夫といるときが一番落ち着く人
人は忘れるが、忘れる力があること自体は幸せなんだと、そういうふうに言う人もいらっしゃいます。
人生に、さりとて絶対に忘れない備忘録っていうのがあったのだとしたら、そこに私は何をメモするんだろうな。父親が死んだこと? 母親が倒れたこと? コロナがあったこと? 911? 311? 国鉄さようなら? ベルリンの壁? なんだろう、社会のことではなくて、やっぱり個人的なことを書き記すんだろうかね。
10年付き合っていたけど別れた人のこと? 10年好きだったけど見向きもしてくれなかった人のこと? 誰だよ。誰? そうかどうも、私は人の出来事をどうも書き記しそうだな。
人間は人間のために人間がががが。人間は人間のために生きているようで生きてはいなくて、こうして、話して、インタビューという空間で話して、そこで二人だけのための即興のサードプレイスでも作ってやらないと、話せなくて。なかなかね。恥ずかしがり屋だから。
そういう意味で、無名人インタビューというのは即席で作る小さな折り畳み式のコーヒーテーブルなんだ。
こういうときに私qbcは思う。ああ必要なのは場所であって、心じゃなかったんだな。誰かと話したいという心はずっと持ってあったんだ。生きてから、ずっとな。
そして理解されたい心もあったんだな。朝、目覚めて、好きな人がすぐそばにいる安心感とともに生きる。生きる?
と思う2024年5月18日7時45分に書く無名人インタビュー754回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

今回ご参加いただいたのは 水元れい さんです!
年齢:30代前半
性別:女
職業:主婦(時々ライブハウスでアルバイト)
x:https://twitter.com/rriimmzzmmtt
Instagram:https://www.instagram.com/rei_mizumoto
note:
現在:わたし自身が普段生きている中で、夢と現実を行ったり来たりしているような感じがあって。自分が生きている感じとしては、地に足がついていなくて、ふわふわしているんですよね。
qbc:
今、何をしている人でしょうか?
水元れい:
今は、基本的には主婦をしています。
あとは、もう一度辞めているんですが、前職のライブハウスで時々アルバイトをしています。
qbc:
はい。
水元れい:
あとは文章をずっと書いていて、新人賞に応募したりもしていますし、被写体活動もたまにしてます。
qbc:
趣味は?
水元れい:
映画を見ることです。あとは、お洋服やファッションが大好きなので、ショッピングとか。
qbc:
それ以外の時間は何かやってることってありますか?
水元れい:
最近ZINEを作っていました。
qbc:
作ってみて、どうでしたか。
水元れい:
ちょうど完成品が昨日来て、今日オンラインショップに上げたんですけど。
「何かを作る」ということが自分に向いていると思っているので、やっているときはすごく楽しかったです。
わたし、統合失調症とか発達障害があって普段精神科に通っているんですけど、ZINEを作ってる時間はそういう不安定な状態からちょっと脱せられた時期でしたね。
qbc:
ZINEは、どんなテーマで?
水元れい:
「夢と現実」というテーマで作りました。

qbc:
具体的には、どんな内容ですか?
水元れい:
基本的には自分自身のことです。写真と文章のZINEなんですが、写真に写ってるのも自分です。普段被写体をしていることもあって、わたしがモデルとして写ってる写真とわたしが書いた文章ですね。
今まで生きてきた中でこういうことがあって、わたしは今こういうふうに生きてます、っていうのを詳しく書いたわけではないんですけど、今自分に書ける文章で作りました。生きてきた上で思ったこと感じたこととか、そういうことをベースラインにしています。
写真もそういうふうに撮ってもらうようにして、自分でピックしました。
qbc:
タイトルを考えたのは、先ですか?
水元れい:
後ですね。
qbc:
内容は徐々に作っていった感じですか?
水元れい:
内容は、先です。
qbc:
なるほど。何で「夢と現実」というタイトルをつけたんですか?
水元れい:
わたし自身が普段生きている中で、夢と現実を行ったり来たりしているような感じがあって。自分が生きている感じとしては、地に足がついていなくて、ふわふわしているんですよね。
夢の中を生きてるような気もするし、でも現実として主婦の家事やアルバイトに行ったりして現実も生きてはいるし。その境目みたいなものは自分の中でよくわからなくて。
だから、今の自分を表すんだったらこういうタイトルをつけて、そういう中身にしようと思いました。
初めてのZINEだったので、自己紹介的な部分というか、自分自身というものを表現したかったんですよね。
qbc:
最初から「夢と現実」っぽく書こうとしていた感じですかね。
水元れい:
そうですね。ZINEを作る上でテーマを決めるときに、一番最初に出てきましたね。
qbc:
夢と現実の感覚って、いつ頃から感じていたんですか?
水元れい:
「夢と現実」というふうに言語化したのは、今回ZINEを作るにあたってなんですけれども。
文章を書いたりとかもしてるので、地に足がついてない感覚というか、ふわふわした曖昧で感覚的なものは10代のときからずっと感じていましたね。
でも、そこにも振れ幅みたいなのがあって。結婚当初とか、人生の節目節目になると、夢の中にいるような感覚が大きくなったりとかもします。
qbc:
普段書いている文章は、どんな感じの文章ですか?
水元れい:
純文学的な文体に近いですね。自分が新人賞とかに応募するときは、純文学に特化したところに応募することが多いです。
qbc:
最近書いた小説の内容は、どんなものですか?
水元れい:
去年末に応募した短編小説なんですけれども。
女性が恋愛をしていて、その恋愛の高ぶりを書いた上で、男性と待ち合わせをしているときに大地震が起こるストーリーです。建物も街も崩壊して、自分もボロボロになって、結局相手は現れなくて。そんなボロボロな姿でも、相手が現れなくても、傷ついた心でも前を向いて生きていこう、みたいな話を自分なりに文章にして書きました。
qbc:
具体的に、どんなところから発想したものなんですか。
水元れい:
現実で何かきっかけがあったとか、これをモチーフにしようと思ったとかではなくて。
文章を書くときはいつもそうなんですが、書きたい場面が浮かぶので、その場面やある一部分の思いつきから発展させてストーリーを作っています。
qbc:
なるほど。
水元れい:
だから、特に何かモチーフがあるわけではないですね。
qbc:
書いてるときは、どんな気分ですか?
水元れい:
自己表現というか、自己実現というか。
自分が感じたことや自分が得たこととか、書いているのはわたしなので、自分に則した文章しか書けないんですよ。
qbc:
はい。
水元れい:
だから、三人称の文章を書くのがちょっと苦手で。ストーリーを書いているけど、どこか自分を省みているような気持ちっていうのは常にありますね。
qbc:
自分は何のために書いていると思いますか?
水元れい:
生きるためというか、生きた証を残したいんですよね。
qbc:
うん。
水元れい:
今回ZINEを作ったのも、本の形にしたかったんですよ。
本が好きなので、自分が書いてる文章や自分が写真に写る姿を本として手元に作っておきたくて。何かを残したい気持ちっていうのは、普段から強くありますね。
qbc:
今の生活のなかで、人生の中心って何ですか?
水元れい:
夫の世話をすることですね。
qbc:
それと拮抗するものって、何ですか?
水元れい:
拮抗するものは、やはり何かを作ること。
qbc:
何かを作るのって、文章以外でも良いんですか?
水元れい:
被写体をやっていることもそうなんですけど、なぜ被写体をしてるかっていうと、アート作品や美術がすごく好きで。
作品を作ったり生み出すときに、わたしが被写体になることによって良い作品ができたとしたら「よかった!」って思うんですよね。わたしは写真をうまく撮ることはできないので。
良い作品を世に生み出すための片棒かつげたような気持ちになります。
qbc:
周りの人からは、どんな性格だと言われますか?
水元れい:
場面によって違うんですが、夫や家族などの近しい人からしたら、とても繊細でネガティブな性格。
でも仕事や社会的な場面に行くと、明るくて活発。身近な人とは逆の印象を持たれていると思います。
qbc:
自分ではどう思いますか?
水元れい:
嫌なくらい繊細というか、色々なことに過敏なんですよね。なので、どちらかといえば暗い方だと思ってます。
qbc:
何をしているときが一番楽しいですか?
水元れい:
かわいいお洋服を着てお出かけしてるときが一番楽しいです。ものを作っているときと同じぐらい楽しいです。
qbc:
それは現実と現実で言うと、違う感じなんですか?
水元れい:
そうですね。何か違う感じもしますね。
qbc:
例えば歩いてるときは夢側なんですか?現実が多い?
水元れい:
でも、夢側だと思います。
qbc:
かわいくない服を着て街を歩いているときは、どちら側なんですか。
水元れい:
それは現実だと思います(笑)
qbc:
「かわいい」の基準を教えてください。
水元れい:
「その服自体にドラマがあるか」。その服を着ているときに、ドラマが生まれそうか?みたいな、ドラマチックであることをすごく気にしていて、それを基準にして服を買っています。だから、自分が着たい!買いたい!と思うお洋服は、どこかドラマチックなものが多いです。
qbc:
例えば、どんな服にどんなドラマがあるんですか?
水元れい:
わたしはヴィンテージのお洋服がとても好きで。
例えば100年前のものとかになるとアンティークになってくるんですけれども、そういうアンティークのものとかだと、ここまで100年の道のりを歩んできた歴史があるわけですよ。
そういうところにすごくドラマを感じて、どういう人の手に渡ってこのボタンが付けられたんだろうかとか、そういうふうに思いを馳せるっていうこともあります。そういう歴史に目がいきますね。
qbc:
見た目の形とかは?
水元れい:
今は、女性らしいフリルとかレースとかが好きです。
自分が女性であることっていうのを思春期の頃から意識していて、でも本当に若かった10代のときは逆にそれがすごく嫌で。
自分が女性であるということが、それだけで劣っていると思ってたんですよ。
qbc:
うん。
水元れい:
なので、髪をすごく短くして、ライダースジャケットを着てタバコ吸って、みたいな、本当に男のような格好をして歩いていた時期もあるんですけど。
でもその反動なのか、30歳を超えたぐらいから今度は女性らしいお洋服がとても好きになりました。
レースとかフリルとか、ピンクとか赤とか、そういうお洋服が多いですね。
qbc:
フリルなどには、どんなドラマ性を感じられるんですか。
水元れい:
わたしが単純にそういうディティールが好きっていうのもあるんですけど。
でも、ヴィンテージのものってそういうものが多いんですよ。特にレースは年月が出やすいので、そういうところにドラマを感じますね。
qbc:
「夢か現実か」って、普段から白黒つけたり判断したりしますか?
水元れい:
いや、しないです。
qbc:
どんなときに、夢と現実の境を感じるんですかね。
水元れい:
例えば、昼寝して起きて、夢の延長でずっとふわふわしたまま晩ご飯を作ったりとか。
そういうときに、これは夢なのか現実なのかと思ったりもしてたんですが、もうそもそも自分がそういう人間なんだと最近は思うようになりました。ZINEを作って、自分を省みたこともあって。
なので、はっきり白黒つけたり、今は夢か現実かとかっていうのはあんまり考えなくなりました。
地に足つかずに揺れてるようなふわふわした状態がわたし自身なんだな、っていうふうに今は認識しています。
qbc:
好きな食べ物について教えてください。
水元れい:
好きな食べ物は、甘いもの全般です。
qbc:
和風?洋風?
水元れい:
どちらもですね。
qbc:
なるほど。最近おすすめの甘いものは?
水元れい:
美味しいケーキ屋さんが近くにあって、イチゴのショートケーキがすごく美味しいんですよ。
最近ダイエットしていたんですが、甘いものを絶っているときにそのショートケーキが食べたい!とすごく思ったんです。ベーシックなところに行き着いたというか、そこに戻るんだなって自分で思いましたね。
過去:わたし自身が生きてることに意味はあまりなくて、「生きてるんだったら寿命を全うする間に何か作って残したい」っていう気持ちがすごく強いです。
qbc:
子供の頃は、どんなお子さんでしたか?
水元れい:
子供の頃は本当に活発でした。2歳下に弟がいるんですけれども、仲が良くて、一緒に手を繋いで登下校したりとか、遊んだりしていました。
でも、弟が7歳、わたしが9歳のときに弟が亡くなったんですね。それが生まれて初めて起きた一番ショッキングな出来事で、それから今の自分が形成されたなと感じています。
そこからネガティブな感じというか、暗いというか。今の自我ができたかなって感じはしますね。
qbc:うん。
水元れい:
子供の頃は本当に明るくて、能天気というか。でも、石橋を叩いて渡るような慎重なタイプではあったんですけれども。
qbc:
弟さんはなんで亡くなったんですか。
水元れい:
突然なんですよね。平たく言えば、風邪をこじらせてというか。
qbc:
うん。
水元れい:
風邪をひいて熱出して、学校をお休みするって言った2日後には、容体が急変して。
普通に家で寝ていただけなんですけど、救急車で運ばれて、お医者様たちも何がなんだかわからないみたいな感じで。そうこうして、検査している間に亡くなってしまって。
最終的に死因は出たんですけど、何とか症候群みたいな、当時のわたしはすごく後付けのように感じた病名でした。
救急車で運ばれた後の処置もちゃんとされてなかったりして、やっぱり家族も納得ができなかったので、医療ミスじゃないかということで両親が民事裁判を起こしたりもしたんですが、結局本当の死因っていうのはわからないままですね。
ただ突然いなくなってしまった、っていう。
qbc:
なるほど。子供の頃は、どんな遊びをしていましたか?
水元れい:
よく絵を描いていました。画用紙にクレヨンや色鉛筆で絵を描くのがとにかく好きでしたね。
qbc:
小学校時代はどんな生活でしたか?
水元れい:
わたしが4年生になったときに弟が亡くなったので。それまでは本当に学校も楽しくて、友達もいっぱいいて、弟もいて、休み時間は活発に外で遊んだり、描いた絵を友達に見せたりしていました。勉強も普通にできましたね。
ただ、弟が亡くなって1年間不登校になりました。小学校5年生に上がる新学期からまた学校に行き出したんですけど。
qbc:
うん。
水元れい:
でも、元々自閉症スペクトラムというASDの発達障害を持っていたので。それまで「周りに馴染めない」っていうことはあまり意識してなかったんですけど、小学校5年生に上がってからは周りと馴染めなくなりました。1年間近く不登校で学校に行っていなかったのもあったんですけども。
周りがやってることがよくわからなかったりとか、周りが求めてることと全然違う突拍子もない事を言ってしまって笑われたりだとか、そういうのがすごく顕著に現れ始めました。
それもあって、ちょっとずつ性格も暗くなったっていうのはありますね。
qbc:
中学校は?
水元れい:
中学校は、すごく楽しかった印象が強いです。小学校の同級生がいない中学校に行ったんですよ。そしたらすごく気の合う友達や優しい子が多くて。
中1のときは、普通に部活動をして勉強して、友達と休み時間遊んでっていう感じで順調だったんですが、度を越えてしまって。中2の夏ぐらいからちょっとグレたというか、非行に走ってしまったんですね。
毎日学校を途中で勝手に帰って、渋谷に行って友達と遊んで、とかっていうのを1年ぐらい続けて、中3になって受験もどうしようみたいな話になったときに、そういう荒れた生活をしてたことが虚しくなってきたんです。そこから受験勉強をしようと思って勉強しだして、本来の中学生の生活に戻りました。
でも、30歳を超えた今でも当時の同級生と会ったり連絡を取り合ったりしているので、本当に良い友達に巡り会えたのが中学校生活でしたね。
qbc:
高校は?
水元れい:
セミインターナショナルの英語に特化した私立の学校に行ったんですが、高校ではまた馴染めなくて。
とはいえ、小5のときに「こういうときはこういうこと言っちゃいけないんだ」と言うような経験を積んでいたのもあり、その経験と勘を駆使して、高校では何とか馴染んではいたんですが。
qbc:
はい。
水元れい:
でも、なんだかすごく周りの子たちを馬鹿にしていました。心の中で。
レベルが低いなぁって思いながら、すごく合わないなっていうのは感じていました。
qbc:
うん。
qbc:
高2のときわたしは英語コースだったので、必ずアメリカへの短期留学があったんです。
アメリカに短期留学で3ヶ月間滞在したのですが、親元を初めて離れて異国の国で共同生活をするので、みんなのストレスが溜まっていたこともあり、ちょっとした事件が起きました。
その渦中にわたしがいて、それがきっかけで高2の秋からいじめられるようになってしまったんですよね。
qbc:
うん。
水元れい:
学校という社会は狭いですから、日本に帰ってきたら「今あの子がハブられてるらしい」みたいな噂が一気に広まって、余計にいじめがエスカレートしました。
それで体調を崩して、もう学校に行けなくなってしまい、高2の2月ぐらいに高校は中退しています。
qbc:
なるほど。事件って、何があったんですか?
水元れい:
短期留学が、私服通学だったんですよ。
当時からわたしはお洋服が大好きだったので、毎日「すごくかわいい格好してるね」ってみんなから言われるような派手な格好をしていて。
qbc:
うん。
水元れい:
秋から冬にかけての留学だったので、寒くなったときに豹柄のファーコートを着て行ったんです。多分それが周りの子たちから受け入れられなくて。
慣れない留学にストレスが溜まっていたのか、何か粗探しをしたいような雰囲気もあり、まずわたしが男子の標的になったんですよね。
カメラで隠し撮りをされて、わたしはそれがすごく頭にきてしまって、その場にいた男子生徒を全員呼んで、カメラのデータが入ってるカメラを壊しちゃったんですよ。
qbc:
うん。
水元れい:
それを見てた女子は、何してるの?みたいになって。事情もあまり知らないけれど、女子からも男子からも大顰蹙で。そこからいじめが始まったっていう事件でした。
qbc:
高校中退後は?
水元れい:
大学に進みたかったので、高卒認定を取って大学受験をしました。
でも、高校を中退してまだ日が浅かったっていうこともあり、挫折感みたいなものがすごくつきまとっていて、うまく勉強ができず、大学受験もうまくいかなくて。
それで、自分自身のこれからの人生どうしようって向き合ったんですよね。
好きなことをしたい、好きなことをしようって思ったときに、その当時一番好きだったのが音楽だったので、音楽活動をしようと思って楽器を買って練習しました。
バンドを組んだりとか、音楽活動を一時していて、それがきっかけで今も働いているライブハウスに20代前半のときに入りました。
qbc:
うんうん。
水元れい:
でも、色々な事情で音楽活動を続けていけなくなって。バンドって、続けること自体が難しいですし、ライブハウスに入って他の良いバンドも見ました。良いバンドってたくさんいるけれど、売れないんですよ、やっぱり。
良くても売れないバンドが山ほどいたりとか、なんでこの子が売れるんだろうっていうような子でも、会社の偉い人に目をつけられたら売れていくとか、そういう現実を見てしまったときに、自分はやりたいと思えなくなってしまって。
qbc:
うん。
水元れい:
10代のときから文章や詩をずっと書きためていたので、バンドの現実を知ってからは文章の方で自己表現をしようと思って。
20代は、文章を書きながらアルバイトをする生活をしていました。
qbc:
詩や文章を書いてるとき、どんな気持ちですか?
水元れい:
その世界に没頭していますね。なので楽しいって思うときもあれば、うまく書けなくて何かを生み出すのってどうしてもこんなにつらいんだろうとマイナスな気持ちにもなることもあります。その両方ですね。
qbc:
家族からはどういうふうに育てられましたか?
水元れい:
結構両親の性格も、子供の頃から今にかけて変わっていて。
子供の頃は、母親はヒステリーなタイプで、父親はそれをなだめつつ、わたし達を諭すような
タイプ。
愛情を受けて育ったとは思うのですが、父親が難病にかかってしまって。それで性格が変わってしまった時期がありました。
qbc:うん。
水元れい:
だから今度は、父親の方が感情の起伏が激しくなってしまって。暴力は振るわないんですが、言動に出るようになりました。
わたしの自閉症スペクトラムはおそらく父親からの遺伝なので、考え方はすごく父親と似てるんですが、そういうことがあって父親と合わなくなってしまって。
わたしが思春期ぐらいになったら、わたしのその病気を父親は受け入れてくれなかったんですよね。
なので父親からは突然拒絶されて、逆にそのヒステリーだった母親が寄り添ってくれるようになりました。
愛情深く育てられましたが、いろいろありましたね。
qbc:
お父さんは何の病気?
水元れい:
脳がどんどん萎縮していってしまうような難病指定の病気だったと思うのですが、病名は忘れました。両親はわたしが27歳ぐらいのときに離婚していて、もう今は会えていないので。
qbc:
なるほど。
水元れい:
いずれは寝たきりになるような難病で、ケアの方に週に何回か来ていただきながら今は1人暮らしをしてますね。
qbc:
お母さんとは会ってらっしゃるんですか?
水元れい:
頻繁に会っています。
qbc:
文章に移行してからはどんな生活ですか?
水元れい:
精神状態が、より不安定になりました。
新人賞に応募していますが、受賞歴はいまだに特にないので。うまくいかないなぁっていう小さな挫折を何度も繰り返していますね。
ライブハウスで普通に仕事をして、その前後の時間に文章を書く生活をずっとしています。今の夫ともライブハウスで出会って結婚しました。
qbc:
文章を書き始めたのは何歳?
水元れい:
本格的に小説を書き始めたのは、25歳ぐらいですね。
qbc:
結婚は?
水元れい:
結婚は30歳のときです。
qbc:
パートナーはどんな方なんですか?
水元れい:
夫は、同じライブハウスで働いてる音響エンジニアです。PAと呼ばれる仕事をしてるんですが、性格で言うととっても安定してます。精神状態が健康な方です。
だから一緒にいられるっていうのもあるんですけど。すごく支えてくれる人ですね。
qbc:
生まれ育った風景って、どんな感じですか。
水元れい:
川崎の僻地で生まれたので、緑もありますし、ベッドタウンみたいに家がいっぱいあって。子供の頃の記憶では、空が高い印象でした。
新宿や渋谷には電車で20分ぐらいで行けるんですが、のどかなところです。
でも、弟が亡くなった後と前ではやっぱり見え方が変わりましたね。
qbc:
どんなふうに?
水元れい:
漠然と綺麗だな、とか、気持ちがいいなって思う風景とかものに対して、理由を見いだしてしまうようになったというか。
それですぐそれが自分に返ってきて、わたしの意味は何なんだろうと考え始めて。どんどん暗くなっていくみたいな感じです。
qbc:
自分の人生は何だと思いますか。
水元れい:
自分の人生は、何かを作って残すことを目標とはしています。
でも、わたし自身の人生については意味はないと思ってますね。寿命を全うすることが目標なので。持病や精神的な病気を抱えていたりとかもありますし、子供の頃に弟を亡くしているので、何をするにしても「死」というものが常に付きまとっているんですよ。
子供の頃に死生観について考えるきっかけが多々あったので。
なので、わたし自身が生きてることに意味はあまりなくて、「生きてるんだったら寿命を全うする間に何か作って残したい」っていう気持ちがすごく強いです。
qbc:うん。
水元れい:
でも、幸せを追い求めてるとは思います。
qbc:
何かを作って残すって、いつから明確化されたんですか?
水元れい:
年を重ねるごとに。でも、危機的に感じたのは本当に最近ですね。
qbc:
ZINE以前?以後?
水元れい:
ZINE以前です。
なので、手始めにZINEを作ろうと思いました。
未来:何歳になってでもいいから、自分の書いた文章が本になってほしい。ZINEとかっていう形ではなくて、本にしたいっていうのが夢ですね。そのために書き続けなきゃいけないなと思ってます。
qbc:
10年20年30年、最後は自分が死ぬっていうところまでを見据えると、どういうふうに未来を思っていますか?
水元れい:
第1の希望は、夫と添い遂げたい。
離婚していく方をいっぱい周りで見てきているので。死ぬまで仲良く一緒にいられるかどうかって、わからないじゃないですか。夫との間でも他のことでも、これから何が起きるかなんてわからない。
なので一番の希望としては、夫とこれからもずっと一緒に人生を添い遂げていきたいです。
qbc:うんうん。
水元れい:
わたし個人の話としては、何歳になってでもいいから、自分の書いた文章が本になってほしい。ZINEとかっていう形ではなくて、本にしたいっていうのが夢ですね。そのために書き続けなきゃいけないなと思ってます。
qbc:
どういう気持ちでいたいですか?
水元れい:
明るい気持ちでいたいですね。毎日幸せな気持ちでいたいです。
qbc:
どんなことが幸せですか?
水元れい:
まず精神が落ち着いていて、不安定でないことが幸せですね。波が激しいので、普通にご飯が食べられるとか、普通にお風呂に入れるとか、普通に外に出かけられるとか。そういう普通の人ができること。
わたし、他の人に比べてできないことが多いんですよ。なので、わたしから見た他の人たちが普通に暮らしてるような生活を、普通の気持ちで送れることは幸せですね。
qbc:
できないというのは、例えば?
水元れい:
仕事も、今アルバイトをしているんですが、新しいことや新しい環境とかなどの変化にすごく敏感で、受け入れられないんですよ。体調に顕著に出てしまうので。
今のアルバイト先は10年以上いるので大丈夫ですが、慣れたところでしか働けないんですよね。イレギュラーなことがすごく苦手なんです。
なので、そういう場面に出くわすとパニックになってしまったりとか、不安になったりとかします。
qbc:
うんうん。
水元れい:
夫が大変な思いをしてるところだと思うんですけど、何時に帰ってくるって言われて何時に帰ってこないと、もうそれだけで不安なんです。パニックなんですよ。
でも、そんなこと普通の人は多分ないじゃないですか。連絡くれたし大丈夫だよ〜って普通に受け入れられるところが、わたしは受け入れられない。
qbc:
うん。
水元れい:
あとは、音にすごく過敏な性質があるので、電車に乗るのがちょっと難しい時期があったりとか、サラリーマンのような仕事ができなかったりとか。
家にいてもご飯が作れない日もあるし、何もできないときは本当に何もできなくて、ずっと家で横たわっていたりとか。
精神的にも肉体的にも自分の体調が安定しないので、そういうところが普通できている人は羨ましく思ってしまうというか、比較してしまうんですよね。
qbc:
もしも弟が死んでいなかったら、どういう人生になっていたと思いますか。
水元れい:
今とは全然違う人生だろうなと思う。想像するのが難しいですね。
それこそわたしが思い描いている、わたしにはできないことができる人になれていたのかなって思ったりします。
qbc:
弟が生きていたら、どんな人だったと思いますか?
水元れい:
うーん。でも、もしかしたら今と変わらないかもしれないですね。やりたいことはやりたいって思って音楽やったり、文章を書いたり。
子供の頃から絵を描いたり何かを作ることが好きだったので、やっぱり何かを作って生み出したいっていう方に向かっていってたんじゃないかなと思います。
だから、弟が生きていても、わたしの人生としてはそんなに変わらなかったのかもしれないです。性格以外は。ただ、生み出すものは違ったと思いますけど。
qbc:
うんうん。どういう違いですか?
水元れい:
勝手なイメージですけど、そんなに死生観にとらわれていないような、明るいもの。
わたしが書く文章とか詩って、底抜けに明るいものってないんですよ。どうしても書けない。
それってやっぱり弟の死があったりとか、近しい人を亡くしていて、自分自身も不安定な状態で今日生きてるのが精一杯みたいな感じなので。
だからそれがなかったら、明るいものというか、良い意味で能天気なものを生み出していたかもしれないですね。
qbc:
過去に戻りたいですか?
水元れい:
今は、そういうふうには思わなくなりましたね。
qbc:
いつ頃から?
水元れい:
結婚してからぐらいですかね。
qbc:
結婚後、不安定だったんですよね。
水元れい:
結婚後は、一時すごく不安定になりましたね。
qbc:
うんうん。
水元れい:
はじめから同棲をしていたわけではなくて、結婚と同時に突然他人と一緒に住み始めたので。そういう新しい環境や変化にはじめは馴染めなくて。そんな時期もありました。
qbc:
それがいいかどうかは別として、何があったら安定するんですかね。
水元れい:
今回ZINEを作っていて思ったのは、今の現状では不安定さをなくすことはわたしにはできないと思うんですけど。でもそれを緩和することとして、文章を書き続けたりとか、作品を作ったりとかがある。そういうものが安定には必要だなと思います。
qbc:
安定したいんですかね?
水元れい:
そうですね。そういう気持ちが最近まですごく強かったです。
qbc:
今は?
水元れい:
今は諦めもあるんですけど、「これが自分かな」っていうのを今回ZINEを作って再認識したというか。もう仕方ないし、全部受け入れていかにそれをより良くしていけるかとか、自分なりに無理せず。自分のある姿のまま、自然に生きていければいいかなと思えるようになりましたね。
qbc:
どこか行きたいところとかあるんですか。
水元れい:
ニューヨークに行きたいですね。昔一度行ったんですけど、価値観が変わったので。
行ったのはもう10年以上前なんですけど、改めて今行ってみたいところですね。
qbc:
何か作ることをなくしたら、何する人になるんですかね?
水元れい:
多分早々に死んでるんじゃないかなっていう気がしますけど(笑)でも、普通に結婚して、仕事は普通のお仕事は難しいので、主婦になって家にいて。外にも出ず、家のことをして夫の帰りを待つような生活をしているのかな。
何も作り出すものがない生活だったとしたら、多分今以上に精神を病んでいると思いますね。その先が見えないです。
qbc:
何をしているときが一番落ち着きますか?
水元れい:
夫といるときが一番落ち着きます。
qbc:
パートナーさんは、どんな存在ですか?
水元れい:
支えてくれるのはもちろんなんですけど、わたしが生きる意味にもなっていますね。夫がいるから生きなきゃって思います。だからちょっと依存してるのかなとも思うんですけど。
qbc:
うん。
水元れい:
そういう自覚がすごくあるんです。実際、精神的にとても依存してると思うんです。
それでもわたしがわたし自身を個人として受け止めていられるのは、何かを作り出したりとか文章を書いたりっていうことで、微妙にバランスを取ってるみたいなところがありますね。
qbc:
ありがとうございます。最後に言い残したことは?遺言でも、インタビューの感想でも、読者向けメッセージでもいいです。
水元れい:
ありがとうございます。ですね。
水元さんの撮影について書かれた記事はこちら。
あとがき
人生ジップロック、っていうのがもしもあったとしたら、そこに何を入れます?
気密性高くて、そこにいれると腐ったり壊れたり、なくなったりしないんですよ。人生の大事なもの、しまっちゃえるんです。いやまあ、大事なもんじゃなくて、何か記憶のよすがになるもの。思い出の燃えさしみたいなもんでいいから。
例えば子供のときにひろったどんぐり、まつぼっくり、石、枯れた花、なんでもいいから。原始人みたいな感性のままに求めた、何か、何でもいいから。
私ならなんだろうね。私か。私は、あんま、ないかもな。
いや、本か。ノサックの死神とのインタビューでも入れておこう。
【インタビュー・あとがき:qbc】
【編集:misato】
#無名人インタビュー #インタビュー #夢と現実 #ZINE #ファッション #音楽 #ライブハウス #被写体 #統合失調症 #発達障害
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