子どもが困ってるときに助けてあげる大人がいっぱいいてくれたら良いなって思います。人
私qbc、二浪した時に自殺を考えたんですね。生きている意味なんてないって思って。
やりたいことも、あったようななかったような。
でもま特に死にはしなかったんですが。
でもその時にね、世の中から完全に外れてしまったな、って思ったんですよね。もちろん子供だったので両親がいて、私を守ってくれていたから、完全に外れてしまったと思ったのは自分の思い込みだし、そもそも社会に一人で出てないから、そういう意味では世の中に出たころがないだけで、世の中に一度出てから感じる「外れた感」とは違うと思うのだけど。
てかまあ、社会人になってから、また外れたこともあるんですけどね。
ということでね、ともあれ私には世の中から外れた感覚を感じたことがありまして。でもその経験があったからさ、名前を外すなんていうアイデアが思い浮かんだんだと、思うよ。
名前は、
名前のある楽さもあるし、名前のない自由もあるんだよ。
ということで無名人インタビューgo!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】
今回ご参加いただいたのは よっち さんです!
現在:「楽しんでるお母さんでいたい自分」っていうのがすごくあって。
ナカザワ:今、何をしてる人でしょうか?
よっち:大学寮の食堂で調理補助をしている、大学の契約社員として働いている人です。
ナカザワ:どういうルーティンで働いているのですか?
よっち:朝の9時から16時までです。
ナカザワ:そこで働き始めたきっかけは?
よっち:子どもが帰ってくるのがそれぐらいなのと、家から歩いて10分ぐらいで近いことがきっかけで、ここがいいですといって始めました。
元々2年前くらいから大学で派遣事務員として働いていたんですけど、今の厨房員としての仕事の方が融通効く感じだったんですよね。契約社員だから余計にかもしれないけど。
あと、寮生さんが地域の子どもたちのために開いてくれている無料寺子屋っていうのがあって、子どもが今も通わせてもらっていて、お世話になってるっていうのと、送り迎えしたときに大学生の方々がすごく良い人たちで。
どうせ大学で働くのだったら、この人お世話になっている寮生さんたちが楽しく学生生活を送れるように、ちょっとでも関われたらいいなと思ったんです。
その前の事務職は、同じ大学内なのですがどっちかというとデスクワークでパソコンに向かって作業するような仕事でした。人との接点は、大学の先生たちの出勤簿や年休を確認したり、書類が出てないから出してくださいと催促したりで、同じ大学の仕事でもあまり一緒にやってるという感じではなく普通の、冷たい感じで。
だから、好きな人というか、推しメンの中で働きたいと思ったんですよね。
料理がすごい好きっていうわけでもなかったんだけど、子どもも喜ぶからいいやと思って。
でもやっぱり1番の決め手は、なんせ家から近いことです。
ナカザワ:これまでの仕事を選ぶ基準はなんでしたか?
よっち:今子どもが10歳なんですけど、子どもが産まれてから、やっぱりすごく子ども中心になったというか。フルタイムでは働けないし、できることって限られてるなっていう中でも、せっかくだったら楽しいところで働きたいなって。
育児と仕事を両立できることが最優先で、働かないっていう選択肢はなかったので。
働きやすくて雰囲気が良いということで、市民活動センターっていうところで働いてみたりとか、近所の内科で働いてみたりもしました。
子どもとの生活も両立できる仕事で、前から興味あったこととか、何となく雰囲気や人がいいなとか、環境がいいなとか、そういうことを基準に選んでます。
ナカザワ:今の調理補助以外には、どんなお仕事の経験がありますか?
よっち:割といろんなことに手を出してるんですが、そのうちの一つが、防災士さんとの水難学会の「浮いて待て」講座開催だったり、防災かくれんぼ企画だったり。
結果的に今も、10個ぐらいいろんなところに関わってるような状態になってます。
お金が発生してるのは今の調理補助の仕事なんですが、前の職場のときからボランティアとしていろいろなことに関わってます。タコ足配線的に動いてますね。
イベントの企画だったり、団体の助成金を申請をしたりするような役割だったり。あとは、京都の議員さんの秘書やったりとか、近所のクリニックに人がいないってなったら行ったりとか。
何やってるかわからないって言われることが多いんですけど、子どもが生まれてから始めたことが終わらないまま全部繋がって、今も継続している状態です。
ナカザワ:全部同時に、今もやっているということですか?
よっち:一番長く関わった時期っていうのはそれぞれ過去なんですけど、完全に切れてはなくて。イベントがあると行ったりしてます。
ナカザワ:それらは全部、お子さんができてから興味を持った分野なんですか?
よっち:そうなんです。私の母親が産後うつになって、私を施設に預けた後、小学生の時引き取りに来たのですが、結局自殺してしまったんですよね。
だからか、子どもが生まれたから苦しいとか、子どもがいるからこれができない・あれはできないって思うのがすごくつらくて。
逆に、子どもが生まれたからいろんなことに興味を持ったとか、子どもが生まれたから世間との関わりを広げようと思ったとか「楽しんでるお母さんでいたい」っていうのがすごくあって。せっかく子どもが来てくれたのだからそれをご縁にできた関係性を大事にしたいなと。
そうして繋がって、こんな感じに忙しくなったんです(笑)
子どものPTAの広報も、1年生から5年生までずっと作ることに関わっていますね。
ナカザワ:やりたいと思うきっかけは全部バラバラなんですか?
よっち:うーん、安全とかSDGsとか生きやすさに関わるものは、やっぱり知っておいた方がいいし、知ってる人が増えれば、子どもや子どもに近い年齢の子の命が助かったりとかするので。
こういうのって、誰か1人が知ってるから助かるもんでもないっていうか、たくさん知ってる人がいるから、何かが起こったときに対応できると思っていて。
子どもの安全を考えたときにやり始めたので、そういう意味では一貫してますね。
通信制の大学に通っていたんですけど、勉強好きな人が多くて、良い環境だなーって思っていたんです。そのとき、子どもにとって、困ったときに聞けたりとか、憧れたりとかするような人たちが近くにいるっていう環境って、良いなと思って。
子どもが産まれてから極端に広げすぎだけど、ママは楽しいよっていうのが子どもに伝われば良いなって思ってます。
過去:自分で選んで決めてるから今の方が全然幸せです。関わる人も人間関係も、無理やりとかじゃなくて自主的に動いて決めたことだから。良好な人間関係っていうのが、地位とか学歴とかより幸せなことなんだなって思います。
ナカザワ:小さい頃は、どんなお子さんでしたか?
よっち:小中高くらいしか、覚えてることはないんですけど……。覚えている限りでは、調子の良い子でしたね。
笑ってくれたら嬉しい、みたいな。自分の友達が割と毎回「すごいモテるタイプ」で、大体私はその子に喋りたいがために使われて、協力してって言われる女の子、みたいな立ち位置が多くて(笑)
でもみんなが楽しければいいか、っていうキャラだったかな。
高校卒業してから、というか、私高校卒業できていなくて途中で辞めたんですけど、食品催事屋で独立起業したんです。食品催事屋というのは、百貨店の中のイベントで、試食販売とかして物産展やってる人ですね。
だから、高校を途中で辞めてから27歳まで、請負という形でですが社長だったんです。
見習いに入ったのは、17歳ぐらいで。19歳で独立しました。神戸の震災のときに社長が亡くなってしまって、そのまま引き継いだっていう感じです。
催事のときは日本各地というか、西日本中心に周ってました。九州物産展で、九州のものを売ってたんです。
倉庫が京都と大阪にあって。その後、25歳で医学部生のときからお付き合いしていた1つ上のお医者さんと結婚しました。
ナカザワ:少し話が戻りますが、高校を辞めて食品催事屋に入ったきっかけはなんでしたか?
よっち:当時貧乏で、新聞配達をしていたんですけど、朝いつもその催事屋さんが空いてたんです。それで牛乳をくれたりとか、そこの会社の人が喋りかけてくれたりして。
出身は大阪なんですけど、大阪って割と九州出身の人が多いんですよね。まだネット通販とかないから、九州のものが催事で手に入れば、近所の人たちも喜ぶなって思って。
朝早い仕事だったんですけど、新聞配達もしてたので得意だし。しかも食品販売って、めっちゃ稼げるんですよ。
ナカザワ:売った分稼げるってことですか?
よっち:自営になったら、そうですよね。雇われてるときはそうでもないけど、当時の年齢では最大ぐらいの給料だったから。バブルが弾けてすぐぐらいの時期ですからね。
そんな感じで過ごして、35歳までは「お医者さんの奥さん」で。結婚してから知ったのですけれど地方医大出身だと医師って「結構な転勤族」なのですね。自分もそれに合わせて転職したけど、すごく嫌だったんです。楽しくなかった。
稼いでいるし、頑張っているっていうのは夫であって自分じゃないという気持ちも昔から強かったです。
ナカザワ:それは転勤が嫌だったのですか?または転職・仕事が合わなかったのでしょうか?
よっち:転勤もそのたびごとの転居も嫌だったし。仕事も合わない仕事をしていた気がします。
転勤の度に転職するので、長くても二年くらいで退職せざるを得なくて迷惑かけるし、人間関係を作る余裕もないまま。毎回、仕事につくたびもちろん頑張るんですけれど、そもそも毎回仕事に就くのも大変で、いざ行ってみたら、できる仕事はこれぐらいしかないよなっていう、かなり後ろ向きの理由で臨む仕事になることが多かったです。
環境が良いからとか、こういう人に惹かれてとかもなかったので、楽しくなかったですね。
当時の配偶者は頑張って仕事しているのに、家に帰ってきて私が口にするのは「不満ばかり」なのでこれも、バツのついた理由だと思います。
元配偶者なりに色々考えてくれて結婚前から「子どもはいらない」というのは言っていました。自分が子ども好きじゃないとか以外にも、転勤が多いから子どもがいると苦労するなって思う部分があったのだと思いますが、時間と共に、周りに子どもが居る家庭が増えてきて、その影響からか私は35歳ぐらいから子どもが欲しいと思っていることに気づきました。
それで、私の勝手でこういう年になってから欲しいと思ったんです。もちろん子どもに恵まれるかどうかはわからなかったのですが、改めて自分がどうしたいかが見えた気がして動き出しました。ただ、母親のこともあったので、子どもが自分のために母親に我慢させてしまっている、私がいなければよかった?と感じるような同じ思いをさせないぞと。
そのためには「自分が望む未来のために動いているところ」を娘に見せたいという気持ちが強くなりました。夫にもそれは話したことがあって、理解してくれる旦那さんで幸せだと実感しています。
やっぱり自分が選んだっていうことと、この人たちと仕事したいなとか、この理想に向かってやっていくの良いなとか、そう思えるところにしか行けないから、これで良かったと思えてます。
仕事についてもそうだけど、お金だけで見るんじゃなくて、環境が大事だなって。その差がすごく明確に自分の中でわかったので、選択するときに大事なことだなって思いました。
今47歳なんですけど、47歳にして初めてわかりました(笑)無名の人としては、これが伝えたいことかもしれませんね。
ナカザワ:転勤が多かった時期と今現在、働く場所がたくさん変わってるっていうのは同じですが、ご自身で感情の変化はありますか?
よっち:自分で選んで決めてるから今の方が全然幸せです。関わる人も人間関係も、無理やりとかじゃなくて自主的に動いて決めたことだから。良好な人間関係っていうのが、地位とか学歴とかより幸せなことなんだなって思います。
私は高卒だったから通信制の大学でもいいから卒業したりとか、税理士の科目受験が受かったら何となく自信になるのかなと思って取ってみたりしたこともあるですけど、そういうことは幸せとはあんまり繋がらなくて。
やっぱり実際、環境とか、良好な人間関係とか、あとは一緒に理想とするものに向かっていってる感じとか……こういうのが満足感に繋がるんだなっていう。若いときはわからなかったんですけどね。
ナカザワ:なるほど。
よっち:お医者さんの奥さんだった時は、誰々さんがこの仕事いいって言ってたよとか、高卒でできる仕事ってそんなにないけど、でもあの先生の奥さんならあそこだったらいけるかも、みたいな。
全然自分で選んでないところばかり回っていた10年間だったので、今現状の10年と同じ10年間だけど、全然密度が違うなって思います。
ナカザワ:自分で選ぶぞという切り替えには、何かきっかけがあったのですか?
よっち:自分のことがよくわからなかったので、自分が何が好きかなっていうことの掘り起こしをしたんです。コーチングで聞く機会があって。
私自身、場所が変わるのは得意だと思ってたんです。催事やってたぐらいだから。
だけど実際はそうじゃなかったというか、稼げるから、とか生活のために自分ができることを、ってところが大きかったみたいで。掘り起こしてみると、いろんなことが経験できてないから不足を感じてるというか、こういうのもああゆうのもやってみたいと思ってたけどやれてないなとか。
震災も経験して、結構大きい出来事だったはずなのに、防災とかって、あんまり関われてなかったなと思って。
それで、予備自衛官になったんですよ。東北の震災のときも、実際に予備自衛官としてボランティアしたり、グリーフケアに力を入れている葬儀屋さんで働いたりもしてみました。
そのときに震災になったのでグリーフケアも学んだけど、自分が役立つところに身を置けてないな、っていうか。SOSの声が届かないとこにいるなって、自分で気づきました。
そこから、いろんなものに所属するのは嫌じゃないし、動くことがやっぱり好きなんだっていうのを改めて感じて。できるかできないかわからないけど、こういう生き方をしていれば、子どもにとっても充実感のあるお母さんになれるかなって。
もちろん夫の理解も必要なんですけど。私はこういうのもああいうのも好きでとか、やってみたくてとかってなったときに、スケジュール管理が大変だろうけど、やるって言うならやってみたら、みたいな感じだったので。
それで今があって、タコ足でも何とか楽しくやってます。
ナカザワ:なるほど。
よっち:子どもが産まれたとき、何だったら自分は充実してると感じるのかとか、何に興味を持っていて、何を経験したいと思ってるのかっていうのを書き出したときに出てきたのが、今やってるいろいろなんです。全部やってみるか、みたいな感じで。
ちなみに日本かくれんぼ協会とかもそうですね。防災かくれんぼというのをやっていて、防災士さんとのコラボでできたやつ。それで、はじめしゃちょーと一緒に出たんです。
何がどう繋がるかわかんない繋がり方で、ネットワークっておもろいなっていう感覚ですね。
あとは、同窓会とかでも幹事をやってたから、気がついたらすごい人数の人と繋がってて。
47歳になったら、結構みんな偉くなってたんです。
そんな感じで、これやりたいって言ったときにすぐできるような状況になってきたので、ありがたいなと。
ナカザワ:自分の棚卸や、やりたいことを出していこうと思ったきっかけは、お子さんが産まれてからということですか?
よっち:はい。子どものせいでどうこう……っていう、マイナスになるのが嫌だったんです。自分の後悔のないようにというか、人のせいにしたくなかった。
子どものせいでこれができなかった、あれができなかったっていうのは言いたくないなと思って。
ナカザワ:子ども欲しいなと思って離婚を決めた決断はご自身にとってどうでしたか?
よっち:震災で、陸前高田に行ったんですよ。葬儀社で働いていたこともあり、仕事半分ボランティア半分みたいな感じだったんですけど。そこで何人かの人から、繋いでいく家族の形とか、思い出とか、恩送りみたいなことを聞いたんですよね。
自分が子どものときにどんなところでお世話になっていて、どんなことを子どもに送っていくとか、地域のこととか、歴史とかを伝えていく、みたいな。血縁に限らない、次世代への思いをすごい聞いて。
私このままで後悔しないかな……と思ったんです。
ボランティア受け入れをしてくれているおばあちゃんがすごく良い人で「個人の決断だからあんまり人が言うことじゃないかもしれないけど、私は子どもを産めて幸せだったよ」っていう話を聞かせてもらって。
お子さん2人とも震災で亡くしてしまったけれど、でも私は幸せだったよっていう。
地域の知っている子どもたちの成長を見れるし、血が繋がってるとか繋がってないとか関係ないんやろうけどね〜とかいう感じでも、やっぱり自分の子っていうのは特別で、良いよって感じはあって。
年齢的な出産のリスクもあって、障害がある人の話とかもいっぱい聞くけど、それでも大丈夫か私は、と思って。それで覚悟をして、私にできる準備は何かなと考え始めました。
防災とかも含めてそういう発想になったので、陸前高田が結構大きなきっかけだったかな。
未来:子どもたちを見てると気分が上がるなっていうか、未来について考えたときに、その子たちがより幸せで充実した日が送れたらいいなと思います。
ナカザワ:今後の未来に対して、どんなイメージをお持ちですか?
よっち:老けていってますけどね〜(笑)でも、子どもの成長や次世代を支えたいですね。今は近くの大学の大学寮に入ってるかたが運営している無料寺子屋にも、炊き出しの係として関わらせてもらっています。
子どもたちを見てると気分が上がるなっていうか、未来について考えたときに、その子たちがより幸せで充実した日が送れたらいいなと思います。
いろんな社会課題があると思うんですけど。ベーシックインカムに興味持ったりとか、維新の会が社会保障制度を出してるやつがめっちゃ気になるな、とかね。そんなことを思いつつ、未来が明るいというか、そうあるように願う気持ちはすごく強くあります、昔以上に。
昔は自分のことで精一杯で、わぁ老けてきたーとかだった(笑)
ナカザワ:明るい未来を作るために、ご自身としては社会とどういう関わり方をしていきたいですか?
よっち:市の団体さんや企業、学校が一丸となってユニバーサルデザインを広めていくとか、どうにか改善できないかと活動している委員会がありまして、参加していました。そのことは、より使いやすいモノとか、より使いやすい仕組みとかが必要だなということを改めて感じるきっかけでもあります。
動ける人が減っていく中で、おじいちゃん・おばあちゃんになったときに若者の手を煩わせる割合が少なくできるような、仕組みとかツールとか、機械とか。一般人ですけど、そういうのを実際に使ってみるとか、試しに使ったらどういう使用感だったのかとか、こういうところを改善したら良いんじゃないかな、みたいなことを今もやってるので。なので、こういう関わりは続けていきたいですね。
新しい企業さんが出している高齢の方が使う読み上げ機能とか、発達障害の人の視界や考え方を疑似体験できるようなツールがあるんです。
普通だとやりにくい人たちが普通に生活できるためのツールだったり、逆に普通の人が障害ある状態を疑似体験できるツールだったりがいろいろあるので、一般市民なりに使ったりとか、発信したりとかしていきたいですね。企業さんの方でやってることなので、YouTubeとか自分では作れてないんですけど。
一般のおじいちゃん・おばあちゃんでもできることっていうのを、ずっと続けていけたらいいなと思ってます。
ナカザワ:これから、さらに挑戦していきたいことはありますか?
よっち:一般社団法人にしたら、今よりやってることが繋がって良いかなって思ったりします。
子どもが中学生になったタイミングぐらいで、今やってるメンバーと一緒に一般社団法人として活動できたら、助成金とかの取りやすさも格段に上がるし、ボランティアの一個人としてよりは、メニュー化してできたりするのかな、と思います。
今はちょっと幅が広すぎるので、もう少しまとめないといけないですけど、回数とか年数は重ねていっているので、わかってきたことやコツがあるし。そういったことを共有してどこかに活かせたりとか、もしなかったとしても自分たちの組織でやったりする、みたいな感じです。
理想だからできるかできないかわかんないけど、そんなふうになったらいいな〜って。
ナカザワ:今現在の取り組みをまとめていって、よりフォーカスしていくような。
よっち:はい。理想が近い人同士が連携して動くチームみたいな組織を、ティール組織っていうみたいなんですよ。考え方がまとまっている団体の形ができたら、広がりが無駄にならない気がするなと。
利益とか給料を考えるとズレてくるので、あれなんですけどね。あくまでも目的に対して、個人に何ができるかっていう。
同じような考え方の人たちが集まったら、特別何かができなくても、柔軟性がある団体として動けるような気がするんです。
今までにない組織の形みたいなものが、きっとこれからできてくるんじゃないかなって思ってます。
ナカザワ:そういう考え方や理想は、活動されてる中で聞いたり学んだりされたことなのですか?
よっち:面白い人たちが集まっている場に行ってるので。コーチングを仕事にしている人とか、データが入ってる状態での打ち合わせで見えてくるものとか、組織論とかもそうなんですが……今が一番勉強してるかな。
ナカザワ:陸前高田に行ったことが人生の転機だと仰っていましたが、そのきっかけがなかったら、今どんな人生だったと思いますか?
よっち:ウダウダと人に愚痴ったり人のせいにしながら、ただ惰性で日を過ごしていたかもしれないなと思います。
ナカザワ:その感覚は、変わりましたか?
よっち:はい。このままでは望む自分の姿では絶対ないなと思ったので。
お金はあるけど自分が稼いだお金じゃないし、みたいな。自分のやりたいことが何かわからなくなってるし、これって幸せなのかなと思ったから。
ナカザワ:最後に、言い残したことや、もう一度言っておきたいことはありますか?
よっち:人によるから、これは自分の感想かもしれないですけど。
やっぱり子どもって、いいですね。今日も取材中にたくさん邪魔されてたけど(笑)
別に自分の子じゃなくてもいいと思うんだけど、子どもが困ってるときに助けてあげる大人がいっぱいいてくれたら良いなって思います。
喋らせてもらって自分もスッキリしました。ありがとうございました!
あとがき(インタビュアー)
「自分で決めてやってみる」ことで得られるものは多いなと大人になればなるほど感じるようになりました。
やってみて、やっぱり楽しいなと思ったり、
これはけっこう苦手だなと思ったり。
年齢を重ねていけばいくほど、経験値から予想がつくことが増えるし、むしろ先のことを予想することが求められることも増える。だからこそ、「やってみる」ことの価値を感じるのかもしれません。
いろんなことが経験できてないから不足を感じる、という言葉は、いまのよっちさんの生き方をつくる象徴のような言葉に感じました。
あとがき(編集)
時代はジェンダーレスなのですが……女性特有の悩みって、永遠に尽きないと思うのです。
個人差はあれど、一定の年齢を迎えれば結婚や出産を考え、家事や育児に勤しむ。
かくいう編集者の私も26歳の女性ですので、俗に言う「結婚・出産の適齢期」
よっちさんのお話は、とても心に響きました。
中退、就職、起業、結婚……そして、新たな人生を切り拓くために決断し、子どもを授かったという経験値。
せきららに語ってくださったよっちさんに、心から感謝申し上げます。
女性だから、難しい。
妻だから、我慢しなければならない。
母だから、できない。
……なんてことは、絶対に、無い!!!
妻でも、母でも、
その肩書きより先に、自分の名前があるのです。
この世に生を受けた人間は誰しも、母親が命懸けで産み落としてくれた、尊い生命。
後悔のない人生を送りたいですよね。
よっちさんが「自分の人生を自分で選択」してきたようにっ!
よっちさん、貴重なお話をありがとうございました♪
【インタビュー・編集・あとがき:ナカザワ】
【編集:misato】
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