20代の葬儀屋の人
お葬式って人生、そう何回もやるもんじゃないですよね。参列じゃなくって、喪主のほう。私qbcは30n半ばで父のお葬式、喪主しました。長男だったので。長男だから当たり前かなって思ったんですけど、一般的には配偶者みたいですね。
うちは別居してたから、それで母親はやりたくなかったのかな。それはそうか。
だから私だったのか。書いてて、今、気づいた。そんな当たりまえのことを、と思うかもしれませんが、あのときは、父が死んだときはパニックとまではいかないけど、さすがに緊張とか驚きで頭があんまりまわってなかったのかもしれないな。
で、その、お葬式は、初めて続きでさ、本来は父、故人のことを考える時間であるべきなんだろうけど、あんまりそんなこと考えてる暇なくて、あーあれどうしようこうしよう、あの人って初めて見る顔だけど、父の誰なんだ? なんなんだ? みたいに大変だった。
しかも別居先が父の実家で秋田だったんで、驚くべきことに弔問にきてくれた方たちのお言葉がなまっていて私にはまったく理解できなかった。日本語なんだけど、まったく。
もちろん、わからなくても感情はわかるからさ、わかるっていうか推し量るしかないけど、なんだかそういう言語の混乱みたいなのにまきこまれながら終わったお葬式だったね。
そのあと、私は一人で泣きました。お葬式って大事だよね。
と思う2024年5月4日16時42分に書く無名人インタビュー746回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは はる さんです!
年齢:20代後半
性別:不詳
職業:葬儀屋さん
現在:仕事とは、人の人生に触れる場所です。
くじらぐも:
今、何をしている人ですか?
はる:
葬儀社で働いてる人です。
くじらぐも:
葬儀社でどんな仕事をしていますか。
はる:
御式の司会進行を担当しています。
くじらぐも:
どんなふうに1日を過ごすんですか?
はる:
朝7時30分に会社に行って、勉強をしたり業務の準備をしたりして1日が始まります。7時40分頃に朝礼をして、その日の仕事に就く形ですね。家に帰るのは夜8時から9時ぐらいで、ご飯を食べて寝ます。
くじらぐも:
なるほど。仕事は楽しいですか?
はる:
楽しいです。
くじらぐも:
どんなところが楽しいですか?
はる:
人の話を聞くことが好きなので、御式の中で担当させていただいたお客様とお話をすることが楽しいです。
お客様は大切な人を亡くされた方なんですが、亡くなった人をとても大切にしているご家族やご友人の方が多くて。亡くなった方がどういう人だったのかという話を聞くのがものすごく楽しいです。
くじらぐも:
例えばどんな話をするんですか?
はる:
一番最初に話すきっかけとしては、故人様とどういった関わりなのかという質問です。そのあとに故人様が好きだった食べ物とか、一緒にした思い出をお話することもあります。
奥様を亡くされた方ですごく打ち解けてくださった方がいたのですが、お付き合いした馴れ初めをお話してくれることもありました。
毎回担当するお客様が違うので、色々な方の人生を知れることがすごく楽しいです。
くじらぐも:
これまで、印象深かったご家族の方はいますか?
はる:
パッと思い浮かぶ方は一人いらっしゃいますね。ご主人を亡くされた方なんですけど。
くじらぐも:
はい。
はる:
お寺様にお経を読んでもらっている最中に、ご主人への愛を叫ばれていて。
そんなに人のことを好きになれることって本当にあるんだ、とびっくりした経験でした。
くじらぐも:
なるほど。葬儀社に入って、心境的に変わったことはありましたか?
はる:
ありました。自分が苦しいときや大変なときは、助けを求める声を上げていいんだ!っていうことです。今の会社で働いていて、一番学んだことかもしれないです。
くじらぐも:
ご自身が大変なときに、助けられた経験があったんですか?
はる:
はい。私は物事をスムーズに進めることや急かされることが苦手なんです。だから会社から出されてる目標に対してうまくいかないことがあったとき、落ち込んでしまって。
そのときに同期がご飯に誘ってくれたり、同じチームや他のチームの先輩が声をかけてくださったんです。「一人じゃないからね」って言ってくださったことが、すごく自分の支えになっていました。
くじらぐも:
なるほど。プライベートでは、休日どんなことをしていますか?
はる:
人に会ったり、部屋の片付けをしたりしています。
くじらぐも:
会うのは友達ですか?
はる:
はい。中学や大学の友達と会うことが多いです。
くじらぐも:
どんなところに行くことが多いですか?
はる:
東京と神奈川がメインです。
くじらぐも:
レストランやカフェとか?
はる:
はい。
くじらぐも:
最近ハマっていることは何ですか?
はる:
二つあるのですが、一つは片付けをすること。二つ目は、『名探偵コナン』の劇場版のシリーズを見ることです。
くじらぐも:
片付けは結構好きなんですかね。
はる:
片付け、好きです(笑)部屋が汚いと体調を崩したり、仕事がうまくいかなくなってしまうので。定期的にやっています。
くじらぐも:
人生の充実度というと、仕事とプライベートの比率は何対何になりそうですか?
はる:
今は、仕事が7でプライベートが3ぐらいです。
くじらぐも:
仕事が持つ幅が大きいのですね。
はる:
はい。
くじらぐも:
はるさんにとって、仕事はどんなものですか?
はる:
仕事とは、人の人生に触れる場所です。
くじらぐも:
なるほど。仕事は、楽しいか楽しくないかでいうとどちらですか?
はる:
楽しいです。
くじらぐも:
やはりそうなんですね。仕事でこれから目指していきたいことはありますか?
はる:
お客様に安心を届けられる人になりたいなと思っています。まだ知識が不足していたり、自信を持って答えられなかったりするので。
「この人に聞けば安心だね」と言ってもらえるような御式の担当者になりたいです。
くじらぐも:
職場の仲間の中で、憧れる人はいますか?
はる:
います。
くじらぐも:
その人は、どんな人ですか?
はる:
困ったときに相談しやすい人で、他の人と比較したりせずに話をしてくれる人です。自分が不安なときに、その不安を取り除いてくれるような人ですね。
くじらぐも:
なるほど。話は変わりますが、好きな食べ物は何ですか?
はる:
オムライスです。
くじらぐも:
自分で作るんですか?
はる:
自分では作らないです。お店で食べます。
くじらぐも:
おすすめのお店はありますか?
はる:
チェーン店ですが、『ラケル』というオムライス屋さんがすごく好きです。
くじらぐも:
そのお店のオムライスは、どういうタイプなんですか?ふわふわ系ですか。
はる:
色々な種類があって。昔ながらのオムライスから、中がふわふわトロトロみたいなものまであります。
くじらぐも:
いつも頼むメニューは何ですか?
はる:
好きなんですけど、遠くてあまり行かないのでパッと出てこないです(笑)
くじらぐも:
そうなんですね。お家で自炊はされるんですか?
はる:
します!
くじらぐも:
どんなものを作りますか?
はる:
レンジや鍋でできるものが多いです。
くじらぐも:
時短というか、洗い物が少なく済む系ですかね。
はる:
はい。
くじらぐも:
今は一人暮らしですよね。
はる:
一人暮らしです。
くじらぐも:
一人暮らしはどうですか?楽しいですか。
はる:
楽しいけれど、たまに実家に帰りたくなります。
くじらぐも:
実家はどちらですか?
はる:
宮城県です。
くじらぐも:
よく連絡とかは取るんですか?
はる:
家族のグループLINEで話します。妹と弟がいるので、たまにLINEで電話をしたりもします。
くじらぐも:
ご家族は、はるさんの仕事についてどんなふうに言っていますか?
はる:
働く時間について話すと、結構心配されます。でも、仕事の内容で嬉しいことがあったときに報告すると、よかったねと言ってもらえます。
過去:誰一人として相手の意見を否定せずに受け入れて、興味を持ってその人の話を聞くところがすごく楽しかったです。
くじらぐも:
子供の頃は、どんな子でしたか?
はる:
何も考えていない小学生時代を過ごしていました。私の地元は宮城県で、山の中にある田舎に住んでいたのですが、全校生徒が10名しかいなくて。同級生が5人で、妹は同級生がいないような少人数の学校に通っていました。
周りを特に気にせず、自分が好きなことをして過ごすような小学校生活でしたね。それが小学1年生から4年生のころです。
くじらぐも:
うんうん。
はる:
小学5年生のときに、父の転勤でアメリカに引っ越しました。そこで言葉の壁にぶつかってしまい、あまり人と話さなくなったというか、できるだけ空気を消すようになりました。
人に見つからないようにしないと、「アジア」「チャイニーズ」って言われたりして。それがすごく嫌だったので、とても静かな子供でした。
くじらぐも:
アメリカには何年いたんですか?
はる:
4年間いました。
くじらぐも:
その後、日本に帰ってきたということですかね。
はる:
はい。中3の受験のときに日本に帰ってきて、高校受験をしました。
くじらぐも:
高校受験をした後は?
はる:
楽しく高校生活を過ごしました。アメリカで自分から積極的に話さなかったことを後悔したこともあって、自分から相手に話しかけるように変わりました。
くじらぐも:
小学時代に周りを気にせずしていた「好きなこと」って、どんなことだったんですか?
はる:
なんだろう。言葉でうまく表現できないのですが、あまり人のことを考えずに過ごしていても大丈夫だった、っていう意味です。だから、これといって好きだったことがあるわけではないかも…
くじらぐも:
自由気ままに、っていう感じですかね。
はる:
はい。自由気ままに過ごしていました笑
くじらぐも:
アメリカでの生活は、今のはるさんにとってどんな意味を持ちますか?
はる:
人生の中で、2番目に戻りたくない出来事。アメリカで通っていた個人経営の数学の塾の先生が私の人生の中で一番怖い人で(笑)毎日泣いて苦しかったです。もう戻りたくないなって思います。
くじらぐも:
その後の高校生活は楽しかったということなんですが、どんなことをして過ごしていましたか?
はる:
弓道部に入り、弓道部のメンバーと毎日を過ごしていました。学校は、友達に会いに行くような感覚で通っていました。
くじらぐも:
勉強はそこそこ、という感じですかね。
はる:
勉強はそこそこ。数学はダメダメでした(笑)
くじらぐも:
子供のころ、ずっと続けていたことや夢中だったことはありますか?
はる:
二つあるんですが、一つは、人の話を聞くこと。
小さい頃から、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らしていたんですが、地区の人たちが夜にお酒を持って話をしに来ていて。おじいちゃんおばあちゃんと一緒になって話を聞いていたので、そこから人の話を聞くのって楽しいなと思うようになりました。
くじらぐも:
なるほど。
はる:
二つ目は、言葉を集めること。
18歳のときから何気なく心に刺さった言葉を集めることが好きで、それをノートに書いて、定期的に見返しています。その言葉に対して自分はどう感じるのかを時間をとって考えることがすごく好きです。この二つが続いてることですね。
くじらぐも:
一番好きな言葉を聞いてもいいですか?
はる:
一番好きな言葉……難しい。一番は決められないですが、印象に残ってる言葉があって。
くじらぐも:
はい。
はる:
「あなたからもらったものは数多く、返せるものはとても少ない」っていう言葉。
中学3年生のときにたまたま読んでいた、お父さんへの手紙が集められた本に書いてあった内容なんですけど。
今まで家族からたくさん愛情をかけて育てられてきて、でも自分は両親に対して何かしてあげられることはまだ全然ないな、っていうふうに思ったのがすごく印象的でした。今でも覚えている言葉です。
くじらぐも:
先ほどご家族と仲が良いとおっしゃいましたが、家族はそれぞれどんな人ですか?
はる:
私の家族は、自分を含めて7人います。
おじいちゃんは今80歳ぐらいなんですが、いまだにバリバリ働いていて、無口ですがお酒を飲むと饒舌になります。
おばあちゃんは75歳で、料理も裁縫も人付き合いもうまくて、敵に回したら怖い、みたいな人です(笑)
おじいちゃんとおばあちゃんは山を持っているんですが、その山を切り崩して畑を作り、農業をやっていて。バリバリに働いているおじいちゃんとおばあちゃんです。
くじらぐも:
うんうん。
はる:
お父さんはすごくゲームが好きな人で、毒舌。でも、行動で愛情を表現してくれるような人です。
お母さんは、自分にあまり自信がないんですが、お父さんのことをすごく信頼していて。無人島に何か持っていくなら、お父さん!と即答するぐらい、お父さんへの信頼がある人です。
妹は私の1個下で、幼稚園の先生です。私よりもしっかりしていて、生まれてくる順番を間違えたんだろうな、という感じです(笑)
弟は、姉2人に可愛がられて育ってきた弟っていう感じがします。
くじらぐも:
ご家族の中にいるはるさんは、どんな人間ですか?
はる:
家族の中にいる私は、ポンコツですかね(笑)昔はお母さんとおばあちゃんの仲があまり良くなくて、両側の意見を聞いて板挟みになっていたんですけど。
今は実家から出て一人暮らしをしているので、自分がどういう存在なのかはちょっと難しいかもしれないです。
くじらぐも:
うんうん。家族の中ではポンコツとおっしゃいましたが、職場やその他の環境ではどんな性格だと思いますか?
はる:
変わらず職場でもポンコツです(笑)目の前のことに一生懸命になりすぎると、周りが見えなくなってしまうことが多くて。それを先輩や同期が、「これやっといたよ」と支えてくれています。
くじらぐも:
高校を卒業したあとは、大学に進学したんですか?
はる:
はい。
くじらぐも:
大学生活はどうでしたか。
はる:
充実している自由な時間でした。大学では、英語ディスカッションサークルっていうサークルに入りました。そのサークルでの経験が、大学生活のなかで一番やってよかったことかもしれないですね。
くじらぐも:
そのサークルは、どんなことをするんですか?
はる:
抽象的なテーマを一つ決めて、その物事に対してどういう感情を抱くのか、5人ぐらいのグループになって英語で話し合うサークルです。
例えば、「border」(境界線)という英語から話を広げていって、ボーダーと聞いたときに一番最初に何を思い浮かべるのかとか。
人との距離感、心を開く人/開かない人、友達と知り合いの境界線、人種の壁などに対して自分がどんな考え方を持っているのかをみんなとシェアするサークルでした。
くじらぐも:
どんなところが楽しいポイントでしたか?
はる:
誰一人として相手の意見を否定せずに受け入れて、興味を持ってその人の話を聞くところがすごく楽しかったです。
くじらぐも:
そのディスカッションサークル以外に、楽しかったことは?
はる:
大学4年生のときに無人島に行ったんですが、その経験は大学4年間の中でやってよかったことの1.2番目にあたります。
くじらぐも:
旅行で無人島に行ったんですか?
はる:
イベントみたいな形で行きました。Zoom上で知り合った友達に誘われて、即決しました。無人島にはずっと行ってみたかったので。3日間、無人島生活を体験するっていうイベントでしたね。
くじらぐも:
3日間でどんなことをするんですか?
はる:
無人島でご飯を作ったり、魚を釣ったり、キャンプファイヤーを囲んで歌を歌ったりしました。約30人が集まって3日間、夜遅くまでいろんな人と話して、何の仕事をしてるのか、どういった人生を歩んできたのかとか、焚き火を囲んで話したことがすごく印象に残っています。
くじらぐも:
楽しかったポイントっていうのは、やはり人と話すことでしたか。
はる:
はい。
くじらぐも:
英語のディスカッションサークルや無人島のイベントで楽しかったことが、今の仕事にも共通してるんですね。
はる:
してますね。
未来:今の仕事はすごく好きなのですが、もし自由に自分の人生を考えられるなら、色々な仕事に就いてみたくて。色々な仕事に就いたうえで、結局この仕事が一番好きだったなって言えるような人になりたいなと思います。
くじらぐも:
5年後や10年後、あるいは死ぬときまでを想像してみると、未来にどんなイメージを持ちますか?
はる:
今の仕事はすごく好きなのですが、もし自由に自分の人生を考えられるなら、色々な仕事に就いてみたくて。色々な仕事に就いたうえで、結局この仕事が一番好きだったなって言えるような人になりたいなと思います。
くじらぐも:
例えば、どんな仕事をしてみたいですか?
はる:
色々な人に会う仕事がしてみたいです。今はこれというものがパッと出てこないので、転職活動とかもしていないんですが。
くじらぐも:
今の仕事を突き詰めていくというよりは、多くの経験をしてみたいという感じなんですね。
はる:
それができたらいいな、って。
くじらぐも:
できそうですか?
はる:
ちょっと何とも言えないですね。
くじらぐも:
なぜ、一つの仕事を極めるよりも色々な仕事を経験したいと思うのでしょうか?
はる:
一つの仕事を突き詰めることもすごく素敵なんですが、色々な場所に行ってみたいっていう気持ちが強くて。今まで、人生の節目で新しい場所や新しい人たちに会うことを一つの判断軸にしてきているのもあります。
中学校や大学を決めたときも、自分のことを知らない人たちのところに飛び込んでいきたくなったというか。知らない場所に行った方が、新しい発見や出会いがあるのかなと思って。
くじらぐも:
プライベートでは、どんな未来が理想ですか?
はる:
会いたい人に、会いたいときに会える時間が取れる自分でいたいなと思っています。
くじらぐも:
今は、何%ぐらいできていると思いますか?
はる:
今は、2%くらい(笑)
くじらぐも:
今は結構、我慢している感じですかね。
はる:
我慢しています。
くじらぐも:
会いたい人っていうのは、どんな人ですか?
はる:
家族、弓道部の友人、好きな人です。
くじらぐも:
どんな環境であれば、100%になりそうですか?
はる:
その人たちの近くに住むか、休みが多い環境に身を置くことですかね。
くじらぐも:
10年後20年後に、やはりこの仕事だなって思えるようになりたいとおっしゃいましたが、さらにその先の老後は、どんなふうになっていたいですか?
はる:
時間に追われず、ゆっくり過ごすおばあちゃんになりたいです。
くじらぐも:
うんうん。場所はどこがいいですかね。
はる:
地元の宮城県がいいなと思っています。
くじらぐも:
地元は好きですか?
はる:
好きです。
くじらぐも:
どんなところが好きですか?
はる:
季節が感じられるところ。
実家の周りに山があるんですが、5月になると山菜採りができるんです。小さい頃から自然に囲まれて育ってきたこともあり、その思い出が印象深いんですよね。
建物がたくさんあるところよりも、自然に囲まれてゆっくりした時間を過ごす方が性に合っている気がするので、老後は地元でゆっくりと過ごしたいです。
くじらぐも:
進学や仕事で地元を出ようと思ったときは、どんな気持ちだったんですか?
はる:
あまり深くは考えていなくて。ただ楽しそうだなと思ったり、興味があると思ったところに進んだのかなと。
くじらぐも:
死ぬときは、どんなふうに死ぬのがいいですかね。
はる:
痛みを感じない死に方がいいです。
くじらぐも:
死ぬ場所はどこがよさそうですか。
はる:
どこがいいかな。地元かな。
くじらぐも:
葬儀の仕事をして、死生観では何か変わりましたか?
はる:
変わったか変わらないかでいうと、どうなんだろう。
死ぬのが前より怖くなったところと、そうでもないんだなって思う両面があって。深く考えちゃうと怖くなるので、あまり考えないようにしていました。
くじらぐも:
もしもはるさんの出身が都会だったら、人生や性格はどんなふうに変わっていたと思いますか?
はる:
人との関係や関わり合いに、あまり興味がなかったのかなと思います。
くじらぐも:
今のはるさんがあるのは、地元が宮城の田舎だったからこそですかね。
はる:
そうですね。それが大きいのかなと思います。
くじらぐも:
もし都会に生まれていたら、人の話を聞くことは好きじゃなかったかもしれないですか?
はる:
好きじゃなかったかも。都会に生まれていたら、もっとせかせかしていたのかなって思います。
くじらぐも:
今のはるさんは、せかせかはしてないですか?
はる:
歩くのが早いって言われるんですが、そこを除けばのんびりなタイプかなと思います。
くじらぐも:
ちなみに、何で歩くのが早くなったんですか?
はる:
お父さんが歩くのが速い人なんです。家族で旅行に行ったり出かけたりすると、毎回お父さんの後ろを頑張って追いかけていたので、それが理由の一つかもしれないです。
くじらぐも:
地元の自然を見るときも、上を見上げてゆっくり歩くというよりは素早く歩いていた感じですかね。
はる:
そうかもしれないです(笑)
くじらぐも:
今の会社で、これからこういう風になりたいなっていう目標はありますか?
はる:
一つはサンサーラの運営をやりたい。もう一つは、受注者さんになりたいです。
※専門用語メモ
サンサーラ→二人の会社で無償で行っている、グリーフケア事業。遺族会のようなもの。
受注者→遺族と葬儀の打ち合わせをして、見積もりを出す人
くじらぐも:
それぞれ、なりたいと思うのはなぜですか?
はる:
サンサーラは、話を聞くことで誰かの心が少しでも軽くなるんだったら、自分は相手の話を聞きたい、仕事としてお客様に向き合うことが好きなのかも。昔私自身が必要としていたような存在に少しでも近づくとしたら、サンサーラはその一つのきっかけになるなと思っているからです。
二つ目の受注者さんに関しては、今、施行者として引き継ぎを受けているんですが、施行者の視点からだけでは受注者さんがやっている仕事の大変さが想像できないのかなと思っています。知らないことがたくさんあるなと感じるので、施行者をやっているからこそ受注者の仕事にも興味があります。
※専門用語メモ
施行者→葬儀の司会進行
くじらぐも:
うんうん。
はる:
あとは、施行者よりも先にお客様と関わる仕事という点に興味があります。大切な人を亡くした人に寄り添って、一緒にお式をイメージしていきたい、形にしていく点に興味があります。
くじらぐも:
ありがとうございます。何か言い残したこととか、最後にこれは伝えたいなということはありますか?
はる:
今日話してみて、自分の判断軸がたくさんの人と関わることや人の話を聞いていくことにあるということに改めて気づきました。
これが大きな判断軸になっていて、サークルだったり仕事だったり、関わるイベントに影響してるなっていうのをすごく感じましたね。ありがとうございました。
最後に葬儀社に入社を選ぶに至った出来事をここに綴らせてください。
私が大学生の頃、母が「統合失調症」という病気になり、大量の薬を飲んで自殺未遂をしました。周りからずっと監視されている、常に自分のことを噂され、悪口を言われているように感じる脳の病気でした。
母が行方不明になる前日。夜の12時をまわった頃、大量の家族のアルバムや自分の服を車に詰め込んで家を出ていく母の姿を発見し、必死で止めました。母は「ママね、おかしくなっちゃったんだ。変な声が聞こえるの。ママがいるとパパが不幸になっちゃうから、実家に帰りたいの。」って泣きながら私に泣きそうな声で言うんです。どんな言葉をかけても「大丈夫だから」って。思わず「大丈夫って言う人は大丈夫じゃないんだよ。」って自分の中の正論を母に伝えてしまいました。その時の悲しそうな、苦しそうな表情が忘れられません。今思えば、母は「大丈夫」って言葉をかけてくれる存在を欲していたのかもしれません。母の手を掴んで、必死に説得したけれど母の強い気持ちにはかないませんでした。「こんな親でごめんね」って悲しそうに言う母を見て、泣きながら玄関で母の車を見送りました。
朝になって、母が実家に戻っていないことを知り、かなり焦りました。家族全員に夜の出来事を話して、もしかしたら命を断とうとしてるんじゃないかって。警察に捜索願いを出しましたが、1度目は断られてしまいました。家の近くを家族で探したけれど、2日経っても見つからず、不安が募りました。家族全員、精神的に限界でした。今まで当たり前に一緒にいた大切な人が急にいなくなる恐怖と喪失感を初めて感じました。心に大きな穴がぽっかり開いて、飲み込まれていくような感覚です。弟は平然を装うためにゲームをしてたけど涙でなんども顔を擦っていて、妹も泣きながら仕事の内職をしてました。誰でもいいから、隣に立って「大丈夫だよ」「きっとすぐに見つかる」って言葉をかけてほしい、そう思いました。何より、私たち子どもには安心させようと冷静に振る舞い、泣き顔を見せないように部屋で1人で泣いている父の姿が苦しくて仕方なかったです。
3日目の夜、父のlineに文字化けしたような文が1通母から届きました。その内容を警察に見せ、やっと捜索が始まりました。母は近くの森の中で、昏睡状態で発見されました。車には腐敗臭が漂っていて、父が仕事から帰って来て、毎日、毎日、毎日、車の部品をバラバラに外して洗車したのですが、鼻をツンっと刺激する独特な匂いは取れませんでした。
病院から帰ってきた母は、オーバードーズの副作用で手足に力が入らず、疲弊していました。私が携帯を出すと、必死で「誰かに盗聴されてるかもしれないから触らないで、しまって」って言うんです。どんなに盗聴されていないこと、悪口を言ってる人なんて周りに存在しないことを伝えても母はずっと怯えていました。例え幻聴だとしても、本人の世界では「実際に起きていること」としての認識が当時の私には足りてませんでした。母をみて、大切な人が病気だってことに早く気づけなかったこと、命を断とうとする決断をさせてしまうほど1人で悩ませてしまった後悔が毎秒胸を刺すような感覚でした。
その後、病院からの薬の効果もあって母は回復していきました。長くなりましたが、私が葬儀社で働くきっかけになった出来事の一部です。今思えば、この出来事を自分の中で受け入れるために、どこか「罪償い」のような気持ちで仕事をしていた時期があります。でも、お式の司会進行を担当し、お客様と関わるごとに純粋に葬儀の仕事が好きになっていきました。「大切な人について、その人と1番近しい人たちから直接話を聴ける仕事」。第三者だからこそできる関わりがあることを学びました。
葬儀社で働く中で、1人では抱えきれない喪失感や悲しみに耐えている人の横にそっと立ち、その人が吐露する言葉一つ一つに耳を傾ける人でありたいと思っています。
どうか出会った人たちが幸せでありますように。どうか苦しい時に寄り添う場所があって、何気ない日常の出来事を話す相手がいて、心から笑顔で毎日を過ごせますように。弱さを見せることができる人が支えてくれますように。自分の心を押し殺さず、素直になれる居場所がありますように。
長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。
あとがき
はるちゃんは、私の職場の後輩にあたります。
笑顔が素敵で、なんだかフワフワしている、社内のオアシスのような存在。
そんなはるちゃんの原点を垣間見られた気がします。はるちゃんを育ててくれたご家族に感謝ですね😊ありがとうございました!
【インタビュー・あとがき:くじらぐも】
【編集:misato】
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