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自分の思ったようになってないと気持ち悪い人

世の中には自分の性格に欠点があってそれを直そう直そうという人がたくさんいるものだなと思ったり思ったり思ったりするのだけれども。
でも、直らないよ。
まあ美容整形みたいに、脳もいじれるようになるのかもしれないけどね。
それよか、苦労するけど、その性格をなんとか補おうとして他の部分がんばる! みたいなほうが、世の中の役に立つって思うのよね。
自分のここが悪い、どうにかしよう!! あ、こういう抜け道がある! そっち行こう、みたいな。
例えば私は、あんまり公開したくない情報だけれども、私qbcはそんなに優しくない性格なのね。きついことを平気で言います。成人してから言葉で大人を泣かせたことがありますか? 私はあるよ。残念だね。
でも、それって裏を返せば、相手の弱点がすぐにわかっちゃうってことなんです。その洞察、分析、表現。は、たぶん、ふつうと違う。むしろ困ってる。
だけど、インタビューっていう場を設けてやると、インタビューというルール上、そもそも相手を責めたりしないし、洞察や分析は参加者の心理を読みとくことに役立つし、罵倒のためだった表現力は適切な質問へと姿を変える。
ほら、ねえ、役立った。
直すのではなく、それが活躍できる場所を探すほうが太陽的な考えだと思うのよね。どうかな。こういう淘汰が強いミームを生むんじゃない?
今日の結論:あんまり悩まなくていいよ。
ということで本日の無名人インタビューもよろしくお願いいたします!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは 尻子玉 さんです!

現在:バランサータイプというか、全てにおいてバランスが取れてないとちょっと気持ち悪いんですね。

尾崎:今何をしている人でしょうか?

尻子玉:今は都内のIT企業で、マーケティングの仕事をしています。個人向けと法人向けがあるんですけど。法人さんに向けて、自社のサービスをどうやって購入してもらうかというところで、それこそ広告とか宣伝とか、そういったのお仕事を主にやっています。

尾崎:どんな気持ちでお仕事をされているんですか。

尻子玉:転職を今まですごい回数してる人間なんですよね。今だと何社目だろう。9社目か。8回ぐらい転職してるんですけども。

わりと今の会社というのは自分のやりたいこと、やりたかったことだとか、どういう会社がいいとか、そういうところを突き詰めて、ちゃんと自己分析した上で入った会社だったので、仕事を楽しいっていうのはどうかなと思うんですけども。

自分なりに望んで入った会社で、望んだ仕事なので割とそこは厳しいところはあるんですけど結構楽しくやらせていただいてるっていうのがありますね。

尾崎:今までの会社と比べたら、楽しく仕事ができているということですね。

尻子玉:今までが楽しくなかったと言っちゃうと語弊はあるんですけどね。

尾崎:それでは、ここ最近の1日の基本的なスケジュールをお伺いしてもよろしいでしょうか?

尻子玉:今の会社はフルリモートなんですね。なので朝は7時過ぎぐらいに起きると、もう妻は共働きなんですけども、妻は仕事場がちょっと遠いので、家を出るかどうかぐらいの時間。

そこで子供たちと同じぐらいに目を覚まして、子供たちを送り出してから、洗濯をしたりとか、そこは妻がやってくれてたりもあるんですけど。朝ご飯を食べたりしながら、10時頃から仕事を始めて。

お昼休憩を挟んで、また仕事して。夜は8時か9時ぐらいまでは仕事をして。夜の時間は子供たちも大きくなってきて、割ともう手がすいてきてるので、自分の調べ物をしたりとか、例えばテレビとか動画を見たりとかですね。

あとは、お風呂に入ったりして過ごしています。なので、リモートワークになってから、生活リズムに余裕が出ました。

尾崎:なるほど。では、趣味は何でしょうか?

尻子玉:趣味は何だろう。あんまり趣味のない人なんですけど、料理を作ったりするのもそうですし。あとは、最近だとイベント。

ライブとかスポーツ観戦とかそういったもので、出掛けたりするのが最近は好きですね。子供が今だいぶ大きくなりまして、2人子供がいるんですけど、上が今、中2。下が小6なんですけど。

最初の10年ぐらいは結構子育てのところで結構手がかかってる部分もあったんですけど、そこら辺の手が離れ始めて余裕が出てきて、それを仕事というか自分の余暇に対しても、何をしようかなっていうのを考える余地が出てきた感じですね。

尾崎:なるほど。料理が趣味なのは家事の一環でやるというよりは、好んで積極的にやっているということですか。

尻子玉:どうですかね。割と多分。好きでやってるのもそうですし、あとは子どもが生まれてから家事分担っていうところの一環もあったかなと思います。

結婚する前から割と好きだったので、結構自分で作ったりとかしてたんですけども。そこの名残というか、普通に。例えば土日、平日含めて、妻は帰りが割とやっぱり遅めではあるので。こちらは在宅でやっていたりしますので。

尾崎:ライブに行かれるのは、どういうアーティストさんですか。

尻子玉:特に、それこそアーティストとかバンドだとかもありますし、逆にお笑いライブとかもあります。本当にここ1年ぐらいなんですけど。ライブに行ったら面白くて。

ジャンルも問わず。お笑いとかもなんか1組じゃなくて、なんか、10組ぐらいワッと集まってやったりするんですけど、そういうのってなんか見たりするのは面白いですね。

尾崎:どうして面白いと感じますか。

尻子玉:なんでしょうね。お笑いにせよ、アーティストにせよ、あとスポーツチームもそうなんですけども。
最近、推し活とかってよく言うじゃないですか。推しも、そのうち、アーティストだとか、そういう対象について結構深掘りしたくなるんですよね。

要は、お笑いにしても、どういうバックボーンでやってんだとか、どういう考えのもとに。よく、それこそ音楽とか『rockin'on』とか、お笑いなら『Quick Japan』とか専門誌があったりするじゃないですか。

有名人がみんなインタビューみたいな語りをしたりするのがあって。ああいうのを見ると、やっぱりそこらへんの思想とかが見えたりするので。

結構性格的に割と熱しやすく冷めやすい、かつ、好きになるとずっと追えるタイプなんですけど。なんで、好きなアーティストだとか、そういうお笑いの人たちは結構細かいところまで、調べて。沼るというか、はまっていくタイプですね。

尾崎:お子さんと接するときはどういう気持ちになりますか。

尻子玉:今もう2人とも10代になって、最初の生まれて数年っていうのは本当にもう猫かわいがりしてたんですよね、もう。自分の子供ですし、やっぱりかわいかったんですけど。

最近、特に上の子になると、来年は高校受験の年なので、人生岐路じゃないんですけども。自分が結構安直に今まで進路とか、そういうのを結構決めてきちゃったっていう後悔じゃないんですけれども。

そこをやっぱ反省があるのでやっぱ子供たちにちゃんと寄り添って、やっぱ最良の選択をしてほしいなと思うので、結構特に上の子なんかはそういう話、進路の話だとかを自分からしたり。

妻ともどういう学校がいいのかなとか、どういうことをしたいのかなとか、そういうのをすることが割と最近多いですね。

尾崎:質問がまた戻ってしまうのですが、ライブが趣味とおっしゃってたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

尻子玉:学生のときとかも行ってたんですけど、しばらくは全然行ってなくって。ここ数年なんですよね。結構また行きだしたのが。そこは、さっきも言った子育てがやっぱり一段落したというか、ちょっと手がかからなくなってきたのっていうのはありますね。

あとは、たまたま最初のきっかけは、何年前だ、あれ。6年ぐらい前になるんですけど、推しのアーティストのTHE YELLOW MONKEYってロックバンド。もう彼らが2016年に復活、再結成をして。

そっからアルバムを出して、リリースイベントだって言って、日本武道館でやったんですけど。そこに運良く当選をしてですね。それはリリースイベントだから多分音楽をただ聞くっていう話だったんですけど、ふたを開けてみたらご本人様登場でバーンとライブが始まって。

久々に年甲斐もなく、武道館のど真ん中で、おおー! みたいな。結構盛り上がったんですけど。それが原体験というか、やっぱりライブは生で聞くと面白いなと。

それは多分、食べ物とかもそうじゃないですか。採れたてだとか、作りたてが一番美味しいみたいなのもあるんですけど。多分、ライブも生の新鮮な温度感みたいなのがあるなって。

動画、YouTubeとか、DVDとか、商品としてパッケージされてるものは、それはそれでいいんですけど。コロナの熱気だとか、空気感みたいなのは楽しくてやっぱり行こうかなって思ったのがやっぱりきっかけですね。

尾崎:どのくらいの頻度で行かれるんですか。

尻子玉:いろいろスポーツの試合とか、ライブとか諸々含めても、そんなに行ってるわけじゃないんですけど。ただやっぱり2ヶ月に1回ぐらいは行きたいな、願望も含めてですけどね。

尾崎:ご家族で行かれることが多いですか。

尻子玉:1人です。妻とあんまり共通の趣味ってあんまりなくてですね。妻は妻で娘と一緒に出かけたりっていうのもありますし。息子は息子でインドアなので、私も私で自分の好きなふうにやろうという。

割と、何ですかね、なんか家族みんなっていうよりもそれぞれ趣味が合うときに、みんなそれ、なんか、個々に行けばいいんじゃない? みたいな感じですね。

尾崎:今まで行った中で一番お気に入りのライブは何ですか。

尻子玉:ついこの前、お笑いのライブをに行ったんですけども。きっかけは去年のM-1の決勝にも出た真空ジェシカっていう漫才のコンビなんですけど。彼らが見たくて行ったんですけど。

それ以外にも結構重鎮というかナイツとか、ああいう有名どころの人たちも結構出ていて。実際見てみたら、ナイツとか。あと何かな。ちょっと待ってくださいね、思い出す時間をください。最近物忘れが激しくて。

出たのはナイツとか、ロッチとか。あと、吉住って芸人さんがいるじゃないですか。彼女とか。あと、けど割と最近は三四郎とか。割ともう中堅からベテランの人も含めて、あと若手成長株みたいなにも結構出てたんですけど。

最近テレビって割と、放送コードじゃないんですけど、結構やっぱスポンサーに配慮したりとかで、やっぱりネタって割と。テレビだけ見てるとわからないんですけど。結構、マイルドなニュアンスにされてるんですよね。

結構危ないネタもやってたりとかして。どぶろっくなんかはわかりやすいです。ド下ネタなので、彼らなんかはわかりやすいんですけど。他にこういう吉住さんなんかも割と、あまりここ言っちゃいけないのかもしれないですけども、テレビでやらないようなネタやってて。

最初、彼女目当てではなかったんですけど、行ってみたらそういう新しい発見とかもあったりして。そこで何か、最初は真空ジェシカを目当てで行ったままで吉住も行ったら、見てみようとか。ナイツ面白そうだねと。そこで新しい扉がまた開いていくっていうのも、なんかそういう体験があって、行ってよかったなって、お得だったなっていうのはすごいありますね。

尾崎:今お話の中でお仕事と、家族と趣味の話が出てきたと思うんですが、尻子玉さんの中で、割合ってそれぞれどんな感じですか。

尻子玉:割と1対1対1というか。すごい、バランスが取れてないとすごい嫌な人で。結構仕事に全振りする人とか、プライベートをむちゃくちゃ謳歌する人とか結構人によってパターンって結構いろいろあると思うんですけど。

バランサータイプというか、なんか全てにおいてバランスが取れてないとちょっと気持ち悪いんですね。いろんなところに手を出したいっていうのももちろんあるんですけど。どっかに偏るのがすごい嫌で。

自分の場合であれば、社会人として、仕事。サラリーマンというか会社員としての自分と。あとは家族の中の父親っていうポジション。あとイチ個人、趣味。イチ個人の部分ですよね。

そこがバランスが取れてないと気持ち悪いというか調子悪くなるんですよね。やっぱりどこかに傾倒してる。どっかしらが自分の中でバランス取れなくなるので、できる限り。なので、すごい器用貧乏でもあるんですけど、自分がやっぱりそうしたいっていうのもあって。

自分が元々我が強いんですよね。そういう自分の思ったようになってないと気持ち悪いっていうのは、そこに関してはちゃんと均衡を保つようにというか、バランスを取るようにはしてますね。

尾崎:バランスを保つために、普段から意識していることだったり、工夫されていることはありますか。

尻子玉:一番、例えば三つの中で一番パーソナルな部分って、多分、自分個人の部分だと思うんですけど。やっぱり、社会人としての自分と、父親としての――家の中の役割っていうところってやっぱりやることが多いので。

当然、頑張れば頑張るほど、そこってやっぱりタスクというか、やらなきゃいけないことってどんどん増えるんですよね。やっぱり気づくとやっぱり一番入ってくるのって、自分自身の、そこの部分って割合がやっぱ減ってくるんで。

それこそ、2年前ぐらいにうつをやったことがありまして。しばらく会社を休んだんですよね。そこで、どんぐらいだったけな。2ヶ月ぐらい会社を休んだので。

今はもうだいぶ回復はしたんですけども、頑張りすぎないっていうか、そこに対して気負いすぎるとやっぱり自分自身がすり減ってくるもんで。

意識的に仕事を頑張りすぎないみたいなのって、すごくマイナスな言葉に聞こえちゃうのかもしんないんですけども。最終的にはやっぱり自分として生きてる以上、大事なのは自分本人が一番大事なので。そこをなるべく意識的に、そこの個人の部分というのを、ちゃんと時間を。時間だったり休息も含めて取るようにはしているっていうところですね。

過去:自分の生き方というか、それを曲げてまで何かしたくないみたいなことが何においても、すごく強いような気がしますね。

尾崎:幼い頃、どんな子供だったか教えてください。

尻子玉:今もそうなんですけど、我が強かったですね、すごく。なんで自分の思ったことをやっぱり口にしたいというか。なので、すごい同調圧力との相性がすごく悪くて。

それこそ、1個小さいときのところでよく覚えているのは、小学校でなんか、何でしたっけ。ABCの歌あるじゃないですか、ABCDEFG…って。あれを当時、母親の意向で英語教室みたいなのに通わされてたんですね。

多少は心得があったので、HIJKLMNOPQRSTUVWXY、最後「ズィー」って言ったんですよね。「Z(ゼット)」のことを「ズィー」って言ったんですけど。ただ、当時小学校1年生だったと思うんですけど。担任が、お前なんだよ、それ。ズィーじゃなくてゼットだろ、バーカって言われたんですよね。それにものすごくショックを受けて。

周りも当然、やーい、やーい、ゼットだろう、バーカみたいな話になって。僕は当然ズィーって習ったんで、それが当たり前だって主張するものの、やっぱり当時英語とかわからない子の方も当然多いので。押し負けて結局へこむっていう経験があって。

そっから何か、今もそうなんですけど。正論ぶってんじゃねえよって言われるんですけど。やっぱり正しいことをなぜ、否定されなきゃいけないっていうのは、憤りみたいなのは今もずっとあるので。それが源流というか出来事が発端っていうのはありますね。

尾崎:10代はどんな子でしたか。

尻子玉:さっきの話にも繋がるんですけど、やっぱりすごくそれがあってから周りがすごい幼いようにずっと見えていたんですよね。はっちゃけて、ふざけたりするやつってダサいなってずっと思ってたんですけど。なんかやっぱり、それが中学行っても高校に行っても、やっぱりクラスだと学校の中に結構やんちゃする中学生、高校生っているじゃないですか。

それを傍目で見てて、馬鹿らしいと思ってずっと何かやってるんですけど。たまにこっちに絡みに来たときに、そこの温度差というか。まあお互いに多分そうだと思うんですよね。何スカしてんだ、こいつっていうのと。何調子乗ってんだ、こいつってこっちはこっちで思ってますし。そこの温度差みたいなのはすごくあって。

それが解決したのっていつなんだろう。多分相当後なんですけど。中高大学もそうですね
。ずっとなんかそこら辺の、自分の我の強さも手伝って、ここら辺の違和感みたいなもの。生きづらいまでは言わないんですけど、なんか気持ち悪いなってずっとありましたね。

尾崎:10代のときに熱中したものとかはありましたか。

尻子玉:熱中したもの、何だろう。それでいうと、さっきも出てきましたけども。ちょうど僕らが高校生ぐらいのときって、ビジュアル系バンドがすごい全盛だったんですよね。

GLAYとかL'Arc~en~Cielとか、LUNA SEAとか、あの辺がすごい全盛だったんですけども。高校時代にさっき言ったTHE YELLOW MONKEYを聞いていたのがちょうど高校ぐらいのときで。彼らの新作が出るたびに当然、即日で買ってたりとか。もうそれこそ彼らが出てる雑誌とかも買いあさって見てたり。ライブとか行けたのって本当に20歳超えてからだったんですけど。

当時高校もそんなに厳しい学校でもなかったですし。授業中に雑誌読んでたりとかで。THE YELLOW MONKEYをきっかけにいろんなバンドを聞いたりして。なので、そこに。部活とかもやってたんですけど。結構普段の授業とかでやっぱりゲームとかもしかり。あと音楽の話とか、そういうので友達と盛り上がったかなと思いますね。

尾崎:ロックバンドの音楽を聞くときってどんな感情で聞いていたんですか。

尻子玉:すごい、あんまりそこに願いとかってあんまりないんですよね。単純に自分がかっこいいと思ったか、そうでないかぐらいっていう。歌詞で救われたとかっていうのは全然ないんですけど。

ただ、そこでもやっぱり天邪鬼なんですね。多分みんな、それこそGLAYとかL'Arc~en~Cielとかって、割とみんな聞いてるし。さっきの、ヴィジュアル系のロックバンドとか全盛の一方で多分対極になったのは小室哲哉さんプロデュースのTRFとか安室ちゃんとかですよね。ああいうのがすごい流行ってた中でTHE YELLOW MONKEYを聞いてるわけなんですけど。多分そこも我が強いところなんですよね。

周りが、それ、ダセエとか言われても別にあんま気にしなかったんですね。自分がいいと思ったから聞いているので。だったので、どれがいいとかってないんですけど、気持ちとしても自分がいいと思ったら聞くっていうのは、そこがやっぱり自分のポリシーというか。そういう部分がやっぱりそういうところにも出てたのかなと思いますね。

尾崎:しっかり自分っていうものがあったということなんですね。

尻子玉:そうですね。それが全て良いことだと思わないんですけどね。特に社会出てからとかって、色々同調したりしなきゃいけない部分もある中で、我を通すのってなんかすごく傍から見れば面倒だったりするんですけど。

やっぱり、なんでしょうね。自分の生き方というか、それを曲げてまで何かしたくないみたいなことがすごく何においても、すごく強いような気がしますね

尾崎:次は20代のどんな人だったかを教えてください。

尻小玉:そこで多分ターニングポイントだったのは多分、社会人なってから妻と付き合い始めて。5年ぐらい付き合ってようやく結婚したので。結婚は28だったんですけど。妻と出会ったのは結構ターニングポイントで。

我の強い部分っていうのは多分あって。妻にも言われたんですけど、すごく何ですかね。第一印象を聞いたことがあって。そしたらば、すごくとっつきづらかったって言われて。やっぱりそこも我が強いとか。社会に出て最初は営業の仕事じゃなかったんですね。事務の仕事をしていて。そこで愛嬌とかなかったんで、すごいなんか、年のわりに頑固親父僕自身がすごいとっつきづらい感じがすごいあったと言われてね。

妻と趣味だとかが全然合わないんです、今もそうなんですけど。後々2人で両方ハマった本とかはあるんですけど。その好みが当初違えば、考え方しかり全然違うんですよね。全然違う個人。個と向き合う作業みたいなものをやっているうちに、他人との共生。共に生きる方のキョウセイですね。そこの折り合いの付け方とかを学んだというか。遅かったんですけど。

そこでだいぶ我の強さみたいなところもある程度、抑制というか。今も強いんですけど、そこには他人には他人の考え方があるよっていうところ、当たり前のことですけど。学べるようになっていって。そこのきっかけはやっぱり妻だったのかなと思いますね。

尾崎:それでは、次に30代についていかがでしょうか?

尻子玉:ちょうど結婚をしたのが20代の終わりに、20代の終わりに結婚して、30代になるぐらいのときにちょうど上の子供が生まれたんですけど。30代になった、さっきの最初にお話をした、転職回数が多いっていう話で。

今8回退職してきたっていうお話をしたんですけど。結構、子育てとの両立に結構苦しんだというか。広告代理店とかに勤めていた時期もあったんですけども。まだ10年前ですね。たった10年前なんですけど。

今でこそ、男性の育休とかって割と市民権を得てきていると思うんですけども。当時共働きで子供を旦那が育児に協力しますみたいな話がすごく通じにくい業界で。何言ってんの、と。嫁さんに任せてお前は仕事を頑張ればいいじゃない、みたいなことをすごい言われたわけですよね。

現場の人間だけじゃなくて、人事とかにも言われたんですけど。そこは納得ができなくて。やっていると、だんだん雲行きが怪しくなってくるというか。あいつは、育児育児で全然仕事に精を出さんみたいなこと言われ出すんですよね。

それを転職をして何かね、環境を変えてみて。次の職場でもやっぱり同じことを言われるんですよね。1人目が落ち着いてきて2人目が生まれて、やっぱり同じことが起きて。繰り返していく中でやっぱり次自分はどうすればいいんだろうっていうのがだんだんだんだん頭をもたげてくるんですね。

今マーケティングを仕事としてやってるんですけども。もちろんマーケティングをなぜやりたかったかっていうのは自分が直接営業してモノを売るよりも、知識を生かして売れる仕組みを作りたいと思ったのがきっかけなんですけど。。

あとはどういう仕事だったら、長いこと自分のペースでやっていけるのかっていうのがあって。営業をやめて、長く10年20年勝負ができる仕事は何だろうって言ったときに、企画とかマーケティングの仕事に行った方がいいなっていうのがあって。そこに向けて、動き始めた時期でしたね。

30いくつだろう、34ぐらいのときに初めて企画の仕事をやって。そこは3年間ぐらいやった後にマーケティングの仕事に就くことができて。そっから2社ほど経験して今に至るんですけど。そこに至る、自分の理想を手に入れるためにすごくもがいた時期だったなと思います。

なので、はたから見ると、キーワードみたいになってますけど、やっぱり我が強いということにすごい帰結すると思うんですよね。自分がやりたいことのために我を通してるなって見られたかもしれないですけど。

ただ、やっぱり自分がやりたいことに嘘ついてまで仕事したくなかったので。そこはやっぱり死んでも理想を手に入れるという、そこの意識だけはありましたね。

尾崎:では続いて40代はいかがでしょうか?

尻子玉:40代はですね、40代入って早々に死にかけたんですよね。40代早々に脳梗塞を患いまして。入院というか病院に運ばれたんですけども。朝起きたら左手が動かないんですよ、だらんと垂れ下がっちゃって。

言葉もろれつが回らずに、よだれがダラッと出てて。家族も何かおかしいぞって言ってて、しばらくちょっと様子見てから、病院に電話したら今すぐ来てくださいっていうので、救急車で運ばれて。CTスキャンだの、MRIだのやって、脳梗塞ですねって話になったんですけど。

そこで初めて。そのときまで、なんかもう、頭の中でずっと、まあ別にいつ死んでもいいや、こだわりないしと思ってたんですよね。別にもう子供も大きくなってきてるし。変な話、保険もかけてるから、死んでも多少。例えば、進学には困らないようにはできるだろうと思ってたんですけど。

自分が死にそうになったときに、ストレッチャーでMRIか何かに運ばれるときに、初めてここで、今ここで死んだらまずいと思ったんです。どれがどう具体的にまずいと思ったわけじゃないんですけど、こんなところで死んだらまずいって思った。

ということは、まだ自分的にはまだ何か成し遂げてないことがあるっていうふうに思ったんですよね。結局、1週間。軽度だったので今も麻痺とかも今ほぼ、ほとんどもうなくなって、普通に復帰はしているんですけど。

40代の頭にそれをやったので、そこでやっぱり人生観というか。本当に何でしょうね。よく正月の箱根駅伝があるじゃないですか。あれが好きでよく見るんですけど。往路で箱根の山を登って、復路でちょうど箱根の山下りだしたぐらいのときにそういうアクシデントがあったので。人生というか生き方も含めて考えるきっかけでしたし。

まだ何も成し遂げられてないなと思って、そっから仕事の選び方とか、自分の過ごし方とかも含めて考えるようになったかなと思います。

未来:そこでもスタンスは変わらないので、子供も自立をして、お互いに1人の、それぞれ1人の大人として、素敵なお付き合いができればいいなと思いますけどね。

尾崎:5年後10年後、あるいは死ぬまでを想像して未来について、どういったイメージをお持ちでしょうか?

尻子玉:さっきの話を受けて、そこで何か輝かしい未来図をちゃんと描いているかというと、全然そうではないんですけど。未だにもがいているんですけど。病気があって、バランスとれないと嫌だっていう話をしたと思うんですけれども。

そこはやっぱり仕事でも、仕事の中でも。例えば家族の中の自分自身についても、悔いなくやろうみたいなところは、より思うようになったので。

今、具体的にそれぞれ、こういうことをしてますと言えるものはまだないんですけども。それぞれの分野で何か新しいことを始めてみようとか。例えば、仕事では今、新しい仕事を始めて半年ぐらいになるんですけども。そこでちゃんと結果を出すために、こういうことをしようとか。

あとは、例えばプライベートも、さっきのライブの話とかもそうですね、要は病気とかして今までやんなかったことやってみようって言って、やり出したこともあるので。新しいことを取り入れたりっていうのは意識的にやるようにしてます。

なので、前までが結構意固地で、決めたこと以外やらんみたいな感じの人間でもあったんですけど。変にこだわらず、いろんなものを取り入れてみようっていう、ある種の柔軟さみたいなものは多少出てきたかなという気はしますよね。

尾崎:自分のことを我が強いとおっしゃっていたんですが、お子さんも、自分っていうものを持ってると思うんです。尻子玉さんの自我とお子さんの自我がぶつかったときってありますか。

尻子玉:そうですね。上の子はそこまでないんですよ。どちらかというと流されやすいタイプなので割と対極なんですけど。下の子供も、そこは割と、今でももう既にやりたいことは決まっていて。割とゲームが好きなんですけど。プログラミングとかに興味を持っていて。将来、プログラミングの道に進みたいと。

なかなかやっぱりそうですね、うん。まだぶつかってくるところまでいかないかもしれないです。例えば、そこに向けてちゃんと勉強しなきゃいけないよねみたいな話のときに、本人がグズグズ言ったりみたいなのはあるんですけど。そこはまだ自我のぶつかり合いまではいかないと思うので。

ただ、どちらかというと、ぶつかるというよりは、そこはもう既に息子に関しては、そういう夢を持ち始めているので。親としてそこに対して何ができるかっていうのは、妻と2人で考えてるところではありますね。

尾崎:なるほど。息子さんは下の子になるんですかね。

尻子玉:はい。

尾崎:息子さんが、これがやりたいって決まったものが尻子玉さんが思うに、それはよくないと思ったことだとしたら、それはどうしますか。

尻子玉:イリーガルな、要は法に触れるとか、闇サイトとか、事件になったりしてますけども。ああいうことに手を染めるみたいなことが、もしありそうなと思ったら、それは当然全力で止めますけども。

そういうのでないんだとしたら、もう好きにやればいいよと。息子は確かに、当然、私たち夫婦の子で、当然ながら血の繋がった子供ではあるんですけども。とはいえ、別の人間ではあるので。

そこはあんまり自分が嫌いだからといって止めることは。もちろん例えば、大変だけども、なかなかお金にならないと。生活が苦しくなるだろうと。そこにあえて飛び込むみたいなところは、もしそれだったら、本当にその覚悟があるのか聞くのかもしれないんですけども。

それは止めるというよりは、それがどういうふうにするといいのかっていうのを一緒に考えてあげたいなと思いますね。自分が経験してきたからってとこもあるんですけども。

僕の家っていうのは、割と本当に普通のサラリーマン家庭だったんですよね。
それこそ父親は第三セクターの団体に勤めていて。定年まで勤め上げたらちゃんと退職金があるようなところで。母親は専業主婦。パートとかも出てましたけども、一応専業主婦でっていう中で。

ただもう、大学行かせるけども、もう、最初なんか全然。当時、高校生ぐらいのときに英文科のある大学に行こうと思ってたんですけども、受験直前に父親が止めたんですよね。英文科なんか行っても潰しが効かないから、経済か法学部どちらかに行け。そうじゃないと俺は金を出さんって言い出して。

そこで僕は志望を変えたんですけど。そこは未だに、失敗ではなかったと思いますけど。やっぱりちょっと引きずっている部分はあって。自分の子供たちにそういう選択をさせまいと。そこがやっぱあるので、できる限り子供たちには、まずいことはしてほしくないんですけど。それぞれきちんと根拠があって、自分の夢があって、こういうふうにしますというものがあるのであれば、僕は止めずに見守りたいなと思いますね。

尾崎:奥さんと出会ったことがターニングポイントっておっしゃってたんですけど、奥さんと出会ったきっかけはいかがでしょうか。

尻子玉:最初の職場の同期なんですよね。もはや若干忘れつつあるんですけど。何でしょうね。どっちかっていうと、奥さんと出会うまでというのは、結婚というか、お付き合いとかも自分の好きな人と、自分の好きなタイプってあるわけじゃないですか、好みのタイプみたいなものが。

そういう人とっていうイメージが漠然とあったんですけど。結婚して思ったのは、やっぱり。言い方はあれですが、赤の他人をどう受け入れるかみたいなところをすごくやっぱり学んだかなと思っていて。

そこはやっぱりさっきの話じゃないですけど。我が強い部分っていうところを。当然そこはいつでも他人と歩む中で、他人と折り合いをつける中でどうしなきゃいけないみたいなところをやっぱり。そこを考える上ですごく役立ってるなというふうに思いますね。

尾崎:けんかをよくされるっていうことですか。

尻子玉:めちゃくちゃしますね。それこそ怒鳴り合いもしますし。ただ、割と妻も自分のある人なので。そこは健全かな。逆にそういう状況で、何も、コミュニケーションがないことの方がコミュニケーション不全だと思うので。お互いの主義主張がちゃんとそこで折り合うのか、どちらかが折れるのか。そういう意味で折れるっていうことを多分学んだと思います。

尾崎:折れることの方が多いんですか。

尻子玉:どうでしょうね。五分五分ということにしといてください。

尾崎:すてきですね。

尻子玉:恥ずかしいです。

尾崎:それでは、もし奥さんと出会わなかったら、どんな人生になっていたと思いますか。

尻子玉:どうしてたんでしょうね。当時、大学を出てすぐに都内で一人暮らしをしていたんですけれども。もしそこで、妻に出会っていなかったら、どうなるか。そこで別の人とお付き合いして結婚してますって行っていたらいいんですけど。多分、いずれ実家に戻ってひきこもりになってたんじゃないかなと思いますね。

そのぐらい、何ですかね。我の強い部分も含めて、すごい社会不適合な人間だと思ってるので。すごく、その、何ですかね。社会に向けて開いてる部分を妻がサポートしてくれたというか。妻がいることでだいぶ社会に対して開けた部分もあったので、何ですかね。私、今、今年で40半ばになるんですけど。気難しい中年だったろうなと思いますね、今よりも。

ほんとに、よく言うんですよ、妻が。付き合い出した頃を思い出して、本当にとっつきづらいと。未だに言うぐらいなんで、多分そうなんじゃないかなと思います。

尾崎:とっつきづらいって言われたときはどんな気持ちになるんですか。

尻子玉:いや、お、おうって感じですけどね。

尾崎:そうだろうなっていう感じですか。

尻子玉:いや、というか、俺自身はそんなつもりは1ミリもないんですよ。そんなつもりないんですけども。ただやっぱり一番近い人間がそう言うんで、そうなんでしょうね。

それこそ、事務仕事を新卒当時からしてたとき。そういうとっつきづらいみたいなのがあって、社会性を欠く人間だったんですよね。なんで、自分なりに考えてみてちゃんとコミュニケーションできなきゃ駄目だよねとか。そこでちょうど仕事もこれから何十年、事務の仕事だけして過ごすのかっていうのがあったので。
お恥ずかしい話、当時勤めていたのが学校法人だったんですけども。非営利なんであんまりコスト感覚がなくて。大学出てるのに利益の計算すら、いまいちわかんないぐらい昔の僕はバカだったので。

知らないと多分、自分が、二十何歳ぐらいの自分なりに危機感はあったんでしょうね。これ多分、何十年後かにしょうもない大人になるっていうの危機感は何となくあって。そっから民間に行こうっていう思いが芽生えたので。そういう意味も含めて、妻にはすごい感謝はしてますね、やっぱり。

尾崎:奥さんとこれからも人生を添い遂げると思われるのですが。

尻子玉:いや、まあ、もちろんそうであってほしいですけどね。

尾崎:おじいちゃん、おばあちゃんになった自分たち夫婦をイメージして、どんな姿が思い浮かびますか。

尻子玉:とはいえ、そんなになんかベタベタしてるわけでもないので。お互い何か趣味を謳歌してるといいなと思いますけどね。あと、多分、僕ら以降の世代の人って多分70代ぐらいになっても普通に働いていると思うんですよ。

それもあって、お互いリタイアして、何ですかね。家で2人なのか、大人しく過ごしてるというよりは、お互いにそのときもちゃんと、お互いに所得があって。何でしょう。お互いに当然、子供もそれなりに年を重ねるでしょうから。お互いにそういう何か趣味だとかを謳歌できる未来であるといいなと思いますね。

尾崎:そこにお子さんがいるとしたら、どういう未来が想像できますでしょうか?

尻子玉:どうでしょうね。それこそ僕らの世代で。結婚して子供がっていうのは、それでもまだ当時まだ割と多い意見だったと思うんですけど。今って、必ずしもそれだけが選択肢じゃないじゃないですか。結婚しないという選択肢もあるし。

それで子供たちが家にいるのか、独立して自立するのかもわからないんですけども。そこでもスタンスは変わらないので、子供も自立をして、お互いに1人の、それぞれ1人の大人として、素敵なお付き合いができればいいなと思いますけどね。

逆に、子供に経済的に依存してしまうとか、そういうことはよくないと思うので。こちらも自立を保って、子供たちといい関係ができてるとベストなのかなと思っております。

尾崎:最後に言い残したことはありますか。

尻子玉:お金が欲しいですね。別に宝くじ当たってくれとか、そういうことじゃないんですけど。もうちょっとやっぱり、今結構、物価高だとか何だとかっていうのがある中で、お金。結局物を言うのがお金なので。

もう4、5年すると子供たちが大学とかに行き出す年齢なるので、当然お金も必要ですし。あとは自分たちの、それこそ老後だとか。住宅ローンの返済にアップアップですみたいなのは嫌なので。

お金が欲しい故に自分がどうやって、それを成すか。それこそ副業とかも始めようかというところなんですけども。副業とか投資とか、お金との向き合い方みたいなのを考えて、もうちょっと人生を楽しみたいなというふうには思ってます。

あとがき

突然ですが、
”宝くじで大金が当たったら何に使いますか?”

私は使い尽くします。食べ物に。

貯金や旅行、困っている人のために使うとかではなく、普段の生活に欠かせない食事をちょっとずつグレードアップさせたいです。

ごちそうを家族3人で囲って「おいしいね」って笑顔で話しながら、素材のいい料理を味わう。牛肉は放牧された環境で良質な餌を食べて育った牛からとられたもので、オイル(油)は体にいいと言われるえごま油を惜しみなく使います。野菜は採れたての旬のものを、できれば生で。調理器具も新調したいです。手入れの手間はかかるけれど、鉄フライパンを使ってみたいな。

そんな食生活を送っていると、心も体も元気になり、腹の底からパワーがみなぎるはずです。宝くじが当たったら、そんな日々を送ってみたいなと思います。

しかし現実では、宝くじが当たる可能性は低く、そもそも私は確実性のないギャンブルが苦手です。 何が言いたいかと言うと、今日も今日とて働きましょうか、ということです。忙しいときはコンビニ飯でもいいんですよ、と自分に言い聞かせながら、私の癒しである3歳の娘に会えることを楽しみに(日中は保育園に預けています)仕事と向き合う。そんな現実も悪くはないと思います。

今回初めて無名人インタビューを務めた尾崎ゆきがあとがきをお送りしました。
最後までお付き合いくださり、どうもありがとうございます。

またお会いしましょうね。

【インタビュー・文字起こし・編集・あとがき:尾崎ゆき】

#無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #40代 #子育て #音楽 #お笑い

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