア活動に精を出してるっていうわけではなくて、自分の大好きなことをやりたいことを、お金をもらわなくても楽しいので、無料でやってるのをボランティアって呼んでるだけなんで。世間一般のボランティアとは違うと思います。自分を何か犠牲にして、自分の時間と体を使って人のために使うというのをボランティアと呼ぶのであれば、私のはボランティアではないかもしれないです。自分が愉しんでいます。
ミミハムココロ:
どうしてこんなに人の話を聞くっていうことに楽しいって思うんですかね?
ぶっちぃ:
あぁ、喜んでもらえる時に、自分の中でも同時に…仏法生命哲学上で「因果倶時」って言うんですけど。原因と結果が同時に出てくるっていう考え方があるんですよ。
誰かのために尽くしたら結果福運がついて後でいいこと起こるよっていうのももちろんあるんでしょうけど、もしくは自分を満たしてから自分が満たしたことによって溢れたグラスの水で他の人にも分けていこうよっていう考えももちろんあるんですが。
私は一番大切にしているのは、「因果倶時」っていう思考で、自分も相手も同時に嬉しいっていうのを一番大事にします。
わかりやすい例えで言うと、子供と一緒に美味しいものを食べているときに、自分もものすごく美味しくてもっといっぱい食べたいと思ってるモノを、子供がものすごく嬉しそうに美味しそうに食べている。で、一個残っているものを食べなって言うと、え、お父さんは食べないの?って言われる。いやいいよ、食べなよ言って、自分も食べたいんだけど、その食べてる子供が大喜びしてる。それを見てる自分ももう嬉しくてしょうがないっていう。自分が食べたら自分しか嬉しくないんですけど、子供に食べさせると同時に両方が嬉しいっていう、これをすごく大事にしているので。同時に嬉しいっていう。
そういう意味では、今日、地元の学校の先生のお話を聴かせていただいたのも、もういつも通り、お風呂上がりのようにすっきりとした笑顔でとっても嬉しそうにしてくださったので、それを見ているだけでもこちらも嬉しくてしょうがなくなる。そういう同時に嬉しいというのを味わいたい。聞くのが好きっていうことよりも、同時に喜びたいっていうのが一番ですね。
ミミハムココロ:
そういった考えというのは、聞くという活動を始めた当初から今に至るまで何か変化があったのか、それともずっと最初から今も同じものなのか、そうですか?
ぶっちぃ:
基本は22歳からのスタートなので、40年間の生命哲学の実践の中から、身に染みて実感してる。ただ、その頃はあんまり意識してなかったんですけど、ずっと長年それを実践し続けてきて、この年になって、ようやく同時に喜ぶということがじわじわと分かってきたという感じですね。
なので、このエールの活動で聴くを学んでそれが変わってきたわけではなく。40年間の生命哲学の実践の中から、身に染みて実感してる。同時に喜ぶっていうのはもうこんなに気持ちがいいんだ。こんなに愉しいんだっていうのをしみじみ実感してて、皆さんにそれをお伝えしたいなぁというのが今の一番の思いです。
ミミハムココロ:
わかりました。そしたら最後にですね、このインタビューのやってみた感想でもいいです。もしくはこれを読むかもしれない読者に向けての何か一言でもいいです。もしくは最後、自分が死ぬ時の遺言だと思ってくださってもいいです。何かしら一言いただければ。
ぶっちぃ:
そうですね。二言三言でもいいんだったら、一つは、インタビューしてみたい、する側になってみたいっていうのが一つ、一番感じているところです。
それから、聞いてる方に言いたいことは、本当に毎日愉しいっていうのを味わってみませんか?一緒に味わいませんか?って。いつでもどこでも自分なりに簡単にできるこの愉しみを一緒に味わいませんか?これは一番訴えたいです。
三つ目はいろいろ今日好き勝手喋らせていただいて、この「自分の生命って最高」なんです!とか毎日人生って愉しいんです!って、この喋ってること自体が超喜びを引き出す一つのキーワードになっているので。愉しくて愉しくて超歓びが止まらないんです。頬がもう紅潮して火照っているような状態の、すごいワクワク感が溢れている状態なので。おかげでそういう嬉しい時間が持てました。ありがとうございます!という事を最後にお伝えしたいです。
あとがき
岩渕賢次さん、ありがとうございました。
聖人君子みたいにいつもニコニコしているわけではなくて、怒ることもあるし、へこむこともあるんですけど、それを全部バランスよく愉しんでいる。ネガティブも愉しんでいる。
ポジティブも愉しんでいる。やっぱバランスが大事だなぁと思いながら毎日愉しんでいるって感じです。
この部分、すごく良いなあと思いながらお話を聞いていました。僕も最近は感情を楽しむ癖がありまして、生きていたらポジティブとネガティブの波があって当然という考えになってきました。生きるのは楽しいし苦しいからです。良くも悪くも思い通りにいかないことだらけだからです。
こういう考え方に至っても感情の起伏は激しいし、悲しい時はしっかり泣くし、腹が立つとこれでもかというくらいイライラもしますが、最終的には全部ひっくるめて「あぁ、楽しいなあ」みたいな変な境地に着地する事が多いです。いつもじゃありませんよ。
昔は何かあった時になぜか「早く気持ちを切り替えなきゃ」「なるべく冷静でいなきゃ」と考えがちだったんですが、辛い出来事があった時はとことん悲しんで、しんどい時はとことん苦しんで、嬉しいことがあった時はとことん喜んでいればいいや、と思えるようになってからすごく生きやすくなりました。感情に対して変に逆らわず、乗りこなす感じですね。
これからもこんな調子でゆるーくやっていこうと思います。
【インタビュー・あとがき:ミミハムココロ】
【編集:mii】

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