🎤 文学フリマ応援企画🌞参加サークルインタビュー:宵待社さん「満月の一歩手前の夜の世界で、本をひらく」
本は人だ! 人が本だ! という切り口でインタビューについて考えたことが私qbcにはありまして。
そうですね。良い本は、ある意味、人のようであるし。その複雑さ、その不可解さにおいて。
で、ある意味では人はすべて本のようだ、とも思うんですね。おっとでもここで反論がある人もいるかもしれない。本みたいに含蓄のあるようなもの、みたいじゃない人もいるでしょ、って。人によっては、特に私なんか本じゃないよ、本みたいになれないよ、って人がいるかもしれない。
でも私は、すべての人の人生は本のように贅沢な知識の貯蔵庫だと思ってるのよね。ただそれには、すべての人を本のように読むには、ちょっとしたコツが必要で。
インタビューでは、それをさっと読み解く技術を使ってるんだけど。
って、また話が本筋からずれた気がする、、
ということで文学フリマ参加者インタビューどうぞ!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
宵待社さん「Living Life Here」
サークル名:宵待社
ブース:す-76 (南3-4ホール)
販売予定の本:「Living Life Here」「まんなか日和」
文学フリマページ:https://c.bunfree.net/c/tokyo40/4F/%E3%81%99/76
文学フリマではどんな本を出されるんでしょうか?
──まず、サークル名と今回の新刊を教えてください。
宵待社という屋号です。新刊はエッセイを二冊――『Living Life Here』と『まんなか日和』。自分の体験や考えごと、それから好きな本や映画について書いています。
──『Living Life Here』はどんな一冊?
日記に近いですね。書くことが自分の人生でどういう役割だったかとか――書けない時期のもどかしさまで、全部書いています。
──『まんなか日和り』は?
本と映画が主役です。たとえば今村夏子さんのデビュー作『こちらあみ子』の登場人物と私自身の “ずれ” を重ね合わせたり。いわゆるレビューじゃなくて、作品と自分の記憶がリンクする瞬間を書き留めたメモ集という漢字です。

文学フリマの魅力ってなんでしょう?
──屋号「宵待社」の由来はなんですか?
井の頭公園沿いにあった喫茶店『宵待草』から拝借しました。「宵待」には満月の一歩手前――十四夜の月って意味があって、その響きが完成にぴたっときたのもあります。
──文章を書き始めたのはいつ頃?
小学三、四年生の頃から。魔法とか超能力が日常に紛れ込むファンタジーを書いてた記憶があるんだけど、細部はもう霧の向こう(笑)。
──文学フリマに出たり、「人に見せるため」に切り替わったきっかけは?
大学時代からですね。ブログ全盛期で、まわりのみんなもざっくばらんに書いていました。
それから、いずれ出版をやりたいとぼんやり思ってるうちに、文学フリマやZINE文化を知って、「あ、まず作っちゃえばいいんだ」って気付いたのが大きなきっかけです。
──前回(初参加)の文学フリマはどうでしたか?
ビッグサイトにぎゅうぎゅうの熱量でした! 文化祭みたいでワクワクしまた。
自分の本は、表紙を白黒で出したら埋もれまくって、「デザインって大事だな…」って痛感しました。今回はカラフルにしてみました。タイトルも自分の好みだと伝わりにくく、今回はだいぶん検討しましたが、引き続き宿題です。
──買った本で印象に残ったものは?
二十代女性が家族の複雑な事情を赤裸々に書いたエッセイが印象的でした。商業じゃ読めない率直さに惹かれて即買い。
あと女性三人の交換日記アンソロジーも面白かったですね。
──あなたが感じる文学フリマの魅力は?
“好き” を形にして持ち寄る場って、もうそれだけで尊い。読むだけでも十分面白いし、ちょっとでも書きたい気持ちがあるなら軽率に出店してみてほしいですね。発見だらけだから。

文学フリマの魅力ってなんでしょう?
──これからやりたい企画は?
本を中心にして、面白い人生やさまざまなアイデアを持つ人を世に届けるコミュニティを作りたいです。老後はカフェ兼書店兼小さな出版社を営みながら、のんびり続けられたら最高ですね。
──最後に、文学フリマ東京へ向けた意気込みを!
初参加の前回の文学フリマは勢い任せだったけど、今回はしっかり準備して臨んでいます。
ブースで見かけたら気軽に話しかけてくれたらうれしいです。知らない誰かと語り合える時間こそ、一番の収穫だと思っています

あとがき
どうやったら他人に興味をもてるんだろう? と。
好きでも嫌いでもない、ただの通りすがりの道端の人に、どうやって興味を持つのか?
難しいですよね。
エッセイというのも、基本的には知らん他人の話です。それに興味を持つ、というのはどういうことなんだろう? と素朴に思います。ある人のエッセイは珍しい体験だから、という理由で手に取られます。ある人のエッセイは、文書が上手だから。ある人は視点が独特だから、と。
じゃあ、何もかも普通の人生のエッセイは面白くないのか?
いやそんなことはないと思うんですよね。
面白さを、送り手の問題にするのはちょっと違うと思っていて。受け手の感受性の問題なのではないのか? と。
制作:栗林康弘・qbc(無名人インタビュー主催・作家)
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