物語を書いて、空想する人
「空想は、人の心を豊かにする」
という私なりの格言があるのですが、人ってだれでも空想をするわけではないことを最近知りました。そのきっかけというのが、家族と「夜寝るときにどんなことを考えているのか」というトピックについて話した時のことです。
私は寝付くのに10〜15分くらいかかるので、日頃の悩みもたまに考えつつ、「もし〇〇(推しているアイドルなど)と夫婦になってしまったら、あんなことやこんなこと、もし旅行するとして、きっとスペインの音楽堂でクラシックに酔いしれるのかな〜」という空想をとにかくします(いや、妄想かもしれない)。
ということを話したら、そこそこドン引きされました。とはいえ(私が言うのもなんですが)、人の空想・妄想を聞くことは純粋に楽しいです。その人の面白い思考回路を見れるのはもちろんのこと、ふわっと一緒に雲に乗って探検する気持ちになれるのです。
と思う2024年12月4日19時7分に書く無名人インタビュー963回目のまえがきでした!
【まえがき:一休誰絵(無名人インタビュー副編集長)】
今回ご参加いただいたのは 和泉敏之 さんです!
年齢:30代後半
性別:男性
職業:ピアサポーター、ライター
https://toshiyukiizumi1223.wixsite.com/the-room-of-jacker/blog
現在:物語を書いて、その物語の根底にある自分の中の物語を続けていくために生きて、生き続けるって感じです。
ミミハムココロ:
和泉さんは今、何をされている方でしょうか?
和泉敏之:
今は、色んなコミュニティで活動をしながら仕事をしているっていう形です。
ミミハムココロ:
色んなコミュニティというのは、具体的には?
和泉敏之:
あのですね、ちょっと「グレーター東大塾」って、後でまた説明するかもしれないですけどそういうところがありまして。グレーター東大塾の「卒塾生の会」っていうところ、塾って書いて「卒塾生の会」で幹事をしてます。あとは香川県のピアサポーターっていう。ちょっと私、障がいを持っていまして。その障がいを持っている人が他の障がいの人をカウンセリングしたりするっていう、そういうコミュニティに入ってまして。主にはその2つです。
ミミハムココロ:
その1つ目の「グレーター東大塾」の方はどういうお仕事をされてるんですかね。
和泉敏之:
あのですね、もともと2022年に「グレーター東大塾」っていう東京大学が企画するオンライン講座で勉強して、終了したのでそこで卒塾生の会に入りまして。そちらの方で幹事の人たちが5人ぐらいいるんですけど、それでオンラインで集まって東京大学で毎年1回イベントを開くのでその運営・企画をしたりしてます。
ミミハムココロ:
塾ということは何かを勉強するっていうことですかね?
和泉敏之:
そうなんですけど、東京大学が主催してるので。なんかイメージとしては市民講座みたいな、よくある大学とかが開講してる。そういう位置づけだと思うんですけど、それがもう私が受けたのがもうラストだったので。それでちょっと次から「卒塾生の会」っていうところで。そこでイベントは医療系のちょっと講義をしたり、ディスカッションしたりっていうのがあるんですけど、それを企画・運営するっていう形です。
ミミハムココロ:
幹事をやっていてどうですか?
和泉敏之:
私、教育学部出身なんですけど。医療のことはもう本当に素人なので1から勉強して、何とかついていってるって感じです。
ミミハムココロ:
ピアサポーターの方はどういったことをされてるんですかね?
和泉敏之:
これは最近始めたんですけど、地域の保健事務所に行って、そこの部屋の中で他の障がいを持っている方の話を聞いて相談に乗るっていうことがメインなんですけど。他にも、まだやってないんですけどお任せいただくのが、ピアサポーターの交流会だったりとか、他のピアサポーターの方と交流会をしたりとか。ピアサポーターの研修会っていうのが、県が主催するらしいのでその運営も任される予定です。
ミミハムココロ:
そっちの活動の方はやっていてどうですか?
和泉敏之:
そうですね、まだ本格的に始まってはないんですけど。自分の今までの障がいっていうのが、どうしてもまだ自分はあんまりマイナスに捉えていたことが多いんですけど、それがようやく活きているっていう感じがします。
ミミハムココロ:
活きているっていうのは。
和泉敏之:
それを活かして、他の人の役に立っているっていう。
ミミハムココロ:
「活きてるな~」ってやっぱ感じるんですか。
和泉敏之:
そうですね、はい。
ミミハムココロ:
自分の障害については、ずっとどうしてそう思われてたんですかね。
和泉敏之:
やっぱり、あの…理解があまり進んでない障がいなので、日本では、精神の障がいなんですけど。なので、なかなかそれをオープンにすることもちょっと大変だったんですけど、最近はそのピアサポーターを始めてからもう可能である限りはオープンにするようにしてます。
ミミハムココロ:
相談というのは具体的にどういったものがあるんですかね。
和泉敏之:
そうですね、生活の困りごとだったりとか、あとは将来のこととか。あと症状で「こんなのが出てるんですけど」とかいう話が出たりします。
ミミハムココロ:
それはもう「お話を聞いてあげる」っていう面が強いんですかね。
和泉敏之:
そうですね、簡単なカウンセリングみたいな感じです。
ミミハムココロ:
そのピアサポーターっていうのは、どういう流れでそこにたどり着いたんですかね。
和泉敏之:
もともと私が香川県出身なんですけど、地元で障がいを持ってる人と色々と友人になった中で誘われたっていう感じです。
ミミハムココロ:
今はその2つの活動でお金を稼がれてるんですか?
和泉敏之:
それと障がい年金ですね。あとはライターをやってまして。ライターはあの、自分で電子書籍を出して、それで印税をちょっとだけ小遣い程度にもらってます。
ミミハムココロ:
ライターはどういった流れで始めたんですか?
和泉敏之:
2016年に、こっちの方が長いんですけど。たまたまその時に塾講師アルバイトをやってて、お金がもうちょっと欲しいなと思って副業で「クラウドソーシング ランサーズ」っていうところで始めたら、ちょっとそっちの方で稼げるようになっていったので、そちらの方でメインにライターをしばらくやってました。
ミミハムココロ:
これもしよかったら、どういった内容を書かれてるのかなと。
和泉敏之:
Web記事と電子書籍があるんですけど。Web記事の方はもう色んな芸能の記事だったりとか、芸能人について紹介したりとか。今まであまりスポットライトが当たってない芸能人、新人の方を発掘したりする記事とか。あとは教育関係だったり、音楽関係だったり…色々ですね、もう。その電子書籍っていうのはもう自分で自費出版で出してるんですけど、これ2016年から出し始めて。小説が多いですね、私の場合は。
ミミハムココロ:
小説。
和泉敏之:
はい、物語です。
ミミハムココロ:
それは塾講師をしてる時から書きたいなとか思ってたんですか?
和泉敏之:
そうですね、私書きたいなと思ってました、ずっと。長い間★取ってますからね、物語は。
ミミハムココロ:
今実際にそれを形にできている状態っていうのはどうですか?
和泉敏之:
これがどんどん物語が1人歩きしていくので、それと共に、物語に生かされてるって感じですね。
ミミハムココロ:
物語に生かされてる。
和泉敏之:
はい。物語が進んでいくのでそのために生きていくっていうような、ちょっと分かりにくいかもしれないんですけど。物語を書いて、その物語の根底にある自分の中の物語を続けていくために生きて、生き続けるって感じです。
ミミハムココロ:
塾講師っていうのは今やってるんですか?
和泉敏之:
今はやってないです。もう今は、在宅で仕事がほとんどです。あと、ピアサポートでときどき外に行くことはあるんですけど。
ミミハムココロ:
最初、教育学部に入っておられたんですよね。
和泉敏之:
そうです、はい。
ミミハムココロ:
その後、大学を卒業して教育の道に行きたいなとか思ってたんですか?
和泉敏之:
何年間か教師はしてました。
ミミハムココロ:
ああ、されてたんですね。
ミミハムココロ:
そこから辞められたのはどうしてですかね。
和泉敏之:
あー、やっぱりちょっと体調が悪くなって。それでちょっともう自分の力に限界を感じたっていうのが一番大きいです。
ミミハムココロ:
体調悪くなられたんですか。
和泉敏之:
はい。
ミミハムココロ:
それは「働き過ぎ」とかそういう理由ですか?
和泉敏之:
そうですね、はい。
ミミハムココロ:
その後に働き始めたのが、塾講師。
和泉敏之:
塾講師ですね、はい。やっぱり教育関係の仕事しかできないと思ってたんです、自分はもう、教育学部出身なんで。そういう中でライターっていうのを新しく、その後始まったっていう感じです、運よく。
ミミハムココロ:
教師と塾講師って、やっている中で違う部分とかはありますか?
和泉敏之:
教師も塾講師もその学校とか校舎によって違うと思うんですけど、大きく言うと「教育」っていうのはやっぱり人格形成っていうのが良いと思ってまして。塾ってやっぱり受験に合格させるのが…そういうミッションですよね、そういうのが一番の目的だと思う。それが大きな違いだと思います。
ミミハムココロ:
どっちの方がやっていてしっくりくるなとかはありましたか?
和泉敏之:
僕は、塾ですね。
ミミハムココロ:
それはどうしてだと思いますか?
和泉敏之:
んー…まあ、色んな理由はあるんですけど、やっぱ勉強を教えるっていうのが1番僕は好きなことでして。他の生徒指導とか、教師だったらそういう色んな総合的な能力ももちろん必要なんですけど。僕の場合はそこまでちょっと器用ではないので、勉強を中心に教えるっていうのが1番しっくりきます。
ミミハムココロ:
暇な時は何をすることが多いですか?
和泉敏之:
暇な時はですね、さっき申した通り小説を書いたりとか。あとは読書したりとか、音楽聞いたり、作詞もしたりします。
ミミハムココロ:
その作詞っていうのはいつぐらいから始められたんですか?
和泉敏之:
これは2018年ぐらいからですね。
ミミハムココロ:
もう急に「詩を書こう」ってなったんですか?
和泉敏之:
そうですね、なんかちょうど小説も書いてたんで。そういうちょっとアートとか芸術っていうのに興味を持ち始めた時期だったんです、2018年頃が。
ミミハムココロ:
そのライティングっていう面で文字に書くのと、音楽における「詩」っていう形で文字にするのってのは違いますか?
和泉敏之:
あー、もう違いますね。
ミミハムココロ:
どうやって住み分けというか、使い分けをしてるのかなと。
和泉敏之:
そうですね、普通に文章を書く物語は特に…まあ、物語も作詞ももちろん想像力を必要とするんですけど、物語はわりと…簡単に言うとボリュームが多い部分で、ちょっと自分の思いを多く詰められる部分が多いと思うんですけど。詩っていうと短いので。その中で色んな技法とかがあって、そういうので色んな比喩を使ったりとかして。自分の本心を書かないといけないっていうのもあるんですけど、ちょっと飾りながら書くっていうのが詩だと思います。
ミミハムココロ:
物語の方に本心を含ませることとかはあるんですか?
和泉敏之:
物語は…これは作家によって変わると思うんですけど。僕の場合は経験をもとにして、原体験をもとにして、それをメタファー、比喩にして形を作って物語にするっていう感じです。
ミミハムココロ:
自分の経験とかをメタファーにして、どうして世に出そうっていうふうになるのかなと。
和泉敏之:
そうですね、これ色んな考え方があるんですけど。僕けっこうあの…まあ後で過去の話をする時もあると思うんですけど、辛い経験をしてきたことが多くて。その中で、心理学で「安全基地」っていう言い方があるんですけど。僕にとって「物語を書いて、自分自身を空想の世界で生かしていく」のが僕にとって1番の安全基地だったっていう。1番心理的に安全にできる方法だったっていうのが1番大きな理由です。
ミミハムココロ:
「安全基地」っていう考え方というか物はいつ頃出会ったんですか?
和泉敏之:
それは、大学の時ぐらいですね。
ミミハムココロ:
それまではそういったものは無くって、大学の時に初めて出会った。
和泉敏之:
そうですね。で、しばらくこれを人に求めてたんですけどやっぱり人って生き物なので、自分から求めてもそれが必ずしもマッチングというかうまくいくとは限らないんで、男女問わずですけど。それが僕の中では物語が1番しっくりきたなという、自分を安心させるための手段と方法として。
ミミハムココロ:
好きな場所とかはありますか?
和泉敏之:
好きな場所ですか。どこでもいいんですか?
ミミハムココロ:
もうどこでも。
和泉敏之:
自分の家の中の、お風呂ですね。
ミミハムココロ:
これはどうして。
和泉敏之:
ていうのがあの、毎日入浴する中で僕が毎日日課として決めてるのが、1日の振り返りや反省をお風呂の中でして、それが終わったら温かい湯の中で空想する、物語の空想をする習慣をつけてまして。結構リラックスしながら想像を働かせられるのがお風呂なんで、僕にとって。それが1番の僕にとってのお気に入りの場所です。
ミミハムココロ:
場所としてはもう最初からお風呂だったんですか?
和泉敏之:
そうですね。物語を書き始めたのが、ライターになって物語を描き始めたのが2016年ぐらいなんですけど、もう最初からそうでしたね。で、今も変わってないっていう。人によっては歩きながら考えたりとか、なんかそれこそアニメとか映画とか見てそれで着想を得る人もいるんですけど。僕の場合は、お風呂が1番の創作の原点です。
過去:自分で本を読んだりしながら勉強、充実した生活を送ってました。
ミミハムココロ:
振り返ってですね、自分ってどんな子供だったなって思いますか?
和泉敏之:
今の話にも繋がるんですけど、おとなしい子どもだったんですよね。周りの子が当時、今みたいにスマホとかが無かった時代に、外で友達がサッカーとかスポーツとかしてる中で僕は部屋の中でひたすら空想をしてたっていう。
ミミハムココロ:
その空想っていうのはどういう想像をしてたんですか?
和泉敏之:
当時好きだったアニメとか、当時好きだったゲームのキャラクターと自分が仲良くなっていくっていうような。もちろん幼稚園とか小学生とか、子どもなんで稚拙ではあるんですけど。
ミミハムココロ:
その空想って、和泉さんは主人公なのかそれとも出てくるキャラクターの1人なのか、どういう立ち位置とかありましたか?
和泉敏之:
そうですね、けっこう主人公じゃない場合が多かったですね。主人公が別に、例えばなんでしょう…『ドラゴンクエスト』とかだったら主人公の勇者がいると思うんですけど、そこに自分が脇役として絡んでいくっていうような感じでした。
ミミハムココロ:
そういう空想してるっていうことを誰かに話したこととかはありますか?
和泉敏之:
子どもの頃は無かったですね。もう親にも言ってなかったですね。よく人形を使ってごっこ遊びは結構してたんで、親はもしかしたら「なんか変わった子」っていうふうに気づいてたのかもしれないですけど。
ミミハムココロ:
空想してる時って、お家の中でどういう…要は、自分の部屋でやってるのかとか、光景としてどういう風に空想したのかなと。
和泉敏之:
もう布団に入って横になって、漫画とかそこら辺に置いて布団の中で妄想・空想をして時間を過ごすって感じです。
ミミハムココロ:
それは1度始めたら、どういうタイミングで区切りをつけるんですか?
和泉敏之:
もうある程度話が1段落ついたら、起き上がって生活に戻るって感じでした。
ミミハムココロ:
小学校6年生までを振り返って、どういった生活だったなと思いますか?
和泉敏之:
先生が厳しい人が多かったんで、結構大人が怖かったですね。学校もあんまり好きじゃなかったんですけども、友達と話しに行くために行ってたっていう。勉強もそんなに得意じゃなかったんで。友達が支えでしたね本当に。
ミミハムココロ:
ご両親は厳しい方だったと思いますか?
和泉敏之:
いやまあ、分からないですけど平均的だとは思います。
ミミハムココロ:
友達とはどういったことをして過ごすことが多かったですか?
和泉敏之:
友達とは一緒に家の中でテレビゲームをしたりとかですね、当時私の世代は特にそうだったと思います。みんなで今みたいなオンラインで繋がるってことが無かったんで、友達の家に集まってゲームをしたりとかですね。
ミミハムココロ:
何か習い事とかはしてましたか?
和泉敏之:
習い事は、英語劇をする「ラボパーティー」っていうのがあるんですけど、それを小学校2年生ぐらいから小学校5年生ぐらいまでやってました。
ミミハムココロ:
それはどういった流れで始まったんですかね。
和泉敏之:
それは親がもうなんか勝手に応募して、入らされたっていう感じです。
ミミハムココロ:
やっていてどうでしたか?
和泉敏之:
そこのおかげで、まず小学校入るまでに英語のアルファベットは、ローマ字も読み書きできましたし、簡単な単語は覚えてました。あとはもう英語の辞書を引く習慣はつきましたね、そこで。それはその後の勉強に繋がったと思います。
ミミハムココロ:
次、中学校の生活を振り返ってどういった生活でしたか?
和泉敏之:
中学校もなんか結構暗い感じだったんですけど、それもまあ友達に会いに行く感じだったんですけど。徐々に勉強が好きになっていった時期ですね、中学校は。中学校のとき僕部活入ってなかったんですけど、中学校3年生の時に合唱部コーラス部がありまして。男子部員が足りないっていうことで顧問の先生に引き抜いていただいて、合唱部コーラス部に3年生の夏の大会だけ参加しました。
ミミハムココロ:
それは誘われて「はい、分かりました」ってなったんですか?
和泉敏之:
はい。僕、音楽はそんな嫌いではなかったんで。むしろ結構好きだったんで。
ミミハムココロ:
実際に参加してみてどうでしたか?
和泉敏之:
やっぱり歌うのが好きになりましたね。結果的には四国大会まで行けたんで、良い思い出になりました。
ミミハムココロ:
部活動は、何か入りたいなと思ったものとかはありましたか?
和泉敏之:
僕、スポーツが全然駄目だったんで特に興味は無かったです。それより家に帰るのをどうしていいか分からないんですけど、優先してたっていう。
ミミハムココロ:
その頃も割と家の中で空想はされてたんですか?
和泉敏之:
そうですね、家の中で暇な時は空想してました。で、結構音楽好きって言ったんですけど、音楽番組とか…今みたいな時代ではなかったんで音楽番組を当時は「ビデオテープ」っていうんですか「VHS」、録画してそれを何度も見て。なんかランキングとかあるじゃないですか、曲の。あれをなんか丸暗記したりとかしてました。
ミミハムココロ:
CDとかそういうのを買ったりはしましたか?
和泉敏之:
もうCDはかなり買ってましたね。
ミミハムココロ:
次、高校行かれましたか?
和泉敏之:
はい。
ミミハムココロ:
高校生活振り返ってどうでしたか。
和泉敏之:
高校は前半と後半に分かれるんですけど、前半は音楽繋がりでバンドを組んでまして。僕ベースギターが担当だったんですけど。進学校に進んだんですけどみんなプロを目指すバンド、そのバンドはプロを目指してまして。駄目だった時のために大学に行こうっていうような感じだったんですけど、プロになれなかったらもう保険として大学っていうので、最初は地元の大学を希望してたんですけど。それが高2の時にちょっと喧嘩して、解散してしまいまして、もう分裂してしまって。それから後半に入るんですけど、僕はもう音楽とかバンドとか無くなったんで猛勉強するようになりました、それから。
ミミハムココロ:
どうして喧嘩されたとか覚えてますか?
和泉敏之:
んー、音楽性の違いとかあるんですけど、やっぱ性格が合わなかったっていうのが。人間的な理由が大きいですね。
ミミハムココロ:
解散ってなった時の気分としてはどうでしたか?
和泉敏之:
半分はがっかりしたんですけど、もう半分は「解放された」っていうのはおかしいんですけど…別に嫌ではなかったんですけど「まあしょうがないか」っていうのが正直1番の感想でした。そこで勉強を始めるようになりました。
ミミハムココロ:
中学の時に「歌うのが好きだな」って感じたっておっしゃってたじゃないですか。そのベースギターって歌う機会とかはあったんですか?
和泉敏之:
ベースはコーラスで歌ってました。
ミミハムココロ:
「ボーカルをやりたいな」とかは思いましたか?
和泉敏之:
なんかそのバンドは特殊で。当時「スリーピースバンド」って流行ってたんですけど、3人組で。ギターとベースとドラムで、もうみんなが歌うっていうような感じだったんです。ボーカルっていうのはあんまり無くて。この曲はこいつが歌う、この曲は僕が歌うみたいな感じだったんです。
ミミハムココロ:
そこから音楽は自分で続けてるんですか?
和泉敏之:
音楽はそうですね、今でも趣味では続けてますね。作曲したりとか作詞もそうだと思うんですけど、自分でアプリを使って作曲したりはしてます。
ミミハムココロ:
解散して勉強ってなって、それは集中できたんですか?
和泉敏之:
もう、2年生で英検2級をなんとか合格したのを初めてにして、それから毎日平日は5時間とか、休日は8時間とか勉強してました。
ミミハムココロ:
英語は自分の中でずっと続けてきたんですか?
和泉敏之:
そうですね、英語は好きだったんですよね。
ミミハムココロ:
どういうところが好きやったと思いますか?
和泉敏之:
やっぱり音楽関係で洋楽とかも聞いてたんで「そういう英語の音楽で洋楽歌いたいな」と思ったりとか。1番は、単純なよくある話なんですけど「英語ペラペラに喋りたいな」とかいう夢はあったんです。
ミミハムココロ:
高校の時は、空想はされてましたか?
和泉敏之:
一応してました、はい。特に高3の受験勉強が本格的になった時は、もう夜お風呂入る時に…さっきも申したんですけど、勉強が苦しかったのでお風呂入って空想する時間が1番の、唯一のリラックスできる時間でした。
ミミハムココロ:
その後、大学で教育学部行かれたんですよね。どうして教育の道に興味を持たれたんですか?
和泉敏之:
ちょっと話戻るんですけど、小学生ぐらいの時に当時は教師のドラマが結構いろいろやってて、その中で教師っていいなって。親以外で自分の知ってる仕事って言ったら学校の教師ぐらいだったんで、単純にそれで教育学部を目指しました。でも、僕が高3の時に『白い巨塔』っていうドラマがやってたんですけど、その影響で「お医者さんもいいな」と思ったんですけど、お医者さんやるほどには偏差値が高くなかったということで、教育学部になんとか合格しました。
ミミハムココロ:
大学生活は振り返ってどうでしたか?
和泉敏之:
もうこれが1番、やっぱり人生の夏休みですね。本当にターニングポイントですね、これは。
ミミハムココロ:
自分でそう思いますか?
和泉敏之:
自分でそう思いますね、はい。
ミミハムココロ:
具体的にお話をお伺いしたいんですけれども。
和泉敏之:
最初は大学入って…僕の大学って今あるのか分からないんですけど、最初に入ってやるのが仮装大会なんですよ。仮装して新入生オリエンテーションキャンプに参加するっていうのがあって、それがすごく楽しかったんで。1年の終わりぐらいに逆に今度入ってくる新入生に向けてそのキャンプのスタッフをやりました。それが1年生の時だったんですけど、2年生は前半でイギリスに留学しまして。イギリス留学でなんとか英語の基礎ができるようになったのかなっていうぐらいで。
帰ってきてから勉強というか、学問ですよね。今までの高校までとは違う「学問っていう喜び」を知って。3年生に入って学問というか授業受けたり、自分で本を読んだりしながら勉強、充実した生活を送ってました。
ミミハムココロ:
振り返って、どうして「人生の夏休みだな」と思ったんですか?
和泉敏之:
やっぱり自分で決めれるっていうのがいいと思って、何をするにも。初めて1人暮らしをしたというのもあるんですけど、何でも自分で選んで行動できるっていうのがそれまでの学校生活とかには無かったんで。それが1番やっぱFREEDOM、自由ですよね。っていうのが1番楽しい、良かったところだと思います。
そうだったんですけど4年生でちょっと人間関係のトラブルが起きまして。大学院目指してたんですけど、ちょっと大学院に行けなくなりまして。前期後期で試験があるんですけど、前期をあえて受けずに後期で受けて不合格になったっていう。そのあたりからちょっと調子が悪くなっていったって感じです。
ミミハムココロ:
人間関係のそのトラブルというのは、言える範囲でいいんですけれどもどういったものだったのかなと。
和泉敏之:
これちょっと自分で言うのはおこがましいんですけど、割と僕が大学院に行くって言い出したのがちょっと試験間近の頃でして。まあ試験というか願書を出す間近で。自分でちょっと言いたくないんですけど、結構周りの人たちが脅威に感じたらしくて。それでちょっと色々と妨害を受けまして、結局前期は受けなかったっていう。
後期はもう前期でほぼほぼ人数決まってまして、合格者が。後期は受けても受かるかどうか分からないけどそれでもいいんだったら受けなさいっていう感じだったんで。それで受けて不合格でした。
ミミハムココロ:
その時の気分っていうのは振り返ってどうですか?
和泉敏之:
今でも覚えてるんですが、合格発表に自分の数字が無いっていうのは辛かったですね。
ミミハムココロ:
今までで「まだこれ話してないな」みたいなお話はありますか?
和泉敏之:
今のところ大学まではそれぐらいです。
未来:「生きざま」っていうのを、色んな人と関わりながら作っていきたいなと思ってます。
ミミハムココロ:
今から5年後とか10年後、20年とかで最後1番遠い未来で死ぬところまでを考えた時にですね、未来ってどうなってると思いますか?
和泉敏之:
未来ですね、そうですね…僕は家族や友人や、1人ちょっと東京に住んでる妹みたいに可愛がっている子がいるんですけど、そういう大切な人たちと関わりながら自分の生きざまを残していければなと思ってます。ちょっと抽象的なんですけど。僕は「天下取り」とか昔はギラギラしてた時はあるんですけど、今はもう天下取りとか興味はあまり無くて。
誰かが言ってた言葉で「記録よりも記憶に残りたい」っていう。人って、亡くなった後も語り継がれていって、それが語り継がれなくなった時に本当に死ぬと僕は思ってるので。そういう部分で生き続けたいなと思ってます、何十年も後も。そのための「生きざま」っていうのを、色んな人と関わりながら作っていきたいなと思ってます。
ミミハムココロ:
天下取りというのは、どういうことを考えてたんですか?
和泉敏之:
やっぱり大学時代は大学の先生になって、もう論文を出しまくってレースに勝っていくような。今の言葉で言うと「何者かになる」ってよく言われるかもしれないんですけど、それが強くありすぎたんですよね。
だから今の何者かになるっていうよりは「自分になっていく」って言った方が、「本当の自分になっていく」といった方がしっくりくるのかなと思います、自分では。
ミミハムココロ:
なんでそんなに何者かになりたかったんですかね。
和泉敏之:
んー…まあ、色んな人間関係のトラブルとかでやっぱりコンプレックスっていうのが大きかったんだと思います。
ミミハムココロ:
妹みたいに可愛がっているとおっしゃってた人は、どういった流れで出会った方なんですか?
和泉敏之:
僕、2021年に東京大学のオンライン講座を受けた時にオンラインで出会った子なんですけど。本当になんか出会った時に、もう昔から知ってるような懐かしいような人だったんで。で、向こうも親しくしてくれてるんで、たまにLINEとかくれるんですけど。その人も僕の中ではある意味家族のような感じで。
ミミハムココロ:
5年後、何してたいですか?
和泉敏之:
5年後ですよね、2030年ぐらいですよね…今いろんなコミュニティに参加させてもらってるんですけど、こんなこと言うのもあれですけど、まずはそこを継続していって自分の…何て言うのかな。僕、中途半端な年齢なんで、38歳っていう年齢なんで。ちょっと自分の軸みたいなのをそろそろしっかりとしたいなっていうのが、一応2030年ぐらい5年後ぐらいまでの簡単な目標です。
ミミハムココロ:
自分のその軸っていうのはどういった面における軸ですか?
和泉敏之:
もう生きる指針とかはある程度今立ってきてるので、行動指針みたいなのをできたらな、作れたらなと思います。僕、人間って誰でも役目があると思ってて。その役目を探すのが生きる意味に繋がるんじゃないかと思ってまして。そういう役みたいなのもある程度自分では気付けてきてるので、それがちゃんと見つかるのが5年後の目標かなと思ってます。
ミミハムココロ:
ちなみに現段階における役目ってのは、和泉さんの役目ってのは何なんだと思いますか?
和泉敏之:
そうですね、一言で言うと「繋ぐ人」なのかなって。色んなものを繋いでいく人。人もそうですし、色んなものを繋いでいくのが僕の役目なのかなと今思ってて。5年後は全く違うことを言ってるかもしれないです。
ミミハムココロ:
死ぬまでに「これだけはしたいな」っていうことはありますか?
和泉敏之:
死ぬまでというかも死ぬ時なんですけど、死ぬ時にできたら今までの思い出を思い出しながら、思い出と一緒に向こうの世界に行きたいなと思ってます。そのための思い出をいくら作れるかっていうのが、僕のこれからしたいことですね。
ミミハムココロ:
じゃあ今の段階で「これやりたい」みたいな夢は特に無いですか?
和泉敏之:
特に無いですね。やっぱり生きていく中で見つかるんじゃないかなと思ったり。見つかったら見つかったら、今度はもう大急ぎでいく必要はあるとは思うんですけど。それもバランス取りながらだとは自分では思ってます。私達って生かされてるというか、その命を全うして。それが宿命だったり天命だったりすると思うので、そういう役目っていうのを見つけて、それまで生きていきたいなというのが1番大きな。漠然としてるんですけど。
ミミハムココロ:
何歳ぐらいまで生きたいなとかはありますか?
和泉敏之:
それは全く想像がつかないですね。生かされるまで生きていきたいなと思ってて。役目が終わるまでは生きていきたいなと。
ミミハムココロ:
安全基地を作るために物語を書いてるとおっしゃってたじゃないですか。それ以外の方法で安全基地を作ろうとかって思ったことはありますか?
和泉敏之:
教師をしてる時はある意味、生徒さんが自分の安全基地で。僕もある程度は完全基地になれたのかなっていう部分はあります。やっぱり人との交流で、さっき申した妹のような人がある意味で安全基地みたいなところはあるので。人との繋がりも大事にしながら、それが安全基地でもありますね。
ミミハムココロ:
もしもの質問ってのやってるんですけれども。もしも今バンドでプロになってたら、どういった人生だったなと思いますか?
和泉敏之:
あー…分からないですけど、でも音楽を作って、音楽をひたすら追求・研究するような生き方になってたんだと思います、勉強して。結構ぼく「凝り性」って言ったらあれなんですけど。なんで、とことん納得いくまでは追求してたとは思います。
ミミハムココロ:
また誰かとバンドを組んだりとかっていうのは考えたことありますか?
和泉敏之:
それは今のところ無いですね。自分でキャラクターをAIで作って、それを歌わせたりはしてますけど、初音ミクみたいな感じで。それ以外では特に無いですね。
ミミハムココロ:
「ここ行ってみたいな」みたいな場所ありますか?
和泉敏之:
そうですね、行ってみたい場所…僕、親とよく親の親とか親の実家の話をするんですけど、自分のルーツになってる、原点になってる親の故郷みたいなところに行ったことないんで、そこに行ってみたいですね。やっぱり僕が聞いた話で「あっ」と思ったのは、「先祖様に許されたものだけがこの世に生を受けていく」っていうのがあって。やっぱりそういった先祖とかは大事にしたいと思ってるので、その原点を知りたいなっていう、知っていきたいなと思ってます。
ミミハムココロ:
ご両親とそういう話をよくするんですか?
和泉敏之:
そうですね、先祖の話とかはよくしますね。これあの東京大学の研究で、ちょっと違ってたかもしれないんですけど、家族で昔のその先祖の話をすると、なんか研究結果で出てるんですけど今の現世の人間たちが栄えていくっていうのが。なんかだから、ご先祖様のお話してる時は確かに1番良い、穏やかな時間を過ごせてるなと。
ミミハムココロ:
家族とは割と頻繁に話したりするんですか?
和泉敏之:
そうですね、たまにですね。毎日はしないですけど、毎日仏壇には拝んではいるんですけど、たまにですね。
ミミハムココロ:
ちなみに最近は空想とかはされますか?
和泉敏之:
最近もします、お風呂でやっぱり。
ミミハムココロ:
小学校ぐらいから、まあもっと前かもしれないですけど、ずっと空想は続けてこられてるじゃないですか。頻度とかっていうのは変わりはあるんですか?
和泉敏之:
今の方が少なくはなりましたね。今はもう実際に物語を書いてますから。現実、もちろんパソコンの中とかですけど出てくるんで多分少なくなりました、頭の中で考えるのは。
ミミハムココロ:
今その書いてるものっていうのは、それこそ小さい頃に考えた空想を形にしてるとかはあるんですか?
和泉敏之:
あー、それもありますね。最近僕がやってるのは、自分の物語をある程度骨組みを作って、それを生成AIに投げ込んで、AIにちょっと練習してもらうっていうのをやってて。それも形が変わって進化して出来あがるんで、面白いですね。
ミミハムココロ:
それは何でそういうスタイルにたどり着いたんですかね。
和泉敏之:
やっぱりもう「AIには勝てない」って思ったんです、どこかで。文字、言語情報の生成に関してはもう人間はAIには勝てないだろうって思ったんです。他の分野で勝てる部分はあると思うんですけど、「言語に関してはもう人間は勝てないな」って思いまして。
ミミハムココロ:
人間がAIに勝てる部分って何だと思いますか?
和泉敏之:
やっぱり「思い出」があるじゃないですか、人間って。記憶を超えた思い出が人間にはあると思うんで、そういう思い出が連なった人生っていうのがあって。そういう人生を持ってるのは人間が唯一、唯一じゃないですけどAIに勝ってる。今のところAIはそれを体験できないというか、持てないっていうところだと思います。それが持てるようになるのかなと思いますけどね。分からないです、それは。ならないかもしれない。唯一、人間が、最終的に残される、AIより勝った部分というのは人生、思い出だったりすると思います。
ミミハムココロ:
もう一度イギリスに行きたいなとかはありますか?
和泉敏之:
いやイギリスは、まあ旅行だったら行きたいですね。
ミミハムココロ:
「こんな仕事をもしできるとしたら次してみたいな」とかって思う仕事はありますか?
和泉敏之:
んー…まあ、今ピアサポートとかやってるんですけど、ちょっとしたことだったらまた子どもたちと関わりたいなとは思ってます。
ミミハムココロ:
どういった仕事がありそうですかね。
和泉敏之:
まあ学童だったりとか、フリースクールだったりとかですかね。
ミミハムココロ:
子どもとは関わりたいですか?
和泉敏之:
関わりたいですね、やっぱり。子どもが、さっきも申した通り「安全基地」になってくれる部分もありますし。
ミミハムココロ:
人格形成とかっていう、学校教育よりも勉強を教える塾の方が自分に合ってるなとおっしゃってたじゃないですか。でも、安全基地って割と人格形成とか勉強以外の部分に携わると思うんですけれども。だから、どっちなのかなと一瞬思ったので、何て言うんでしょう…子どもたちにどういう面で携わりたいのかなと思って。
和泉敏之:
まあ1番は勉強をメディアにして、それを教えながら情緒的な関係は、やっぱり普段の何気ないコミュニケーションで繋がっていくっていうところですかね。勉強はあくまでメディアとして使いながらっていう感じです。
ミミハムココロ:
今回のインタビューを振り返った感想でもいいですし、自分が死ぬ時を想像した遺言でもいいんですけれども、最後に何かいただければ。
和泉敏之:
両方をちょっと兼ねてかもしれないんですけど、「人生っていうのは思い出作り」だと私は考えているので、それをこれからも胸に置きながら生きていきたいなと思ってます。
あとがき
和泉敏之さん、ありがとうございました。
僕も一人っ子だったからか、小さい頃はよく空想をしてました。布団にごろんと横たわって毛布を頭から被って目を閉じる。よく空想していたのは「授業中に突如として窓から飛び降りて、みんなが窓の下を見てみる頃にはもう遠くの方を飛んでる(飛行方法は忘れた)」ですね。多分、怪盗キッドとか『進撃の巨人』の立体機動装置の影響です。
あとは『エヴァ』も好きだったので、「自分もチルドレンに選ばれてシンジとかアスカとかと話す」なんてのもやってました。
そういう空想というのは今でこそ全くやらなくなりましたが、頭の中で色々考えるのはずっと好きです。そしてそれらを形にして吐き出す場所として、今の僕にはnoteが1番しっくりきています。他にもなにかいい媒体があれば面白そうなんですけど、いつか見つかる日は来るんですかね〜。
【インタビュー・編集・あとがき:ミミハムココロ】
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