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順風満帆に行ってる人生が想像できなくて何者かになっててもいいし何者でもなくてもいいからずっともがいてるのが自分にとって幸せかなと思う人

あがく。もがく。うなだれる。人間の人生って結局傷つきながら進むことでしかないよなって思ってる。最初、人間は、どうしてか傷つきたがらないけれど、さっさと転んで傷ついてそこから立ち直る方法を覚えたほうが人間、その瞬間また輝くから楽しいし。
どうして泣いたりケガをしたりすることをおそれるのか。死ぬわけじゃないし。
今回の参加者さんは、たくさん喋ってくれました。今回、私は主催としてインタビュアーのあげてきた原稿に目を通しながらインタビュー音源を聞いて、この人の心のありさまを想像します。まあ、でも、どんな形でも別にいいんですけど。でも、今回は、すこしだけ感動しました。
誰かを特別視しないために始めた無名人インタビューだけど、自分の心が動かされたことは事実で、それにはウソはつけない。「順風満帆に行ってる人生が想像できなくて何者かになっててもいいし何者でもなくてもいいからずっともがいてる」姿に感動した。涙した。(涙したのはウソ)。
今回の無名人インタビューもめちゃくちゃ楽しんでいってくださいね。(主催:qbc)

今回ご参加いただいたのは 岡山鈴夏 さんです!

現在:正しいレールから外れて、ふわふわと生きている

ゆーみん:はい。それではインタビューよろしくお願いします。

岡山:はいよろしくお願いします。

ゆーみん:お名前はなんとお呼びすればいいですか。

岡山:そうですねー、SNSでは岡山さんって呼ばれることがすごく多いので、岡山さんでお願いします。

ゆーみん:じゃあ、岡山さんで。わかりました。今日、何かインタビューで話したいことなどありますか?

岡山:そうですね。noteを久しぶりに書いて、その、無名人インタビューさんから、いいねが飛んできて、存在を知って、そのなんていうんだろう、好奇心のままに、これと言って何か伝えたいことがあるっていうわけではないんですけど…

ゆーみん:あ、特になければ、自由な感じでいきましょう。

岡山:はいわかりました。

ゆーみん:じゃあ、早速質問させてもらいますが、今、何をしてる方ですか。

岡山:今はですね、そうですね、今はフリーターをしています。なんでフリーターをしているかっていうと、その、去年の3月に大学を卒業したんですね。で、去年の3月に大学を卒業して、そこから、ちょっと色々訳あって、会社には正社員として入らずに、ふわふわとフリーランスとしてイラストだったりデザインだったりだとかの活動をしているかたわらで、SNSを通じて知り合った人の会社の業務委託で、Youtubeの会社に入らせてもらって。そこでも活動をしてたんですけど、そこがもう半年も持たなくてですね。
で、9月にはやめてしまって、精神科の先生から半年は休みなさいっていう風に言われまして。それで休んで、そっからどうしようかなって思ったところ、そのデザインだったり、イラストの部分をもう1回ちゃんとやり直したいなと思って、それで社会人向けの専門学校があるっていうのを知ったので、実家とかには頼らずに、自分の力でどうにか入学して、そこで学びたいなっていう風な思いがあって、今、必死にアルバイトをしているっていう状況ですね。

ゆーみん:おお、色々あったんですね。

岡山:そうですね。色々ありました。高校卒業から今まで、本当になんて言うんですかね、あの、いわゆる人生のこう正しいレールみたいなのから何回も転落した人生だったかなっていう風に感じていて。まず、高校入学まではすごく順風満帆だったんですね。それなりに、中学校では勉強を頑張って、部活動も頑張って。で、例えば夏休みの宿題の自由課題とかあるじゃないですか。絵だったり、そういうのをもう片っ端から全部やってみたりとか。こうアクティブにいろんなことをやっていて、で、その活動だったりだとかが全部実になって、高校進学はスムーズに進んだんですけど、高校3年生の夏入る前ぐらいから、家庭の事情で受験勉強どころの騒ぎじゃない状況になっちゃって。

ゆーみん:それはどうしてですか?

岡山:えっと、母方の祖母と一緒に実家に暮らしていて。祖母が何かこう特別これといった病気ではないんですけど、あんまり体調が良くなくて、で、プラスして認知症みたいなのを発症していいて。もともと祖母と母があまり仲が良くなくて。そこの部分で結構認知症って、私はよくわからないんですけど、なんて言うんですか、本性が出るっていうか、っていうのがあるのかなって思っていて、こうなかなかやっぱりうまくいかない部分が多かったんですね。

ゆーみん:うんうん。

岡山:しかも母とはあんまり仲が良くなかったけど、孫には優しいかって言われたら、そうでもなくて。私は妹がいて、2人姉妹なんですけど、妹にはすごく優しいんです。一方で私への接し方が母親とほぼ一緒みたいな感じだったので、それで、まあそもそも、なんて言うんですかね、こういうことを他人に言うのはすごくはばかられるんですけど、こう家族なのに助けたくない気持ちがすごく根底にあって。
でも、家には、施設に入れるだけのお金がなかったりとかっていうのがあったので、そういったところは、私たちもアルバイトをして、家にお金を入れてました。だからもうほぼ毎日、学校が終わったらアルバイトをするっていう状況だったので、なかなか受験勉強をする体力も残ってなくて。それでこう自然と大学進学することを考える余裕がなくなっちゃったんですね。で、それでそのままズルズルと卒業していって、卒業した時も周りには大学進学する人が多い学校だったので、「どうするの」みたいな。なんか受験の話全く聞かないし、勉強してる感じもそんなにないけど、どうしたの、どうするのっていう風に聞かれて。いやあ、ちょっと家で色々あったから、とりあえず宅浪しようかなって、別に思ってもなかったんですけど、思ってもないことを言ってごまかして、で、それで1年半ほどフリーターをやってたんですね。

ゆーみん:うんうん。

岡山:で、それで1年半フリーターやって、まあ、アルバイトをして稼いだお金でちょっと遊んでっていう毎日を過ごしてた中で、これじゃちょっとまずいなっていうのを、なんとなく、肌感で感じて。

ゆーみん:それは、お金の面とか?

岡山:お金の面っていうよりかは、多分、私ずっとこのまんまなんだろうなっていうか。

ゆーみん:精神的に?

岡山:精神的にも、なんか成長してかないなっていう風に思っていて、その例えば、アルバイト先ですごく頑張って社員になってっていう道も、今思えばあったのかもしれないんですけど、
ただ中学生の頃とかはもっと意欲的にいろんなことをやってこれたのに、今停滞ではないですけど、こう狭い世界の中でちまちまと暮らしていってるっていうのは、なんか多分、このままだとずっとこういう状況なんだろう思ってしまって。それが嫌だなって思った瞬間に、じゃあ、大学行こうってやっと大学行く気持ちになったんですね。

ゆーみん:ほうほう。

岡山:で、それでその旨を、親に話して。それで、受験勉強を半年間がーっとやって。もうそれまでの間、とりあえず1年半のブランクって結構あるので、忘れてることとかすごくたくさんあったから、それをもうとりあえず補って、受験の基本だけでもとりあえず抑えて、それでなんとかならんかなって思いながら3月に受験したら、まあ、なんとか滑り込めて、去年の3月、卒業した大学に入れたっていう感じですね。

ゆーみん:デザインの専門学校?

岡山:あ、大学自体は経営系で全然関係なくって。

ゆーみん:経営学みたいな?

岡山:そうですね。マネジメント系の大学に入ったんですね。なんでここを選んだかって言うと、私自身、絵描くこと自体好きなんですけど、コンプレックスがひどくて。妹がすごく絵うまいんですよ。で、中学だったか高校だったかのタイミングで、ずっと絵を描いていたものだから、美大に入りたいっていう思いがあって、それをちょっとだけ親に話したことがあったんですけど、まあ、金銭的に厳しいっていうのは、まずもちろんあったし、妹にさえ劣ってる状況で、絵で食べていけるとは到底思えないって、だから絵以外の道を選んでほしいっていう風に言われて、で、そこで私は芸術を学ぶこと=絵で食べていくっていうことだけじゃないっていうことを、きちんと知っていたかって言われたらそうではなかったんですね。で、説得できるほどの知識も情熱も、妹の存在が私にとってすごく大きかったもんだからプライドもなかったので、そうだよねってなって。で、その次に好きなこと、好きなことっていうか、嫌いにならないことってなんだろうって思ったら、人とかお金に関することは、突き詰めていっても、嫌いになることはないだろうと思って、だったら嫌いにならないものを勉強してみようっていう風に思って、その大学を選んだっていう感じですね。

ゆーみん:お金のことっていうと、具体的には。

岡山:そうですね。うんまあ、経営だから、そんなに深くはやらなかったんですけど、私が専攻していたのがコンテンツビジネスっていう学問だったんですけど、例えば、エンターテイメントでもいいですし、なんでも、そのコンテンツに関わることに関してどう売るかとかどうヒットを出していくかっていうところの部分を勉強していたんですけど、まあそこに関してはすごく面白いなと思っていて。そのお金の木っていうよりかは、どうヒットを出すかとか、どう売れるかとか、そういうところを勉強していくっていうのは別にそんな嫌いじゃないし、どちらかと言えば興味ある方かなと思ったので、大学入ってからも結構そこは熱中してやってこれたかなっていう風に思いますね。なんか結構性に合ってたんじゃないかなって思います。

ゆーみん:元々、そういうSNSとかYoutubeもさっきやられてたとおっしゃってたんですけど、そういった、昔からそういうことに興味があったんですか。

岡山:そうですね。もう小学校4年生とか5年生ぐらいの時に家にパソコンがあって、そこからもうずっとインターネトばっかりやってたので、SBSも好きっていうか、もう習慣になってるし、自分のことを、全世界っていうか、不特定多数の人に見られる形で発信していくっていうのは全く抵抗がない状態だったので、新しいサービスが出るなり、すぐそこに飛びついてやってみたりとかっていうのはありましたね。

ゆーみん:うんうん。

岡山:別にフォロワーが多いわけではないんですけど、出会った人それぞれとは、なんて言うんですかね、狭く深く付き合っていて、切れない関係がすごく多いんじゃないかなっていう風に思いますね。

ゆーみん:おお。なんか、SNSだと、すぐ気づいたら消えてたりとかいうイメージがありますけど、そうじゃなくて、長く関係が続いてる。

岡山:そうですね。多分、似たような人ばっかりと繋がってるんでしょうね。ずっとインターネットに身を置いてる人たちっていうのとなんか繋がってるっていうことはすごくあったので。特に最近で言うと、1年前にClubhouseって流行ったじゃないですか。そこで知り合った人たちとは、たった1年の付き合いですけど、もうだいぶお世話になってるし、卒業後の進路もほんとにクラブハウスの人たちに支えられて決まったりとかしたので、ほんとにSNSをちゃんと?まあ楽しんでやってなかったら、進む道が変わってたんじゃないかなっていう風に思いますね。

ゆーみん:Clubhouseだとどういうテーマのコミュニティに?

岡山:コミュニティは、Clubhouseが日本に来たての頃って、招待制だったので、著名人だったりとかが多くて、その繋がりでやってくる人が多かったから、結構なんて言うんすかね、ハイレベルな会話が多いんですね。それで、そこに参加して一緒に喋るっていうことはなかなかできないような状態の中で、1つだけ、「意識が低い部屋」っていうのがありまして、そこに入ったら、ほとんど全員喋ってたんですよ。それ以外のルームはホストとスピーカーが数人いて、数百人が聞いてるみたいな状況だったんですけど、その私が入ったそのルームは、10数人とか、20人ぐらいがもう、スピーカーに上がって喋ってたっていう状態の、なんか異様な雰囲気漂う部屋でして、そこに自分も飛び込んで喋ったのがきっかけになりましたね。そこからの繋がりで結構いろんなことをやったり、最終的に会社を起こそうっていう話にまでなりましたね。まあ、それはなくなったんですけど。今はもうClubhouseにその時のメンバーが集まることはあまりなくなっちゃったんですけど、Twitterなりなんなりで、生存確認をするぐらいの仲ではありますね。

ゆーみん:会社を起こそうっていうことで、割とフリーっていうかは、経営にも興味があるような人がなんとなくいた感じなんですね。

岡山:そうですね。なんていうんですかね。他のルームではちょっと溶け込めないけど、なんだかんだすごい人たちが集まってるっていう空間だったので、これだったら任せて、あれだったら任せてっていう各方面のエキスパートたちが揃っているルームだったので、それでやってみようよっていう話に最初はなっていたんですけど、まあ、それも楽しかったですね。あのうまくいかなくなっちゃったのは、すごく残念なんですけど、そこで大人ってすげえなって思ったりとか、自分がこれだけしかできないんだけどなって思ったことに関して感謝をされた時とかは、ああ、これ、今までやってきたことって無駄じゃなかったんだなって思ったりとかしましたね。

ゆーみん:ちなみにそこで感謝されたっていうのは、どういったスキルですか?

岡山:最初、会社やるけど、どうする?参加する?って聞かれて、それで、あ、やりますって、なんかよくわかんないけど、とりあえずやるって言おうって思って二つ返事で返したら、じゃあ何ができる?っていう風に言われて。何ができるかなあ、私当時まだ大学生だったので、大学でやってきたことも所詮学生レベルのことしかできないし、あとは絵ぐらいしか言うことないなと思って。でもなんか人様に披露するほどの絵を描けるかって言われたら、そうでもないかなって思いながらも、絵はちょっと書けますって言ったんですね。そしたら、会社のロゴ描いてよって言われて。絵とデザインは違うんだけどなって思いながらも、ロゴを作って。で、「あ!そうそう、そんな感じそんな感じ!」って。作ったロゴを気に入ってもらえて。で、何かある度にそういうイラストだったりだとか、デザインも勉強しつつやってた感じですね。それが初めて絵を描いたり、デザインをやって、人にありがとうって言ってもらえた瞬間? 報われた瞬間っていうか。今まではずっと誰かと比べながら、自分は劣ってるなって思って、自己完結してたことが、誰かに感謝されて、実際に使われていく様子を目の当たりにするのは初めてだったので、それが結構自分に対する自信にも繋がってきたんじゃないかなっていう風に感じますね。

ゆーみん:ずっと妹と比べたりとか、それ以外の他の人とも比べてたことがやっと認められた?

岡山:そうですね。

過去:何でもできる分、何でも背負い込んでしまった。人を頼れないとリーダーになれないことを知った。

ゆーみん:それではちょっと過去の話も、もう少し掘り下げていこうと思うんですが、小さい頃どんな子でしたか?

岡山:小さい頃ですかー。小さい頃、まあ、目立ちたがり屋でしたね。すごく。好きなことっていうのは今とさして変わらないんですけど、、何かやる時のリーダーだったりとか部長だったり、委員長だったりだとか、なんでも、グループを引っ張っていけるリーダー的な存在になりたくて。結構目立ちたがり屋なところがあったんじゃないかな、と思います。一言でいうと、そうかな。ただ、向いてるか、向いてないかでいったら全然向いてなかったんですけど。

ゆーみん:それは、どうしてですか?

岡山:そうですね。なんて言うんだろう。小学生とか、中学生ぐらいまでのいわゆるリーダーっていうのは、自分自身に影響力があって自分自身が引っ張っていける存在であれば、それでよかったと思うんですね。でも、リーダーって、こう自分が自分がっていう存在じゃなくて、周りのメンバーがどうやって最高のパフォーマンスを発揮させられるかっていうのを常に目配りして、なおかつ、適性に合った仕事をきちんと割り振れて、自分1人で背負わないことが大事なんだなっていうことに、高校・大学になってから気が付いて。小中学校までは、リーダーって言ったら、もう大体のことは自分でやるみたいな、まとめることは自分でまとめてみたいなので、オッケーだったんですけど、それじゃ違うなっていうのがわかって。最初、自分1人でタスクをこなしていくっていうことに関しては全く抵抗なかったんですよ。小中学校までは。でもだんだん年齢を重ねていくにつれて、そのリーダーっていう役の責任がだんだん重くなっていくというか、そうじゃないんだよっていうのが、こうだんだん明らかになっていってる。明らかになっていった瞬間に、私は人に頼み事をするのがすごく苦手な人なんだなっていうのがわかって、その瞬間に自分はリーダーに向いていないなっていうのに気づいちゃったんですよね。特に大学生になってから、自分はリーダーに向いてないなっていうのは察しました。

ゆーみん:それは、サークルとか部活とか、そういった活動の中でですか。

岡山:そうですね。大学生の頃はひたすらゼミ活動に注力してたので、そのゼミの、文化祭での研究展示が、自分にとって人生最大の、なんて言うんですか、レール踏み外した瞬間なんですけど。当時リーダーが他にいたんですよ。いたんですけど、その人が急に研究室を辞めちゃって。で、それでどうするどうするって、白羽の矢が立ったのが私で。その時にはもうリーダーって私にはできないことなんだっていうのをわかってた状態だったから、すっごい嫌だったんですけど、やるしかないと思ってやったら、案の定、やっぱり人に頼れないところが出てしまって、自分1人で背負い込まなくてもいいところまで背負い込んでしまって、で、その研究展示のことだけではなくて、研究活動も並行してやらなきゃいけないし、学業も進めていかなきゃいけないしっていうところで自分の中のキャパーオーバーみたいなのを迎えてしまって、ある日、大学でに向かう電車の中で普通にしてたのに、急に涙が溢れて止まらなくなってしまって。足もうまく前に進まないし。結構家から遠い大学に通ってたんですけど、いつもなら2時間半かけてなんとかたどり着いてた学校に3,4時間かけてなんとか行って。行ったはいいけど人混みも怖くなっちゃって。研究室の端でうずくまってたら、先輩に声をかけられて、そこでもう涙溢れて止まんなくなっちゃって。そこで自分のキャパの限界に気づいたんですね。それで、病院に行ったら、うつ病までは行かなかったんですけど、うつ状態って言われてしまって。そこで大学の授業履修登録したてほやほやだったものを全部放棄して、大学行かなくなっちゃって。

ゆーみん:休学したんですか?

岡山:休学はしなかったんです。その放棄した半年分の履修に関しても、4年生になったらもうほぼ履修とかはせずに就職活動に打ち込むなり、まあ遊ぶなり、バイトするなりっていう風に授業なんてほぼ取らずに自由に時間を使うじゃないですか。私も順調にいってたら多分、それができてたんですけど、そのための半年を捨てて、しっかり半年休んで、4年生になってから、しっかりと授業を取って単位を取得していけばギリギリだけど4年で卒業できることが分かったんですね。だから、休学っていう選択肢は取らないで、とりあえず頑張って4年で卒業しようって決めて。それでとりあえず療養に努めたっていう感じですね。今思えば、休学した方がもしかしたらよかったのかなって思うんですけど、4年生のタイミングで、新型コロナウイルスが流行って、運良くリモート授業に変わったので、家から出なくてよくなっちゃったんですよね。それがすごくラッキーだったので。半年そこらであんまり良くなるものじゃないじゃないですか、うつっていうのは。だから、半年過ぎた頃あたりで大丈夫かなってちょっと自分でも思ってたんですけど、もう私にとっては、そのわざわざその場所に出向かなくていい、人と会わなくていいっていう状況は、結構救いだったところがありました。4年間でなんとか卒業できたのは、新型コロナウイルスが流行ってくれたおかげかなって思いますね。

ゆーみん:無理せずに卒業できる環境がたまたま。

岡山:そうですね。もう限界の時には寝ながら授業受けてても怒られない状況だったから、なんとか卒業できたし、メンタルの回復にも努められたのかなっていう風に思いますね。で、多分なんですけど、Clubhouseが日本で流行ったのも、新型コロナウイルスが流行ったからだと思ってて。飲み会とかなくなっちゃったじゃないですか。だから、人とのコミュニケーションに飢えた人たちが、多分、Clubhouseに集まってきたと思うんですよ。で、Clubhouseがきっかけで仕事が決まった人間としては、もう本当にコロナウイルスのおかげで、なんとかまあ、足並みを外さずにやってこれたのかなって思いますね。時代の変化が自分にフィットしてくれてたっていう。

ゆーみん:そこで、Clubhouseで紹介してもらった人の仕事に?Youtube関係でしたっけ。

岡山:そうですね。YouTubeのPMを中心に、グラフィックデザイナーやイラストレーターもやってました。企業だったりだとか、芸能人だったりとかとYouTubeの間に挟まって、制作のお手伝いをしていくお仕事をしていて、もともとYouTubeとか動画制作に興味があったかって言われたらそうではなかったんですけど、まあ、これまでの話でもちょこちょこあったんですけど、とりあえずチャンスがあったらやってみようっていう性格ではあるので、それをうまく拾った感じですね。自分自身好きなことにしか熱中できないわけでもなくて、まあ嫌いなことは、そりゃ嫌いですけど、好きでも嫌いでもないものに対してはある程度時間をかけて向き合えば愛着が湧いてきて、好きになれるっていう性格だったので。最初戸惑いがすごく多かったんですけど、それでもやっぱり実際に撮影の現場に行ったりだとか、あとは制作の方たちと交流することによって、愛着っていうのはわいていったのかなって思いました。だから、辞めてしまったきっかけも結局また精神的な部分にあったんですけど、それでも、やっぱり精神的にきついのはもちろんあるけれども、手放してしまったプロジェクトだったりだとか、一緒に進んできたメンバーに対してはすごく申し訳ないなっていう気持ちが強かったです。だけど、ここで1回ちょっと足を止めないと、また同じことの繰り返しになってしまうって思ったので。今度は経験から来る「これはやばいな」だったので。そこでまあ、またレールから1回外れた状態になりましたね。

ゆーみん:プロジェクトやメンバーに対しては不満がなかったと思うんですけど、体力的なきつさ、精神的なきつさ?

岡山:精神的に…すごく小さな会社だったので一人当たりのタスクがすごく多かったのもありましたし、なんて言うんですかね、上司だったり先輩だったり周りの人がバリバリやっていて、でも、私は大学を卒業したてで、何にもスキルもない人間が追いついていくのにもう必死だったんですね。で、それで体力もメンタルも擦り減っちゃって。さらに若干完璧主義者のところが自分にはあったので、完璧にやらなきゃ意味がないとも思っちゃって。うまく手を抜くじゃないですけど、力を入れるべき場所が分かってないんですよ。だから全部に100%力を入れなきゃいけないっていう風に思ってしまって、それも自分にとってプレッシャーになってしまって。自信も全くないし、そのくせ完璧主義者だしっていうところで、だいぶ負荷がかかってたんじゃないかなって思いますね。

ゆーみん:発信するのは好きだけど、いろんな人に見られるからこそ。

岡山:そうなんですよ。見られるからこそ、生半可なものは出せないなって思ったところはありましたね。

未来:順風満帆だったとしても、それは私らしくない。なんでもない自分としてもがいてる時が割と好きなのかな。

ゆーみん:そういった経験も踏まえて、今療養もされてると思うんですけど、これからどんなことをしていきたいですか?

岡山:そうですね。まずは基本に立ち返っていきたいなっていう風に思っていて、デザインとかイラストが好きなので、ただそれを自分のスキルとして売っていくには、まだ実力も技術的な部分も、あとは繋がりの部分も全く足りてないなっていう風に感じているので、例えば技術的なところで言ったら自分で勉強するなり、専門学校に行くなりで、つながりの部分はSNSだったり、いろんな人と交流してっていうところだったりだとかで、前職では自信のなさが結構強かったんですよ。やめたきっかけとして。だから、自分に自信を持てるような、こう自分だけの武器をあとまあ1年、2年くらいで研いで行けたらいいなっていう風に感じてますね。で、そこからはもう正社員として会社に所属してもよし、フリーランスとして活動するでもよしで、また転がっていくところに転がっていけばいいんじゃないかなっていう風に思っています。まあとりあえず、次はまた何回も失敗して、その失敗を糧にできるような人生設計みたいなのができたらいいんじゃないかなっていう風に思いますね。

ゆーみん:死ぬ時にはどんなふうになっていたいですか。

岡山:死ぬ時ですか。そうですね。

ゆーみん:今の仕事は多分、デザインで独立してというか、自分の力でやっていけるように、何年間かけてやっていくと思うんですけど、もう10年20年30年っていう未来はどんなふうに考えてますか、

岡山:そうですね。なんかしら、常に勉強し続けてる人間にはなっていきたいなと思ってて。それがデザインでもいいし、イラストでもいいし、もっと他のことに興味があったらそれを勉強するでもいいので、死ぬまで勉強は続けていきたいなっていう風には思ってますね。で、やっぱり人との関わりっていうのも絶やさないでいきたいなって思うので、なんていうんですか、あの自分自身、結婚願望とか、子供が欲しいとか、そういうのがあんまりないので、家族に看取られながら死んでいくみたいなのが、全く自分ではイメージができないんですけど。ただ、日本だったり、もしかしたら世界だったりだとかに散らばってる、私のことを知ってて、私のことを好きでいてくれている人たちが、私が死んだら「あ、あの人亡くなったんだ」って思ってくれるようには、生きていきたいなって思いますね。まあ、そのためには動くこととか、考えることをやめない、死ぬまでやめないっていうのは大事かなって思うので、あとは健康第一に。動き続けるとか考え続けることは健康ないとじゃないと無理なんで、健康第一にやっていきたいなって思いますね。

ゆーみん:そうですね。まあ、休みつつも、またどんどん新しいことを始められてて、すごくいろんなことに興味を持つ人なんだなっていうのが伝わってきました。

岡山:ありがとうございます。仕事をやめた後にすぐ転職活動もやってみたんですけど、興味が色んなところに行き過ぎてるせいで、箸にも棒にも引っかからなかったっていうこともあったので、良いところでもあり、悪いところでもあるんですけど。まあでも私の好きなところではあるので、そのいろんなことに興味ある自分っていうのは好きなので、だったら、それが生かせる環境を作っていくしかないなっていう風に思いますね。

ゆーみん:結構、その人が好きっていうことも何回か出てきたんですけど、人と接してて、どんなところが好きとか、心地よく感じるんですか?

岡山:そうですね。やっぱ、自分と考えが違えば違うほど面白いなっていう風に感じていて。例えば、好きなものが一緒な人って意外と話盛り上がらないなって感じていて。深くはなっていくんですけど、広がっていかないなっていう風に感じていて。そういう人の存在も、時にはすごくありがたいんですけど、SNSをやっている意義として、自分とは全く違う考えの人がすぐそこにいるっていう状況っていうのは、やっぱり面白いなっていう風に感じていて、理解はできるけど、共感はできないとか、そういうのも全然良くて、そういう人たちとなんだかんだ言いながらも、仲良くできてたりとかすると、こうなんて言うんですかね、共通する部分がそんなに多いわけでもないのに、ちゃんと惹かれ合っているってすごいことなんだなって思うんですよね。だから、なんて言うんだろう。どうしても学校とか行っちゃうと、好きなものが一緒とか、着てる服の系統が似てるから、なんか思考が合うんだろうなとか思いながら話しかけたりとか、そういう先入観があるんですけど、インターネットってそうではないから、そういうところがなんかいいなって思います。

ゆーみん:いろんな世界のことを知れたり。

岡山:そうですね。こんな考え方あるんだって思える瞬間がやっぱ1番気持ちがいいので、それを常に摂取していきたいなって思います。

ゆーみん:高校卒業してから、レールから外れたっていうことはおっしゃってたんですけど、もし、そこでレールから外れずに順調に大学に行って、体調崩さずにいたら、どんな人生になってたと思いますか?

岡山:ああーなんか、全然面白くないなって思っちゃってると思います。例えば、どこかしらの会社に入れて、で、そこで仕事をしながら、多分あんま面白くないなって思いながら、もしかしたら自分からレールを降りる可能性があったんじゃないかなっていう風に思いますね。なんか、もうここまで来ると、順風満帆に行ってる人生が全く想像できなくて、自分らしくないなっていう風に思っていて。レールから外れて降りていくたびに、あやっぱ、私ってこうだよなっていう風に、安心する部分が若干あるんですね。だから、多分これまでの人生の各地点で降りざるを得なかった状態になってたのも、別に悪いことではないと思ってるし、それも自分らしいなって思っているので。多分、順風満帆なまま進んでても、どっかで降りてたと思います。多分、なんでもない自分としてもがいてる時が割と好きなのかなって思いますね。何者かになっててもいいし、何者でもなくてもいいから、ずっともがいてるのが、もしかしたら自分にとって幸せなのかもしれないなって最近思ってます。

ゆーみん:羨ましかったとか、こんなはずじゃなかったっていうよりは、まあ続いててもどこかで外れてただろう、っていう。タイミングがたまたまそこだったっていう感じですね。

岡山:多分、いわゆるレールの幅と自分っていう乗り物の幅が多分、あんまり合ってないんじゃないかなって。だから、降りてもしょうがないなって思います。

ゆーみん:今周りにいるのも、そういうClubhouseとかSNSで繋がる人も、割とフリーというか、型にはまってない人も多いような。

岡山:そうですね。型にハマってる人ももちろんいますし、はまらずに生きてる人ももちろんいるので、だから、こうどっちからの意見も聞ける環境にいられるのはありがたいなって思いますね。まあ、でも、みんな口揃えて言うのは、「今のままで全然いいと思うよ」って。まあ無責任に言ってるのかもしれないですけど(笑)。そこはまあ置いといても、なんか自分の選択って間違ってないんだなって、ちょっと背中を押してくれてる状態ではあるので、そうですね、ありがたいですね。

ゆーみん:最後に何か言い残したことはないですか。

岡山:最後に言い残したこと、うーん。結構一人で喋りましたね(笑)。なんか半生を喋った感じがすごいするので、なんとも言えないんですけど、なんかもし、なんて言うんだろうな、同じような境遇になってる人たくさんいると思うんですよ。私は、新型コロナウイルスが流行ってくれたおかげで立て直しができたタイプだけど、新型コロナウイルスがあったせいで崩れちゃった人もきっといると思うし。私みたいな人って、全然珍しくもなんともないと思うので、なんかそういう人たちが、これが記事になって読まれた時に、なんて言うんだろう、いい意味で開き直ると、結構楽しい道が見えてくるよっていうのは、なんか伝わったら嬉しいなって思いますね。開き直った先にもなんかしらあるから、とりあえず考えるのやめないでやってけばなんとかなりますよっていうのは…なんとかなってないんですけど、まだ(笑)。なんとかなんとかなると思いますっていう一例として、見ていただけたらいいなって思いますね。

ゆーみん:インタビュー受けてみて、どうでしたか?

岡山:えーっと、もうなんかずっと喋ってばっかりで申し訳ない(笑)。でもなんか、自分からすごく思った以上に言葉が出てきて、なんて言うんですかね、あのインタビューを受けようと思った理由がそのnoteを上手く書けなくて、どうしようって思ってたんですよ。どうしようかなって思ってて、それで自己紹介でも最初書いてみるかと思って書いたら、無名人インタビューさんの存在を知ってっていうところだったので。多分インタビューする方側も、私の前情報はほぼなしの状態で来られるから、どういう風になるのか全く想像できなくて、1時間前からずっと緊張してたんです。

ゆーみん:全然そんな感じは伝わってこなかったです。

岡山:これがどんな記事になるのかが今も想像もできないので、すごく楽しみです。私にとってなんか重要だなって思って言ったことと、今ゆみさんが聞いてくださっておおってなったところが、合ってるのか、違うのかみたいな答え合わせみたいなのが今後できるのかって思うと、すごく楽しみですね。

ゆーみん:そうですね。人に話したいと思えたことを、そのまま言葉にできたら、発信がもっと簡単にできるようになるかも。

岡山:そうですね。これ通して、もっとなんか自分のことをすでに知ってる人も、知らない人も、私のことを知って、なおかつ好きになってくれたらラッキーだなみたいな感じです。

ゆーみん:ありがとうございました。

岡山:こちらこそ、ありがとうございました。


あとがき

レールから外れてしまったことを「〇〇がなかったら順風満帆だったのに」と思ってしまう人もいると思いますが、「レールから外れることこそ私らしい」と捉えられていて、とてもいいなと思いました。
たまたまそのタイミングが今だっただけで、レールに敷かれた人生を続けていてもどこかでモヤっとしていたんじゃないか、という感覚は同じように持っていたのでハッとしました。
思い通りに行かないことも開き直って楽しむ、思ってもみなかった経験ができたことに感謝するくらいの感じで、ゆるゆると生きていきたいですね。

インタビュー担当:ゆーみん

編集協力:有島緋ナ

#無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #フリーランス #デザイナー

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