見出し画像

おおらかに、どんな物事も受け入れられるというか、相手を尊重できるグランマを目指している人

うずまき模様をぐるぐるぐるぐる描いたりして、えんえんえんえん遊んでいたりできるのが子供時代というものですが、ブロック! ブロック! ブロック! 遊びが私、大好きでしたね。小学校6年生までやっていました。
なにが楽しかったのか。
知る由もないのですがもう40年以上前のことなので。
でも、今現在の視点から振り返ると、ブロックっていうのはもう形が決まっていて、それの組み合わせで、もーめちゃくちゃ楽しいんですよね。形の組み合わせで無限大に遊ぶことができる。大きいのと小さいの、長方形の、正方形の、L字型の。
新しいものを買い足さなくてもえんえんえんえんと遊べるんですよね。
これは、なんていうか、今も同じですね。言葉を使う小説なんてもうほんと、既存の組みあわせでしかないし。死んでいった者たちの累々たる死体の山こそ言語ですからね。
見方の問題なんですよ。角度の問題。物事をどの角度から見るかによって、感じ方も考え方も変わってしまう。これだけ。これだけ!
人間というものも、見方次第でどんなようにも見えるものですから。
と、いうことで無名人インタビューゴッ!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは はとば さんです!

instagram:https://www.instagram.com/hatobania


現在:保育士をしつつ、物作りに勤しんでいる

安東:今、何をされていますか。

はとば:保育士をしていて、6年目になりました。あとは興味を持ったことをやってます。

安東:具体的なお仕事内容は何ですか?

はとば:6年経ってると多分真ん中ぐらいの世代になるので、人によっては多分主任とか、役職がついてくるぐらいの年代だと思いますね。私はただ担任を持っているって感じなんですけど。

安東:何歳ぐらいの子たちの担任されてるんですか。

はとば:今は3歳を見てますね。

安東:保育士のお仕事やってて面白いなって思うこと、逆に大変だなって思うことをお聞きしてもいいですか。

はとば:日々ちっちゃいのが暴れ回ってるの見てて面白いなっていうのと、面白いっていう観点にはちょっとそれちゃうけど、このぐらいの柔軟さが欲しいなって思いますね。

大変、やっぱり業界人手不足って言われる所以が、その子だけじゃなく全体を見るから。その子の些細な変化とか、なかなか気づいてあげられないとかっていうのは、ふとした瞬間にちょっと嫌だなって思いますね。

安東:もし思いついてればいいんですけど、こういう子供の行動でびっくりしたこととかは?

はとば:発想力もそうだし、言われた言葉がそのまま出力されてる感じ。指差したとこ見ないみたいな。緑のかごとか荷物を例えば入れるってなるじゃないですか。
緑ってつけないで「かごに入れるんだよ」って言ったら、目の前にあるのと全然関係ないのに入れるみたいな。
何が見えてんのかなみたいな。この子らにはっていう部分で面白いなっていうか、私も当時の視点を思い出したいなって感じますね。

安東:保育士になろうかなって思ったきっかけは?

はとば:皆さん、保育士って子供が好きだからって言うんですけど。私は全然そんなことなくて。家族に、手に職があった方がいいよみたいな言われてて、やけに自分に自信がなくて。
20歳で、死にたかったんですよ。とりあえず食べていかれればいいかみたいな、結構適当に選んじゃったみたいな。今であれよあれよそう適当に選んだんですけど、あれよあれよという間に気づいたらこんな感じでびっくりしてます。

安東:保育士ってなるまでも大変だと思うんですけど、6年間続けられた理由ってなにかありますか?

はとば:何なんでしょうね。多分、面白かったんだと思う。業務は好きじゃないですけど、日々作ったりとか、適当にできるというか、童心に帰れるっていうか。
大人が今公園で砂場に穴掘って水とか言ったらだいぶ変な人ですけど、あの場所なら許されるんで、ありもしないこととかを合法的にできるっていうのは結構ありがたいかなって思いますね(笑)

安東:お仕事されてるので結構日中は、長い間保育園にいらっしゃると思うんですけど、どういうスケジュールで過ごしていますか。

はとば:こども園の教育型の分類にいるので、一応14時ぐらいまでそのメインの人らと一緒にいて、14時からは雑務だったりしながら、遅くまでいる子供と過ごしたりなんてしてるんですけど、そんな感じで追われてるかな。

安東:休みの日とかはどういうふうに過ごしてらっしゃるんですか?

はとば:休みの日はまちまちで、毎週出かけてる月もあれば、家にこもって、本読んだり作ったりみたいな。

安東:どういうところに出かけますか。

はとば:この間は1人で静岡の三島の方まで行って、好きな漫画のコラボのやつ買いに行ったりして。ショッピングモールにちょっと用があって。30分待たないとバスないのかと思って諦めて、30分歩いて行ったんですけど。結構全然歩くの苦じゃないので。視界に入った店に入るみたいな。

安東:出かけないときは本を読んだり、作ったりって言っていましたが、何を作るんですか?

はとば:職場の兼ね合いで最近ミシンが使えるようになったんで、カバンを大量に作ってみたりとか。
アルコールインクっていう。アルコールの絵の具みたいなのをたらして、うにょーんって伸ばしてみたいな。そうすると、こう大理石みたいな模様ができるやつを買ってみたりとか。

安東:今調べてみたんですけど、キレイですね。

はとば:新潟旅行に行ったらそれやってる人に出会って。面白いと思って自分でやってみたんですけど。
あと封筒を作ってたりとか、100均のデザインペーパーを、今実家に暮らしてて母もそういうのが好きで紙がやたらとあるんで、封筒貯金用に封筒ひたすら作る日とかありますね。

安東:興味を持ったことでやっていることは、他にもありますか?

はとば:最近は、作るものばっかりなんですけど。あと手帳に憧れて、シール一生分買ったりとか。占い好きなんで、時々、タロットカード引いたりとか。精神世界とか哲学が好きで、そんな本ばっか読み漁ったりとかしてますね。
興味あることにお金を出すことが苦じゃないんです。気づくとそんな感じで、金使ってますね(笑)

安東:やったことないことを興味あるなって思ったら、やってみようってなるタイプですか?

はとば:なるタイプだと思いますね。好奇心が勝っちゃえば全然お金使っちゃう。
俳句とかこないだ触って。中身がわかると納得しちゃって、そうなんだってなったら全然次に行っちゃうので、一つを極めるみたいなのが全然できないんですけど。何となく大枠がわかったら、あー面白かったみたいな感じです。

安東:自分のことをどういう性格だなみたいなふうに思いますか。

はとば:向こう見ずで喧嘩っぱやくて、ネガティブだけど、未来志向みたいな。明るいとも思いますね。変な人だと思います

安東:どういうところが自分で変だなって思います?

はとば:変でありたいって言った方が正しいのかな。

安東:なるほど。

はとば:唯一無二でいたいんですよね。人が誰もやってないことがやりたいし、特別でいたいのかな。変だとは思います、ただ私は自分では変だと思ってなくて。
名字とかを名前とか間違ってないかを、職場で職員同士読み合わせる機会があって。
例えば石田さんって方のお名前を読み合わせると、漢字が間違ってないかを読み合わせるときに、何かに例えなければならんと。そのときに石ころの石って言ったら「え?」って言われて、そういう部分がなるほど変な人というか面白い人にうつるらしくて。
絵描くのが嫌いじゃなくて、こないだはオムライス書いたんですよ、オムライスのUFO。

安東:オムライスのUFO?

はとば:ケチャップ飛ばしてくるんですよそいつは。それを描いて満足して、家族にLINEで送りつけたら「何で?」って言われて。
不意に出たものが面白く映るとか、あと店先で1人で笑ったりするんで多分そういうのが怖がられそうだなって最近は気づきましたね。

安東:周りの人からは、どういう性格だと言われますか?

はとば:職場の人はなんでもかんでも「面白いね」で済ませるから。あとは「なんでも白黒でどうにかするな」って上司に叱られたかな、1人で動くなみたいな。あとは自信持ってって言われたことがあったり。ちゃんとできてると励まされたり。
でも一貫して面白いとは言われますね。

安東:さっきはネガティブだけど未来的だって仰っていたのが印象的だったんですけど、そこはまた別?

はとば:別というか、少しずつそう思えるようになってきたって言った方が正しい気がします。生きていても価値無いし自分みたいな。死んだ方がマシじゃねっていう考えで、何やっても自分は失敗するし、人から笑われるみたいな感じだったんですけど、ちょっとずつ変わらなきゃみたいな。
このままじゃ駄目だみたいな感じの年齢の時期があるってよく聞くんですけど、それに差し掛かって、矯正されてきました。

過去:人前に出るのは好きだけど、周りの顔色は気になってた

安東:小さい頃は、どういう子どもだったなって思いますか。

はとば:すごい騒がしかったと思う。お喋りが止まらない。母が言うには、あのどこでも歌って踊って寝転がってた。もう高台があれば登って歌うし、芝生があれば転がるしの子だったと言ってて。
自分が思い出せる範囲だと、おてんばというか、調子乗りという感じがあって。一方で周りの顔色とかは気にしてたかなって感じはしますね。あと面倒見が良い方でした。

安東:きょうだいはいらっしゃいますか?

はとば:9個離れた兄がいて。ほとんど一人っ子みたいなもんなんですけど。兄が割と面倒見が良くて。
お兄ちゃん大好きっ子だったんで。変に突き放すようなタイプのお兄ちゃんではなかったんで。わりと、ずっと長いこと気にかけてくれてました。

安東:お母さんの話、先ほど出てきてるんですけど、親子関係はどんな感じですか。

はとば:両親の仲が悪いわけじゃないんですけど。父が子どもっぽいから、いつも大きい声で話をするというか、怒鳴り合うみたいな。
父はお酒大好きで、病院入れたら多分帰って来れないぐらいの感じなんですけど。それがちっちゃいときからずっとあって。
家族で出かけるとか減っちゃったし、仲が悪くて縁を切るみたいなのは多分ないけど、なんで家族やってんだろうみたいな疑問が沸くみたいな感じのご家庭ですかね。

安東:学校の中では、どういう振る舞いをしてたとかは覚えてますか?

はとば:小学校は笑わせたいみたいな、自分も楽しんでたけど、結構人前に立ってて、小学校のとき誘われて嵐のコピーダンスやったり。新聞を書いたり。
そういうのをやってたけど、明るくその頃からそういわゆるオタクみたいな感じだったから、好きなキャラにもキャーキャーみたいな。
周りの子もゲームとか、アニメとか好きな子が多かったし、外で活発に遊んだりして、踊るのが楽しかった。
調子に乗ってるわけじゃないのに、トラブルになっちゃうみたいなのも多々ありました。高学年になるともう人の目がすごい気になっちゃって、太ってる方だったからそれも気にしてて。
コピーダンスすると、私がジャンプしたときに「うわ-」みたいな反応する男子が、超イヤで、何だこいつみたいな。そういうのがあって、中学入ったらもう完全に類友みたいなオタクたちと遊ぶみたいな感じになって、だんだん陰キャになってくというか。

それでも人前に立つって経験は何だかんだ多くて。友達に誘われて冬コミっていうでかいイベントがあるんですけど、友達がどうしてもコスプレで行きたいっていうから、すごい母にお願いして衣装を作ってもらって、一緒に協力していくとか、発表会みたいなのでたいからって誘われて、人の前でめっちゃ歌ったとか。なんだかんだ思い返すとそういう経験が多くて、でも人の目は気になるしみたいな。

あと周りに趣味に生きる子が多くて、そのとき好きなものに行って加熱するみたいな子が多かったから、いろんな世界を知れたりとかして楽しかったし、自分も例に漏れずもお金を使いまくる。

安東:人前で踊ったりとか歌ったりとかしてるときの感情ってどうですか?

はとば:自分の中では楽しかったです。すごく楽しかった。嫌いじゃないんですよそういうの。コピーダンスしてたときも楽しかったし、誘われてイベントに出たときも楽しかったし、高校の部活のお手伝いとかで、でっかい公園のイベントで歌うみたいな経験とかがあったりして、楽しいんですよね。

安東:見てもらうのが楽しいのか、それとも自分で表現する方が楽しいのかっていうと?

はとば:どっちもです。見てもらうのは好きですね。自分に目が向くってことよりも、自分のやってることで、人が喜んでる構図が多分好きなんだと思って。自分を見てみたいな、承認欲求みたいな部分もあるんですけど、当時は多分そうだったし今も若干あるけど。

安東:部活は何をやってたんですか。

はとば:全然人がいない合唱部に入り浸ってたというか、ちょっと行ってた時期があって、途中イヤだってなって行かなくなったけど。

安東:他にこういうことに興味あったなとか、印象に残っていることはありますか?

はとば:自分が好きだと思ったものに対する執着があったなって思う。中学校のときに「好きな人ができました」ってなったときに、今思えばなんで?って思うんですけど、その人が自分を見てないわみたいな。
アニメとかアイドルとかだと、それを全部知り尽くさないと気が済まないみたいなことは多かったなって思いますね。

安東:20歳で死にたい気持ちが出たきっかけとか、出来事とかって、ありますか?

はとば:小さいときに両親が大声で怒鳴りながら話している姿を見てて、時々お兄ちゃんも止めに入るみたいな感じだったんですよね。全部自分がいけないんだみたいになっちゃってて、自分が生まれなければよかったんだ、ごめんなさいみたいな気持ちが、多分あって。

母が父を叱るときの言い方が、基本的なことをお前は何でできないんだみたいな、言ったことが守れないの?っていうのを多分聞いてたから、できないと駄目なんだみたいな。
母が私にそういうことを言うことはなかったけれども、そういう感じの印象が多分刷り込まれてて。

あと人目が気になるとか、みんな自分のことバカにしてるんじゃないのみたいな感じだったりとか、オドオドしてたとかもあってね、標的にされやすかったんだと思う。
ある意味自分が強い感じで生きてたから、羨ましがられた部分もあると今はそう信じてるんですけど、直接自分ではないけどからかわれてるみたいなのもイヤで。

人生いいこと何もねえみたいな何も楽しくねえ、生きるのめんどくせえってなってて、世間の煽りとかで老後も心配じゃんみたいな。
当時は多分その見た目とか可愛くないととか、痩せてないと生きてる価値なしって思ってたんで、老いるぐらいならもう20歳でさっさと死んだ方がいいねみたいに思ってたから全部複合してなんだと思う。

安東:高校卒業した後は、どういうふうに過ごされましたか。

はとば:高校卒業した後は、保育士になるために2年間短大行ってて。毎日行って帰ってきての生活だったけど、いつもと違う土地だったりと環境が変わりました。

高校までずっと地元だったんですけど、短大でようやくちょっと市外に出たりとか行動範囲が広がったから、バチバチに追っかけてるものにつぎ込むみたいな生活になって。
今が楽しけりゃいいかみたいに徐々になってって。私に対してどうこうする人間もいなければ、人に対して距離を取りつつ関わるスタイルだったから。あと短大に女の子しかいなくて気が楽でした。

安東:短大を卒業した後は保育士というのは変わらず?

はとば:そうです。職場が同じところに6年いて、地元で家のそばなんです。自由に使えるお金が増えたんで、イベントで県外に出ていくことも増えました。

未来:世界の偉人100人に乗って死にたい

安東:直近でもいいですしこの先5年後10年後とか、死ぬときまで想像していいんですけど、未来に対するイメージってどんな感じですか?

はとば:本当にやりたいことに出会いたいみたいなのがあって。保育は嫌いじゃないけど、限りある人生の中で保育士だけしかやらないで死ぬのはイヤだなと思ってて。いろんなものを見たいし。
いろんなことに手を出して、いろんなことができる人間も結構強いんじゃないかなって最近思うようにしてて。
自分を電波塔にして発信したりとか人に喜んでもらいたいって思いがすごいあるから、そこに繋がるような何かを見つけられたらいいなと思って。

今のところの理想を、世界の偉人100とかに乗って死にたいってずっと言ってて。でかい土地と庭を作って、自給自足の生活をしながら、時々そこで人を呼んで、使いたい人とか呼んで金もらってみたいなそういう生活がしたくて。

安東:保育士1本ではなくて、おっしゃってたってことは一応仕事としてやりたいみたいな感じですか?

はとば:そこはもうこだわってなくて今は。最近また考え方が変わって、生きれる分だけもらえればとりあえず、一旦いいかと思ってて。
保育士って給料低いよねって言われるし、実際低いんですけど、死んでないから!生活が確保されてれば何でもできるかって最近思い始めて。
いつかそれでお金が動くというか、自分の発信したものが対価として得られるような環境になればいいけれども、とりあえず生活の確保が先かなみたいな、わくわくしますけどね。ビジネスビジネスしてるのがイヤで。

原始人の時代とかに戻りたくて私は、世の中戻ればいいのにって思うんですよね。いいじゃないすか、ビー玉が通貨だって。そういう世界になってほしいなって思う。

安東:自給自足のお話をしてたんですけど、その辺りいいなって思うような理由みたいなのってありますか。

はとば:伊東家の食卓、ケーブルテレビいろんなチャンネルやってるような番組の料理とか、DIY、ディスカバリーチャンネルという世界の動物が出てくるみたいな。そういうのが好きで見てたなって思い出して。多分そういうのが多分好きなんですよねきっと。

2022年の秋からずっと自分はこのままでいいのかなって思ったときに、もっと優しくなりてぇって思って。この生活やだなと思って、自分でこなしたいんですよね。人に協力を頼れない部分があって、自分でやりたいんですよね。かまどで米炊きたいし、草むしりとか面倒くさいけどしてたいし。

輪廻転生的なそういう命を繋ぐ的な、壮大なものへの憧れがすごい生まれてきてて。
自分もそうだけど、すごい打算的な人間が増えてる感じがすごい嫌で、相手方も楽しいからやってんでしょうけど、そういう。綺麗なものを綺麗と思わないみたいな、消費していく感じ。全部が消費されていく感じがすごい嫌で。

道端に石ころがあってるだけで面白いじゃないすか。こないだのひらがなの「う」が落ちてたんですよ。木の枝がうまい具合に転がってて。めっちゃ最高だなと思って、「う」が人生から逃げ出してきたんだと思ったらハッピーになったんですよね。仕事行く前の朝一だったんですけど。
そういうのだらけになればいいのにって、世の中が。疲れちゃったのかも、計算づくの人間関係に。もっと魂同士をぶつけ合えるような人間界になってほしい。

安東:優しくなりたいっていう話をしていましたけど、どういう性格になっていきたいなとか、理想はありますか?

はとば:今目指しているのは、グランマですね。グランマもぼやっとしてるんですけど、言うときは言うんだけど、おおらかに、どんな物事も受け入れられるというか、相手を尊重できる人間になりたいなと思ってて。
私は自分の意見がこうだと思ったら結構相手にぶつけちゃうから、相手をコントロールしてしまう節があると思うから。そうじゃなくて大木のような感じで、その場に行って構えてられる人みたいな周りの人間の応援をしつつ、健やかにいたいんですよね。

海外によく出てくるおばあちゃんみたいなステラおばさんのクッキーに映ってるおばあちゃんみたいになって、自分の人生も充実させてんだけど、周りのこともおおらかにさせられるような明るくさせられるようなそういう人間になりたいですね。

安東:他に話し足りないことはありますか?

はとば:開示しすぎは良くない、言葉だけの人間を信用しちゃいけないとか言うけど。私みたいに多分行動にしたいけどどう行動したらいいかわかんなくて、せり上がる気持ちを無い語彙でどうにかぶつけるしかできない人間もいるから、優しくなろうって思って自己開示してこうってオープンになろうよって思います。

このインタビューで世論が変わったらいいですよね。読んでくれた人がみんな開示するムーブなったらいいな。魂をぶつけ合っていこう。

安東:開示した先、こうなったらいいとかは?

はとば:アニメでよくある地球の周りで手繋いでるみたいな。あれが理想ですねマジで。だってぶつけ合って、それで嫌いならしょうがないし、全部言わないとわかんないんで。

開示した先に、ぶつけた先にこう一歩進んだりとか、優しい世界がちょっと広がってってくれたら、めっちゃいいなって。だからまずは日本円からのどんぐりに通貨を変えること。
「あなたの価値を感じる面白いと思う物と感じるものと交換しましょう」にしたい。面白おかしく生きていこう人間!

安東:ありがとうございました。

あとがき

自分の本音が分からなくなってきているというか、主観的でいることが難しくなってきているように思う。
現実にもネット上にも人の目があって、何かを発すれば批判される気がする。それを恐れてなのか、嫌でも自分を客観視してしまう。いつのまにか、その客観的な自分が、自分を批判し始める。そうすると、外界との間に壁を作りたくなる。
壁を作ったら作ったで、自分の価値観が行き場をなくして煮詰まってくる。それを抱えきれなくなる。ずっとひとり相撲なのだ。
もっと軽やかに価値観の行き来ができないものだろうか。外とつながりながら主観的でい続けられる方法はないのだろうか。そうやって悩んできたけれど、どんぐりが通貨になった世界に来たと思ったら、意外と簡単にできることもあるのかもしれない。

【インタビュー・あとがき:安東】

【編集:クイナ】

#無名人インタビュー #インタビュー #保育士 #子育て

マガジンで過去インタビューも読めますよ!

インタビュー参加募集!



いいなと思ったら応援しよう!

無名人インタビュー いただいたサポートは無名人インタビューの活動に使用します!!