家庭教師の人
むかしむかし、ある村に、教え上手な若者が住んでいました。村人たちは彼のことを「教えの人」と呼んでいました。
教えの人は、村の子どもたちを集めて、その子一人一人の個性に合わせた教え方をしていました。勉強が苦手な子には優しく、理解力の高い子にはより深い学びを与えるのです。
ある日、村一番の腕白小僧が教えの人のもとにやってきました。誰も手に負えない子でしたが、教えの人は根気強く接しました。
「勉強は楽しいものなのですよ」と、腕白小僧の興味を引くように、虫取りをしながら生き物の話をし、木登りをしながら重力の話をしました。
次第に腕白小僧は勉強に興味を持ち始め、やがて村一番の賢い子になりました。
このうわさは近隣の村々にも広がり、多くの子どもたちが教えの人のもとを訪れるようになりました。
教えの人は言いました。「教えることとは、その子の中にある光を見つけ出し、輝かせることなのです」
そして「一人一人に合った教えがある」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年07月01日01時11分に書く無名人インタビュー1113回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは 秋山夕日 さんです!
年齢:40代後半
性別:男性
職業:家庭教師
音声バージョンもあります!
現在:15年やった時点ではやり尽くしたなぁと思ったんですけど、その後さらに10年やってみたら、なかなか勉強というか教育って終わりはないなっていう。
qbc:
今、何をしている人でしょうか?
秋山夕日:
今は個人事業で家庭教師をしてます。
qbc:
家庭教師はどれぐらいされてるんですかね。
秋山夕日:
広島で始めて、今年が25年目になります。
qbc:
25年。
秋山夕日:
実は1冊目の本を書いた時っていうのがちょうどキャリアの15年目だったんですけど、一旦そこでその教育の仕事、生徒さんに直に勉強を教える仕事を辞める決断をしたんですよ。
やり尽くしたかなという気がしてですね。なんですけど、 1冊目の本を書いた後、読者の方とかからいろいろ感想いただいて。まだやり続けなきゃいけないことがあるんじゃないかっていう意見をいろいろいただいて、それでもうしばらく続けてみることにしたんですよね。
で、25年になるんですけど。25年やってみて、15年やった時点ではやり尽くしたなぁと思ったんですけど、その後さらに10年やってみたら、なかなか勉強というか教育って終わりはないなっていう。そういう感じに今はなってます。
qbc:
15年目のタイミングでやめようっていうのは、自分がもうやらないっていう?
秋山夕日:
そうです、もう二度と。他の仕事、全く他の業種に就こうかなっていう感じで。いろいろと理由はあるんですけど、15年間すごい忙しかったんですよね。その15年に関してはもう毎日20時間近く働いて年中無休だったんですよ。まぁそれぐらい一生懸命やってたんで結構やりたかったこともできたし、やれるようになったし。あとはちょっと年齢とともにその頃は30何歳かな、37歳とか38歳だったんですけど、僕。体の方にもいろいろ病気が出たりしたんで、そういうことが理由で一応やめようと思ったんですけど。
qbc:
そもそも教師をされたきっかけっていうのは何だったんですか?
秋山夕日:
僕は広島に26年ぐらい前に引っ越してきたんですけど、その前は東京にいて大学院生やってたんですよ。で、まぁ当時付き合ってた女性の方とは東京で知り合って付き合い出したんですけど、その女性の方は大学を卒業した時に実家が広島だったもので、広島で就職されたんですよね。で、僕は東京で大学院生になったんで、まぁ遠距離恋愛になったんですよ。 1年遠距離恋愛してみたらいろいろとうまくいかないというか、このままだったら別れちゃうんじゃないかなと思って。ただ、僕はもう当時はその女性と結婚したかったんで、それで急に広島に。それまで来たことなかったんですよね、広島に。知り合いも当然 1人もいないし。
qbc:
ご出身はどちらだったんですか?
秋山夕日:
出身は大阪です。
qbc:
大阪。
秋山夕日:
はい。で、急にもう何の準備もなく広島に来ることになって。大学院も中退で、当時就職氷河期の2年目とか3年目ぐらいだったんですよ。だから、やっぱり仕事をまずどうにか探さなきゃいけないと思って。一応自分自身が勉強はできる方だったんで、勉強を教える仕事ができるかなと。だいぶ甘い考えでやり始めたんですけど、実際苦労しましたね。自分が勉強できるってことと生徒さんに教えるっていうことは全く別だったんで。それがきっかけですね。
qbc:
続いた理由って何ですかね?向いていない、難しいなと思ったときに続けた理由っていうのは?
秋山夕日:
やっぱりさっきも言いましたけど、急に広島に来て頼れる人とかもいなかったですから、仕事がなくなると生活できなくなるっていうのがまず 1つありましたし。あとはだいぶ苦労したんですけど、当時最初は予備校とか塾で雇っていただいて、そのキャリアをスタートしたんですね。その時にお世話になった先輩の講師の方がすごい助けてくれて、この仕事を続けるやりがいっていうのも聞かせてくれて、もうちょっと続けて、なんとか自分の中で一定の結果が見えてくるまでは続けようっていう、そういう感じでやれたんですけど。
qbc:
独立されるのはいつ頃になるんですか?
秋山夕日:
まず最初の5年間、 1つ目に雇っていただいた予備校、塾と予備校が両方あるようなところで5年働いて、その後ヘッドハントされて2つ目の塾予備校どっちもあるところで3年働いて、8年働いた時点で独立しました。
qbc:
独立した理由っていうのは?
秋山夕日:
やっぱりですね、雇われてると会社の方針、特に会社に利益を残さなきゃいけないんで、生徒さんのために自分が一番良いって信じることが結構やりづらいんですよね。例えば塾とか予備校ってのはノルマがありますんで、自分が何人の生徒さんを教えるかとか、一人の生徒さんに何コマの授業を月にとっていただくとか、そういうノルマがあるんですけど、生徒さんの志望校とか現在の学力を考えた時に、取っていただく必要のある授業とそうじゃない授業ってあるわけですよ。だけどさっきの塾予備校の収益のこととか経営のことを考えたときに、ノルマがあるので生徒さんに必要のない授業も取るように、言葉悪いですけど、仕向けたりさせられるという環境があって、そういうのがあまりよろしくないなぁと思って。幸い8年間、すごいハードワークで当時はお金も貯まってたんで。自分が信じることをやりたいなという思いで独立したんですけど。
qbc:
ちなみにハードワークって結構たびたび出てるんですけど、ハードワークしてた理由って何なんですか?
秋山夕日:
やっぱり目の前の生徒さんの期待に応えたかったんで。それなりの目標とやる気を持って来てくれてるんで、自分ができることはもう何でもやりたいっていうふうに。当時は僕も20代で体力気力がすごいありましたからね。健康もまだ全然悪くなくて。で、そうやって一日20時間も働いてたらお金使う暇がないんでたまっちゃいましたね。
qbc:
あーなるほど。で、 1冊目の本の内容ってどんな内容だったんでしょうか。
秋山夕日:
それまでの15年間のキャリアで小学生、中学生、高校生、浪人生、全学年に教えたんですよ。しかも、ちょっと変わってるんですけど、教える教科も高校生の理科以外は僕 1人で全部教えれるようになってたんですよね。だから全部教えてたんです。全学年ほぼ全教科を 1人で集団授業でも個別指導でも教えれるようになってたんで、そういう先生って広島の予備校業界とか塾業界見渡しても当時は僕しかいなかったんですよね。だから、広島の地方紙の中国新聞さんとかもそういった理由で僕を取材してくれたりとかしたことがあって。
で、その経験は書き残しておく価値があるかなと思って。 1人で全学年ほぼ全教科を教えたからこそ言える生徒さん向けの勉強法とか、あるいは塾の選び方とか。そういうことがあると思って、それを書き残して引退しようかなと思って 1冊目は書いたんですけれども。
qbc:
はい。で、その読者の方に呼び戻されてということですよね?
秋山夕日:
そうですね、ある意味。
qbc:
その後はどういう進路になってるんですか?
秋山夕日:
やっぱり同じように個人事業で。もうキャリアの9年目から独立してましたので、1冊目の本を書いたのはキャリアの15年目ぐらいなんで。だから引退するのはやめて、もう 1回やろうってなった時に同じように個人事業で、 1人で家庭教師の形で。それまでよりは個別指導を主体にやるようになりましたね。やっぱり家庭教師なんで、集団授業もやることはあるんですけど、 1対 1で個別指導という形でやる時間がそれまでよりは増えていったっていう感じですかね。
qbc:
その理由っていうのは何かあるんですか。
秋山夕日:
僕は集団授業も個別指導もキャリアの25年で見るとどっちも同じぐらいの時間やってるんですけど、個別指導のいいところっていうのは、やっぱり生徒さんごとの個性とか特徴に合わせたことがしやすいっていうのがあって。どうせ家庭教師でやるんだったら、個別指導の方にウェイトを置いてもいいかなと思って。集団授業をやらなくなったわけではないんですけどね。当時、個別指導塾とか家庭教師の派遣会社っていうのも増えだした時期で、世の中に集団授業より個別指導の方が子供のためになるんじゃないかって考える保護者の方も増えだしてた時代だったんで、そういうこともあって個別指導の時間を増やす。それ以外は基本的にはやり方はあまりそれまでと変えてはないんですけれども、そういう感じでやってみました。
qbc:
その後も呼び戻されてからでも本を書かれてるんですけど、どういった経緯で?
秋山夕日:
それはですね、2冊目の本っていうのは 1冊目の本を書いたら、これが思いのほか売れてしまって。反響がいろいろ出て、読者の方とかを中心にすごい質問が来たんですよ。1冊目の本の内容をより深掘りするような。2冊目の本は、だからQ&A形式でそういう読者の方とかからいただいた質問に答えるっていう形の本を、教える仕事もしながら同時並行で書いたっていう。で、2冊目の本はたまたまなんですけど、その1冊目の本を読んで質問をくれた方が小学生の生徒さんの保護者の方が多くて。 1冊目の本は小学生、中学生、高校生、浪人生の方全員に向けたような、勉強のハウツー本っていう感じだったんですけど、2冊目はQ&A方式で、結構小学生の生徒さんの保護者の方の質問に答えるような、その分量が多くなったような本になりましたね。
qbc:
では3冊目は?
秋山夕日:
3冊目っていうのは、やっぱり広島って伝統的に中学受験がすごい盛んな都道府県なんですよ。で、2冊目の本ですごい小学生の生徒さんがやっぱり中学受験に関わることを聞いてこられたんで、じゃあまた小学生の生徒さん向けに、僕がやってることの中で、世の中でまだあんまり同じようなものがない本が書けるなと思ったんで書いたんですけど。その3冊目の本っていうのは、小学生の6年間の間に国語辞典を 1冊丸ごと本のように読み通すために、保護者がどういうサポートができるかっていう、そういう本を書いたんですけれども。
qbc:
なるほど。 1冊まるまる読み通すという?
秋山夕日:
国語辞典は調べるものではなくて、読み通すものであるっていう、そういうキャッチコピーというか、そういうテーマで。実際、僕もそれまで何年間も自分が教えた小学生の生徒さんに国語辞典1冊読み通してもらってきてたんですよ。それが国語のみならず、他の教科の学力アップにもすごい効果的なんで。ただ毎日数ページ読んだらだいたい 1年ぐらいで読み終わるんですけど、毎日数ページ国語辞典を読み続けるのってなかなか大変じゃないですか。で、どういうことに注意したら続けれるのかっていう、続け方のコツですよね。特に保護者の方がお子様にどういう声がけをしたり、どういうサポートをしたら続けやすいかっていう小学生の生徒さんの保護者の方向けの本ですね。
qbc:
何が起きるんですか?学力とかその具体的にこう変わるんだよみたいなのがありますか。
秋山夕日:
まずはですね、やっぱり一番大きいのは毎日読むということです。普通の小学生用の国語辞典だったら、トータルのページ数が800ページ前後とかなんですね。なんで1年ぐらいで読み終わろうと思ったら、毎日2ページとか3ページとか読まなきゃいけない、ものによっては4ページとか5ページとか読まなきゃいけないんで、毎日少しずつ物事を継続する習慣が身につくっていう。これがやっぱり大きいですね。それはもうあらゆる勉強とか、社会人になって仕事するようになっても、継続的な努力っていうのはすごい一生の財産になるんで、まずそれが大きいです。
で、もう一つは当然国語の学力がすごい上がります。読んでる間に語彙力とかついてくるし、あと、すごい長い本を読むことになるわけですよね。本として見た時には800ページぐらいあるんで。で、そういうのを 1回できた生徒さんっていうのは他の長い本、普通の小説とかも恐れずに読めるようになるんですよ。800ページの小説ってなかなかないですよね。なんで国語辞典が読めれば、普通の小説は全然もう抵抗感とか恐怖感なく読めるっていう。
そういう意味で国語の学力はすごい上がりますね、これをやった生徒さんは。あとさっき言いましたけど、国語以外の教科への波及効果がすごいですね。国語以外の教科っていうと、算数とか理科とか社会とか、英語とかもそうですけど、日本人である以上、必ず国語の文章で設問読んで問題解いたりするじゃないですか、テストの時に。だからその国語力っていうのはもう他の全教科に関わることなんで、やっぱり国語の学力が上がってきた生徒さんっていうのは、他の教科も得意不得意によらず上がってはいくんですよね。テストの点数とか、受験の際の模擬試験の偏差値とかですね。なので、僕は大変いい方法だと思ってて今も続けてますね。
qbc:
ストーリーがないじゃないですか。
秋山夕日:
そこですよね。ストーリーはないんですけど、こういうところに注目して読んだら割と面白く読めるものですよっていう、ストーリーは勝手についてきますよっていう、そういうコツを書いた本なんですね。
qbc:
単純にとびとび読んだりっていうならまだ理解できるんですけど、隣り合った2ページ読むと近い言葉が並んでて、より退屈感を感じるんじゃないかなと思ったんですけど。
秋山夕日:
そういった考えもあるかもしれないんですけど、例えば最近の小学生向けの最新の国語辞典って各出版社がいろいろなものを出してるんですけど、ご覧になったことってあります?
qbc:
ないですね。
秋山夕日:
我々、世代がすごい近い年齢だというのを僕、拝見してるんですけど、我々が小学生の時に使ってた国語辞典と今の国語辞典は全然違うんですよ。もう各社すっごい工夫を凝らしてて。図とかも多いし、イラストも多いし、例文も例えば僕が進めている小学館の国語辞典とか、例文ほとんどがもう、ドラえもんのキャラクターが登場する例文だったり。
qbc:
ああー。
秋山夕日:
なんで結構言葉の羅列で確かにあ行から読み出したら、何の規則性もつながりがない、意味的には何のつながりもないような言葉が続くんですけど、それでも読めるんですよね。いくつか読み続けるための、こういうことに注目したら面白いよというポイントがあって、そういうのを守りつつ、保護者の方が上手に声がけしていったら結構読めますね。僕も全ての生徒さんに国語辞典を読むというのを強制するわけではないんですけど。強制することが好きじゃないんで。だけど、読み始めて700ページ800ページある国語辞典の最初の20ページ30ページが読めた生徒さんはもう最後までいきますね。もう気づくんですよ、自分で。面白いしこれは読めるっていう風に。読むスピードもどんどん上がっていきます、読めば読むほど。
qbc:
じゃあ国語辞典を読むのは面白いんですね。
秋山夕日:
面白いですね。
qbc:
なるほど。なるほど。
秋山夕日:
僕自身が実は小学生の時に大人用の三省堂の新明解国語辞典を5、6年生の2年間で 1冊読み通したんですけど、ほぼそれだけで中学入試突破してるんですよ。そういう自分の経験もあったんで、どうやったら面白く読めるかとか、それなりにいろいろ経験もあったので、そういうのも踏まえながら。
例えば僕大阪出身だってさっき言ったんですけど、関西人ってだいたいお笑い好きなんですよね。で、僕が小学生の時ってまさにダウンタウンとか千原兄弟がまだ、なんばグランド花月っていうところで、漫才とかをまだちゃんとやってた時代なんですよ。いわゆるテレビの司会者とかテレビタレントっていう形じゃなくてですね。そうするとボケとツッコミってあるじゃないですか。国語辞典って言葉の説明読んでたらツッコミどころ満載なんですよ。なんやその説明っていう、説明になってないわっていう。例えば、そういう説明に対して自分でツッコミを入れながら読むとかですね。今の子どもたちってテレビなりyoutubeなりが発達してて結構関西的な芸人とか漫才のボケツッコミとかそういうのが全部全国的なものになってるじゃないですか。だからそういう突っ込んでいくっていう読み方あるよっていう。僕が本の中で書いたのが、国語辞典で寿司っていう言葉を引いたら、お寿司のネタになる主な魚のイラストとか生息地がその国語辞典に書いてあるんですよ。で、それぞれの言葉がいろいろあるんですけど、寿司ネタにいくらってあるじゃないですか。このいくらだけは「イクラ」っていうロシア語から来ているっていう風に書いてるんですね。で、サザエさんにイクラちゃんっているじゃないですか。他はね、全部日本風の名前ですよね、カツオとかワカメとか。イクラちゃんだけロシア語系っていうね。
qbc:
あー、なるほど。
秋山夕日:
なんじゃそりゃ?っていうようなツッコミとか、マジかっていう。そんなん書きましたけどね。面白いですよ、読んでたら。
qbc:
それで次の4冊目はどういうふうに?
秋山夕日:
4冊目はつい先月5月の末に発売されたんですけど、4冊目は先ほど言った、僕が広島で教育者キャリアを開始して、ちょうど25周年ということで、それまでの3冊の本を出していただいてた出版社の方から企画をいただいて、記念出版ってことで。出版社さんが広島で30何年やってる老舗の出版社さんで、広島の地域に密着した出版物が多いんですね。歴史とか医療機関とか。そこで広島の中学受験の事情に特化した受験のハウツー本を書かせていただきました。
qbc:
いかがでしたか。その節目に、また広島で出版されたということは。
秋山夕日:
僕のキャリアはもうずっと広島で積んだものなので。広島のことに詳しいし、逆に言うと広島以外の他の都道府県のことっていうのは、そんなに偉そうに語れるほど知ってるわけじゃないんで。そういった意味ではディープな本になったかなと。広島に住んでいる方にとってはかなり面白い本になったんじゃないかなと思います。
qbc:
たまたまっていう言い方ですけど、離れることも可能だった広島で、かつお仕事に関しても離れることが可能性としてある中で、継続されているっていうのはなんで?
秋山夕日:
やっぱりまずは東京で大学院辞めて、当時付き合っていた女性と結婚する覚悟を固めて広島に来たので。当時の大学院の僕の指導教官が、広島に行ってこの就職氷河期の時代にすぐ就職が決まるかもわからんし、結婚するって言ってもすんなり行くかどうかわからんから、大学院っていうのは4年ぐらいは休学っていう形で籍は残せるんで、籍を残していったらどうだ、いつでも帰ってこれるようにしとくから、って言ってくださったんですよね。僕の大学院の師匠が。でも、僕はもう広島で骨をうずめて結婚もしてっていう覚悟で行くんで、お気持ちはありがたいんですけど、背水の陣というか退路を断っていきます、みたいなかっこいいこと言って出てきたんで。
広島に来た時に、その彼女と実はすぐ別れることになったんですけどね。でも、別れた時に、広島で頑張らなきゃいけないよなっていう。東京をそういうふうにして出てきましたんでね。
で、いざ塾予備校に雇っていただいたら、次から次に生徒さんが毎年来ますんで、さっきも言ったように、やっぱり目の前の生徒さんに教え始めると、なかなか途中でやめるっていうことは難しいんですよ。責任が出てくるんで。なので、そういったことですよね。それで続けることになって、それで10年前に今の妻と結婚しましたんで。妻は生まれてから僕と結婚するまでずっと広島で育って広島で仕事もしてた女性なんで、もう結婚してからは広島に骨を埋めるっていう決断をして、今に至りますね。だから、結婚も大きかったですよね。10年前ですからね、結婚したの。
qbc:
ちなみに大学院では何を勉強されていたんですか?
秋山夕日:
専攻は社会学です。
qbc:
社会学。その時のキャリアってどういうイメージだったんですか?
秋山夕日:
その時ですか?僕はですね、実は中学 1年生の時からエレキギター弾き始めて。将来の職業はプロのヘビメタギタリストになりたかったんですよ。
qbc:
ヘビメタだったんですか?
秋山夕日:
当時のメタリカとかメガデスとか、あの辺りに影響を受けて。で、本気でプロギタリストになりたかったんで、本来大学受験もするつもりはなかったんですよ。もう高校卒業したら東京か福岡のライブハウスで活動してプロを目指すっていう感じで、毎日10時間ぐらいギターの練習を、中学高校の時してましたし、実際21、22歳の頃に音楽事務所からCDを 1枚出してみないかっていう契約の話も来たんですよ。
qbc:
バンドではなくて?
秋山夕日:
バンドです、バンドとして。なんですけど、そのバンドがその 1枚目のCDに収録する10曲ぐらいかな?それを完成させる前にバンドが仲たがいで、ドラムの奴とベースの奴が大喧嘩して空中分解したんで。その後僕はもうバンドに懲りて、ギタリストとしてスタジオミュージシャンみたいな形で仕事できないかなって。そういうギタリストとして、まだ一応プロとしてお金をもらえる仕事はしてたんですけど、生計を立てれるほどにはなってなかったんで、他のアルバイトをしながらプロとして生計立てれるまでの時間を稼ぐために大学院に行ってたっていうのが正直なところで。だから大学院に行って社会学の勉強は一応してましたけど、それでその大学に残って准教授とか教授になるとか、そこで得た専門知識を使って将来就職するとかっていうことは全然考えてなかったんですよ。ところが、先ほど言った、大学院辞めて広島に来たのが26年ぐらい前なんですけど、それをきっかけに結婚も考えてたんで、ギタリスト路線というのは、まぁそこで一旦やめて。それで塾予備校で生計が立てれるようにしてみようかなっていうような感じで。だから大学院に行った時は全然そこからつながるレールに乗るっていうイメージはなかったですね。
qbc:
ありがとうございます。現在にまた戻るんですけど、普通に趣味っていうのは、他にあったりしますか?
秋山夕日:
読書が趣味です。趣味とは言うものの、こういう仕事してますんで、仕事のために読んでるっていうところも大きいんですけれども。
qbc:
趣味的な読書ってありますか?例えばこの本は趣味だなっていう本とか。
秋山夕日:
それももちろんあります。仕事のために読んでる本、仕事と趣味両方を兼ねてる本、完全に趣味だっていう本、それはありますね。
qbc:
そういうところだと、趣味的な本はどんなのを読むんですか?
秋山夕日:
最近趣味的に読んでる本は漫画になりますけど、『銀河英雄伝説』っていう、元の小説も僕が中学生ぐらいの頃から大好きなんですけど。それが何度も漫画化、アニメ化されてますけど、その最新の漫画版ですね、藤崎竜っていう人が書いてる漫画を読みます。
qbc:
まだ出てるんですか。
秋山夕日:
まだ出てますね。連載続いてます。もちろん元の小説も今でも読みますし。
qbc:
あれ?小説は完結してますよね?
秋山夕日:
小説はもうとっくに完結してます。
qbc:
性格は人からなんて言われるんですかね?
秋山夕日:
人からですか? せっかち。気が短い。
qbc:
自分ではどういう性格だと思うんですか?
秋山夕日:
そう思います。
qbc:
広島のおすすめの食べ物って何ですかね。
秋山夕日:
広島の人はこの言い方嫌うんですけど、広島風お好み焼き好きですね。僕、大阪生まれ大阪育ちだったんで、大阪のお好み焼き食べてきたんですけど、やっぱり全然広島のお好み焼きの方が美味しいですね。僕はそう思います。
qbc:
広島の人はあれがお好み焼きなんですか?
秋山夕日:
広島の人はあれをお好み焼きと言う。広島風なんて言いません。
qbc:
はいはい。
秋山夕日:
で、あとは牡蠣ですね。この二つですね、僕の広島のおすすめの食べ物は。
qbc:
地元の方は牡蠣は、どうやって食べるのが一般的なんですか。
秋山夕日:
いろんな食べ方で食べますよ。生牡蠣で食べれるものは生で食べるし。焼く人もいるし、僕はカキフライとかしてもらうことが多いですけど。読書が趣味って言ったじゃないですか。で、仕事でも結構目を使う仕事なんで。生徒さんの答案の採点とか。目が疲れた時に牡蠣を食べると、すっごいいいんですよね、僕の目には。亜鉛がたくさん含まれてるからなのか、目が疲れた時に牡蠣を食べたら、次の日目覚めた時とかすごい目がすっきりしてて頭がよく働くんです。なのでその辺がおすすめなんですけど。
過去:僕の人生って、女性絡みで結構大きな変化が起こってるんですよ。
qbc:
じゃあ過去、子供の頃はどんな子供でしたか。
秋山夕日:
それは小学生ぐらいの頃のことですか。
qbc:
そうですね、覚えている限り最初の記憶で。
秋山夕日:
保育園とか小学校の頃。最近妻が僕のSNSアカウントから発信してくれたんですけど。もう保育園や小学校の時から、大人から見ると反抗的な子どもだったんじゃないかな。当時からロック精神、ヘビメタを後々やることになるんですけど、ロック精神あふれる子供だったのではないかな。
幼稚園の時はですね、最近妻が発信してくれたエピソードで、幼稚園生ってスモック着るじゃないですか、お遊戯の時間とか。僕スモック着るのが嫌で、なんで嫌かっていうと動きにくくなるからなんですね。滑り台の時とかスモックの裾が噛むじゃないですか?着たくなかったんですけど、幼稚園ではそれが着ることが規則で。幼稚園の先生がなんとか僕に着せようとして、お遊戯の時間これを着たら動きやすいからって僕を説得にかかったんですよ。で、僕は、いや、どう考えても動きにくいでしょって。滑り台の時とか棒上りの時とか邪魔でしょうがないって言って、その理由だと幼稚園の先生おかしいなって。制服とか下に着てる服が汚れないために着るっていう理由だったらまだ理解できるけど、動きやすいから着なさいっていうのは先生が言ってることの方がおかしい。幼稚園の時にそうやって論破して母親が呼び出されたんですよ、幼稚園の先生に。でも着ませんでした、僕は一回も。
qbc:
はいはい。
秋山夕日:
あとは、エピソードとして小学生だけじゃないんですけど。小中高、大学大学院と、宿題課題を一度も出したことがない。
qbc:
え、一度も出したことない?
秋山夕日:
一生で一度も出したことないです。 それはもちろん中高の時はそのせいで殴られました。毎日のように先生に叱られ。でも僕は殴られてもそっちの方がよかったんで。宿題やるぐらいやったら自分が好きな本読みたいっていうタチだったんで、そんな無駄なことに時間かけてられないっていう確固たる信念があったんで、甘んじて暴力を受けてました。
qbc:
なんでそんなに反抗していたというか。
秋山夕日:
反抗というか、僕からすると自然なことなんですよ。さっきのスモックも僕はちゃんと僕なりの合理的な理由があって、相手が言うことがおかしいと思っただけで。宿題もなぜ宿題出さなかったかというと、小学生の時は、どうせやっても全部できたからです。勉強得意だったんで。やったら100点満点のものをやる必要ないじゃないですか?それぐらいだったら、僕は自分が今読んでる本を読む方が勉強になると思うので読ませてください、って小学生の時からずっとそうやって言ってきて。それを認めてくれる先生も何人かはいました。小学生でも 1人いたし。中高でも国語の先生の中には何人かいましたし、大学大学院では完全に認めてくれましたね。課題を出さなくても最後の単位認定のテストとか単位認定の小論文、それでちゃんと内容のあることを書けば、課題を出さなくてもちゃんと単位くれたんで、大学と大学院とかは。中高の時が苦労しましたね。殴る先生が多かったんで。
qbc:
そもそも学校に行かないっていう選択肢は取らなかったんですか。
秋山夕日:
学校は友達が好きやったんで行ってました。やっぱり友達と遊びたかったんでね。
qbc:
本当にちっちゃい頃、幼稚園とか保育園とか遊びとしてはどんな遊びをしてたんですか?
秋山夕日:
普通ですよ。僕、大阪って言いましたけど、大阪の中でも一番南で、大阪に唯一の村、千早赤坂村っていう村があるんですよ。もう和歌山に近いんですね。すごい田舎で自然だらけだったから、それなりの遊びをしてましたよ。カブトムシ、クワガタムシを取りに行ったり、カエルとかカメを取りに行ったり。友達と。そんな感じでしたね。
qbc:
ご両親はどのように育てられましたか。
秋山夕日:
両親は、そのど田舎の中に団地があるわけですけど、その団地の商店街で電気屋やってたんですよ、自営業で。で、すっごい忙しくて、親父もおかんも。もう放任ですね。もう仕事以外に子どもにかまける時間なんてなかったんで、ほったらかされてました。たまに幼稚園とか小学校の先生から 呼び出されることはありましたけどね。呼び出されても、別にそれで父親とかおかんが僕に何か言ったわけじゃないんですよ。ああしなさい、こうしなさいと、そこは言われたことがないですね。
qbc:
それで、高校がラ・サールになるんですかね。
秋山夕日:
中学高校ですね。中学から寮に入って、6年間鹿児島で過ごしました。
qbc:
それは受験した理由は?
秋山夕日:
親父と仲悪かったんで。大阪の自宅から通う学校に行ってしまうと、親父と毎日顔合わせて喧嘩になるから。だから僕、中学受験したのも理由はたった1つで、寮のある学校に入って親父と顔合わせんようにしたいっていう、それだけだったんですよ。だから受かった学校も寮のあるラ・サールと愛光。寮のない学校でラ・サールと愛光より簡単な学校は全部落ちましたから。
qbc:
それはロックだからですか。
秋山夕日:
今思えばそうなのかもしれないけど。ロックギターに目覚めるのは中 1の半ばぐらいなので。やっぱり友達が洋楽でかっこいいヘビメタバンドのメタリカとか聞いてて。その影響を受けてバンドやってる友達が中学にいて一緒にやりだしたのがきっかけだから、そこからは意識的にロックを気取り出したところがあると思うんですけど、それまでは自分としてはごくごく理にかなったことを言ってて大人の方がおかしいと思ってたんですけどね。さっきのスモックにしろ、宿題にしろ。
qbc:
じゃあ、大学も入れたから東大に決めたということですか。
秋山夕日:
いや、それがさっきも言ったように大学行く気なかったんですよ。ギタリストになりたかったから。で、もちろん一応進学校と言われる高校だったから、ちょくちょく進路面談ってあるんですよね。僕はその度に大学受験は全くせずに卒業したら、鹿児島から近くの福岡が音楽活動が盛んで、あるいは遠いけど東京が音楽活動が盛んなんで、どっちかでライブ活動してプロを目指しますって、そう答えてたんですけど。
高3の進路指導の時に、先生やっぱり僕、大学現役合格目指して大学受験しますって、初めて言ったのが高3の5月連休明けですね。その理由っていうのが高3の5月連休、連休だったから、寮から実家のある大阪に帰ったんですよ。ただ僕は親父と仲悪いんで大阪の実家にはいたくなくて、大阪の友達の家を泊まり歩いてたんですね。そしたら、そこで久しぶりに地元の友達と遊んだら、地元の友達の友達とかとも交流が出てくるじゃないですか。その中にすごいかわいい女の子がいたんですよ。で、いろいろその子と話しているうちに、僕はその子のことが好きになって。で、その子の進路を聞いてみたんですよね。同じ学年だったから。その子は大阪の北野高校っていう今でも有名な、大学の進学実績がすごい公立高校があるんですけど、そこの子だったんですよ。それとなく聞いてみたら、高校卒業後の進路は、東京の大学を受験して合格したら行くということだったんですよ。で、僕も元々東京で音楽活動というのは一応選択肢にあったから、東京で大学受験して東京で大学生やってたら、その女の子と会い続けられて交流が途絶えないかなって。もっと言うと、同じ大学の同じ学部に行けたらもっとチャンスは広がるかなという。そういう邪な考えで。で、ただその女の子と交流が進むうちに、女の子の志望校が最初は東京の大学って聞いてたからどこかなーって思ってたんですけど、東大の文Ⅲだったんですよね。その女の子の志望が。で、まぁそれと同じ大学、学部行こうと思ったら気合入れて勉強せないかんなと思って。それで高3の時に当時僕文系だったんですけど、担任の世界史の先生に、今まで散々ヘビメタギタリストになるから大学受けないって言ってたんですけど、東大の文Ⅲ第一志望で行きたいと思います、って言って。絶対無理やから 1浪覚悟せえって言われましたけどね。もう学校のテスト勉強とか全然してなかったし、授業もほとんど真面目に受けてなかったですから。ギターの練習ばっかりしてたんで、学校の成績とか模擬試験の成績がすごい悪かったから、先生がそういうのは当然なんですけど。ただ、僕としては 1年浪人したらあまり意味がないんで。その女の子と同じ学年になれないから。だから、そこから本気で大学入試のための勉強を始めたんですけど。すごいそれまでの人生で読書してたんであまり困りませんでしたね。読書がすべてを賄ってくれたっていう感じで。
qbc:
その女の子とはその後どうなったんですか?
秋山夕日:
同じ大学の同じ学部に両方受かりました。で、入ってからしばらくは付き合ったと言えるのかな。割と親密に3ヶ月ぐらいは過ごせたんですけど。そのうちに彼女の方がテニスサークルに入って、同じテニスサークルに、もう外見はかっこいい、頭はいい、テニスは高校の時インターハイに出てる、家は金持ちという男の子がいて、彼女はその子と付き合い出しましたね。
qbc:
お互いいきなり東京に来てですもんね、確かに選択肢がね、環境が全然変わっちゃいますもんね。
秋山夕日:
そうそう。一方、僕はその頃はもう髪の毛も変に長くてもうヘビメタギタリストという感じやったんで、女の子なら誰でもテニスサークルの男を選ぶかなと思いますね。
qbc:
自分の人生の転換点みたいなものがあったとしたら、どこになりますか。
秋山夕日:
いや、だから今お話しした通り、僕の人生って、女性絡みで結構大きな変化が起こってるんですよ。
qbc:
そうですね。指摘していいかどうか迷ったんですけど。
秋山夕日:
それは僕の、今結婚して妻になっている女性にも全部言えてることだし、何より今の妻と結婚したことも、僕の人生にはもうすごい大きな転換点というか、大きな影響を与えてますね。特に子供を授かったし。そこは今の妻と出会ってなかったら、また僕は違う人生。おそらくは今よりあまり良くない人生を歩んでたと思いますよ。だからやっぱり女性が鍵かもしれないです。
qbc:
最初はお父様で、その後は東京広島での生活、そしてご結婚が人生の大きな転機という事ですね。
秋山夕日:
そうですね。
未来:教育と戦争って両立しないんですよ。僕は自分の教え子が戦争の被害者になってほしくないし、加害者にはもっとなってほしくないです。
qbc:
では未来について聞いていきたいのですが、この後の5年、10年、20年、そして最後に自分が死ぬというところまでイメージした上で、どんな未来を今思い描いていますか?
秋山夕日:
自分が死ぬっていうことは結構17、 18の頃からも割と実感があるし、常にそういうことを考えてきたんですよね。結構哲学的なところがあるんで。だから大学大学院も専攻は哲学とか現代思想とかそういうものも勉強できる社会学部にしたんですけど。その後専門的に勉強するのは数学に関することになりましたけどね。いろいろあって。
というのが高校生の時に仲の良かった友達が交通事故で急に死んだんですよ。やっぱりそれがあってすごい人って急に死ぬもんだなって、もうその頃からずっと思ってるんで。で、そのショックで、ある朝起きたら急に髪の毛の両側が白髪になったりとか。なかなか立ち直れなかったんですよ。そういうのをきっかけに、哲学の本とか宗教学の本とか読むようになって、人は死ぬもんなんだなって考えながら。だから、さっき仕事でハードワークっていう言葉、僕、言いましたよね。もちろんその環境はありますよ。生徒さんがいたら責任があるからやめられない、なかなか簡単にはやめられないっていうのもあるんですけど。僕の中で明日死ぬかもわからんから、今日できることは全部するっていうのがあって。もうそれだったら明日急に死ぬことになっても、あまり後悔はなくて済むんじゃないかなっていうふうに思ってやってきたんで。
qbc:
本って何冊ぐらい読まれますかね。
秋山夕日:
読書量ですか?一番読んでた時は月に300冊ぐらい読んでましたね。
qbc:
何歳ぐらいの時ですか?
秋山夕日:
それは教育系のIT企業で5年働いている時ですね。
qbc:
20代ってことですか?
秋山夕日:
年齢で言うと33歳から38歳ぐらいかな。要は僕、さっき個人事業で家庭教師やり始めたって言いましたけど、それをやりながら、一時期自分の修行のために必要な会社に入社して、そこで勤務するということをしてるんですよ。で、その会社に就職するときに、僕は個人事業でこういう仕事やってるんで兼業を認めてくださいって、面接の時にそういうことを言って、二足のわらじを履いてる期間っていうのが何回かあって。その33歳から38歳の時に家庭教師もやりながら、教育系のIT企業でアプリとかpcソフトとか、あとはリモート教育、当時スカイプとかグーグルハングアウントが使われだした時代だったんで、そういうのを使った教育の新たな可能性っていうのを試してみたいなって思って。で、やってた時に何か知らんけど、その会社で出世しちゃって、ベンチャー企業でできたばっかりの会社だったんですけど。最後は総合戦略室長という取締役の次ぐらいになっちゃって、会社全体の企画会議の取りまとめとかをやらなきゃいけなくなって。いろんな知識が必要なんですよね。ブランディング、マーケティング、組織コンプライアンス、ガバナンス。あと法律ですね。教育系のコンテンツ提供してたんで、知的財産に関する法律知識、著作権の知識とかもいるし。その会社で働いてる時に2級知的財産管理技能士の資格取ったりしたんですよ。その時はもういろんな本を読んで、勉強しなきゃいけなかったんで、仕事中に本を読んでいいっていう風に社長からも言われてて、その5年で一番読んだ時は 1ヶ月に300冊ぐらい読んでましたね。
その次に多かったのは、大学大学院の時で、月に100冊ぐらい読んでました。本を読む時間だけはすごいあったんです。なんせ講義に出ないし、課題も出さないわけだから。大学大学院合わせて6年弱東京にいたんですけど、その間は毎月100冊ぐらいは読みましたね。
qbc:
子どもの頃の読書量は、逆にどうでしたか。
秋山夕日:
読書を本格的に始め、量が多くなりだしたのは小学5年生です。例の国語辞典を読み出した頃ですね。
qbc:
なるほどねー。
秋山夕日:
その小学5、6年生の2年間は月に10冊ぐらいは読んでたかな、割と難しい本を。
qbc:
ベストの 1冊って言うと難しいと思いますけど、この 1冊って言ったら?国語辞典でもいいですし。
秋山夕日:
結構僕、ベストの 1冊を考えると、候補は漫画が多くなるんですよ。漫画から学んだこともすごい多くて。先程の読書量は、活字の本ですが、漫画はその倍ぐらい読んでるかな、少女漫画とかも含めて。
だから、活字の本と漫画それぞれでこの 1冊をあげろとかって言われたら、活字の本だったらさっき言った『銀河英雄伝説』ですかね。生徒さんにもよく勧めるし。で、漫画だったら難しいんですけど、『ジョジョの奇妙な冒険』ですかね。
qbc:
第何部とかは?
秋山夕日:
やはりそれを聞いてこられますか?さすが、同じ世代。僕第6部までかな、ちゃんと全部読んでるのが。で、やっぱり好きなのは第3部、第4部。空条承太郎が出てくるところが好きですね。他も好きですけどね。他も好きなんだけど、第3部、第4部が好きかな。空条承太郎がキャラクターの中で気に入ってるんで。
qbc:
もしも未来の質問をしていて、もしも女性での転換点がなかったとしたら、どんな人生になったと思いますか。何か違うものがトリガーになったかもしれないし。
秋山夕日:
そうですね。まず最初の女性の転換点がなければ、僕は大学に行かずに、ヘビメタギタリストになろうとして、ただそれも蓋を開けてみたら、やっぱり一生生計を立てれるほどのものにはならなかったんで諦めたんですよね。だから、大学行かずにヘビメタギタリストの活動を続けて、どこかで挫折して、そこから就職っていうことになったでしょうから、大学も東大も出てないわけですから、教える仕事とかに就こうとは思わなかったんじゃないかな。
qbc:
はい、はい。
秋山夕日:
じゃあ教育以外の就職活動、しかも高卒という学歴でね。ヘビメタギタリストで挫折してっていうことでやるわけだから、だいぶ違った人生になってたんじゃないでしょうかね。
qbc:
やりたいことって、第三の選択肢みたいなのは?
秋山夕日:
実は子どもの時に僕が生まれて初めてなりたいと思った職業は、漫画家なんですよ。やっぱり漫画が好きだったんで。
qbc:
なるほどね。
秋山夕日:
で、漫画も書いたんですよ、小学生ぐらいの時に。ところが絵が下手で伝わらないんですよね。周りの人に。しかも、この絵の下手さやったら漫画家は無理やって、いろんな人に言われちゃって、へこんじゃって。で、今は生成AIとかで一応絵は描けるじゃないですか。ストーリーを考えるとか、関西人なんで漫才とかコントのネタのようなものを考えるのも好きだから、それはできるんで、今からでも漫画家やれんかなとか思う時はありますね。さっき将来のことって言われたじゃないですか。明日死ぬかもしれないっていう思いで、今やってる仕事を、生徒さんからの要望があって、自分の体力が続く限りはやりたいと思ってるんですけど。だけど、もし僕に老後の余暇のようなものがあれば、そういう漫画家的な活動とか。
qbc:
へー、はいはいはい。
秋山夕日:
あとは今、数学に関することを専門的に勉強していて学会にも入ってるんで。大学とか大学院には所属せずに在野の研究者的な感じで。老後の余暇みたいなものがあったら、数学に関する博士論文を書きたいなと思うことはあります。大学院途中でやめたんで、そういうのができればなと。
qbc:
人生で一番楽しい瞬間、楽しいことって何ですか?
秋山夕日:
今は職業柄、生徒さんが合格した時ですね。受験とか、あるいは他のテストでも英検とか、生徒さんが目標としているテストとかありますよね。テストに限らず、例えば僕とかは学習障がいをお持ちの生徒さんとかも結構見てきてるんで、その生徒さんなりの目標というのがあるじゃないですか。そういうのを達成して、ありがとうございましたって言ってもらえる時が一番いい瞬間ですかね。嬉しい瞬間ですね。
qbc:
ありがとうございます。最後の質問ですね。最後に言い残したことはありますか。遺言でも読者向けメッセージでも、独り言みたいになってもいいです。最後に言い残したことがあればお伺いしております。
秋山夕日:
今のご時世、世界中で戦争が増えてきている流れじゃないですか。僕、本にも書いたことあるんですけど、教育と戦争って両立しないんですよ。で、僕は自分の教え子が戦争の被害者になってほしくないし、加害者にはもっとなって欲しくないです。今、世界中で戦争が増えてるのは大人がやってることで、それで子供が犠牲になってるんですよ。実はさっきの国語辞典の本の印税は全部、ウクライナで戦争のせいで教育を受けられなくなった人のために使ってもらえるよう、寄付してるんですよ。僕の元生徒さんがそういう活動をしていて。
だから僕は、今の生徒さんに教科の知識以外にも、教育と戦争ってのは両立しないってことを伝えるようにしてます。特に僕、広島で教えてるんで、広島の原子爆弾の歴史もあるので。だから少なくとも僕に教わった生徒さんはそういうことを真面目に考えてほしいっていう。僕も娘が小学 1年生で、僕の世代は日本は一応戦争に大きく関わることはなかったですけど、これから先はどうなるかなってすごい心配なんで。だから、若い世代、今の子供達の成長、成熟にそこは期待するしかない。そこはメッセージとして常に発信してますけど、この度のインタビューでも強調したいところです。
あとがき
世界をがんばりたい!
インタビュー・あとがき:qbc
【編集:komima】

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