40代で大人になった人
突然ですが、この記事を読もうとしてくれているそこのあなた。自身の思う精神年齢って、いくつくらいだと自覚していますか。ここも突然私ごとになってしまうのですが、私は永遠の男子小学生を名乗っています。
散歩をしているとき「大人の定義」について考えることがあったのですが、悪い意味での諦念といいますか、何をしてもワクワクできなくなったタイミングになったときに「大人」になることを指すのかな、と考えていました。例えば何かワクワクしたことがあったときに、「童心に帰る」という表現をするように。
ですが、最近は「馬鹿であることに恥ずかしがらない」ことが大人になることなのかな、と。恥ずかしがると、つい子供のように「いや、そうじゃない」と駄々をこねることになる。「ああ、自分は馬鹿である」という、これまた諦念に近いものを携えることによって、目の前の「恥ずかしい」ということを「恥ずかしがらなく」思えてくるのかな〜。
こう定義すると、今年で25歳となる私・一休は、まだ子供です。馬鹿であることを受け入れられない、しょうもないプライドを携え、今日も生きています。
と思う2024年11月29日19時40分に書く無名人インタビュー961回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:一休誰絵(無名人インタビュー副編集長)】
今回ご参加いただいたのは ゆう さんです!
年齢:30代後半
性別:女性
職業:無職
現在:逃げ続けた結果、なんか一見して自由人のように見えるような形になったんだと思ってて。
qbc:
今何をしている方でしょうか?
ゆう:
今は無職です。
qbc:
無職というのは、仕事以外に何かされてることってありますかね?
ゆう:
今は何もないんです。仕事を辞めて、離婚をして。今住んでるところも引っ越す予定で、家族も職も家もなく、みたいな。なんか1回ちょっとリセットされた状態です。
qbc:
それぞれ、いつ頃辞めて、いつ頃離婚されたんですか?
ゆう:
3月いっぱいで仕事を辞めて、ちょうど同じタイミングで離婚もしました。私から言ったんです。10年ぐらい結婚してたんですけど、このタイミングでそれぞれ残りの人生を新たに始めよう、みたいな気持ちに突然なったんです。
qbc:
離婚も3月?
ゆう:
4月だったかな。4月の頭ですね。
qbc:
じゃあ、同時期に決めたみたいな感じですか?
ゆう:
はい。
qbc:
仕事は比較的ぱっと辞めることできると思うんですけど、離婚もすぐぱっと決まったんですか?
ゆう:
そうですね、もともと夫は仕事が忙しくて、ほとんど家に帰ってこない状態だったんです。なので私も、「まぁ、もういいか」みたいな気持ちになって。あとちょうど40歳になったのもあって、節目みたいな意識がどこかにあったのかもしれません。
qbc:
はい。なんか、自分自身の気持ちは自分で決められますけども、相手の方とのコミュニケーションが必要になってくるじゃないですか。それもすんなり決まったんですかね?
ゆう:
そうですね~、夫の方も、新しい仕事に夢中で。なんていうか、同じ方向向いてないっていうのは、何となくお互いに…。なんか芸能人の離婚の理由みたいですけど。なので夫も、「そう言うなら」みたいな感じで。そんなに話が揉めることもなく、すんなりと離婚が決まりました。
qbc:
半年前ぐらいですかね。今はどんなお気持ちです?
ゆう:
不安もあったりしたんですけど、今は、わりとすっきりした気持ちで。
あと、ある出来事があって、「人っていつ死ぬかわからないんだな」って心から実感したんです。40歳になって、何となく「残りの人生」みたいな意識がどこかに生まれて。正直これから何をやるのかはっきりは決まっているわけではないんですが。仕切り直して自分の足で立ってみたくなったんです。
qbc:
なるほどね。いわゆる喜怒哀楽って言われる4種類あるじゃないですか。あれで言うとどこに分類できそうなんですか?
ゆう:
なんでしょう。でも、ちょっとわくわくがあるので、楽か喜があると思います。もちろんそれだけではないんですけど。
qbc:
楽しみ?
ゆう:
そうですね。楽しみとなんか不安と、って感じですね。はい。
qbc:
この半年は何されてたんですか?
ゆう:
今まであんまり出来なかったことをやろうと思って。本をたくさん読んだり、何時間も散歩したり、目的なく電車に乗ったり、取ってみたかった資格を取ったり。人に誇れるようなことは特に何もしてないです。海に行って貝殻を拾って標本作ったりとか。なんか意味のない、仕事してるとなかなかできないような、一般的には役に立たないことを1人でいろいろやっています。
qbc:
何年ぶりぐらいのそういうお休みになったんですか?
ゆう:
3年ぶりです。全然大したことないですね。この3年間、人生で初めての正社員を経験したんです。私は30代になってから大学に社会人入学して、ある資格を取ったんです。
それまではフリーターでした。住み込みで働いては海外バックパッカー旅をする、みたいなふらふらした生活をしてたんですね。そして大学に行きなおして、その資格を使って生まれて初めて正社員になったんです。それが3年前です。36歳とかのとき。
だからこの3年間は「社会人体験」というか、初めて普通に働くという経験だったんです。だから世間的にみたら今までも十分ふらふらしてただろ、という感じではあると思います。
qbc:
なるほど。じゃあなんかその前に、元に戻った感じですか?どんな感じですか?
ゆう:
でもなんか前とはちょっと違う気持ちがあって。そうですね、説明するのが難しいな。なんか若いときにふらふらしてたときの気持ちとは結構違くて。なんかもっとこう本当の意味で、自分で足で立っていこうみたいな気持ちがあります。はい。
qbc:
何でですかね?
ゆう:
そうですね。なんか多分若いときとか今までって、なんか変な自意識というか、何者かにならなきゃいけないみたいな気持ちがあったりとか。それでいて、人の目が気になったりとかして。
今だったらもっと価値っていうものを自分で、人と合わせるでもなく、無理して何者かになろうとするわけでもなく、自分の価値観で生きていける気がやっとしたので。
なので、ちょっと成人したみたいな感じ。ここで40歳でやっと大人になったみたいな気持ちです、はい。
qbc:
なんでそんな気持ちになったんですかね?
ゆう:
なんか人よりも成長が遅いのか、最近になっていろんな…全然まだわからないと思うんですけど、いろんな感情とかがわかってきて…。
あとは、本当に自分のことだけ考えてたと思うんですけど、今までは。なんか死ぬってことを考えたら、自分があと何をできるかなって思い始めて。世の中のためとか、人のためとか。
今まではそういうふうに思っても、結局それは何か自己実現のためというか、どっかで自分が何者かになりたいっていう気持ちにくっついてきたものだったんですけど。なんかもうそんなこと言ってもどうせ死ぬしみたいな気持ちになってきたら、なんか全然、社会的に名をなさないことでも、人にすごいって言われないことでも、なんかちょっとずつ人と関わったり人のためになることができるんじゃできないかなっていう気持ちになっています。
qbc:
それを感じたのは、今年仕事を辞める前ですか?
ゆう:
いや、辞めてからな気がします。
まずその前、社会人で大学に行って、結構大変だったんですね。なんか自分で決めて行っておいてなんですけど、ちょっと私、発達障害があって。ADHDで、学校というものにすごく苦手意識もあったし、いろいろ課題とかやったり人と関わったりすることがすごく苦手で怖くて。いい年してすごい恥ずかしいみたいな気持ちもあって、そう考えると余計いろんなことがうまくいかなくて、なんか本当につらくなってしまって。で、辞めようと思ったんですけど、自分で決めたしこれだけはって何とか卒業だけはした感じです。
正社員も初めての経験で、自分に足りないものとかがすごく見えたり、たくさん失敗したり。なんか働くって、こうやって1日8時間週5日働く生き方が世の中で普通っていうの、よく考えたらすごいことだなって思ったり。
それをなんか自分がやって来てなくてここで初めてやって、改めて自分と社会っていうものを、もう1回、何て言うんですかね、「棚卸し」というか。もう一度社会と自分との関係を捉えなおそうみたいな気持ちになって。そもそも、世の中はどうしてこういう仕組みになってるのかな、本当にこういう働き方をするしかお金を稼ぐ手段はないのかなとか考えて。実は、生きていく方法は他にもたくさんあるんじゃないかとか。いろいろ自分がいろんなところに頭をぶつけながら考えてきた中で、でも自分は自分ですごいめっちゃ迷惑かけてたんだな人に、みたいなことに最近になってやっと気づいて。
なんか本当に、何て言うんですかね。こうやって働いている人がいて世の中回ってるんだな、とすごく感心して。この年で恥ずかしいんですが。今までも自分は結構許されてきたんだな、とかなんかそういうところにいろいろ気づいたら、やっと自分と社会っていうものを考えるスタート地点に立てたみたいな。
qbc:
なるほど。人から性格は何て言われます?
ゆう:
会って間もない人には何考えてるかわからないとか言われます。あんまり感情が顔に出ないからかなと思います。よく知ってる友達だと、自由、自由人とか、だらしないとか、
ですかね。
qbc:
自分ではどう思います?
ゆう:
自分では、そうですね、何考えてるかわからないっていうのは他人からの印象なのでしょうがないかなと思います。自由人っていうのに関しては、自分ではあんまりそうは思ってなくて。常に社会というものとか、他人から逃げてきたところがあって、自分の人生。で、逃げ続けた結果、なんか一見して自由人のように見えるような形になったんだなと。
なんか本当の意味で自由な人は、他人や社会ともっと対等に渡り合えるんじゃないかと思います。あと、理解されないことを大事にできるんじゃないかな。例えば言語化できないもの。自分の中にもそういうのはあるんですけど、他人に説明できないようなことをもっと堂々とやれるようになりたいです。
世の中で、「この人これを知ってる人」、「こういう生き方してる人」、「こんな仕事を成し遂げてる人」とかってぱっと雑に理解してしまうことがあると思うんですけど、もっと多分言葉にならないものとか、役に立たない衝動というか、欲求みたいなことって、みんなの中にたくさんあると思うんですね。さっきのあの石拾いとか貝殻の標本作ったりとか、お金にもならないし世間の役に立つわけじゃないです。
まぁ役に立たせようと思えば、例えば人に受けるような形で作ってSNSに上げて、なんかいっぱいいいねもらって、グッズにして収入を得て、みたいなことも可能だとは思うんですけど。なんか今あんまりそういうことは考えたくなくて。なんか自分の中の今まで拾ってこなかった言語化もしてなかった、何でかわからないけどすごいこれが好きというか、なんかどうしてもこれをやってしまうみたいなことを、小さなことでも細かく拾っていきたいなみたいな気持ちが…。すいません、話がずれちゃいましたね。
qbc:
ご自身で、自分の性格はどんな性格だと思っていらっしゃいます?
ゆう:
そうですね~、自分の性格は、怖がりですね。なぜかわからないけど今までずっと他人が怖くて…特に集団が。怖がりだと思います。はい。
qbc:
なんか周りの人から、家族だったりパートナーだったり親友だったり、そういう距離の近い人から言われる言葉ってありますかね?性格について。
ゆう:
距離の近い人からは、前夫からは、素直とか、ごまかしがないところがいいねってよく言ってもらえたと思います。
qbc:
なんかこの無名人インタビューを受けていただこうと思った理由ってなんですかね?
ゆう:
インタビューというものに興味があって。最近急に人の話を聞いてみたいって思ったんです。
私は先ほども言ったんですけど、今まで人と会うのを避けてきたところがあって。なんか友達も狭く深く、その少ない友達ともめったに連絡を取らないみたいな感じで。
それが急に、「他の人ってどうやって生きてるんだろう?」ってふと思って。なんか有名人とかでもなく、知り合いとか友達に「インタビュー」っていうものをしてみようかなと思って、大きいノート買ったんですよ。それで「他にもそういうことしてる人いるのかな」って「一般人 インタビュー」で検索したんです。それでこの無名人インタビューに興味を持って参加させてもらいました。
qbc:
なんで人のことを知りたいと思ったんですかね?
ゆう:
なんか、みんな普通の会話の中で言わないこととかたくさんあるんじゃないかなと思って。もちろん言葉で全部を伝えたり、お互いわかり合えるわけではないんですけど。世界の全員が「人生」っていうのをやってるのに、他の人がどうやって生きてるのか、本当の本当はどう感じてるのか、人生の選択をどうやってやってるのか。自分で選んだわけでもなく生まれて生きて、いつか必ず死ぬということをどう考えてるのかって本当にわからないなって思って、すごく聞いてみたいなっていう気がしたんです。
qbc:
いつその欲求が生まれたんですか?
ゆう:
えーと、なんでだったかな。なんか読んでた本で、人にインタビューするみたいな話が出てきて。それは別に一般人とかじゃなかったと思うんですけど、なんかそのときに急に、あ、私もそういうインタビューしようと思って、ノート買いに行ったみたいな感じで。それがちょうど申し込んだ日のあたりです。
qbc:
好きな食べ物は何ですかね?
ゆう:
好きな食べ物は、甘いものです。
qbc:
どんな?
ゆう:
そうですね。ケーキとかをコーヒーと一緒に食べるのが好きです。喫茶店とかが好きなので。そういうところで本読んだりするような、落ち着くいい場所のイメージと結びついてるんだと思うんですけど、好きです。
過去:みんな馬鹿なのかもしんないですね。馬鹿じゃない人生ってなんだろう…
qbc:
じゃあ過去について聞いてきますね。子供の頃はどんな子供でした?その幼稚園とか覚えている限り、一番古い記憶というか。
ゆう:
ADHDっていうのもあるのかもしれないんですけど、幼稚園の時とか、いまいち先生の指示とかがよく理解できなかったりすることが多かったです。なんかいつもちょっと外れたところにいたりとか、あんまり教室に入らなかったりとかして。
それで、ある日「自分はどうやら周りと同じようにできてない」っていうことに急に気がついたんです。気づいたその瞬間のことを、なぜかはっきり覚えてます。
それまでもいつも、みんなで集まる時間とかも何となく1人でフラフラしてたんです。わりと自然派の幼稚園で、集団行動を強く指導されることもなく放置されてました。
その日も、みんなで輪になって歌を歌う時間に、1人でフラフラしてて。その日は先生が弾いてるオルガンの裏側がどうなってるのか気になって、見に行ったんです。そのオルガンの裏側を見てるときに、他のみんなが歌ってるのが見えて。急にハッとしたんですね。「なんでみんな歌ってるのに私だけオルガンの裏側見てるんだろう」って。3歳ぐらいの頃だと思います。
そのときに、なんか何て言うんですかね、「私は変なのかもしれない、みんなとうまくやれないのかもしれない」っていうのが何というか、急にズンッと肩にのしかかるというか、その思考の種が植えられた気がします。
qbc:
ごめんなさい、なんかオルガンってどんなオルガンですか?オルガンの裏側って?
ゆう:
なんて言うんですかね、オルガンって呼んでたんですけど、木で出来た、ピアノより少し小さい、足で踏んでる間だけ音が出るみたいなやつで。その先生が椅子に座って弾いてる側に行ったんです。
qbc:
あ、先生の後ろ側、背後にまわったということですか?
ゆう:
そうですね、はい。なんか足踏んでるところとか、木がちょっと斜めになってるんですけど、そことかがちょっと気になって見に行ったみたいな感じです。
qbc:
教室で?
ゆう:
教室です。
qbc:
教室で、先生はどっち側向いてるんですか?子供たちの方?
ゆう:
そうです。
qbc:
それは今思うと、どういう思い出なんですか?
ゆう:
単純に「裏側どうなってるのかな?」とか、足が動いてる感じを見たいみたいな気持ちで見に行った感じです。
qbc:
なんか好きだった遊びとか覚えてます?
ゆう:
1人遊びが多い子供でした。あと子供はみんなそうだと思うんですけど、地面とかをすごい見てました。石とか砂粒とか虫を細かく観察したり。あとトカゲがすごい好きで。なんかトカゲとかがいると、逃げられないギリギリに顔をできるだけ近づけて観察するんです。そうすると自分がちっちゃくなったみたいになって、雑草の中にいるトカゲがジャングルにいる恐竜みたいに見えて。そういうふうに、なんか想像したりして遊ぶのが好きでした。
qbc:
小学校はどんな感じでした?
ゆう:
はい。小学校がちょっと…大変でした。たぶん先生が一番大変だったと思うんですけど。さっき言ったように幼稚園が自然派な幼稚園で、あんまりきつく指導されなかったっていうのもあって。小学校で壁にぶつかった感じです。
一個覚えてるのは、なんかなんでかわかんないんですけど、授業中に床に寝っ転がってたりとか。先生に怒られることが多かったと思います。
幼稚園のときも、何となく「自分はみんなの中でうまくできないのかな」っていう気持ちはあったんですけど。そんなとき幼稚園の園長先生が、軽トラに乗せてどっか連れてってくれたり。自分も「受け入れられている」みたいな気持ちがどこかにありました。
小学校になると本当になんか、「なんで自分はちゃんとできないんだろう」みたいなショックがあって、その気持ちがどんどん膨らんでいった感じはありました。
qbc:
ショックがあったけど…ショックがあっただけ?なんかそれが、実際にその気持ちをきっかけに何々したみたいな、アクションには繋がらなかったんですか?
ゆう:
そうですね…。なんか1回「もう無理だ」と思って、こっそり教室を抜け出して、小学校の校舎の外に1人で出て行ったことがありました。でもその頃の自分は学校は絶対にいなきゃいけないものだと思ってたので、罪悪感で泣きそうでした。結局すぐ戻ったので気づかれずにそのままでした。
そんな感じでなんとか学校は行ってたんですけど、友達も出来ず、ずっと自分の空想の世界に入り込んでいました。授業中も、筆箱の中の鉛筆を登場人物にして、お話を作ったり。
qbc:
誰と喋ってたんですか?
ゆう:
なんか空想の中で喋ってましたね。なんか鉛筆の登場人物同士の会話とか、あとは、…なんて言うんですかね、いろんなとりとめのないことを考えたりとか。
qbc:
家族とかは?
ゆう:
そんな感じで問題行動が多かったり友達がいなかったりしたので、いつも連絡帳に私の担任の先生がびっしり今日の様子を書いて、お母さんがそれに返してコメントしてっていうのをやってたんですね。私はみんなそうしてるものだと思ってたんです、他の子達も。
ある時見たら、他の生徒は自分の持ち物を書いたりしてるだけで、先生の言葉とか何も入ってなくて、それを知ったとき結構ショックを受けました。学校から電話が来て、母が泣いてるのを見たり。なんか自分、周りの大人を泣かせるような子なんだと思って。自分にはそのつもりがなくても、自分がいると周りの人が大変になったり、泣いたりしちゃうんだ、みたいな気持ちがありました。あと姉が、姉も同じ小学校だったんですけど、ちょっと名字が珍しかったのもあって、同級生に「妹変わってるんでしょ?」みたいなこと言われたりしてたらしくて。姉は対照的にすごい優等生で、学級委員長になるような子で。「いい子にならなきゃ、普通にならなきゃ」という気持ちが特に強い子だったと思うんです。今考えると姉は姉で大変だっただろうなとは思うんですが。
なので、いつも姉には言われてました。「あんたのせいで私まで変に見られる」みたいに。それから、「こうしたらもっと普通になるよ」とか「こうしたらもっと先生に好かれるよ」みたいに細かく指導された記憶があります。それには特に従わなかったんですが。
qbc:
なるほどね。中高はどんな感じだったんですか?
ゆう:
中高はそうですね、なんか中高とかになると、友達もできてきて。なんか中学は、何ですかね、やっぱり教室にずっといたりするのがしんどくて、普通になんか抜け出してたりとかしたんですけど。なんか中学校ぐらいになると、それが逆に周りの友達から、かっこいいねみたいな。なんかわかんないけど、なんかさぼったりしてることを「自分を持っててかっこいい」みたいなこと言われて。今考えると意味不明ですけど。普通に友達もいました。
先生とはぶつかることが多くてすごい喧嘩したりとかはあったんですけど、意外とそんなに、小学校の時ほどの辛さはなかったです。まぁ高校も似たような感じですかね、はい。
qbc:
なんか小学校の時とかつらかったとかっていう状態があったけど、それに比べて中高ってどんな感じになるんですかね?それと比べて考えると。
ゆう:
そうですね。なんか結構やっぱり生きづらいというか、つらさはすごい感じてたんですけど。中学くらいから結構本読むようになって、本を通じていろんな人生とかいろんな世界のことを知るようになって、少しだけちょっと自分のつらさをどっかで外に出すというか、「自分だけじゃない」と知ったり、気持ちを言語化できるみたいなところが出てきたのかなとは思います。
多分小学校のときは、もう本当に訳もわからず、自分が何が悪いのかもわかんないのに、周りとうまくいかないみたいなつらさがあったんですけど。ちょっと逃げ込める場ができたっていうのはあるかもしれないですね。
qbc:
なるほど。高校の後はどうされるんですか?
ゆう:
高校の後は、大学に行ったんですけど。大学ではうまく出来なくて。大学は単位をとったり通ったり、友達を作ることも、自分でコントロールしなければならない場面が増えて。それを全然上手く出来なかったんです。毎日毎日「今日こそは」と思うんですけど、やっぱりだめだということを繰り返して、単位をほとんど取れず、3年で休学して、そのまま辞めました。で、3年で休学したとき、ピースボートってわかりますか?ピースボートに乗ったんです。
qbc:
ピースボートを説明をしてもらっていいですか?
ゆう:
ピースボートっていうのはNPOで、「若者とかが世界を見るのを支援しよう」みたいな感じで、よく居酒屋のトイレとかにポスター貼ってある、世界一周する船です。
ちょうどそのときにおじいちゃんが亡くなって、孫一人一人に100万円ずつ残してくれて。その100万円と、少しバイトしてお金貯めて、ピースボートに乗って世界一周しました。
qbc:
どうでした?世界一周は。
ゆう:
そうですね、楽しかったです。でもなんか、あれって各国にいる時間より船に乗ってる時間の方が長いんです。だから、旅は旅だけど、なんというか「コミュニティ」って感じですね。船内の客もほとんど日本人ですし。まあそれが船に乗ろうと思った理由の一つではあります。
大学のときも引きこもりみたいな感じで、他人とあまり関わらない生活をしてたんです。サークルに入ってみたりもしたんですがノリについていけなくて結局やめちゃったり。
いつも嫌になるとすぐ逃げちゃうので、船だったら嫌になっても3ヶ月間っていう期間は逃げることができないので、「人と関わることを頑張ろう」みたいな気持ちで乗ったみたいな感じです。
なので、まあ実際ピースボートに乗ってる時も人と関わるのしんどくなったりとかはしました。ただ船の上という特殊な環境で、「運命共同体」みたいな気持ちがあったり、普通に学校とかで人と関わるのとは少し違ったかもしれません。
qbc:
ご両親からどのように育てられたんですかね?
ゆう:
そうですね。両親とも教育関係の仕事で、今思うと割とリベラルな考え方の人達ではあったと思います。
私が育った90年代から2000年代あたりって、教育現場で「個性を大事にしよう」みたいなこと言われ始めた時代で。80年代までの管理教育を見直して、競争社会とかじゃなくて「1人1人の個性を大事に」みたいなことが叫ばれた時代だったので。「世界で一つだけの花」的な。その影響をすごく受けてたんですけど、うちの両親は。
ただ母親は、育ちはド田舎の保守的なところで育っていて。
母親の中にはどこか二面性がありました。私が変なことすると、「そのままでいいんだよ、学校教育の方がおかしいんだから」みたいなことを言いながら、なんかすごい泣いてたり。突然すごいキレて、「何で普通にできないの!」みたいに言ったり。
qbc:
なんか、そういうふうな説明ができるようになったのって、いつ頃のお話ですか?ご自身で、母親の二面性みたいなものについて。
ゆう:
そうですね、大人になってからかもしれないですね。
qbc:
大人になったっていうのは?さっき40で大人になったって言ってたんで、どの時点の大人のことを指してるのかわからないんですが。
ゆう:
これは本当の、20歳とかになってからですかね。なんか、そうだったのかなぁと思って。生きづらかったのもあって、いろんな心理学とか哲学とかの本をいっぱい読む中で、そういう両親だったのかな、みたいのもあるんですけど。
ただそれは私から見えるものというだけなので、全然実際のところはわかんないんです。他人から見たら「そんなことはない、いい両親じゃないか」ってなるかもしれません。
qbc:
ピースボートから降りて、何したんですか?
ゆう:
降りて、その後は、ピースボートで知り合ったおじさん、自分で会社やってるおじさんに、うちの会社来る?って言われて。友達とルームシェアしながら、その会社で働くみたいな感じでした。
qbc:
何年ぐらい?
ゆう:
それが…2年、3年ぐらいで。その後は、ホテルとか旅館とかの住み込みのバイトをして。半年くらいでお金をばっと稼いで、残りは海外にバックパッカー旅行に行くみたいな。そういう生活を何年間かしてました。
qbc:
それは、何歳ぐらいまで?
ゆう:
24ぐらいから27ぐらいまでですかね。
qbc:
そのときの人間関係っていうのは?
ゆう:
そうですねぇ。うーん、何なんだろう。住み込みに行った先とか、やっぱそんなに社交的にはなれなかったんですけど。ただそういう住み込みのバイトしに来てる人達って、みんな何か一癖あるというか、いわゆる「普通」に当てはまらないような人が多くて。だから、無理に普通にしなきゃとか、合わせなきゃみたいなプレッシャーなく付き合えたというのはあります。まぁ旅で会う人とかも、そうですね。
旅で会う人もそうだし、一緒に住んでた子とかも、それぞれどこか「普通」をはみ出たところがあって。なので、決して人と上手くやれてはいないし、「人は怖い」っていうのもずっとあったんですけど、そういう生活は自分にとって心地いいものではありました。どこにいっても「よそ者」でいることができて、どこかのコミュニティに深く関わらなくていいというは、ある意味楽なんですよね。だからある意味コミュニティというものから逃げたくて、そういう生き方になったのかも知れないです。
qbc:
その3年間の人間関係っていうのは、今、継続して遊びに行くような友人だったりとか、パートナーだったりとか、つまりそういう関係性っていうのはあったんですか?
ゆう:
そうですね。パートナーはいました。友達も、少ないけどいました。友達と連絡とるのはあんまり得意じゃなかったんですけど、幸いにして向こうから連絡をくれる友達が何人かいたので、そういう人との関わりはあって、完全に1人だったわけではないです。
qbc:
この住み込み時代の後は?
ゆう:
住み込み時代の後に、結婚して。この前離婚した夫と。
qbc:
あぁ。じゃあ結構、12、3年とか?
ゆう:
そうですね。27、28ぐらいのときに結婚して、そのとき夫の実家のある町に引っ越して。田舎の方に。で、それから働いてお金を貯めて大学に入って、初めての正社員をやって。で、今っていう感じですね。
qbc:
どんな方と結婚されたんですか?
ゆう:
そうですね。元々はそのピースボートで一緒だった人なんですけど。結婚したときに、向こうは住み込みで大工の修行をしてたんです。だからそもそも結婚したときからほとんど別居状態でした。向こうは月に1回ぐらい帰ってくるみたいな。そんな生活がずっと続いて、その後夫は独立して、自分で会社作って。その後も仕事が忙しくて、あんまり家に帰ってこない生活がずっと、10何年。
結婚の形にこだわってはなかったし、私も1人が好きなので、いいんですけど。でもそしたらここに住んでる理由もないよなって急にこのタイミングで思ったんです。
経済的にはそれぞれ自立してやってたんですが、何というか「外の世界とのコミュニケーション」みたいなところで、無意識に夫を頼っていたような気がして。そういうのを一回外して自分の足で立ってみたくなったというか。
qbc:
なんで結婚したんですか?
ゆう:
なんでなんですかね…。ただ向こうから結婚しようと言われたので。実際、話してて楽しかったですし、一緒にたくさん散歩したりするのが好きだったので。結婚しました。
特に結婚っていうものがしたかったわけではないんですけど、試してみてもいいかなって思って。なので、もっと早く辞めてもよかったんですけど、気づいたら十何年経ってたって感じですかね。
qbc:
大学では何を勉強されたんですか?
ゆう:
社会人になってから行った大学は、作業療法っていう、作業療法士という資格をとるところで。自分も子供の頃は周りとうまくやれない子で、どこかで自分のように生きづらさがある発達障害のある子供とかに関わりたいという気持ちがあったのかも知れません。
実際は、あんまりうまくそういう仕事を見つけられなくて。子供とあんまり関係ない仕事、職場で働いてはいたんですけど。
qbc:
生まれ育ったところはどんな風景でした?
ゆう:
そうですね、生まれ育ったのは、最初に生まれたのは埼玉県です。そこは割と好きでした。狭い路地とか畑とか雑木林とか、歩いていろんなところを探検するのが好きでした。
その後小学校5年生のときに別の県に引っ越しました。引っ越した先は、ニュータウンだったのもあるかもですが、前と違って道がドーンって広くてきっちり区画されていて。天候も含めてあんまり合わないなと思いました。
qbc:
なるほどね。自分の人生どんな人生だったって思います?今まで。
ゆう:
そうですねぇ…。なんか、多分他の人もみんなそうなのかわかんないんですけど、なんか馬鹿だったなって思います。なんか馬鹿だし、なんか全然うまく…これはマイナスな気持ちで言うんではないんですけど、全然うまくやれなかったし、なんか馬鹿だなって。でもそういう中で、それなりに何かを学んできたのかなっていう気はします。
qbc:
馬鹿じゃない人生ってどんな人生なんですかね?
ゆう:
確かに、みんな馬鹿なのかもしんないですね。馬鹿じゃない人生ってなんだろう…。
でも例えば、自分のやるべきこと、目標がはっきりわかって、それに向けて努力して、それを成し遂げてみたいな人生の人もいるのかな…。わかんないです、でも実際そうなったら本当に幸せなのかとかわかんないんですけど。
なんかそうやって生きてる人もたまにいるので、そういう人ってどうなってるんだろうっていうのは結構思いますね。
qbc:
ってことはあれですか?たまにいるっていう感覚であれば、ほとんど馬鹿だってことですか?
ゆう:
あぁ…ほとんど馬鹿なんじゃないですかね、みんな。わかんないですけど(笑)
qbc:
っていう理解ですかね?
ゆう:
そうですね。
未来:普通の顔して自分が普通だと思ってなんか人のことをおかしいと思ってるお前だって、おかしいんだからなみたいな気持ちがあります。
qbc:
なんか5年10年30年、最後自分が死ぬよっていうところまでイメージして、どんな未来をイメージされてますかね?
ゆう:
そうですね、5年10年…。陳腐に聞こえるかも知れないけど、何かしらの形でこの世界に恩返しみたいなことが出来たらなと思います。人間も含めて、一緒に生きてる他の生き物に対して、何かしら良い影響を及ぼせたらなとは思います。それはいわゆる、わかりやすい、例えばお金に換算できるようなことではなかったとしても。本当に言葉にできない程の小さいしょうもないこととかでも、できるだけ自分以外の生き物の為になれるように残りの人生を使えたらとは思います。逆にいうと、今まで本当に自分のことしか考えていなかったので。
qbc:
なんかオルガンの裏側に行ったっていうお話があったんですが、そのお気持ちっていうのは今も残ってます?
ゆう:
あ、残ってますね。
qbc:
まだオルガンの裏側から見てる?
ゆう:
はい。多分…そうだと思います。
qbc:
それが馬鹿だったんですか?
ゆう:
うーん…まぁそうですね。馬鹿というか、うん、馬鹿だとは思います。
qbc:
なるほど。人間の幸せとは何ですか?って質問されたらなんて答えます?
ゆう:
うーん…。なんか、自由なことですかね、すごい普通ですけど。なんか自分について考えたりとかしなくてよくて…。
自由っていうのかな?うーん、「自分」とか無いことだと思います。
qbc:
人間にとって幸せとは何かっていう質問で。
ゆう:
自分というものがあると、それを守ろうとしたりして、つらくなってしまうので。本当は無いって思うんですけど。自分っていうのものは本当は存在しないと思うんですけど、なんかみんなそれを忘れてしまって、すごい自分に固執したりとか。その幻想を守るために、すごい戦ってたり、恨んだり、いろいろしなきゃいけないので。本当はないっていうことを思い出すだけなような気がします。
なので、本当のところはわかんないんですけど、ある意味で子供のときとか赤ちゃんのときみたいな状態に戻ることが幸せなのかなと思います。
qbc:
ってことは、成人した人間は100%幸せではないと思うんですか?
ゆう:
いや、そんなことはないんです。そんなことはないんですけど…。すいません、他の人はそうじゃないのかもしれないですけど。
なんか、すごい誤解をいっぱいしちゃうんじゃないかなって、人間は。何か「自分」っていうものがあって、それがすごい良くないといけない、人より良くないといけないとか。何か成し遂げないといけないとか、いっぱい物を持ったり、お金持ちだったり、何か人に言えるようなことを成し遂げたり。うーん、なんでしょうね、なんか良くなきゃいけないとか。あとは人から攻撃されないようにとか、いろんなことをやっぱりやってしまうので。
本当はそんなのなくて、全部本当は繋がってるというか、みんな一緒、あんまり変わらないというか。便宜的に「自分」というものが存在するだけだと思うので、それを本当に思い出すことができたら、幸せなんじゃないかなって思います。
qbc:
なるほど。もしもの未来の質問なんですけど、もしもオルガンの表側にいる人間だったら、何をしたいと思うんですか?
ゆう:
なんか想像つかないですけど…なんか表側にいたら、そんなことも考えもしなかったかもしれないですね。なんか…わかんないです。あんまり考えなかったかもしれないです。なんか効率のいい生き方をしようと思ったかなぁと思います。
なんか効率よく、ある程度楽に、それなりに良い仕事見つけて稼いだりとかして。
qbc:
それは、オルガンの表側の人間はそういう人間だっていうイメージなんですか?
ゆう:
そんなことはないんですけど…自分がそういう人間っていうのがあまり想像がつかない…。なんですかね、ちょっと待ってください。
qbc:
そういう風に言うのであれば、その表とか裏は実は関係ないんじゃないですか?考えたことないんですよね?あっち側の事について。
qbc:
はい、考えたことないです。
qbc:
表側か裏側かっていう境界線を引いてるのは、今の話聞く限り…まぁどうなんですかね?少なくとも小学校のときだけでしたよね。
ゆう:
そうですね。
qbc:
線引きを強烈にっていうのは、その先生とお母さんだけ。それ以外は何か特にあんまり線引きみたいなことは…。なんか感じたことあります?
ゆう:
うーん、そうですね…なんか、ただ自分の中で、その線引きみたいな意識が強かったのかもしれないです。なんかそれが、別にそういう人とがいるとか、例えばオルガンの表とか裏ってはっきりあるわけじゃなくて、みんなそれぞれ違う人生とかあるわけじゃないですか。でも多分何か自分が傷ついてたと思うんです。その傷つきを守るためっていうか、過剰にそこに線を自分で引いたりとか、シャットアウトみたいなことをしてたような気はします。
qbc:
なんか自分が一番好きなこととか楽しいことってどんなことですか?
ゆう:
さっきの、自分がいないことを思い出すみたいな話があったと思うんですけど、そういう、全てを忘れてるときですかね。没入みたいな。例えば海でひたすら石を集めてたりとかするときって、もう考えていないので、自分っていうのもないし。自分とそういう境目がなくて、ただ没入してるみたいな瞬間がもっと増やせるといいなって思います。
ただそれは、結構難しいときとかもあって。何ですかね、やっぱり仕事とかいろんなこと考えたりすると。だけど本当はそういう気持ちを感じながらも、生きていくことができるんじゃないかなっていう気が今はしてます。
qbc:
世間に対して言いたいことあります?
ゆう:
世間に対して言いたいことですか?なんだろう(笑)え~…別に特に…。
本当の本当に正直に言うと、ちょっと恨みみたいのはあるんですよ、自分の中に。お前ら普通だと思うなよって、すごい言いたいんですよ。それは私の中の勝手な「世間」です。そういう人がいるわけじゃなくて。だけどなんか普通の顔して自分が普通だと思ってなんか人のことをおかしいと思ってるお前だって、おかしいんだからなみたいな気持ちがあります(笑)でも別にそれは特定の人にとかじゃなくて、何となくいわゆる世間というものに対してですね。
で、それがたまに爆発しそうになるときはありました。でも今はだんだん落ち着いてます。
qbc:
ありがとうございます。最後の質問はですね、最後に言い残したことなんですけど、読者向けメッセージも遺言でもインタビュー終わっての独り言みたいになってもいいんですけど、最後に言い残したことがあればお伺いしております。
ゆう:
最後に言い残したこと…何かあるかな。あ、ムカシトカゲっていうニュージーランドにいるトカゲが、すごくかっこいいのでよかったら調べてください。
qbc:
ありがとうございます。
あとがき
みんなー、がんばっていこうぜ!
【インタビュー・あとがき:qbc】
【編集:mii】
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