毎日毎日が、今日で終わっちゃってもいいぐらいに生ききっていきたいなって思ってる。人
最近のタイトルの傾向なんですが、傾向というか思っていることなんですが。
「〇〇の人」という見せ方をしているわけですが、これがなんというか、説明口調だなって思えてきて(2年以上の付き合いですから飽きっていうのもあるかもしれませんがね)、
ほら、
「〇〇な人」
「〇〇と思う人」
「〇〇と考える人」
みたいな並びになってしまうんですよ。
そこで、採用し始めたのが「〇〇人」です。
例えば、
「国際交流をしたいと思ってる。人」
というタイトルだったら、コクサイコウリュウヲシタイトオモッテル。ジンです。
ないし、コクサイコウリュウヲシタイトオモッテル。ビトです。
人間ってね、いろんな人がいるわけですよ。それを、強引に、乱暴に、人(ヒト)でまとめちゃってるんですけど、ほんとはさ、それぞれが独立した人種なんじゃないかなと思い感じ生き歩むようになってですね私qbc。
だから、なんというか、ビビってきた時には、「〇〇。ジン」とつけてしまうわけです。
その人は、ほんとうに、ただ一人のその人というのを強調するためにですね。
じゃあ無名人インタビューgo!!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】
今回ご参加いただいたのは 安田佳世 さんです!
Kayo Yasuda (安田 佳世) | Faceboo
スクールHP:https://soleil-school.com
PR代行HP:https://kayopr.com/
note:https://note.com/pr_kayo
現在:自分が楽しんで生きないと、何もね、最後まで楽しめないから、もう気にしてられないなっていう。
クロマニョン:今、何をしている方でしょうか?
安田:今はPR代行とPRコンサルタントを主軸に、あとは爪のお手入れのサロンを開業したい方向けのスクールと、ネイルチップを製作して販売していきたい方のためのスクールをやっています。
クロマニョン:割合としては、どちらがどのくらいになるでしょうか?
安田:今は、PRの仕事がメインになってきています。もちろんネイルも仕事ではあるんですけど、自分の中での楽しみに変えていきたいと思っています。ネイルは元々好きで始めた仕事で、好きなことは続けられるようにしておきたいので、学びたいなって思った方が来たいタイミングで受けてくれればいいな、通信コースでゆっくり受けたいという方も増えてくれたらいいな、と思ってます。
クロマニョン:それぞれ、始めたのはいつ頃なんですか?
安田:スクール自体はコロナ禍から始めたので3年ですね。元々、爪のサロンは10年やっています。PRの仕事は、今2年目ですね。
クロマニョン:PRの代行というお仕事は、どういうお気持ちで取り組まれてますか?
安田:PRは、お客様とかお客様の取り組みとか、お客様の会社とか、まず一番のファンにならないと外に押していけないですよね。私自身もお客様になってくださった方の仕事なり人なり、全部好きになるタイプなので、推し活みたいな感じですね。PRは究極の推し活だって、私は伝えていてそれぐらい一番のファンになってお伝えしていくっていう部分が、一番大切だなと思ってやっています。
クロマニョン:推し活と仰ってましたが、ご自身では仕事以外に推し活とかってやってらしゃるんですか?
安田:私は仕事が推し活になっているので、仕事以外で推すって何でしょうね。自分が使っているもの、例えばバッグでも、今使っているのはとても好きなものでそれに関しては、もうただ本当に好きで普通に買うんですけど、今はアンバサダーになって推しています。アンバサダーになったからって何か大きな特権があるわけではないんですけど、ただ好きだからアンバサダーに応募して、大々的にもう存分な気持ちで推せています。
仕事で推し活はするんですけど、意外と趣味で推し活とかそういうのはなくて。ただハマると、そればかりになるかなっていう部分はあります。そのバッグもそうですが、爪も基本そうですね。好きで始めた仕事なので、ハマるとそこにどっぷり行くっていう習性はあります。
クロマニョン:爪に興味を持たれたのは、いつ頃からなんですかね?
安田:高校生の頃ですね。自分の爪がコンプレックスで好きじゃなくて、というところからです。まだマニキュアとかのサロンしかなかったんですけど、マニキュアを塗ることを覚えて、気分が変わるところが自分の中ですごくあったので、同じような人たちの気分が変えられるんじゃないかと、興味を持ちました。
クロマニョン:ご自身の爪は、どういったところが嫌いだったんですか?
安田:爪が小さい、あと平たい、弱い。すぐ折れちゃうとか。そういうのがあって、それを隠そうとしてたんですよね。マニキュアを塗れば隠れるし、好きな色を塗っているから、そこで何となくコンプレックスを補っていたというか、軽減させていたというところはあります。
クロマニョン:ネイルのスクールをされてるとのことでしたが、サロンではないっていう理由は、何かあるんですかね?
安田:サロンはやっていました。ネイルチップに関しては自分で作ったものを商業施設でも販売していたんですね。初めて販売したときに、これ1人の体じゃ持たないと思いました。ネイルチップを作って販売してというのを、対面でやっていくには、商品がいっぱい必要、これは作り手さんが必要だなと単純にそう思って、作り手を育てるスクールをしようと思いました。
ネイルチップは家でできる仕事、自分のペースでできる仕事。ネイリストという仕事だと対人で人が見ている前でやらないといけないけれど、ネイルチップは誰も見ていなくて、自分だけの時間でできるので、そこが向いている方は絶対いるはずだからそういう方々がお仕事にして、自分で稼ぐことができるといいなと思いました。スクールが必要だなと思ったのと、ネイリストという仕事は、意外と長年続けられるものではないというか。
ずっと座りっぱなしで腰が痛くなるとか、目もだんだん疲れるとか、いろいろあるのでそういう意味で、施術を抑えてスクールで教える方に転換していこうって思いました。
クロマニョン:教える側に変わって、気づきとかあったりしましたか?
安田:0から始める人に対して教えるので、どこまで自分の中で噛み砕くか、自分ではわかりきっていることが、習う人にとってはわからないことというのがたくさんあります。そこをいかにわかりやすく、目指すゴールを伝えた上で、どうそこに向かってやっていったらいいかが意外と個人個人で違います。そこを見極めていくというのは、施術とは違う部分かなと思います。
クロマニョン:1日のスケジュールは、どういう流れで過ごしてらっしゃいますか?
安田:1日っていうと、仕事とか全部ですか。
クロマニョン:全部ですね。
安田:起きてから子どものお弁当作りをして、スクールがあるときは午前中が多いので、午前中に3時間スクールのレッスンをして午後はPRの仕事が多いですね。午前と午後、両方PRができるときは、それぞれ違う会社のPRをやったりします。
クロマニョン:何か、趣味などってございますか?
安田:趣味は、カフェ巡りや、日本料理食べたりとかが好きです。美味しいものを食べることが一番の趣味かもしれないです。あとは散歩、歩くことですね。あと、たまに夏になるとヘナタトゥーをやっています。
クロマニョン:ヘナタトゥー。
安田:ヘナっていう、髪の毛を染めたりする植物で、それを手に描いたりとか。タトゥー用のコーンがあるので、それで描いて遊んだりしています。
クロマニョン:散歩は、どういった場面でされることが多いですか?
安田:自転車に乗らなくて、基本的にどこへ行くにも歩く。例えば駅までバスに乗った方が早いとかになっても、基本は歩きます。あと家が都内なんですけど、15分ぐらい歩くと埋め立てられた浜辺みたいな場所があるんですよ。そこがとても綺麗で海の家があるわけでもなく遊泳禁止の場所なので、水も汚くない。という場所に行ってボーっとすることはあります。意外と気分転換になるので。
クロマニョン:美味しいご飯を食べるのが好きとのことでしたけど、なぜ日本料理なんでしょうか?
安田:就職がホテルの日本料理だったんです。会席料理とか、和食とか、いろんなところに行くのが好きです。パスタとかも好きだけど、やっぱり小鉢とか、ちっちゃいお皿でいっぱい出てくるようなお料理が好きです。
クロマニョン:日本料理を作るのも楽しいんですかね?
安田:作るのは、けっこう適当です。そこまで手が込んでないかもしれない。
クロマニョン:それは何でなんでしょう?
安田:時間の問題ですね。仕事して、そこから作るってなったら、そんなに手が込んだものができないので、簡単にはなってしまう感じですかね。
クロマニョン:今おっしゃられた趣味っていうのは、平日にされてるんですかね?
安田:平日が多いですね。あまり土日だから休みという感じにはしていないので。基本は休めるときに休む。丸一日休むことはたまにあります。そこまで仕事仕事って今詰めているわけでもないですが、平日が多いですね。土日はどこに行っても混んでますし。
クロマニョン:在宅でやってらっしゃることに対して、ご自身ではどういう気持ちですか?
安田:元々、自宅でサロンをやっていたので最初から家で仕事をしています。スクールも対面で自宅に来てもらうか、オンラインと通信という形なので、対応は全然できますが…
そろそろ、自分のオフィスを持ちたいです。家でやっていると、意外とあれこれやりながらができちゃうんですよね。仕事しながら、ついでにこっちもやるみたいな、家のことができちゃうところが、いい点でもあり、あまり線引きができていないなという点でもあるので仕事場を持ちたいです。
クロマニョン:それは、いつ頃から思い始めましたか?
安田:それは最近ですね。コロナ禍は、オンライン対応をしていました。だんだん動けるようになってきて、外で打ち合わせしますし、コワーキングスペースも使うので、そういう意味で、切り替えてできる場所が欲しいなというのは最近思ってきました。
クロマニョン:次に、性格についてお伺いしたいんですが。ご自身の性格について、人から何と言われることが多いですかね?
安田:ポジティブだとは言われます。あと、いるだけで安心感があるそうです。打ち合わせとかでも、私がポンといればいいみたいな感じの、そういう安心感はあるみたい。前向きだとはよく言われる感じですかね。
クロマニョン:安田さん自身、そう言われることはどう思われてますか?
安田:全く何も考えてなかったんですけど、安心感は、ここのところずっと言われていたので、これは自分の強みなんだな、良い部分だなと受け入れるようにはなりました。あとポジティブに関しては、元々すごくネガティブな人だったので、そこからもう脱したというかネガティブもあっていいんだと受け入れた感じです。
自分が自分を楽しまないと意味がないし、自分が死ぬときに「私大満足」って思って死にたいと思っています。そこから考えたら、自分が楽しんで生きないと最後まで楽しめないから、もう気にしていられないなっていう。悩んでる時間がもったいないとか、怒ってる時間がもったいないとか、それだったら一歩でも次に進んでみた方がちょっと変わるかも、みたいな感じに考え方も変わりました。
そういう意味ではポジティブと言われるのは、そうだよねとは思うけど、みんなポジティブもネガティブもあるよねと思うので、もう楽しんでなんぼって思ってます。楽しいこととか面白いことだけで仕事も選んでるわけではないけれど、そういう気持ちでやっているので、楽しいことしか起きないと思っています。
クロマニョン:ネガティブからポジティブに変わったきっかけって、何だったんでしょう?
安田:もともと、悩むととことんっていうタイプだったんですよね。8年とか7年前とかにパニック障害とPTSDになって、そのときにとことん落ちました。そこで落ちて、吹っ切れたというか、自分の中でどこか、切り替わったところがありました。
最終的には、病院に行けないくらい動けなくなったので強制的に断薬だったんですよね。本当は病院で薬を減らさなきゃいけないのに、病院に行けないから強制的に薬が飲めなくなりました。そこから薬が抜けて、軽くなったというか、もう何でもいいかみたいな。ここまで落ちたから、もうないだろう。これだけ大変なことをいっぱいやってきたから、もうないよねって自分の中で思えるぐらい、いろんな経験をしすぎました。
パニックになったりとか、人間関係がすごく悪くなったりとか、いろんなのを一気に数年の中で経験して…というのが抜けたから、「何が来てもいいや」という考えにはなりました。悩んでもあのときに比べたらって思うと、乗り越えられるので、それでだと思います。
クロマニョン:ポジティブとか安心感があるというのは、誰から言われることが多いですか?
安田:打ち合わせで一緒になった人とか、もちろん知り合いや友達とか、周りのみんなから言われます。
クロマニョン:初対面でも、そう言われることが多いですか?
安田:初対面の人からは、安心感というか、どこかにいそう、「親戚にいそう」みたいな感じに言われます。話しかけやすいのかな。私の中で、話しかけにくいとか、人見知り的なところも前はあったので、初対面の人とベラベラ喋ることはないんですけど話しかけやすい感じはあるみたいです。
クロマニョン:ご自身で特に気をつけてるってこともないんですか?
安田:ないです。安心感とかに関しては、何も考えてないです。そうなんだーぐらいで、ずっと来ていたのでそれが何年も何年も言われると、いい加減これって私の特徴なんだろうって、認めざるを得ない状況で。だから、そういう部分もあるよと言っていけばいいんだろうなって思うようになりました。
クロマニョン:ご自身の性格については、どう考えてますか?
安田:本当に楽しい仕事しかしていないし、楽しい人ばかり周りにいる。生徒さんにも、すごく恵まれているので今の感じの性格になってよかったな、って思っています。
クロマニョン:他の人にはわからない、ご自身だけが知ってる自分の性格とかってありますか?
安田:全部さらけ出されてるのかもしれないけど、実は私が仕事で使う色と、自分の好きな色って違うんです。そこに関してはけっこう、みんなにびっくりされます。
私がPRの仕事で使う色は、全部ネイビーなんですね。LPとかも全部。スクールに関しては原色のオレンジなんですよ。私が着る服とかも、黒とか原色とかがすごく多い感じにしていて。でも実際、私が一番好きな色ってピンクなんですよ。
そこは、一切出してなくて。知る人ぞ知る、みたいにだんだんなってきています。知ってる友達とか、知ってるハンドメイドのアクセサリーの人とかは、私が作ってって言うと大体ピンクで作ってくれます。そこは知られてないかも。実は好きな色ってピンクです、みたいなところは。
クロマニョン:色を分けているのは、理由があるんですか?
安田:ピンクって、優しい感じがあるじゃないですか。原色のマゼンタピンクとかだとあんまり好きじゃないけれど、桜っぽい淡いピンクが好きです。でもそれってすごく優しい感じがあるから、そういうイメージにしてしまうと、正直なところ来なくていいよってお客様が来ると困るっていうところから、線引をちゃんとしたかったんです。
こちらとしても、仕事としてやる印象としてね。もう何でもかんでも来ていいよっていうよりも、ちゃんとできる人、動ける人が来てねっていうところにしたかったので。あまりこう、優しく包み込みますよ的なイメージにはしたくなかった。洋服とかピンクが似合うかって言えば、そういう感じじゃないので、小物でピンクを持つとか。だから仕事の色として、自分でブランディングとしてやるようにしています。
それがもう自分の中で定着しました。だからピンクはもう補足で使うぐらいになっちゃってる感じですね。
クロマニョン:いつ頃から色を分けられたりしたんですか?
安田:これはね、サロンを始めたときに、サロンカラーをオレンジって決めてやっていました。その後にピンク着たりもあったけど、だんだんだんだん違う色を着る、はっきりした色で自分の中で仕事って気持ちを入れ替えるという感じにしていきました。サロンやり始めてちょっとぐらいから色というのをちゃんと気にするようになった感じです。
過去:自分で稼いでいける、仕事をしていける女性が増えていくといいなというふうに思った、っていう感じかな。
クロマニョン:子供のときは、どのようなお子さんだったでしょうか?
安田:人見知り。あまり自分から話しかけにいけなかったです。3年生で転校してるんですけど、転校しても、もちろん自分から話しかけていくわけでもない、5年生でクラス替えしても別に話しかけていくわけでもないみたいな。基本自分からは行かない。
クロマニョン:それは、今となっては変わった部分ですか?
安田:変わったと思います。こんなふうに前に出て仕事はしてないと思う。
クロマニョン:いつ頃から変わっていったんでしょう?
安田:高校生ぐらいかな。部活で部長やった経験もあって。バトンをやっていて、人前で踊るというのもあって、そこで平気になっていきました。
クロマニョン:部長をやろうと思われたのは、なぜでしょう?
安田:部長になったって感じです。自分からではないです。
クロマニョン:そこから徐々に人見知りは減っていったって感じですかね?
安田:そこから人と話すのが全然平気になっていきました。
クロマニョン:学校生活は、どのような生活を送られてましたか?
安田:高校は女子高だったので、自由気ままにやっていました。その後は専門学校だったのですが、そっちに関しては2ヶ月おきに実習があったので、常に2ヶ月学校で勉強して、2ヶ月実習に出て、2ヶ月勉強して、2ヶ月実習に出てっていう、バタバタしてた感じでした。
クロマニョン:どんな実習をしてたんでしょうか?
安田:ホテルです。ホテルの専門学校だったのでそのままホテルで働く感じですね。実習といいながらも、時給は発生していて、お給料が出ました。でもそのお給料は、学年の最後に研修旅行という名の海外旅行に行くので、その費用になっていました。
クロマニョン:どうしてホテルの専門学校に進もうと思われたんでしょう?
安田:接客業だからです。本当は高校の時、ネイリストになりたかったんですけど。
クロマニョン:ネイリストになりたかったけど、ホテルの方へ向かったのは何故でしょうか?
安田:反対されました。まだネイリストが全然有名じゃなくて、駄目ってなり、じゃあ接客業にしよう、とホテルへ。
クロマニョン:それは、ご両親から反対されたという?
安田:そうそうそう。
クロマニョン:反対されたときは、どう思いましたか?
安田:とりあえず諦めました。でも結果、諦めきれなくて。専門学校を卒業して、ホテルに就職しながら、自分でネイルスクール通って、っていうことをし始めました。
クロマニョン:反対されたときは、半分諦め、半分まだ気持ちは残ってるって感じだったんですかね?
安田:それに関しては、ホテルでご飯を食べることがすごく好きで、接客業の中ではホテルは最高級の接客になるので、諦めとかよりも、むしろ行ってみたいっていう思いもありました。結局は、ネイリストをやりたかったという思いの方が強かったですね。
クロマニョン:他には、どういった接客業をされていたんですか?
安田:ホテルをやめてからも飲食や、病院の受付とか。サロン開業する前は、スタジオアリスという子供の写真館で着付けとかヘアとかお写真の補助とかをやりました。
クロマニョン:接客業のどういった部分が好きですか?
安田:実は消去法で。事務系は、もう絶対に無理だと思ったんです。ずっと座っての作業はできないと思って事務系とかそういうのはないな、動いてできるのは何なんだろうと考えたら、人と接することだと思って。
接客となると、美容師から何からいっぱいあって、中学の頃は美容師にもなりたかったです。
クロマニョン:接客業で働いたときはいかがでしたか?
安田:楽しかったんですけど大変でした。バイトしていたときは、オープニング狙ってバイトを見つけていました。新しくオープンするお店。そこだとみんなと一緒に1からできますから。
ホテルでは和食だったので、着物を着ての仕事でした。あと、和食ってお料理以外も例えば座布団のカバーが夏用になるとか、掛け軸もその時で変わるとか、いろんな部分がすごく楽しめる場所だったし、何よりもすごく忙しい場所でした。
就職するときに、どこに行きたいか面接で聞かれて。暇が苦手なので「一番忙しい所にしてください、そこでちゃんとした、ゆとりのあるサービスができるようになりたい」って言ったら、本当に忙しい職場に配属されました。着物を着て、忙しくしながらも、四季を感じるとかすごく良かったなと思っています。女性だらけの職場っていうのは、ちょっと大変でした。
クロマニョン:そうなんですか?
安田:調理場さんはほぼ男性だけど、サービスする側は、ほぼ女性です。なんか面倒くさかったです、当時は。
クロマニョン:それは人間関係とかでしょうか?
安田:そうそう、気を遣うみたいな。
クロマニョン:暇が嫌いと仰ってましたが、どうして忙しい所を希望したんでしょうか?
安田:私はホテルの専門学校だったので、お客様と一番長く接することができるのはレストランだとわかっていたんです。フロントとか、荷物持って行く人って、結局そのときしか人と接しないから。花形に見えるのですが、接する時間は短いんですよ。それで考えたら、レストランだなって。一番忙しい所って言えば、きっと就職も決まるだろうし、職場も多分レストランになるんじゃないかという考えで。
忙しいところでも落ち着いてサービスができるようになって、ブライダルのプランナーもやりたかったので、婚礼の宴会の方にも移りたいですっていうのも言いました。だけど、その前に辞めましたけどね。
クロマニョン:ホテルは、サロンを始める前に辞めたんでしょうか?
安田:ホテルはね、2年ぐらいで辞めてます。もちろん大変でもあるのですが、そのとき高層階のレストランだったんですけど、基本的に泊まり勤務が多く、高層階に上がるという面でも体力的にちょっと無理になって、やめたんですよね。だから辞めた後は、レストランとか眼科のクリニックで働いていました。出産しているので、その間は働いていないんですけど、それ以外で働いてるときは、飲食とか人と接する仕事が多かったです。
クロマニョン:安田さん自身は、人と接することに関してどういった気持ちで取り組まれてますか?
安田:この人、あまり合わないかもとか、意外とわかっちゃったりするときがあるので私自身が結構気をつけているのは、シャッターをすぐ下ろさないことです。もう駄目と思ったら、終わっちゃうタイプだからそこは逆に気をつけて、そうしないようにしています。そう思いそうになっても、実は違う面があるんじゃないかとか考えてみたり、あとはもう関わらず、ちょっと離れておきます。人に対してのシャッターを、そこまで下ろさないようにはしている。
あとはもうね、ポジティブなことを話す人たちと話す感じ。愚痴とか言う人は、あまりいないので、周りに。愚痴は、そればっかりの話になってしまうのでそこは自分自身も話さないです。
クロマニョン:この人あんまり合わないかもっていうのは、どういうときに感じることが多いですか?
安田:顔に出やすい人。あと、ひたすら自分のことばっかり言う人。自分がすごいみたいな、自慢話が多い人もあんまり好きじゃないです。あと何でもかんでも自分の手柄にするみたいな人や人を見下す人。あとは、愚痴の多い人は無理。愚痴とか文句とか悪口とか言う人はもう本当、本当に無理です。
クロマニョン:それは、学生の頃からそう思われてたんですかね。接客業を始めてからですか?
安田:大人になってママ友が増えたことが大きいかも。あとは自分で仕事をするようになってからの人間関係とか。その辺で、そういう人が多いとどんな感じなのかっていうのが、自分でもだんだんわかるようになってくるじゃないですか。それで無理なんだなって。そう思って離れれば、そういう合わない人って本当に離れるから。合う人だけになっていきます。
クロマニョン:ホテル業を辞めてから、ネイルスクールを始めるまでにはどういった過程があったんですか?
安田:辞めてからは、出産もして。子どもが3人いて、その間はネイルの仕事は一切してないんですよ。ホテルのときにネイルスクール行っておきながら、まだ美容室の中にネイルの人がいるみたいな状況の頃だったので、全然仕事にしてなくて。
一番下の子どもが幼稚園行きだして、私がまたバイトとかパートを始めたときに、もう1回ネイルスクールに行こうと、そのときは自宅サロンが流行ってたんですよね、ちょうど。ジェルネイルが出てまだ1、2年の頃で、「自宅サロンをする」って決めてネイルスクールに通いました。
自宅でやるには、ジェルが人気だったし最初はジェルの専門サロンをオープンしたんです。そこから5年ぐらいで、ケア専門のサロンに変えたんですよ。ケア専門に変えたことで、ネイルチップがあるといいよねとか、自分で自分の爪を整えられる講座があるといいよねと、そういうのも作り始めました。そこから、じゃあこれを仕事にしたい人に教えていこうとなりつつあったときに、ちょうどお問い合わせが来たんですよ。
ケアのスクールに関して、「お客さんにできる技術を学ぶことはできますか」って質問が来て、そこで急いで準備した感じです。まだそこまで準備できていなかったけれど「あります」っていう返事をして。ネイルチップに関しては、外で販売したときに、「これは作らなきゃいかん」と思って作ったんですけど。ほぼ同時期に、コロナ禍中にそれができあがった感じです。
クロマニョン:ホテル業とともに通っていたネイルスクールと、出産後に通い始めたネイルスクールとでは、意識の違いってありましたか?
安田:最初は自宅サロンとかも何も考えてないです。そんなのがあるっていうのも知らなくて、ただネイルを学びたいっていう。もちろん、ネイルサロンで働くぐらいの考えは、何となくありましたけどネイルを学びたいから学んでいるという感じでした。一応そのときに検定も取りました。
今はね、スクールで検定対策とかやっているところが当たり前ですけれど、当時行ってたスクールは全くそういうのがなくて。ただこういう感じだよっていう技術の部分に関しては教えてくれて、筆記試験の部分は自分で本買って独学でやって、みたいな感じでした。
それでも検定に受かったから、とりあえずそこで受けといてよかったなと思いました。その後10年以上経って、もう1回スクール行ったときにも、その検定はもう持ってるってことで行けてるので。そこからネイリスト人口が増えている中で、もう1回受けたら、受かったかどうかわからないですね。
クロマニョン:ジェルネイルやケア専門は、ご自身でやりたいと決めたんでしょうか?
安田:ジェルの専門に関しては、自宅サロンはそれでやろうって決めていて。それで、ちょうど爪を削らないジェルが流行りだしてた頃だったのでそれを売り出していけばいいかなぐらいでした。結局、そういうサロンが多かった。ジェルネイル専門サロンがたくさん多かったので、飽和状態になってるなと思って。
5年ぐらい経って、やめようかなぐらい考えたときに、元々ネイルできない人から「爪には塗れないけれど綺麗にしてたいんだよね」って言われて。ケアのメニューは元々あったので、それを爪だけじゃなくて、手まで綺麗にするっていうケアにして、主軸にしようって考えました。
結局ね、ネイルできない人の方が多いんですよね、職業柄とかも含めて。だからネイルができない人の方が多いのに、なんでネイルができる少ない人にみんな向かってくんだろうって客観的に思えちゃって。そっち行かなくても、「できない」っていう人の方に、こちらが舵を切っていけばいいんじゃないかって思い始めて、自分の中でもうジェルはいいやってなりました。
爪が弱くて隠すためのジェルだけど、結果、自分の爪はどんどん弱くなっていてジェルを取るたびにペラペラになっていきました。それだったら意味がないなと思ってケアのサロンにした時点で、私も爪のジェルを落として自分の爪を育てたら爪が強くなり、やっぱりケアなんだと。
そこで主軸を切り替えました。ケアに変えたことで、できない人から聞かれたりとか、ジェルしてる人から「この色が1ヶ月間好きってわけじゃないんだよね」っていきなり言われたりとか。「実はジェルやめたいと思ってて」と、サロンのお客様じゃないけれど、イベントとかで私が爪に塗っていないからこそ言いやすいのかなと感じました。そうやって話してくれる人がいたから、需要はこっちにあるんだなと再認識しました。ただいつまでも自分の体が続くわけじゃないから、「教える」という方向にも行かなきゃいけないよなとは思っていました。
そこで、対面とオンラインでセルフケアの講座を始めて、そこからこれを教える講師を養成する講座も必要だなと準備しました。今度は自分がやっていくというよりも、ケアのサロンが増えるとか、ネイルチップ作る人が増えるとか、そういう方が嬉しいなって思うようになりました。
ネイルケアも、行ってみたところで何されるかわからないっていうサロンより、自分が教えたことを引き継いだ人がやっているサロンに行きたいなと思ったんです。自分自身が安心して行ける場所がいいなと思って、それならスクールで生徒さんに教えて、そういうサロンを増やしていこうって思いました。ケアをする人も増えるし、自分で稼いでいける、仕事をしていける女性が増えていく方がいいなと思ったんです。
クロマニョン:社会全体を通して、仕事ができる女性が増えていくといいっていうことですかね?
安田:そうです。女性は、結婚や出産でライフスタイルが変わります。女性の方が全部変わっていかなきゃいけない中で、女性が仕事を諦めるとかセーブするとかなるのなら、自分が手に職をつければ自分のペースでできる、どこでもできる。そういう人が増えたらいいなと思っています。
クロマニョン:それはご自身でネイルを職業として始めてから感じたことなんですか?
安田:そうですね、あとはコロナ禍。コロナ禍って、DVやモラハラなどですごく女性が苦しい思いをした時期でもあります。要はご主人が会社休みで、ずっと家にいるというのもあって。ただでさえDVなどは、表向きに見えなかったりするし、どこで聞いたらいいかわからないし、どこで話したらいいかわからないというのもあったのでそういう話せる場所もあったらいいなという思いは一つありました。そういう人たちが水面下で準備して、いつでも別れられるよぐらいになった方が、気持ち的に生きやすいと感じました。
そういう部分から、女性の自立支援に繋げていきたいという思いがあります。いつから考えてたかな、ネイルチップ作るのを教えるようになった頃からだと思います。もちろんサロンを始めた時から、女性の自立支援を考えていたけれど特に具体的に考えられるようになったのは、教えることを始めたときからですね。
未来:死ぬまでにこれをしたいっていうよりも、死ぬ時にこうあっていたいとか、死ぬ時にはこの洋服着てたいとか、ネイルチップはこれつけたいとか、そういうのを考える。
クロマニョン:5年10年後、死ぬ時まで想像していただいて、未来についてどんなイメージをお持ちですかね?
安田:女性の自立支援という考えを言いましたが、それを実現する会社や場所を作りたいとは思っています。それはPRの仕事もそうですが、爪のスクールで卒業した後の仕事にしても、自分の得意を生かして、仕事をしていける場所ですね。
あと障害があっても、得意な部分でちゃんと仕事をしていける。障害がある方って、働きに行っても賃金が安いとかざらにあるのでそうではなくて、障害があってもちゃんと仕事ができる部分があるんだから、普通にお仕事でお金もらっていいよねと私は思っています。そういう人たちが一緒に得意を生かして、それぞれがやれることで頑張っていける会社を作っていきたいと思っています。
男性も考えたけれど、男性は結婚しても変わらず仕事があるので、ここはまず女性だと。女性がちゃんと仕事ができる、生活ができるというところまでいけるようにした方が離婚に限らずご主人が亡くなったとか、いずれ1人になる可能性は大です。そうなったときに、自分で生きていける術がないと、結局どうしたらいいんだろうってなります。そのためにも、ちゃんと女性が活躍できる場所、活躍できる会社を作っていきたいって思っています。
それが5年10年と拡大していって、事業として色々できる形になると一番いいかなと。例えば宗教上働きにくい人たちも働ける所で働いてもらうみたいな形にできるといいかなと思っています。
クロマニョン:女性以外にも障害の方とか、宗教上働きにくい方とかは、具体的に出会われて感じたことなんでしょうか?
安田:障害に関しては、私がパニック障害とかPTSDがあったので、そのときもサロンはやっていたけれど、お客様が来る時間以外は本当に寝てて動けなかったんですよね。だからまだ仕事があって気持ちを切り替えられたからよかったです。でも、そうじゃない人ってずっと動けなかったりというのがあると思います。
外に出られない、外に出て働くことが辛い方も多いのでそういう方々が仕事にしていきやすいような環境。生徒さんで外に出て仕事ができないから、自分のペースでできる仕事がしたい、手に職つけたいとやっている方もいました。
あと、イスラム教徒の方は、アルコールと豚が駄目なんですよね。マニキュアも駄目なんです。お水を弾いてしまうから。イスラム教徒の方は1日5回ぐらいお祈りするときに、手も足も洗いますが、マニキュアを塗っていると弾いちゃって洗えていない、浄化されていないとみなされてしまうので、使えないんですよね。そういう方々にとって使えるマニキュアを私が扱っていたことから、宗教について考えるようになりました。
そういう場所がちゃんとできていれば、理解ができていれば、その人たちも得意なことでやってもらった方がいいなというのがあります。全部自分の体験とかからですね。
クロマニョン:女性に限らず自立支援をされるってことでしょうか?
安田:基本は女性ですね。男性は仕事があって、守られている。だけど女性って扶養制度があることで、稼ぎが一定金額で止められちゃっています。そこでもし、その状態で子供がいて離婚したら、まず育てられないですよね。お給料が全部家賃で飛んじゃうとかになってしまいます。それも、私はそもそもおかしいと思っていていずれ女性が1人になることだってあるのに、そこで稼ぐ力をつけていなかったら生きていけないですよね。
PRのお客様で、シングルマザーも住めるシェアハウスをやっていて、自分で生活できて自立して卒業するというシェアハウスだけれど最初の段階で稼げていれば、もっと自分で選択できたのだろうなと思います。
笑顔の女性は世界を救うと私は思っていて、女性が気持ちよく笑っていたら、世界は絶対良くなると思っています。好きな仕事して稼いで、笑っている女性だらけにしたいと思っているので、女性の自立支援としています。
クロマニョン:女性の笑顔というのは、どういったときに見る笑顔なんですかね?
安田:サロンの名前が、「ソレイユ」っていうんです。太陽って意味です。サロンで手を綺麗にしたお客様は、絶対笑顔になって帰るんですよね。それが太陽みたいな笑顔だから、そういう笑顔になってほしいと思って付けました。ニコッて笑うよりも、笑い飛ばせるぐらい大爆笑してほしいと思っています。
ちょっと大変なことがあっても、笑い飛ばせるぐらいの女性の笑顔があふれていれば、楽しいし、世界の発展途上国とかも救えるんじゃないかって思います。男性は女性がいなかったら生まれてこないからね。みんなそこ忘れがちですよね。だからこそ女性をしっかり支えていきたい、自立できるような場所にしていきたいなと思っています。
クロマニョン:質問なんですけど、死ぬまでに絶対これをしたいってことはあります?
安田:私、死生観が元々強くて。両親がもう亡くなってるというのが多分一番大きいのですが母親を見送ってるのもありますね。
死ぬまでにこれをしたいっていうよりも、死ぬ時にこうあっていたいとか、死ぬ時にはこの洋服着ていたいとか、ネイルチップはこれをつけたいとか、そういうことを考えます。だから毎日毎日が、今日で終わっちゃってもいいぐらいに生ききっていきたいなと思っています。
全然そんなの足りないぐらいで、今これで死んだらめっちゃ後悔するとかいつも思います。1日1日が、明日来るからというよりも、今日を生ききっているかって考えます。だから毎日食べたいものを食べ、やりたいことをして後悔のないように生きたいなと思っています。死生観の強い人ってあまりいないので、生徒さんにもびっくりされます。
クロマニョン:具体的な死のイメージを考えたりするってことですか?
安田:ネイルチップも、死ぬ時にはこれがいいっていうのを決めていてほしいと思っています。遺影は、終活で前もって撮る人が多くなっています。それと同じように、そのときの口紅の色はこれ、ネイルチップはこれ、洋服はこれって、そう決めておいてほしいと思っています。
これは母親が亡くなったときに、エンゼルメイク(死に化粧)はしてあげてましたけど、何がしたかったんだろうとか、何を着せてあげたら一番喜ぶんだろうとか、わからないまま亡くなりました。そういうノートがあったわけでもない。そういう意味でも、ちゃんとそこを考えて、逆算して生きると、絶対楽しくなる。最期、どう満足して死ぬかを考えたら絶対それまでの日々を充実させないと、そこには向かっていけないですよね。
クロマニョン:なるほど。すごく興味深かったです。もしもの質問をしたいと思うんですけど、もし安田さんが、ネイルという職業に出会わなかったら、どのような人生だったと思いますか?
安田:ネイルに出会わなかったら何してましたかね。一般的なOLをしてる気もしないですし。高校生の頃に思っていたことができているので別の道という考えが思い浮かばないです。でも絶対落ち着かずに、何かやっていたと思います。じっとはしてないですね。
クロマニョン:一つの仕事にずっと囚われてるっていう想像はできないってことですか?
安田:はい。
クロマニョン:そもそも爪のことを気にかけなかったとか、ネイルっていうものに興味がなかったら、どんな感じだったと思います?
安田:ネイルに興味なくても、中学校の頃はずっと美容師になりたかったので、結局美容系に行ったのかもしれません。爪は見ていなくても、髪の毛とかはすごく気になっていました。
クロマニョン:美容は、安田さんが小さい頃から興味を持ってたんですか?
安田:小学校とか、人の髪の毛をいじることが好きというのはありましたし、自分自身も美容院行くことが好きでした。この間切ったよね、みたいなタイミングでまた行くことが子供の頃によくあってその空間に行って、やってもらうことが好きだったのだと思います。
クロマニョン:安田さんにとって爪っていうのは、運命的なものよりかは必然って感じなんですかね?
安田:もともと自分の爪の弱さが気になって、だんだん成長してくと人の爪も見るようになるじゃないですか、綺麗な色塗っているとか。そこで初めて、爪の形が違うとか、やけに折れるみたいなことに気づいたからでしょうね。多分、自分の爪が普通だったらそこまでこだわっていなかったと思います。
クロマニョン:最後に何か言い残したこととかはありますか?
安田:ございません。ありがとうございます。
クロマニョン:ありがとうございます。
あとがき
歴史の授業で年号を覚えるじゃないですか。日清戦争が1894で日露戦争が1904とか。その時に「ああこの間のたったの100年で私の人生終わるのか。」ってよく考えてしまうんです。
だから自分の最期、こうありたいなんて考えたこともありませんでした。
「最期、どう満足して死ぬかを考えたら絶対それまでの日々を充実させないと、そこには向かっていけないですよね。」
そんな私に、この安田さんのことばはすごく衝撃的でした。
最期の理想を叶える為に今動く。
最期満足するために、今を充実させる。頑張ってみようと思います。
【インタビュー・編集・あとがき:クロマニョン】
【編集:なずなはな】
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