【無名人インタビュー】ベビー系教室運営、個人事業主コンサル、商業出版、年商1千万達成、オンラインサロン運営 からの、インドネシア移住
▷イントロ
私って10年前にSNSの会社にいたんですよ。でも、それはいち会社員としてであって、個人がどのようにインターネットでお金を稼いでいたかなんていうこととは、まるで違うことやってたんですね。
で、10年たって、今回無名人インタビューやそれにまつわるネットでのコミュニケーションで個人のネット商売事情を知るにあたって、えーこんなに活発に動いて、こんな風にやっていたんだなあ、と思った次第です。
で、今回の中野美紀子さんは、そういうネットでの成功という意味では、ほとんどトロフィーコンプリートじゃないかなと思います。ブログからのリアル教室運営、商業出版、オンラインサロン運営。で、今海外と。
で、まあ、話した印象は、ゆったりしてる、でした。もちろん今住んでらっしゃるのインドネシアなんでゆったりもありますが、心に奥行きあるんですよね。
ただ情熱もはっきりと持ち合わせてる。稀有。
それでは中野美紀子さん回、どうぞ。(ああ私も本名できっちり表に出たいわ)
1、最近恒例逆インタビュー
qbc:おはようございます。
中野:おはようございます。お願いします。
qbc:早速ですが、どんなインタビューにしましょうか?
中野:もう全然ノープラン。
qbc:おお。では、なぜ無名人インタビューに興味を持っていただいたポイントってどこだったのでしょうかね?
中野:面白いって直感で思ったんです。
有名人を取り上げるっていうことはいろんな人がしたりとか、勝手に話題になると思うんですね。でもなんか無名人というか、人って誰でも、一人一人すごく素晴らしいストーリーを持っていると思うんですね。
無名人インタビューを自分も受けることで、、私のストーリーも誰かに響くことがあるのかなって思いました。
qbc:中野さんも絶対におもしろいと思います!
ところで、中野さんて、商業出版もされていらっしゃいますよね。中野さんて、もうちょっと有名人って言っていいんじゃないんですかね?
中野:そう。無名人って何なんだろうって私も思ってたんです。
話題に取り上げられている人たち、誰もが知っている人たち、名前を言えば知ってるのが有名人なのかなって。そういうイメージがありますね。
qbc:なるほど。
中野:それにしても、すごいインパクトありますね、この無名人インタビューって。笑
qbc:ありがとうございます。語感と字面の勝利ですね。
実はもっと積極的にやりたいと思っているのですが、記事制作に時間がかかりすぎて、告知に力は入れてないんですね。
できればインタビューする人じたいも増やして、どんどんいろんな人の話を聞きたいなと思ってはいるんですけれども。
中野:あーなるほど。チームみたいなのを組んでということですか?
qbc:そうですね。
教会で懺悔するというのがあるじゃないですか。無批判に、自分の話をえんえんと聞いてもらうという機会。それに近いことになるのかなって。
家族でも友達でもない相手に、ただただ自分の話をすると。
インタビュー受けていただいた方の話じたいもおもしろいんですが、それとは別軸で、受けていただいた方が楽しんだりすっきりしたり、頭の中が整理されたりということがあるみたいなんですね。
で、この輪を広げていきたいなと思っています。
中野:そうなんですね。いやぁ素晴らしいです。
qbc:完全に逆インタビューですね。
中野:こういう企画をしてるインタビュアーさんはどんな人なのかな、っていう妄想をしていて。だからすごい楽しみにしてたんです。
qbc:いやー、ただの40過ぎたサラリーマンですよ。
もともと小説を書いてて、小説でよく「どんな人でもその人の人生は一本の小説になるよ」なんて言いますが、それをアレンジして具体化させた感じですかね。小説だと仕上げるのに時間がかかってしまうので。
「その人そのもの」をどうやって伝えるか、が今の課題ですかね。話してる内容だけじゃなくて、私の感じた臨場感をどうやって読者のも与えるのか、ということを考えてますね。
クオリティアップですね。
すみません、インタビュアーが話してしまって。
私、よく喋っちゃうんですよね。
中野:いやぁすごいよかったです、聞かせていただいて。
2、インドネシア:スマトラの人
中野:今私はですね、本当にスマトラ島の僻地というか、村。ちっさな村。
外国人もいないし、日本人もいないし。現地の人の小さな集落というか。
そんなところで暮らしています。旦那がインドネシア人なんですね。
qbc:なるほど。
中野:ここが旦那の実家です。戻ってきたというかそんな感じです。
でもね、当初は日本で結婚して、当分日本で暮らす予定だったので、家も買っていたんです。
老後、インドネシアのリゾート地に住めたらいいよね、みたいなイメージを膨らましてたくらいで。
qbc:はい。
中野:何故か、なんかジャングルの中にいるみたいな。笑
qbc:メディアには、普通の生活の部分はとりあげられないですからね。
中野:そう。だから例えばバリ島で、老後にリタイアして住む人をイメージしていたんですが、全然イメージとはかけ離れています。
「うん、こんなところに来てしまった」みたいな。
でも自分の中ではネタにはなるなっていう感じでおもしろがってはいるんですけど。
自分自身ではね。
qbc:なるほど。インドネシアというのは旦那さんのご実家ということで分かるのですが、タイミングはどうしてなんでしょうかね? なぜ、今このタイミングで?
中野:そこがね、色んなことが重なったんですけど。一番大きかったのは旦那が潰瘍性大腸炎という難病にかかったことですね。
qbc:あ、安倍さんの?
中野:まさに本当にそれになったんですよね。
もしかしたら日本の生活がストレスになっていたのかもしれないとすごい思って。
日本の暮らしが彼は14年目だったのかな? ずっと日本社会で働いてきたし、もう一生分働いたんじゃない? インドネシアでのんびりしたら? って。
もう本当に体を休めるっていう感じで。
ちょうどその時に義理の母が脳梗塞で倒れたのも重なって、このタイミングで帰っとく? いつか帰るって言ってたしねって。
それから、子供がちょっと学校に行き渋ったりとかもあって。
すごい色んなことが重なって、「行け」と言われているのかなって感じで。
じゃあもう全部処分して帰ろうかって言って、うん、こっちに来ましたね。
qbc:家も売却ですか?
中野:不動産さんからは売れないよって言われていたんですが、すごく良いお値段で売れて。ローンがまた残っていたんですが、ローンも返却できる値段でした。
それに、その次に住んでくれるファミリーが、何回も下見に来てくれて。家具を置いていって欲しいって言ってくれたんですよ。処分のお金もかからずに済みました。
なんかね、すごいパーフェクトな移住だったんですよ。笑
qbc:なるほど! それが去年の?
中野:2019年の4月ですね。
qbc:生活のほうは、どうですか? ざっくりですが。
中野:やっぱり最初はきつかったです。
実はこの村ね、私10回目なんですよ。毎年帰ってきてて、里帰りをしているので。
突然来てびっくりみたいなのはなくて、知っててきていたんですが、やっぱり暮らすってなると。
洗濯機は最初なかったし、トイレも古いトイレでトイレットペーパーがないんですね。自分の手で拭く感じなんですけど。水で。最初は大変でした。
でも何よりも、水風呂が大変でしたね。
qbc:なるほど。
中野:常夏だから仕方ないのかもしれないですがね。
水風呂だから、お風呂はだいたい4時ぐらいまでには済まさないといけないんです。寒くなっちゃうから。
40過ぎての水風呂ってめっちゃきつくって。体がきゅーってなると言うか。
qbc:冷えるってやつですよね。
中野:なんかね。何がって水風呂が一番きつかったっていう。笑
qbc:へぇー
中野:本当はもっときついことあるやろって言われるんですけど。いや水風呂はきつい。どんだけあったかい国でも水でお風呂はきつい。
qbc:お風呂って贅沢なんですよね。
中野:贅沢です。ずっとお風呂に浸かり続けていた人間が。水でってね、もう、本当に。
だから家を改装してね。自分の部屋というかバスルームにシャワーをつけて。だから今はお湯でシャワーをしています。
qbc:給湯器はつけられるんですね。
中野:つけられるんですよ。だからそれをつけて今はシャワーをしてるんですけど。でもね、停電があるんですね、こっち。
だから便利にはしたものの、停電があってシャワーしてる時に突然出なくなるっていうことが起きるんです。
お湯が出ない、水が出ない。で、泡まみれで数分待つっていうこととかもあったりするんですよ。
だからやっぱり現地の人がしてる暮らしに合わす大切さみたいのがあるんかなって。
便利にしたからいいっていう訳じゃなかったんだなっていうのを、今ちょっと思ってます。
3、インドネシアの時間間隔:ジャムカレット
qbc:精神的な部分はどうですか?
中野:気持ちの面はね、結構日本にいた時よりはいい感じですね。笑。
いい感じですってすごい漠然なんですけど。やっぱりね。
リラックスしてるんですよね。
誰もね、肩に力が入ってないっていう。
qbc:はいはい。
中野:いい意味ではなんかそうなんですけど、悪い意味では怠けてるというか働かないというか、ゴロゴロ昼寝というか。
なんかそういうのんびりゆったりしている人たちに囲まれてるから、自分も嫌でもそうなるというか。
そういう意味ではすごく気持ちが楽になりました。いろんなプレッシャーから逃れられたというか。ローンもなくなったし、お金、住む・暮らすのにそんなにお金もかからないし。
だからなんもせんでも生きていけるって言ったらあれですけど。
完全に現地の人と同じ暮らしをすれば、働かなくても生きていけるかなというくらい。
でも、贅沢もしたいし、年に一回は日本に帰りたいというのがやっぱりあるので、その交通費くらいは蓄えておこうとは思っています。
qbc:もう、話した感じでゆったりしているなというのは感じておりました。
これは、テキストの自動書き起こしの精度が上がりそうだなと。喋るのが早いと書き起こせないんですよ。
中野:よかった。笑
でもね、日本のペースに合わせるとイラッとすることもあるんですよ。
時間とかね、約束とかもあんまり守らないから。
お友達と約束して木曜日一緒にサイクリングしようねって言ったら、まあよっぽどの用事がなかったら予定通りになると思うんですけど、気が乗らなかったらやめるって言うのが結構あって。
幼稚園のママさんの集いとか、バーベキューするって言ってすごい楽しみにしてたのに、なくなったりとか。そのなくなるっていうのがしょっちゅうあるんですよ。
qbc:へぇー。
中野:それがね悲しいというか残念というか。子供は楽しみにしてるのにがっかりするから、もう期待するのはやめようねって、家族で話しています。
qbc:インドネシアの人たちにとっては平気なんですか?
中野:全然平気です。そういう人たちなので。文化というか。予定は未定の確率の方が高いっていう。
大体その前日ぐらいまでに連絡がこなかったらもうないと思っといた方がいいって、旦那が。
やらない時は、連絡がないままの時もあるんです。
qbc:へええ。
中野:ジャングル暮らしなので、遊ぶものが無いんですよ。だから遊ぶ予定というのはめちゃくちゃ嬉しいんですよ。やったーっていう。
でもそれがなくなるとショックなので、期待をしないということを最近ようやく学んだっていう。
時間に対しての考え方が、全く違うんだと思います。
こっちの人たちは自分たちでも言ってるんですけど「ジャムカレット」っていう言葉がインドネシア語にあって、ジャムって時間なんですね。カレットってのゴムなんですね。
時間はゴムのように伸びたり縮んだりするっていうのを彼らはことわざのように言っていて。
だからね、時間っていうのが伸びることもあるし、なんかゴムのような感覚でいる。
4、インターネットで成功する
qbc:インドネシア移住以前のお仕事の話をお伺したいです。
中野:2009年に長女を出産したんですけど、その時は、製薬会社向けのコンサルティング会社に勤めていました。
結構出張が多い仕事で、大阪に住んでたんですけど、飛行機で東京に行ったりとか、滋賀に行ったりとか、色んな製薬会社のところに出向くっていうのが多かったんですね。
qbc:はい。
中野:私はそれがすごい好きで、基本的に移動が好きなんですよね。違うところを見たりとかするのがすごい好きなので。
それが気に入ってたのに、突然出産をして、在宅勤務を始めたんです。
すごいいい会社で、ほんとパソコン一台で仕事ができるから家でいいよって。
でも、自分のやりたいことじゃないことが仕事になっちゃったから。
qbc:なるほど。
中野:それがすごいショックというか。左遷された気持になっちゃったんですね。産後で気持ちが乱れてたっていうのもあるんだろうけど。
今思えばめっちゃいい会社なんですが。
さらに、家でやってると赤ちゃんが泣くじゃないですか。思うようにできないんですよ。
今までできていたものが出来なくなった。
結構キャリアを積んでやってきていたので、すごいショック。
できなくなった自分が嫌になっちゃって、子育ても嫌、全部嫌になっちゃったんですよ。
qbc:はい。
中野:そんな時に、旦那が趣味を見つけて楽しいことでもしたら? って言ってくれたんです。
で、私ベリーダンスが好きで、今もやってるんですけど、オンラインで検索をしたらベビーダンスというのを見つけまして。
あれーっなんやろって見たら、赤ちゃんを抱っこして踊るっていうダンスで。
お母さんはストレス発散になるし、子供はその揺れが心地よくて寝るよっていう。
で、当時夜泣きでも悩んでいたのが、ベビーダンスをやったらすぐに寝るようになって、寝かしつけの負担がなくなったんですよ。
qbc:おお、すごい。
中野:これはすごいと。自分は踊って楽しいし、子供は寝るし。今までは寝かしても寝なかったものがなんだこれ!! って。
それで、私がベビーダンスを知った時というのが、ちょうどベビーダンスが生まれてから間もない頃だったんですね。ベビーダンス協会というのが生まれた時ぐらいの年で。
それでインストラクターの養成講座のお話があったんです。
こんな状況で先生とかって無理かなって思ったし、それなりのお値段するけど、楽しそうだし養成講座を受けることにしたんですよ。
で、楽しくってそのままブログを開設して、ベビーダンス始めますよ! みたいなことをスタートしたんですね。
qbc:おお!
中野:で、当たり前なんですけど、全然人が来なくって。
私ね、初めてのブログ開設だったんで、すっごいバカだったんですよ。ネットで発信をしたらみんなが見て、なんかすごいことになるんじゃないのって思って。
ブログを書いてえーいって出して、すごいことになるーって思ってたのが、ちーんになった。
これも衝撃で。え? 誰もけーへんの? って思って。
ベビーダンスこんなすごいのにと思って。
qbc:はい。
中野:それで初めて、見せ方であったり、まず知ってもらわないといけないとか、いろんなことに気づいたんですよね。そこからブログ集客を勉強し始めました。
で、とにかく夢中になって。
なぜって、そのベビーダンスを知って欲しいっていう情熱が半端なくて。
もうお金とかじゃなくて、とりあえずもうベビーダンス広めなアカン! っていう自分の中で勝手な使命感があって。
qbc:自分が悩んだ時に出会って、助けられたダンスですもんね。
中野:塾に入って勉強して、とりあえず3ヶ月頑張りましょう、3ヶ月が勝負と思って、それで3ヶ月頑張ったら本当にお客さんが来始めて、そっから1年ぐらいの間に、4つの教室を展開することになりました。
自分で近所の公民館とか借りて、各教室定員10名くらいでやったんですけど、一つの教室が満席になってしまうので、もう一つ違うところで開こうかってなって、するとまたそこが満席になって、と。どの教室もキャンセル待ちになるぐらいに人気になって。
qbc:すごい。
中野:とにかくすごい楽しかったんですよ、ベビーダンスが。
で、私の子育てを楽しくしてくれたツールがアメブロだったんですが、そのブログでも、お友達とか仲間がたくさんできていったんですね。
めちゃくちゃ楽しくって。
そんな中、私の教室運営のをやり方を聞きたいっていう人が出てきたんですよ。
でも私が教えることはない、なぜならその塾で学んだことをやっただけっていう感じやったから。
qbc:はい。
中野:だから私のお世話になった塾をおススメしたんですよ。
でも、なんかそうじゃなくて。美紀子さんに聞きたいみたいな。
ベビー教室をやって、その教室の運営みたいなところも聞きたいから
。集客だけじゃなくて、運営もプラスアルファ教えてほしいみたいな。
qbc:はい。
中野:集客の部分は塾で教わったことなんですけど、運営の部分、ママさんとのやり取りとか、コミュニティ作り、運営方法は自分だったんですね。そこを教えてほしいと。
それで、コンサル業もちょっとやってみようとやり始めたんです。
そしたらそっちがもうめちゃめちゃ忙しくなって。
qbc:おおお。
中野:当時、ベビー系は稼げないというのがアメブロの常識だったんですよ。
そんな中で、私はベビー系もビジネスになるで! っていうのを逆に見せたいと思って、意地になってがんばったみたいなところもあります。
ベビーダンスだけで普通のOLぐらいの収入が得られるようになったんですよね。4つの教室運営をして。だからベビー系でも行けますよ! っていうのを看板に掲げました。
そしたら、来たんですよ。すごい。
今まではベビー系無理! が常識だったのが、ベビー系いけるって結果を出してる人がいて、その人がコンサルタントをやってる、ということですごい人が来てくれたんですよね。私もびっくりするくらい。
5、成功してしんどくなった
中野:コンサルタントを始めたのが、そこがすごい転機でした。ぴゅーーーーんって私が急成長した年です。
コンサル業とかセミナー業が驚くくらいに入ってきて、それがもうベビー系に特化しなくなってきていました。コミュニティ運営とか、何かの協会をやっている人の代表の人から声をかけられて、その協会で講座をするとか。
本当に多方面から一気に声がかかるようになって。新しいブログを立ち上げてやったんですけど、以前のベビーダンスブログの人たちもまた新しいブログの方にも来てくれて、そこから沢山色々お仕事をもらって、本当に全国北海道から沖縄までセミナー講師として呼んでもらえたりとか。本当に良い経験をたくさんさせてもらったんですね。
qbc:おお、素晴らしい。
中野:そこまでは良かったんですよね。そこまでは本当に。
何も考えずに楽しくやっていて、結果がそうなったっていう。
だから目標ってなかったんですよね。
qbc:はい。
中野:自分がベビーダンスに救われたから、恩返しとして、困ってるお母さんにまたベビーダンスを伝えたい、そんな情熱だけでやっていて。
コンサルに転身した時も、ベビー系で稼げないって言われていたお母さん達に、稼げることを伝えて。お母さんたちだから、だいたい10万円から20万円ぐらい欲しいっていう希望なんですね、それくらいだったら自分がやったことだし出来るよ、っていうのをやっぱ言ってあげたかったんですよね。本当に稼げるママさんたちも増えていきましたし。
qbc:なるほど。
中野:だから、そこですごい満足だったんですよ。
はずだったんですよ、私の中では。
すごい良かったんだけど、でも、やっぱり環境がそうさしてくれなかったっていうか。
周りから、中野さんもっといけんで! もっと上目指さな! みたいに言われて。
そこからね突然ね、私目標を立てることにしたんですね。
何かわかんないけど。
で、なんか当時流行ってた年商1,000万円を稼ぐみたいな。
その波に自分もなんか乗ったっていうか。
qbc:うんうん。
中野:で、そこからやったことというのは、全部逆算なんですよ。
1,000万稼ぐためにこのセミナーをやります、このコンサルを何件取ります。
今までと逆になったんですよね。
今までは、楽しいことをずっとやってただけだった。
知らんけど、4つ教室なってたとか。
知らんけど、コンサルの道が開けたとか。
全部結果が後だったはずが、結果という目標を先に持ってきたら、ちょっとおかしくなってきた。
たぶん、このやり方が合う人もいと思うんですよ。でも私は。
qbc:はい。
中野:でもね、私は、1,000万みたいな目標を掲げた瞬間、つまんなくなっちゃったんです。
つまんないプラス苦しくなったんですよ。
でもやらないといけない。
私の周りは目標を達成してるし、そうやってやってきてるし。
それをやらないと自分は一緒にいれない、はみ出す気がして。
でもそれは、勝手に自分がそういう気がしていただけなんですけど。
qbc:なるほど。
中野:でも、まぁとりあえず行くとこまで行ったんです。
もうね家族が崩壊状態ですよ。笑
子供二人いたし、一人は生みたてだったし。
でも、そんなことを無視して何かやったんですよね。
もうなんか今振り返ったら、申し訳なさがいっぱい湧き上がってくるんですけど。
でもまあ達成したっていう喜びがあって。
いわゆる起業家さんが目指す1,000万の世界ってこんな世界なんだ、っていうのを味わいました。
あ、でもワンクールだけですよ。ほんとね、ビギナーズラックみたいなもんですよ。
qbc:いや一回でも達成したらすごいことですよ。経験です。
中野:ワンクールだけ。一回だけやって私はそれでガクンと。
なんじゃこれって言うか、これが自分のやりたい人生やったんかなみたいな。
人生を見直すきっかけになったのがそこだったんです。
お金も散財しました。次の勉強のためにに何十万とか。ちょうどお金がいるタイミングが重なったんですよね。
qbc:不思議ですね。目標を達成したところで、これじゃないと気付く。
中野:で、そっから。
達成する前から疲弊してたんですけど、そこまで行かないと終われないって自分の中にあったんで。
で、その時に救われたのが今やっているコミュニティです。大人の自由研究。
自分が立ち上げたくせに救われたのがこのコミュニティで。
ほんとはね、高額会費の塾を生み出す予定だったんですよ。私の売上のための。
qbc:はい。
中野:さらに上に行こうと思って。
でも、全然自分の気持ちが乗らなくて。自分がしんどい。嫌だったんですよね。
6、初期の情熱に立ち返る
中野:そのタイミングで、インドネシアのこの村に休暇で来たんですよね。
疲弊して、次どうしよう、何の商品を売ってお金を生み出そう、ってなってた時に、このバニュマス村に休暇に来てて。
しかもね、凄いびっくりすることに、WI-FIを借りて行ってたんですけど、3ギガ制限とかの借りてきてたんですよ。そんなんで、メール受信したら一回で終わっちゃった。笑
qbc:3ギガ!?
中野:で、どうしようって。コンサルは、メールとかオンラインでやってたんです。
できなくなったから、町の友達のネットを借りて、その2週間ネットが使えなくなりましたっていうお詫びメールだけ送って、日本に帰って2週間プラスしますって。
私ね、ネットを断ったんですよ、2週間。完全に。
何もしないっていう体験をしたんです、ここで。
本当に何もしない。
昔は何もしないと気持ち悪かった。
なんかしなければってなってたんだけど。
qbc:はい。
中野:何もしないって2週間を過ごしました。
そこでオンラインサロンで、オンラインサロンっていう名前はその時なかったからオンラインのコミュニティですが、そこでみんなで遊びたい、と思ったんですね。
何かを頑張る、私がやってきた1,000万の頑張る主婦ではなくて、ママさんたちが来られる安い会費で。しかも楽しんでいたら結果が出た、後から結果がついてきた、そういうコミュニティがいいなぁっていうのがふと湧きあがってきたんですよ。
qbc:なるほど。
中野:で、日本に帰って安い会費で始めたんです。
それまで私の商品で全部高かったんですよ。セミナーは1万5千、コンサルが1回90分5万。それよりはるかに安い会費で。
それで、すぐに人も集まってくれて。最初は10人でやってたんですけど、中にいてくれた人たちが、会費が安すぎるって言ってくれて。
周りにこれ絶対入った方が良いって言ってくれて、そこからばばばばばーって月を重ねるごとに増えていって、80人ぐらいまで増えたのかな。一番多いときは100人ぐらいいた。
で、結局今6年目で今70人ぐらいのコミュニティなんですけど、もうそれがなんか自分の救いというか、楽しい場所になっていて。なんか人のためなのか自分のためなのか、よーわからんけど楽しくやっているっていうそんな感じです。
qbc:なるほど。ありがとうございます。繋がりました。
今インドネシアにいらっしゃるのと、それまでのご経験が。
中野:よかったです。
いろいろがんばった時期があって、でもこのがんばりは違うよね、みたいなことに気付いて。
それで、ベビーダンスを始めた時の情熱を思い出すかのようにコミュニティを始めて、今はそれをずっとやりつつ、自分がリラックスしているようにしています。
コミュニティの人たちも、代表者の気分やカラーに引っ張られるところがあるので。
だから自分がいつも心地よい状態でいるというのが、私の仕事だと思っています。
qbc:なるほど。今後どうするかっていうと、その状態を維持することなんですかね?
中野:そうですね。
今は楽しいから、このコミュニティを継続してやっていくっていうのが一つと。
あと今ギフト経済っていうのをちょっと勉強していて、稼ぐっていうのをめっちゃやった時にもう相当疲れたんですね。
qbc:はい。
中野:だからお金と交換するっていうんではなくって、循環、めぐらすっていうそういう経済の形を今生み出したいなと思っています。
今ここで、自然の中で自然の循環から学びつつ、自分も循環の中で何かをできないかな、と。
2018年に美紀子レンタルっていって、自分を無料で貸し出して、今までずっと高額でやってたものを無料でしたんですけど、そっから得た謝礼とか、人脈とかって大きかったんですよ。寄付いただいたりとか。
qbc:なるほど。
中野:自分が出したエネルギーっていうのは、お金がいくらって決めなくても、何かの形で帰って来たりするんですよね。
そういうのを言語化していきたいっていうのも思いますね。
qbc:はい。
中野:noteの仕組みもちょっとそれに近いものがあるなと思っていて、自分が人に響く記事を書いたらサポートしてくれたりとか、なんかこっちがサポートお願いって言ってなくても、誰かが記事を見て反応してくれたりとか。
私もともとwordpressでやってたんですけど、wordpressにも投げ銭ボックスつけてるんですね。従来のお金を交換する、サービスと交換するっていうのと、投げ銭の両輪で今はやってます。
qbc:そうですね。なにかもう普通の通貨の交換は、個人においては縮小しちゃうんじゃないかなって感じることはありますね。
中野:すごい楽しかったです。ありがとうございました。
qbc:こちらこそ。ありがとうございました!
▷アウトロ
いかがでしたでしょうかあ! 実はこのあと本文中の中野さんのサロンで開催しているオンラインバーに誘われて、深夜にメンバーの方たちとお話ししてきました。
個性豊かな方たちで、インタビュー申し込みもいただき、ぽつぽつ中野さん人脈シリーズあります。ありがとうございます。
アカウントのフォロワーも1,800を越えて、無名人インタビューのコンセプトも広がっていってるのかな、と実感しています。
他人の人生から教訓を導きだす、なんておこがましいのですが、中野さんにお話しいただいたことから、私には2つ、重要なことが。
一つはブログを始めたがお客さんがこない、それが自分の思い上がりだったと認めた時、また再チャレンジしたこと。失敗をふまえて。
二つ目は、楽しんだこと。目標を持つと苦しくなった。楽しむことだけに集中したらうまくいった。
諦めない心と、楽しむ心。特に、楽しむという感情が他人およぼす影響力というのは、はかりしれないものがあるんだな、と思いました。
隠さず言うべき。このインタビューは私のターニングポイント。
マガジンで過去インタビューも読めますよ!
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