バングラデシュの学生を日本で就職させている人
むかしむかし、遠い国から来た若者たちの夢を支える、やさしい心を持った橋渡し(はしわたし)という人がいました。
橋渡しは、海の向こうのバングラデシュという国の若者たちが、日本で働きたいという夢を持っていることを知りました。
「皆さんの夢を叶えるお手伝いをしましょう」と橋渡しは言い、一人一人の若者と丁寧に話をしました。
しかし、道のりは簡単ではありませんでした。言葉の壁、文化の違い、そして就職の難しさ。多くの課題が待ち受けていたのです。
橋渡しは諦めませんでした。日本の会社を一つ一つ訪ね、若者たちの熱意と能力を伝えました。また、若者たちには日本の文化やマナーを教え、両国の架け橋となりました。
やがて、一人、また一人と若者たちは日本で働き始めました。彼らは一生懸命に働き、周りの人々から信頼され、日本の会社で大切な存在となっていきました。
橋渡しは若者たちの成長を見守りながら、こう語りました。
「二つの国の間に橋を架けることは、人々の心と心をつなぐこと。それは新しい未来への道を開くのです」
その後、橋渡しの取り組みは広く知られるようになり、「夢を持つ者に橋を架けよ」ということわざが生まれたとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年08月09日12時42分に書く無名人インタビュー1141回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは つじっぴー さんです!
年齢:20代前半
性別:男
職業:バングラデシュの大学生と日本企業を繋ぐ人
現在:バングラデシュの大学生で、就職が大変な状況にある方を日本企業に紹介して、お互いウィンウィンな形になってもらうというところのサポートをしています。
qbc:
今何をしている人なのか教えてください。
つじっぴー:
はい、今はですね。一応企業で会社員をやってるんですけども、中小企業の中で、一応自分が立ち上げた部がありまして、そこはですね、バングラデシュっていう途上国の学生を、日本の企業につなぐというところがざっくりとした説明なんですけども、はい、そうですね。
バングラデシュの大学生で、就職が大変な状況にある方が多いので、彼らを日本企業に紹介して、日本企業さんは人材不足なところがあるので、そこでお互いウィンウィンな形になってもらうというところのサポートをしてます。
qbc:
つじっぴーさんどういうポジションでどういうことをされてるんですか?
つじっぴー:
今は僕が一応部長という形になっていて、まぁ一応上には社長がいる感じです。
で、部下はまだいないんですけど、バングラデシュ現地に駐在している日本語教師の方々が5名いらっしゃいまして、彼らにも手伝ってもらいながら、事業を作りながら進めてると。まぁ、企画から営業からオペレーションからほぼ全てをやっている形になります。
qbc:
スタートしてどれぐらいなんですか?
つじっぴー:
えーとですね、スタートして今3年ぐらいで、もともと僕が入社したのが子会社があったんですね。今の所属している会社の子会社がありまして、もともとはそこで似たような事業をやっていたんですけど、社内の体制でその会社を閉めることになって。で、僕がそっから今の会社としてやらせてくださいという形でやっているところになります。なので、3年ぐらい続いてますね。
qbc:
年間何人ぐらい日本に就職するという状況ですか。
つじっぴー:
だいたい年間で100名ぐらいですね。
qbc:
へー。これはその、増やしていく方向なんですかね。
つじっぴー:
今増やしていく方向ですね。
qbc:
なんだろう……その始めたきっかけというか。
つじっぴー:
初めたきっかけですね。もともと、ちょっと過去の話にもなってしまいますが、僕は東京外国語大学っていう大学を出てまして、そこでベンガル語――いわゆるバングラデシュの言葉を4年間勉強していたんですね。バングラデシュに関わり続けたいという思いがあってこのキャリアをスタートしたんですけど。
やっぱり人材……、この子会社を占めるってなった時に、この事業はやらないっていう方向が一回決まったんですけども、バングラデシュって人口がすごく今爆発していて、もう仕事に就くのが難しい、いわゆる就職困難な時代なんですね。その中で、日本に来て仕事をしたいという、すごく夢がある若者が多くいて、日本企業としてももう人が今足りないっていう状況の中で、この需要と供給がわかりやすく目の前にあるので、体制が問題でやらないっていう理由はないかなっていうところで、強い思いを持ってやらせてくださいといったところがあります。
qbc:
えーと、こういうお仕事って、そのエモーショナルな部分と、そのバングラデシュに興味関心っていう部分とビジネスの部分って両面あると思っているんですけど、そういうあたりっていかがなんですかね?
つじっぴー:
そうですね。もちろん、やっぱりビジネスとして、収益を上げ続けなければいけないっていうところは第一のミッションとして、僕も今状況としてもありますし、今後拡大していく上でもそこは目をつぶれないというか、避けては通れないとこになると思うんですけど。
僕も結構入社して価値観が変わったところはあって、どうしてもこう途上国と関わるっていう文脈でいくと、こう開発支援とか援助とかの文脈で考えたりすることも多いんですけども、結局こう、なんていうんですかね。収益が上がったり、事業として関わることで、えー、実現できる規模であったりとか、継続できるその寿命というか、どうしてもこう国からの援助とかだと期限が決まっているプロジェクトが多かったりとか。結局はそういうプロジェクトもいずれかは民間企業が、ビジネスとして成り立たせないと続かないというようなところもあると思っているので、ま、割とビジネスとして回ること前提で僕は考えてはいます。
qbc:
どんな仕事、どんな就職先に行くんですかね?
つじっぴー:
まず、バングラデシュの国としてはITの教育にすごく力を入れておりまして、隣のインドもすごくそうだと思うんですけども。理系の大学の授業は全部英語で行われるんですね。
なので英語が話せるITエンジニアっていう層がたくさんいますので、もちろんIT企業さんがまず一つ企業になってくるのと、あとは最近だともうIT企業以外の建設業とか製造業とかの企業さんであっても、DX化を進めるっていう文脈でIT人材を確保していこうっていう流れがあるので、割と業種問わず、そうですね。業種問わずですけども、どっちかっていうと、地域的な特徴としてはあまり都心っていうよりは九州とか長野とかの地方が多いのと、中小企業が多いですね。
qbc:
いわゆる地方のIT化の人材として迎えているということですか?
つじっぴー:
そうですね。はい。
qbc:
企業?
つじっぴー:
企業で働く。はい。
qbc:
あ、企業ってごめんなさい。自治体もターゲットに入るというか、IT化っていうと自治体とか自体も求めてることなので、だからそっか、そこと連携する企業に入ればいいのか?それは。
つじっぴー:
まぁ、基本的には自治体が何かこうITを推進するにあたっても、おそらく県内企業に委託する形になると思うんですけど、それで言うとですね、今、実は民間企業だけじゃなくて、僕らのお客さんとしては都道府県も含まれておりまして。
こう県を挙げて、僕らがこう県から委託をいただいて、県内の企業がバングラデシュの人材を採用するためのマッチングの機会であったりとか、就職した後のケアとか、その辺を県を挙げて、県内企業にできるだけ多く取ってもらおうっていう今流れがあるので、そういった意味では自治体とのコラボもしています。
qbc:
結構エキサイティングな状態ですかね。激しい。ですよね。普通にIT人材が欲しい問題があって。で、特に地方に行きたい方、特に行きたくないという人たちも多いわけで、日本人だったらね。関係ないですよね。あんまりね。関係ないと言ったらあれかもしれないけど。
つじっぴー:
そうですね。そこまでははい。
qbc:
いや、これは言い方があれですけど、商談としてはそんなに難しくない感じですか。
つじっぴー:
本社は東京にあるので、地方の企業と直接つながろうとしたら難しいんですけど、やっぱり県が絡むことで、県主催という形で地点セミナーとかをやって、企業さんとの接点が生まれるというところはあるので、需要の方が明らかに多いビジネスではあります。
qbc:
なるほど。何が今一番大変ですか?
つじっぴー:
それで言うと、やっぱりこうバングラの方もですけど、英語が話せるので、まず一つは言語の壁ですね。日本企業の状態としては、どうしてもやっぱりある程度日本語が話せないと受け入れが難しいというところと、それがどっちかというと、日本側の問題で、同じ問題なんですけど、例えば、じゃあ一年間日本語、僕ら日本語を教えることもやってるんですね。
ただ、日本語を例えば一年間かけてわざわざ勉強してまで日本に来たいという思いがある人材っていうのが、どこまで発掘できるかっていうところで、やっぱりすごく就職が今難しいので、募集すればたくさん応募が来るんですけども、その中で、本当に日本に来て、日本の環境で思いを持って長い期間働ける人材っていうのを見極めるところっていうのは一番難しいところですね。
qbc:
ノウハウって話せる範囲でありますか。今のところこうだなというのは何かありますか。
つじっぴー:
そうですね。まずは大学のいわゆる就職支援課みたいなところを通して学生にアプローチをするっていうところと。あとは応募くれた学生とは個別で、できるだけ対面で面談をしておりまして、バングラにいる先生方がですけども、面談してまして、思いを聞いたり、志望動機とか自分の短所とか聞いたりして、どういう経緯で応募されたのかみたいなところは聞くのと、あとは実際面と向かって話すことでの空気感みたいなところは、評価するようにはしてます。
qbc:
ふーん。ちなみにその回答できるかわかんないですけど、会社自体の事業って、そもそも何なんですか?
つじっぴー:
そもそもの本業はいわゆるオフショア開発っていう言葉があってですね。
qbc:
ああ、はい。
つじっぴー:
日本企業のITの開発をバングラデシュのエンジニアが行うと。うちは実は、創業がバングラデシュ国内なんですけど、正社員としてエンジニアが700人ほどいるんですね。大規模なチーム編成が可能というところを強みとして、日本企業のお客様や、他国の企業向けに開発を行うのが主な事業になります。
qbc:
業界の話になっちゃいますけど、その、派遣させるっていう仕組みが多かったわけじゃないですか?今回の話って就職ですよね?それって理由があるんですかね。
つじっぴー:
そうですね。やっぱり派遣ももちろん僕らもやってきた事業ではあるんですけど、やっぱ日本のなんていうんですかね、商習慣として外注する文化というか、「餅は餅屋」みたいな文化があると思っていて、ま、建設と同じですよね。ITも多重下請け構造みたいな外注の文化になってきている中で、なかなかこう地方の企業とか、あとは、内政化をできるだけ進めていきたいという企業が同じように増えていると思っているんですね。
ま、そういった企業向けには、やっぱりこう今まで規模がなかなか小さいっていうところで、見向きがうちは相手してこなかった部分ではあるんですけど、人材を供給するというところで、そこも拾っていけるのではないかっていうのがありますね。
qbc:
この事業の中で今一番楽しいのってどんなものですかね?
つじっぴー:
そうですね。まー、もちろん、やっぱ双方から必要とされているっていうすごい社会性が高い事業なので、そこのやりがいもありますし。あとはま、僕個人的には今、新卒3年目になるんですけど、いわゆる、お世話をしているバングラ側の学生と年齢が近いのですごくこう、なんていですかね?オフの時は友達感覚で本音で割と話せたりとか。
そうした子たちが日本に、いろんな地方にいらっしゃるので、僕がどっか旅行とか出張で訪ねるたびに家に招待してくれて、料理を振る舞ってくれてみたいな。なぜか日本全国にバングラデシュ人とのネットワークがあるっていうところはすごく楽しいですね。
qbc:
そうですね。はい、私、今年一番楽しそうな20代の就職先の話を聞いてますね。
つじっぴー:
そうですか。
qbc:
辞めて世の中に復讐してやるみたいな話もあるんで。
つじっぴー:
ああ、そうなんですね。(笑)
qbc:
新卒1年持たないでね、パワハラに遭ったみたいなそういう話でやめていく人もいる中で、非常にこう意欲的な感じで。もっと文化寄りの話になるかと思ったら、非常にビジネスの話になって面白いなと思っています。つじっぴーさん、趣味とかはどんなものあるんですかね?
つじっぴー:
趣味で言うと割と無趣味な人間なんですけども。強いて言えば、本を読むのが好きで、そうですね。文芸誌を読んだり、小説を読んだり、割と毎日本は読むようにしているのと、あとはノートで自分の思考整理するために書いたりとかですかね?はい。
qbc:
その無趣味な方が、そもそもその語学を勉強しようとしたのってなんでなんですかね?ベンガル語はそんなメジャーな言語じゃないですよね。
つじっぴー:
はい、これは割と長く自分の中につながってきたものがあるんですけど。僕の親の教育で、実は片親でずっと母親に育てられてきたんですけども、3歳の頃から英会話教室になぜか通わせてくれていて、毎週1回外国人と戯れる程度の幼少期のことだったんですけど。だんだん小中学校になってきて、周りより英語が話せる。で、なんなら先生よりも話せるみたいなことが起き始めて。
qbc:
小学生、中学生ぐらい?
つじっぴー:
小学生の時もそうですね。
qbc:
あ、そうなんだ。
つじっぴー:
小6とかではもう話せて、まあALTの先生とよく話すみたいなことが起きて。
qbc:
ほうほうほう。
つじっぴー:
で、まあ、やっぱり自分のアイデンティティとしてすごく、英語とか国際的な部分っていうのがあったんですね。
で、まあ、高校受験でも英語でわからない問題はないぐらいの感じにはなってきて。外大に行きたいっていう話があったんですけど、さっきも言ったように片親だったんで、国立落ちたらもう大学行かない方向で考えてたんですね。なので、受かったんですけど。
第一志望は実はベンガル語ではなくて、本当はアラビア語がやりたかったんですね。それはもう特に理由がなく、右から左に書くっていう特徴とかヘビみたいな暗号みたいな文字っていうのに惹かれてて。
qbc:
はい。
つじっぴー:
ただ、アラビア語は入学の倍率がすごく高かったので、志望したのはウルドゥー語、パキスタンの言語ですね。あれもアラビア文字で書くので、ウルドゥー語志望で入学願書を出したんですけど、結果として第三希望のベンガル語になってしまったという経緯があります。
qbc:
じゃあバングラデシュに、その入学前までに対する興味って何ポイントぐらいだったんですか?
つじっぴー:
ゼロですね。もうゼロでしたね。よく知らなかったので、合格通知が出てから調べ始めたっていう感じですね。
qbc:
100ポイント満点で、今は、じゃあ何ポイントですか?
つじっぴー:
今はですね。別にバングラデシュだけに固執してるわけではないんですけど、80ポイントぐらいですかね。
qbc:
ふーん、何が満足で、何が足りないっていう感じですか?
つじっぴー:
満足で言うと、4年間少なからず専門的に向こうの文化とか文学とかを勉強してきて、ある程度この国のことは理解してきたつもりではいまして、ただ、僕が思うこの100ポイントの人って、僕の周りにもいらっしゃるんですけど、もう本当バングラデシュに惚れ込んでこっちに移住して、とか、バングラデシュで縫製業のビジネスを始めてとか、そういう方ってすごくピュアでいいなと思うんですけど、僕はこう住もうという気にもならないし、僕が今やってる仕事ってどっちかっていうと個人のキャリアとか思考っていうことで、すごくわがままな子とか、空気読めない子とかもたくさんいるので、好きだからこそ冷ややかな、というか、斜め上から見ているような感覚も自分の中にあって。っていう感じですかね。
qbc:
ちなみに日本は何点ぐらいだと思いますか?
つじっぴー:
それで言うと日本は……僕、割と、そうですね。日本も同じぐらい。80点ぐらいですかね。
qbc:
80点を超える国ってあるんですか?
つじっぴー:
ないですね。
僕ももちろん日本にもすごく興味がありますし、社会問題としても向き合っていきたいという気持ちもあるんですけど、あんまりこう家を買ってそこに住み着くみたいなところって、僕の中であんまりしたくないというか。っていう感覚があるので、移住したい国が、定住したい国がないっていう意味では、多分100って今のところはないと思います。
qbc:
なるほどね。最近読んだ本、小説でもいいんですけど、気になった本とかあります?
つじっぴー:
そうですね。最近は、もちろん、その月間、期間の文芸誌とかはあるんですけど、小説、一冊として読んだところで言うと、村田さやかさんの『信仰』というエッセイを読んだんですね。
で、私は結構最近その信仰――宗教も、普段イスラム教の子たちと関わるのもありますし。あとはアメリカの政治見てても、うちの会社を見てても結構宗教だなと思うところも、なんていうんですかね?そこに興味があって。はい、それを読んだんですけど、すごく面白かったですね。
qbc:
へえーえ、村田さやかさんって…。
つじっぴー:
あの『コンビニ人間』とか。
qbc:
ああ、あの人ですよね……へえー。
つじっぴー:
すごくスピリチュアル、怪しいビジネスの話とかがメインなんですけど、はめてく側の気持ちとはまっていく側の気持ちが現れててすごく面白かったなと思います。
qbc:
ふーん。スピリチュアル産業も4兆円産業になりましたからね。
つじっぴー:
そうなんですね。伸びてますし、教育事業とかも、ほぼそうですからね。僕の見解で言うと。
qbc:
いや、だから2015年ぐらい、11年ぐらいが1兆円だったんですよ。
つじっぴー:
へえ……あ、じゃあ。
qbc:
伸びてます。
つじっぴー:
この不安定な世の中で、何かにすがりたいと思う人は多いのかもしれないですね。
qbc:
単純にそうかもしれないですね。震災があり、コロナがあり、戦争も起きてるし……。性格は人からなんて言われますか?
つじっぴー:
性格は、行動力があるとか社交的とか言われることが多いんですけど、自覚としては実は真逆なところもありますね。
qbc:
なんて表現します?その 真逆というのは。
つじっぴー:
なんていうんですかね。こう、人と対峙したり、仕事の場になるとすごく社交的に振る舞いはできるんですけど、自分が楽な方というか、根は陰キャというか(笑)、はい。何もしてたくないっていう気持ちもありますね。
qbc:
時々定期的にドカンと休んだりします?
つじっぴー:
それはないんですよね。僕は実は。
qbc:
ああ、そうなんだ。
つじっぴー:
躁鬱系のことはないんですけど。
qbc:
はい。でもコミュニケーションで疲れたりはしないんですか。
つじっぴー:
しますね。連絡が遅くなったりとかはします。
qbc:
こう距離の近い人から、家族、パートナー、親友とか、その距離の近い人から言われる性格の一面とかって何かありますかね?
つじっぴー:
ああ、そうですね。あんまり家族からは、そういう感じで言われたことないし。
僕が一番結構近いと思っている人って、僕が水泳やってた時代のコーチとか、高校の先生とか、そういうちょっと上の人が多いんですけど。彼女たち彼らたちは結構僕のことを見抜いているので、不思議と悩み相談になるというか……。
なんていうんですかね?あんま言葉で言われたことはないですけど。そんな感じですかね。
qbc:
こう、今の人間関係について、すごいざっくりした質問ですけど、今の人間関係、人との交流でこういうふうに変えたいとか、そういうのってありますか。
つじっぴー:
そうですね。それで言うと、まず僕、地元は静岡なんですけど、静岡がすごく好きなんですけど、あんまり地元に友達っていなくて別に浮いてたとかそういうことでもないんですけど、結構割と真面目に勉強してきたり、部活やってきたりとかして気づいたらこう深い友達ってあんまいないなーっていうところと。
逆に今こう仕事を通してできた知り合いとか、年上の先輩とかが多いので、ま、もちろんこう僕は下、年下に対しても今まで受けたことを還元していきたいっていう思いもありますし、あとはこう全く違う業界とかで、僕と同じようにパッションを持っているような同期、同世代との交流をもっと増やしたいっていう思いはありますね。
qbc:
今のその一通り、今について聞いてきたんですけど、今こう生きてる、生活する中での主たる感情って何ですかね。こういう気持ちでいることが多いとか、喜怒哀楽ベースでお答えいただけますか。
つじっぴー:
そうですね。喜びで言うと、やっぱり僕は趣味もそうですし、その信仰っていう意味でもどっちかっていうと、今仕事に全身全霊を捧げたいフェーズなので、それが楽しいからできることだと思うんですけど、仕事で人から感謝されたいとか、何かを達成したいって思うことが多分大きくて。
でも哀とかで言ったら割と孤独というか、同期もいないし、後輩もいなかったりもするので、こうたまに孤独になるときもありながら、そうですね。
怒りとかで言うとなんですかね……たまにやっぱり怠惰になったりすることもあるので、そういうときに行き場のない怒りみたいなのを覚えたりもしますけど。それは少ないですかね。
qbc:
ふーん。最近楽しかったことはありますか?
つじっぴー:
最近楽しかったことは何だろう? 今日バングラデシュにいるんですけど、今日散歩していて、道端で友達に偶然会って声をかけられたとかですかね。(笑)
qbc:
あ、今バングラデシュにいるんですね。
つじっぴー:
バングラデシュに出張で来てます。
qbc:
はいはいはい、今何時ぐらいですか?
つじっぴー:
今ですね、16時35分で、日本との時差はマイナス3時間ですね。
qbc:
好きなバングラデシュの食べ物を教えてください。
つじっぴー:
まずビリヤニが有名なんですけど。
qbc:
あ、ビリヤニがあるんですね。
つじっぴー:
大好きですけど、僕結構好きなのはビーフカレーで、ジャガイモと牛肉のなんてことないカレー、カレーといってもしゃばしゃばしてないカレーなんですけど、美味しいですね。牛も骨から煮込むので出汁が出てて美味しいですね。
qbc:
ふーん、ご飯美味しそうですね、今の話聞くと。
つじっぴー:
ご飯美味しいです。主食も米なので米もすごく美味しいので、ご飯はあんまり困らないですが、こっちってイスラム教でなかなかお酒が飲める店がほぼなくて。
qbc:
あー、はい、はい、はい。
つじっぴー:
やっぱり観光で来る場所でもないので、エンタメが少ないんですね。なので、そういう意味で気分転換では散歩したりとか、カフェ巡るとかしかなくて。そういうとぼとぼ歩いてる中で、今日は友人とばったり会ったので、それが嬉しかったみたいなのもありますね。
qbc:
最近バングラデシュの若者で流行っているものって何ですか?
つじっぴー:
やっぱり……でも日本のアニメはすごく流行っていて。
qbc:
えーっ。
つじっぴー:
僕も知らない、僕も見たことないような古いアニメも見てる子がいたりとか。アニメはすごいですし。
qbc:
ふーん。
つじっぴー:
結局デジタルコンテンツとしてなら、いくらでも世界から輸入できるんで、やっぱイカゲームとかも流行ってますし。で、リアルで言うとやっぱカフェが、最近おしゃれなカフェができてきて、新しいスイーツとかが流行ってるような感じですね。
過去:そこでこうグレようかなとか思ったことも多分あったんですけど、しっかりして家族を支えていこうみたいな。多分自覚がそっからありますね。
qbc:
ありがとうございます。過去について。子どもの頃はどんな子どもでした?
つじっぴー:
子どもの頃は、やんちゃな優等生でした。
qbc:
へー、はいはい。どんな感じの存在だったんですか、クラスの中で。
つじっぴー:
クラスの中では割とおちゃらけキャラというかリーダーシップありつつも、いわゆる学級委員とかやるようなタイプでありつつも、真面目に物事を進めていくっていうよりは、やんちゃな男子からも人気があってみたいな感じが割と低学年で――
高学年は結構女子とつるむことが増えて。
僕は中高通しても女性の友人の方が多いんですけど、そんな感じでしたね。一貫してずっと小学校から高校まで勉強は割とできた方ではありました。
qbc:
女の子の友達が多かった理由って何ですか?
つじっぴー:
母親とずっといる中で、たまに、例えば母親の友人の家とかでホームパーティーとかあるじゃないですか。その時に、子どもは子どもで遊んでてっていう、そっちよりも僕は親の会話を聞いてる方が割と楽しかった記憶があって。
小学校3年生の時とかは外でサッカーするのももちろん好きだったんですけど、教室で女の子とダべってる方が楽しいっていう気持ちもあって、ただ、その時は割とナルシストっていう言葉が流行ってたりもして、あんまりそっちにばっかりいたらダメなんだろうなっていうのもあったんですけど、ま、割と特に高校以降ですね。高校、大学とかは性別関係なくフラットにひとりの大人として関われるような時間が増えたので、そっちといた方が話わかってくれるし。楽っていうのが根本的にありますね。
qbc:
ありがとうございます。幼稚園くらいの小さい頃は、好きな遊びって何でしたかね?
つじっぴー:
幼稚園とかの時は僕、昆虫、虫捕りとか魚、海の生き物、カニとかを捕まえてきて、虫かごで飼育してとか、その生き物を触ることが大好きでした。
qbc:
ふーん。ちなみにそのご両親の話聞いても大丈夫ですかね?
つじっぴー:
あ、全然大丈夫です。
qbc:
いつ頃そのお母さんと二人になったんですか?
つじっぴー:
それは小学校2年生ぐらいだったと思うんですね。で、離婚するっていうことになって、母の実家に住むようになって。で、まぁじいちゃんばあちゃんとお母さんと住み出したんですけど。で、まぁ弟も生まれることになって、っていう感じだったんですけど。
もうちょっと喋ってしまうと、小4の時にじいちゃんが亡くなったんですね。病気で。で、まぁ小4でいわゆる一家の一番年上の男になったっていうところで、結構そこで自分の自覚としてもすごい大人びたっていうか。
qbc:
はい。
つじっぴー:
そこでこうグレようかなとか思ったことも多分あったんですけど、しっかりして家族を支えていこうみたいな。多分自覚がそっからありますね。
qbc:
弟さんって…。
つじっぴー:
弟は5歳下ですね。
qbc:
えーと、お父さんは同じ弟さんですか?
つじっぴー:
お父さんもお母さんも同じお父さん、お母さんです。
qbc:
別れた後に弟が生まれた?
つじっぴー:
いや、弟が生まれた頃に両親が別れて。だから小6だから小1なんで多分6歳とかの時なんで弟がもう本当生まれて幼い時ですね。
qbc:
あー、なるほど、その弟が生まれてから離婚すると。なるほどね。小学校の時とかはさっきの通りですが、中学校はどんな子どもだったんですかね?
つじっぴー:
中学校は地元の公立に進んだんですけど、結構やんちゃな中学校で……。
二つの小学校が混ざる学校だったんですね。自分としては、居心地が悪いじゃないですけど、自分とは違う環境の子もいる中で、ただ、自分もすごく思春期でっていうのがあって、結構やんちゃな子とつるんでたというか。
悪さして先生怒らせたり、親が呼び出されたりとか。若干いじめる側にもなったりしながらも、ただ、やっぱ成績だけは取ってよっていうので、ちゃんと塾に行って勉強もしてた、みたいな。自分の中では割と歪んでた3年間だったですね。
qbc:
高校生の時はどんな感じなんですか。
つじっぴー:
高校生の時はもうやっぱり静岡市内ではだいたい2番目に位置する高校に行ったんですけど。やっぱり進学が目的っていうのもあって、真面目に勉強しようっていう思いもありましたし。僕、水泳をずっとやってきたんですけど、割と水泳が中3ぐらいで芽が出始めたのもあって、本格的にクラブチームに通ってやる、部活も入るっていうとこもあったんで、もう勉強と水泳でほぼ1日土日も終わってたので、あんまりその、暇がなかった。決められたことをきちっとこなす、みたいな感じでしたね。
qbc:
ちょろちょろっと出てきた、その道を踏み外さなかったみたいな時っていうのかな?そういう経験はなんていうのかな。まっすぐ進んできた理由って何だったんですかね?進めたというか。
つじっぴー:
あー……。
qbc:
暗黒面に落ちなかったっていう言い方かな。
つじっぴー:
なんていうんですかね。なんなんでしょう。でもやっぱりこう優等生でいること、そのじいちゃんばあちゃんとかいつも「あんたは静大に入って公務員になりなさい」みたいないわゆる決まり文句も言ってたと思いますけど、僕はそれ結構真面目に捉えてて、そうなったらすごいこう誇らしい、誇ってもらえるんだろうなっていうのがあって……。
っていうのはありましたけど、僕の中では割と大学でベンガル語をやったりとか。僕、実は就活も一社も出さずに、その時は料理人になろうっていうことも考えてもいたんで、そういうところで周りとは違う自分みたいなところで、その感覚っていうのは結構ありましたね。
qbc:
ふーん、一番危うかったなみたいなのって感覚的にあるんですかね?
つじっぴー:
ああ、一番危うかったところで言うと、大学2年とかで、いわゆる授業とかに出ない、ちょっとずつ出なくなったりとか、このレポート出さなかったら落単みたいなのが続いて、もしかしたらこのまま卒業しないんじゃないかっていうのが見えた時ってすごくこう……部屋で友人とシェアハウスしてたんですけど、結構バッドに入ってたというか、そういう時期もありましたね。
qbc:
その理由って何だか、なんでかわかります?そのバッドになってたって。
つじっぴー:
何なんですかね?やっぱり……でも、大学にまず入って、やっぱり自分よりもこう優秀なというか、みんなある程度英語はできるわけじゃないですか。なので、自分のアイデンティティだった英語っていうのがそこまで通用しなくなって一回こう裸で勝負しなきゃいけないっていうことになった時に、周りの友人とかは割と「外務省に行くために勉強してます」とか、「ボランティアに参加してます」とかいう子が多かったんですけど、僕はあんまりそういう思いは起こらずにアルバイトばっかりしてたっていうのもあって、かといって流れで行きたくもない会社に面接の回答を作ってやるのもやだなっていうのはずっとあったんで……なんていうんですかね。
「どうしたら自分は楽しく生きられるんだろうか?」みたいなところがずっと漠然と頭にありましたね。
qbc:
大学時代っていうのはどんな感じだったんですかね?
つじっぴー:
大学時代は、えーと、実はこれも一個エピソードがあって、別れた親父のお母さん、いわゆる父方の僕のばあちゃんにあたる方がずっと新宿に一人で住んでまして、いわゆるじいちゃんは僕が生まれる前に死別していて、そのばあちゃんがずっと付き合ってたミャンマー人の、ミャンマーから来てもう日本にずっと長くいる板前がいるんですね。
僕小さい頃はずっと東京にたまに遊びに行って、その江戸前寿司食べに行ってとかっていうことをしてたんですけど、そこも別れたらしくて、10年ぐらい連絡が取れなくて、僕も「その方はミャンマーに帰ったのかな」とか思ってたんですけど、僕が入学した大学のいわゆる最寄り駅の回転寿司に食べに行ったら、その方が店長やってて。で、再会を果たして、じゃあアルバイトを探してたんで一発目ここでさせてくださいっていうところでやってたんですね。
勉強にはそこまで、まあちゃんとやってましたけど、授業の時間以外も図書館に行くみたいなところまでは身が入らなかったので、どっちかっていうとアルバイトしていくうちに、最初の半年でホール業務とか慣れてしまって、仕込みの方を手伝うようになったんですね。
料理にすごく惹かれてしまって、僕は「もっと上の世界が見たい」っていう思いがあって、大学2年でその寿司屋をやめて、池尻大橋にあるミシュランとってる日本料理屋さんがあるんですけど、そこに毎日通い始めてアルバイトをさせてもらっていたと。結局大学4年の冬まで就活とかは一切してなくてみたいな感じでしたね。
qbc:
その料理人ルートはどうなったんですか?
つじっぴー:
料理人ルートは、結局僕も結構その時は料理人すごく本気でなりたい……そっちに結構傾きかけてたんですね。大学は出ようとは思ってましたけど、すごい面白い世界だし、今も大好きですし。でそっちの道で考えてたんですけど。
なかなかこう大学に、国立の大学にいるっていうだけでバカにされるというか、「お前、板前バカにしてんだろう」みたいな板前さんもいたりとか。「絶対頭いいし楽して稼げるんだから、そっちの道行った方がいいよ」っていう人もいたりとか。のもありますし。
あと、その時お世話になった大将から、いわゆるそういうお店っていうのはもうある種出来上がってる形態なので、本当にこう調理師学校とか出てない頃から料理人やるなら、もう京都の料亭に入れっていう話をされていて。それってやっぱり高卒の18歳から後輩として扱われることになるんだよ、みたいなことを言われて。
結構ビビリなので、その辺がすごい受け入れられないかもなっていうのを思い始めて揺らいだんですね。やっぱり。大学4年の夏頃にすごくそこが揺らぎ始めて、まだちゃんと会社に就くっていう選択肢も残ってたので、その時は結構同じとこでアルバイトしてた芸人の同期の子とかに相談乗ってもらいながら、道を踏み外しきれない自分とか決めきれない自分に対してすごいこう自己嫌悪があって泣いてたりとか、いうのもありました。
結局こっちの道に入ったのはこれも縁があって僕、実は大学1年の夏休みにアフリカのガーナに2ヶ月ほど行ってたことがあって。そこにですね、たまたまJICAの青年海外協力隊で日本人の方がいらっしゃってて、メッセンジャーで交換してたんですけど、彼がその協力隊終わって入った会社がたまたまうちの僕がその入社した子会社で、僕がベンガル語っていうのを覚えてくれたみたいで、連絡をくれて、もう二つ返事で面接受けに行ったんですけど。はい、そんな感じでしたね、大学は。
qbc:
ってことは、もうポストが決まった状態で新卒採用されたと。
つじっぴー:
その時はなんていうんですかね。新卒採用はやっぱベンチャーだったので、してなかったらしいんですけど、たまたま社長がですね、「こう行ってってお願いしたらバングラデシュ行ってくれるような若い子いないかな?」みたいな話になって。その彼が「心当たりあります」っていうので僕に連絡くれたみたいで。
僕は「このチャンスを掴むしかない」と思ってたんで、最初はこう「会って情報交換しようよ」みたいなこと言ってもらってたんですけど、もうその日に履歴書と自分のプレゼンテーションを持って行って。もう「今日採用決めてください」みたいな感じで言いました。
qbc:
そこまでなんで思い切れたんですか。
つじっぴー:
あー、これまでやっぱいろんな縁に助けてもらってきたっていうのもありますし、ですね。料理人やりたいって思ったのも、実はその……せっかくなんでバングラデシュと関わり続けたいって思いはあったんですけど、まともに関わろうと思うと、今既存のルートって外務省とかJICAとか国際協力とかしかなかったりするんですね。
そのとき、あんまり企業の活動が僕は見えてなかったんで諦めてたっていうのと、まぁ世界共通の料理で関われるかもしれないっていうのもあったんですけど。
ちゃんとバングラに関われる道としてはいいし。誘ってくれた藤本さんっていう先輩もすごく良い方だったので、一緒に働けるならいいかなと思いましたね。
qbc:
その時に大学4年生だったんですか。
つじっぴー:
その時は大学4年の冬休み、年末に連絡をもらったんで、そうです。で、結局大学4年の2月からインターンとして勤め始めました。
qbc:
じゃあその、ある意味普通に中途採用を、学生時代に決めたってことですね。へえー、外語大の人ってそういう人多いんですか。
つじっぴー:
あー、割とそうです。マイナー言語をやってる子とかは、やっぱ踏み外しちゃってる感もあるんですね。世界が狭いので、もうやっぱある程度すごい人と会えたりもするので、ちゃんと外務省とか報道機関とか外資系行く方が多分半分以上ですけど。多分1割2割ぐらいはそういうベンチャーとか社会企業家みたいなタイプの人がいますね。
qbc:
なるほどね。面白い。マイナー言語で、その中のコミュニティで、いろんな人間関係が広がるんですね。つじっぴーっぴさん自身のその転換点っていうとどこにありますかね。
つじっぴー:
これまでの人生ですか?
qbc:
はい。
つじっぴー:
もちろん、まずはそのじいちゃんが亡くなったっていうのが一個あるのと、あとはそうですね。転換点。あんまここで、っていうことはないんですけど、もちろん大学に自力で合格したっていうのももちろんありますし。ある意味転換点が多いというか、僕の感覚としては、ですね、その入った会社がなくなった時、自分が例えば、じゃあこれからどうしようって思った時もあったんですけど。
結果としていろんな人のサポートとか思いを理解してくれたとかがあって、今理想の形になってたりとか。ただ、これも結果残さなければ来年わからないとかもそうなので。割と常に転換の中にいるような感覚が僕の中にはあります。
qbc:
確かにね、割と珍しいパターンですよね。
未来:僕もそれを見てみたいっていうのがまだ、多分僕の中に欠けたピースとしてあるんでしょうね。
qbc:
最後に未来についてお伺いしていくんですけども、最後自分が死ぬっていうところまでイメージした上で、今どんな未来を思い描けますかね。
つじっぴー:
そうですね。どっちかっていうと現実的なことは抜きにして、自分の自伝を書くみたいなイメージで、ですけども。まずは今5年ぐらいで、この事業を割と大きくして、なんなら本業を飲み込むぐらいにしてしまい、自分が役員になるか、自分の会社として僕、地元に帰りたいっていう思いがあるので、地元で会社を作り、で、まぁそこを成長させながらある程度地元での人間関係を作っていき。
で、まぁ子どもも今僕は欲しいっていう思いがずっとあるので、きちんとした家庭を築きたいという思いがあって。築きつつ、リタイアする手前ぐらいですね。もうちょっと若めの時に僕は出馬して静岡で政治家になって、次の僕らの世代の世の中と次の代のための世の中を作っていくみたいな思いもあったりしますね。はい。
qbc:
仕事、家庭、社会。
つじっぴー:
仕事、家庭、社会、そうですね。
qbc:
社会ってあんまり出てこなかったんですよ。今までの流れで。社会という言葉が出てきたのは、どういうモチベーションで思い描くんでしょう。
つじっぴー:
社会は確かに出てこなかったんですけど、一個転換点としては一個大きいのがあって。
実は高校3年の時にこう日本っていうものに対して希望が持てなくて、海外の大学に行きたいなっていう思いがあったんですね。で、まぁ進路の時に日本の大学は受けないっていう話をずっと頑なにしていったときに、そういう考えの時期があったんですけど。
その時に、地元の清水エスパルスっていうJリーグのチームの選手が子どもたち向けに夢授業みたいなのをしたことがあって。僕はそこで結構自分の中で雷が走ったような感覚をもらって、結果的にですね、実はガーナにその選手のユニフォームを着て行ったんですね。
で、それが結構ツイッターで話題になって本人に見つけてもらって。で出会うことができて、今でもすごく親しくしてもらってるんですけど、その時に実は静岡にいたときに、なんていうんですかね?まぁ、スポンサーがもちろんサッカーチームなんであると思うんですけど、そのスポンサーの社長、企業が集まる異業種交流会みたいなのがあって、そこに実は大学1年の時に呼んでもらって。
今までこう全くそういう仕組みとか、上のことって考えてこずに負け組だと思って生きてきたんですけども、CMとかで知ってるような社長、会社の社長が目の前にいて、すごいこう、自分のこと「すごいね」とか言ってくれたりして、「本当に地域って人が動かしてるんだ」っていう感覚がまずそこであったのと。
あとは逆に静岡から出ていろんな世界を見ていく中で、最終的にはやっぱり地元に還元していきたいっていう思いがあって。っていうのは、まず根本にあるんですけど。
もちろん今、あと自治体さんとお仕事させてもらってる中で、この自分の事業計画が議会でどういうことになるかとか、そういうところも実は関わってもいるので、静岡にもこういう外国人材の取り組みあったらいいのになって思うこともありますし、えー、はい、そういったところで、社会っていうのは実ははい、あります。
qbc:
家族というのは。
つじっぴー:
家族はやっぱり、親父がああだったんで、理由としては、結構ギャンブルで養育費に手つけて、みたいな話なんですけど。で、まぁ結構僕って家系がそうなんです。そういうだらしない大人が多い家系で。
母親も母親で離婚と再婚繰り返して未だにどっかほっつき歩いてる感じもあって、そういう意味で安定したいっていうのもありますし。子どもに幸せ、僕が得られなかった幸せな家庭を築いてあげたい。で、僕もそれを見てみたいっていうのがまだ、多分僕の中に欠けたピースとしてあるんでしょうね。
qbc:
仕事に関して言うと、仕事自体はそのたまたま掴んだみたいな感触があって、どうなんですか?仕事自体は今後、全くチェンジするっていう可能性もありますよね。
つじっぴー:
ありますね。今それこそもちろん良い人が多いですけど。で嫌なこと、嫌なことって一個もいわゆるブラックとか世の中的な嫌なことって一個もないですけど、でもすごくこうロイヤリティがあるかって言われたらどっちかっていうと、今事業とかこう経験させてもらっている経験に対してはモチベーションがありますけど。なかなかそこの枠を超えたときに、どこまで自分がやるか、居続けるかみたいなところは全然わかんないですね。
qbc:
ポストが変わったらってことですよね?その中で言うと自分が他にやりたいことって今見えたりします?
つじっぴー:
ああ、でもあんまり見えてないっていうのは多分正直なところではあって、ただどっちかっていうとこう、何ていうんですかね?まあ、本当最近の話ではあるんですけど、例えば何ていうんですか?新聞とか論壇誌を見てたりとか、地域の政治家の方とか、僕の同期でそういう政治活動に参加している子とかを見て。今まで全然そういう外のことに目を向ける余裕がなかったり、興味がなかったりした中で、そこって自分がこう、僕、例えば今投票にも行ったことが実は1回もないんですけど。社会に関わりたいという思いが大きくて。
仕事っていうところで、どの企業に勤めたいとかは全然ないですけど。そういう思いはありますね。
qbc:
親からはどのように育てられましたか?
つじっぴー:
親からは割となんていうんですか?親からは全然その母親を恨んでることって僕、実は一個もなくて。すごいこう、水泳とか英語とかやりたいことはできる範囲ではやらせてもらってましたし、おそらく母親自身のことを犠牲にしてでも僕に投資をしてくれてたって思いが結構強くて。
逆に弟が、実は公立落ちて、今働いてるんですね。もう。大学諦めて働いてたりするんですけど、そういう意味で可愛がってもらったなっていうか。投資してもらった、信じてもらったなっていう思いが強くて。今でも全然信じてもらってる感覚が強いですね。
qbc:
もしもの未来の質問っていうのをしていて……もしもその今やってることじゃなかったら何をしてるんですかね?今の仕事じゃなかったら。
つじっぴー:
今の仕事じゃなかったら……そうですね。今の仕事じゃなかったら――でも。
一個思い当たるのはこう――これがジェラシーなのか何かわかんないですけど、僕の今の視点から言うと二つ人種がいて、一つは僕みたいにサラリーマンの人種で、もし今じゃなかったら多分違う方の人種になってたかったんだろうなっていうのは、僕の同期で定職についていなくて、この夏は富士山の山小屋で住み込みバイトしてお金貯めてとかして、旅をしてたりとか――なんていうんですかね、定職じゃないビジネスというか、個人事業主的なことをしている子がいたりとか。
どっちかっていうとそっちの、ノマド的な放浪的な生き方になってたのかなと思いますね。
qbc:
その時に何かこれをやってるだろうな、みたいなのあったりします?フリーランスの状態でね。
つじっぴー:
そうですね。難しいですね。
一個、は……特にないかもですね……。でもこうイベント、ポップアップ手伝ったりとか、現実的なところで言うと。接客が好きで得意だったりもしてたんで、何かの良さを広めるような発信ができたらな、みたいなのはありますね。
qbc:
目の前に刺激のある道、安心安全の道があったらどっちを選ぶんですか?
つじっぴー:
それは割と即答で刺激のある道ですね。
qbc:
これは、なぜですかね?
つじっぴー:
やっぱり新しいことを学んだり、全く違う環境で違う自分に出会えるとか、成長するとかっていうのが、やっぱり僕のモットー的なとこもありますし。何て言うんだろうな……あんまりこう安心安全な環境が想像できないというか。
例えば大企業に行っても、55歳で役職定年になったおっちゃんとかが周りで困ってる人もいますし。いろんな知見とかこういうイバラな経験があった方が、自分としての価値が多分高まるし、面白いって思ってもらえるし、将来提供できるものが増えるんじゃないか、みたいな思考はありますね。
qbc:
その成長したり、っていうのは、どんな気持ちになるんですか?その時。
つじっぴー:
ああー。でもやっぱその今まで想像したことがなかった境遇にいる自分と対話してみたいというか……そういう気持ちが大きいですね。もちろん、そのつらい時って全然成長とか前向きなことって思えないんですけど。
後から考えたときに、大学とかも悩んだ時期も含めて、そっちの方が思い出に残っているというか……そんな感じはありますね。
qbc:
ありがとうございます。最後の質問です。最後に言い残したことがあれば、お伺いしています。遺言でも、見ている人へのメッセージでも、独り言のようなものでも構いません。最後に言い残したことがあればお伺いしています。
つじっぴー:
なるほど。最後に残したこと……そうですね……。難しいですね。
でも、僕はこの企画を見たときにすごく面白いなって思うのといい企画だな、いい取り組みだなっていう結構思いが強くて。
今声が大きい人って多分世の中にいっぱいいますし、SNSとかもある中で、おそらく僕も含めて多分過去にこのインタビュアーとして普通インタビューってお願いされてするもんだと思うんですけど、「インタビューしてほしいです」っていう思いがあった人って、何かしら残したいものとか発信したいものとか、そういう気持ちがあったのかなと思うんですけど、僕は結構その今の自分も含めて、こういう自分を大事にしていきたいなって思っていたりとか。
無名っていうのかはわかんないですけど、そういう人の声が聞こえない世の中にならないように僕も何かしていきたいなっていうふうに思いました。
あとがき(編集)
就活暗黒時代、ベンチャーしか面接を受けなかったMeadowです!うーん。苦しかった。私は就活むいてなかった。本当に。そんな中、ベンチャーで生き生き活躍されているつじっぴーさん。働くことは案外、楽しいことなのかもしれませんね。
私はどこからきてどこに行くのか、私は何のために生まれてきたのか。私が見ているものは一体何なのか、私が使える武器は何なのか。私はどこを目指すのか、私はどこを目指したいのか。私は何がやりたいのか。そんなことを思わされたインタビューでした。ご参加ありがとうございました!
【インタビュー:qbc】
【編集・あとがき:meadow】
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