ドイツから一時帰国中のプロサッカー選手の人
お皿に残った最後の鶏の唐揚げ、誰が食べるの?
こんばんは、栗林(qbc)です。私のキャリア! 私の人生。私はこれこれこうやってこうして実名で活動を開始してしまったので、もはや名前を世に出さない時代には戻れない、仮に会社員に戻ろうとすると会社によっては拒否されるに違いないと思っているんですが、てかそれよりもこういう活動をしていたってポジティブに活かすっていうのもあるんじゃないでしょうかどうでしょうかそうそうつまり、私の言いたかったことは私のセカンドキャリア問題ですね。
一度ネットでフリーランス活動した後の再就職先って、例えばなんかインターネット企業には勤められやすくなったりするんでしょうか。例えばnote株式会社に就職しやすくなるんでしょうか???
どうなんでしょう。
ともあれ、私はお皿に残った最後の鶏の唐揚げは20代までは食べれなかったタイプですが、今、45歳になった今では平気でぺろりと食べられる厚かましさを覚えました。
そうなんですよね、もう会社員というか雇われというか社会になじんできてしまったので、まあ仕事なんかどうにでもなるしって思ってますそんなに高いお給金を求めなければですねー。はは。ははは。
身の振り方というのも味わい深いですね。
と、いうことで無名人インタビューgo!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】
今回ご参加いただいたのは 関根陸斗 さんです!
現在:すごく濃い時間というか、分岐点とも言えますね。「ここから始まるんだ」みたいな希望やワクワクもあるんですけど、恐怖心とか不安が両方混じったような感覚ですね。
qbc:今、何をされてる方でしょうか?
関根:現在は日本に一時帰国しているんですけど、基本的にはドイツとモンテネグロでサッカー選手としてプレーをさせていただいています。
それ以外にライフコーチと、パーソナルのサッカーコーチをやらせていただいております。
qbc:最近は、どんな気持ちでいらっしゃいますか?
関根:今は日本に一時帰国っていう形をとっているんですけど、もう一度サッカーの舞台に戻りたいっていう気持ちが大きいなっていうのが一つあります。
もう一つは、ライフコーチに力を入れたいなと思っています。
自分の辛かったり、傷ついたり、どん底に落ちた人生経験とか想いを通じて、愛や平和の世界を作っていきたい、1人でも自分らしく生きる人を増やしたいなっていう思いがあります。サッカー選手としてももう一度ピッチに立ちたいという想いと、愛ある暖かい世界を作りたいという二つが大きいですね。
qbc:気分は、アップダウンで言うとどうですか?
関根:気分はめちゃめちゃアップしてます。
qbc:いつ日本に戻られたんですか?
関根:今年の8月ですね。
qbc:何で戻ってこられたんですか?
関根:体を壊しちゃって。元々バセドウ病だったっていうのが3年前にあったんですけど、それとまた別で、体に力が入らなくなってしまったっていうのがありまして。
qbc:それは、スポーツ上の故障と言われてるものではなくて?
関根:原因はまだ不明なんですけど。もしかしたらオーバーワークみたいな感じで、自分で自分を追い込みすぎて、体が限界を迎えてしまって。それで力が入らなくなってしまった可能性があると言われています。確実な原因はまだないんですけど。
qbc:ドイツでは、プロサッカー選手としてプレーしていたんですか?
関根:そうですね。サッカー選手としてお給料をいただいていて、プロという形でやっていました。
qbc:どういうチームにいらっしゃったんですか?
関根:FSVduisburgというチームです。
qbc:いわゆるプロリーグですか?
関根:5部なので、人によってプロっていう人もいれば、セミプロという人もいるって感じです。
qbc:何部リーグまであるんですか?
関根:12部くらいまであると思います。
qbc:あ、そんなにあるんですね。
関根:そうです。6部以降はアマチュアの領域だと思うんですけど、5部以上だと給料が発生してくるので、プロやセミプロみたいな感じの領域だと思います。
qbc:何年くらいドイツでプレーされたんですか?
関根:ドイツは今年の1月から契約したので、半シーズン契約です。
qbc:ドイツでの選手生活はいかがでしたか?
関根:最後の方は試合に出させていただいて点が取れたっていう部分ですごく良かったのかなと思うんですけど、最初の方はなかなか認められなかったっていうのがあって。すごく苦しい気持ちはありましたね。
あとは、最初の方は僕が体調崩してしまっていたので、1ヶ月間丸々サッカーできなかったりとかして。移動の往復に毎日6時間かけていたので、かなり環境としては劣悪というか、厳しい中でやれていたので、今思えばすごく良い経験だったなと思います。
qbc:ポジションは?
関根:サイドハーフです。
qbc:どうやってドイツのチームに入られたんですか?
関根:現地でドイツ人のエージェントを介して、チームと契約したっていう感じですね。
qbc:ドイツに行く前は何をされていたんですか?
関根:日本の大学でサッカー部でプレーしていました。ですがバセドウ病になって、最後の2年間はプレーできなくて。1回サッカーの夢を諦めたんですけど、大学卒業の1ヶ月前に復帰することができたんです。
そのときにたまたま、東京で社会人の練習会があるよっていうメッセージがきたので行ってみたら、そのチームに合格できて。それで、もう一度サッカーの舞台に戻りたいと思い、そのチームで1シーズンプレーした後にドイツへ行きました。
qbc:サッカーは、いつ頃からやっているんですか?
関根:3歳か4歳くらいですかね。
qbc:バセドウ病って、原因はあるんでしたっけ?
関根:いろんな原因があるので、これが原因っていうのはわからないんですよね。遺伝的なものもあれば、突発的になることもあるので。本田圭佑がなってるのは有名だと思うんですけど。
原因ははっきりとわかってないんですけど、症状としては脈が早くなったりとか、息が苦しくなったりとかします。ずっとダッシュしてるような感覚が365日24時間続くイメージで、ずっと疲れている感じです。ただそれは、自分で追い込んだり、ハードにしすぎるとなってしまう部分があるので、それも一つの原因かなっていう感じです。
qbc:なるほど。今、人生のなかで見るとどんな状況ですか?
関根:すごく濃い時間というか、分岐点とも言えますね。「ここから始まるんだ」みたいな希望やワクワクもあるんですけど、恐怖心とか不安が両方混じったような感覚ですね。
qbc:趣味は何ですか?
関根:サウナに行くこと、本を読むこと、ウォーキング。あとは、海でひたすら黄昏ることですかね(笑)
qbc:今はどちらにお住まいなんですか?
関根:埼玉です。
qbc:海って?
関根:海、ないです(笑)
qbc:どこまで行くんですか?
関根:基本的には、神奈川の湘南エリアですね。例えば、逗子、鎌倉、由比ガ浜、江ノ島、茅ヶ崎、辻堂とか。そういう湘南あたりによく行きますね。
qbc:そこに何か用事があるわけではなく?
関根:何も用事はないです。海に行くのが用事です(笑)
qbc:サーファーでもなく?
関根:はい(笑)
qbc:具体的には、どこ座ってどういうことをするんですか?
関根:砂浜で、ひたすら海と対話してる感じです。砂浜で寝転がって、何もしないんですけど。
qbc:対話というのは、言葉で行われている対話ってことですか?
関根:いや、実際口には出さないですけど(笑)
qbc:頭の中に、言葉が出てくるんですか?
関根:海に行くと、直感が降りてくるというか。今、こういうこと考えてるんだみたいなこととか、頭の中の独り言って感覚ですかね。そんなのを海でやってます。
qbc:最近は、どんな本を読んでいますか?
関根:最近は心理学、脳科学、量子力学、自己啓発系、哲学、スピリチュアル。よく読むのは、この6つくらいですかね。
qbc:最近、本で印象に残ってることは?
関根:脳科学や量子力学とかの分野に特に興味を持っています。
例えば量子力学だと、人間を細分化したら原子、電子、素粒子っていう形になるっていうところで、素粒子が発している波動が現実を作っていくみたいなことが印象に残りましたね。僕の中では、波動の法則が興味深いっていうか。
脳科学でいくと、潜在意識とか顕在意識っていうところで、いかに自分の潜在意識を活用するかというか。
例えば脳科学で言うと、扁桃体の炎症を抑えて前頭葉を活性化させる、みたいな。そういう具体的な部分をいろいろ勉強しているところです。
qbc:サッカーの現役選手時代も、そういうふうな潜在意識っていうのは知っていたんですか?
関根:今も現役ではあるんですけど。病気になったのが大学3年生で、潜在意識などに興味を持ち始めたのはそのときからですね。
qbc:きっかけは?
関根:病気ですね。バセドウ病になったことがきっかけで、気づいたら調べてました。入院生活が、結構死に際だったので。
そこから死生観が変わってどんどん突き詰めていった結果、脳科学や量子力学に行き着いたみたいな感じです。
関根:自分はかなり感覚が鋭いというか、エンパシーみたいな人の感情を察知しやすくて今まで息苦しさも感じてましたし。人間関係も熾烈で苦しさがあったり、病気でも苦しさがあったり。
それに加えてこういう感覚を持っているから余計苦しいっていうのがあったので、それで興味が増したっていう感じですね。生きる意味とは、みたいな。
それを突き詰めていったときに、それが潜在意識とか脳科学とか、スピリチュアルみたいな分野に興味を持っていき、気付いたら探求してたっていうところですかね。
qbc:ライフコーチはいつから始められたんですか?
関根:1年半前です。
qbc:ドイツ時代からですか?
関根:ドイツに行く前からやっています。
qbc:ライフコーチを始めたきっかけは?
関根:ちょうど僕が入院していたときに、就職活動も重なってたのでいろんな社会人の方と話をしてて。そのときに、ある方からコーチングっていう職業があるんだけど知ってる?っていう話を聞かせてもらったのがきっかけです。元々コーチングという言葉を知らなかったので最初は無視してたんですけど、就職活動で情報収集していくうちにコーチングっていう言葉をいろんな人から聞くようになって。
コーチングという職業は「自分の人生とかその人が商品になる」っていう話を聞いたんです。そうなったとき、僕自身が病気や死に際を経験していたりとか、人間関係の苦しさとか、エンパシーな部分もあったり、このどん底の経験を自分だけで収めるんじゃなくて、同じ経験している人や苦しんでいる人の支えになりたい、寄り添いたいっていう気持ちが出てきたんですよね。
そこからコーチングについて調べてスクールに通い、資格を取って、心理学や脳科学とかも応用しながらコーチングをやろうというところに行き着いた感じですね。
関根:周りからは、どんな性格だと言われますか?
qbc:変人って言われますね。(笑)あとは、人を引きつける力があるとか、とにかく元気で明るいとか。あとはなんだろう、めちゃめちゃストイックって言われます。
qbc:なるほど。
関根:あとは、情熱的とか、めちゃめちゃ人想いっていうんですかね。人に対する愛情が強いっていう。
qbc:自分自身では、どんな性格だと思いますか?
関根:両面あると思っていて。周りからめっちゃ行動力があると言われるんですけど、確かに行動力とかエネルギーとか、情熱とか、そういったところではエネルギーに満ち溢れてるっていうのを自分でも感じます。
ただその一方で、限界までいってしまうとコントロールが効かなくなるときがあります。
あとは、自分自身がすごく繊細だったり、人の感覚をキャッチするみたいなところがあったりするので、意外とめちゃめちゃ思考するタイプです。ポジティブなこともそうですが、ネガティブなこともめちゃめちゃ思考します。
qbc:限界まで行くというのは、どういうエピソードがありますか?
関根:それこそさっき言ったバセドウ病も、オーバーワークで限界まで追い込みすぎてなった感じなので。
qbc:具体的には、どんな場面で追い込みすぎてしまうんですか?
関根:オフが無理なんです。1日中走りまくって筋トレして、気を失うレベルまで追い込んじゃったりとかするんですよね。走り込みとかも毎日のようにします。
あとは心の面でも、こんなに休んでる場合じゃないな、みたいな。休んでる自分は駄目だって思い込んで、脳内でもひたすら思考を働かせて勉強したりとか、運動以外でもいろいろやったりして脳も体も休む暇がないところまで追い込んでしまう、みたいな。少しでも、上に上に、という思考でした。
qbc:なるほど。なぜ追い込んでしまうんですかね?
関根:何でですかね。多分昔から、こういう自分じゃないといけないとか、一番になりなさいとか言われていたっていうのもありましたし。環境的にも、Jリーグの下部組織のチームにいたので。
小学校の代表とか、ナショナルトレセンに選出されていたりと上のカテゴリーでやってたこともあって、周りからの期待や目線っていうのがすごくあったので。
だから自分の中でも、こうじゃないといけないとか、周りから一目置かれる存在じゃないといけないみたいなことが勝手に認識としてあったのかなって思います。
qbc:家族や恋人・親しい友人など、身近な人からはどんな性格だと言われますか?
関根:真面目で、純粋とか。あとは、ストイックで頑張り屋だね、みたいなのを言われたりします。
qbc:好きな食べ物は?
関根:ハンバーグとオムライスが好きです。
qbc:なるほど。
過去:ただ、自分の中で周りよりも一歩出てないといけないっていう責任感とか、義務感っていうのは感じてました。
qbc:子どもの頃は、どんなお子さんでしたか?
関根:本当に「少年」って感じで。好奇心がめちゃめちゃあったので、よくわかんない山に友達と潜入して、どこかわかんなくなっちゃったっていうことがあったり。
あとは、すごく変なエピソードなんですけど、人から殴られたらどんな感覚になるんだろうと思って、友達とお互い殴り合うっていうのもしましたね。喧嘩じゃないんですけど、好奇心でちょっとやってみたりとか。
とにかく冒険というか、そういう未知なことにチャレンジするのがすごく好きでした。
qbc:場所での思い出はありますか?こういう場所に行くことが多かった、とか。
関根:山とか森とか、公園とかが多かったですね。
qbc:生まれたところは、どんなところでしたか?
関根:生まれたのは多分、埼玉?東京?かな。確か東京だと思うんですけど。
qbc:山とか森が近い環境だったんですか?
関根:僕、幼稚園のときに愛知に引っ越したんです。
qbc:なるほど。
関根:小学校3年生まで愛知県にいたので、そのときに緑地とか山みたいなのが近くにあって。そこに行ってました。
qbc:サッカーを始めたのは、愛知にいたときからですか?
関根:幼稚園の頃だったので、埼玉か、愛知に行くどっちかのときって感じですね。
qbc:どんなサッカーチームに入ったんですか?幼稚園が案内してそうなサッカーチームなのか、プロを目指す子たちのチームなのかとか、いろいろあると思うんですけど。
関根:最初は幼稚園のクラブチームに入ってました。ただ結構強いというか、しっかりしたチームだったんですよ。なので、幼稚園の頃から東海リーグみたいなものに出場してました。
このときから周りからも一目置かれている感覚は自分にもあったし、周りからも言われていたので。これを考えたら、幼稚園から見られているという意識はあったのかもしれないなと思いますね。
qbc:小学生は、どんな子どもでしたか?
関根:やっぱり純粋さとかですかね。好奇心が強くて、いろんなことに挑戦したい、みたいな。あとは、そのときから友達の感覚に対して敏感になりだしたかもしれないですね。
qbc:「友達の感覚に敏感」というのは、どういうことですか?
関根:つらそうにしてる子がいると、自分も苦しくなるっていうか。支えてあげたいってなっちゃったりとかします。例えば、ドッジボールで当てられちゃいそうな子がいたときに、自分が身代わりで当たりに行くみたいな行動をしたりとか。あとは、自分は悪くないけど友達の喧嘩に入って謝ったりとか。自分で言うのもあれなんですけど、めっちゃ優しい子でした(笑)
その子の感情がわかるというか、感情を汲み取っちゃって自分までつらくなる、みたいな感じの子でしたね。
qbc:それ以外の行動には表れてましたか?
関根:サッカーもそうでしたね。直接言ったりはしてないんですけど、僕がその場に行ったら全部やってしまって、周りがつまんなくなっちゃうなっていうのがわかってたんで。
だから自分はサッカーに行かなかったりとか、行ったとしてもわざと取られたり、パスしたり、みたいな感じでやってました。
qbc:自分がサッカーをやると、周りがつまらなくなるというのは?
関根:自分が無双しちゃうんで、、、(笑)
qbc:自分がサッカーで本気を出すとやばいなって思い始めたのは、何歳くらいからですか?
関根:ちょうど埼玉に戻ってきた、小3とかですかね。
qbc:その頃には、自分が強いっていうのがわかってたんですね。
関根:それでいうと、幼稚園の頃からかもしれないです。
幼稚園の東海大会で僕だけ赤いソックスを履いてたんですけど、相手の監督から、赤いソックスだけはマークしろって言われていたので。ちょっと周りとは違うんだなっていうか、上にいかないといけないんだな、みたいなのを思ってたんだと思います。
qbc:小学校はどんなチームに入ったんですか?
関根:愛知県のときは愛知FCというチームで、埼玉に来てからは、江南南(こうなんみなみ)に入りました。その後に、大宮アルディージャっていうチームに入りました。
qbc:プロチームの下部組織ですか?
関根:はい、そうです。
qbc:そのときの気持ちはどうでしたか?
関根:学校を早退して行ってたっていうこともあって、本当にサッカーで行くんだみたいな気持ちはありました。アルディージャの中でも一番にならなきゃいけないとか、周りより秀でていないといけない、っていう思いは常に持ってました。
qbc:小学生ですよね。クラスの子たちは、自分から見てどう見えていましたか?または、友達からどう見られてたと思いますか?
関根:今になって聞くと「雲の上の存在」みたいなことは言われましたね。羨ましすぎて嫉妬してたっていう話を聞いたりしました。
qbc:自分自身では、どう感じていましたか?
関根:確かに周りよりやんなきゃいけないというのはあったんですけど、だからと言って傲慢になったりとかはなかったです。お前らよりすごいんだ、みたいなのはなかったですし。ただ、自分の中で周りよりも一歩出てないといけないっていう責任感とか、義務感っていうのは感じてました。
qbc:ご家族はどんな感じだったんですか?
関根:結構熱心ですね。特に母がすごく熱心で、毎日送り迎えを往復で2.3時間やってくれたりとか、試合は毎回両親が来てくれて、うまくいったらめっちゃ褒めてくれるんですけど、駄目なときはめっちゃ厳しくされました。本当に熱心に応援してくれる両親でしたね。
qbc:元々、シンプルにサッカーが好きなご家族だったんですか?
関根:家族は、どうなんですかね。多分好きだったんじゃないかな、とは思うんですけど。僕もあんまり覚えてないんですが、最初からサッカー選手になれとかって感じでもなく、たまたまかと。
qbc:中高はどんな感じでしたか?
関根:中学も同じ埼玉県にある浦和レッズっていうチームに入って、高校は静岡の清水桜が丘高校に行きました。
qbc:サッカーで、ってことですよね?
関根:そうです。
qbc:高校は、外部チームには参加せず?
関根:はい。高校サッカーに行きたいって思ったんで。
qbc:なるほど。ちなみにルートとして、高校でもプロチームの下に入るっていう人たちはいるんですか?
関根:全然います。いろんな形があって、高校サッカーをやる人もいれば、Jリーグのユースチームに行く人もいて、クラブチームに入る人もいるっていう感じですかね。
qbc:なるほど。関根さんが高校サッカーを選んだ理由は?
関根:ずっとテレビで見てて。選手権に出たいなっていうのが純粋な目標としてあったので。それで行こうと思いました。
qbc:憧れの選手というか、理想としていた選手はいるんですか?
関根:これといった憧れの選手はあんまりいなかったんですよね。メッシとかを見たりしてたんですけど、絶対この人みたいになるんだみたいなのは正直あんまりなくて。めちゃめちゃ考えないと出てこない、ぐらいな感じでした。
qbc:中高時代で、覚えていることありますか?
関根:中学のときは、レッズという環境が「お山の大将が集まるチーム」だったんですよ。全員がうまい、みたいな感じで。僕はアルディージャっていうところから来たので、完全アウェイだったんですよね。浦和の子が多かったし、ギスギスした削り合いって感じで、そのときから僕はすごく違和感があったんですよ。なんか心が痛いっていうか。最初は自分らしく表現してたんですけど、やっぱりそうしてると周りから反感を食らうようなって。
周りから潰されたりとか、けちょんけちょんにされたこともありましたね(笑)ただこれは僕だけじゃなく、いろんな選手がやられたりやったりを繰り返してました。
qbc:何をし合うんですか?
関根:殴り合いとかはないですけど、仲間外れにしたりとか、削りあいとか中学生のよくあるやつですね。
そういうギスギスした関係が僕はめちゃめちゃ嫌で。だからそのときは、どん底みたいな感じでしたね。練習も行きたくないし、僕の場合は余計敏感だったので、初めてサッカーを辞めようかと思いました。
qbc:なるほど。
関根:学校はとにかくめちゃめちゃ楽しかったんで、しばらく練習に行かず学校で遊んでいる時期はありました。でもいろんな人やコーチと話したり、親ともぶつかり合ったりして、やっぱりサッカーを頑張ろうと思って、もう1回本腰入れてやった感じですね。中学はなかなか病み期でした。
qbc:大学は、サッカー入学?
関根:はい。大学もサッカーで入りました。
qbc:大学もクラブチームではなかったですか?
関根:はい、大学の体育会サッカー部に所属していました。
qbc:大学入学時に考えていたキャリアプランは、どんな感じだったんですか?
関根:大学で4年間やって、その後はJリーグに行こうと思ってました。
qbc:それは、病気で倒れる前までは順調だったんでしょうか?
関根:そうですね。たくさんのチームがある中で、1年の最初から選抜チームに入ったりして順調だったんですけど。一番大事な3年生のときに病気になって、1回は本気で諦めました。
qbc:高校卒業後、大学には行かないっていうキャリアプランもあったと思うのですが、どうして大学に進んだんですか?
関根:高校3年生の夏に、たまたま留学でドイツに行ったんですよね。そのとき、元浦和レッズのゲルトエンゲルスっていう監督に認めていただいて、ドイツの結構上のカテゴリーのチームにオファーしてもらって。4部のチームだったんですけど、合格だよって言われて、いろいろ考えましたね。
でも自分の中では、まずは日本で上を目指したいと思って、大学を選びました。
qbc:自分だけではなく、家族からの意見とかもあっての決断ですか?
関根:はい。もちろん家族と相談したうえでの決断です。
qbc:そのとき一番強い意見というか、参考になった意見とかありましたか?
関根:母が結構強かったので。母が言う日本でっていう意見に、影響を受けてましたね。
qbc:過去についてのことで、まだ話せてないことってありますか?
関根:高校サッカーでいくと、自分はドリブラーという個性派のタイプだったんですけど、行った高校は真逆のタイプだったので、監督に僕の個性を全否定されたんです。だからドリブルの練習をしてても陰で文句言われたりとか、すごく嫌われてる時期があって。
そこから、自分の個性を出せなくなってしまう辛さをすごく感じていました。だからこそ、個性を表現することの大事さを感じましたね。このエピソードはちょっと話しておきたかったかなと。
qbc:高校3年間は、どのように乗り越えたんですか?
関根:正直、中学のときから僕がドリブルすると削られるみたいな感じだったんで、その頃から少しずつ表現できないっていう経験があったんですけど。高校でさらにそれが増えたって感じです。だからすごく葛藤してましたね。チームに合わせるときもあれば、自分の個性を出すときもある感じで。でも3年生になってからは、将来のためにと思ってめちゃめちゃ個性を出しまくって、超怒られてましたね。
未来:愛に生きて、愛の世界を作っていきたいっていうのが僕の夢としてあります。
qbc:5年後10年後、最後死ぬときまでを想像すると、どういう未来をイメージしますか?
関根:やっぱり一番は、愛に生きて、愛の世界を作っていきたいっていうのがめちゃめちゃあります。過去の思いや経験、自分の性質からもこれが強くあるんですよね、最近特に。
qbc:愛ってとても幅広いワードですが、関根さんが考える愛ってどんな愛なんですか?
関根:言葉にできないんですよね。言語化できないというか。
いろんな優しさっていう表現もできますし、損得勘定がない、利害関係がないっていうのもあります。要は、母が子供に向ける愛情の感覚に近いっていうか、それがあったらすごい良い循環になるなと思っていて。人に対してもそうですし、自分に対してもそうなんですけど、自分を愛して人を愛するってそれだけ人生がバラ色になると思うんです。
すごくお互いが気持ちよくて、自分も人生が楽しくなるっていうのがあるなと感じてるんで。愛っていうのを一言で表すとめちゃめちゃ難しいんですけど。
qbc:行動で言うと、どうなるんですか?
関根:自己受容とか最近聞くと思うんですけど、良いところも悪いところも弱いところも、人には言えない恥ずかしいところも全部自分だよねっていう、そんな自分を認めること。
自分自身を表現することが自分の愛だと思います。
周りに対しても、自分の恥ずかしいとか、つらいとか苦しい弱いっていうところを表現したり発信したりして、こんな自分でもいいんだって思ってもらえるようにしますね。
話すときにも愛とか優しさを持って話すし、常に愛があった上で人に接し、発信してます。
いつもそういう思いを持っていきたいし、そういう人生にしたいなって思います。
qbc:具体的にやっていきたいことは?
関根:今やっているライフコーチを通して、コーチングとか講師として講演活動をやっていきたいという思いがあります。あとはコミュニティを作ったり、オンラインサロンみたいなことをやったりとか。一人というよりかは、多くの人に対して発信していきたいですね。
あと発信って言ったら、今TikTokとかYouTube、noteもやっているので、そういった活動も今後広めていきたいなって思ってます。
qbc:もしもサッカーがなかったら、どんな人生だったと思いますか?
関根:インフルエンサー的な活動してたんじゃないですかね(笑)
qbc:それは、人前に出るのが好きってことですか?
関根:そうですね。人前に立って表現するのがすごく好きなんで。
qbc:たまたまサッカーだったってことですか?
関根:本当にそうかもしれないです。元々、自分を表現することがすごく好きなんで。たまにサッカーしながら踊ったりしてて。表現者っていうんですかね。もしかしたらダンサーしてたかもしれないですし。インフルエンサー的な感じで自分を表現したかもしれないなっていうのはちょっと思います。
qbc:一番楽しかった、興奮した瞬間って何ですか?
関根:サッカー系が多いかな。逆転して、勝利を掴み取った瞬間に、みんなと盛り上がったときとか。
qbc:そのときの自分のプレーは?
関根:アシストしたりとかしてましたね。
qbc:絡まなくてもいいですか?
関根:絡みたいか絡まなくてもいいかで言ったら、めちゃめちゃ絡みたいです。
qbc:どんな気持ちになりますか?
関根:なんて言うんですかね。至福?充実感とか、心から溢れるエネルギーを感じます。
qbc:最後に言い残したことはありますか?インタビューを振り返っての一言でもいいし、読んでくれている人へのメッセージでもOKです。
関根:ふと改めて、僕はやっぱり表現者として在りたいんだなって思いをすごく感じました。でも、ただ表現者として自己完結するってよりかは、周りを巻き込んでやっていきたいなっていうのは思ってて。
だからこそ、自分がもし今日死ぬってなったら、みんなに自分を表現するとか、心底自分らしく生きるっていうのはめちゃめちゃ素晴らしいことであって、素敵なことだよっていうのを本当に伝えたいなって思いました。
qbc:ありがとうございます。
関根:ありがとうございました。自分を見つめるきっかけになりましたし、新たな気づきも得られて、よかったです!
あとがき(編集)
一つのスポーツに打ち込んできた人って、すごく魅力に溢れていると思うんです。
それが幼少期からならなおさら。
特に、猛者がたくさんいるような上を目指すチームに所属していると、悩みごとは尽きないと思います。スポーツには怪我や病気も付き物だし、チーム内での自分自身の役割とか、チームの方針とか。考えることは山ほどあって、競技以外でも高いレベルが求められるなんて、まさに人間が磨かれる場だなぁと心底感じます。
チームスポーツと言えど、自分が試合に出るには仲間より秀でていないといけないし、でもときには仲間を立ててあげる瞬間も必要で。
勝負の世界ですから、常人には解せないいろんなことが複雑に&繊細に絡み合うシビアな毎日なんですよね。だけど、だからこそ、勝利を勝ち取ったその瞬間は何にも代え難い感情を得ることができるのだと思うのですが。
とにかく、スポーツを通して乗り越えてきた「経験」は、人生をサバイブしていくための強大なパワーに変換されるという事実。これだけは間違いないと思います。
小学生のころから高い意識を持ち、病気をも乗り越え、現在もサッカーに向き合いながら「愛」という大きな人生のテーマに行き着いた関根さん。
ご自身の経験を強みに、多くの人を巻き込みながら愛が溢れる世界を切り拓いていかれること、楽しみでなりません!
関根さん、ありがとうございました。
【インタビュー・あとがき:qbc】
【編集:misato】
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