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人は人を絶対にコントロールできないんですよ。人

昔、私qbcはブロック遊びがめちゃくちゃ好きで、四六時中、親に注意されるほどにブロック遊びに夢中だったと言えます。その様子から言って。
でそのブロック遊びっていつからいつまでやっていたかというと、物心ついたときから小学校6年生までやっていたと思います。そのかわりに夢中になったのが小説でした。
ブロックができあがったパーツを組み合わせるという遊びならば、小説はすでにある言葉を組み合わせて作る遊びという意味で、同じでした。
まあこの無名人インタビューというタイトルも、「有」を「無」に変えた遊びですけどね。そうなんですよね、この、1字だけ変えただけでもこんなに印象変わるし、考えるきっかけになったりしちゃうんだからもうこの人間の脳って高性能だわー、って思うんですよねえ。
だからね、私は、人生というものも、何かのボタンの掛け違いで、何かの環境の些細な偶然で、パキっと変わってしまうもんだと思ってるから、だから私は現実よりもその人の考えていること、感じていること、こうしたいという未来の部分をもっとも重要視しろと言っている。もしもの未来の質問があるのも、その人が本当に思い描いている世界を知りたいからだ。
そうだったんですよ。無名人インタビュー始まります!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは とのまる さんです!


現在:目に見えてないものを表現する。それがお芸術だと思ってるんで。

尾崎:とのまるさんは今、何をしている人でしょうか?

とのまる:いわゆる生活保護を受けておりまして、障害者の事業所でイラストを描いて、それをやっています。そして、ちょっとした工賃みたいなものをもらうんですけども、そのお金は生活保護費から引かれるんですけども。アパートで一人暮らしをして、それをやりながら、空きの日に芸能界のオーディションをネットで探して、公の人間として生きたいと思っています。そういう活動をしています。

尾崎:それでは、生活保護を受けて何年くらいになりますでしょうか?

とのまる:生活を受けたのは4月からですので、4ヶ月になります。

尾崎:イラストは、どういったイラストを書かれてるんですか。

とのまる:事業所の話はあんまり言わないでくれって言われてるんですけども。事業所の活動自体は、あまり外に漏らさないでくれって言われてるんだけど。僕の描いてる絵に関しては、事業所から出されたお題について僕が描いて、それを送るということですね。

オンライン中の私/とのまるさん提供

尾崎:芸能界のオーディションを受けようと思ったきっかけは、いかがでしょうか。

とのまる:私、結構耳がとんがってるというか、敏感というか。目に見えないものにすごく敏感なんですね。想像力が強いんですよ。

尾崎:はい。

とのまる:そういう力を発揮できる場所ってのは芸能界なのかなと、私なりに思ってるものですから。それで、オーディションをいろいろ応募はしています。

尾崎:最近受けたオーディションは、どういったものなんですか。

とのまる:応募してる段階なんですけれども。基本はミュージシャンが多いですね。音楽系のものが多いですね。

尾崎:どういうジャンルなんですか。

とのまる:主に歌手ですね。あと作詞家もちょっと応募したかな。歌手が特に多いですかね。

尾崎:うん、うん。とのまるさんは、ボーカルっていうことですよね。

とのまる:はい。

尾崎:なるほど。一番好きな歌って何ですか。

とのまる:一番好きな歌、難しいな。いっぱいあるけども、子供のときから好きだったから。人間が発するっていうのが、それがすごく気持ちいいなと思ってて。正しいことを言うだけなら、言葉だけでいいと思う、文字だけでいいと思ってるんですよ。

尾崎:はい。

とのまる:だけど、発するってことは、開放するわけですよね。発するときにみんなすごく正しいことを言うから、すごくみんな疲れちゃうんじゃないか。僕の場合はだけど、すごく疲れちゃうんですね。

だけど、発するってことは気持ち良くて、気持ちを開放しなきゃってのがあって。歌手の話で言うとね、あんまり正しいことを言わない人が好きなんです。つまり、気持ちいいなっていう人が好きなんですけども。アメリカのロックバンドで The Beach Boys とかが好きなんですよね。そういう人たちを聞くのが特に好きです。

尾崎:気持ちがいいっていうのは、もうちょっと違う言葉で言うと、どういう感じなんですかね。

とのまる:何だろな。気持ちがいいということは、発すると気持ちいいっていう。聞き手として。僕が歌ってて気持ちいいっていうのは。違う言葉で。人体の神秘というかな。人間の人体の神秘とか、そういうものを発揮できるし、もうちょっと霊的なものを感じるので発するのが気持ち良くて。それで聞いてる方も気持ちを聞かせようっていうようなことも表現を頑張るんですけどね。

尾崎:歌うのと聞くのは、どちらが好きですか。

とのまる:これはね、本当は。これって分けるじゃないですか、みんな。僕はあんまり実は分けてないところもあるんですね。聞いた上で発するって、これはマナーですよね。テレビを消した後に、何も無音の中で、ちょっとした幻聴が私の中で聞こえるんですよ。いろんな人が。人と会ってないってこともあると思うんですけどね。まずは音楽が聞こえるんですね。僕は目に見えないものに対して、すごく敏感なんですけども。

想像力を通して、人を理解したり物を理解するということを、僕はやってるんです。子供のときからそうなんですけどね。どちらかというと、こうですって言われたことを、こうですとそのまま受け取るというようなことが結構あると私は思ってるんですけども。目に見えてないものを表現する。それがお芸術だと思ってるんで。そこで歌を通してそれをやりたいなって思ったんですけどね。最初の質問とちょっとずれてますか。

尾崎:大丈夫ですよ。

とのまる:話を理解した上でお話したいと思って、ちょっとずれてましたかね。どういう質問でしたっけ。

尾崎:歌うのと聞くのはどっちが好きですか、から始まってます。

とのまる:ちょっとずれてましたね。

尾崎:大丈夫ですよ。

とのまる:本当に難しい問題です。聞くのも大好きなんですよ。歌うってことは、やっぱ自分が出るでしょ。自分の顔も出るし、自分の人格が出るでしょ。すごい難しいです。聞く方が本当は好きなはずです。今までもリスナーでしたから。

今、尾崎さんの声を聞くのもすごい好きです。誰がいなくても、その空気の音を聞いてる。聞くことが僕はメインですよ。受け身なんですよ、基本、実生活でも。本当は聞くことが基本です。

それから、ある種の従うとか。そういうこともある。発するってのは権利が生じますよね。

尾崎:はい。

とのまる:それをやるってのは資格が要るんですよ、僕が思うには。だから、すごく慎重になります。どっちが好きかっていうと、発する方が本当は好きなのかもしんない。みんな結構そうでしょ。聞くよりも発する方が好きなんですよ。僕は聞くってことを一生懸命やってる。理解しようと。そんな感じですかね。

だけど、聞いてほしいっていう気持ちがあるから歌いたい。そんな感じです。

尾崎:なるほど。差し支えなければでいいんですが、幻聴っていうのは何か病名がついているんですか。

とのまる:統合失調症ですね。

尾崎:なるほど。話したくなければ話さなくていいんですけれども、どのくらい統合失調症なんですか。

とのまる:中学3年生ぐらいに病院に、警察に。兄からの暴力に抵抗したんですよ。

尾崎:はい。

とのまる:父親も加担して。家族は加担して黙認したんですけども。抵抗した結果、パソコンを壊したんですね、人間に勝てなかったから。警察を呼ばれて、私は警察に連れていかれたんですよ。そしたら、警察の人は私も大した罪に問えないんだと、わかるんと思うんですけども。やられたことに対して抵抗したわけですから。

尾崎:うん。

とのまる:その結果、皆さん結構知らない方も多いと思うんですけども。警察と精神病院が連携しておりまして。警察は、大した罪に問えないので、面倒くさいからっていうのもあるんですけども、精神病院と連携して、精神病者として精神病院に入院させるんです。そこで医薬品ビジネスに加担させるんですよ。それが僕の障害者としての歩み。それまでは幻聴は聞こえてなかった。
最初の質問は、障害者としてのですか。

尾崎:統合失調症は、いつからですかという質問でした。

とのまる:統合失調症としての歩みとしては中学1年生のときの、警察から精神障害者として認定されたことが歩みです。

尾崎:なるほど、ありがとうございます。とのまるさんは自分のことをどういう性格だなって思いますか。

とのまる:性格って、タイプですか。優しいとか、真面目とか?

尾崎:そうですね。

とのまる:そういうことはあんまり。性格については、そんなに考えなかったんだけども、強いて言うなら、周りの人から言われるのは優しいって言われるときもあるけども、真面目ですね。くそ真面目。真剣に物事を考えすぎる。固執性が強い。それが周りからの評価ですね。こだわりが強い。

尾崎:ご自身では、どのように思っていますか。

とのまる:見えないものへの執着が強いです。目に見えてないものへの執着が強い。

尾崎:なるほど。ちょっと質問が変わるんですが、一番好きな音って何ですか。

とのまる:好きな音、難しいな、これ。強いて言うならですよ。

尾崎:はい。

とのまる:松尾芭蕉さんが「古池や蛙飛びこむ水の音」って言いますよね。ポチャンって音がしたじゃないすか。ポチャンっていうのは素朴な音。あのシンプルな音の中に、確かに僕の求めているものがあるのかなと思いますけどね。

尾崎:うんうん。そのシンプルな音を聞いたときはどういう感情になるんですか。

とのまる:言葉で表しちゃうと、あれなんですが。素朴な感動です。素朴でも、すごく深い感動ですよね。松尾芭蕉さんは、あの音を聞いたときに、古池の川のね、表面張力を破って、カエルが飛び込んだときに、重力と、物質と物質がぶつかり合って破裂音がしたんですよ。その音を聞いたわけですよ。表面的に見ると、ポチャンっていう音なんですけども、宇宙の中にある生命と生命のぶつかり合い。衝突することによって、世の中が回っていくって、その真意を聞いたと僕は思ってるんですよ。
さっきの質問なんでしたっけ。

尾崎:シンプルな音を聞いたときの感情ですね。

とのまる:表面的な部分でポチャンっていうのがいいなっていうのと、深く考えるとそこまでいくっていうことですね。すごく深い感情までいくし。表面的には、いいなっていう、そういう感じですね。

「あ!」これですよ。ポチャンと音がして「あ!」って松尾芭蕉が思ったと思うんですよ。「古池や蛙飛びこむ水の音」ポチャン「あ!」ここまでが僕の感じなんですよ。つまり、こういった感じです。「あ!」この感動ですね、シンプルな。

尾崎:ほうほう。ありがとうございます。ちょっとまた違う角度からの質問になるんですが、得意なことは何でしょう。

とのまる:基本的には僕は役立たずで今まで生きてきました。障害者、生活保護者ですし、今までも役に立たない人間として生きてきたんだけども。唯一、得意と認めてくれるかもしれないことは、文才は認められました。いくつか障害者として賞をとりました。受賞しました。

文章書くことに関しては、確かに得意と。外の人から認められ得ることとして主に出ていますね。あとは、イラストとか漫画も最近描き始めてますし。

あとは、人の話を理解する力が強いんです。今はそういうのが発揮されてるように思えないかもしれないんですけども。障害者の方で、何言ってるかわかんないっていう人のことを、僕が近寄って「こういうことなんじゃない?」と。そうだって、みんながびっくりするっていう。理解力。想像力を通した理解力がとても得意というか、みんな結構驚かれることですね。

尾崎:なるほど。ご自身を色で例えたら?

とのまる:色ですか。色っていろいろ変わるじゃないですか。カラフルだっていうか。漆黒の黒かなと思うときもあるし、ブルーかなと思うときもあるんだけども。子供のとき、オレンジが好きだったんですよ。

尾崎:はい。

とのまる:少年時代はちょっと薄っぽい青が好きだった。青にちょっと今、惹かれるかな。青が画面に見えてるからそうなのかもしれないですけど。青にちょっと惹かれるのかな。ナイーブなんですよね、まだね。まだ青から抜けられないのかな。THE BLUE HEARTSとか好きですし。青空っていうのと。青かな。ナイーブさを捨てたいと思ってるんですよ。恥ずかしいんですね。青ですね、最近は。

過去:風変わりな笑いを取る男でした。もっと笑ってっていうぐらい笑ってほしかった。

尾崎:幼い頃、子供の頃はどんな子でしたか。

とのまる:とりあえず固執性が強いっていうのは、特にそうなんですけども。いろんなところでいろんな顔を見せるんで、いろんな人がいろんな評価をすると思うんですけども。基本的にはいじめられっ子だったとか、そういうのはあるんですけども。幼い頃っていうとね、やっぱ笑われてた。ちょっと変わってるんですね。自分の世界に入っちゃってるよっていう、そういうところずっと。幼い頃からそうですから自分でもわかってるんですよ。
『はだしのゲン』っていう漫画あるじゃないすか。

尾崎:はい。

とのまる:おそらく小学2年生ぐらいのときかな。図書館で借りて、そのセリフをテープに録音したんですね。テープに録音したやつを、兄2人に聞かせたんですよ。そしたら2人、笑っちゃうんすね。風変わりな笑いを取る男でした。すっげえクラスとかで、ワーワーやってる、みんな面白いというよりも、ちょっとクスッとおかしいなって、陰で笑われちゃうような、そういう子供でした。

尾崎:笑われていたことに対して、とのまるさんはどのように捉えてたんですか。

とのまる:嬉しかったんですよ。二つあるんです。こいつバカだなっていう笑われ方と、ちょっと面白いなっていう笑われ方とね。どっちかというと、ちょっと馬鹿にされてるようなとこは、本当はあるのはわかったんですけども。でも、ちょっと面白いって思われてるようなところ、やっぱちょっとあったんですね。そこに関しては結構、嬉しかった面がありますね。

もっと笑ってっていうぐらい笑ってほしかった。笑ってくれると僕、緊張がほぐれるから。笑わせるの好きです。笑わせるって、笑われてんのかもしんないんだけども。笑うって緩むじゃないすか。その感覚がすごい好きで。

尾崎:ありがとうございます。それって子供の当時から気づいてたんですか。

とのまる:なんか、もう染み付いちゃってますね。上島竜兵さんが階段から転げ落ちると、みんな笑うってあるじゃないすか。あれを僕、一生懸命やっちゃって。ちょっとやっちゃったことがあって。笑うんですよ、みんな。そこまで笑わなかったりもするんだけど、ああいう感覚がわかってた。

ごめんなさい、どういう質問でしたっけ。

尾崎:笑われていた理由に二つあるっておっしゃってて、子供のときからは気づいてたんですか。

とのまる:気づいてました。相手の反応をちゃんと見てましたから。相手の反応をちゃんと見ますから。ちゃんと相手を見るっていうことを一生懸命します。相手と向き合うっていうかな。無視するとかってすごく失礼で嫌な感じだなと思うんで、見るようにしてます。見たくないものはいっぱいありましたけどね。見たくないなんて本当は思わなかったな。

あんまり分別がないんですよ、僕。分別がない世界を大事にしてるっていうかな、持ってるんですね。子供のままの世界だと思ってるんですけど。そんな感じでした。

尾崎:子供のままの世界っていうのは、今も持っていますか。

とのまる:今もちょっと持っていますね。ちょっとつらくなる。分別も、誰かが悪い、誰かがいけないって切り捨てられるじゃないですか。それができないことがつらいですね。どっかで迷っちゃうんですよ、切り捨てたいのに。

今日初めて会ったんです、生まれて初めて。尾崎さんじゃないんですよ。このインタビューが起きる前、少しあったんです。ちょっとインタビューが遅れちゃったんですけども。ちょっと悪く言ったら、わかるって言ってくれた。でも、悪くじゃないんだよな。いろんなお話をしてて、お話の内容はちょっと伝えられないんだけども。

普段、これは悪くない? って言っても、その価値観を共有できないんですね。しづらいんですよ。だから分別の違いに戻っちゃう感じですね。そんな感じかな。

尾崎:大きくなってから印象に残ってることとかでもいいんですけど、どんな感じでしたか。

とのまる:たくさんありますね。何歳ぐらいですかね。

尾崎:学生時代にしましょうか。

とのまる:高校生? 小中高で言うと、中高ぐらい?

尾崎:そうですね、そうしましょう。

とのまる:中高は、みんな勉強して成功しようって頑張るわけですよね。でも、僕はすぐそれが阻害されちゃったもんですからね。学校に来るなって言われちゃったもんですからね。じゃあ、行かないって言って、やめちゃったもんですから。

精神病院に入院して、その後、養護学校に行ったんですけれども。そこでいろいろ。どこに絞るかっていうと、学生時代っていうと、僕にとっては養護学校についていろいろ考えるんですけども。いろんなことが印象に残ってるんですけども。寂しいこと、悲しいいっぱいあるんですけども。楽しいことも本当はあるんですけどね。

尾崎:うん。

とのまる:その喜怒哀楽に対して、分別も本当はなかったりするんですけど。楽しい方を優先した方がいいんですけども。いろいろあるんだけど。どこに焦点絞ろうかな。

馴染めなかったって、そこはやっぱり一番強くて。印象に残ったことで言うと、いっぱいあって。今もそうなんですけど、一つの常識があったとして、そこから疎外されちゃうなっていうようなことがありましたね。

最終学歴で言うと、大学生のときです。放送大学行ったんですよ、通信制の。それで僕、障害者としてなっちゃったもんだから、心理学を勉強したんですね。心理学をちゃんと知っておこうと、自分がなんでバカだと言われてるのかとか、ちゃんと勉強しとこうって行って、勉強して。茨城にいたんですけど、東日本大震災が起きたんですよ。そんときに避難して怖くって、みんながこのことを共有してくれるかと思ったら、学生の方かな。僕より年下の、本当に未だに通ってる方ですよ。

茨城学習センターっていう放送大学。だから、同じ場所に避難するんです。22歳ぐらいの子だったと思うんですけど「この状況を俺たちは楽しんでるんだ」って言ったんですよ、震災で。僕、なんでなんだろうと思って。

つまり、みんな平和がつまらないと思ってんじゃないかなと思っちゃったんです。そこに平和の限界を感じたんですね。そういうことがありました。そのエピソードは、すごく今も心に残ってます。

若い人たちを見ても、どこかつまらない、寂しそう。そこは一生懸命考えましたね。今もそこのことはよく覚えてます。

だって、僕なんかより良い大学行ってるわけじゃないですか。ちゃんと勉強してね、大学行けてね。でも、それがつまらないって思ってるから、震災を楽しんでる。戦争を楽しんでるような状況に僕は感じちゃったんですよね。平和っていうことが楽しくないんだなって、そこがあると思いました。

尾崎:なるほど。順番に聞いていくのですが、小中学校の時に「学校に来るな」って言われたのは、誰に言われたんでしょうか?

とのまる:名前は覚えてないんですけども、同級生です。名前は出さない方がいいでしょうし。その人に言われました。電車ごっことか鉄道模型とか親に買ってもらってる、割とボンボンの優等生の方ですね。「お前、つまんないし、友達もいないし、面白くもないから来るな」って言われました。「それに馴れ馴れしいし、ヘラヘラ笑ってるし、気に入らねえ。だから来るな。俺たちの輪に入ってくるな。だから学校に来るな」って言われました。

尾崎:それを言われた感情としては、やっぱり……?

とのまる:そのときに言われた感情ですか。

尾崎:そうですね。あえて聞くんですけど。どういう感情になったのかなと思って。

とのまる:結構僕、論理のことばっか考えちゃってて。考え方に固執しちゃうんだけど。

尾崎:はい。

とのまる:考えとしては、学校に行くのやめようと思いました。気持ちとか、感情で言うと、やっぱり悲しかったってことになるんでしょうね。あまり感情に流されないとは言わないけど、感情で物事について考えることが苦手なんですよ。普段はすごく感情的な人間ですけどね。だから音楽がいいかなと思ったんですけども。

尾崎:なるほど。「学校に来るな」と言われて、ここにはいられないなと悲しくなって……。

とのまる:いろんな事があった上で、その言葉が一つの決定打だったかもしれないですし。ここに来るなと門の中にいる人間が言うわけだから、学校に行かない方がいいんだろうと思っちゃったんですね。

尾崎:なるほど。少しわかったような気がします。通信制の大学の後は、ご就職されたということですか。

とのまる:震災が起きて、茨城にいられなくなって。つまり、震災が起きたことだけじゃないですけど。震災が起きる前にアパートに越してたんですけど。アパートの蛍光灯が割れちゃったんですね。アパートの中の一部のものが、ちょっと壊れちゃったのかな。どうしようかなってなってて、家に帰ってきちゃったんですね。

親と喧嘩してたもんですから、結局、親と一緒について行くことになったんですけども、親は静岡に越したいって言うから越してきました。

震災が起きたことも一つの僕の中できっかけだったんだけども、親として、家族の事情としてはリーマン・ショックですかね。決定打だった気がします。そこで破産を、決意とかも実際になくて、静岡に越しまして住んだんですけれども。そこで事業所で作業をしてます。作業所ですね、障害者として行ってます。

僕はこれを働いたと思ってたんです。つまり、僕は世の中を全く知らなかったから、中の人に「これは労働じゃない」って言われたんです。本当はちょっと微妙なんだけども、障害者の多くがこれが労働じゃないってなぜか思ってるんですね。そうなんだと思って、ちょっといろいろあった末に、スーパーにも行ったんです。スーパーで2年ぐらい働いておりました。そこが最終キャリアですかね、仕事として。

その後、ミカン畑なんかも行って。農業やりたいと思ってミカン畑で働いてて。その後、薬害研究センターっていう、ある有名な方がやられているところに行ったんですよ、断薬をしたくて。薬やりたくなかったもんですから、そういった作業をやったんですけども。利用者に暴力を振るわれたのもあったし、断薬ができないってその有名な方が言ったんですね。その内容については、僕は納得しなかったんですけども。その人に言い分があるのはわかるんですよ。

それで辞めてアパートに越して、今になったんですけど。そこからは今、親と別れてアパートに住んで、イラストを描いているのが一つですけども。最後の立派な仕事というのは、スーパーですね。

尾崎:ありがとうございます。お兄さんがお二人いらっしゃるってことですよね。

とのまる:はい。次兄と長兄、2人います。

尾崎:末っ子ですね。

とのまる:団子三兄弟の3人目です。

尾崎:幼い頃は笑われていたっておっしゃってたんですけど、今までのお兄さんとの関係を振り返ってみて、いかがですか。何か思うことがあればお願いします。

とのまる:笑われたということを踏まえた上で、お兄さんについてですね。笑われていたことをうまく繋げて、僕の中にそういうのがあるんですけども。自分なりに繋げて考えたものについて答えていいですか。

尾崎:はい、お願いします。

とのまる:兄も私も笑いました。嘲りました。憎んでいたのかな。睨みました。

兄っていうのは、長兄なんですよ、僕に暴力を振るったのは。長兄は僕を散々殴って、嘲りと暴力と両方ですね。お兄さんは僕を散々殴りました。兄がそもそも、いじめられてたんですよ、学校で。学校に馴染めなくて、音楽の道を志したんでしょうね。当時、小室哲哉さんとか、小沢健二さんとか流行ってて。そこでシャ乱Qとかも、最初は聞き始めて。そこからキンクスとか洋楽とか聞くようになって。音楽で目指したんだけど、作ってる音楽が僕はちょっと正直、つまらなかったし、心を開いてない音楽だったんですよ。

なかなかどう捉えていいかわからなかったんです。それで兄は社会で成功を夢見てたと思うんですけども。兄は社会に復讐を願ってたような感じもしたし、一方で、僕は思うんですよ。兄はみんなに抱きしめられたかったんじゃないか。それは僕の主観ですけどね。周りの人に抱きしめられたかったんじゃないかと思ってるんです。

腕を組んでほしかったんじゃないか。手を握ってほしかったんじゃないかと思ってる。それは人間の本当のコミュニケーションですよ。本当はコミュニケーション方法って、原始的なものかもしれないけども、本来的な欲求ですよね。

尾崎:うん。

とのまる:それが叶わなくなっちゃったっていうのは、正直言って僕が思ったのは、正直、面白くない音楽だったんです。自分の頭で考えた音楽じゃないと。見えないものに対して、鈍感というかですね、鈍感というか、むしろ怖がってしまう想像力の世界を怖がってしまってる人間の作ってる音楽だと思ったんです。

ちょっとだけ障害者が何かのお仲間といくらか作ってたみたいなんですけども、資本主義社会は、おそらく、間違いなくというか、お売れはしなかったんです。それで兄はある種、行き場を失って、福祉社会でもうまくいかなかったことがあったわけですから。あったんですね。

尾崎:うん。

とのまる:兄が最初の障害者なんですよ、実は。この話をすると、もっと深くなっちゃうんですけども。兄はうまくいかなかったことで、最後に僕を復讐して、殺意みたいなものを見せるのかなと思ったときに、(両親の計らいで)私をアパートに避難させてもらって。避難した少し後だと思うんすけども、1ヶ月ぐらい先かな、兄が外で放火を起こしまして、逮捕されまして。その後、精神病院にまた今、病院に入院しました。

入院しちゃったんですけども、僕としては、そこで思うのは、僕の主観では兄はジョーカーです。ジョーカーだと思ったの、結論としては。映画に『Joker』ってありますよね。アメリカですごく有名な。バットマンの悪役ですよね。

尾崎:うん。

とのまる:世の中に役に立たないって言われて、最後に復讐しますよね。あれをよく見ると、コメディアンのジョーカーは客がどう思っているかって、見てないでしょ、あれ。独りよがりなんですよ。一生懸命ジョークを言うんだけども笑ってないんです、誰も。

兄は音楽を作ってるけども、それに感動はできないよなっていうものを作ってたんですね。そういうことも含めて、ジョーカーだったなと思ってます。音楽の世界ではありますけどね。笑いとかも面白くないことをたくさんやりましたね。独りよがりというかね。ジョーカー的だったと思って。

未来:どうしても固執したかった、こだわりたかったからこそ阻害された人たちの気持ちを代弁する存在になりたいっていうのが少しあって。

尾崎:5年後、10年後あるいは死ぬまでを想像して、未来についてどういったイメージをお持ちでしょうか?

とのまる:現実で理解されやすいこと、理解されにくい方と、どちらを先に言うか迷ってるんですけども。この場合、現在で理解されやすい方を先に言いますね。

尾崎:はい。

とのまる:僕は障害者で役立たずって言われてきたし、資本主義社会っていうのは、僕は受け入れられづらいと思うんですよ、正直。履歴がないわけですよ、あまり、目覚ましい。あくまで障害者で。

いわゆるお笑いで言うと、これは笑えないぞ、笑いにしちゃいけないぞっていう、一つの条件を満たしちゃってる気がするんですね。こいつを笑っちゃうことはまずいぞっていう、不謹慎ブームというんですか。利益社会が僕を認めてるかっていうと、ちょっと難しいかなと今は思ってます。

だから、願いとか望みというのは、そこで僕が受け入れられて笑ってくれたら嬉しいと思う。同時に思うんですけども、無理かなというのもあるし。そこでちょっと迷ってるのと。

あと詩はコンテストをとってるんで、そこではちょっと成果出したいなとか。

あと、子孫のことで言うとね、恥ずかしい話で。ちょっと抵抗があるんですけど、言ってもいいですかね。

尾崎:思うままお願いします。

とのまる:僕は障害者で、薬を結構飲んだりもするわけですね。あとインフルエンザHAワクチンというのを結局打ってて、副作用もあるわけですよ。丈夫な子供を産むような精子をうまく出せるかってちょっと不安もあるし。

障害者施設を福祉の世界がね、でもなんか利益本位になってることを感じるんですよ。夢を追わなきゃいけないとか、成功しなきゃいけないとかって、資本主義の世界の人で構いるじゃないですか。

尾崎:はい。

とのまる:だけど、障害者ってのは、そっから削がれた存在ですよね。そっから逃れても生きていいよって認められた存在なんですよ。だから、そっちがそこに飛びつくって本当は変なんですよ。障害者の人たちでも、そういう人がやっぱいて、私は成功したいっていうことを願って本を出したんですね。その本では成功しない人は成功しない人でいていいとは書いてるんですけどね。この人の言動に対しても考えてることは、やっぱ社会的成功や名声を求めてるように感じたんです。

尾崎:うんうん。

とのまる:だから僕としては、どうしても固執したかった、こだわりたかったからこそ阻害されたんだっていう人たちの気持ちを代弁する存在になりたいっていうのが少しあって。それで書いてて、それが子孫という形でなくて、文として未来に繋がっていくようなものを書き残せたらいいと思ってるんです。

それは何でもいいんですよ。歌でもいいし、録音でもいいし、筆でもいいし。何か残して、それが未来たちの役に立つとか未来貢献というか、それができたら嬉しい。それが思いです。

僕自身の欲望を優先してしまうと、それはあまり考えたくないという感じです。考えたくないっていうのは、別に。考えてるのもあるんですけど、それを表に出すのは恥ずかしいっていうことです。

尾崎:現実的じゃない方の未来も、今お話しされましたかね。

とのまる:現実的じゃない方も話しますね。人は死んでからも生きています。それが僕の考え方です。そう考えることに納得してくれないかもしれないですけども、死後の世界ってあるわけですよね。

尾崎:はい。

とのまる:でも、死ぬっていうことについて一生懸命、哲学とか、一生懸命読んだんですよ。吉本隆明さんの本とかも一生懸命読んだんです。吉本隆明さんって知ってますかね。

尾崎:どんな本を出されてるんですか。

とのまる:なんかね、いろんな本出されて、今の思想的なもの、左翼と言われてる人たちにいろんなことを、影響を与えてる方なんですけれども。死後の世界についてもいろいろ考察を深めてまして。死はないっていう、いろんな教えを。『共同幻想論』っていう本がすごく有名な本で。書いてるんですよ。今から50年ぐらい前かな。

死はないっていうことは、どうしてなのかって。死は生きている者にある。つまり人が死んだでしょう。そのときに、死んだ人を見て、生きた人が「これは死だ」と思った。これが死だって言うんですね。

だけど、死んだ人は本当に死んだのかっていうのは自分では認識できないわけですよ。だから、僕が死んだら、その未来が僕にしかわかんない。「俺は死んだ」って客観的に見えないでしょう、これ。

尾崎:はい。

とのまる:僕は死んだ後も生きてるって考えるわけです。それからね、例えば文章を書くでしょう。

尾崎:はい。

とのまる:僕が文章を書いたとして、それがありますよね。その文章を書いたのは僕ですよね。

尾崎:はい。

とのまる:いろんな人がそれを読んで、僕を認識するんです。僕の考えだね。それが僕なんです。だから、そこは死んだ後もその文章の中で生き続ける。だから、未来について考えたときに、その後も僕は生き続けるだろうなっていう。そういう考えです。

尾崎:とのまるさんのお話とか、考え方・価値観を聞いていて、文才がある方って、こういう深い考え。一般の方って言っていいのかわからないんですけど、普通、一般の方が考えないような視点で物事を見ていらっしゃるんだなって思いましたね。

とのまる:ありがとうございます。

尾崎:文才があるっていうのは、そういうことを文章に落として表現しているからなんでしょうか?

とのまる:独創性が認められるんですかね、考え方とか発想の。それを含めて文才なんでしょうね。ただ上手なんじゃないんでしょうね。

だから、ところどころいっぱい間違いはあるんですよ、正直。そういうのも含めて発想はすごいから、才能という意味で、文才があるっていうふうに思われるんでしょうね。

尾崎:文才があるとおっしゃっていたところで、なぜ同じ音楽になったんですか。

とのまる:言葉と音楽というのは、そんなに自分の中で分けてない面もあるんですけれども。

尾崎:確かに。

とのまる:例えば、音楽だったら、歌詞で文才を表現できるでしょ。

尾崎:はい。

とのまる:それで、発するときに言葉を意識するわけですし。あんまりこだわりはなかったりするんで。一つの僕にとっては、音楽というところで繋がってる。例えば、文章のリズムがあるじゃないですか。抑揚があるでしょ。

尾崎:はい。

とのまる:感情がある、エモーショナルがある。音楽的な部分と似てるんですけど、音楽に感じるものと。漫画にもリズムがありますよね。人によって読みやすい、読みにくいもあるかもしれませんが、そこにも音楽を感じるんです。

だから、いろんなことを音楽的に捉えてる点では、そこでさっき言った、文才があるのになぜ歌手になるのかって、だから、あんまり変わらない。何でもいいんですよ、本当は。音楽ができれば。音楽の道で成功できればって感じです。漫画でもいいし、イラストでもいいし、作詞でもいいし、音楽で成功できれば何でもいいって感じです。

尾崎:その理由にお兄さんは関係してますか。

とのまる:いや、そこは関係はないですね。ないです。でも現実の話をすると、僕にいろんな音楽を教えてくれたのは、紹介してくれたのはお兄さんですけどね。The Beach Boysを教えてくれたのは、お兄さんです。その後、自分でいろいろ聞くようになりました。自分で調べて聞くようになりましたけどね。

尾崎:なるほど。お兄さんは、心を開いていない音楽だったんですよね。

とのまる:僕はそう感じた。僕はそう感じたんだ。僕の個人的な感想ですけど。

尾崎:はいはい。とのまるさんは、心を開いている音楽を目指されているんですか。

とのまる:一生懸命心を開いてます。普段も一生懸命、心を開くように努力しています。

尾崎:深めたいなと思って聞くんですけど、心を開いて歌うって、どういうことなんですかね。

とのまる:わかりやすいのは、さらけ出すってことでしょうね。「わかってほしい。わかって。わかりやすく。伝えなきゃ」って、そういう感じです。向こうだって、わかりやすく伝えなきゃわかってくれないわけだから。そんな感じかな。

尾崎:さらけ出す。

とのまる:自分をさらけ出すだけじゃ、向こうの相手を無視してると駄目ですよね。お前、俺の話聞いてんのかっていうときに、それは相手の話、気持ちを無視してますよね。

尾崎:はい。

とのまる:相手の気持ちを見ながら。向こうは怒るかもしれないけども、僕はこう思うっていうことをちゃんと主張しながら、わかりやすいものを目指していく。心を開くだけじゃ駄目ですね。相手の心もちゃんと見ながら開く、そういう感じです。

尾崎:気の心を見ながら、相手に合わせてわかりやすくっていうことですか。

とのまる:パソコンでやると文字になっちゃって、どうしても堅くなっちゃうじゃないですか。

尾崎:はい。

とのまる:だから今喋ってるときも、お互いのリズムも、間合いを意識しながら私、喋ってるんですけども。

尾崎:うん。

とのまる:相手の反応を見ながら喋ってる。これならわかるかな、これならわかるかなって、一生懸命、表現を探っていくというかな、そういう感覚です。

尾崎:それは言葉とか、音とか、リズム感とか全部を含めてっていうことですか。

とのまる:そうですね。そういうことですね。

尾崎:ありがとうございます。

とのまる:ありがとうございます、こちらこそ。

尾崎:もしもの質問っていうのをしていまして。もし、とのまるさんが資本主義社会に適応できていたら、どんな人生になっていましたか。

とのまる:これさ、「たられば」は禁止っていうのは、なんかわかんないけども、すごくわかるんですよ。「たられば」って本当はないわけじゃないすか。

尾崎:はい。

とのまる:ドラえもん的なね。あれすごく好きなんですけど、本当はね。僕の中で、「たられば」というね、どうかな。

結構僕ね、ある男の子をみんながいじめてる、バカにしてるときに、僕も一緒にバカにしようとしたんですよ。そしたら、先生に僕だけ名指し怒られたんですね。そのときに僕、選ばれたと思ってて。思っちゃって。

つまり、役立たずとして芸術家として選ばれたっていう感覚なんですよ、その時に感じたのは。僕も一緒にいじめてた。資本主義社会に馴染めてたらとしたらですね、もしかしてなんだけども、弱い者を見下して、いじめるような人間になってたのかもしれないですね。そこは想像できないですけど、あり得るのかなと思うんですよね。

僕だって、弱い者を見下していないかは、ちょっと断言できないんですよ。断言しちゃうと、みんな反発問題があるし。同じように秀才というか優等生になって、えらい政治家に。政治家なんかは無理だろうけども、なったのかもしれないです。ごめんなさい。僕はどっかでは、そういう人たちをちょっとだけ羨ましいと思ってるのかもしんないですね。わかんない。

でも一方では、理解できないっていう方が勝っちゃうのかな。全然羨ましくないっていう感覚が勝っちゃうかな。だから両方あります。

尾崎:言葉が適切かどうかわからないんですが、音楽で成功したら、どんな未来が待っていますか。

とのまる:音楽で成功したことを何の成功と捉えるかだと思うんですよ。お金で成功と捉えますか、女の人で成功と捉えますか。名声で捉えますか。どれですかね。

尾崎:とのまるさんが思う成功は何ですか。

とのまる:まずは、人は生きてるだけで成功ってビートたけしさんが言ってましたよね。僕はそれでまず賛成なんですけども。音楽の道で成功っていうのは、何だろうな。資本主義社会で成功するっていうのは、女性と、ある種の子供ができると。僕はそっち行っちゃうんですよね。だったらラーメン屋でもいいわけですけども。

名声って、みんなから拍手喝采って一般的なイメージっていうことだったら、危ねえやつが出てきたけど面白いなって、なんとなく納得する感じなのかな。海外とか回って、ヨーロッパとか回って、いろんな美術館とか巡って、アメリカ行ってThe Beach Boys のライブ。ファンの人として見ちゃうんです。そりゃ、リスナーとして見てる。お金を払って見るっていうことですね。

それはすごい夢はいっぱいありますよ。ブライアン・ウィルソンと握手できたら嬉しいなとか、イタリア行って、俺、才能あるから絵を描いちゃおうかなとか。音楽じゃなくなっちゃうんすけどね。ごめんなさい。音楽で活かした教養っていうのは絵でも活かせるかなとかね。そういう感じです。

でも、最終的にちょっと怖いのは、僕の場合、なんかちょっと宗教的な面があるのか、悟りの方に行っちゃうのかもしんないですね。成功した際に、どっか逃げちゃう気がしますね。誰も見えないところ、知らないところに逃げちゃう気がする。お坊さんじゃないけど。

いわゆる利益社会の勝ち負けじゃない、本当にコミュニケーションを求めて逃げちゃうのかもしんない。わかんないけど。そこはあんまり言いたくないな。ちょっと逃げちゃうって言うと聞こえは悪いですけど。ごめんなさい。

逃避願望がちょっと強いんだよね。怖いっていう感覚が強い。

尾崎:なるほど、ありがとうございます。それでは最後の質問なんですが、最後に言い残したことはありますか。

とのまる:たくさん僕のユーモアを示したかった面があって、ギャグをひとこと言って終わっていいですかね。メッセージを言ってほしい? そうか。

尾崎:どちらでも。面白いなと思って(笑)。

とのまる:そっちでもいいですか。

尾崎:メッセージを言った後、最後にギャグで締めてもらってもいいですか。

とのまる:繋げるか。メッセージね。僕が発するようなメッセージ、価値があるかわからないんですけども。みんな信じてくれるかわからないですけども、信じてくれなくていいですよ。こんなこと言ったら……。いや、本当はみんなのことが好きですよ。幸せになったほうがいいと思いますよ。ちょっと難しいかもしれません。怖い人もいるわけだし。

このインタビューを振り返ってひとこと言いますね。言葉にはすごく責任がある。だから僕はすごくとても敏感です。それに対して、このインタビューを見て、皆さんがどう思われるかわかりませんけれども、それに関しては発した人間として受け入れます。それぐらいですかね。

尾崎:ありがとうございます。

とのまる:つまり、こう思うんです。人は人をコントロールできないんだと。そこはそう思うんですよ。人は人を絶対にコントロールできないんですよ。コントロール、一生懸命しようとするでしょう。

尾崎:はい。

とのまる:対1人ぐらいだったらコントロールできるかもしれないですよ。全人類をコントロールしようとしますよね。無理じゃない? これ。ちょっと考えると、そういうことをやろうとしている人たちもいるのかもしれないけども、テレビですごく人気のある人が、俺はやっぱかっこいいぜって、みんなそう思ってくれるかってことなんですよ、どれだけ向き合っても。だから、コントロールできない。

だから、僕は最初から、途中からなのかわからないけれど、コントロールすることを諦めてるんですね。だから僕が何を言ったって反発は当然受けるし。一方で、喜ぶ人もいるのかもしれないって思うんですよ。いや、いるんです、それは。いるっていう、それが想像力なんですね。見えてないだけで。想像力を持つことはとても楽しいことでもあるし、とても苦しいことです。それがお芸術ですよ。

ですし、それを教えてくれるのはお芸術ですし、それをみんなキャッチして、自分でもそれをやろうとするといいかもしれないし。

人生苦しいことだけじゃないし、楽しいこともあるじゃないすか。苦しいことを避けたら楽しいことはないし、楽しいことばっかりだったら、避けてたら苦しいことだけになっちゃうかもしれないし。想像力とか視野の広さを持てば、みんないいと思いますよ。視野を広く持ちましょう。

視野を広く、目に見えてない、想像力の世界を持とうよ。持とうよって言って、持ちたくないって思う人もいるし、お前、何様つもりだっていう人もいるでしょうけど、その上で僕のメッセージでした。

想像力を持つとピーター・パンだって理解できるし、ピーター・パンみたいになれるって思うじゃないすか。でも、それを現実でやったら死んじゃうなってことも何となくわかるでしょう。

尾崎:うん。

とのまる:死んでもいいやって思うこともいい、なんで死んでしまうのっていっぱい1人運動ができて落語的になっちゃうんですけども。落語の持ってるイマジネーションですよね。そういうものはあると思うし。だから、楽しくもあるし、苦しくなる。そこに本当の人生の本質があるわけだから。

だから、あんまり避けててもしょうがないんじゃないかなと思います。理解ができないって感覚になるんですね。だから、どうしろ、こうしろっていうんじゃできなくて、ちょっとわかんないような感覚ですね。

尾崎:ありがとうございます。

とのまる:その上で、ひとことギャグを言います。いきますよ。林家木久扇師匠のテーマを歌います。ラーメン大好き、林家木久扇師匠のテーマ。

ラーメンマニ~~ア~~♪ラァ~~メン♪
ラァ~~ ラァ~~メン♪

こんな感じです。

尾崎:ありがとうございます。

とのまる:(イタリア歌曲の)アヴェ・マリアと、ラーメンマニアをかけました。木久扇師匠がラーメン好きなんで、それにしました。

あとがき


とのまるさんへ

私の「なんで?どうしてそう思ったの?」という突っ込んだ質問に対して、すごくわかりやすく答えてくださり、ありがとうございました。松尾芭蕉や映画の『Joker』といった例え話が本当にわかりやすくて、すごく楽しかったです。私にとっては、少し難しい話もありましたが「どうしてなの?」と非常に興味をひかれ、気がつくと、とのまるさんの話にのめり込んでいました。貴重な機会をありがとうございました。

尾崎
――――

さて、話は変わりまして、皆さんは『ミステリと言う勿れ』という作品をご存じでしょうか。私は漫画を読んだことがあります。ドラマや映画もありますよね。

主人公・久能整くんのキャラクターが独特で面白いです。今回インタビューを受けてくださったとのまるさんは、久能整くんみたいだと思いました。とことん考え抜く性格で、膨大な知識と独自の価値観による持論を持っていることが共通点のように思ったんです。あくまで私個人の感覚ですが……。

無名人インタビューは、さまざまな人の話をじっくり聞くことができるので、本当に面白くて毎回学びがあります。ぜひ、あなたのお話も聞かせてください!ご応募、お待ちしています。

あらためまして、とのまるさん、ご参加くださりありがとうございました!
最後まで読んでくださった読者の皆さんもありがとうございます!

またお会いしましょうね。
【インタビュー・編集・あとがき:尾崎ゆき】

#無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #生活保護 #音楽

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