人を救うことをこれからするべきだと思う人
むかしむかし、ある村に、救光(すくいひかり)という若者が住んでいました。救光の心には、「これから先、人を救うことに生きていきたい」という強い思いがありました。
村人たちが尋ねました。「なぜ、そんなに人を救うことに心を向けるの?」
救光は静かに答えました。
「誰もが、時に助けを必要としている。その手を差し伸べることが、私にできることだと思うんです」
そして救光は、少しずつ行動を始めました。
心に傷を負った人には、
ただ黙って話を聞き、
道に迷った人には、
共に歩みながら道を探し、
希望を失った人には、
小さな光を見つける手伝いをしました。
ある日、賢者が救光に言いました。
「人を救うとは、大きな行いのように思えるが、実は小さな心遣いの積み重ねなのじゃよ」
後に救光はこう語りました。
「誰かを救うことは、特別なことではないのかもしれません。でも、その小さな行動の一つ一つが、誰かの人生を変えるきっかけになるかもしれない。それを信じて、これからも歩いていきたいと思います」
そして「救いの手は、温かき光となる」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年1月30日12時00分に書く無名人インタビュー1003回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは にこ さんです!
年齢:30代前半
性別:女
職業:主婦
現在:今私は前向きな気持ちで、命を大事にしようって思って、それを子供たちにも伝えたいし、とりあえず1000人見て1人でも救われたなって思ってくれる言葉を発信したいなっていう気持ちで。
qbc:
今、何をしてる人でしょうか?
にこ:
今は、子育て3人子供いて家で主婦やっていまして、ちょっと過去にいろんなことがあってちょっと重度のうつ病になっていてちょっと働けなくて、そういうときにnoteに出会って、なんか今ちょっと発信し始めているっていう感じですね。
なんかちょっと、なんていうんだろう。自殺未遂しようとしてしまったときがあるんですけど、そういう人たちに向けて、同じ思いをしている人に向けて、1人じゃないよっていう発信を今してますね。
qbc:
うつになったのっていつ、いつ頃なんですか。
にこ:
でもそれが去年なんですよね。過去って言っても去年の6月ですね。うつになったのは3年前で、自殺未遂をしてしまったのが去年の6月ですね。
qbc:
はい。3年前に‥
にこ:
4年ぐらい前に産後に、母と祖母から暴力を2人から受けたんですよ、子供の前で。それも結構激しいもので。結構暴力的に育ってきて、私的には虐待的な感じで育ってきていて、親には逆らわないで今まで生きてきたので、そこまでひどくはなかったんですけど、やっぱ子供を産んでやっぱちょっと、私も家庭ができて、それで何か思うことを結構言うようになったんですよね、親にね。
それでなんかちょっと、それがその産後に家に来たときに結構ばって思ったこと言ったときに、2人から結構そこで暴行を受けたんですよね。
qbc:
それは実の両親が?
にこ:
実の親ですね。実の母と祖母ですね。なんか結構頭蹴られたり髪の毛つかまれて引きずられて、何か体中にアザができたりするぐらい結構ひどくて。私も止めようとしたんですけど、やっぱ2人がかりで来られると結構しんどくって。で私もボコボコに床にうずくまっている状態で、なんかもうやられて、子供たちはもうずっと泣いてるっていう感じで。
警察呼ぶよって言った瞬間に、何か出してこようとしてたんですけど、逃げて2人で帰ってったんですよ。そのときに私過呼吸になって旦那に電話して、そしたら旦那が警察を呼んでくれて、家に警察の人来たりとかして、それでもう家に近づかないようにっていう紙を両親に書いてもらいましたね。
qbc:
どういうきっかけでそんな暴力事件になってしまったんですか。
にこ:
何なんだろう、なんか‥
qbc:
自分の家にまずその祖母と母が‥
にこ:
その前からちょっと喧嘩にはなってて。なんで喧嘩になったのっていうのは、実家に来ないってことですね。産後産んでから実家に行かないって言って。なんかその、1人目も2人目も産んだときになんか結構親からこう、なんていうんだろう、罵倒ではないんですけど、言葉で病んでしまってたので行きたくないから自宅で育ってるねみたいな。産後も家にいるねみたいに言ったら、なんかそれが面白くなくて家に押しかけてきたみたいな感じで。なんかもう、まず家に来ないことがかわいくないんだよねって言われて。
で、なんか、何だったかな。暴力のことがあんまり鮮明に覚えてなくて、なんか欠けてるような感じであんまり思い出せなかったんですけど、今でも何かちょっとあんまりうっすらとしか覚えてないんですけど、何だったかな。なんかもうバーってすごい言われて、言われたことに対してもう出てってって。子供たちもいるから出てって言ったことに対してすごいブチギレられたっていう感じですね。なんか親に何でそんなこと口きいてんだみたいな。
qbc:
祖母と母は申し合わせて2人で一緒に来たときそうですね。
にこ:
そうですね。
qbc:
その実家を出てから何年ぐらいの状態だったんですか?
にこ:
実家を出てからはもう10年以上は経ってますね。
qbc:
はい。もう結婚するときも‥
にこ:
そうですね。なんていうんだろう、全部ノーって言えない状態で生きてきて、今でいう毒親にはすごい当てはまるなって思うんですけど、あの母を一番に考えなきゃいけなくて、私は二の次みたいな感じで、土日も家のことをしなきゃいけないから友達と遊べない、付き合う人も母が気に入った人じゃないと付き合えなかったり。とりあえずイエスしか言えない状態で、ノーとかってなるとなんか結構暴力を受けてた気がします。
qbc:
結婚をきっかけに実家を出られた感じなんですかね。
にこ:
そうですね。結婚、結婚もそれも反対されてたので、1回別れたんですけど、もう私はもう自分で好きなように生きるって決めて、それで旦那と一緒になりたいからっていうので、子供作って、もう認めざるを得なくなって、お母さんはもうしょうがないって感じで結婚したんですけど。
qbc:
ちょっとその暴力事件があった後に、自殺未遂に至ったっていうのはどういう。
にこ:
まず暴力を受けた後から家のカーテンを開けられなくなって。インターホンも出られなくなるぐらい、なんていうんだろう、強迫症状っていうか。親がいるんじゃないかっていうのでもう家に引きこもるようになって。
qbc:
うん。うん。
にこ:
なんか旦那が言って無理やり外に病院とかに外に出たときにはもう髪の毛が短い人を見ると、汗が止まらなくなって、呼吸荒くなって、なんていうか過呼吸にまではいかないんですけど、なんかもう全部親に見えちゃって怖いっていう感じで。
そういう感じでもうどんどんうつもひどくなってって。親を恨むようになってったんですよ。そうするにつれて、すごい病んでいくっていうか、なんかそういう人を恨むって何か自分を首絞めるみたいな感じで。なんかやっぱり心に恨む気持ちがあると結構毒っていうか。
なんか、そうですね。そっから病んでいって、もう椅子から降りれなくなるぐらい寝たきりみたいになりましたね。
qbc:
うんうん。
にこ:
旦那のお母さんが来てくれて、子供たち見てくれたりとかはしててくれた時期もあって、そっから映るようになって何年か、何年も何年も経ってないのか、1年ぐらい経って。
でもなんか、旦那とも結構喧嘩するようになって。
なんで誰もわかってくれないんだろうとか、結構否定ばっかりされてたので、孤独っていうか、家族といても孤独で、誰もわかってくれる人いないと思って、結構死にたいっていうのはそういうので結構ずっと思ってて。
それでなんかあんまり覚えてないんですけど、精神安定剤ちょうど家にあったものを全部飲んじゃったんですよね。
qbc:
うんうん。
にこ:
なんかもうバーって白くなってもやかかってきた瞬間に旦那に、ちょうど子供たちが違う部屋にいたときに飲んじゃってて、なんかごめんねって言って、ちょっと薬飲んじゃってって言ったところで切れて、そこの後は何か多分覚えてないんですけど、旦那が救急車呼んで。旦那もここに来たときにはもうなんか、救急車で運ばれてたみたいで、ICUかどっかで目覚めたんですよね。
qbc:
はい。はい。
にこ:
3日間ぐらい目を覚まさなかったので、なんか昏睡状態だったのかわかんないんですけど、記憶がそっから3日間なくて、目が覚めたときにはなんか精神科の閉鎖病棟っていうところに入れられて、窓も開かなくて、ずっとカメラで見張られてるみたいな部屋に入院になるんですけど。
お医者さんに言われたのが、あと20錠多かったら死んでたよみたいな。あの致死量っていうのがあって、持ってたのが50錠だったから助かったけど、あと20錠多かったら死んでたねって言われて。もうそのときですかね、入院してるときに結構死について考える時間が多かったんですけど、なんかそれでまた子供と会えるんだって思って。生きててよかったなって、そのときに初めて命の大切さに気付かされたというか。毎日枕が濡れるまで泣いて後悔しましたね。
qbc:
うん。うん。
にこ:
外に出たいみたいな。
qbc:
そこから、今までってどんな感じだったんですか。
にこ:
1ヶ月くらい入院して、もう大丈夫そうだねって言われて、薬は多めに出せないけど退院になって。外に出たときに何か空気がすごい幸せに感じて、すごい生きてるなっていう感じがして。そこでなんかもう頑張ろうって。生かされたから頑張ろうって思って。そっから普通に頑張るようになるっていうか、前向きに思えるっていうか。そっからですかね、ちょっと良くなってきたのは。
どんどん良くなってきて、ね、やっぱ薬のおかげもあるし、いい先生に出会えたっていうのもあるし、旦那もちょっと変わったんですよね、そのときぐらいから。否定っていうよりは共感するようになってくれたというか。携帯いじって家のことも家事も全くしなかったのに、手伝ってくれるようになったりとか、助けてくれるようになって。そっからすごい良くなってきて。
最近になって、私にできることないかなって。なんかずっと昔から思ってたのは、人の役に立つ仕事がしたいなとはずっと思ってて行動には移せてなかったんですけど、本を買ったんですよね。そのときにnoteのアプリがあるみたいな、ブログがあるみたいな書いてて。
それでなんかその、自分でちょっとやってみようと思ってブログを始めて。そしたらなんか
やっぱ私にしか書けない経験だったりとか結構書いたりとか、あと誰にも言えてないリストカットする人の気持ちだったりとか。そういうのをいっぱい書くようになって、見てくれる人も増えて、救われてますとか、泣きながら見ましたとか、そういうコメントがすごい最近来て。悩んでる人は自分だけじゃないんだよっていうのを発信していきたいなと思って今、結構ブログ書いてますね。
qbc:
うん。うん。なるほど。うつ病の診断自体っていつだったんですか。
にこ:
あれはもう2、3年前かなあれですね。暴力振るわれたのが4年ぐらい前で、そこから大体ちょっと通っていて、病院が何個か変わるんですよね、自分に合わなくて。なんか双極性障害だって言うところもあれば、2件目、今行ってるところで重度のうつ病だねっとは言われましたね。
言われたのは去年ぐらいですかね。この工程を見て、自分の方の状態を見てすぐ判断してないので、迷っているうちになんかそうですね、なんか重度のうつ病だねと言われたのは今通ってる病院ですね、現在通っている病院で。そこで何か入院中に検査とかもするんですけど、ADHDのやつも引っかかって、今ADHDって言われてるんですけど。あの衝動性ですね死にたいって思ったら行動してしまうっていうか。そうですね、歯止めが効かない、感情のコントロールが効かないのがADHDていう発達なんですけど、それを今薬飲んで良くはなってますね。
qbc:
そうすると、病院に行きだしたのはいつ頃なんすか?診断っていうか。
にこ:
病院が変わって今の病院になってから1年ぐらいなので‥
qbc:
最初に病院に行ったのは。
にこ:
最初に病院に行ったのは4年前ですね。
qbc:
その事件の後?
にこ:
そうですね。
qbc:
で、薬が処方されるようになったということですね。
にこ:
はい。お母さんとは4年間連絡も途絶えて、疎遠状態にしてましたね。
qbc:
ありがとうございます。
今時点ではどんな気持ちで日々生活されてます?
にこ:
お母さんと4年縁切ってたときに、兄弟もお母さんの味方になってキレてて、お母さんの言うことを聞いているので、兄弟とも縁切れてる状態で、親戚とも縁切れてる状態で、本当に人との繋がりがシャットダウンされてて、で、友達も自分から切ってしまっていて、そういうので今学んだなって思うのは人との繋がりですかね。
それが元に戻ったときに、なんかすごい大事だったんだなって思いますね。友達とかも、繋がりも、家族も。
今はお母さんはすごい心入れ替えて、全く私に批判してくることはしなくなりましたね。
qbc:
うんうん。
にこ:
なんかもう後悔したのか、これからはもうなんかお母さんに当たっていいからねとか、子供大変だったら見るからねって言って。
なので今私は前向きな気持ちで、命を大事にしようって思って、それを子供たちにも伝えたいし、そういう、とりあえず1000人見て1人でも救われたなって思ってくれる言葉を発信したいなっていう気持ちで。応募させていただいたのもそういう気持ちでですね。
qbc:
うん。うん。もっとシンプルな部分、気持ちがいいとか悪いとか、喜怒哀楽とかは。
にこ:
もうすごい楽しい、今生きてて楽しいですね。いつも幸せですね。
目標も見つかって、頑張ろうって思えるので、なんかすごい今生きてて一番生きてるって感じがしますね。
qbc:
なるほどね。なんて言うかな、中心テーマみたいな聞いたんすけど、その周辺で、普段していること、趣味だとかご飯食べたりお風呂入ったりnote書いたり以外のそういう生活以外の時間って何してます?
にこ:
友達がやってる仕事で、今ちょっと協力してって言われて、B型支援みたいなのとかにちょっと通ったりはしてますね。あとは、なんだろう。でも友達と会うことが多いですかね。カフェ行ったりショッピング行ったり。
qbc:
さっきどこで働いてるって。
にこ:
B型支援っていうところですね。
qbc:
はいはい。ええ。
にこ:
ちょっと働く前の練習みたいな感じで、ちょうど私にお話が来たので、受けてみようと思って、週に1回ぐらいたまに通ってますね。
qbc:
なんかそのほかあります?してること。
にこ:
してること‥うーん。ダイエットなんですけど。私薬で50ぐらいの体重が86まで増えたんですよ。それを頑張って今、50に戻せましたね。だからダイエットですね。
qbc:
戻った?
にこ:
自宅で宅トレっていうのYouTube見ながら家でトレーニングしたり、朝早く夏とかだとウォーキングしたり。それですね。すごいハマってやってるのは、トレーニングですね。
qbc:
どれぐらいかかりました?35戻すのに。
にこ:
でも1年か2年、1年とちょっとですね。1年半ぐらいで戻せましたね。
qbc:
へえ。
にこ:
もうさすがに水着も着れない、人前でプールも行けないぐらい太ってて、もうなんか旦那にも女に見れないって言われて。なんか旦那よりも体重がすごくなっちゃって。
それなんかも別人みたいになっちゃって、なんかもう、女に見れないって言われたのがすごい腹立って。なんかもう見返してやるっていう気持ちで、毎日縄跳び2000回とか普通にやってましたね毎日。
qbc:
それがいつ頃?
にこ:
いつ頃‥ちょっと待ってくださいね。
qbc:
1年半かけて
にこ:
一番最初に始めたのが、アプリで書いてるんですけど、去年、1年前って言ったら‥
qbc:
50代に戻ったらもう、最近?
にこ:
そうですね、本当に最近。
qbc:
なるほど。
にこ:
でもお正月来てから結構戻りつつある(笑)またちょっとずつ増えて‥
qbc:
まあでも30キロ太るのも大変ですからね。
にこ:
いやいやそうなんですよね。
qbc:
性格は人からなんて言われます?
にこ:
天然とか、抜けてるとか、面白いとか。
人を笑わせるのが好きなので、なんか明るいねとかはすごい言われます。面白いとか。人と変わってるねってよく言われますね。
qbc:
自分ではどういう性格だと思います?
にこ:
自分でもなんか、自分が面白いなっていうところがあって。例えば忘年会とか呼ばれるようになったんですけど、気合い入れて人を笑わせようと思って、かわいいヒモパンツ履いてたんですけど(笑)血が止まってて、途中でなんか友達に血止まってるからちょっとって言うくらいきついパンツ履いてっちゃって。なんでそれ履いて来たのみたいな感じで言われて、いや気合い入れて笑わせようと思ってみたいな。
なんかそういう人の笑顔が好きで、なんかそういうとこは好きですね自分でも
qbc:
ヒモパンで笑わせるってどういうこと?
にこ:
なんていうんだろう。気合い入れて、別に誰も見ないんですけど、なんか自分の中で一番勝負パンツみたいなの履いていって、それがなんか痩せてた頃のやつを履いたのでめちゃくちゃ血が止まってきつかったっていう。
qbc:
なるほどね。気合い入れるために、それを笑いのために見せようと思ったんじゃなくて、気合いね。
にこ:
そうですそうです。そうそう。なんか自分の経験や自分をネタにして、人をネタにするのは嫌なんですよね。なんか人を笑いものにするのは好きじゃなくて。自分の抜けてるとことか馬鹿なところをさらけ出して笑わせるっていうのがすごい好きで、そういうところは自分でもいいなって思うんですけど。
qbc:
笑わせたときの気持ちってどんなものなんですか。
にこ:
なんか多分お笑い芸人さんと同じ気持ちなのかなって思うんですけど、なんかすごい生きがいです。その人の笑顔を見たときに、嬉しい。自分も嬉しくて元気になるっていうか。
なんか、家庭環境が最悪だったので生まれたときからもう。なんで、そっちの道に行っちゃう人もいるけど、今ちょっとまっすぐな道に戻ってきたなとは思いますね。
qbc:
なるほど。その真剣に芸人を目指そうっていうぐらいのあれなんですか。
にこ:
いや、それはないです(笑)それはないですけどね。うん。そこまで面白くはないかもしれないんですけど、でも芸人さんもそういう気持ちでやってるのかなっていう。
qbc:
その性格の話で、身近な人、家族だったりパートナーだったりお子さんだったり友達だったり、距離の近い人から言われる一面ってあります?
にこ:
自分のですか?
いつも毎日電話して友達に言われるのは、なんか、ただでさえ苦労しているのに、それでも人のことを救ってあげたいって思うんだねみたいな。そういう優しい、いいところだねみたいなのは言われましたね。
qbc:
それを聞いて、自分ではどう思いました。
にこ:
それを聞いて、何かを他人に言われて初めて、あーそっか自分苦労してきてるんだって。それが何か普通だと思って生きてきてるのに、周りの人の話を結構聞くと、みんななんか、波で言うと、みんな何て言うんだろう、なんかのどかな波というか、なんかそういう感じで平和に生きてるんだけど、自分だけ荒波というか、なんでこんなに苦労が多いんだなっていうことは結構思いますけどね。周りの人がなんか結構平和な人が多いので。
はい。はい。
にこ:
ちょっと父の話しても大丈夫ですか。
qbc:
いいですよ。
にこ:
お父さんは、ヤクザっていうか、右翼っていうか、なんかそっち系の人で、結構上の人だったみたいなんですけど。仙台で私生まれて、お母さんが結構暴力を受けてたんですよ、家庭で。お金を貯めてても全部お父さんに持っていかれて、借金取りが毎日家に来てて、お母さんは名前を勝手に使われて借金がすごくて、夜も朝も働いてる状態で、帰ってきたら私の顔に布団かけられてたっていうのも聞きました、ちっちゃい頃に。なんか息できなくなってバタバタしてたみたいな。
本当にそういう感じで、なんかお酒飲むと変わっちゃうので、窓から結構家具とかも捨てられて窓割れて、暴れてて家に入れないときは車で一緒に寝てたよとか。でもそういう記憶も全くお父さんの顔すら覚えてなくて。
お母さん結構顔変形するぐらい殴られたりとかして、もう逃げて北海道に来たって言ってましたね。ばあちゃんのところに。
qbc:
お父さんとはもうそもそも縁がなんなくなっちゃった状態だったんですか?
にこ:
そうですね。
qbc:
にこさんが何歳ぐらいの頃に。
にこ:
もう多分2歳とか3歳とかそれぐらいですかね。
qbc:
でもその後お父さんが来たりはしてたということ?
にこ:
1回来たりはしてたみたいなんですけど、もう縁切りたいから、もうお金も送ってこなくていいからもう別れたいって言って。で、もうお金も何も仕送りもなく、もうそのまま疎遠になったっていう感じですね。
qbc:
うん。
にこ:
2回目お母さんが再婚するんですよ。その再婚先で私は兄弟の差別に遭うんですけど、それもあのときなんであんなに差別受けてたんだろうって思ったのが、20歳の頃にお父さん違うっていうのをお母さんに聞いてわかるんですけど。
その差別がすごくて、なんかご飯自分だけもらえなくて。なんか弟と妹だけはお菓子とかご飯目の前でもらってるのに、お父さんが10時とか11時ぐらいに帰ってくるんですけど、自分はそれぐらいまで食べさせてもらえなくて。お父さん帰ってきてからだよって言われて。兄弟は食べてましたね、目の前でご飯とかお菓子ももらって。
そういうのはあってからですかね。今もそういうのに影響してるんですけど、旦那が上の子ばっかり可愛がってるのとか見ると、やっぱ可愛いんですよね、自分に懐いてくれる子が。なんかやっぱ上の子ばっかりに可愛くしてるように見えちゃうと、ちょっとでも私は、みんなで同じようにしてあげてとか、そういうすごいなんか、影響しちゃってますね。
qbc:
なるほどね。話を急に変えちゃうけど、好きな食べ物は何ですか。
にこ:
好きな食べ物ですか。
お寿司。とラーメンと、セブンのカフェラテですね。
qbc:
お寿司何が好きですか。
にこ:
お寿司はエンガワですね。
qbc:
ラーメンは。
にこ:
ラーメンは豚骨の、山岡屋のネギマシマシが好きですね。
過去:事典とかで表すと、なんか厚みがあるというか。波で表すと、荒波だなとは思いますね。だからこれからも多分いろいろあるとは思うんですけど、乗り越えていけそうな気はしますね。
qbc:
じゃあ過去について。子供の頃はどんな子でしたか。ちっちゃい頃は。
にこ:
もう何て言うんだろう、すんごいおとなしくて。もう下駄箱の間があるなら下駄箱の間に挟まってるぐらいの静かで、もうなんか、存在感消してるような子でしたね。
もうとりあえず人目につきたくなくて、結構親の関係で転校も何回もしてるんですけど、人前で喋れなくなるような場面緘黙症っていう精神的なものからくる感じの喋れなくなるやつになってましたね。
qbc:
場面緘黙症。
にこ:
はい。それは今大人になって自分あれだったんだなって思うんですけど、そのときって、親も何も調べてもいないし、親にも自分のこと言えてないので、親は多分普通にやってると思ってると思うんですけど、人前で喋れなくなってましたね。
qbc:
転校ってのはどの辺りっていうか。
にこ:
再婚した父とも離婚になるんですけど、そのタイミングで1回転校して、またより戻したときにまた1回転校して、でもやっぱり離婚だってなってまた転校してっていうので、3回ぐらい転校してます。
qbc:
そのどれぐらいの距離っていうか、同じ県内で?
にこ:
同じ県内で1回2回転校して、3回目の本当に離婚ってなったときはもう札幌に来るので、そのときはもう富良野だったんですけど、そこがボンッてこっちに札幌の方にっていう感じなので、本当に教室で人数が5人ぐらいだったんですよ。それが札幌に来ると40人とかになるのですごいんですね。人見知りもすごいですね。
qbc:
おばあちゃんはどこに居たんですか?
にこ:
おばあちゃんは富良野に住んでたんですけど、今はちょっと私が4年間縁を切っていたときに認知症がひどくなってしまって、私が仲直りした頃にはもうおばあちゃん私のこと覚えてない状態になっていたので。そうですね。それがすごいつらかったですけど。
なるほど
小学校中学校とかはどんな感じ?
にこ:
小中学校もずっと内気な子で、ちょっといじめとかもあったりして。
高校ですかね、変わったのは。友達の影響で変わったの。あ、高校のときじゃない。
小学校中学校っていじめがあって、おとなしくて結構いじめられてて、中学校のときに救ってくれた友達のおかげで性格が明るくなったっていう感じです。そのとき「ライフ」っていうドラマが流行ってたんですけど、同じようないじめがあって。下駄箱の自分の靴の中に画鋲入れられてたり、絵の具入れられてたり。あとは、トイレで泣いてたりしてたらバケツで水をかけるみたいな感じになってて、それを止めてくれたのが仲良くなる友達なんですけど。やめろよみたいな言って、なんかハンカチくれたのを覚えてるんですけど。
qbc:
中学生のとき?
にこ:
そうです。なんか思い出したら涙出てきた‥
なんかすごい救われたんですよね。
qbc:
小さい頃に好きだった遊びって覚えてます?幼稚園とか。
にこ:
ずっと絵を書くことが好きで。美術とか図工とか、張り出されるぐらい。なんか結構、先生にもみんなの見本で貼ってもらって、黒板に貼ってこういうふうにやってみたいな感じで貼られたりとか、よく賞とかで入賞したりとか、そういうの結構多かったですね。
絵がすごい好きで人の顔を描いたりとか。模写が得意で。
qbc:
小中学生のときの時期ってどういう感情で過ごしたか、どんな気持ちで日々過ごしてたか覚えてます?
にこ:
つらかった、つらかった記憶しかないんですけど、でも、お母さんは結構なんか大丈夫大丈夫とか言って、つらかったら行かなくていいよっていう感じのタイプじゃないので。ちょっとつらいとかいじめに遭ってるって言っても、頑張っていきなさいみたいな、一人になっても行きなさいっていうタイプなので。そういうことを言ってくれたから不登校にはなってなかったのかなって思います。一人でも頑張れるって思って、一人になってもクラス全員から無視されたこともあるけど、全然行ってましたね。一人になっても。
qbc:
高校は?
にこ:
そうですね。中学校のときからその子と仲良くし始めて明るくなって、高校はその子と違う高校になったんですけど、やり直そうっていう気持ちで、ガラッと性格変わりましたね、そこから。明るい感じの。なんかギャルとかと仲良くなるような感じの。そこから結構明るめになりましたね。
qbc:
ギャルというわけではない?
にこ:
もうなんかギャルでしたね多分(笑)まつ毛とかつけたり、カラコンつけたり、髪を明るく染めたりして、なんか生まれ変わろうっていう気持ちなのか、明るく見せたいっていうのがわかんないんですけど、そっから結構変わりましたね。
qbc:
ギャルになったと。
にこ:
そうですね(笑)中学校と仲良くしてた、救ってくれた友達もギャルっぽくて。そこから変わってったかも。
qbc:
ギャルっぽいのとギャルってその違いってなんですか(笑)
にこ:
ギャルですね。ギャルですね(笑)
qbc:
ギャルでいい(笑)高校だと何する?
にこ:
高校はもうずっとバイトばっかりで。
qbc:
うん。うん。高校卒業した後は
にこ:
理美容専門学校に行くんですよ。美容師目指して。
qbc:
それは実家から。
にこ:
そうですね。でもなんか美容業界も結構いじめとか酷くて。厳しすぎて、私は途中でやめてしまったんですけども。もう手も血だらけになるぐらい、頑張ってやってたんですけど。汚ねーなみたいな、なんか言われてね、店長に言われたりとかして。
でも、それで辞めちゃってからは何か転々とアルバイトを続けて、その後すぐ結婚するって感じですかね。
qbc:
結婚生活自体はどうだったんですか。結婚は何歳ぐらいでした?
にこ:
24で結婚して、25で産んでるので、でもなんか、ぶつかることが多いですね。なんかうん似てるのか、似てる部分もあるんですけど、性格が正反対でよくぶつかりますね、今でも。
qbc:
パートナーの方と。
にこ:
そうですね。でもなんていうんだろう。あっちはもうすごい細かくて、こっちはもうO型のをOを極めてるO型みたいな感じで。ズボラっていうかもう、やれるときにやればいいよっていう感じで、洗濯物も山積みになってやらなきゃいけなくなってからたたみ始めたり。見えるところは掃除したりするんですけど、旦那はもうソファも上げてちゃんと全部やれとか。なんかコーヒーとかも作ってあげたらなんか混ぜ方まで言われるぐらい細かくて。
もうそれがもうすごい嫌いで。嫌いになったり殺意が沸くぐらい嫌になったり、いろいろ乗り越えて今があるっていう感じなんですけど。
でもなんか、あれですね。絆は深まったかもしれないですね、今は。すごい取っ組み合いの喧嘩したりとかもあったんですけど、仲が悪い時期もあったんですけど、今はすごいラブラブですね。
qbc:
ご両親からっていう言い方あれだけど、親からはどのように育てられましたか。
にこ:
誰ですか、旦那ですか?
qbc:
ううん。自分が。
にこ:
私ですか。すごい厳しく育てられましたね。スパルタというか。
なんかもう本当に昭和時代、お母さんも結構そういう感じで育ってきて、悪いことしたらぶんたみたいな。なんかもう外の雪に捨てられるみたいな、そういう感じに育ってきてるんで、なんかもう。でも、お母さんが全て合ってるってわけではないんですけど、自分の意に反したことをすると、結構暴力っていう感じで育ってるんで、私は結構暴力的には育ってきてるけども、でも何か愛情が全くなかったってわけではなくて、その中にも愛情は何か、何か見え隠れするけど、なんか優しい面もありましたね、母は。
なので‥厳しく、すごい厳しくは育ってるんですけど、お母さん自体も精神疾患、結構抱えてるので。その許そうって思ったきっかけっていうのが、私が子育てを通して、何か言ってしまいたくないことも子供に言っちゃったりとか、そういうこともあるっていうのを学んでから、お母さんを許してあげようかなって気持ちにもなりましたね。
qbc:
お母さんたちと仲直りしたんですよね。
にこ:
そうですね。許しましたね。もう毎回連絡来て全部消して、連絡先を消してたんですけど、その許してあげようと思ったきっかけが、私達の子供が、旦那も親戚づきあいとか全部何もなくて、旦那の方の親もこっちに来てくれることもなくて、本当に私だけの家族で子供たちを育ててたんですよ。
そのときにおばあちゃんとかいないのとか、会いたいとか言われたりとかして、そうだよな正月ぐらいみんなで会いたいよなって思ったのが、連絡してみようって思ったきっかけなんですけど。子供たちが寂しそうにしてたというか、みんなお年玉とかももらってたりする中で何もなかったりとか、そういう賑やかな場所っていうところ、寂しい思いさせてるのかなって思って、会わせたいなって思ったんですよね、そのときに。孫にはすごい優しかったので。
qbc:
なるほどね。それがどれぐらい前?
にこ:
去年の‥
qbc:
お正月?
にこ:
そうですね。
qbc:
にこさんのメンタル自体は今どういう状態ですか。
通院はしてないんだっけ。
にこ:
今通院してますね。通院して薬はもう今2ヶ月に1回になって。
qbc:
うん。うん。
にこ:
その旦那も一緒に来てくれてるんですけど、今はすごい良い状態ですね。すごい前の自分に戻ったぐらい元気になって。でもやっぱり何かその、ストレスをすごい抱えちゃうと、不安定なときもあって、そういうときはお母さんにちょっと助けてもらって子供たち泊まらせてくれてとかやってくれてるので、自分だけの時間が作れたりとかもしますし、今はすごいよくできてるというか、よくお母さんがやってくれっていうので、そうですね。ガス抜きはできてますね。すごく。
qbc:
過去の話で、自分の人生を振り返って、転換点みたいなものがあるとするならば、いくつ置いていただいてもいいんですけど、どこにあると思います?
にこ:
まず一つ目が、中学校のときに救ってくれた友達のところで、性格がバーンって変わったところと、あとはその母に自分の気持ちをぶつけるように変わったなって思うのがまず子供を産んでから。で、3回目にすごい命の大切さに気づいたりとか、いろいろなありがたさに気付かされたっていうのが、その死のうとした経験っていうか、死のうとして生きてたっていうことで、命の大切さに気づいたっていう感じです。重さというか。3回ありますね。
qbc:
自分の人生を表現するのって難しいです?どんな感じだなって今思います?
にこ:
なんか全然事典とかで表すと、なんか厚みがあるというか。波で表すと、荒波だなとは思いますね。だからこれからも多分いろいろあるとは思うんですけど、乗り越えていけそうな気はしますね。
なんか多分自分が生きてきた、経験してきたことが勇気っていうか、それを乗り越えてきたから頑張れるっていうか、それにはなってると思いますね。
あと子供たちの存在がすごく大きくて、私一人じゃないっていう、なんかいつも味方がいてくれるっていうか。
いつもありがとうって手紙くれるんですけど、ママが可愛いから選んで生まれてきたんだよとか。子供1人だけその記憶がある子がいて。その3歳ぐらいのときに選んできた記憶みたいな話してくれたんですけど。その話ってしたらあれですかね、長く‥(笑)
qbc:
大丈夫ですよ。
にこ:
ママ選んできたんだよって言って、夜寝るときに喋り始めて。お空で生まれる人数決まっててみたいな。その2人目と3人目ももういて、順番をじゃんけんで決めて、見に来たときにみんななんか体が透けてたって言って。なんかママすごい優しそうだったから選んだんだよねって言うんですよね。で、もう他に上にいる子はいる?って言ったら、いやもういないよって言ってて。
qbc:
うん。うん。
にこ:
なんかそれを淡々と普通に3歳の頃に喋っていたので。なんかそれはすごい不思議な話だなって思ったんですよね。そういうのもあって、選んで生まれてきてくれたんだなっていうのを思ってからは、これから子供たち大事にしないとなって思いましたね。自分を大事にすることは、子供も嬉しいと思うので。
qbc:
ありがとうございます。
未来:生かしてもらったからには何か、何かを教えてるだろうなって思って。私にはそれは何か、人助けをしなさいって言ってるように思えたっていうか、同じような思いをしてる人を救ってあげたいなっていうのは、そのときにすごく思ったんですよね。
qbc:
未来にいきましょうか。
5年10年30年40年、最後自分が死ぬっていうところまでイメージしてほしいんすけど、そういうのを見据えた上で、今未来ってどういうふうにイメージできますかね。
にこ:
難しいですね。や、でもなんか、人を救うようなことをこれからしていきたいし、なんかそれをするべきだと思っているっていうか、すごいそういうのを思いますね。
なんかすごい、こういう経験をした人にしか気持ちはわからないというか、わからない面も多いので、寄り添ってそういう発信したりとか。
私の夢は本出したりとかしたいんですけど、そうやって多くの人に見てもらって、元気付けてあげられるようなことをして、そして死ぬまではやっぱり子供たちにも人の気持ちわかってあげれる子に育てたいなって思っているので、子供たちにもそういうね、経験はいっぱいしてもらいたいと思うんですよね。つらい経験も。しないと多分人の気持ちってわかんないと思うので。だから乗り越えてきた分、子供たちも乗り越え方を教えてあげれるので、後悔はしてないですし、絶対何か学びがあると思うので、無駄なことはないよって、無駄な経験はないよって教えていきたいですし、死ぬ時にも、やっぱり何か人の役に立って死にたいなっていうのはすごい思います。
qbc:
もしあの未来の質問っていうのをしていて、もしも自殺未遂の経験がなかったらどんな人生になったと思います?
にこ:
いや変わってなかったと思いますね、ずっと。何か過去にとらわれてるというか、過去ばっかり見ていたので。自分はこうなんだとか。すんごい前に進めてない状態だったので、強くなるきっかけになったのがその経験だったんですよね。変わろうって思ったのは。このままじゃ駄目だって。生き方を変えようって思ったのがそれなので、多分学ばせようとしてくれたのかなって思いますね、すごく。でも生きてたってことは何か教えてるのかなって思って。
qbc:
うん。うん。
にこ:
生かしてもらったからには何か、何かを教えてるだろうなって思って。そうですね。
私にはそれは何か、人助けをしなさいって言ってるように思えたっていうか、同じような思いをしてる人を救ってあげたいなっていうのは、そのときにすごく思ったんですよね。
なんだろう、多分歌手になる人とかも、私はこれこれを目指すために生まれてきたって多分思って目指していると思うんです。私はその死のうと思った経験で、私は何か人を救うために生まれてきたんだと思ってるような感じがします。何か自分が。何か、助けたいって思ってる方が自分に合ってるっていうか。
それが今生きがいというか、目標っていうか、そのために頑張ってますね。
qbc:
うんうん。
にこ:
やっぱりその人の気持ちになって発信すると、自分もたまにつらくなっちゃうときがあるんですよ。その気持ちを思い出すから。だからその書くのもしんどくなっちゃうときもあるんですけど、でも誰かが救われるっていうコメントとかもスクショしてとってあるんですけど、いつも見てますとか、いつも元気もらってますって人の気持ちを読んで、やっぱり頑張ろうって思って毎日、今のとこ毎日書いてますね。
qbc:
もしもの未来Part 2みたいになっちゃうんですけど、力がついていってというわけじゃないんすけど、その発信することが、もうちょっと規模が大きくなってきたら、note以外でやりたいこととかあるんですか?
にこ:
何か講演会とか、なんかそういうので人前で話したりとかやってみたいなって思ってますね。
今年のお正月に初詣行って、あと何か毎月よく近くの神社行くんですけど、なんかお礼を言いに行ってるんですよ。見守っててくれてありがとうございますって。なんでそうやってしようかなって思ったって、旦那が、なんかお正月だけ来る人より、毎日顔見せに来てくれて、お礼言ってくれる人の方がやっぱ助けてあげようって思うじゃんって言ってたのがきっかけで、そうだよなと思って。今までは願い事ばっか言ってたんですよね。けど、なんか感謝の気持ちを伝えるっていうこと大事だなって思って、感謝の気持ちを伝えに行ってますね。毎月。気持ちがすごい変わりましたね。今までは自分のことだけを考えてたんですよ。
qbc:
それはどこをきっかけに。
にこ:
やっぱそこからですね。あの、生きてたっていうことで、そこからですね。何か変わろうって思って。なんか、うん。どうせ生きてるんだったら誰かの役にも立ちたいなみたいな。
qbc:
なるほどね。何か生活自体をこう変えようとか、何かそういう部分って何かあります?
こういうところに住んでみたいとか。
にこ:
それも前は思ってたんです、すごく。
大きい家いいな、一軒家いいな。なんか人と比べたりしていいなって思ってたんですけど、でも最近は、なんか些細なことに何か感謝するようになったっていうか、何か小さな幸せを見つけるようになったっていうか、そしたら今十分幸せだなって思えたので、そんなに何かここに住みたいとかもあんまり思わなくなりましたね。人とも比べなくなりましたね。
健康でいれることが一番いいじゃないかと。
私去年病気見つかったんですけど、それも何か持ってたお守りが、その身代わりお守りが木でできた人形なんですけど、四つに頭が割れてたときがあって、何か教えてくれてんのかなって思って、なんかMRI行ったら、脳動脈瘤っていう病気がたまたま見つかって、そういうのとかも何か教えてくれてたのかなって思って、なんかびっくりしたんですけど、それもでも今は定期的に通うだけで手術まで至るぐらいまで大きくなってないので、様子見なんですけど。
qbc:
ん?
にこ:
大きくならないとリスクがあるので手術はできないらしいんですよね。
qbc:
薬でなんとかする?
にこ:
今はなんか見るだけみたいな。半年に1回MRI撮って、大きくなるかを見ていくっていう。薬も今のところ飲まないみたいな。
qbc:
へえ。健康な生活を送ってくださいみたいな。
にこ:
そうですね。私はもう坊主になるのかなってずっと思ってたんですけど。
qbc:
はい。はい。
にこ:
それはばあちゃんも同じところにできてて。頭1回切り開いて同じ目の裏の方にできてるんですけど、同じものを。やっぱ隔世遺伝だねって言われて。
そうですね。なんかちょっとそこからですかね。なんか健康が一番で、大事な人も家族もみんな健康でいることが一番幸せなんじゃないかって思ってから、そんなに欲とかもそんなになくなりましたね。
qbc:
感情の面でどういうふうに過ごしたいとかあります?
にこ:
感情の面は穏やかに。でも喜怒哀楽があることは悪いことじゃないと思ってるので、なんか、うん、死にたい思わなければいいのかなって。なんか楽しく生きれてば、いいのかなって思いますね。怒ることがよくないってよく旦那に言われるんですけども、気持ちを出すことって大事なので、別に怒ってても、それはね、悪いことじゃないのかなって思いますけど。
qbc:
note自体は書いていてどうですか。変化とかありました?
にこ:
私も書いてて自分に言い聞かせてるような気がして、なんか自分も書いて学んでるところあるんですけど。なんかふっと書きたいことがバーっと降りてくるんですよね。音楽聞いてると。音楽聞きながらもワーッて書いて、なんか普通に何も聞かない状態で書こうとすると書けなくて。なんだろうね、中島みゆきさんの曲聞いたりとかして、そう書いたりするんですけど、書いた言葉を見て、自分も何かそうだよなって気付かされることありますね。
でもなんか楽しいですね、書いてて。楽しいというか、自分の趣味というか、息抜きじゃないですけど、やっぱみんなが見てくれて聞いてくれて、いいねって思ってくれたりすると間違ってないのかなって思いますね。
qbc:
自分は他の人と比べて、ここがすごいなって思うところってあります?
にこ:
ありますね。人より強みになってるところは、なんか結構、もっと苦労してる人いっぱいいると思うんですけど、苦労してきてるところが、弱みでもあり強みになってるんですよ、今。ずっと何かマイナスにしか考えてなかったなんかいろんな経験が今はなんかそれがすごい強みになっているので、弱みって強みなのかなと勝手に思ってるんですけど。そうですね。そこですね。苦労とか経験ですかね。
qbc:
人よりとか経験があったとしても打ち負けちゃうっていう可能性もあると思うんですよ。
にこ:
はい。
qbc:
なんで負けなかったんですか?
にこ:
なんだろう。なんか、人が好きって言ったらあれなんですけどなんだろう、接客業も好きですし、何か人間自体が好きというか、なんて言えばいいんだろう。でもなんか、人の言葉で救われたこともいっぱいあるんですよね。死にたいって思ってコンビニに寄ったときに、なんかすごい態度をされて、やっぱり死にたいって思ったときもあるし、でもその人の言葉で救われる人もいると思うんですよね。その死にたいと思ったときに優しい言葉を掛けてもらったらやっぱりもうちょっと生きてみようかなとか、なんかそういう影響というか言葉の凄さっていうか、言葉に力があるっていうのは自分で実感してるので、そういうのを知っているからですかね。
自分はぶれないで生きてこれたのは、人の優しさとかも知ってくれて助けられてきたからですかね。
qbc:
人生で一番好きなことって何ですか。
にこ:
一番好きなことは、人と苦労話をすることですかね。
何か苦労話するとその人の生き様っていうか、見えるっていうか、ああそうやって生きてきたんだって思えるので、なんか結構そういう話するのすごい好きですね。
qbc:
なるほどね。面白いですね。
にこ:
そうですか。やっぱ変わってんのかな。
qbc:
いやいや。なるほど、と。
最後の質問がですね。「最後に言い残したことは何ですか」っていうので、遺言でもいいし、読んでる人へのメッセージでもいいし、インタビューで独り言でもいいんですけど、最後に言い残したことあればお伺いしております。
にこ:
はい。人生で大切なことを三つ残したいんですけど、一つは、命の大切さですね。なんか本当に自分は一人だって思ってても、絶対一人は悲しんでくれる人がいると思うので、その人のためにも、その人の笑顔をその人を傷つけるんだよっていうことも頭のどこかに入れておいてもらいたいっていうのとで命の大切さっていうのと、あともう一つは、感謝の気持ちですね。当たり前だろうって思って、幸せに慣れてしまって、日本にいるとなかなか気づけないと思うんですけど、当たり前に歩けてることとか、当たり前に子供たちと居れることとかも当たり前じゃないんだよっていうことを伝えたいっていう。あともう一つは、そうですね。人との繋がりですね。それは私が死のうって思ったときに助けてくれたことで、繋がりがあったから今の私がいて、なんか1回切って全て一人になったときもあったんですけど、繋がりがあるから人って生きているんだなって思いますね。ですかね。その三つは伝えたいですね。子供にも、みんなにも。
qbc:
ありがとうございます。
あとがき
人生は戦いだ。
【インタビュー・編集・あとがき:qbc】
【編集:夕星】

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