人生は頑張らない人
むかしむかし、ある山里に、頑張らない(がんばらない)という名の若者が住んでいました。
村の人々は皆、朝から晩まで必死に働いていました。田んぼで汗を流し、山で薪を集め、夜遅くまで機を織る音が響いていました。
しかし頑張らないだけは違いました。朝はゆっくりと起き、鳥のさえずりに耳を傾け、川のせせらぎを眺めながら一日を過ごしていました。
「あの若者は怠け者だ」
「人生は努力してこそ意味があるのに」
村人たちは頑張らないを見て眉をひそめました。
ある日、村に大きな嵐がやってきました。皆が慌てふためく中、頑張らないだけは落ち着いていました。
「なぜそんなに冷静なのだ?」と村長が尋ねました。
頑張らないは静かに答えました。
「私は毎日、雲の動きを見ていました。風の匂いを感じていました。だから嵐の前兆が分かったのです。頑張って忙しくしていたら、気づけなかったでしょう」
嵐が過ぎ去った後、頑張らないが教えてくれた避難場所のおかげで、村人たちは無事でした。
やがて村人たちは気づきました。頑張らないは決して怠けていたわけではない。ただ、自分なりのペースで生きていただけだったのです。
頑張らないは言いました。
「人生は川の流れのようなもの。無理に急がず、自然の流れに身を任せることで、本当に大切なものが見えてくるのです」
それからというもの、村では「頑張らずとも、心を込めて生きる者は、真の豊かさを手にする」ということわざが生まれました。
そして頑張らないは、今日もゆっくりと自分らしく生きているとさ。
めでたし、めでたし。
そして次にインタビューされるのはきっとこれを読んでいるあなただし、そしてインタビュアーになる日もそう遠くはないでしょう。
と思う2025年6月8日18時42分に書く無名人インタビュー1084回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは 鈴木裕大 さんです!
年齢:20代前半
性別:男性
職業:学生
Instagram:https://www.instagram.com/yudai_no1?igsh=bjgwaDY2eG1yMWg3&utm_source=qr
Notion:
現在:やっぱり海外に行って、日本の良いところ悪いところを知れるので、そういったこともあって9月から世界を旅しようかなと思ってます。
本間ユミノ:
今、何をしている方でしょうか?
鈴木 裕大:
学習院大学の法学部法学科に通ってます。
本間ユミノ:
何年生ですか。
鈴木 裕大:
本来だったら3年生の代ではあるんですけど、1年間休学をしてまして。
なので卒業は1年遅れる感じです。
今年5月から休学していて、来年の3月までです。
本間ユミノ:
休学している理由は?
鈴木 裕大:
学校で法律を学んでるんですけど、2年間学んでみて、そのまま3年生も法律を学んで就職っていうのがちょっと自分として満足がいかないっていうのがあったので、一度休学して世界いろんなところへ旅してやりたいことを見つけられたらと思って休学しました。
本間ユミノ:
「満足がいかない」というのは具体的にどういったところに感じましたか。
鈴木 裕大:
実際にやってることが何かに繋がってるとか、ちゃんと未来に繋がってるっていうのを結構大事にしてるんですけど、法律の場合だと、弁護士になりたいわけでもないですし会社の法務部に入りたいわけでもないのに何でやってるんだろうっていうのが、なかなかモチベーションに繋がらなかったというのがあります。
大学生活は結構時間があるのに、ここに時間を費やすのがもったいないなと思ってしまって。
本間ユミノ:
普段、どんな感じで過ごしていますか?
鈴木 裕大:
夜は12時までにはベッドに入るようにして、遅くとも朝7時までには起きてます。
自分の場合は学校に行ってないので、今はバイト3つやっています。
9月から世界一周に行くので、それまでにお金を貯めているという状況です。
本間ユミノ:
バイトは何をしていますか。
鈴木 裕大:
さっき言ったみたいに、法律はやりたいことはなかったので、やりたいことやろうと思って、1個目が、クリエイティブ系というか、何か思いついたりとか1から何か作るというのが好きなので、動画編集のバイトをインターンとしてやってます。
もう一つは塾のバイトをやってます。
元々子どもが好きなので教育にも興味があって、成長を実感できるってところで生徒の点数が伸びたらまたインセンティブがもらえたりして目に見えやすいので、そこから塾のバイトを選びました。
もう1個大きな理由としては、自分の特徴として、自分のために頑張るってよりも、誰かのために頑張るってなると力が出るなと感じていて。
人助けとかも好きなんですけど、誰かのために働いてるときはすごく自分としてもやりがいを感じて、塾のバイトは子どものためにあるので、そういった面で選びました。
3個目はホテルのバイトをしてます。
紹介されたもので、目黒にあるホテルのフロントをやってます。
入った理由としては、元々スターバックスのバイトをやってたんです。
そこでホスピタリティとか誰かにおもてなしをしてあげるとか、何かサービスをして笑顔を届けるのはすごく楽しいなと思ったので、何かしらの形で次もやりたいなと思ってたんですね。
ホテルってサービス業なので、そういったところで選んだのと、働いてる学生が結構政治に興味ある人が多くて、自分も政治に興味あるので刺激になるかなと思って始めました。
本間ユミノ:
生活している中で、どんな感情になることが多いですか?
鈴木 裕大:
感情的にはすごい自由って感じで楽しいです。
本間ユミノ:
最近あった楽しいことは。
鈴木 裕大:
今、バイト3つやってお金を貯めながら、いろんな学生イベントもやってまして、政治のイベントが1個と、第3の居場所、サードプレイスを作るというイベントが1個と、インドと日本を繋ぐイベントというか団体1個。
あともう1個が、これは自分がメインとしてやってるんですが、「学生団体NEIGHBOR」っていう国際交流の団体をやってまして。
海外から来た留学生とか、日本にいて国際交流に興味あるっていう人向けに、国際交流イベントをやってる団体なんですけど…
楽しかったことだと、この前、その団体のイベントでBBQイベントをやったんです。
2500円って結構高い値段に設定したので、人が来るか心配でしたし、去年も30名ぐらい集まったので大丈夫かなと心配だったんですけど、結局やってみたら50人近く集まってくれたんです。
集まってくれたのも嬉しいんですけど、一番嬉しかったのは、終わった後とかに楽しかったって直接言ってくれたりとか、DMで連絡くれたりとかっていうのが以前よりも増えた気がして、成長を実感したので嬉しかったです。
本間ユミノ:
逆に、悲しかったりブルーな気持ちになったりすることってありますか。
鈴木 裕大:
ありますね。結構自分は人の気持ちに敏感なんです。
人に既読無視されたときとか、「嫌われたんかな?」みたいに思ってしまうので、最近はそれが1個あったので、そんなに落ち込んでないですけど傷つきました。
本間ユミノ:
バイトや学生イベントの活動以外で、何か普段する趣味とかはありますか?
鈴木 裕大:
趣味は大きく分けると旅行と音楽が好きです。
音楽のところで言うと、自分自身ライブに行くのがすごい好きで、去年も30本のライブに行きました。
好きな理由は特に応援ソングなんですけど、過去につらいときとかそれで乗り越えていくってことがあったので、応援ソングが自分の原動力になってるっていうのはありますね。
本間ユミノ:
特定の好きなアーティストの方がいるんですか。
鈴木 裕大:
そうですね、Mrs. GREEN APPLEとかNovelbrightっていうアーティストが一番好きです。
去年は計20アーティストぐらいのライブに行ったりとか、好きなアーティストが多い分フェスとかにも出ていきます。
本間ユミノ:
音楽の良さは?
鈴木 裕大:
名言が生まれることだと思います。普段サブスクとかで音楽聞いてても、歌は聞けますけど、名言とかってもちろん聞けないですよね。
だけどライブに行くと、アーティストも気持ちが高ぶってるのですごい熱い言葉が出てくるんです。
最近のアーティストは、お客さん全員に言ってるというより「あなたに伝えてるよ」みたいなことをちゃんと口で言ってくれたりとか、こっちが欲しい言葉を言ってくれるので。
自分はそれを壁紙にまとめて、どんどん増やしてってロック画面にしてます。
本間ユミノ:
言葉で救われる場面っていうのは多いですか。
鈴木 裕大:
すごい多いですね。一番良かったのは、この前行ったライブで、自分の場合何かに逃げるっていう場面がこれまで多くて、逃げるのがすごい怖かったんですけどそのアーティストはMCで「音楽には逃げていいよ」って言ってくれて、すごく気持ちが楽になった記憶があります。
本間ユミノ:
周りの方からはどんな性格だって言われることが多いですか。
鈴木 裕大:
優しいとか素直とかが多いです。
本間ユミノ:
ご自身ではどう思いますか。
鈴木 裕大:
自分でも、人に嘘をつけないので…。
あとは思ったことはちゃんと言うところだったりとか、やりたいと思ったらすぐ行動するとか、行動力はすごいあるなと自分でも思ってます。
本間ユミノ:
行動力あったな〜っていうエピソードありますか。
鈴木 裕大:
今年なんですけど、自分の人生ビジョンがあって、それが「弱さを吐き出せる利他性に溢れた社会を作る」なんです。
インドのカースト社会に今年の始め頃から興味を持ち始めまして、結構YouTubeとかでも動画見てたんですけど、なかなか実感が湧かなかったんですよね。
なので、2月中にいろいろ調べて、2月半ばになってもなかなかわかんないなと思って、それなら行こうと思って3月にインドに行きました。
カースト社会、村とか行って実際に見てみてっていうのは自分の中でもレベルが高い行動力かなと思います。
本間ユミノ:
行ってみてどうでしたか?
鈴木 裕大:
日本にいると、インドの子どもたち=かわいそうみたいな固定観念があると思うんですけど、実際行ってみたらインドの子どもたちはすごい笑顔で、生活は苦しくても笑顔でした。
だいぶ印象は変わったんですけど、やっぱり生活が苦しいことには変わりなかったので、それが当たり前になってるのはちょっとおかしいなとは思って、これは絶対なくさないとなと思いました。
本間ユミノ:
インドに対する印象ってどう変わりましたか。
鈴木 裕大:
インドって人口が一番多いんですよね、あとはIT人材とか頭がいい人が多いので、行く前は「インドはこれから可能性ある」「絶対これから世界大国になる」と思ってました。
行った後もあんまり気持ちは変わってなくて、やっぱり人口多いのは確かでしたし。
あとは、インド人と関わったときに、日本人と違って自分の意思を持ってる人たちだったんですよ。
これは具体的に言うと、結構日本だと車を運転していてクラクションを鳴らすのは恥ずかしいっていうのがあると思うんですけど、インド人はもうバンバン鳴らしててクラクションだらけみたいなことがあって。
クラクションという形ですけど、自分の気持ちをちゃんと伝える、日本人はそういうところがないのかなと自分は思いました。
やっぱり海外に行って、日本の良いところ悪いところを知れるので、そういったこともあって9月から世界を旅しようかなと思ってます。
本間ユミノ:
旅をするときは1人で行くんですか?
鈴木 裕大:
全部1人で行きます。
本間ユミノ:
それで、9月から世界全てを回ると。
鈴木 裕大:
行ける範囲で、意外と自分の場合は決めすぎない方ができるタイプなのですが、でも全部の大陸に行こうかなと思ってます。
本間ユミノ:
世界一周に向けての気持ちだったり、感情だったり、今はどういう思いでいますか?
鈴木 裕大:
今は準備段階として、どの国に行こうかなとか考えてるところです。
実際に動いたこととしては、実際に海外に行ったときに各地の動画をYouTubeとかにどんどん発信していきたいなと思って動画編集のバイトをやってるんですけど、その動画を撮るときに良いカメラが欲しいなと思って、2万円ぐらいするスマホにつけられる、手ブレのないやつを買いました。
それを見て、楽しいなって思って毎日気分も高まってますね。
本間ユミノ:
楽しいとかワクワクの気持ちの方が大きいですか。
鈴木 裕大:
だいぶ大きいです。
本間ユミノ:
不安だったりとか心配な気持ちは?
鈴木 裕大:
全くないとは言わないですけど、でもそれも含めてやっぱり海外旅行の楽しさかなと思ってるので、ワクワクしています。
過去:自分としてはインドに行くって言うのはすごくやりたいことだったので、ここではやりたいことができないし、自分も好きになれないなと思ったので思い切って手紙置いて、無断で出て行ったんです、家出みたいな形で。
本間ユミノ:
鈴木さんは子どものときどんなお子さんでしたか?
鈴木 裕大:
子どものときは、すごくよく食べる子でした。
本間ユミノ:
大体何歳ぐらいのときのことでしょうか?
鈴木 裕大:
生まれた瞬間からすごいお母さんのミルクをいっぱい飲んでたみたいで、飲みすぎて毎日吐いてたみたいです。
本間ユミノ:
覚えている一番古い記憶ってなるといつ頃ですか。
鈴木 裕大:
一番古い記憶だと、やっぱり幼稚園ですかね。それより前は全く覚えてないです。
本間ユミノ:
幼稚園時代で何か思い出に残ってることはありますか?
鈴木 裕大:
父が海外出張の多い人だったので、イギリスに2年ぐらい住んでいました。なので、幼稚園は途中から日本に帰ってきて入ったみたいな記憶です。
新しいことに興味があって好奇心が旺盛な子だったので、習い事も茶道やったりとか、サッカー行ったりとか書道やったりとか、興味あることをどんどんやっていくっていう子どもでした。
本間ユミノ:
小学生になってどうなっていきましたか。
鈴木 裕大:
小学生になって野球を始めました。結局それが9年間続いたんですけど。
それまでは親がやってほしいこと、サッカーとかも親がやってほしいって言ってたのでやったんですけど続かなくて辞めたんです。
でも野球に関しては自分がやりたいと思って、友達に誘われてやりたいと思って入りました。
最後自分の地域で優勝できたりとか、メインで出たりとか、すごい楽しい野球生活でしたね。
本間ユミノ:
中学生になると変化はありましたか?
鈴木 裕大:
中学生は結構やんちゃでした。
中学でも野球部に入ったんですけど、一言でいうとやんちゃ野球少年でしたね。
授業中とかも結構うるさいタイプで、反省文とかも何枚か書かされたりとか。
そのときは1人でガツガツやるってよりは、周りに流される子だったので、周りがやってたら一緒にやるみたいな感じで。
それでよく友達と一緒に反省文とか書いてたんですけど、それも今思えばすごく楽しかったなと、それのおかげもあって今文書書くの得意なので良かったかなと思ってます。
本間ユミノ:
反省文は何がきっかけで書かされるんですか。
鈴木 裕大:
あるあるですけど、廊下で友達を胴上げしたりとか、図工室で雑巾とホウキ使って野球したりとか、授業中抜け出したりとかそういうかわいげのあることです。
本間ユミノ:
高校生の時はどんなお子さんでしたか。
鈴木 裕大:
やんちゃっていうのはすごい抜けて、でも野球部に入りました。
高校生活を一言で表すと、硬式野球部3年間でバリバリやりながら、指定校推薦のために3年間がっちり勉強もしてたので、「勉強と野球の3年間」ですね。
硬式野球部だったので、月曜から金曜まで毎日練習、土日は試合みたいな感じで、ガッツリ頭坊主でやってました。
それと並行して勉強の方では、中学時代から成績は良かったので、親からもっと上を目指してみないかって言われて、指定校推薦に向けて部活の合間を縫いながら定期テストの勉強を頑張ってました。
本間ユミノ:
ご家族からはどのように育てられましたか?
鈴木 裕大:
家族からは超超超過保護です。
本間ユミノ:
過保護だったことで覚えている記憶、何かありますか。
鈴木 裕大:
中学生時代、高校生時代もそうなんですけど、普通の勉強って多分中学生高校生なんか自分でプリント管理してテスト勉強してってなると思うんすけど、自分の家庭の場合は親がプリントとか宿題を管理してっていう感じでした。
そういった面で、勉強に関しては結構厳しくされてたレベルで、生活面に関しては、やっぱり悪いことするのは好きじゃなかったですね、それこそ門限とかも厳しかったですし。
あとは、スマホを学校に持って来ちゃダメとか買い食いしちゃダメとかあって、周りは「バレなきゃいいでしょ」みたいな子がやっぱり多かったんですけど、自分の家の場合は、絶対やっちゃ駄目って感じ。
そういうところがちゃんとしてたので、それのおかげもあってか今では常識的なところ、一線は越えないとか、ルールは忠実に守るとかそういうところが確立できてるんじゃないかと思います。
本間ユミノ:
中学生高校生当時は、家族が過保護だったことに対してどんな気持ちでしたか?
鈴木 裕大:
当時は、正直、自分で考えるっていうのはなかなかしてこなかったなと思いました。
具体的には、中学生は野球やって授業中騒いでみたり、高校生は野球やって勉強してた感じだったんですけど、生活は結構同じ感じだったので、何かやろうってときも絶対親に聞く癖があって、自分で考えるっていうより親が教えてくれたりとか、自分で意見言っても親が「こっちの方がいいんじゃない」って感じでだったので。
自分の意見を持たなかった6年間でしたね。
そのときは正直、考える時間もなかったのでこれでいいかなみたいな感じで過ごしてたんですけど、大学入ってから、自分で考えてこなかったなと思いました。
本間ユミノ:
大学生になって、休学するまでの2年間はどのように過ごしていましたか。
鈴木 裕大:
大学1年生のときは、何か新しいことをやりたいと思ってスターバックスのバイトを始めました。それが大体1年間ぐらい、2年生の1学期までやりました。
スターバックスをなぜ辞めたのかというと、スターバックスはマルチタスクがすごく多くて忙しいんですね。
そういう自分で考える場面で、野球しかやってこなかった+親の力を借りていて、自分で何かをするっていうことをあまりやってこなかったので、ドリンク作るとか自分で作業するっていうのがすごく難しくて。
かつそれがマルチタスクになってなかなかうまくいかず、よくある昇格昇給制度とか上に上がれず、自分の場合はやるならちゃんとやりたい、一番目指したいってタイプだったのでやめました。
でも心の中に、何かやりたいっていうのがあったので、去年、営業のインターンをやりました。1学期と2学期で1社ずつ合計2社ですね。
まず1社目は訪問営業で家庭にアポイントなしでピンポンして営業する、2社目は投資系の営業をやって、投資なので結構富裕層向けに社長さんとか経営者とかに営業しに行って投資家を獲得するっていうのですね。
スタバとインターン2つと、1年生の頃はそれにプラスして1ヶ月イギリス留学に行きました。
2年生だとインターン2つプラス学生団体を10月から始めたっていうのと、免許取ったりですかね。
本間ユミノ:
イギリスに留学に行ったきっかけは何ですか?
鈴木 裕大:
これも結構スターバックスが関わっているんですけど、さっきお話ししたビジョンと、夢もあるんです。
夢はすごいありきたりなんですけど、大きな人間、「ビッグな人間」になりたいと高校ぐらいからずっと思っていて。
なので大学生で何かやりたい、何か行動したいと思ってたんですけど、1年生のときのスタバでうまくいかなくて「このまま1年生終わるの嫌だな」と思って、何か形に残そうとイギリスに留学に行きました。
本間ユミノ:
学生団体を始めたきっかけも教えてもらえますか。
鈴木 裕大:
自分はやり切る力がなくて、スタバもやめちゃいましたし、インターン2つもやめちゃって、なかなか自分に自信がつかないなって1年生のときにすごく思っていて、1個やりきった経験が欲しいと思ったんです。
代表なら絶対やめられないなと思ったのと、そういうリーダー的な存在になると自分を変えられると思ったので思い切って挑戦しました。
本間ユミノ:
やってみてどうでしたか。
鈴木 裕大:
すごく良かったと思ってます。
やっぱり代表だと最後の決断は自分でしなきゃとか、自分で考えることしかないので、そういった面で決断力も上がりましたし、代表やってなかったら経験できない協賛の連絡だったりとかっていうのもできて、すごくリーダーシップもつきましたし、人脈も増えたところはやって良かったなと思います。
本間ユミノ:
中学高校の頃は自分で考えることがなかったと仰っていましたが、今はどうですか?
鈴木 裕大:
今では結構つきました。
毎日夜に振り返りの時間を作ってまして、そこでちゃんと自分の感情を日記に言語化するようにしているんですけど、そこで、課題があったらそれを改善するために何が必要かっていうのを自分で考えるようになりました。
その結果、普段の日常生活でも自然とちょっとずつできるようになったりとかしたので良かったと思います。
それプラス、1つ大きな、「自分で考える」ってところで言うと、今年に入ってから一人暮らしを始めました。
ヤバいエピソードになっちゃうかもしれないんですけど…親が過保護すぎて、インドも実は無断で行ったんです。
「大阪に行く」って言ってインドに行って。
そしたらインドで膵炎みたいな変な病気をもらってきてしまって、それで「大阪行ってないでしょ」ってバレちゃって、そんなことしないで欲しいって言われて喧嘩になったんですね、今年の3月末ぐらい。
自分としてはインドに行くって言うのはすごくやりたいことだったので、ここではやりたいことができないし、自分も好きになれないなと思ったので思い切って手紙置いて、無断で出て行ったんです、家出みたいな形で。
今は国際シェアハウスで外国人と住んでるんですけどね。
家出したのはもう今は大丈夫で、休学届に親のサインが必要だったので実家に戻って、説得してサインもらって、今は仲良くしてるんですけど。
そんな感じで今一人暮らししてるので、全て自分で献立から全て健康まで考えて、そういった環境に身を置けています。
本間ユミノ:
今までの人生において、人間関係だったりとかってどうでしたか。
鈴木 裕大:
いじられキャラだったと思います。
小学生の時は気にしてなかったんですけど、高校生になって心が成長したからかどうかわかんないですけど、本気で受け止めるようになってしまって。
まだ中学までは流せてたんですけど、高校生になって受け止めるようになって、それで人間不信みたいな感じで、鬱っぽくなってしまったんです。
高校の野球部がすごいイジられる環境だったので、3年間は自分に自信が持てず、そんな中で指定校推薦の勉強頑張ってみたいな感じだったので、この3年間は自分の中では結構ターニングポイントかなと思っています。
指定校頑張ってスタバを始めたけど、スタバも人と話すことが多かったので、人と話すのちょっと怖くなっちゃってみたいな感じでここで2回目の鬱になって、今は完全に治ってはないって言われたんですけど、正直だいぶ状況は好転していて。
そのきっかけは、インターンやったりとか、留学行ったりとかってそういう新しいことに挑戦するようになったので、怖いものがなくなって、自信持てるようになってますね。
本間ユミノ:
ありがとうございます。
鈴木さんの、一番大切なものでも人でもいいんですけど、挙げるとしたら何ですか?
鈴木 裕大:
うーん……。
やっぱり「無条件の愛」ですかね。
まだ、できてはないんですけど、自分に対しても人に対しても利益を求めずに愛を与える。
自分に対してだったら、自分の場合はすごく完璧主義で、「絶対やらないと」って目標を高く設定しすぎて満足できないとか、スタバもうまくいかなくて自信が持てないとかあったんですよね。
今は不完全な自分でも、無条件に愛してあげようっていうのを意識してたりとか、他人に対してだったら、相手に利益を求めるんじゃなくて、相手をまず応援するとか相手にまず何かをしてあげるっていうのをちょっとですけど意識しながら行動してます。
本間ユミノ:
誰かのための方が頑張れるってお話があったと思うんですけど、相手のことを考える気持ちはどこから来るんでしょうか?
鈴木 裕大:
多分ですけど、いきなり相手のことを考えるのは難しいと思うんですけど、誰かのつらい過去とか悩みとかを聞いたときに、自分としては助けたくなったりとか寄り添ってあげたいってなるので、同じような経験をしたからだと思うんですけど。
相手のためっていうのは自然となりますね。
本間ユミノ:
同じような経験っていうのは高校生頃の経験ですか?
鈴木 裕大:
そうですね。
本間ユミノ:
人生を3章ぐらいに分けるとしたらどの辺りで分けられそうですか。
鈴木 裕大:
一章は中学生、二章は高校生、三章は大学生以降ですかね。
本間ユミノ:
その心は。
鈴木 裕大:
中学生まではすごい楽しくて、全く悩みとかもなかったんですけど、高校入ってから人を感じるようになったというか。
自分が鬱になったりとかを経験したときに、人生について考えたりとか、人生に本気で向き合うってなったのが高校生の頃で、そこら辺がターニングポイントなので、自分の夢の「ビッグになりたい」っていうのも、挫折経験がなかったら絶対思わなかったし、自分のビジョンとかもなかったと思うので。
そこから自分のやる気みたいな原動力が出て、大学生入って行動に出て、いろんな行動をしてるって感じですね。
未来:被害者と加害者がいたら、被害者だけじゃなくて加害者も助けたいです。
本間ユミノ:
今から5年後、10年後、またそのずっと先の鈴木さんが死んでしまう時っていうところまで想像していただいて、未来についてどんなイメージをお持ちですか。
鈴木 裕大:
未来については、すごく楽しそうだなって思っています。
ワクワクします。
自分の場合はすごい不器用なので、すぐに何か成功するとは思わないんですけど、必ずどこかでいろんな夢が実現できてるなと確信しています。
老後っていうか、自分のやりたいこと全部叶っているっていうのは確信してますね。
本間ユミノ:
やりたいことっていうのは「ビッグになる」っていうことですか。
鈴木 裕大:
「利他性に溢れた社会」「弱さを吐き出せる世界」にしたいと強く思ってるんで、そういった面プラス自分の20代でやりたいことリストとか行きたいところとかもすごいたくさんあるので、そういうやりたいことは全部できる環境は整ってるなと。
本間ユミノ:
「弱さを吐き出せる社会」は、具体的にどうなったらそういう社会になると思いますか?
鈴木 裕大:
自分がそういう文化を作ればいいかなと思っています。
10人集まるイベントでも、8人が弱さを吐き出してたら残りの2人も自然と吐き出せる雰囲気になると思うので、世界全体を見たときも同じことかなと思うので、まずは、組織の上に立ってる人とかじゃなく、下にいる人とかちょっと弱い立場の人とかが吐き出せるように自分が向き合っていれば、強がって隠している人たちも弱さを吐き出せるようになると思うので。
被害者と加害者がいたら、被害者だけじゃなくて加害者も助けたいです。
本間ユミノ:
加害者も助けたいというのはなぜですか?
鈴木 裕大:
家出したとかイジられキャラだったっていうのも関係してるんですけど、過保護で育てられてきて、実はお母さんとお父さんもなかなか愛されない家庭で育ってみたいなのを知ってはいたんですけど、だから過保護だったんだって最近思うようになって。
自分をイジってきた子たちも裏で何かあったりとかって時に、この世に差別とか不条理ってそもそもないなって思って、あるのは「人間の弱さ」だなって思ったので、加害者側も何かしら人間の弱さがあって、それってやっぱり向き合わずにいじめとか差別とか、そういった方向で隠してるからこそ根本的になくならないな、と。
自分はそういう人間の弱さと向き合うことが、貧困とか全体的な不条理の解決につながると思っていて、やることとしては、人間は人間の弱さに向き合ったら吐き出せるようになるというか隠す必要もない。
ベストは吐き出せる環境があれば弱さを隠す必要もないし、吐き出せれば何も苦しいことはないので、そういった世界にしたいと思います。
本間ユミノ:
「吐き出せる」っていうのは「隠さない」に近いイメージですか。
鈴木 裕大:
そうです。「隠さない」。
自分がやってるサードプレイスのイベントも、そういった居場所を作りたいなと思っています。
そういった会社みたいなものをゆくゆくは僕が作って、それも世界のいろんなところにあればいいなと思います。
本間ユミノ:
自分で考えることがなかった時代と、いろいろ行動に移している時代のギャップをすごく感じるんですが、その一番のきっかけはなんでしょう。
鈴木 裕大:
大きいきっかけは、やっぱり高校3年間の鬱病の頃かなって思いますね。
そこで1回どん底に落ちたときに応援ソングにすごい救われて、今でもライブに行くんですけど、「No.1」とかそういう応援する歌詞があったときに、「まだ負けてらんないな」みたいな、「こっからだ」みたいな感じで、この3年間が応援ソングのおかげで原動力になってそれが今の行動力に繋がったところはあると思います。
本間ユミノ:
もしもの未来についての質問なのですが。
もしも鈴木さんの人生において、高校生時代に挫折を味わわなかったとしたら、中学生時代の楽しい時代のまま続いている人生だったとしたら、どういう人生になっていたと思いますか?
鈴木 裕大:
それだったら多分、スターバックスのバイトを続けてたと思います。
多分その人生だったら、人生が楽しいので、無理して上を目指す必要もないと思った…。
うん、そうですね。多分昇格できなくてもそのままやってたと思うので、スタバのバイトをずっとやって、スタバやり切ったからそこそこいいとこついて、安定して結婚して、みたいな。
本間ユミノ:
学生団体立ち上げたりとか、休学して世界1周したりとかっていう未来はありそうですか。
鈴木 裕大:
いや、ないですね絶対。
多分目指そうと思ってないんですよ。挫折してなかったら多分上を目指そうという気持ちはなかったと思います。安定でやってたと思うので、そこはだいぶ違いますね。
本間ユミノ:
ちなみに、スタバのバイトはなぜ始めたんですか。
鈴木 裕大:
スタバのバイトは三つ上の姉が1人いるんですけど、その姉がスタバのバイトをやってて、それで親にやってみれば?って言われたのがきっかけですね。
本間ユミノ:
なるほど。それも親御さんの意見で。
鈴木 裕大:
そうですね。
本間ユミノ:
親に言われたことをやらなくなったみたいなポイントはどの辺りですか?
鈴木 裕大:
去年のインターンを始めたタイミングからですね。
1つめのインターンを始める時にはOKもらったんですけど、スターバックスのバイトと並行しながら1学期はやっていて。
でも、インターンに集中したかったのでスタバを辞めるって決断をしたんですね。
そのときに、親としたスタバにいる自分を見たかったらしくて、絶対やめて欲しくないって言われたんですけど、自分はスタバに意義を見出せなかったので辞めるって言って、そこから自分の意見っていうのはちゃんと持つようになって、1つ決断ができたからこそ今は決断に迷いがないというか、どんどん決断していくっていうのはそこが大きなターニングポイントです。
本間ユミノ:
それでは、最後に、言い残したことをお伺いしています。
遺言のようなものでも、この記事を読んでくださっている読者の方向けでも、鈴木さんご自身に対する独り言でも大丈夫なので、最後に言い残したことをお願いします。
鈴木 裕大:
人生は頑張らない、と思っていて。
人生はただ楽しむだけって考えてまして。
自分の場合は、「頑張れ」とか「頑張ろう」とかって言われると、結構視野が狭くなっちゃってなかなかうまくいかないことが多かったので、今はもう「楽しもう」って決めてます。
結構、「ちょっとは頑張らないとダメだよ」って言われるんですけど、自分はもうただ楽しむだけで、そのマインドでできてるので、今の日本は頑張る人が多いと思うので、楽しんでいきたいですねとお伝えしたいです。
本間ユミノ:
ありがとうございます。
あとがき
大学3年生の時、何を考えて生きていたっけ。
好きなアイドルの握手会の日程とか、バイト先のシフトもっと入れたいとか、サークルのカラオケオール行こうか行くまいかとか。
「やりたいことをやろう」って気付いたのなんて、30代突入してからだし。
なんだか自分が恥ずかしくなって。
でもこんなに素晴らしい若者が、社会のことや世界のことをこんなに真剣に考えてくれているなら、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなと思うのです。
世界を見て、何を感じるのだろう。
【インタビュー・編集・あとがき:本間ユミノ】

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