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「日本が好きな留学生」って言われたことがある人


「出身地はどこですか?」と聞かれたとき、なんと答えますか?
私は東京ですと言うことが多いです。でも、東京出身の人同士だと、東京の小平ですと答えます。
(でも6歳まで育ったのは東京の練馬の江古田です。)あはは、複雑ですね。
東京生まれの人でない人に、東京の「小平」という地名はあんまりなじみがないだろうし。まあでも「東京」と言い切っちゃうと、小平は東京都下、23区内ではないのでそんなに東京という感じがしない場所なんですけどもね。西武線沿線ですし。これが中央線とかならまだ東京の風情が感じられるのですが。
とまあ、わかる人にしかわからない話はともかくとしてですね。
まあ、その人とその人が生まれ育った土地に関連性があるかと言えばあるわけでも、でもそれ聞いたとしてもさ、その土地のことを把握してるってわけでもないから、聞いたところでなんかすごくわかるってのでもないですよね。まあ、聞いてちょっとわかった気になって安心する、みたいな感じでしょうかね。
なんちうの、その人がその人であることを、その人であるからという理由だけではなく、生まれた土地がらに求めてしまうところってさ、ままま、あるよねえ。という。そんなことをふと思ったインタビュリングでした。
インタビュリングとは? というわけで無名人インタビュー本日もお楽しみくださいませ!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは 日野淳一 さんです!

現在:でもそれでも、すごく楽しいんですよね。オーナーの思いが、熱い思いがあって、本当に印象を変えることができたならば、日本社会が変わるんじゃないかなと思うんですけど。

qbc:今、何をしている方でしょうかね。

日野:今仕事はですね、郵便局でバイクに乗って、配達の仕事をしております。それと別にまだ収入にはなってないんですけど、副業として、自分がちょっと精神疾患を持ってるんですよね、うつ病なんですけど。
で、その同じようなうつ病を持った人たちと出会ったときに、精神疾患の印象を変えたいねっていうことを話し合って。そういう活動をしていこうというのを始めたんですよ。今回はその活動について、ちょっと喋りたいなと思ってまして。

qbc:どのような活動をされてるんですか?

日野:活動もまあ、今年の1月に始めたばっかりなんで、まだ何もできてないんですけど。夏にYouTubeライブをして、同じような精神疾患を持った当事者だったり、うつ病を持っている人の家族とか友達とか恋人とか親とかにも、そういうのを見てもらいたくて。
その病気っていう、精神疾患といったら、どうしてもやっぱ下に見られちゃう感じなんですけど、これも一つの個性なんだよっていうのを広めていきたい。そういうのをする予定なんですね。

qbc:その他にも、活動の予定はありますか?

日野:プロジェクトオーナーが、別にいるんですよね。本当はこのインタビューにオーナーが出る予定だったんですけど、長い間、日本中を旅して出れないっていうから、私が代わりに出たもんで。
他の予定、なんて言ってたかな。ホームページ作って、活動を広めていきたいと言ってたんですけど。まだそんなとこまで、ホームページ作る段階まで行きついてないので。

qbc:今の精神疾患への印象って、どのようなものだと感じていますか?

日野:特にうつ病をメインに語っていいですか。精神疾患って色々あって、発達障害だったり。うつ病をメインで語りたいんですけど。ちょっとうつ病って、どうしても心の風邪と言われてですね、本人の甘えじゃないかみたいな。

例えばうつ病って、職場で言えないと思うんですよ、もしかかった場合。で特にその上司がパワハラ上司だったりした場合、うつ病だったら体調悪くなるんですけど、今日体調がよくないんで休ましてください、みたいなのを言ったりしたときに、古い会社だったりしたら、それをお前の甘えなんじゃないかみたいに捉える、そういう印象があるんですよね。で、そういう印象をまず変えていきたい。

うつ病は心の風邪でなくて、本当はお医者さんが言うには、脳の故障なんですよね。脳のどっかの部分がちょっと故障して、そういう心の健康が保てなくなる病気なので。だからその、心の風邪だとか、本人の甘えで何もできなくなるっていう印象を変えていきたい、というオーナーの思いがあります。

qbc:どういう風に変えていきたいですか?

日野:ここがまだ難しいところで。例えばうつ病でもその人の個性がある、て言ってもなんかピンとこないんですけど、難しいんですよね、だから。うつ病でも社会で生きやすいように。この人うつ病なんだよ、ああそうなんだ、っていう。

例えば発達障害だったら、今は大人の発達障害だったりで、だいぶ印象が変わったと思うんですよね。発達障害のグレーゾーンとか言葉も出てきて、テレビで特集もされたりして、書籍もいっぱいあったりして。私は発達障害なんですって言えば、なんとなく知識がある人もいて、見たことあるなとか、人とちょっと違うんだなぐらいの捉え方なんですけど。

やっぱうつ病っていうと、暗い印象があるので、そういうところから変えていきたい。難しいんですよね、なかなか。

qbc:うつ病について、こうなってほしいというイメージはありますか?

日野:精神科に行かないといけないじゃないですか、うつ病といったら。精神科ってどうですか。怖いイメージないですか、なんか。
最初自分、精神科行くときにすごい怖いイメージがあって。ここ行っちゃっていいのかなみたいな、行ったら後戻りできないような。

いざやっぱ精神科に行ってみると、ちゃんと先生が話を聞いてくれて、薬を処方されて。今、私も快方に向かってるんですけど、同じように悩んでいる方がいっぱいいると思うんですよね。病院行きたいけど、ちょっと怖いなみたいな。昔の映画のイメージだったり、閉鎖病棟だとか手足を縛られてみたいなイメージが、やっぱあったりするので。怖くない場所だよという。

風邪ひいたら普通に内科とか行くじゃないですか。そんな感じです、もう。気軽に、じゃちょっと病院、っておかしいですけど、ちょっと調子悪いから病院に行こう、ぐらいの気持ちになってほしいな、っていうのありますね。で例えば本人が、いや自分はまだできると思っても、家族だったり友達が、病院行った方がいいよとか、一緒に行こうかとか。
そういうふうに言いやすい、病院に対するイメージが変わればいいなっていうのはあります。

qbc:なるほど。今は何名ぐらいで活動されてらっしゃいますか?

日野:今4名ですね、はい。

qbc:どんな気持ちで取り組まれてるんでしょう?

日野:オーナーが結構意欲的で、まだ24歳の男性なんですけど。もういろんなアイディアを出してって、こういうふうにしましょうって言って、みんなと話し合ってですね。で、その中で1個決まったのがYouTubeライブでして。最初は参加数が1人2人でもいいので、夏に1回開催して、認知度を上げて自分たちの活動を広げていきましょうって言ってますね。

qbc:その活動が始まるきっかけは何だったんですかね?

日野:きっかけは、アドリブワークスさんという企業がやっている、trivenっていうコミュニティで。自分で会社を立ち上げたい人と、副業を探している人のマッチングサイトみたいのがあるんですよね。

で、オーナーは、精神疾患の印象を変えたいという思いで企業したいというのがあって。私は副業探してるときにそのサイトを見つけて、精神疾患の印象を変えたいっていう部分で、自分も同じような病気持ってるんで、自分の経験が生かせるんじゃないかなと思って参加したんですけど。

qbc:事業ってことですかね?

日野:事業にもまだなってないです。事業にしていきたいなっていうのはあるんですけど。

qbc:ゴールは事業化ですか?

日野:ゴールは事業ですね。オーナーが言うには、NPO法人で、もう収益はいらないんで。同じように苦しんでる人の裾野を広げていって、苦しみを取り除きたいという思いですね。

qbc:活動に関しては、どんな気持ちで取り組まれていますか?

日野:今んところ、2週間に1回のペースで同じようにミーティングして、アイディアを募ったり。オーナーが、ピッチデックとか自分で作ったりしてるんですよ。で、それでみんなで話し合って、ここ改良した方がいいんじゃないかな、みたいのをやってて。

私としては副業として探してたんですけど、まだ全然収入になってないので。でもそれでも、すごく楽しいんですよね。オーナーの思いが、熱い思いがあって、本当に印象を変えることができたならば、日本社会が変わるんじゃないかなと思うんですけど。その参加者になれたことが今すーごく楽しいですね。2週間に1回ですけど、結構生きがいになってますね。

qbc:どんな楽しさなんですかね?

日野:みんなでゼロからのものを作り上げていく感じがですね。最初の方で言いましたけど、私が郵便局でバイクで配達してるのは全然、もう昔からある仕事なので。それと比べたら、全く違うことやってるので結構楽しいですね。

qbc:副業目的だけど、お金はもういらないって感じですか?

日野:お金はそうですね、これに関してはいらないですね。

qbc:なるほど。趣味についてお聞きしてもいいですか?

日野:趣味ですか。趣味は読書と、今ちょっとさぼってるんですけど手話を習ってたんですよね、2,3年前なんですけど。あと子育てかな。

qbc:どんな本を読まれるんですか?

日野:小説から漫画からビジネス書、何でも読みますね。

qbc:最近おすすめの本ってあります?

日野:それこそ精神科医の方が監修している、精神障害者を取り扱ってる漫画があるんです。Shrinkっていう漫画があるんですけど。

qbc:もう一度お願いします。

日野:『Shrink〜精神科医ヨワイ〜』っていう漫画があるんです。多分ドラマ化とかするんじゃないかなと、勝手に思ってるんですけど。
例えばその内容としても、パワハラで心を病んだ方だったり、産後うつになった、赤ちゃん出産したばっかの方だったり。DVにあった方とか、アルコール依存症の方とか、いろんな精神疾患の取り扱いがあって。最新刊では、コロナうつの話もあったりして、結構ちゃんと考えられてるなってのがあります。

qbc:Shrinkを読んでて、どんな気持ちになります?

日野:わかるわかるっていう気持ちもありますし。アルコール依存症の話では、自分あんまお酒飲めないんですけど、こういう気持ちなんだっていう。疑似体験といいますか、そういうのもできたりっていう、結構勉強にもなりました。

qbc:もうひとつの趣味の、手話を始めたきっかけはあったんでしょうか?

日野:全くないんですけど。ちょうど子供が手かからなくなってきたときに、仕事と家庭だけで、暇だなってのがあったんですけど。で、市の広報を読んでいたときに、手話を習いませんかってのがあって。昔からちょっと福祉の方に興味はあったもので、1回だけちょっと顔出してみてやってみようかなって、行ったんですよ。

そのときに初めて耳の聞こえない方と会って。こっちがなんか挨拶しましょうみたいなって、どうしても口で言っちゃうんですけど、先生、その耳の聞こえない方がジェスチャーで、最初はジェスチャーで口は使ってもいいけど、自分の思いを表現しましょうって言ってくれて。
もう本当身振り手振りで、その方とコミュニケーションをとったんですよね。それでちゃんと通じたんですよ、その方に。

その方は多分、長いことやってるので、僕のその表現を読み取ってくれたのかなと思うんですけど。そのときに、ああこういう世界があるんだっていうことを思って。で、次回また行ったんですよ。そこから本格的な手話の単語を習って、挨拶しましょうとか始まって。

最初はみんなぎこちない手の動きとかで、先生とかも笑って下手くそとか言ったりして、和気あいあいって感じだったんですけど。これで少しずつ単語を覚えて、先生と会話できるようになったときに、学生時代に習った英語よりもすごい楽しかったんですよね。
学校のときの英語ってなんか詰め込みで、受験のためとかそういう思いでやってたんですけど。本当にその、異文化の方とコミュニケーションを取るって、こういう気持ちなんだっていうのを。

そっからどっぷりハマってですね、1年間ちゃんと講座に通って。手話の検定があるんですよ、英検みたいな検定が。それも3級までは勉強して取得することができました。
一緒に習った人たち、同期とか先生たちとも、いまだに一緒に食事したりとか、仲良しになれたんで。そういう地域の友人ができたのも、ひとつ良かったかなと思ってますね。

qbc:何年ぐらいやられてたんですか?

日野:その講座は1年ですね。

qbc:手話に関わってからは何年ぐらい?

日野:2、3年ぐらいですね。

qbc:なるほど。性格については、周りの人からなんて言われますかね?

日野:性格ですか。穏やかって言われますけど、まあ穏やかな方と思ってます。せっかちではないですね。

qbc:その他にも言われたりしますか?

日野:几帳面って言われますね。

qbc:ご自身ではどんな性格だと思います?

日野:自分では、だらしない方と思ってるんですけど。お腹もぷよぷよなんで。体型維持とかできてないんで。

qbc:その他、自分の性格で感じることはあります?

日野:転職活動のときに、自分の棚卸しをして。長所短所とか、あるじゃないですか。転職エージェントの方と話したとき、そうだなと思ったのは、僕は結構、物事を何でも考えて考えて、それから行動するんですよね。なんていうかな、何パターンも考えて、そのうちの最適を選んで、これでやろうって考えてるので。即行動みたいのは、ちょっとできないですね。思い立ったが吉日、みたいな気持ちにはなれないですね。

qbc:身近な人たちからは、何て言われますか?

日野:妻からは、モラハラみたいってのは、たまに言われますけど。僕は几帳面で、妻がちょっと片付けとか苦手で、自分でもやるんですけど。自分としては、もっとこうした方が綺麗になるよみたいなつもりで言ってるんですけど。やっぱ妻も女性なんで、体調の波とか感情の波が激しいときとかに言ったりしたら、モラハラだみたいに文句言われたりするんですけど。

qbc:他にはどうですか?

日野:面白いとか、言われたことありますね。すごい抽象的なんですけど。心の開いた人にはいっぱい話しかけるんですけど、結構人見知りなもんで。

過去:で、ダーツの円に三等分、世界旅行と大阪東京と中州とかを書いて、ダーツで自分で、えいやーと針を投げたんですよ。

qbc:子供の頃はどんなお子さんでしたでしょうか?

日野:小学生の頃はもう、明るくて活発な少年でしたね。中学校で転校したんですけど、転校先で馴染めなくて、暗ーい少年になりましたね、そっからは。

qbc:馴染めない理由とかあったんですか?

日野:すごい田舎に引っ越したんです。コンビニまで5キロぐらい離れてて。今までそこそこ都会、福岡の都会の方に住んでたんで、すごいなんか、カルチャーショックっていいますか。
僕は普通に話してるんですけど、都会ぶってるみたいな感じで言われたりして、そういうのが嫌だなと思いつつ。それでちょっと馴染めなくなって、暗ーくなっていきましたね。

qbc:小学校に上がる前は、どんな感じの子でした?

日野:おじいちゃんおばあちゃんから、すごく可愛がられていましたね。親からはあんまり、そういうのはなかったと思いますね。

qbc:その頃はどんな遊びをしてましたかね?

日野:やっぱ小さい頃、ファミコンとかはあったんで、ゲームはもうずっとしてましたね。

qbc:どんなゲームやってたんですか?

日野:当時でも好きだったのは、スーパーマリオブラザーズだったりドラゴンクエストだったり、定番なんですけど。もうひたすらやってましたね。

qbc:小中高と振り返ってみて、どんな子供でしたか?

日野:勉強は好きだったんですよ。全然苦じゃなかったんで、成績は優秀でしたね。小中高と。
小学校のときは、やっぱ友達多かったですけど、中学校でぐちゃっとなって。で、高校もなんでしょう、普通の生活を送ってて。部活とか特にしてなかったんで、青春時代を送りましたみたいなのはないですけど。
あ、高校のとき僕、深夜ラジオは聞くの大好きで。ラジオ聞いて、そのラジオのネタコーナーでハガキを書いたり送ってたりはしてました。

qbc:なんていうラジオ番組ですか?

日野:爆笑問題さんの、「爆笑問題カーボーイ番組」って番組なんですよ。ペンネームなんだったかな、もうやってないので、忘れちゃいましたね。

qbc:そのラジオ番組自体は、続いてるんですね。

日野:続いてますね。30年くらいしてるんじゃないですか。30年じゃ僕7歳か、じゃあ25年くらいしてると思う。

qbc:放送回数1300回。

日野:ほーそんなにですか。

qbc:1997年スタートですね。

日野:それぐらいですね、僕がラジオ聞きだしたのは。

qbc:始まったばっかりの頃ってことですね。

日野:はい。

qbc:高校の後はどんな感じでした?

日野:高校の後は大学に進学して。で、最初の方で言った、精神疾患になっちゃって。大学はやめたんですよ、行けなくなって。そこから2年ぐらい引きこもってましたね。

qbc:地元の大学だったんでしょうか?

日野:地元の福岡の、私立大学に行きました。

qbc:大学でやりたいこととか、あったんですかね?

日野:全くなく。本当は芸術大学に行きたかったんですけど、もう親から止められて。かと言って、バイトして学費稼いで自分で行くかと思ったら、そこまでの勇気なかったんで。じゃあ地元の大学でいいやって行ったんですけど、それが失敗でしたね。

qbc:なぜ、芸術大学に行きたかったんでしょう?

日野:絵を描くのが昔から好きで。小さい頃は漫画家になりたいぐらい、絵を描くのが好きだったんですよね。で、絵の勉強したいなと思いつつ、近くに絵を習う場所とかも、田舎なんでなかったもので。あと美術部とかも、もう部員が少ないような学校だったんで、あってないようなものなので。あーじゃあ、って1人で絵を描いたりしてたんですけど。

高校で進路を考えるときに、好きなこと何かなと考えたときに、絵を描くの好きだから、芸術大学とか都会に行けるかなと思ったりしてたんですけど。

qbc:うつ病になった原因って、あったんでしょうか?

日野:これっていうのは、ないんですけど。

qbc:原因はこれだって、ほぼ言えないですからね。

日野:大学行ってて、サークルとか入ってたんですけど。サークルでも結構、和気あいあいと楽しく過ごしてたりしてたとき。

最初のテスト前のときに、同じサークルの人に話しかけたら、多分その人勉強してなかったんでしょうね、多分焦ってて、無視されたんですよね。それ見て、すごいショックを受けた記憶はあって。そこから数日、すーごく学校行きたくないなというのが、ふつふつと出てきたんですよね。

で、大学ってサボりやすいじゃないですか。で、結構さぼってたりしてたら、もうこのまま学校行きたくないなというのが、どんどん強くなってきて。結局、結果的に行きたくないから、もう行けないに変わったんですよね。そんな経緯だったような気はします。

qbc:このときに、うつ病って診断されたんでしょうか?

日野:そのとき病院に行って、1回診断されて。で、なんで引きこもりになったのか自分でもわかんないんですけど、引きこもりが治って外出れるようになったときに、先生からも一応治りました、寛解ですよって言われて。その病気のことについて言えば、そっからしばらく何もなく。

前職の仕事のときに、すごいパワハラにあって。そのとき自分では、家族もいるので全然まだやれるつもりでいたんですけど、妻から最近調子おかしいから病院行ったらって言われて、病院に行って説明したら、再発ということになりましたね。全然違う病院なんですけど。あーそうなんだ、ってそのときは思いましたね。

qbc:大学時代に引きこもった時は、何をしてました?

日野:ずっと布団の上にいて、でもバイトはできたんです。社会と繋がりたいって気持ちはあったんでしょうね。バイト行って、それ以外はずっと家にいて、友達とかから連絡来ても、全部無視はしてましたね。昔の友達に、今の自分の姿を見せたくないというのがあって。
このときに30kgぐらい太ったんです、ずっと家にいるもんですから。100kgぐらいまでになっちゃいましたね。

qbc:それは薬と関係なく?

日野:薬のせいだと思います、今思えば。

qbc:大学はいつのタイミングで辞めたんですか?

日野:2年生から3年生に上がるときですね。そのときにも単位が足らないんで、学生課の方から言われたんですけど、やめますって言ってやめました。

qbc:引きこもりから脱したきっかけは、何だったんでしょう?

日野:きっかけですか。ずっとその、昔の友人からの連絡も無視してたんですけど。
大学2年生の夏のときに、福岡で大きな花火大会があったんですよね、今はもうなくなったんですけど。それに見に行こうって連絡が来て。その人も同じ大学行ってて、ずっと気にかけてくれてて、花火大会行こうとか、口実作って外出る作戦だったと思うんですけど。花火大会って行ったことなかったんで、そんなん行くのもいいかなと思って誘いに乗ったんですよね。

で、久々にその人に会って話したときに、実は俺も大学やめてさみたいな話をされて。それまでは知らなかったんで。今は違うことをしたくて、専門学校に通ってるんだよみたいな話をしてて。あーちゃんと生き方考えてるんだなと思って。このままじゃ駄目だな自分、いかんなーと、すごい痛感したんですよね。
そこから少ーしずつ、ちょっとずつ頑張っていこうかなと思うようになりましたね。

qbc:その後はどうされたんでしょう?

日野:その後は近くの、あれはなんて言えばいいんだ、土木会社で。お金が欲しかったんで、土木会社で3年ぐらい働いたんですけど。

qbc:就職という形で?

日野:就職ですね、はい。

qbc:その後はどうでした?

日野:お金も結構たまったんで、海外を世界一周するか、東京か大阪に移り住むか。
お酒飲めないですけど、お酒を飲む席は好きなんですよ、みんなでワイワイするの。だから福岡の中洲の方に住んで、1年間散財して、遊びに使おうかとか考えて。

で、ダーツの円に三等分、世界旅行と大阪東京と中州とかを書いて、ダーツで自分で、えいやーと針を投げたんですよ。そしたら中州に当たって。そこに引っ越したんですよね、実際。

そこで毎日ウーロン茶で飲み歩きながら、そういう場で色んな人と仲良くなって。そんときに今の妻とも出会ったんですよね。それで、そのときはもう土木会社辞めて、郵便局で働いてたんですけど、結婚に至りました。

qbc:何歳ぐらいの頃ですか?

日野:結婚したのは25ですね。

qbc:なぜ、散財しようっていう発想になったんですかね?

日野:貯金がいっぱいあったんですよ。土木会社、給料多かったので。で、世界旅行一周しても、余るぐらいお金あったんですけど、お金いっぱいドカーンて使いたいっていう。引きこもってた、マイナスのエネルギーがピョーンってなんか、跳ね返っちゃったんじゃないかなと思ってるんですけど。
すごく昔の芸能人とかが、六本木のクラブで何十万1日で使ったみたいな話聞いたりしてて、1回そんなんやってみようかなとか、アホなことをしたくなってですね。

qbc:どれぐらいの期間、遊んでました?

日野:遊んだのは、1年近くぐらいだったと。

qbc:その経験自体はいかがでしたか?

日野:子供には言えないですけど。楽しかった思い出なんで、バカなことしたな、みたいなことはありますね。そのとき使ったお金が今あれば、すーごい暮らし楽なんですけどね。

qbc:どんな楽しさでした?

日野:中洲って飲み屋街なんで、いろんな職業の方がいて。お客さんも普通のサラリーマンだったり、水商売の方だったり、風俗嬢の方だったり。そんな人の話を聞いて、すごい人生の勉強になったなと思ってます。子供には同じようなこと真似して欲しくはないんですけど、いろんな人と接して、いろんな考えとか生き方を、お話を聞いて学んでもらうっていうのはしてほしいなと、なんか感じましたね。

qbc:ご結婚された後はどうされましたか?

日野:子供が3人できた時点で、郵便局から転職をしました。
家畜農家の方に、鶏とか家とか豚が食べる餌を販売する営業の仕事だったんですけど。全然そういう、農業とか興味がなかったんですけど、ご縁があって働き出して。結構、農家のお客さんとも仲良くなったりして。

こういう世界が、農家の方って大変だな、家畜って実際今まで目に見えない部分だったんですけど、結構勉強になって。生き物の大切さとか、食の大事さとか学ぶことできたんですけど。そこにすごいパワハラの人がいて、でもうやめて、また郵便局に戻ったんですよね。一からまた新しいの覚えるの、ちょっともうきついなと思ったんで。で今に至るかな。

qbc:郵便局に戻って、どれぐらい経ちます?

日野:戻ってまだ1年、4月で1年です。

qbc:今はおいくつでしょうか?

日野:37です。

qbc:今、お病気の状況はいかがですか?

日野:先生が言うには、薬もすごい微量で、治療っていうよりは、その病気の症状を抑える予防の段階ですよって。寛解まであと一歩ですねっていう状況。

qbc:ご自身の過去は、どんなふうに思いますか?

日野:そうですね、僕としては平凡な人生を送ってきたと思ったんですけど、こうやって話してみたら結構、波乱万丈といいますか。

qbc:ちょっと想像してなかった過去がありましたね。

日野:そうですね。結構ハチャメチャなときもあったり、暗い時期もあったりして。それはそれで今思えば、楽しい人生じゃなかったかなと思いますね。まだ死にたくはないですけど。

未来:こうやって考えたら、行けなかった美大にも行きたいですね。そっちの方が強いかもしれないですね。美大に、60過ぎてから通うのも楽しいかなって。

qbc:5年後10年後30年後、もう死ぬっていうところまでイメージいただいて。未来ってどんなふうに思ってらっしゃいます?

日野:未来ですか。まずその、子供が3人いますので、自分みたいにならずに反面教師でいいんで、ふくふくと育ってほしいですね。それぞれ将来の夢とか語ってるんで、それがかなうように、サポートしてあげれたらいいなと思います。自分がサポートしてもらえなかったもんなんで。そこは、親の務めじゃないかなと思いますね。

qbc:子育てが終わったらこれをしよう、みたいなのってあります?

日野:子育て終わったら、若いときにできなかった世界一周をしたいですね。多分妻は付いてきてくれないんで、ひとりで行くと思うんですけど。

qbc:なんで付いてきてくれないんですか?

日野:あの、海外怖いって言うんですよ。怖い怖いって言うんで、ひとりかなっていうのはあります。こうやって考えたら、行けなかった美大にも行きたいですね。そっちの方が強いかもしれないですね。美大に、60過ぎてから通うのも楽しいかなって。

qbc:美大では何を勉強されたいですか?

日野:日本画を勉強したいです。

qbc:日本画なんですね。好きな作家さんはいらっしゃいます?

日野:好きな作家。油絵を1回描いたことあるんですけど、すごい手がベタベタになって嫌だったイメージがあるんで、だから日本画なんですけど。いざ、作家って言われたら、今ピンと出てこないですね、すみません。

qbc:なるほど。現在、子育てはどんな気持ちでやられてるんすかね。

日野:子育てはもう、すごい楽しくて。色んなことして怒ったりはするんですけど、それもすごい楽しくて。自分がされなかったことをしてあげれて、その子たちにすごくプラスになって育ってるのは嬉しい。生きがいですね、やっぱり。

qbc:特に、どんなときに楽しさを感じます?

日野:家族で旅行ってしたことなかったんですよ、子供のときに。でも今年の1月に、子供たちと妻も一緒に、ディズニーランド行ったんですよね。

qbc:あれ、今は福岡なんでしたっけ。

日野:福岡です。福岡から。

qbc:ああじゃあ結構、大変ですね。

日野:結構大変でしたけど。僕自身もディズニーランド初めて行って、結構ハイテンションで楽しかったんですけど。子供たちもね、初めて東京に行くっていう、飛行機にも乗るのも初めてで、すごい楽しんで喜んでくれて。未だにあのとき楽しかったね、みたいな話してくれるんで。その旅行に行けた、すごい遠くまで行けたってのは、人生の思い出の一つになりましたね。

qbc:なるほど。もしも、散財するタイミングで世界一周してたらどうなってたと思います?

日野:多分、日本には住んでないと思います。

qbc:なぜ?

日野:どっかの国で、現地の人と何かをしてたと思いますね、多分。そういえば最初の方の質問で自分の性格を聞かれたとき、言い忘れたなと思ったんですけど、日本人ぽくないねって言われたことありますね。感覚がもう違うんでしょうね。

qbc:自分でもそう思います?

日野:そう思います。日本好きなんですよ、僕。お寺とか神社も大好きですし。好きなんですけど、日本人ぽくないねって言われたんで。誰かいいこと言ったのは、「日本が好きな留学生」って言われたことありますね。日本が大好きな留学生っぽいね、みたいなこと。日本人のなんていうか、特にその会社のシステムとか、ああいうネチネチしたのが苦手だからかな、とか思ったんですけども。

qbc:今も、許されるなら日本から出たいって思います?

日野:出たいですね。すごく出たい。

qbc:もしもの未来の質問というのをしているんですけれども。
もしも、日野さんに力が与えられて、創造力とかコミュニケーション能力がバーっと上がったら、どんなことをしたいですか。

日野:あー、神様みたいなことですよね。

qbc:そうです。何をしたいか、どうなりたいかっていうイメージ。

日野:難しいな。やっぱりその、最初の話になるんですけど、うつ病とかそういう人たちの、暗いイメージがまずなくなってもらえれば。うつ病の人って、どうだったかな、診断されてないけど5人に1人はいるらしいですね、日本人で。で、それがなくなれば、だいぶ生きやすい世の中になると思うんです。力があればか、そうだな。そういう、困ってる人を助けたいですね。で、作り上げるんですよね。

qbc:お話をお伺いしてて、日野さんの本当の性格っていうのは違うんじゃないのか、っていう気がしてならなかったんですけれども。

日野:教えてください、教えてください。

qbc:過去の話ですけど、1年間散財したいってことで、すごく爆発してるじゃないですか。繊細さも感じるんですけれども。この頃の中州って、何年くらいですか?

日野:2000年代の、2008年から2010年とかそれぐらいじゃないですか。

qbc:リーマンショックがあった頃とはいえ、そこまでするような人には思えなかったんですよ。で、美大に行きたい、世界一周をしたいという願望があって。
うつ病って本当にダメージなので、体力回復をするしかないのはあると思うんですけれども。とはいえ、やりたいことがいろいろ垣間見えるっていうのは、やっぱ何かをすごく、抑え込んでるものがあるんじゃないのかなと。

日野:抑え込んでるもの。

qbc:逆に、自分に足りないものってなんだと思います?

日野:時間が欲しいです。24時間じゃ足らないんですよね、普通の生活してて。

qbc:何を諦めてなくて、何をしたいですか?

日野:諦めてること、そう考えたらやっぱ絵を描きたいですね。子供のときはやっぱ学校から帰ってきて、ゲームしながら絵を描いたりとか、そういう時間があったんですけど。
今はそういう時間全くなくて、筆とかも何年も持ってないんで。絵を描きたい。やっぱ作品か何かで、自分を表現したいんでしょうね、昔から。表現の使い方を間違って、中州で散財したんじゃないか。

qbc:それは別にいいんじゃないですか、若いときだし。
ちなみに今、時間が空いたら、何をするようにしてるんですか?

日野:空いた時間ですね。子供が3人いたら時間が空かないんですよね。

qbc:なるほどね、3人ですもんね。

日野:本当に30分とか空いたときには、本読んだりしてます。ってぐらい。

qbc:手話を習ってたのも、コミュニケーションというところが大きかったんですかね?

日野:そうだと思います。行けなかった海外、異文化の世界を感じたんじゃないかなと思います。

qbc:今、インターネットなら異文化へも行けると思うんですけど、どうでしょう?

日野:自分の中でピンとこなかったんですよね。

qbc:インターネットは違うと。

日野:何か違ったんじゃないかな。リアルで会いたかったんじゃないかなと思います。

qbc:そっちが勝っちゃいますね、なるほど。
改めて、自分はこういう人間なんだなって気づいたことはあります?

日野:色んなことをやってきましたけど、毎日毎日コツコツ生きてる。真面目じゃないですけど、なんていうんですかね。ちゃんと生きれてますよ、日々楽しんで。毎日生きてることに感謝してるかなと思いますね。

qbc:何か、最後に言い残したことがあれば、お伺いしております。

日野:生きることはつらいこともあるけど、やっぱ楽しい方が勝ちますよって言いたいですね。

qbc:ありがとうございます。

日野:ありがとうございます。


あとがき

40代のインタビュー増やしたいなと思っとる。
若い人もおもしろい。でも、40代以上もおもしろいよ。
すてきだね、最高だね。わっはっはっはっはっはっ!

【インタビュー・あとがき:qbc】

【文字起こし:安東】

【編集:なずなはな】

#無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #うつ病 #美大

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