フラットな感じっていうかプラスでもマイナスでもないみたいな海やったら全然波が立ってないみたいな感じの状態で死にたい看護師の人
九月の午後は光あふれる窓辺。私はちょっと昔のことを思いだしていた。
かつて、姉には三人の恋人がいて、週末とっかえひっかえデートを楽しんでいた。
平日の食卓、姉は父と母にしたり顔で自慢話。
「誰誰と何処何処に行った」
「あの人は何何をくれた」
「この人の此処は好好でもあれは嫌嫌」
公序良俗? 紳士淑女? パっと言葉が思いうかばないのだけれども、適切な世間的規範から言えば怒られてしまうことを姉は平気の平左でしてしまっていた。
父と母は、その姉の反世間的行動(蛮行だよ)をにこにこ許した。姉は、自分の三叉交際をおおっぴらには言わない。姉には小利巧さがあって。姉は、自分の行動が他人から嫌悪されることを知っていた。
姉は言った。
「私、三人の前で、それぞれ、違う自分でいられるの」
だから楽しいの。
姉は、三人の恋人の前で、それぞれ違う自分を演じるんだそうだ。それでそれを演じるのが楽しいのだそうだ。大人しい人の前では気の強い自分、強引な人の前では翻弄される自分。我を失って、そうやって演じているのが。
そもそも、自分なんていうのは存在しなくて、一緒にいる人やその場で求められる役割によって、人間なんて、コロコロ変わってしまうものだものね。
統一された自我なんて、きっと存在しないんだよ。
ということで今日の無名人インタビューもよろしく楽しんでいってね!!!(主催:qbc)
今回ご参加いただいたのは 夕星 さんです!
現在:就活してるときに、一般企業違うなって、思ってそのまま派遣の看護師を続けてる。
山田:今は何をされている方でしょうか?
夕星:今は看護師をしてますね。今5年目なので看護師になって4年半ぐらい経つんですかね。今年の6月ぐらいまでは職場を転々としながら急性期の病棟で働いてたんですけど、急性期の病棟を辞めて、今は派遣でコロナのコールセンターの仕事してます。
山田:5年勤められた看護師さんをお辞めになられて、今はコールセンターで働かれている?
夕星:そうですね。今のコールセンターも看護師の派遣での仕事なので、一応看護師じゃないとできない仕事ではあるんですけど、看護師やけど病棟とは全然違う仕事をしてるって感じです。
山田:そのお仕事はご自分で希望を出されたんですか?
夕星:今の仕事はそうですね。はじめは、看護師辞めて一般の企業で働こうと思ってて。派遣の仕事って、1日の単発の仕事とかもあったりするので、シフトの融通利かせながら、面接とかのスケジュールがしやすいかなと。一般企業に就職するまでの繋ぎのつもりでたんですけど、就活してるときに、何か違うなって。一般企業じゃないんじゃないかなって思って、そのまま派遣の看護師を続けてるっていう感じではあるので、一応自分で選んだっちゃ選んだんですけど、流れに身を任せるままっていう感じですね、今。
山田:どういった部分が、一般企業は違うなあと思われたんですか?
夕星:そうですね、私、看護師4年半やってきて、病院が同じとこで長続きしなくて、1年ごとぐらいに転職してっていうのを、繰り返してたんです。
企業の面接だとか転職のことを手伝ってくださってる方にいろいろ教えてもらってる中で、企業は新人を育成した費用を回収するのに3年かかるって話を聞いたんです。だからどこの企業も3年は働けよっていうふうに言われる、っていう話を聞いて。
山田:うんうん。
夕星:自分でも、企業とかは長く続けるとか3年は続けるのがマストなんやろな、とうっすら思ってたんです。でも、自分の性格的にそんなに続かへんやろうなとも思ってたんで、企業に入っても1年とかでどっか違うとこ行こうって勝手に思ってて。
でもやっぱ面接のときに面接官の人から、短期離職して1年ごとで病院変えてることとかもスッゴイ、なんで辞めたんですかてのをすごい聞かれて。3年と言わず5年は働いてほしいですねとサラッと言われて、その時に違うなって思いまして。
あと、今までの経験上なのかもしれないですけど、ずっと同じところにいるっていうのが自分に合ってないような感じというか、環境変えていろいろやりたいタイプやなって自分は思ってて。それで今はやりたかったこととかを見失ってるけど、とりあえず生活するのにお金は要るから、派遣の仕事続けようっていう感じですね。
山田:お仕事以外に趣味とか、他にやりたいこと、興味のあることについてお伺いしたいです。
夕星:そうですね。絵を描くのが好きです。一時期、絵の仕事で生計立てれるようになりたいと思ってた時期があって。今はそんなに思ってないんで趣味として続けようっていうぐらいなんですけど。でもどっかで、仕事にもできたらいいなみたいなのもありつつ、趣味としてあるっていう感じで。
あとは全然できてないんですけど、英語喋れたら本当にいろいろ可能性広がるよなあっていうのも、最近すごい思ってて、もうちょっと伸ばしていきたいというのがあります。
山田:うんうん。
夕星:ちょっと趣味とは違うんですけど、今後何かできひんかと、本当にふわっと思ってることなんですけど。
今まで勤務していた急性期病院て、基本的に救急車が来て、なんて言うんですかね、九死に一生、そこまでじゃないとしても、やっぱちょっと命が危ない人が来て救命するとか、病気の手術して、回復できるように、みたいな、救命することが第一になってる。
そこで結構、自分としては高齢者とかで心臓マッサージとか延命処置するみたいなのにすごい疑問を感じてて、特に80代とか90代の人で、もう寿命じゃないのかなみたいな人でも、生きてることが一番素晴らしいみたいな、その風潮がすごいあるから、どうにかして延命することが今普通になってるのがなんか、しんどくて。
山田:なるほど。
夕星:あと、何年も寝たきりで施設にずっと入っていて、家族も全然その本人のこと知らないし会ってないけど、電話口だけで全部フルでやってくださいって言う家族さんも結構いたりして。
心マとか高齢の方にはしんどいことやと思うんで、終わりよければすべてよしって言うし、最後しんどくないように終わっていってほしい気持ちがすごいあって。
そういう発信とかができたら、伝えれたらいいなってのがフワーとあって。ちょっとずれたんですけど、なんかそんな感じです。
山田:今noteで発信されていることは、具体的にどういったことで、どういうふうな思いでやられてるとか、ありますか?
夕星:まだ全然始めたてなんですけど、看護師をしてて思ったこととか、さっき言ってたみたいな、なんていうか、いろんな人により良く死んで欲しいみたいなのがあるんで、それをいい感じに伝えられへんかなとか。でも最近は本当に自分の考えてることとか、日々思ったこと書いて整理してる感じもあって、好き勝手やってるんですけど。
そういう自分の内面の話をしたりとかして、ちょっと共感してくれる人がいたら嬉しいなという気持ちでやってますね。
過去:感覚的に同一人物じゃない感じがあるっていうか、あのときはあのときの自分の、感覚とか感情で生きてたしみたいな。
山田:過去についてお話を聞きます。夕星さんは子どもの頃、どんなお子さんでしたか?
夕星:お母さんからはよく、小学生のときは天真爛漫な子やったって言われてて。あとは、私のこと昔から知ってる人に最近話を聞いたときに、引っ込み思案で自分の気持ちを表出するのが得意じゃないけど、すごい頑固やったっていうふうに言われました。確かに自分の好きなことは、そのままやってきた気がするなあって思って。あとは、3歳上の姉がいるので、姉に対してはすごいライバル心みたいなのがあって、勝ちたいみたいな気持ちがずっとあったなあと思いますね。
山田:学生時代の友人関係はどのような感じでしたか。
夕星:友人関係、そうですね。中学生高校生とかまでは特定のグループがあったんですけど、特に縛られることはなくって。大学のときは居たい人と居る感じで、言い方悪いですけど誰ともめちゃくちゃ仲良くないけど誰とでも仲いい感じやった気はします。
だからお昼も1人で食べるときもあるし、誰か食べたい人いたら一緒に食べたりするしって感じの距離感ですかね。
山田:ありがとうございます。高校生と大学生の間に変わったのは、何かきっかけとかがあったんですか?
夕星:なんやろうな。部活とかがでかい気がします。高校生のとき一番仲良かったのが部活のメンバーで、クラスの中でも同じ部活の子と一緒に居てたっていう感じでした。大学もサークル仲間とは今でも付き合いがあるんですけど、仲良くなるのに部活みたいな繋がりが自分には結構重要やったんかなって思うと、サークル仲間が学部内にそんなにいたわけじゃなかったんで、そういう距離感になった気がしますね。
山田:なるほど。さかのぼりまして、保育園とか小学生の頃は、いかがでしたか?
夕星:そうですね。幼稚園とか小学生のときも結構、誰とでも喋ってた気はしますね。遊んだりするのは家が近い子とが多かったような気がするんですけど、クラス内とかで特定の人だけっていうよりかは、もう誰とでも喋るみたいな、誰とでも遊ぶって感じだった気がしますね。
山田:3つ上にお姉さんに対してライバル心があったということでしたが、家族との関わりはいかがでしたか?
夕星:お父さんはどっちかっていうと遠い、距離感的には遠くて。でも本当に必要なときは助けてくれる感じのタイプで。こっちが困ってるって言ったら、ちゃんと助けてくれるけど、全然干渉してこないし、いちいちなんか言ったりしないようなタイプだったんで、すごい良い距離感だなというふうに今も思います。
あと母は、すごい私は苦手で。母親との関係で悩むことはとてもありました。結構いろんなとこに影響が出ている気がするって自分では思ってるんですけど。そんな感じですね。
山田:お母様から見ると天真爛漫に夕星さんが見えていたってお話だったんですけれども、
天真爛漫ゆえに、ちょっと、距離感が合わないっていう感じのこともあったんですかね。
夕星:そうですね、はい。そうですね本当に。
山田:現在もその関係は続いている感じですか?
夕星:そうですね。前よりかは話せるようにはなったんですけど。高校1年か2年ぐらいに、ちょっとでかい、いやでかくはないけど、喧嘩してから全然喋らんくなって。
高校1年生ぐらいから社会人1、2年目ぐらいのときまで全然喋らんかったんですけど、一人暮らし始めて、いい感じに物理的に距離が離れてからですかね、何か喋れるようになったというか、普通に会話できる感じというか。にはなったかなと思いますね。
頻繁に連絡取ったりとかはしないですけど。
山田:現在と過去で、何対何でどれぐらいどちらの方が楽しかったですか?
夕星:それはもうとりあえず今ですかね。
何対何とかは難しいですけど、なんか本当に自分的に、自分の中身が違いすぎてる気がするんで、感覚的に同一人物じゃない感じがあるっていうか、地続きっていう感覚があんまないっていうか。あのときはあのときの自分の、感覚とか感情で生きてたしみたいな。今とはまた別の人みたいな感じなんで。昔のこと、事実とか覚えてるんですけど、そこに自分のどんな感情が乗ってたかは結構覚えてないんで、比べれへんっていう。
とりあえず今が一番自由やから、私は今が一番楽しいかなって思いますね。
山田:いつ頃から絵を描くのが好きになられたんですか?
夕星:多分好きやったんは小学生の小さい頃から。先生が勝手に、市とか県とかの展覧会みたいなとこ出してくれてて、知らん間に賞とれてたとかあったりして、そこは自分もよくわかってなかったんですけど。まあでもなんやろう、得意っていう感覚があったんで、その辺から描いたりとか好きやったと思いますね。
新卒で入った病院が自分にすごい合わなくて、ちょっと精神的にまいっちゃって、1年ぐらいで辞めちゃったんですけど、そんときにいろいろ自分がやりたいこと考える機会があって、もう1回絵とか描こうかなとか、ちょっと習おうかなって思って。
それで3年、4年前から画塾とか通いはじめて、また絵描き始めた感じですね。
山田:絵を描いてるときは、どういった感情になりますか?
夕星:今はいろんな人の模写をするとこを結構やってるので、めちゃくちゃオリジナルのを描いてるわけじゃないんですけど。
なんて言うんですかね、乗り移ってるじゃないですけど、この人がどういう脳みそでこれ描いたんやろうみたいなのを思いながら描いてる気がします。
どうにかして理解できたら面白いなあみたいな感じで描いてる気はします。
山田:1年目で看護師さんの仕事を辞めて次の病院に移られたと思うんですけど、2年目以降の話をお伺いしてもよろしいですか。
夕星:1年目のところを辞めてからは、もう看護師やらんぞって思ったんですけど、なんやかんや知り合いの看護師の人と喋ったりとかして、派遣会社を紹介してもらったりとかで。
その紹介してくれた人も私が辞めた病院を同じ期間ぐらいで、体調不良とか精神的にまいっちゃって辞めた人だったんで、結構似てる境遇っていうのもあって。その人が、違う環境とか働き方したら、自分に合ってるとこが見つかるかもよ、みたいに言ってくれはったんで、もうちょっと看護師やってみようかなって。
2年目の夏から半年ぐらい派遣で、週3か4とかで働いて。特別養護老人ホームにいて、病院じゃなくって、医療行為とかもそんなバリバリやらへん感じのところに半年ぐらいいて、リハビリしてたって感じですね。看護師としてちゃんと働けるようになるために、リハビリしてた感じで。
山田:うんうん。
夕星:めちゃくちゃ医療行為が少なくて。薬塗ったりとか、内服管理したりとか。看護師の役割としては軽いわけじゃないんですけど、病棟に比べたら仕事量も全然少なかったので、当時の自分のペースに合ってました。
あと先輩が本当にめちゃくちゃいい人しかいなくて。1年しか看護師してへんし、全然何もできんのですけど、そういうところもすごい肯定してくれはって。勉強の仕方も教えてくれはったり、本当にサポートしてくれはる人らばっかりで、すごい良くしてもらいながら半年間過ごしてました。
でも特養って、看護師が自分で考えて動かないといけなくて。病棟以上に知識が要るところやったんで、もうちょっと急性期とか病棟でいろんな勉強した方がいいなと。自発的に思えるようになったんで、また病院で働こうと思って、2年目の冬ぐらいから、常勤で急性期の病棟に戻りましたね。
山田:看護師さんのお仕事を辞めた後、どういった職業に就こうと考えてたんですか?
夕星:その時は、元々学生のときにバイトで働いてたところに雇ってもらおうかなとか。居酒屋やったんですけど。あとは、本読むのとか映画観んの好きやったんで、本屋さんとか映画館の人とかやったら社割あるかなみたいな、そんな感じで。そのぐらいしか考えてなかった、その時は。
山田:もしもその2年半、退職された後に、こういった居酒屋さんや映画館や、本屋さん、そこで働かれたりしたら、どんな現在になってたと思いますか?
夕星:それはそれで楽しかった気がするなあとは思う。でも全然今とは違うやろうから、全然想像できへんけど。そうですねでもそれはそれで、何やかんや良かったと思います、それは。
未来:自分がやりたくないこととか、自分が無理してまでやるっていうのは、選択しないっていう感じで、そうしていくうちになんかこっちの方に行ってるみたいな感じ
山田:未来のお話についてお伺いしたいなと思います。5年後10年後、あるいは死ぬときにどうなっていたいなどありますか?
夕星:死ぬときは、何かぽっくり寝たら死ぬみたいな感じにしたいな。
これやっとけばよかったなとかを、思ったまま死にたくないんで、やりたいなあということはやるっていうのもあるし、自分の身を削ってやるとか、自分に無理強いするとか、自分が嫌やと思ってることをやるのは徹底的にやりたくないなって思ってるっていうか。そうやって生きてたらなんやかんやまあまあ人生良かったんちゃうかなって思えるかなって思って。
山田:うんうん。
夕星:新卒1年目でちょっとメンタル病んだときに、どうやって死のうかなて考えたんで、こういうふうに死にたいなていうのはあるんですけど、逆に5年後10年後とか、3年後とか1年後とかの近い将来は全然明確じゃないっていうか、大枠だけある感じで。
こっちの方向かな、みたいなのがふわってあるだけなんで、1年後とか、3年後みたいな、近いところがもうちょっと明確になった方がいいんかなって、誰の意見かわかんないですけど、思ってるところがあって。その辺はどうなるかわかんないです。でも、最終地点だけはなんとなく決めてるみたいな感じですかね。
山田:方向性は決まってる?
夕星:それが何かその、自分に無理させないっていう、概念というか、すごい大枠の話なんですよね。
そういうところを一番大事にしている、っていうところで、自分がなんか嫌やなって思った方向には行かない。本当にすごいふわっとした話ですけど、そんな感じですね。でも看護師は続けるかなーとは思ってるんで、看護師で自分に合った働き方とかを模索している感じではあるんですけど。
その中で自分がやりたくないこととか、自分が無理してまでやるっていうのは、選択しないっていう感じで、そうしていくうちになんかこっちの方に行ってるみたいな感じ。マジでふわっとした話で要領を得ないんですけど。
山田:絵で生きていきたいっていうお話もあったんですけども、どうなんですかね?
夕星:絵を小学校中学校ぐらいでやってて、高校とか大学とかは全然、自分の生活になかった状況やったんですけど。1年目で辞めたときに、それを思ってたんですよ、絵で食べていけたら楽しそうとか。
多分23、24歳とかぐらいのとき。30歳くらいまでに絵で生計立てれるようになるぞって目標立てたんですけど、その目標に、逆に自分がプレッシャーに負けたっていうか。
山田:なるほど。
夕星:目標を立てたことですごい絵を描くのが嫌いになった時期があって、去年とか全然描きたくないってなっちゃって。あんま良くないなって思ったんで、一旦何も考えずに、何歳までに何するとか、とりあえずなしにしようって思ったら、戻ってきたんですよね、描くのが面白いとか、こういうの描きたいとか。それが戻ってきたんで、一旦目標は無くしたっていうか。とりあえず自分に無理ない程度に続けて、60歳とかでデビューとかしてもおもろない? って感じの、すごいふわっとした感じ。
そういうのでお金とかもらって生計を立てれるようになったら嬉しいけど、別にそうじゃなくてもいいやんっていう感じにした。
山田:うん。
夕星:って感じなんですよね。だから野心みたいなのが全くないわけじゃないんですけど、そこにめちゃくちゃ自分を追い込むほどのエネルギーは、割いてないって感じなんで。
何ていうか、ボケーっとしてるんですけど、うっすら根底にはあるみたいな感じです。
山田:ありがとうございます。趣味の話のときに、英語が話せたら自分の中で広がるっていうお話をされてたんですけど、今後英語が話せることになったら未来がどう広がっていくと思いますか?
夕星:それはお仕事の面でもあるなと思ってて。看護師でもあり、英語も喋れたら、看護師資格の上に、また違う付加価値みたいなのが載っかるなっていうふうに思って。仕事の選択の幅も広がると思っているのが1つ。
あと、以前オーストラリア行ったんですけど、オーストラリアはすごいいろんなルーツの人住んでて、全然違う人種の人がいっぱいいる土地やなって思ったんです。
自分の周りって純日本人の人しかいないし、大阪と東京とか中心地を歩いてても、日本人の割合が一番多くて。
英語を喋れるだけでいろんな国の人と喋れると思うんで、自分の価値観とか選択肢みたいなのは、幅がすごい広がるやろな、いろんな人と喋っていろんなものを吸収できたら、自分の想像力とか、これからどうしていきたいかとかそういうところのヒントもいっぱい得られるんやろなって思って。
そういうところもあって、やりたい、もっと喋れたらなって感じです。
山田:オーストラリアでは、日本では違う経験をされたっていうことがあったってことですね?
夕星:めちゃくちゃおもろいことがあったわけではないですけど、普通に街中歩いてるだけで、ぱっと見た目だけでわかるぐらいの人種の違いがあるっていうだけでも、結構衝撃的やって。
話で聞いてるだけなのと、実際に自分が街歩いて、こういうコミュニティが存在するっていうのを、肌で感じたのは良い経験でした。
あとはオーストラリアの中でシドニーからケアンズに飛行機で移動したんですけど、そのときに3時間ぐらい飛行機乗ってて、ずっと陸地の上を飛行が移動してるのも私的には衝撃やって。
こんな広い土地が地球にあるっていうのをちゃんと肌で感じた、それが自分の中ででかくて。自分の知ってることはすごい限られていると思ったっていう。
山田:こういう気持ちで死にたいという思いはありますか?
夕星:なんかフラットな感じっていうか、プラスでもマイナスでもないみたいな。海やったら、全然波が立ってないみたいな感じの状態が良いです。
山田:どんな感情にもカテゴリーされない感じの?
夕星:そうですね。
山田:過去の話するときにも、感情をあまり覚えていないっておっしゃってたりとか、あとは今の自分と過去の自分が違う、2人いる感覚みたいな話があったりとか。
夕星さんの中で、感情と生きてる部分っていうのは、切り離されてるというか、分かれてたりするんですか?
夕星:あんまりそんなふうに思ったことはなかったんですけど。でも結構、考えてみればそんな気はするなっていうか。常に物理的な自分を、客観的に見てる自分がいる感じで、常に自分が2人いる感覚はあるんで。
過去の自分と2人いるっていう意味じゃないんですけど、幽体離脱して、体から外に半分いるみたいな。なんて言うんですかね。あと今は、感情に支配されないように意図しそうやってるところもあるんで。
山田:うんうん。
夕星:切り離してるつもりはないけど、結果的に切り離されてるっていうか。その出来事があったときにどう思ってたかは、やっぱ別っていうか。どういう感情になるかは、今の自分にかかってるっていうか。
例でいうと、1年前にコップ割ってめっちゃ悲しかったって思ってたとしても、コップ割ったことを思い出して、悲しいって思うかは今の自分による。そこに昔の感情が付随されないっていうか、悲しいと思ったなっていう事実はある、みたいな感じ。
だから感情を覚えてないっていう話になると思います。みずみずしい感覚で全部覚えてないですね。事実ベースで感情真っ白にして、覚えてるみたいな感じですね、多分。多分そう。
山田:最後に、言い残したことはありますか?
夕星:いつも自分自分の話をするのすごい下手やなっていうか、喋ってて、形づくっていくみたいなことがあるなって思うんですけど、すごい今回もそうやったなといました。ありがとうございました。
あとがき
自分と似ている感覚を持つ夕星さんのお話は聞いてて、興味深かった。なんとなく手探りで自分の勘を信じて進んでいる印象をうけた。この世界で自分は一人だけれど、二人いる感覚は夕星さんが変わり続けている証拠なのだろう。そして、これだー!と決めたら即行動する夕星さん尊敬しました。個人的に延命の話が心に残っていて、寝たきりの祖母と介護する母を見ていると命は長ければよい、生きていることが善という考え方は私にも理解しがたい問題でした。個人の命を家族が知り合いの意志によって決定されている現状があると感じるので、今のうちから自分のゴール(死に方)を決めている夕星さん、自分の気づき(私もぽっくり楽しい思い出のまま死にたい)に繋がりました。ありがとうございます。
ここまでインタビュー読んでくださった方、嬉しいです!次回もお楽しみに!!!!
インタビュー担当:山田
編集協力:夕星
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