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むんさんに出会えてよかったと思う人

むかしむかし、孤独(こどく)という名の若者が住む村がありました。孤独は心に大きな壁を築き、周りの人々と深く関わることを恐れていました。過去の辛い経験から、人を信じることが難しくなっていたのです。
ある日、村に「むん」という不思議な旅人がやってきました。むんは特別な力を持っているわけではありませんでしたが、その温かな笑顔と、相手の話に真剣に耳を傾ける姿勢、そして何より、どんな人にも変わらぬ優しさで接する心を持っていました。
最初、孤独はむんに対しても心の扉を閉ざしていました。しかし、むんは決して無理に近づこうとはせず、ただそこにいて、必要な時に手を差し伸べる存在でした。雨の日に黙って傘を差し出し、悩みがある時は静かに隣に座り、時には心を和ませる話をして孤独の緊張をほぐしていきました。
少しずつ、孤独の心の氷は溶け始めました。むんとの何気ない会話、共に過ごす時間、小さな冒険——そういった日々を通じて、孤独は人と心を通わせる喜びを思い出していったのです。
ある日、むんは孤独に言いました。「私はもうすぐ旅立ちます。次の村へ行くのです」
その言葉に、孤独は大きな不安を感じました。「むんさんがいなくなったら、私はまた一人になってしまう」
むんは優しく微笑みました。「あなたはもう一人ではありません。私との出会いで変わったのは、あなた自身です。その変化は、私がいなくなっても消えることはありません」
むんが旅立つ日、村中の人々が見送りに集まりました。孤独も最前列に立ち、むんに感謝の言葉を伝えました。「むんさんに出会えてよかったと心から思います。あなたがいなければ、私は変われなかった」
むんは村人たち一人一人に挨拶をし、最後に孤独の手を取りました。「出会いは不思議なものです。私もあなたに出会えてよかった。これからはあなたが、誰かの『むん』になれるでしょう」
むんが去った後、孤独は村で「むんの会」を始めました。困っている人の話を聞き、孤独を感じている人に手を差し伸べる小さな集まりでした。やがてその輪は広がり、多くの村人が参加するようになりました。
ある日、新しく村に来た旅人が孤独に尋ねました。「むんさんとはどんな方だったのですか?」
孤独は穏やかに答えました。「特別な人ではありませんでした。でも、その存在そのものが私たちの心を温めてくれました。むんさんに出会えてよかったと思う人は、この村に大勢います。そして今、私たちは皆、誰かの『むん』になろうと努めているのです」
そして「一つの光が、百の闇を照らす」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
そして次にインタビューされるのはきっとこれを読んでいるあなただし、そしていつしかインタビュアーにもなっているのでしょう。
と思う2025年4月22日19時12分に書く無名人インタビュー1062回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

今回ご参加いただいたのは 中山拓也 さんです!

年齢:50代前半
性別:男性
職業:介護福祉士



現在:自分が自分らしくいる世界だなと思って。職場の人たちにも恵まれたもんですからね。そのまま働かせていただくことにしました。

むん:
最初の質問をさせていただきます。今は何をしている人でしょうか

中山拓也:
本業は介護福祉士です。

むん:
具体的にどんなことをされている?

中山拓也:
認知症専門のデイサービスってご存知ですかね。 

むん:
はい。

中山拓也:
日帰りで高齢者の方をお預かりし、食事・入浴・排泄・レクリエーション、そして送迎などのサポートを行っています。

ご利用者様に寄り添ってお話しをさせていただいたり、オムツの交換をしたりと日々いろんなことをやっていますね。それが私の本業です。

むん:
いつ頃からされてるんですか?

中山拓也:
今で7年目になります。

むん:
これをやり始めたきっかけは?

中山拓也:
そうですね。私今53歳でまた遡ると古い話になるんですけども
20代後半から30代にかけて理学療法士の専門学校に社会に出てから通ったことがあります。

そこでリハビリですとかちょっと医学の端くれみたいなことは勉強はしたんですが、最後の最後で逃げ出すということをしてしまいまして。 
後悔はしてるんですけども、そこで勉強した知識っていうのが介護ともかぶってくるところがすごくあるんですね。

時間が経ったときにせっかく勉強したことを眠らせるのは勿体ないなと思って。最初は派遣で少し覗いてみようかなぐらいの気持ちで飛び込んでみました。
あともう一つは私の母方の祖母がですね。やっぱり認知症になって一時期私の家に本当に短い時期なんですけどね、預かったことがあるんですよ。 

当時の私は仕事を辞めて引きこもって精神的にもかなりきつい時期で。優しく接する余裕もなく自分のことで精一杯で。最期まで何もしてあげられなかった。

もうひとつは弟が大学3年の時に事故で頚髄損傷になったということがあります。
幸い今は結婚して幸せには暮らしているんですけどね。将来的にもし何かあったとき、自分の知識が役に立てばという想いもありました。

そんな背景があってとりあえず1回飛び込んでみました。 長くなってすみません。

むん:
はい。飛び込んで、どうして続けようと?

中山拓也:
飛び込んで。そうですね、3ヶ月ぐらいで派遣から正式雇用にならないかっていうお誘いをいただいて。わりと水にあったんですね。
給料は正直いい世界ではないんですけども、自分が自分らしくいる世界だなと思って。職場の人たちにも恵まれたものですからね。そのまま働かせていただくことにしました。

むん:
うん。なるほどなるほどそうですね。中山さんにとって自分が自分らしくいられるって、どういったところでそう感じられますか。

中山拓也:
介護に限らずどんな仕事もそうだと思うんですけど、自分より弱い立場の人に優しくするには、自分自身の心に“余白”がないとできないと思うんです。

私は武道を長年やってきたこともあって、子どものころから「強くて優しい男になりたい」と思って生きてきました。
いわゆる仮面ライダーとかねドラマみたいなああいう強くてかっこよくて優しい男になりたいなと思っていたので。でも自分に合わない仕事を無理して続けるとやはり人に優しくできないんですよね。

そういう強くて優しい自分でいられるのがたまたま介護の仕事で。いろんな仕事をしては辞めたりしてるんですけど、介護の仕事ではそういう優しい自分でいられるのかなってね。そうじゃないときもありますよ、正直ね。 でもそういう自分を目指していられるのかなっていうことをすごく感じました。 

むん:
7年続けられて、一番印象に残ってることとかありますか。

中山拓也:
印象に残ってることですか。はい。 少し待ってくださいね。 印象に残ってることですね。つい先日のことなんですけど、1ヶ月ぐらい休職させていただいたんですよ。 

元々病気があって。就職するときには伝えてあったんですけども。 7年前に一度夜眠れなくなりました。「睡眠障害」です。夜中に仕事を無理に頑張ると眠れなくなって昼間に強い眠気に襲われてしまいます。

勤めて7年目に副業を夜頑張りすぎたんですよ。 AI関係で。Xで頑張ってつぶやいたりして生活のリズムが崩れてしまった影響で睡眠のリズムが崩れて再発してしまったんですね。

むん:
はい

中山拓也:
それを上司に正直に言ったらすぐ休みを1ヶ月取らせてくださって。直属の上司もその上の方もとても理解がある方ですごく感謝してます、本当に。
今までそういう経験がなかったので。そういうハンデがあっても必要としてくれてるんだなって。すぐに判断して私が働きやすい環境を作ってくれた。それは本当に感謝してます。今は職場に復帰しています。

むん:
はい。それが印象に残ったこと?

中山拓也:
そうですね。こんな私でも必要としてくれて全て整えてくれて待っていてくださった。それが本当にありがたいです。

むん:
うん

中山拓也:
病気になった原因は本業の介護福祉士ではなくて副業だったんですけどもね。
それでも私を受け入れてくださったっていうことが本当にありがたいやらで。

むん:
受け入れてくださってるって感じたときにどういった感情になりますか?

中山拓也:
もう泣きそうになりました。向こうは冗談を交えながら面接をしてくださったんですけどね。 

急いで戻って来いなんてことは一言も言わずにただ心配をしてくださって。ただどんなに私を必要としてくれているかということを話してくださって。とにかく休みなさいということを言ってくださって。 

むん:
なるほど、ありがとうございます。ちなみに中山さんは趣味ありますか。

中山拓也:
趣味、いっぱいありすぎて困るんですよ。Xにもいっぱい書いてて、書き過ぎてて。でもメインのところを挙げると武道全般ですかね。

むん:
ええ。

中山拓也:
最初は高校時代に合気道で、大学に行って拳法・空手。卒業してからまた別の空手で今は居合と棒手裏剣をやってます。 武道が大好き、下手の横好きですね。

でも僕の人生ではやっぱりその武道がとても太い趣味というか遊びというか、一本軸が通ってるとこですね。サッカーとか野球とかできないので。
でも武道は私を活かしてくださったんですね。 他にもいろいろありますけど武道かな。
むん:
武道の魅力って何ですか。

中山拓也:
武道はね、人を選ばない。 例えば、野球やサッカーああいうのは運動神経のいい人のものじゃないですか。

レギュラーとかってのはやはりある程度ね、小さい頃からやっていて才能があって。
多分そういうのがないと球技ってのはなかなか上にはいけないし心折れちゃう人は大勢いると思うんですよ。 

僕なんかは小さい時、あまり玉遊びっていうのをしなかったので。どちらかというと砂場で遊んだりね。砂場で怪獣やウルトラマンの人形で遊んだり本を読んだり。そういう子供でね。みんなに馴染めない子供だったので。ただ武道の世界っていうのは先輩や先生が手とり足取り基本から正しく導いてくださる。

球技はそういうところがあまりないんですよ、わりとね放任主義かな。あくまで僕のイメージですよ。 才能がない人は潰されてく辞めていく。ただ武道というのはやる気のある人に対しては平等に教育を施してくれる。 自分自身もね、逆の立場になったときには悪い見本を見せられないので。背筋を正して生きていかなきゃいけない。 そういうことを教えてくれましたね。 

通じてますかね僕の言ってることって。

むん:
はい、はい。何となくですが。

中山拓也:
はい。

むん:
なるほど、それどういったときに強く感じますか?

中山拓也:
僕、皆さんそうだと思うんですけれども、やっぱりいいときばかりじゃないじゃないですか。 どうしても人生山あり谷ありで、いいときは正直あまり武道のありがたさには気付かないですね。

でも自分が挫折してね、人生どん底でどうしようかなっていうときに武道の先生の教えとか先輩の教えとかそういうものをね、ふと思い出すんですよ。
そうすると、自分はあそこにいたんだからそれに恥じない生き方をしなきゃいけないなってなんとかはい上がるっていうその繰り返しですね。自分の軸となってくれるっていうんですかね。自分にとっては武道は宗教ですよね、ほとんど。 本当それがあったから何とか立ち直って。悪いことって重なったりするじゃないすか。皆さんそうだと思うんですけど。
そのときにはい上がるのは自分だけの力ではどうしてもきつい部分ってあって時間もかかるんですけど、私にとってはたまたまそれが武道の教えでそれを日常に活かすことで自分らしくいられた。
いつもじゃないですけどね。人によるとは思います。それが野球であったりサッカーであったりするのかもしれないです。僕にとってはたまたま武道だったということだと思います。

むん:
中山さんは周りの人からどんな性格だって言われることが多いですか。

中山拓也:
優しいとは言われますね。 自分では短気なつもりなんですけど。自分を押し殺すというところもあって家族には短気だって言われますね。家族には素を出すので。

そうですね。今も意識してゆっくり喋ってるつもりなんですけど、素に戻ると早口になってしまうので。最近は仕事も介護福祉士なのでゆっくり喋るように心がけるようになりました。 

むん:
なるほどですね。どんなところが優しいと評価されてると思いますか。

中山拓也:
どんなところ。そうですね。最初に入った会社はおもちゃの会社だったんですね。辞めちゃったんですけどね。
その時の先輩がすごく良い先輩で。すぐ辞めちゃったから申し訳なかったんですけど。その先輩のセリフがすごく耳に残ってて「質問があったら同じことでも何度でも聞いてと。何度でも教えるから」って言ってくれたんですよね。

私それをね、未だに真似してますね。 大学卒業して入った初めての会社でサラリーマンで最後辞めるとき申し訳ないことしちゃったんですけど。僕がね会社に行かなくなっちゃったもんでね。 その後連絡は取ったんですが、僕が22,23で向こうは34ぐらいだったかな。 すごくいろんなことを教えようとしてくださってたのもわかってたんですが僕の方にねサラリーマンをやる心の余裕がなかったんですよね。でもその言葉だけはね「何度でも聞いて」って。だから私もね、新しい人が入ったときにはその言葉を言うことにしています。 そう言いつつもね、3回目だよとか言っちゃうこともあるんですよ。自分を戒めながら何度も聞いてって言うことにしています。 そんなところかな。 

むん:
なるほど。うん。先ほど自分では短気だっておっしゃってましたけどどんなところで短気だと思われるんですか?

中山拓也:
短気。腹黒いと思います。 もう頭の中でね、かっかかっかしているんですよ。 どこか驕りがあるんでしょうね。 自分はできるっていう驕りがあるからたぶん自分より仕事ができないと思われる人が段取り良くできてないとどうしてもイライラしてしまったりはします。 でも最近はやっとそれがなくなりましたかね。

それはやり方の違いだから人を変えることはできないっていうことにこの年でようやく、ようやく気づいたって感じですかね。

自分小さいなって思ってます。 

むん:
それどうやって変わったんですか?何か意識が変わったって。

中山拓也:
何だったかな。 あくまでですが私から見て明らかに段取りが悪いなって人がいたんですよね。

僕の性格じゃどうしてもこうした方がああした方がって言っちゃうタイプだったんですよ。 でもある時、それをやめてみたんですね。そしたらね、その人自体はあまり変わらなかった。 変わらなかったけど不思議なことに職場の雰囲気が一変したんですね。 

むん:
うん

中山拓也:
恐らく僕が押さえつけていた、隠していたつもりのイライラのオーラって多分周りには表情とか雰囲気で伝わってたんだと思うんですよ。 僕はその心を入れ替えてみたことによって、それがいい方向に行ったのかな。

僕は自分では優しい怖くないって思ってるかもしれないけど、職場はほとんどが女性で僕は体が大きくて男なんですよ。 うん。 だからそういうのってやはり伝わってたのかなってすごく反省をして。

以来何か仕事を回さなきゃいけないとか、時間を優先するとか、そういうことをせずにあくまで利用者様のほうを優先してやれば雰囲気が良くなるということが体感できたんですね。今まではね、パン屋や引っ越しをしたこともあるのですがとにかく仕事を早く回すそのために段取りをいかに良くするかみたいな1人だけの世界にいたんですよね。

全体で物を見ることができていなかったというか、優先順位を間違えてた人を大切にするってことじゃなくて仕事を回すってことにたぶん変なことを正義みたいに思い込んでいたんだと思うんですよ。 自分ができてるっていう驕りがあったもんですからね。 

むん:
はい。

中山拓也:
たぶんそれがどこかでストレスになってたのかな。今はすごくね、働きやすいです。

むん:
はい。それでは中山さん好きな食べ物なんですか?

中山拓也:
僕はお子ちゃまなのでね、ラーメンとか餃子です。ラーメンはインスタとかにもあげてますね。それも豚骨醤油の太い麺が好きですね。中太麺とか太めが大好きです。

むん:
はい。おすすめのラーメン屋さんありますか。

中山拓也:
おすすめのラーメン屋さん。いろいろあるんですけど私のおすすめは静岡市に横浜屋っていうところがあるんです。

むん:
はい。

中山拓也:
家系ってご存知ですか。 家系なんだけどちょっとね変わってる。スープとかは若干違う。あまり他では食べられない感じのラーメンで餃子も美味しいんですよ。 そこによく行ってます。 

むん:
餃子の特徴はあるんですか?

中山拓也:
餃子はね冷凍じゃなくて全部手作りしてる。見たことあるけど手包みしてますね。焼いた面がすごくパリッとカリッとしてて。一口でほおばれるサイズなんですけどこれはね美味しいですよ。餃子だけでもいけるんじゃないっていう。日によっては売り切れもありますね。 


過去:だから大学を卒業する頃には一つの夢を叶えたと言えるのかな。小さい頃からの自分から変わりたいっていう夢をその頃には叶えてたんだなって最近気づきました。 

むん:
ええ、では続いては過去の質問を移らせていただきますね。

中山拓也:
はい。

むん:
子供のときどんなお子さんでした。

中山拓也:
子供のときはそうですね。さっきも言ったんですけどあまり何だろう、グループにね入って行くっていうことができない子供。
小学校で言えばクラスに友達が1人2人いればいいかなっていう。 自分からね、話しかけるとか友達作ろうとすることができなかったですよね。

あがり症。 人前で話すとか、緊張しちゃってドキドキしちゃって、目が潤んじゃうぐらいの。とてもじゃないけど人前に出てよくあるじゃないですか弁論大会とか、あんなの死んでもしたくないよっていう。

本当にあがり症でね。それはコンプレックス。クラスに友達が1人とかしかいないのに、毎年転校してっちゃうんですよ。 その仲のいい友達が。6年生になったら今度は自分が転校して。不思議でしょ。本当に頼りにしていて1年生のときはいじめっ子から守ってくれた体の大きい子がいたんですよ。 ドッジボールになれば私の前にいてね、守ってくれるような子がまず転校しちゃって。それで仲のいい子が本当に毎年不思議なぐらいに転校していきましたね、 びっくりした。 だから1人で。友達の輪に入れないから本を読んだり漫画を読んだり。団地に住んでたんでね、団地の年下の子供たち集めてはヒーローごっこみたいなことをしたり。自分より弱い相手とは喧嘩しに行きました。 

でも自分より強い人に向かっていく勇気とかなかったな。そんな子供でした。いじけた子供だったかもしれない。根暗でね。

むん:
なんか自分より年下の方だと、大人数でも大丈夫だったんですか?

中山拓也:
大丈夫なんでしょうね。ガキ大将気取りなところも何かあったんですね、同じ団地に住んでたからかもしれないですね。 クラスとかでは打ち解けられないけど部活とかの仲間とかは打ち解けられる子供だったんですよ。 

中学に行ってもね同じ。団地も同じところに住んでるっていうだけで何か共通項は勝手に感じてたんでしょうね。 

むん:
ええ。へえ今はどうですか?その性格について。

中山拓也:
性格はね。ずっとそういうコンプレックスがあって。弟にもコンプレックスがあったんですよ。
弟は私と違って明るくて友達がいっぱいいてね。私の失敗してる様子を見てるから勉強もできてっていうのがあって。私ずっとコンプレックスを持ってて。19歳ぐらいかな。自分を変えたいと思った時期にたまたま出会った人がいて。その人を真似をしようと思っているうちに自分を変えていくことができたのかな。

元々持っていたものなのかわからないんですけどいろんなことができるようになってね、短所を長所に変えられたっていうのかな。

そうできたときには弟へのコンプレックスがなくなってました。 自分が目指してた自分になれたのかな。 うん、 そう。 

むん:
うん。なるほど。真似しようと思った人って具体的にどんな人だったんですか?

中山拓也:
大学に入ったときにね。私、拳法部に入ったんですけどそのときの二つ上の先輩がいまして。リーダーシップに溢れてて強くてかっこ良くて頭も良くてトークも面白い人でしたね。 

その人と出会ってこの部活に入ろうって決めたんですよ。こういう人みたいになりたいと思って。
その時、拳法か空手か何かをやろうと思ってはいたんですけどあまり深く考えずにただその人みたいになりたいと思って飛び込んで。そうしたらそこがね、すごく人数の少ないもう廃部寸前の部活だったんですよ。

なのでその先輩から一対一で拳法を教えてもらって。稽古が終わると飲みに連れて行かれて。先輩がためになる話をして笑わせてくれて。なんてことやってるうちに今度は自分が先輩になって同じことを後輩にして。

だから大学を卒業する頃には一つの夢を叶えたと言えるのかな。小さい頃からの自分から変わりたいっていう夢をその頃には叶えてたんだなって最近気づきました。 

むん:
その先輩みたいに後輩にしてあげるときに意識してたこととかってあるんですか。

中山拓也:
後輩に対してですか。

むん:
はい、変わろうと思ったときとかにどうやって変わっていたのかなって。

中山拓也:
何でもやってみる。とりあえず変わりたいと思った以上は真似をしてみる。 例えば真似をしてみる、そこで何かできない言い訳を探したらたぶんキリがないと思うんですよ。

先輩がやれと言ったことは全部、いわゆる全身全霊でね。 それをしていれば迷いなくその道にいける、先輩みたいに。先輩もたぶん同じ道を通ってきたと思うんですよ。 体育会系の部活なんで理不尽なこともね。うちは体罰とかはなかったですけど。例えば大声で人前で挨拶をするとかね。 昔ならではの体育会系の決まりっていっぱいあったんですよ。 

でもたぶんそれを理屈でね、そんなのやっても仕方ないっていうのはすごく簡単なことで。 

だってね、別に自分に合わないんだからやらなくてもいいことでね、部活をやめれば済むことなんですけどもその先輩はその同じ道を通って。先輩も今みたいな男になったんだろうなってことを無意識に思ったんですよね。 

だから全然疑問に思うことってなくて。これ面倒くさいなと思うことは正直ありましたよ。 だけど僕の中ではその先輩みたいにせっかく出会ったその先輩みたいになりたいっていう気持ちが大きすぎて。そこはもうね、突っ走りましたよね。 

僕の同期が僕を含めて4人いたんですよ。 うん。 でもやっぱり早くに3人ぐらい辞めてしまって。

でもね、最初に僕その先輩に言っていただいたんですよね。お前が首相になるんだっていうことをね最初にね、なんかお前はもうそういう星のもとに生まれたんだからしょうがねなって言って冗談ぽくね、まだ他の同期がいるときにそう目をかけてくださったのでね、僕はもう犬みたいな性格してるのに、そんなこと言われたんら、勘違いして俺がやるしかないってこうなっちゃったんですよ。 火をつけられちゃって先輩にね、尊敬する先輩に火をつけられちゃったので、そのまま突っ走ったって感じですかね、それだけ尊敬してましたね。 

むん:
実際そのリーダーになられたんですか?

中山拓也:
はい。最終的に僕しか残らなかったので。僕しかなる人はいませんでした。はい。

むん:
やってみてどうでした?

中山拓也:
いや難しいですねリーダーってね。 OBの先輩がいらしてですね、部活の。その先輩に相談したときに卒業したら部活の主将なんかよりね会社経営の方 がずっと難しいよって言ってくださった。

でも当時の私からしたらね、いやこの廃部寸前の部活にどうやって人を入れるか、人をどうやって残すかで悩んでて。しかもすごくマイナーな拳法なんですよ。 

そのマイナーな拳法をどうすれば価値のあるものにできるかって。俺のやってることのほうが遥かに難しいんだけどなと思いながら押忍押忍とか言ってました。だからもう迷いながら迷いながらですよ、日々迷いながら主将をしてましたね。

 相談できる人もいなかったですからね。 同期もいなかったので。これでいいのかなって悩みつつ。後輩にこれでいいのかななんて聞けないじゃないすか。 

だから虚勢を張ってたんでしょうね、よく立場がその人を作るっていうじゃないすか。

社長になれば社長に、部長になれば部長にって言うけど。そのとき主将を気取ってはいたけど内心はドキドキですよね。 いつ後輩が辞めるんじゃないかっていつもドキドキドキドキしながら飲みに連れてってましたよ。 自分に人徳があるなんて思ってなかったので。

むん:
うん。やりきってみてはどうでしたか。

中山拓也:
でも良かったと思います。廃部寸前の部だったんですけど 私のすぐ下に2人、1人はね辞めて戻ってきました。

私の誕生日の日に電話かけてきやがってですね。辞めたいって私が4年になるときに言ってきた。

そのときね腹を割って話をして。正直少し苦手な後輩だったんですよ、私にとって。1学年下だけど年上っていう複雑な。

でもきちんと武術の心得はあってね。ただ家庭の事情もあって部活にあまり来れなかったりと接点がなくて。きちんと腹を割って話したことがなくて。

でもそのときの気持ちを私は正直にね。お前が辞めたいって思ってたのはわかってたけどどうすることもできなかったっていうのをね、それを正直に話したんですよ。 

そのコミュニケーションの取り方がわからなかったんだ、ごめんなってことを言ったらなんか向こうもわかってくれて。じゃあ戻りますって言ってくれたっていう。それはすごく大きな経験。 私の下にその2人がいて、その1個下はね残念ながら誰も入らなかったんですよ。 廃部の危機ですよね。 

むん:
はい。

中山拓也:
その一番下に私が全員勧誘したんですけど幸い4人入ってくれたんですよ。だから辞めるときにはそれなりの人数を残せたなっていうちょっとした充実感。私のやったことは間違っていなかったと。全部完璧にはいかなかったんですけど。

はい。 何とか形とか役目だけは果たせたのかな。安堵しながら卒業した覚えがあります。

むん:
なるほど。中山さん今までの人生の中で、転換点何個でもいいんですけど、置くとしたらはいどこに置きますか?

中山拓也:
転換。そうですね。高校の合気道部に入ったときですかね。

それまでは武道というものには一切触れたことがなくて。憧れはあったんですよ。 小さいときに喧嘩で負けた相手が年下で空手使ってたやつだったとか怖い思い出ですけどね。

あと映画でね「ベストキッド」って知らないと思うんですけどあったんですよ、中学のときに。それとオタクの友達がいたんですけどオタクのくせに柔道部で空手もやってるっていう子がいて。その子が私の友達になってくれたんですよね、不思議なんだけど。 

すごい強面で不良にも怖がられるようなやつがね。だから武道に対する憧れはずっとあって。幼い時学校でいじめられて空手道場に親に連れていかれたらしいんですよ。 でもね、泣いて拒否したらしいです。

むん:
へえ

中山拓也:
だから武道というものに接する機会はあったんだけど怖くて痛いものっていう思いがあって。でも強くはなりたいっていう矛盾。

弱い気持ちがあって、中学校まで。転校したところが前より少し荒れた学校だったんですよ。 だからそこで自分を守るために何か身に付けなきゃってのはすごく感じて。高校でたまたま中学の顔見知りがいて。彼が合気道部に入ったと聞いたんです。

それまで山岳部に入ろうと思ってた。昔ボーイスカウトに入ってたんです。ご存知ですかね?なんか漠然と山もいいなと。、武道なんて一切考えてなくて。でも合気道ってイメージが柔らかいじゃなでいすか。 

痛いとかそういうのがないから。軽い気持ちで入ってみようかなって入ってみたらクラスメイトにも入っている子がいてその子と後に仲良くなるんですけどね。

そこが武道に自分を飛び込ませたところかな。 そこでまたいい先生にも出会うんですけどね。 それがなければたぶんこの道に入ってないと思います。

偶然ですけど偶然ってないと思うんすよ、僕はね。でも不思議だなと思って。

むん:
なるほど。他に何か転換ってありますか。

中山拓也:
さっき言った大学に入ってその先輩と出会ったのがやはり大きいな。実在の人物として身近でこの人みたいになりたいと思った人がマンツーマンで私を指導してくれて見本を背中で見せてくれた。それかな。 うん。 だって憧れる人って普通近寄りがたいじゃないですか。 

むん:
うん

中山拓也:
ええ。 その人が目の前にいるっていうこんな生きた標本がいるわけですからね。 吸収しないわけにはいかないじゃないすか。

あれが僕の中ではね。そう、このあいだその先輩と飲んだんですよ。30年ぶりぐらいかな。飲んだんですけどね、その先輩は謙遜するんですよ「俺はそんな大した男じゃないよ。どうしようもない男だよ。たまたまお前がなりたいと思った要素がたまたまそのとき俺にあったんだろうな」って。俺自身もすごくカッコつけてた部分があったぞてね。言ってくれてはいたんですけど。

先輩にとっても僕もね、教える教えられるということで何か必要なことがあったのかなと。 何かお互いに求めるものがあって出会ったのかなみたいな話をね、この間してました。 

むん:
なるほど、はい。

中山拓也:
現役のときはそんな話できないじゃないですか。雲の上の先輩だから、この前初めて対等に話して。

むん:
最近、対等に話せたときってどんな気分になりました?

中山拓也:
そう。 部活のときは基本的に後輩はね、押忍かはいかしか言えなかったんですよ。 そうそう、だから全てを封印された状態ですよね。

僕みたいなお喋りでも先輩の言うことには基本的に逆らうことはできなくて。返事は「はい」か「押忍」だけ。たまに面白いことを言えと無茶ぶりされるくらいで。自分の考えとかポリシーとかこうやってきてみたいなみたいな話は一切ね、交わし合うなんてことはなくって。

30年たってやっと先輩ってこういうこと考えてる人だったんだなっていう。なんて言うんだろわかり合えたって、わかり合えるなんてことは人間にはないとは思うんですよ。でも、先輩に近づけたんだなっていうこと。 なおかつ先輩も私を認めてくれてたんだなっていうことをすごくね、感じてすごく幸せな気分になりました


未来:あんまりね、考えすぎないようにしていて。ただ楽しみではあります。

むん:
では続いて、未来の質問に行かせていただきますね。5年後10年後あるいは死ぬまでを想像していただいて、未来についてどういったイメージをお持ちですか。

中山拓也:
正直あまり私、先のことを具体的に考えるのは得意ではなくて。これは仕事でも何でもそうなんですけど。

あまりね、考えすぎないようにしていて。ただ楽しみではあります。武道を続けて今自分はね、ある程度心も体も若くいられていると思っているんですよ。それはね、いろんなことに興味を持って行動して新しいことに飛び込むことを恐れないでいるからそういう自分でいられるから若さを保てると思っているんですね。

そういう状態を続けたときに今53で、60になる。60ぐらいいくと結構ガタ来るじゃないですか。 介護の仕事を続けるかは正直わからないです。だけど、60、70、80といったときにどういう自分の体と心でいられるのかなってことにすごくね、興味があります。私の理想の人はね、藤岡弘さんってご存知ですか?仮面ライダーの。

あの人も相当若いですよね。 すごく家族ともね仲良く過ごしてらっしゃるのを見ていて。

私ファンクラブにこないだ入っちゃったんですよ。 あの人も武道をね、バックボーンに活躍されている方で家族のお子さんとは毎日ハグをするそうですね。外国に行ってそういう習慣がついたと。お子さんもそれを嫌がらない。 だからね武道を愛して仕事を愛して家族を愛してすごく素敵な生き方をしてらっしゃるなと思って。私結婚してないんですけどね。

でも、憧れますね。1本筋が通ってるけどきちんと家族にも愛情を注がれていて。すごく伝わってきます。 いいな。ああいう家庭を持てたらなってね、思います。 

むん:
はいはい。ありがとうございます。
では続いて、もしも質問させてもらうんですけど、もしも今中山さんが武道に出会っていない人生を送っていたとしたら、今どうなってたと思いますか。

中山拓也:
武道に出会っていなかったら。たぶん私ね、本とか書いていたと思います。昔は絵とか好きだったんですよね。そういう美術系とか物書きとかになってたんじゃないかな。

今noteとか書いてるのもね、文章書くの好きなんですよ。 わりとテーマ決められると書けないんですよ。でも好きなままに書くんだったら書ける。物語とかは書けないけど、エピソードとかコラムみたいのがたぶん合ってると思います。 そういう世界に行ってたんじゃないかなって何となく思いますね。 

むん:
うん。はい。どういったコラム書かれてると思いますか?

中山拓也:
雑誌のコラムとかすごく書いてみたいですね。

むん:
はいはいはい。

中山拓也:
本当にあの、そんなにたくさんじゃなくて日常を切り取ったね。

むん:
そうですね。 はいありがとうございます最後に質問させていただきますね。

遺言でも読者向けでも自分に対する独り言でも感想でも何でもいいんですけどこのインタビューへの感想でも何でもいいんですけど、はい。

言い残したことがあれば、お願いします

中山拓也:
言い残したことですか。 はい、そうですね。

むんさんに出会えてよかったです。私、出会いに偶然はないと思って生きてるんですよ。 それはいいものか悪いものかわかんないんですけど、理由があって出会ってると思うので。一期一会じゃないけど、そういうのはね、スピリチュアルじゃないけど信じて生きてるんですよ。

自分が双極性障害と診断されて。過去ずいぶんと苦しんだけどそうだとわかったときに逆にね肩の荷がおりたんですよ。強くなりたいと思ったけど、強くなったと思った途端に弱くなっちゃったりして。自分はね、駄目な奴だと思ってたんですよ。  

これ、俺のメンタルの弱さが原因じゃないんだと。脳の中の物質が足りなくて枯渇しちゃうからそうなっちゃうんだと。自分が根性なしだと思わなくていいんだってわかったときにすごく救われて。もう俺、強くならなくていいんだって。別に空手とか何かやって強くならなくていい、楽に生きていいんだってわかったんです。もし俺と同じような心の苦しみを抱えた人がいるのあればと俺の経験をXにつぶやいたりしています。

特に双極性障害ということを大きく謳ってはいないんですよ。 自己紹介に軽くね、書いてはあるけど。

でもたぶん障害名なんていうのは、医者が勝手につけた名前でね。みんなが持ってる個性なので。僕が生きてきたときに勝手に自分が孤独だと思い込んでいたようなことはみんなたぶん同じように経験してることで。

だから、僕が経験したことを分かち合ったらっていうとあれだけど。それを見て何か自分だけじゃないんだなって自分にも活かせるんだってあの人はこういうときこういうふうに感じてこういうふうに動いてっていうのを何か役に立ててもらえたらなと考えて生きてます。伝わりましたかね。 

むん:
はいありがとうございます。インタビューは以上とさせていただきます。ありがとうございました

中山拓也:
ありがとうございました。

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あとがき

何か信じる・没頭できるものを見つけると、人生って豊かになるんだろうなと感じました。人間はどうしても比べてしまいがちですが、自分らしく自分のペースで生きていけるよいいなと思います。
中山さん、1時間お話し聞かせていただき、ありがとうございました。

【インタビュー・編集・あとがき:むん】

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