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みかんインターン主催者の人

みなさん! 学生のときに何していましたかね? 
私は、漫画研究会の部長やってました。会なんだけど、部長って呼ばれていましたね。不思議なんですけど。
まあ私は大学2浪してたので、入学したときからばんばんお酒飲んでいて、すごくゆるい大学だったので、部室でお酒飲んでても大丈夫だったんですね。なので学校に行ったらずっとお酒飲んでたし、部活に止まってお酒も飲んでいました。
ずっとそういう生活でしたね。
学業は、ぜんぜんやってませんでした。
1回も出席していなかったゼミで単位が取れてなかったら、卒業は難しかったかもしれませんええ。すごい奇跡でした。私は運が良いのかもしれません。
大学で何していたかっていうと、、そうですね、ほんと、お酒しか飲んでいなかったかもしれない。。
人生、いろいろですねえ。
ということで! 無名人インタビュー始まります! 今日は!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは 中村優斗 さんです!

現在:そういうところでこんだけやったら学生も自分についてきてくれるし、農家さんも賛同してくれるしってところでそういうのが自信になって。

qbc:今何をしている人でしょうか?

中村:今は、次、今年度、東京農業大学の大学4年生になり、年に2回毎回愛媛県の西予市明浜町というところで農業インターンシップを主催していて、大体去年ですと年間に50人ほどの学生を東京から地域に呼び込み、農業を通して地域を知ってもらうという活動をしています。

qbc:いつ頃から事業の方を始められたんですかね?

中村:ちょっと開催する経緯を話すと、元々、小学校の頃に小学校入学前まで愛媛県に実は住んでいて、それでそこから横浜に引っ越したんですけど、ずっと愛媛県が好きで。将来愛媛に帰りたいなとか、ずっと愛媛に住みたいなっていう思いがあり、そんな中大学1年生の夏にみかん農家のアルバイトにたまたま応募して、それきっかけで愛媛県に行くことになり、それで1ヶ月ぐらいアルバイトをしたんですけど。
本当に海の見える、海と山、みかんっていうのがすごい景色が良くて、本当に楽しくて。この経験を他の学生にもしてほしいというところで大学2年の夏から始めたので、一昨年の夏から始めました。

2021年の夏から始めて、最初は本当個人的に友達を呼んで本当面白いところあるから来てみたいな感じで5人ぐらいで始めて。2回目が2022年の春にやって、その時も個人的に友人とかを集めたりして、ちょっと地域の人にも協力をお願いしながらやったっていうところで。その2回やったところで、こんだけ東京から学生連れて来てるんだからもっと活動の輪を広げたいって思って、行政の方々と交渉して、行政の方々の協力を得て一気に規模がでかくなって、去年の夏からはしっかり事業として開始したっていう形になります。

qbc:事業やられてるときの気分っていうのは、どんな気分でやられてるんすかね?

中村:もう自分が大好きな愛媛県、そして明浜町っていう大好きな町に東京からはるばる大学生が来てくれるってところで、本当にもう自分も何か地元の人と同じような気持ちで、よく来てくれたなとすごい嬉しいなっていう気持ちですね。
結構飛行機と電車で、愛媛県の松山市からも電車で1時間半とか車だと2時間ぐらいかかるところで。電車の最寄り駅からもバスで30分ぐらいとか本当に田舎の場所で。愛媛県の人でも行ったことないような場所だったりするので、そんなところに東京からはるばる来てくれて本当嬉しいなっていう気持ちが一番大きいです。

qbc:東京から何時間ぐらい?

中村:東京からですと羽田で飛行機が1時間半ぐらいで、そっから電車なんで、3時間半ぐらいですかね。

qbc:待ち合わせ抜かしてみたいな感じですか?

中村:そうですね。待ち合わせ抜かしても、その電車とか単純な時間だけでも3時間半ぐらいはかかるかなと。

qbc:嬉しいってどんな感じの嬉しさなんですかね?

中村:結構自分も同じ体験、自分も初めてそこで農作業をしてそういう景色の中でやったって体験と同じ体験をしてくれるっていうところで、すごくなんていうか、共感してくれたりとかもするので。本当にこんな良い景色がいいとこあったんだみたいな、すごいですねみたいなところですごい共感してくれるのが嬉しかったりってのはありますね。

qbc:明浜町の特徴的なところってなどんなとこなんですか?

中村:もう一面海にすごい囲まれていて、半分は山に囲まれていて、本当に平地のスペースが少ないというか、もう家がギュッと密集していて、あとはもう全部みかん畑と海っていう感じで。あれですね、家がすごい近いんで、町の人たちもすごく和気あいあいと、本当に町全体が家族のように温かい街町で。もうおすそ分けとか、自分たちが泊まってるところにも帰ってきたらなんか野菜とかみかんとかが置いてあったりみたいな感じで。町全体が家族みたいなところです。

qbc:人口ってわかります?

中村:人口は今2,000人ぐらいだったと思います。

qbc:学生はどれぐらい滞在するんですか?

中村:基本的には1週間で。例えば夏とかだと1週間のインターンを3回やって。冬は1週間を1回やるって形で。1回に受け入れる学生は大体7人から8人ぐらいで、それを3回やって24、25人プラス運営の学生で、5人とかで回したりとかしてますね。冬は繁忙期で結構ミカンの収穫が忙しいので、一気に25人ぐらいとかを呼んで、1週間25人で共同生活を送って、みかんの収穫をやるっていう形になってます。

qbc:受け入れ農家さんってどうやって探してきたんですか?

中村:最初は、僕がアルバイトした農家さんに紹介してもらって、徐々に活動の場を広げていったんですけど。行政の方々から協力をしていただけてからは、なんで去年の夏からは、行政の方々に頼んで行政の方々が結構農家さんを探してきてくれて、お願いしますって感じで受け入れていただいてるって感じですね。
ただやっぱり始める前に個人的にもそういう活動を行っていたので町全体で東京から学生連れてくるみたいなことをやってるらしいぞみたいな噂が広まってたんで、それで結構受け入れやすくなってたってのはあるかもしれないです。

qbc:農家さんの反応ってどうでした?

中村:最初は、例えば夏の時期って意外とみかん農家の仕事ってなかなかあまり仕事が実はなくて、夏に来てもあんまり仕事無いよとか。東京から来た大学生が結構みかん畑って斜面が急で本当もう立ってるだけでも大変みたいな場所もあるので、東京から来た特に女子大生も参加者で多いので、女の子がこんな暑い中作業できるのみたいな感じで結構最初は大丈夫なのかなって心配な意見も結構多かったんですけど。実際受け入れていただけた後は本当に来てくれてありがとうって感じで、こんなにしっかり作業もしてくれると思わなかったし、本当に家族のように一緒にご飯も食べたりお昼休憩したりとか、あと農作業だけじゃなくていろんな東京での学生生活の話とかもして、本当に家族のように迎え入れていただいて。最後も最終日お別れのときには涙する農家さんもいらっしゃったりして、本当にそんな感じでした。

qbc:学生側の反応はどうですかね?

中村:学生側もまず、いつも僕が最寄り駅まで車で迎えに行って町に向かうんですけど、町に向かうときにトンネルを抜けると、海がぱっと開けて見える場所があってそこからずっとみんなテンション高くて。こんなところあるんだみたいな、ジブリの世界というか急に景色が広がって、すごい喜んでというのが最初で。
農家さんもすごい想像以上に温かくて、学生さんもやっぱ初めて農作業って方も結構多いので、農家さんに怒られちゃうかなとかいろいろ心配されてる学生もいるんですけど。もう最初会った瞬間からすぐ農家さんと打ち解けて、毎日楽しく農作業に行くみたいな日々をインターン中は送ってましたね。

qbc:学生たちは前後で何か変わったみたいなこと言ってました?

中村:学生さんはやっぱ参加して、農業インターンシップに参加したことが一つ成功体験みたいになって、もっといろんなことに挑戦したいって言ってる学生が多かったですね。
みかんインターンという名前で一応活動してるんですけど、やっぱりインターンという名前がついてるので、結構1年生とか2年生にとってはちょっとハードルが高かったりとか。あといきなり知らない人たちと一緒に共同生活、いきなり農家さんところで農作業ってところで、新しい場所、自分の知らない場所に飛び込むってところで最初は結構不安があったりすると思うんですけど。
それでもしっかり1週間やり遂げたところでの成功体験ってところで、これ私とか僕こんなことできたんだからもっと東京帰ってもいろんなこと挑戦しようとか、農家さんからも頑張ってこいよみたいな声をかけられるので参加者の中では東京に戻って学生団体とかを作ったりとか、より活動的になってるなってのは見てると思います。

qbc:行政はどうでしたかね?

中村:行政の方々も本当に最初は人が集まるのかみたいな、学生さんが本当にこんなとこに来てくれるのかみたいな不安もあったんですけど、本当に来てくれてちゃんと農作業もしてくれて、農家さんの評価も良くて、本当に行政としてもすごく嬉しいし、今後も続けていきたいという言葉はいただいています。
ただ、この事業の目的というのか、関係人口の創出、そして移住定住への促進というところを目的としてインターンやっているので、より学生に継続的に、一度きりじゃなくて何回も町に来ていただいて、それで最終的には移住とかも考えられるようなインターンシップにしていきたいというところが、行政としてもそういう願いがありまして。そこはまだまだ正直課題な部分もありまして。やっぱ楽しかったけど来るのが1回2回だったりする学生もいるので、もっともう3回4回、もうずっと来てもらって、最終的には移住みたいのが考えられるようなインターンシップにしていきたいなと思います。

qbc:ここで言う行政ってどこの行政なんですか?

中村:一応西予市から補助金はいただいてるんですけど。僕たちが活動している明浜町の狩江地区ってところに公民館がありまして、そこが今、行政の派出所みたいな機能を持っていて、狩江公民館としての事業ということで西予市にプレゼンをして補助金をいただいているって形です。
明浜町の狩江公民館、狩江地区っていうところで活動して。その狩江公民館ってところが市役所の派出所的な機能を持っていて、そこに行政の職員の方とか、地域おこし協力隊の方もいらっしゃって、その方と協力して行ってるって形ですね。

qbc:中村さんは、性格については周りの人から何て言われます? 

中村:行動力があるだったりってのはすごい一番言われるところですね。やっぱり何か課題であったりとかを見つけたときには、もうすぐ自分で動きたいタイプで。
実はこのインターン始めたきっかけも愛媛が好きっていうのもあるんですけど、もう一つ、コロナ禍で結構大学生がなかなかやりたいこともできなかったり、特に農業大学に通っているので、農業実習とか農業に興味があって農大に入ったのに全然実習の授業とかが、やはりコロナ禍で難しくて。農家さんとこ行きたいのに行けなかったりとか、思うように大学生活を送れてないっていう学生が結構周りにいて。そういう学生を愛媛に連れて行くことで一つ愛媛県の明浜町でフィールドとして使ってもらったりとか、本当そこで楽しんでもらうっていうのも一つ、大学生が思うように大学生活を送れてないってとこも課題意識としてあったので、そういうところも解決したいなって思いで始めました。

qbc:性格については周りの人からなんて他に言われますかね?

中村:行動力があると、あと見た目に比べて意外と優しいとか。あと結構人の立場に立って考えることが多いっていうのはよく言われますね。そんな感じです。一番はやっぱ行動力とは言われますね。

qbc:自分自身では自分の性格なんて思ってますかね?

中村:行動力あるって言われるんですけど、意外となんか怖がりだったり、行動する前にちょっと思い止まっちゃうみたいなときもあるんですけど。
自分の性格的にはやっぱ人のために何かをしたいっていう思いが一番強いかなと思いますね。自分で何かいろいろ成し遂げるっていうよりは、誰かのためになるんだったら自分が少々犠牲になっても、その人のためだったり社会の課題とか解決できるんだったら苦労は厭わないみたいな性格なのかなってのは自分では思ってます。

qbc:実際行動始めるときにはその怖さをどうやって突破するんですかね?

中村:結構大学入って、自信がついてきたってとこが一番大きいですかね。結構大学入る前までは割とそんなに。ここぞっていうときの行動力あったと思うんですけど、日々行動力があったかと言われるとそうでもなかったんですけど。
大学入って、いろいろそれこそこのインターンシップを開催したりとか、あとはそのインターン以外でも結構農家さんと大学生のマッチングみたいなのも関東で行っていて、そういうところでこんだけやったら学生も自分についてきてくれるし、農家さんも賛同してくれるしってところでそういうのが自信になって。
今は割と計算が立つようになったというか、こんだけやったら多分こんぐらいの人来てくれる、例えばイベントだとそうだったり、こんぐらいやればこのぐらいの成果を上げられるみたいな計算が立てるようになったのでそれが行動力に繋がってるのかなと思います。

qbc:ざっくりどれぐらいで自分は変わったと思います? 期間で、何ヶ月で変わりましたとか何年で変わりましたっていうと。

中村:年数でいうと、1年生からなんで、1年半ぐらいで変わりましたね。

qbc:それはどれぐらいの頻度でそういう怖がったりとか何か悩んだりみたいなのをくり返したんですかね?

中村:しょっちゅう何か始めるときは、最初はもう何でも「いや、どうしようかな」みたいな。

qbc:新しいことにチャレンジしたりする頻度は、ざっくりどれぐらいだったんですかね?

中村:頻度的には、挑戦は1ヶ月に1回ぐらいですかね。

qbc:18回ってことですよね、大体1年半で。

中村:そうですね、18回ぐらい挑戦して。新しいアルバイト始めるとか、自動車学校に行くとか、そんなことなんですけど。そういうことでもちょっと最初怖じ気づいちゃったりってのがあったんで。そういうところですね。

qbc:周りの近しい人から、家族恋人、親友とかそういう距離の近い人からは、性格についてなんて言われますかね?

中村:家族からはだらしないって言われますね、結構。アバウトというか、しっかり数字詰めないところ。何て言うんすかね、アバウトで、まあこれやってみたらできるだろうみたいな、それが行動力にも繋がってる部分あると思うんですけど。とりあえずやってみようみたいなところも最近は特に。今まで結構自怖じ気づいてるとこも多かったんですけど、逆に最近はなんか、まあとりあえずやればできるっしょみたいな感覚になって、逆にアバウトだよねって言われるところも多かったりしますね。

qbc:なるほど。ご趣味は?

中村:趣味は旅行とドライブと、あと温泉巡りとか。あとサークルでスカッシュサークルっていうあのテニスの壁打ちみたいなスポーツがあってそれに入ってたりするのでスポーツも好きですし。いろいろ何でも趣味は。
あと音楽ヒップホップが大好きなのでヒップホップ聴くことも大好きですね。

qbc:ヒップホップは何を聴かれます?

中村:ちゃんみなとかご存知ですかね? そういうところとか結構イケイケのヒップホップだったり。あとラップバトルとかも結構好きなので、そういうラップバトルをYouTubeで見たりってのは。

qbc:誰が好きですか?

中村:ラッパーで言うと、輪入道さんってご存知ですかね? 輪入道さんとか、そういう何て言うんすかね、男っぽいラッパーで、なんかちょっと不器用なところもあるんだけど、その不器用さもまたかっこいいみたいなラッパーが好きですね。あまりにすごい器用すぎるラッパーよりは、ちょっと不器用で、言葉もちょっと乱暴だったりするんですけどそれが筋を通していてかっこいいみたいなのが好きですね。

qbc:中村さんは、今はどちらにお住まいなんですか?

中村:横浜です。

qbc:横浜だと、みかんインターンっていうのは旅行に入るんですかね?

中村:インターンの打ち合わせとかは割と1人で行ったりとかもするんで、気楽に半分旅行みたいな感じで観光スポットを巡ってって感じなんですけど。もうインターン中は逆にもう受け入れ側なので、旅行というよりは全然バスツアーのガイドさんみたいな気持ちですね。いろいろ学生が怪我しないかとかすごい毎日心配ですし、ちゃんと学生が夜ちゃんと早く寝てくれてるかとか、観光スポットこういうところを巡ってみたいな。もう、ここ来るの1週間で3回目だなとか思いながら、これはこうでみたいな説明したりとか、どっちかっていうとなんか受け入れ側の色が強いですね。

qbc:中村さんにとって、旅行はどんな感覚を与えてくれてどんな気分にさせてくれてるものですか?

中村:新しい景色を見るのがすごい大好きで。そういう新しい景色を見ることによって日本にもこんなところあるんだ、こんなところ、こんないい景色あったんだみたいな発見がすごい楽しいですね。電車乗るのが大好きでいろんな鉄道とか乗っていて、こんな車窓あるんだみたいな感じで。逆になんか何回も同じ場所行くよりはやっぱ常に新しいところに行きたいなってところがあって、こういう新しい発見みたいなところが旅行は楽しいかなと思ってます。

過去:世間と現実のギャップもあるんですけど、大学の教科書みたいな、教科書と教授と実際の現場でもギャップがあったりとかして。これ現場違うじゃんみたいな

qbc:子供の頃はどんなお子さんでしたでしょうかね?

中村:愛媛県に住んでたってこともあって、ちょっと田舎だったので同級生があんまりいなくて、全部お兄ちゃんお姉ちゃんと一緒に遊んでいたので。自分がいつも年下だったので一番本当は甘えん坊ですぐ泣いて。すぐ泣いてもみんなから大丈夫ってあやしてくれるみたいな感じでかなり甘えん坊なとこがあって。それはちょっと今でも変わらない部分だったりするんですけど。そういう性格でしたね。

qbc:どんな遊びをしてました?

中村:結構年上の女の子とかが近くに住んでる子が多かったので、割とおままごととか、それこそシルバニアファミリーみたいな。あと家族ごっことかシール交換とか。あと普通に男の子と遊ぶときはドッジボールとか、自転車乗って遊んだりみたいな感じで割と外で活発に遊んでました。

qbc:家族ごっこってどんな感じの?

中村:5人6人ぐらいで、おままごとの一種ですね。誰お父さん誰お母さんで君お兄ちゃんね、みたいな感じで家族構成決めて、おままごとみたいな感じで。普通に家族の日常をやるみたいな感じです。

qbc:まだそのときの記憶って覚えてます?

中村:めちゃめちゃあるんですよね。結構友達からもそんな幼稚園の頃の記憶なんて俺覚えてないよとかよく友達とか言ってるんですけど僕はめちゃめちゃ覚えてて。鮮明に覚えてますね、幼稚園の頃の記憶とか。それがやっぱり愛媛が好きになったっていう結構大きな部分でもあったので。やっぱりちっちゃい頃なんでちょっと記憶が美化されてるところもあるかもしれないんですけど、やっぱそういう、楽しい記憶ってのがすごいあるので愛媛が好きだなってのもあります。

qbc:愛媛は何歳まで住まれてた?

中村:小学校入学前までなので6歳になる前、6歳ぐらいまで住んでましたね。

qbc:小中高ってどんな感じだったんですかね?

中村:小学校のときは結構外遊びして、放課後も外で土で遊んだりとかってやってて。小学校3年生ぐらいからスポーツクラブの公式ドッヂボールっていう、ドッヂボールのスポーツクラブが地域にあってそれに入って、結構スポーツもうまくなって。ってところで小学校の頃本当外で盛んに遊んでて。
ただ小学校5年生になったときに中学受験を始めるってなって、それでスポーツクラブはやめちゃって。そこからはちょっと、受験勉強をっていうときに小学校6年生のときに、やっぱ受験勉強も結構厳しくなってきて、まだ小学校6年生なんで遊びたいみたいな気持ちもあって、そういうときに担任の先生とあんまり折り合いがつかなくて、結構小6のときが今までで一番荒れてたというか。結構授業中抜け出しちゃったりガラス割っちゃったりとか、いろいろ、今思うと。

qbc:小学校ですよね?

中村:そうなんですよね。小6でガラス割っちゃったりとか。ペットボトルのキャップで何か教室とかでサッカーしてて、友達がちょっと邪魔だったんで押したらたまたま友達が床がツルツルで滑っちゃって、頭ぶつけちゃって、縫うぐらい血が出ちゃうみたいな事件も起こしちゃって。そういうちょっと散々な小学校6年生で。
親も小学校に呼び出しをくらったり何度もしてっていうところで結構なかなか小学校6年生は自分の中で難しい時期というか、いろいろ勉強もしなきゃいけないし、でもなんか遊びたいしみたいなところで、心と体がかみ合わない時期でしたね。

それで、中学生に入ってからは中学受験が無事に終わって、志望してた中高一貫校に入れたので、もう高校受験しなくていいっていう感じで。中1からはずっとサッカー部に入って、ずっとサッカー漬けの日々でしたね。結構練習とかも厳しかったんですけど、頑張ってやって。
高校に上がるタイミングでバドミントン部に入っているので、高校からもうずっとバドミントン部で部活に。ほぼ中高は部活に捧げてたって感じでした。そんな感じですね。

qbc:何が好きな子って言ったら、何が好きな子だったんですかね?

中村:スポーツですね、もう断然。何でも、基本スポーツは得意だったので。もう体育の時間とか、何かあればもう全部先頭切ってボールよこせみたいな感じで。特に小学校の頃とかは本当スポーツが好きで体動かすのが好きな男の子っていう多分、周りからの印象だったと思います。

qbc:愛媛は、明浜ではなかったんですかね?

中村:住んでたのは松山市内なんですよね。そんでその頃は明浜とは特にご縁もなかったんですけど、でも父が農業系の企業に勤めていて、後から聞いた話なんですけど父は愛媛県に住んでいた頃に明浜にも何度か足を運んだことがあるっていうの、後から聞いてわかりました。

qbc:デジャヴみたいのありました? 見てた記憶がありました?

中村:明浜ですか?

qbc:大人になって行くとか、再訪したときにですね。

中村:僕は明浜行ったことなかったので。

qbc:連れてかれたってわけじゃなかったの?

中村:そうですね、お父さんだけ行ってたんですよね。ただ、愛媛県の松山市内とか他の場所はちっちゃい頃行ってたのを、また大人になって戻ってくるっていうところで、それこそデジャヴみたいな感じで。ちっちゃい頃見た景色だ、みたいな感じですごい最初は嬉しかったんですけど。
あとなんか想像以上に自分が住んでたマンションとかがすごいちっちゃく見えて、こんなにちっちゃかったんだ、町全体がすごい小さく感じて、やっぱ結構幼稚園に住んでた頃と大学生で行ってみるとかなり違うので、こんなにちっちゃくなってんだっていうのはびっくりしました。

qbc:なるほど。小学校は横浜なんですかね?

中村:横浜です。

qbc:なんか違いというものを感じました? 

中村:めちゃめちゃ感じました、子供ながらに。
やっぱり愛媛の頃は人が、子供の数も少ないっていうのと、たまたま自分が仲良く周りにしてたのが自分が一番年下ってこともあって一番かわいがってくれるし、何もしなくても何かお菓子とかもくれるし、全然何も主張しなくても常に気にかけてくれるお兄ちゃんお姉ちゃんがいるとか。大人の方々もみんな周りの大人の方々知り合いだったので常に目を配ってくれるというか挨拶とかもしてくれるってとこだったんですけど。
横浜に来てもうやっぱ全然すごい人が多くて。小学校も、まあ別にこっちはそんなに多いわけじゃないんですけど、ひとクラス30人の3クラスで90人ぐらいいきなり同級生が90人、今まで1人だったのが90人いる学校に来て、何かその最初は全然なんか何も主張とかしないと、これって何か自分から何か言わないと駄目なんだなみたいなものってのを子どもながらに感じましたね。今まで黙ってても何でもしてくれるお兄ちゃんお姉ちゃんが、何かしら声かけてくれるってもう全部待ちの状態だったんですけど。それが自分から何か動かないと何も誰も助けてくれないみたいなちょっと怖い、ちょっとそういうところなんだみたいな、ちょっとショックみたいなのに近い感覚ってのは今でも覚えてます。

qbc:なんか、それを変えていくわけじゃないすか。そこから自分の主張をするようになっていくってことなんですかね?それはきっかけっていうか、どうやって変えていけるものなんですか?人間って。

中村:最初入った頃、僕、中村優斗っていうんですけど、もう1人なんちゃら優斗くんって子がいて。なんかそっちの子の方が目立ってて、お前なんか偽優斗だみたいに言われて。いじめじゃないですけど、ちょっとなんか若干小1の頃そういうイジリとかを受けてて。それなんかうわ、嫌だなって思ってて、それをちょっともう何かやめてみたいなのを友達にちゃんと強く言ったのが、変わるきっかけというか。ちゃんと言えば通じるんだなというか。あの言えば、やめてくれるんだなみたいな感じで、ちゃんと自分から主張しなきゃみたいな。そういうのは思いましたね。

qbc:このとき相談とかしました? こんなふうに偽優斗って呼ばれてるんだみたいなことを。

中村:親に相談しましたね。で、親からちゃんと言ってきなさいみたいな。嫌だって言わないとわかんないでしょみたいな、言われて。まあちゃんと自分でそこでもう言わなきゃいけないんだなみたいなのはずっと思いました。

qbc:ご家族はどんな関係なんですか?

中村:そうですね、すごい仲いいと思いますね。他の家族がどんぐらいかわからないんですけど。でも、家帰ってもよく喋りますし。父が農業系ってところもあって自分が勉強している分野とも近いので、そういうところでも話しますし。お母さんとはドラマの話とか、そういう芸能人の話とかで盛り上がったりとか。本当にいつも何か友達の名前もほぼほぼ知ってるぐらいの。大学に入っても、何々君と遊んでくるみたいな感じで通じるみたいな。仲はいいかなと思います。

qbc:ご兄弟は?

中村:いないですね。ひとりっ子です。

qbc:大学受験はどういうお気持ちでこの選択をされたんですか?学部選択、大学選択。

中村:大学受験は、結構今も農家さんでアルバイトとかをしていて、今父も農業系ってこともあって、本当に農業大好きで農大来たんだねってよく言われがちなんですけど。ちょっと違くて、実は。
一応私立の中高一貫校に入って、みんな早稲田慶応とかMARCHとか行く人たちが多い中で、結構もう部活しかやってなくて、割と落ちこぼれちゃってて。これ、現役で行ける大学あんのかなみたいな感じで探してたときにたまたま東京農業大学を見つけて。父さんも農業系だし、1回過去問解いてすごい何か解けて。ただ行けるかなみたいな感じで。学園祭、収穫祭って言うんですけど、それも高3の10月に行ってみて。楽しそうだし、ここでいいかなみたいな感じで決めました。結構関東の私立の農業系ってなかなかなくて、大学自体が。僕自身、数学が苦手で文系を選んでたってのもあって本当に文系で農業系っていくともうほぼほぼもう絞られてほぼほぼ東京農業大学しかないってとこだったので、じゃあまあここでいいやみたいな感じで選びました。

qbc:これは、お父さんが農業関係じゃなかったら選択肢入ってなかったですかね?

中村:多分入ってなかったですね。そんな割とそんなに特別小さい頃とかは、自然は好きでしたけど、あんま雑草とかは触るの嫌だとか。小学校とかなんか横浜引っ越してからしばらく経つとあんまり虫もなんか好きじゃなくなって、虫触るの嫌だしなみたいな感じで、全然なんか。
ただ高校1年生とか2年生の頃とかに農学部系の大学とかの見学は親に連れて行かれて行って。そういうのでなんとなく農業系に進むのかなみたいな。やっぱ父が農業系っていう影響もあるかもしれないですね。

qbc:入ってみて実際どうでした? その農業っていうのに関して言うと。

中村:そうですね、意外と世間で言われてるいわゆる農業とは結構違うところもあり。もちろん合ってるところもあるんですけど、そういうギャップみたいのが面白いですね。なんかよくニュースとかではこういうこと言われてるけど実はこうなんだよなみたいのを学べるってのはすごく面白いです。

qbc:例えばどんなところが?

中村:例えば一番わかりやすいのだと、農業は儲からないって言われてる。けど、自分が行った農家さんとか知り合いの農家さんとかもバシバシ売り上げてすごい良い車乗って、っていう農家さんも結構たくさんいらっしゃいますし。
あとは何ですかね、農家が今日本で減ってて大変だっていう声が大きいんですけど、実は見てみるともう農家さんがもうすごいライバル関係というか、しのぎを削って生き残ってるみたいな。意外となんか競争社会みたいな一面もあったりとかして、そういうところで面白いですね。世間とのギャップっていう意味では面白いとこもあります。

qbc:面白くなり始めたタイミングって、どんなときでしたかね。

中村:やっぱり農家アルバイトを実際にアルバイトを始めて。実際に1年生の夏に愛媛県にも行ってるんですけどそのぐらいからですかね。実際に1年生の12月ぐらいからもう地元で、横浜で農家アルバイトを始めたんですけど。
やっぱりそれまで座学でいろいろ農業について農業経済学について学んで、こういうことだみたいなのを学んでそれを実際農家さんに行ってみると、そこでも実はギャップがあったりとかして。
世間と現実のギャップもあるんですけど、大学の教科書みたいな、教科書と教授と実際の現場でもギャップがあったりとかして。これ現場違うじゃんみたいな、っていうのはありましたね。

qbc:1年の夏からもうアルバイトを始めてた?

中村:愛媛県のみかん農家に初めて行ったのが1年生の夏で。12月に地元で農家アルバイトを始めました。

qbc:その夏に愛媛を選んだっていうのはどういうきっかけだった?

中村:農業専門の求人サイトというのがあって、それでずっと探していて、願わくばやっぱり愛媛県とか、愛媛がいいなって思ってたんですけど。先ほども申し上げたように夏ってみかんの作業って実はほぼほぼなくて、基本出てなかったんですけど。たまたま求人が出てて、僕が行ったアルバイト先が。申し込んで行ったんですけど。外国人技能実習生がコロナ禍で来れなくなってしまったみたいなんですよね。なんで、結構大学生とか何か募集していたっていうのをお聞きしましたね。
なんで本当たまたまタイミングというか、これもまあコロナ禍ならではの出会いというか。コロナがなければこのみかんインターンとか農家アルバイトとかすることも普通に週5大学あったらできなかったじゃないですか。そういうところは良かったのかなと思います。

未来:もう本当に、それこそ1人の自分がどうやるじゃなくて、チームが勝つためにっていう、もう本当チームのため。

qbc:5年後10年後、30年40年最後の自分が死ぬぞっていうところまでイメージしていただいて、どんな未来をイメージしてます?

中村:まずは仕事的には、こないだ先月ぐらいに就職活動が終わりまして。

qbc:おめでとうございます。

中村:ありがとうございます。志望していた農業系の会社に就けることになったので。本当に全国の農業者を支えるという仕事に就くことにできたので、5年後とかはしっかりそれを学びつつ、全国転勤のあるところなので全国の農業者のまた現場を見て。多分大学生のいちアルバイトとして農家さんと接するのと、仕事として責任を持って接するのとではまた、農業とか捉え方とか見え方が違ってくると思います。そういうところをしっかりいろいろ現場を回っていきたいなって考えてます。

そしてそうですね、10年後とかはある程度責任を持ててきたら、プライベートでいうと、割と早めに結婚して子供は欲しいなと思います。ただ、全国転勤なので、どこに家を買うとか、一人っ子なので親の面倒とか、ちょっとこれ結構いろいろ考えなきゃいけない部分はあるのかなと。10年後逆にどうするべきって、結婚できるのかなとか、就職決まって逆に不安になってる時期ではあるんですけど。全国転勤だから家どこで買えばいいんだとか。そういうのはプライベートでできたらいいなっての考えてて。
仕事でもしっかり責任のある、例えば産地だったりエリアを任されて、そのエリア全体の農業者の方々をリードして、いろいろ農産物しっかり売って、農家さんの利益に貢献していきたいなってのは考えています。
そして定年間近、60歳ぐらい、最後は愛媛県で、愛媛県の本部長というか、愛媛県の農業者を最後、愛媛県のトップとして支えていきたいなってのは今考えてます。結構愛媛県のみかんが多分、愛媛有名だと思うんですけど、なかなか今みかんの消費量も落ちてきて愛媛県の農家さんとしてはなかなか今、頭を悩ましてるっていう現状があるので。いろいろ新しい品種とかも開発されて売ってるんですけど、そういった新しい品種だったりとか、あとはもう柑橘じゃなくて他の果樹だったりとか、例えば今アボカドとかも結構愛媛県で、これから産地化しようみたいな動きもあるので、そういった新たな消費者ニーズに対応した生産とか、販売の農家さんとかと一緒にやっていきたいなっていうのが今就職終わって初めに、最終的に定年する前にそういう愛媛県でできたらなってのは考えています。

それで死ぬ間際は、なんか今の夢なんですけどやっぱ明浜で別荘というか最後、定年退職したら明浜に住めたら住みたいなってのは思いますね、海を見ながら。海が大好きなので、海を見ながら死にたいなってのはありますね。結構明浜は老人ホームとか介護も充実してるので、そういったところでも全然高齢者の方々も住みやすい土地ではあると思うので。しっかり愛媛に根付いて、自分の最後はしっかり自分の親は親の面倒はやっぱ見なきゃいけないので、そういう、最初家を買うときはもしかすると関東とかの可能性が高いかもしれないんすけど、自分の老後は自分の好きな明浜とかで迎えることができたら嬉しいなと思います。

qbc:愛媛、明浜っていうのは中村さんにとって、物理的にも精神的にも、風景とかも含めてなんですけど、どんなところですか?

中村:もう本当、今ではマイホームというか、自分の居場所っていう感じになってます。本当に受け入れてくれる農家さんとかも増えた分町でも知り合いがすごい増えて、町歩いてるだけで「お疲れ様です」みたいな感じで、もうほぼほぼ知り合いみたいな感じで。地元のコンビニというか商店みたいなところの店員さんとかもすごい「ああ、また来たの」みたいに毎回言ってくれるんで。本当にもう町全体が家族みたいな感じで。自分の中ではすごい一つ居場所としての存在する町なのかなと思います。

qbc:街並み風景、そういうところで言うと、どんな存在ですかね?

中村:そうですね、なんかレトロな感じで昔に戻った気分みたいな、童心に帰るみたいなのはありますね。結構自分昔のドラマとか見るのが好きで、そういうちょっとヴィンテージな町並みとか好きなので。そういうのでいわゆる日本の田舎みたいな風景なので、それで何か自分の別におじいちゃんとかおばあちゃんの家があるわけじゃないけどなんかちょっと帰ってきたみたいな感覚があったりしますね。

qbc:なるほど。旅行に目覚めたきっかけって何かありました?

中村:もう小さい頃から父が旅行好きでいろいろなところに連れてってもらってたので。あともう鉄道が好きっていうのもあって、それでもう電車に乗りたいってのもあるので。そういうので旅行がどんどん好きになっていきましたかね。

qbc:レアな地方の路線とか乗ったりするんですか?

中村:はい結構、あの有名なとこで言うと飯田線とか。ローカル線。とか、あと中学高校の頃1人旅で青春18きっぷで東京から鳥取とか、山陰本線もうずっと山口島根鳥取山口抜けて下関まで行ったりとか。あと秋田の方行ったりとか。普通電車で全部行ってみたりとか。あと房総半島一周とかそういう何か日帰りで行けるようなところも行ったりだとか。結構電車は乗ってますね。

qbc:中高のときにもう青春18きっぷで一人旅?

中村:はい。中高のときに1人旅結構してて。そこがあって結構なんか、人として成長じゃないですけど、なかなか誰でも中高のときに一人旅ってのは経験できるものじゃないと思うんで。本当親にお金もらって行かしてもらえて。
1人であの電車乗ってる時間が、もう朝から晩まで本当13時間14時間とか電車乗ってるので、いろいろ自分の将来のこととか考える時間になったりして。将来こうしたいな、ああしたいなみたいな。なんか漠然とですけど、何か考えたりってのはありました。

qbc:これをするきっかけっていうか、どこでこういうのを知って来るんですかね?青春18きっぷで旅行できるぞみたいな。

中村:結構中学上がると鉄道研究部の友達とかもいたりして。本当電車のこととか知ってるとそういうお得な切符とかを知ったりとかっていうところですかね。あといろんな雑誌とかも見たりとかして、ここにこんなすごい景色があるとか、そういうの知ってこの景色見に行こうみたいな。あと今結構、SNSとかInstagramとかだと思うんです。中学生の頃とか、そんなにスマホも使ってなかったり、SNSやってなかった頃は雑誌とかそういうのを見て探してましたね。

qbc:みかんインターンはどうされるおつもりですかね?

中村:未来では、一番いいのはやっぱり移住する人が出てきたらその人がそのインターン事業をやってくれればいいと思うんですけど。なかなか移住ってなると、その人の人生を決めることでもあるので、なかなかイチ学生の僕が移住しろなんていうのは絶対言えないので。
そういう部分が出なかったとしても行政の方とかがしっかり枠組みを作れればできると思うので。今は僕が学生の代表としていろいろ、取りまとめとかやったりするんだけど。全然それが行政の方々もできるようなことなので、そこをバトンタッチうまくできたら、インターンシップ自体は永久に続けることができるのかなと思うんで、バトンタッチするところはして。

あと自分としても関われるのであればずっと関わっていきたいなと思うので。全国転勤あるのでわかんないすけど、愛媛県配属とかなれれば関われるのか。あとなんか実は会社の就職の最終面接も、みかんインターンやってますみたいなこと言ってたら、最終面接の人が実は愛媛県出身で、明浜町っていいよねみたいに返されて。ご存知なんですかって言ったら、よくキャンプで訪れたみたいなお話を聞いて。本当にそういうところでも就職活動でもそういうふうに応援とかがいろいろあって、本当なんか自分の人生の一部みたいのがみかんインターンなのかなってのは、最近思いますね。

qbc:みかんインターンは今もう手が離れてる状態ですか?

中村:手を放したいけど離れてないってのが現状ですね。なるべく後輩に引き継げるところ引き継ぎたいんですけど。何かみんな「いやあ、そんなできないですよ」みたいに言われちゃうんで。

qbc:代表を引き継ぐっていうのは仕事ってことですね? そしたら。

中村:ただなんか代表っていう形じゃなくてもいいのかなってのは思ってて。やっぱり自分は愛媛県にルーツがある分、かなり愛媛が好きだからやれてると思うんですけど。そこまで代表って押し付けなくても、そのインターンごとに運営って学生を作ったりとか。たとえ代表がいなくても行政の方々がやってくれたりとかってことでこのインターンって枠組みさえできれば、無理にそういう代表とか作らなくてもいいのかなってのは。やりたい人がやればできるのかなって思う。

qbc:ありがとうございます。もしもの未来の質問というのをしていて。もしも何か急にミスが増えたりというか、独りよがりになってしまうような、小6のタイミングっていうのがまたやってきてしまったと。それはどういうふうな悪いことを引き起こすのか、で、それはどうやって立ち直れると思います?

中村:これからまた夏にインターンに向けて運営する学生と一緒にってとこなんですけど、なかなか自分と運営する学生、運営する学生がやっぱ2個下とかになってくるんで、次2年生とかの子なんで、ということでなかなか自分の思いが伝わらないと、勝手に消えちゃったりとかするかもしれないっすね。そういう場合、まあガラスは割らないかもしれないですけど、物に当たっちゃったりしちゃうかもしれないです。物に当たっちゃったりとか確かに可能性としてあります。
それを解決っていうところは、やっぱり一度相手の立場に立ってみたりとか、何で何か自分の言ってること通じないんだろうと。その小6のときとかも、先生になんで自分の言ってることわかってくんないんだろうみたいなすごい思ってたので、そういうところで一度、相手の立場に立ったりとか、まず相手の話とか言い分を聞いてみると。本当小6の頃は聞く耳を持ってなかったので。全く聞かずに好き勝手やってたんで。意外と聞いてみるとなんか自分の共通点だったり、そこは同じ思いだねみたいなところは絶対あると思うんで。そういうところを探してって、妥協点を見つけてくるっていう。やっぱ妥協するってところも大事だと思うので、ちゃんと妥協拠点に落ち着かせるというところ。心のゆとりというのを常に持っていたいなとは思いますね。

qbc:それは、小6で発見したんですかね?

中村:いや、小6のときは全然発見してないですね。今、それこそみかんインターンとか通していろんな行政の方々、学生と関わる中で。正直去年の夏とかも運営の学生に思うように伝えられなくて思うように動いてくれなかったとか、それでちょっと喧嘩まではいかないですけどちょっとギクシャクしたみたいなのあるので。そういう本当トライアンドエラー繰り返す中でもっとこうして欲しかったとかっていうのは、何で相手がやってくれないんだろうってよりは自分の伝え方が悪かったのかなみたいな感じで。やっぱりインターンの代表を務める以上全部自分の責任というか、っていうのは自覚を持って、全部自分がこうすればできたかなみたいな感じで。相手が悪いというよりはまずは自分を見つめ直して、自分が変わるみたいのを意識してますね

qbc:小6のときはどうやって復帰したんですかね?

中村:小6のときは、いや、復帰しなかったですね。もう卒業式の前の前の日の予行練習も何かふざけて、ずっと何かボールとか蹴っててめっちゃ怒られたりとか。最後の卒業式まで小6のときは復帰しなかったですね。

qbc:中学で?

中村:そうですね。中学で環境が変わって、もう周りもほとんど知らない人というか、初めましての人なんで。環境が変わると結構切り替えようっていうタイプなので、割と環境変わって。なんで結構、二重人格までは言わないですけど、小学校ではめちゃめちゃ暴れてたんですけど、小学校のとき通ってた塾ではめちゃめちゃ猫かぶって超優等生みたいなことだったりあったんだけど。中学入ってリセットしたというか。

qbc:なるほど。人のために何かをしたいっていう気持ちはいつ頃から自分の中に生まれましたかね?

中村:実際に自分で気づいたのは大学生の頃に。そういう活動を通して、自分ってそういうことやりたいんだっていうことに初めて気づいたんですけど。
本当に、潜在的にはちっちゃい頃とか、本当に幼稚園とか小学校ぐらいの頃からそういうの持っていたのかなって思いますね。
結構小6のとき暴れてたのも自分がいろいろ先生に言われてってんですけど、1回友達が先生に言われたとか、何かそういうので何か「なんでだよ」みたいな感じで、自分のもそうですけど、友達の分までこう自分が先頭立って、歯向かいに行ってた部分もあった。という、なんですかね、仲間のためにみたいのが小さい頃からあったのかもしれないですね。

qbc:みかんインターンのところで、自分と同じ体験をしてくれるとか、共感してくれるとかそういうのは嬉しいというふうにおっしゃったんですけども、それはどんな感じなんですかね? 体験として。

中村:例えば聴いてるヒップホップの音楽とかも仲いい子にはすごいシェアして、聴いて聴いてみたいなというタイプで。なんかそういう同じ経験をしていろいろ共感して話すこともできるし。意外と自分の結構好きなものとか、明浜町もそうですけどそんなにみんなが知ってるようなことじゃない、何か自分だけが知ってることみたいのが結構嬉しくて。それを何か友達に教えて、これすごい良いじゃんみたいな、言われるのがすごい好きで。そういうの新しく見つけ出すみたいなのが好きで。
それは旅行とかでもそうで。誰にもまだ知られてない観光スポットとか、そういうのを見つけ出して友達に教えるといいますか、そういう感覚ですかね。

qbc:自分だけのものにしようとかっていう気持ちは?

中村:ないですね。なんかみんなと一緒に楽しみたいって感じ。一緒に何かやりたいみたいな気持ちが強いですね。

qbc:それはもういつからっていうのはあります?

中村:割と小学校の頃にドッジボールとかのスポーツってか割と団体競技だったので、サッカーとか。自分特にドッヂボールっていうのはちょっと何か公式のドッヂボールって1列に隊列を組んでフォーメーションを組んだりってこと、普通のドッヂボールと違かったりして。結構本当にうまくないとただ列に並んでキャッチするだけで全然あんまりアタックもしないで、ただ外野に投げるだけみたいな、すごく地味なんですけど。もう本当に、それこそ1人の自分がどうやるじゃなくて、チームが勝つためにっていう、もう本当チームのため。その中学入ってサッカー部でも自分が活躍するとかじゃなくてもうチームのためにやれっていうのは結構コーチ、監督から言われたので、そういうのが大きいかもしれない。誰かのとかチームのためとか仲間のためみたいな。

qbc:何か改めてって感じなんですけど、無名人インタビューのひとつのテーマでもあるんですけど、どうやったら人間は自分のやりたいことを行動として移せるのかって結構あるんですよ。
中村さんは結構小さい成功体験を積んでいって自信を持っていったっていうことなんですけど。そもそも、そういうことをしようって思っていったきっかけってなんなんですかね?

中村:行動しなきゃってところでは、逆になかなかコロナ禍で行動しづらい状態、要は外に出るみたいに言われたような何もできない状況だからこそ、何かやりたいみたいなあまのじゃくみたいなとこがあって、自分自身。やるなって言われたらやりたくなっちゃうみたいとこがあって。
コロナだから農業実習駄目、どこにも行くなみたいな感じで大学に言われると、自分でやりたい。自分で作って周りの大学生、これ引き込んでやりたいみたいなところで。自分としては結構負けず嫌いというかあまのじゃくみたいなとこがあったんで。そういうところは自分の性格的にはそういうところで、コロナ禍だったからこそみたいな。学生、そういうところだったからこそ、やりたいみたいな気持ちが強かったですかね。
逆に就活とかでも就活に集中しなきゃいけないみたいな状況だと逆に就活以外のことをしたくなっちゃうみたいな感じで。他のこといろいろやっちゃおうみたいな感じでやってたりとかはしました。

qbc:もうちょっと前に戻って子供の頃、例えば中高でその青春18きっぷで1人旅したりとかっていう、そういう行動力ってどっから来てると思う?

中村:性格的にあんまりひとつの場所にとどまるよりは常に外で何かしてたいタイプだったってのもあるんですけども。
あとは何かやってみたいことは何かちょっとしたことでも口に出してみるみたいな、大事かもしれないですね。家族とか大人とか聞いてくれてると思うので。何かやりたいんだよねって言ったら誰かが手差し伸べてくれたり。何か旅行1人で行きたいんだよねって言ったら親お金払ってくれたりっていうの。まあそれがどんどん大きくなると、愛媛県でこういう農業合宿やりたいんだよなみたいのを行政の方々に言って、こういうふうにしたいとかってのもあるんで。まずは口に出すことですね。
その前に何で行動したいかっていうと自分の性格みたいなところになっちゃいますかね。

qbc:ありがとうございます。最後に、読者メッセージでもいいし、独り言みたいに自分を振り返っていただいてもいいですけど、最後に言い残したことがあればお伺いしています。

中村:大学生に向けてなんですけど、本当に貴重な大学生活だと思うので、今結構コロナ明けていろいろ行動しやすい環境だと思うので。何でもとりあえずトライアンドエラーの繰り返しだと思うので。失敗を恐れず、何でも挑戦してほしいなと思います。

qbc:ありがとうございます。

あとがき

みかんインターンという韻。
そのネーミングだけで勝利していると思う。

【インタビュー・編集・あとがき:qbc】

【文字起こし:釘】

【編集:mii】

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