「人間らしさを覗くこと」でSMを通して自己実現をする人
みなさん、ダイエットって真剣にやったことありますか? 私はすこしあります。マイナス10kgダイエットしたことがあって、でもそのときに気づいたことがあるんです。ダイエットって瞬間的に食事量を変えたり運動しまくったりすることではなくて、「生き方」だなって。
だってその場しのぎで生活を変えても、すぐリバウンドしちゃうし、痩せてからもずっと健康的な体重を維持するように努めていかなきゃならないんです。いや「いかなきゃならん」ではなくて自然にそう落ち着いていくのです。健やかで穏やかな食事と適度な運動の生活に。だから、つまり、それって「生き方」だって。
ダイエットの話から始まりましたが、今回のインタビューのテーマはSMです。共通点あるの? あります。
今回のインタビューで思ったんです、SMという性癖(という言葉では括りきれないように思いますが)は、もはや生き方だなって。
え、つまりそれってどういう? ってところは本文でご確認くださいませ!
本日も無名人インタビューをお楽しみくださいませ!!!(主催:qbc)
今回ご参加いただいたのは ひの さんです!
X:https://twitter.com/hinominant/
現在:SMとは「そのままの素の自分でいていいんだよ」と許してあげる、許される場
qbc:今、何をされている人でしょうか?
ひの:SMをやっている人です。
一般の人にとってのSMとは、「鞭で叩くとか、縄で縛るとか、なんか痛いことするんでしょ?」 みたいなイメージがあると思うんですけど、SMってそういうのではないんだよっていうお話を今日はしたいなと思っています。
qbc:なるほど。SMって非日常だと思うのですが、どのくらいの頻度でやっているんですか?
ひの:今はだいたい週2でSMに関することをやっていて、リアルでは普通にお仕事をしています。
qbc:ひのさんは、SMのために仕事をしてるのか、仕事のためにSMしているのかっていうと。どういうバランスなのでしょうか?
ひの:リアル(日常)のためにSMをやっています。
SMって、入り込めば入り込んでしまうほど、底がない沼みたいな感じになるんですよ。
例えば、「主従」って言われてる関係性がありまして、主従の関係性って、いわゆるご主人様と奴隷やペットみたいな関係性。英語で言うと、masterとslaveの関係性だったりするんですけど、そういう関係性になると「ご主人様のためにリアルも含めて全てを尽くします」みたいになったりすることもよくあるんです。
でも、そうするとリアルが壊れてしまうということにも繋がってしまい、最終的にはリアルもSMも破綻してしまうことに繋がってしまうんです。
私としては、SMはリアルを壊してまでするものなのかっていうと、そうではないと考えています。
リアルとSMのバランスとは、リアルの生活があり、SMがあるわけでして、リアルをより楽しむためにSMっていうエッセンス、アクセントみたいなものを、上手に使っていけるといいなと考えてやっています。
それが、リアルとSMのバランスに関して、私の持っている考え方ですね。
qbc:なるほど。ちなみに、ひのさんにとってSMは趣味のようなものになるのでしょうか?
ひの:少なくとも私はSMを趣味とは言わないんですよ。趣味って言うと嫌がる人とかも、この界隈には結構いまして。人によってはLGBTQとか、それと近しい感覚を持ってる人もいるわけなんです。
qbc:SMが趣味ではなくて生まれ持った性癖だとすると、仕事とプライベートとSMの3つある感じなんですかね。
ひの:そうですね、仕事・私生活・SMっていう感じで分かれます。
qbc:なるほど。面白いですね。割合でいうと、どんな配分で生活されていますか?
ひの:割合で言うと、仕事が5割、プライベートが3割、SM2割っていう感じですね。
qbc:SMの割合を増やしたいですか?
ひの:それはないですね。バランスを取ってるイメージです。
さきほど言ったように、逆転してしまうと意味がないものになってしまうものだと思っていて。あくまでアクセントなわけですよ。
美味しい料理に、ちょっとアクセントで醤油をかけますとか、塩をかけますという話だと思ってて。塩がメインになったら、めちゃくちゃ塩っ辛いじゃないですか。
なので、あくまでメインの料理っていうのはあって。その上でのアクセントがSMだと思ってます。
qbc:なるほど。SMにもいろいろ種類があると思うんですけど、ひのさんのされているSMはどんなSMですか?
ひの:確かに、SMといってもすごく種類があるので、すべて分けることは無理だと思っているんですけども、私がやってるのは加虐のSMですね。加虐癖の人なので、加虐をすることが好きな人になります。
ひの:せっかく触れていただいたので、そもそも「SMとは」みたいな話をちょっとさせていただくと。
SMとは、自我の解放だと思ってます。xックスとかするのに、普通の感覚的に気持ちいいとかあるじゃないですか。男性であれば射精したときが気持ちいいとか、女性であればイッたときが気持ちいいとかっていうのがあると思いますが、SMは、それとはまたちょっと違った感覚になります。
一般の人たちからよく思われがちなのは、xックスの延長だよねって思われることって結構あって、xックスをしながら、ちょっとSMをして楽しむみたいなイメージを持ってる人が結構いたりするんですけども、SMをメインでやっている人からすると、全く別物なことも多いんですよ。
ただ、もちろんx ックスの延長で楽しんでる人を否定するつもりも一切ないので、そこは誤解がないようにしたいですが。
qbc:なるほど。なるほど。
ひの:人によっては、私もそうなんですけども、SMはするけれど、xックスをしない人っていうのもいるんですよ。
qbc:SMとxックスは何が違うんでしょうか?
ひの:求める欲求が違います。
性欲とSM欲は違うものになります。
私の場合は、xックスの延長ではなく、SMはSMとして、別物になってます。
SMとは、さっき自己の解放、自我の解放っていう言い方をしたんですけども、SMをすることによって、自由が奪われるわけですよ、でも自由が奪われることによって自由になるんです。
ここはすごく矛盾をはらんでる日本語なんですけれども、事実、そういう形になるんですよね。
qbc:どういうことですか?
ひの:人間って生きてる中で、すごく選択肢もあるし、いろんな苦労もするし、すごく頑張って背伸びして生きてるわけですよね。
例えばM女の方だと、いつも日常をすごく頑張ってて、日常も旦那さんとの関係がうまくいかないとか、仕事もすごく大変だとか、育児がすごく大変だとか、思うように自分のキャリアが積めないとか、沢山考えてすごく苦労してる、背伸びして頑張って生活してる人たちがいるんです。
そういう方たちって、やっぱりどこか苦しいわけですよ。
でも、ずっと苦しいままって当然辛いじゃないですか。
それを解放してあげる場っていうのが、SMという場になっているんです。
普段頑張っていることを、「いや、もう頑張らなくていいんだよ、そのままの素の自分でいいんだよ」って許してあげる場、許される場。
普段は日常の世界の中で生きているので、仮面を被って、しっかりしなきゃって生きていたりするんですけど。しっかりしなきゃって思っている人たちが、SMっていう場の中では、しっかりしなくてもいいんだ、全部自分の素のままで許されて生きていけるんだって思える。これが、自己の解放、自我の解放っていうものになります。
qbc:自我は、ほぼあらゆる人が抑圧されているというか。みんな我慢しているわけで。
でもそれは、お酒飲んだり普通にxックスで解放するって人もいるじゃないですか。
その中で、なぜSMを選ぶ人たちがいるんですかね。
ひの:その通りで、抑圧されている自我を解放する手段として、お酒であったりとか、スポーツであったりとか、いろんな方法があると思います。
なぜSMを選ぶ人がいるのかっていうと、そもそもSMが好きな人って、大きく分けて先天性の人と後天性の2種類いるんですよ。
qbc:2種類ですか。
ひの:先天性の人たちって、子どものころから、言葉は少し悪いのですけど性癖がひねくれてるわけですよね。
例えば、qbcさんの子どものころ『ヤッターマン』とかのアニメがあったじゃないですか。私の歳だと『セーラームーン』が多いんですけども。よく主人公の子が、悪役に縛られて捕まるとかってあるじゃないですか。
たぶん、普通の人とかだと「悪者怖い」みたいな、「正義の味方、助けて」みたいな感じに、感覚的にはなるんですが、先天性の人たちって、主人公が悪役に縛られている、捕まっている状態に対して性的興奮を覚えるわけですよ。
qbc:なるほど。
ひの:一方で、後天的に気づく人は、やっぱり何かしらの大きなきっかけがあったりしますね。
例えば、大人になって、少しずついろんな経験とかプレイをしていく中で、「SMっていう世界があったんだ」と、そこで気づいて入っていく。
ちょっとずつ知っていきながら、自分の性癖や考え方にに合うなと感じて、興味を持っていくパターン。これが後天的な人のイメージですね。
qbc:ありがとうございます。勉強になります。
ひの:さっきの話に戻るのですが、ストレスの発散というか、自我の解放が、スポーツであるとか、お笑いを見るであるとか、お酒を飲むであるとか、様々あるにも関わらずどうしてSMに走るのかというと、
一つは、さっき話したように生来の性癖というものがあります。
やってみるとわかるって言うと、元も子もないんですけど。すごく解放されるんですよ。頭が真っ白な状態になって、解放される状態になるんですね。それしか考えなくていいっていう状態になるっていう。
qbc:解放ですか。
ひの:人って、選択肢が沢山あることに疲れるんですよ。
マーケティングの話で言うと、選択肢が沢山あると正しいものを選べないという話があります。
ジャムの例で言うと、ジャムが50種類ぐらいあるとどれを選んでいいかわかんないけど、3種類だけだと正しいジャムを選べますみたいなジャムの法則という考え方があります。行動経済学や心理学になるんですかね。
これと同じ話で、人は選択肢がたくさんある状態だと疲れちゃうんですよ。生きてる中で、人が選択できる回数って限られてるっていう説もあったりしますけれども、人が選択すること自体にそれなりにエネルギーがいるわけですよ。
だからこそ、選択肢を一切なくされるっていうのは、解放されることにつながるわけです。
qbc:それは面白いですね。SMに行動経済学や心理学が関わってるんですね。
ひの:はい、それが、さっきの自由を奪われることによって解放されるっていう話になるんです。
自由を奪って拘束されて、選択肢が一切なくなる。もう「はい」としか言えなくなる。何も考えなくてよくなる。
この時頭の中で何が起きてるかで言うと、完全に真っ白な状態になって、言われたことだけ信じてればいいっていう状態になるんです。一種の催眠状態に近いんですけども。その状態になると、すごく頭が解放される状態になるんです。
お酒を飲むと、よりいろんなことを考えてしまうじゃないですか。スポーツやってても、いろんなことを考えるじゃないですか。
そうではなくて、、本当にひとつのことしか考えられなくなってしまう。
むしろ、何も考えなくてもいいっていう状態ですらあるっていう。
それがすごくすっきりする状態。これがSMに自我の解放を求めるっていうことです。
qbc:なるほど。ちなみにそれはM側ですよね。S側はどういう感じになるんですか?
ひの:S側も自我の解放は同じです。
私は加虐癖で痣フェチで泣き顔フェチなんですけど。泣いてるのが好きなのと、痣を見るのが好きで、それによって興奮するっていう性癖なんですよね。それが出来ることによって自分の満足が満たされるというのがとても大きいです。
qbc:なるほど。もっとご自身の解放の話もありますか?
ひの:はい、これも自我の解放と近しい話ですが、元々自分自身が抑圧しているものがあるんです。例えば、こうやってコミュニケーションしたら相手は気持ち良くやってくれるだろうなとかを考えて、思っていることとは違うことを話すことはよくあると思うんです。
勿論いい嘘とかもあったりすると思うし、悪い嘘とかもあったりすると思うけど、結構、みんな自分を、こういうふうに見られたいっていう思いで仮面を被って生きてるのが、世の中だと思うんですよ。
私自身は、すごくそれが好きではなくて、気持ち悪いって思ってしまうんですよね。
もっと綺麗なものを見たい、人間らしいものを見たいと思っていて。それが、「私にとってのSM」なんですよ。
普段自分の中ですごく気持ち悪いなって思っているものを、解放された状態で見ることができて、自分の中での安心感を感じて、人間って綺麗だなって思えるんですね。それで満たされるっていうのがあります。
qbc:ちなみに、先程からSやMとの話がありますが、世の中でよく言われるSやMとは違う気もするんですが、どうなんでしょうか?
ひの:そうですね。よくあるのが、俺はSです、私はMですみたいな話とか、一般的な話であるじゃないですか。
若い人が「俺はSです」みたいな。それとSMのSは違うものです。
性格のSと性癖のSっていうのは違うんですよ。
よく「俺はSなんだぜ」って、傍若無人でわがままで俺様で、みたいなのっているじゃないですか。あれは性格がSなのであって、性癖がSではないんですよ。
同じくちょっと弱々しくて口下手で、何か言われると、すぐしょんぼりしてしまうみたいな方は、性格的にはMかもしれないですけども。そういう人が必ずしも性癖がMっていうことではないのです。
qbc:なるほど。
ひの:むしろさっき言ったように、抑圧されてることからの解放が非常に重要なため、日常ツンツンしてる人とかすごい頑張ってる人とかで元気な人が性癖がMの人だったりもするんです。
qbc:日常の性格がSでも、性癖がMっていう場合もあるってことですよね?
ひの:そうですね。女の子はそのタイプが多い気がします。
過去:命を預けてもらうのがSMで、それが醸成された過去の壮絶な経験
qbc:そんな思考に育つのは子供の頃ってどんなお子さんだったんでしょうか?
ひの:私は、子どものころは、教育に厳しい家庭で育ちました。結構アウトドアは好きで、外で遊び回ったりとかもしつつ、友達と遊びながらゲームしたりもしつつという子どもでした。
ただ、教育が厳しく、週6ぐらい、何かしらの習い事をさせられていました。
あと、今の性格にもつながるのですが、何かをさせられるっていうのが非常に嫌いでして。子どものころから「これをやってきなさい」みたいな命令に近いことをされるのが嫌いでした。これは今でも嫌いです。
多少社会不適合者感は否めないんですけど(笑)
あと、どこかの組織に属するみたいなこととかも、子どものころからずーっと苦手でした。
子どもだと、よく好きな友達同士のグループで集まってつるむとかあったりすると思うんですけど、私の場合は、どこかのグループに属するっていうことがあんまり好きではありませんでした。
qbc:なにか、特殊な性癖が作られた理由みたいなものはあるんですか?
ひの:私の性癖がひねくれていた背景でいうと、これは法律に触れる部分もあるんですが、小学校のころに、中学受験するために、家庭教師の人を雇ってたんですよ。
当時23歳の大学生の家庭教師。ほぼ毎日家に来て、勉強を教えてもらってたんですね。
その家庭教師、男性なんですけど、いわゆるショタコンっていうやつで、私は当時、小学校5年生、6年生だったんですけど、家で家庭教師を勉強するっていうことを名目にしながらいろいろエロいことをされました。
qbc:大変な経験をされましたね。
ひの:そのせいで、トラウマになり、一時期、男性恐怖症になってしまいまして、中学生までは、男性の肌に触れることができない状態でした。運動会や部活とかで円陣組んだりすると思うのですが、ああいうのも一切できなくて、男性の肌に触れるのが怖い、気持ち悪いっていうのを子どものころはずっと思っていました。
高校生になってからは少しずつ薄れてきて、男性にも触れるようになってきたんですが、その経験がきっかけの一つで特殊な性癖が作られたというのもあるんだろうなと思ってます。
qbc:「性」というのがあるというのは、当時理解できていたんですか?
ひの:小学生でレイプまがいなことをされていたときは、一切理解してなかったです。ただ、何か悪いことをしてるなっていうことは、なんとなく薄々感じてたんで、親とかには言えなかったです。理解したのは、中学生からですね。
qbc:自分にも「性」への認識が出てきたころ?
ひの:そうです。「xナニーっていうものがあって」というようなものを知り始めたのは中学1年生からです。
qbc:どういう気持ちでその大学生の人はそんなことをしてたんでしょうね。
ひの:そのときは、楽しく遊んでいたくらいの感じだったのかもしれないです。
それとも、かわいい、好きみたいな感じだったのかな。もう今となっては何を考えてたのかわからないですね。
ただ、本当に小学生にするようなことではない犯罪を色々されて、完全に開発をしていたなとは思います。
私の感情は、悪いことを何かしてるけどよくわからないし、言われた通りするかみたいな感覚でした。
かわいがってくれるお兄さんみたいな感覚でしかなかったです。
qbc:なるほど。高校からは、そのことも徐々に忘れていったんですね。
ひの:慣れていったっていう感じの方が近いですかね。忘れていったというのはないですし、今でも話しながら多少はイラッとはしています。
でも、もう言っても仕方ない話ではあるので、すごく嫌な思い出だなって思いながらも、「もう終わった話だしまあいいか」という感覚ではあります。
高校のときぐらいからだんだんと薄れていって、こんなふうに話せるようになったのは、つい数年前からですね。
qbc:そのようなご経験をされながら、SM自体を知ったのはいつ頃だったんですか?
ひの:私は後天的な方なので、SM自体に触れたのは5-6年ぐらい前です。
中学校のときからSMという存在があることは知っていたのですが、そういう世界が実際にあって、やってる人たちがいるんだと知ったのは、5-6年ぐらい前です。
qbc:最初はどんなところから興味を持ったんですか?
ひの:一番初めは、縄から興味を持ちました。緊縛ですね。
有名な「ロープアーティスト」のHajime Kinokoさんという方がいらっしゃって、その方を知ることがきっかけでした。
ひの:緊縛師ではあるんですけども、ロープアーティストという言い方をして、世界中でとても綺麗なロープアートをやっている方です。
「縄ってエロいんだろうな。SMってエロいんだろうな。」って思ってたんですけども、こんなきれいな世界があるんだと気づいて、興味を持ったっていうのがSMに興味を持ったきっかけです。
SMは勉強すればするほど本当に深い世界なんです。
例えば、縄で縛るのも、ものすごく勉強するわけですよ。縛っちゃいけないところとか、やってはいけないこととかがたくさんあったりします。
加虐も、叩いちゃいけないところとか、危ないこととか、意図してない怪我を絶対させないなど。
SMをするのには勉強は不可欠だと、私は考えています。
qbc:ただ遊ぶというわけでは全く無いんですね。
ひの:はい、そうですね。相手に命を預けてもらうのがSMなんです。
だからこそ、常にコントロールをした上で、安全に命を預けてもらいます。
そのために、S側としていろいろ勉強する必要があって、縄しかり、首の締め方しかり。
よくソフトのSMでも首絞めなどはあるのですが、
首絞めの仕組みとしては、脳に行く血液の量を減らすことで、脳をボーッっとさせて考えることをしにくくさせることが一番の目的なんですよね。
普通にするように首の頸動脈を締めたら落ちてしまったり、意識を飛ばしてしまったり、場合によっては後遺症を残す可能性があるほど危ないので、絶対に両方の頸動脈は締めないようにします。ましてや、気道を押さえるのは問題外であったりします。
少し具体的な話をしましたが、単純にプレイをするにしても安全なやり方があって、そういうものを学んでいくことがプレイをするのに命を預かる側としてはマストで知るべき情報であると思っています。
qbc:確かに命を預かるものですものね。他にも考えてプレイをしていることはあるんですか?
ひの:そうですね。M女さんが何を望んでいるのか、どういう気持ちでいるのかを、考えていくとすごく深かったりします。例えばフェチと一言で言っても、山のようにいっぱいあるんですよ。
qbc:SMの中のフェチですか?
ひの:例えば、マミーって呼ばれるミイラのようにするフェチがあります。身体をぐるぐる巻きにした上で動けなくさせるプレイです。
あとは、一般的にはコスプレもフェチの1つですし、着ぐるみのフェチもあったりしますし、サテンが好き、さらさらとしたものが好きとか、競泳水着のフェチもあったりとか、あとは圧縮袋とか、フェチの話でいうと数えきれないぐらい山ほどあるんですよ。
そんないろんなフェチがある中から、好きなものを理解して何を欲しているのかを考えてあげることも重要であったりします。
未来:SMの性癖がもう少し認められるような世の中になってほしい。
qbc:なるほど、ありがとうございます。
色々な経験をされてきておりますが、ここからは未来について聞いていきます。
5年後10年後はこうなっていたいとか、死ぬときには人からこう思われていたいとか。どんなイメージをお持ちでしょうか。
ひの:難しいですね。これは性癖の話なので、SMに関して終わりはないかなって思っていて、SMに関しては、ずっとやっていきたいなとは考えています。
今後何していきたいかって、具体的なことを考えているわけではなかったりしますけれども。SMショーに出て行ったりしたいなと考えています。
あとは、SMが、性癖として世の中にもうちょっとだけ認められるようになるといいなっていうのは考えています。加虐が好きな人がいるんだよ、被虐が好きな人もいるんだよって。
LGBTQと近いんですよっていう話をさっきしたんですけど、LGBTQの人からすると同じにするなって言われる人もいたりとかするので、何とも言えない部分ではあります。
ただ、昔に比べると日本もLGBTQ、多様性っていうところに関しては少しだけ認められつつあるようになってきてると思っています。なので、それに近い感じでSMというものに関しても、こういう性癖の人がいるっていうことを理解してもらえるような社会になるといいなとは思っています。
qbc:SMの性癖は、誰しもが持ってる要素なんですかね?
ひの:誰しもではないと思います。
qbc:無理な人は無理?
ひの:無理な人は無理だと思います。ノーマルな人には無理なので。ただ、持ってるけど気づいてないっていう人も沢山いると思います。
qbc:なるほど。興味がある人はどうやって始めたらいいんですかね。
ひの:一番安心なのは、SMバーだと思います。
もし興味があってSMの世界を見てみたいっていう話であれば、SMバーから行ってみていただくっていうのが、実際の経験・体験としては一番入りやすいと思います。
qbc:SMバーってどんなところなんですか?
ひの:SMバーっていうと、怖いイメージというか怪しいところなんじゃないかとか、ぼったくられるんじゃないかとか、そういうイメージもあったりすると思うんですけど。めちゃくちゃ安全なところだと言いたいです。
「SM」ってつくお店でいうと、アダルトの風俗のお店もあるんですが、SMバーは全くそういう場所とは違う場所になります。
qbc:確かにSMは風俗でもありますね。
ひの:風俗のお店と違って、SMバーはおしゃべりする場ですね。
キャバクラとかの接待してくれるとかっていうところではなくて、フェティッシュな人たち、いろんなフェチがある人たちが集まって、みんなで「自分はこれが好きなんだよ」みたいな話をしながら、人を否定せずに過ごせる場所です。
どんな自分も受け入れてくれるところで、非常にアブノーマルで、自分は世の中一般的なマジョリティのところからはズレてるなっていう人が集まってきて、自分はこれが好きなんです、こんななんですっていうことを話したら「わかる、わかる」っていうふうに、みんなで楽しくお話をする場所っていうのがSMバーです。
qbc:なるほど。
ひの:なので、非常に安全な場所です。下着を脱ぐのも駄目ですね。
近しい場所だと、xプニングバーもあるのですが、xプニングバーはxックスすることが目的だったりすることも多いです。xックスはオッケーですし、好きに過ごしてくださいっていう場所なんですけども、SMバーはSMをする場所で、xックスをする場所ではありません。
qbc:なるほど。コンセプトがSMのバーなんですね。
ひの:そうです。コンセプトがSMなんで、縛ったりとかもしますし、鞭打ったりとかもする人もいますけれども。8割ぐらいはおしゃべりです。
qbc:じゃあ、常にショーがあるよっていうわけでもなく?
ひの:お店にもよります。ショーをずっとやっているお店とかもあったりします。
東京とか大阪とかが、やっぱり集まっていたりするので、有名なところだとアルカディア東京、アルカディア大阪っていうのが有名だったりしますね。他にも、コンセプトが縄がメインのお店とかもあったりします。
qbc:一般の人たちにもSMを知ってほしいという気持ちは、どれくらいの強さのものなのでしょうか。
ひの:別に、強く知ってほしいっていう気持ちがあるわけではないです。興味ある人に知っていただけたらいいなとは思うのですが、どっちかというと、認めてもらいたいっていうイメージ、否定をしてほしくないっていう意思の方が強いですね。
例えば、女性が女性のことを好きなのはあり得ないとか、男性が男性を好きなのはあり得ないみたいな、そういうようなことを否定してほしくないだけなんですよ。
SMをやっているからといって、それだけで危ない人だとか変な人だとかっていうように否定するのをやめてほしいだけです。
興味がなければ、全然触れなくていいと思いますし、否定だけしないでくださいって思っています。
qbc:なるほど、ちなみにSMっていうのは、例えば、恋愛関係とか結婚する相手のように1対1がベストなものですか?
ひの:それは結構人によるんですけど、恋愛や結婚とSMは別物で捉える人の方が多いです。
私の場合は、籍は入れていませんが長年同棲をしている彼女がいまして。彼女とSMの相手とは全く別物です。
そして彼女は別物であるということは理解をしてくれており、SMに関する活動については公認になっています。
彼女とは別にSMの相手をしてくれる方はいますが、恋愛感情は一切ないですし、彼女に対する気持ちとは、全く別物です。
イメージとしては、恋愛関係とSMの関係は、同じスポーツの野球とサッカーの違いではなくて、全く種類が違うサッカーと焼肉の違いみたいな、完全に種類が違うものだというのが私の考えです。
qbc:なるほど。
ひの:でも私は、性格的にデミロマンティックという気質があるので、これはすごく人によると思います。
qbc:デミロマンティックですか?
ひの:はい、アロマンティックとかアセクシャルとかっていう種類がありまして。簡単に言うと、アロマンティックっていうのは恋愛ができない人。アセクシャルっていうのがxックスしない人、できない人ですね。
デミっていうのが、ちょうど間ぐらいの感じで、デミロマンティックっていうのが、めったに恋愛にならない人。で、デミセクシャルというのは、基本的には滅多にxックスしない人です。
私は、デミロマンティックっていう部類に入るんですけど。相当な関係値を持って、深い人間関係が醸成されない限りは、相手に対して好きっていう気持ちを持つことがないんですよ。
恋愛感情が醸成されることがほとんどないので。そのため、SMのパートナーにおいても、滅多なことで好きとかそういう感情になることは、ないっていうのが大前提であったりします。
もしかしたら、人によっては好きとか愛とか、そういう感情が沢山ある方たちもいらっしゃると思います。
qbc:そうなんですね。
ひの:そこは、本当に人それぞれだなって思っていまして、多くの人が、リアルでは、SMが好きだということをなかなかカミングアウトできなかったりするので、さっきの抑圧されている自己の解放っていう部分を体現するために、他へ求める人は結構多い印象を持っています。
qbc:SM欲と性欲、人によってきっちり分かれていたり、分かれていなかったりって感じなんですかね。
ひの:SM欲と性欲は、別物ですが、同じ人もいると思います。
女の子は近いことになる人も多いので、必ずしも全員が別というわけではないんですけども、少なくとも私にとっては別物です。
qbc:もしもの質問をします。もしもSMに出会ってなかったら、どういう人生になっていたでしょうか?
ひの:そうですね。まあ普通に過ごしてたんだろうなって思いますけどね。そこに関しては、あんまり考えたことがないので何とも言えないですけど。
ただ、SMがあるからこそ、自分らしさっていうのを表現できてるなって思いますし。多様性とか、いろんな人に対して許容できるっていう気持ちが、すごく芽生えているっていうのはあるので、そこの部分がなくなっているっていうのはあるかもしれないですね。人に対する許容範囲が薄まっているのかもしれません。
qbc:SMによって、自分らしいっていう感覚があるってことですね?
ひの:SMによって、自分らしさ/自己実現ができていると思います。私にとっては、やっぱり私自身も抑圧してたりとか隠してたりとか、それがあるからこそ日常でとても苦労してたりとか、我慢してる部分とかがあって。それをSMによって吐き出すことができているっていう状態なんです。
これは、性欲としてxックスしたいみたいな話とは、全く別の話です。
だからこそ、SMがもしもなかったら、自分らしさっていうのを押し込めてる状態になってしまって。抑圧された状態になって、苦しんでいたのかなって思います。
qbc:SMするとどんな気持ちになるんですか?
ひの:私は、高揚感と安心感と愛情ですかね。
qbc:なるほど。終わった後は? どんな感じ? SMが終われば日常へ帰っていくわけですよね?
ひの:終わった後は、帰っていくっていうか。日々やってることなんで、私の中ではほぼつながっています。終わった後は、満足感ですね。
qbc:安心感っていうのは何ですかね?
ひの:安心感っていうのは、相手が全てさらけだしてくれてることによる安心感ですかね。
qbc:なるほど。それは、受け入れられてるっていう感覚ですか?
ひの:受け入れているっていうのと、認められている、それを出しても大丈夫だと思ってもらうことによって自分が受け入れられている、ってことになります。
qbc:日常の中で自分を解放できない不安がある?
ひの:不安というか、抑圧されている気持ち悪さっていうのが、日本語としては一番しっくりきます。
qbc:ああ、ペルソナの話ですね。
ひの:自分もですし、人もですが、たぶんこの人はこう思ってないんだけれど、これを言ってるんだろうなとか。そういうのを見ていて、嘘がすごくわかったりするので、そういう中身が見えない気持ち悪さっていうのが、私の中ではすごくモヤモヤするものになります。
qbc:最後に言い残したことがあれば、お伺いします。
ひの:一応これは私の意見で、私の考えで話したのですが。SMって本当に人それぞれの考え方があってやってたりするものなので、これが答えですっていうわけでは全くないので。あくまでいち意見として聞いていただけたらなという感じです。
あとがき
SMとはー。wiki見てみましょう。
SM(エスエム)は、サディズム(加虐嗜好)およびマゾヒズム(被虐嗜好)的な性的嗜好に基づいて行われる倒錯的プレイ全般、ないし同プレイを含む文化様式(サブカルチャー)群の総称である。加虐被虐性愛(かぎゃくひぎゃくせいあい)とも言う。
今回のインタビューで印象的だったのは、性欲とSMに対する欲求を切り分けていたところだった。あんまり仔細にはいりこまないけれども、今回のインタビュー参加者においては、最初性的な遊びの延長にSMがあったと思われるのだけど、どうしてそれが性欲とわけられ、独立したもの、性的満足はなくともSM欲さえ満足すればよいというほどになったのだろう。不思議だ。
ともあれ60分の対話で相手のすべてがわかるはずはなく、ただ60分の中で手に入れただいたいすべてがこの記事の中にあるだけだ。あんまりガッついてもしかたない。手に入れられなかったものは手に入れられなかったのだ。
本当はそうではないのに、社会のしきたりや文化の綾でもって本心ではない発言や振る舞いに気づいてしまうことは、誰しもあると思う。私もそういう上っ面をひっぺがしたいがために、この無名人インタビューをやっているふしもある。本当はお母さんが憎かったんでしょうとか、やりたいことなんてないけど何者かになろうとしてあがいているんでしょう、とか。
ただ、このインタビューは、相手が脱ぎたければ脱いでもらってもいいし、脱ぎたくなければ脱がないでもいいよ、という消極的な立場でやってる。すけべに脱いでほしい脱いでほしい、とは思ってない。だってこちらから誘っておいて、実はあなたのすべてを見たと思ってたなんて、いやらしすぎない?
私は安心して自分のことを話せる場を、当たり前のように用意している時代を作りたいと思ってる。
毎度のことではありますが、皆様の感想を心からお待ち申しあげております。
コメント欄にて待つ!
インタビュー担当:qbc
編集協力:有島緋ナ
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