もうほんと幸せですよね。人
むかしむかし、ある村に、満幸(みつゆき)という若者が住んでいました。満幸はいつも「もうほんと、幸せですよね」と、心から満ち足りた様子で語るのでした。
それは大きな幸せではなく、日々の小さな幸せへの深い感謝でした。
朝、鳥の声で目覚めるときも、
「ああ、もうほんと幸せですよね」
昼、温かい味噌汁を飲むときも、
「ほんと、幸せですよね」
夕暮れ、空の色が変わるのを見るときも、
「これ、幸せですよね」
夜、星空を眺めるときも、
「もうほんと、幸せ」
村人たちは最初、満幸の言葉を不思議に思いました。
「そんな普通のことが、そんなに幸せなの?」
満幸は優しく微笑んで答えました。
「普通に呼吸ができること、
誰かと言葉を交わせること、
空を見上げられること、
そんな当たり前が、実は最高の幸せなんです」
後に満幸はこう語りました。
「幸せは、探すものじゃなくて、気づくもの。今、この瞬間に、もうたくさんの幸せが溢れているんです」
そして「幸せは今、ここに在り」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2024年12月27日18時18分に書く無名人インタビュー979回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは Leina Karen(レイナカーレン) さんです!
年齢:不詳
性別:女性
職業:歌手・グラフィックデザイナー・占い師
X(旧Twitter): https://twitter.com/arueka17
現在:明るいですねってすごい言われるんですけど、それがすごい違和感があるんです。
安東まつ:
今何をされている方ですか。
Leina Karen:
10年ぐらいずっと歌手活動をやってます。そのかたわらと言って正しいのか分かりませんが、平日はとある地方銀行の方でデザインとか画像作成とか、そういう仕事をしてます。
安東まつ:
ありがとうございます。歌手活動の方からお伺いしたいんですけども、歌手活動を始めたきっかけをお伺いしてもいいですか。
Leina Karen:
話すと長くなっちゃうんですけど、そもそも全然関係ない仕事がやりたかったんです。絵を書いたりデザインしたり、結局今やっていることですね。
でも中学生のときに、その後結局付き合うことになる同級生と巡り合いまして、それが進路が変わるきっかけでした。
同じ学校で、修学旅行の出し物会の実行委員で一緒になった人だったんです。その人が歌手になりたいと言っていました。
自分も元々音楽をやっていたんですよ。ちょっと特殊なんですけど、元々ピアノを習ってて、祖母が箏の師範なので箏もずっと習っていました。
そういうこともあって、自分も音楽の方とか行ってみたいな……と思っていました。
そんな中、高校入学ぐらいで「歌手になりたい」と言っていた彼に、もうむちゃくちゃボロボロなフラれ方をしまして。そのときには、自分も歌うことが好きになっていたので、「絶対私の方が先に歌手になる」と(笑)
こんな奴に絶対負けねえ、みたいな感じで始めたのが、きっかけですね。
安東まつ:
10年間活動されてるっておっしゃってたんですけど、どういう流れでそのご自身の活動を進めていくことになるんですか。
Leina Karen:
最初は高校を出てから活動を始めました。とあるバンドメンバー募集掲示板みたいなのがあるんですよね。
そこでボーカル募集していますっていうバンドに入ってやったんですけど、あんまりそこで作った曲とか歌う曲がそんな好きにはなれなくて、すぐクビだったんですよ。
「やばいなぁ、私ギター弾けないしな」と思ってたときに、「じゃあユニットでやりましょう」っていう話になって。ギタリストの人と1年弱ぐらい活動してたんですけど、結構おしゃれな感じの曲をやるタイプの方だったんですね。
でも、自分はだんだんロックなことを歌いたくなってきて。「パンクが歌いたい」と。
これはもう1人でやるしかないと思って、ボイトレと一緒にギターが習えるっていう教室があったので、ギターなんかほとんど触ったことないし弾けないというところから、徐々にライブを増やしていって……という感じで、今まで来ましたね。
安東まつ:
ありがとうございます。今やってる歌手活動の概要といいますか、何かどういう曲出してるとかどういう活動してるかみたいなところもお聞きしてもいいですか。
Leina Karen:
基本的にライブ活動やYouTubeの「歌ってみた」です。あとつい最近、2024年12月14日にずっと作っていたアルバムを9年ぶりぐらいに出すことになって。曲を作って販売するとか、ライブ活動で歌うっていうような、ごく一般的な歌手活動ですね。
安東まつ:
なんか最近アルバム出されたみたいなのは事前にURLで送ってくださったので、ちらっとだけ拝見したんですけども。そのアルバムについてちょっと聞かせていただいても?

サブスクリプションURL
Leina Karen:
ありがとうございます!全曲弾き語りのアルバムです。普段ずっと弾き語りで活動しているので、その雰囲気のまま一発録りのものもありますね。
何曲かは一発録りのものがあって、数曲は先にギターだけ取って後で歌入れるっていうものがあったんです。ただ、なんせ私はレコーディングが鬼のように下手くそでして。これ、ギターと歌と別々に録ったところで結果一緒じゃないかと(笑)。
「じゃあライブのまんまの感じで歌ってみたらどうだ?」という感じで、上手くギターだけが録れてる分はそのまま音源にしたんですけど、全部最初から最後まで歌うという一発録りの音源もあります。後でコーラス入れたりとかもちろんしますけど、そんな感じですかね。
安東まつ:
レコーディング下手だからっておっしゃってたんですけど、弾き語りのアルバム作るっていうところの良さというか、何かもしご自身で思ってるところがあればお聞きしたいです。
Leina Karen:
そうですね。「弾き語りでアルバムを作る良さ」というと、ライブの感覚をそのまま味わっていただけたりする部分はあるかな……?っていうところなんですけれど。
基本的に予算がない中、いかに早く音源化するかっていうところで作ってる部分があるので、本音を言うともうちょっといろんな厚みを足して、楽器をいっぱい入れてガッツリっていう方がもちろんやりたいことではあるんですけど。
でも自分が今までずっとやり続けてきたことを一つ形にするっていう意味では、今回良かったことなのかな思いますね。
安東まつ:
ありがとうございます。デザインの方もぜひお聞きしたいんですけど。
Leina Karen:
デザインとあと他に占いもやっていて。めちゃくちゃなんですよね、私。
安東まつ:
色々やられているんですね。ではデザインの方から。

Leina Karen:
デザインはですね、中学ぐらいのときに絵描いたりとか、デザインとかの仕事をやりたいなと思っていて。中学のとき、どうすると人間は持ちやすいとか人がモノを使いやすいか?という、ユニバーサルデザインみたいな分野にすごく興味があって。今でも興味のある分野なんですけど。
でも、シンプルにぱっと一目見て「かっこいいな」みたいなものを作りたいなってのをずっと昔から思っていて。音楽活動してるときも、絶対に自分で何か作らなきゃいけないんですよ。今回のアルバムもそうですが、これまでもアルバムのジャケットは他の方に描いていただいたんですが、物販宣伝用のポスターとか、ワンマンライブの告知フライヤーとか全部自分で作るんです。
だから結局、イラストレーターとかフォトショップとか、勝手に覚えてやっていきました。そして未経験OKという職場に、無理やりねじ込んで働かせていただいてみたいなことを繰り返して、まだ2年目で全っ然駄目です。毎日「できる人すげぇ」って思いながら仕事しています。
安東まつ:
デザインの方はイラストを書くのがメイン?
Leina Karen:
いや、デザインの方は普通のグラフィックデザインなので広告とか、中にはLPって言ってランディングページですね、ペライチで広告を長く作るっていうページのデザインだったりとか、そういうのもやってましたね。
安東まつ:
すいません、デザインするっていうのがちゃんとわかってなくって、グラフィックデザインの広告作るってなったときは、アプリを使って?
Leina Karen:
そうですね。イラストレーターとかフォトショップという名前のソフトを使って、すごい地味にデザインするんですよ。
安東まつ:
画像作成用の素材があって、それを元に作るんですか?
Leina Karen:
そうです!素材を使うこともあれば、1から自分で作るときもあります。今はWeb広告がメインですけど、前は紙のポスターとかノボリのデザインをやったこともありました。とある大きなアウトレットモールの動画宣伝もデザインしたことがありました。
安東まつ:
自分の歌手活動の方でもデザインをやってるし、そのままお仕事としてもやっていたということなんですね?
Leina Karen:
そうです。
安東まつ:
なるほど、ありがとうございます。
安東まつ:
ありがとうございます。占いの方もお聞きしたいんですけど、占いは最近始められたんですか。
Leina Karen:
ここ3,4年ぐらいですかね。コロナ禍で始めました。
元々はね、VTuberになりませんか?っていう求人に応募したら、アダルトサイトの募集だったんですよ。アダルトじゃなくてもいいですよって言われたんですけど、やっぱりメインは男性のお客さんで、「男性のお客さんと会話をしてもらうことになります」って言われて。
「いやいやいやいや……」って思ったんですけど、「うちは『声優の卵です』とか、『舞台役者です』とか『地下アイドルやってます』みたいな感じでキャラを作っていただいて男性とお話してもらってます」って言われて。
そう言われたときに、ちょうどYouTubeで「IROHAさん」っていうタロット占い師の方がいて、その方の動画をめちゃくちゃ見てたんですよ。それで占いやってみたくなって、じゃあ「占い師のキャラでいきます」と言ったんですよね。
これがね、サイト運営の方の中で前代未聞だったらしく、ちょっと下心を持った男の人を待機する女の人の中で、私だけが1人ガチで占いをやってるっていう異様な光景だったそうで(笑)。
占いの枠?と思ってみんな気になって入ってくれるんですが、本当に真剣に悩んでる人とか来るんですよ意外と。下心じゃなくて「好きな人がいて思いを伝えたいんだけど、どうしていいかわからない」とか、「仕事がうまくいかなくて、ちょっと聞いてもらえませんか?」みたいに。
最初はインターネットの適当な情報とかで、生年月日聞いて適当に占ってたんです。でもそれでは失礼じゃないか?結構高いお金払ってきてくれてるんだから、ちゃんと自分でも勉強して、それなりに真正面から答えていくべきじゃないのか?みたいな、なんか変に熱くなってきて。興味があったんでいい機会だから勉強してみよう!と思いました。
勉強しながらも、急にタロットやることになって、なんやかんやそこからガールズバーで働いてガールズバーの中で占いやったりもしました。
安東まつ:
占いの種類としては、IROHAさんはタロット占いをやっていたとおっしゃっていましたが、どういうタイプの占いをやるんですか?
Leina Karen:
私もタロットです。
安東まつ:
私やってもらったことがないので、その流れがわかんないんですけどどういう流れで占っていくんですか。
Leina Karen:
基本的にどんな悩みがあるかを詳細に伺って、何枚で引くかはこちらで決めるんです。それで相手がどう思ってるのかなとか、こういう風にしていくといいんじゃないかなということを、カードが出た通り言うだけなんですよ。私が何か占っているっていうよりは、カードが出たことをそのままお伝えしていって、心の答え合わせに使ってもらうっていうのが一番いいやり方じゃないかなって思ってますね。
安東まつ:
ありがとうございます。ここまでは、メインでやってる活動についてお伺いしてきたんですけど、何か趣味とか最近ハマってることとか好きなこととか、何でもいいんですけどそういうものはあったりはしますか。
Leina Karen:
空手を1年ぐらいやっています。実は子供の頃に一度やってたんですよ。先生が嫌で辞めちゃいました。絵を書くのはやっぱり好きで、急に猛烈に描きたくなっちゃうときはありますね。
趣味っていうとそんな感じかな?あと普通に映画見るのも好きです。どっちかっていうと、アウトドアな趣味ではないかもしれないですね、空手以外は。空手もアウトドアかって言われたら、インドアでもありますね。好きなことは多い方かもしれないですね。
安東まつ:
そうですね。なんかそもそもやられている活動自体が多いですもんね。
Leina Karen:
うん。そうですね。
安東まつ:
ありがとうございます。自分をどういう性格だな、どういう人間だなっていうふうに思ってらっしゃいますか。
Leina Karen:
落ち着きがないです。落ち着きが1個もない(笑)「もうちょっとあってもいいだろう!」という感じですね。そうじゃなきゃこんなにいろいろ手出さないんですよね。
安東まつ:
何か活動的な意味で?
Leina Karen:
そうですね。やっぱりいろいろ方々手を出して、ガーンと疲れて引きこもるっていうような。
自分の中で何が疲れてるんだろうとか、何でこんなにイライラしているんだろうと思って考えてみると、アレもコレもやって、そりゃあ駄目だわみたいなこととか。自分の中でこれ以上、自分に負荷をかけるなっていうところを知らない。しょっちゅう失敗してますね。キャパオーバーしてない?みたいな。
大人になるとやっぱ仕事にも影響出ちゃうので。気をつけるようにはしてるんですけど、それでもねやっちゃいますね。
安東まつ:
はいはい。
Leina Karen:
人から明るいですねってすごい言われるんですけど、それがすごい違和感があるんです。「明るいか?」みたいな。ただふざけてヘラヘラしてるだけだから、あんまり明るいとは違う気がするんだけどな……と思っています。
そういう面が曲に出るらしくて。最近もちょっと聴いていただいた方から「元気なときじゃないと聴けない」って言われました。元気なときじゃないと精神を持っていかれそうというか、結構暗い曲が多いですね。
過去:中三のときに出来た彼が、自分の人生をガーンって変えてくれた人。結局今もこうやって歌手やってるのは全部彼がいたからだなっていうのはありますね。

安東まつ:
子供の頃はどういう子供だったなってご自身で思いますか、
Leina Karen:
落ち着きのない、失礼な子供だったと思います。礼儀のなってない、お友達も大事にできないような失礼な子供でした。
安東まつ:
何かエピソードとか覚えてらっしゃいますか。
Leina Karen:
なんだろうな、なんか方々いろいろ手を出して怒られるみたいな感じですよね。具体的に言うと難しいですね。あと結構いつもビクビクしていた感じがあるかな。でも落ち着きがないのは間違いないですね。
あと今よりももっと正義感みたいなものがすごい強いというか、頑固でした。今もひどいと思いますけど、今以上にひどかったと思います。「こういうことは許せない!」って。
安東まつ:
なんかそれがどういう行動で出るんですかね、自分の中でこれ許せないって思ったときに。
Leina Karen:
もうガーン!って言っちゃうみたいな。「もう許さねぇ!」みたいな感じで何でも言っちゃうみたいなところはありましたね。
安東まつ:
直接?
Leina Karen:
もう直接。けど男子だったら直接ガンって言いますね。女子だとなんかちょっとかわいそうかもしれないと思ってあんまり言えない。
安東まつ:
そこはそうなんですね。
Leina Karen:
あと男の子結構嫌いだったな。今は全然好きなんですけど、嫌いな男の子で大っ嫌いでしたね。
安東まつ:
嫌いな男の子はどういうところが嫌だなと思ってたんですか。
Leina Karen:
私「レイナカーレン」っていう名前で活動しているんですけど、これ本名なんですよ。母が日系ブラジル人なんです。
だから名前でも「変なやつ」とか「豚汁(ブタジル)人」とか、そういうこと言われることも結構あったかな。
そんなのいちいち相手にしていましたね。そんな子供だったかなという感じです。
安東まつ:
さっきちょっと落ち着きなかったりする一方、ビクビクしてたっておっしゃってたんですけど、それは何に怯えていたというか。
Leina Karen:
先生に怒られるとか、目上の人に怒られないか?みたいなことをいつもビクビクしてて。小学校1年生のときがMAXビクビクしてました。
この時期は、性格のきつい目上の人が結構周りによくいるっていう感じだったんですね。担任の先生も優しい人ではあったんですけど、結構ゴンゴン詰めてくる感じの先生だったりとか。
あとは空手の先生がめちゃくちゃ嫌で、もうなんか「狂犬」っていう言葉が似合う先生なんですよ。急に怒鳴るとか、犬とかそうじゃないですか急にワンワンッ!って吠えるやつですね。
安東まつ:
なるほど、はい。
Leina Karen:
あとは母がものすごい怖い人でしたね。優しいんですけど、日本人のお母さんとちょっと怒り方違うんですよ。
急に爆発するというタイプの、駄目なもんは絶対駄目!みたいな。
そんな感じだったんでそのときが一番なんかビクビクしてたかなと思います。
でも高学年になるにつれてなんかちょっと人との関わり方も何か変わっていったかな?
小学校6年生のとき結構楽しかった思い出ありますね。なんか結構大人ともちゃんと話せるようになって、「この人目上の人だからビクビクして言うことも言わない」とかはなくなって、自分がこう思っているからこうしたいとか、嫌なもんは嫌だ!と言えるようになったかなっていう。
安東まつ:
なるほど。それは年齢が上がったっていうのもあると思うんですけど、なんでそう思えるようになったというか、きっかけみたいなのはあるんですか。
Leina Karen:
単純に年齢が上がったんじゃないかなと思うんです。1回小学校5年生の時に、先生に理不尽なことで怒られたことがあって。
そのときに、いや自分はそんなつもりでやったんじゃないって言って、先生に結構ちゃんと言い返して。
言い返しちゃったから母にも怒られるんじゃないかなと思ったんですけど、でも自分は何も間違ったことしてないし、もしかしてわかってくれるかもしれないから1回お母さんに話してみようと思って。
「ママちょっと聞いてくれる?」って家に帰ってみたいな話をしたら、ちゃんと聞いてくれて。なんか意外とちゃんと話せばちゃんとわかってくれるんだなって思ったりとか、そういうのはありますよね。
安東まつ:
なるほど。そこで頭ごなしに叱る大人だけじゃないっていうのが。
Leina Karen:
そうですね。なんかわかってっていうところで、ちょっとそこはいい勉強になった時期だったかなっていう。
安東まつ:
なるほどありがとうございます。今結構小学校時代のお話が出てきてたんですけど、中学生高校生のときはどういうふうに過ごされてましたか。
Leina Karen:
そこでもやっぱり人とめっちゃぶつかってて。
中学、高校ぐらいのときのことが自分の今の音楽にすごく繋がってるような気はしてるんですけど。
自分の言いたいことをガーンと言うってやっぱ敵も作るじゃないですか。そんなことがありつつも、でも自分を受け入れてくれる友達もその時できたりしたんですよね。
あと、さっき言った別れた彼の話も、中三のときだったんですよね。中三のときにできた彼が、自分の人生をガーンって変えてくれた人だなって。
結局今もこうやって歌手やってるのは全部彼がいたからだなっていうのはありますね。でも、その彼と別れたダメージでだいぶ引きずりまして、結局7年ぐらい引きずったのかな。その思い出が大きいです。
安東まつ:
はい。
Leina Karen:
高校になってからすぐに別れることになったんですけど、自分の恋愛がまたむちゃくちゃ歪んだんですよね。歪みに歪んで今っていう感じですかね。
今にも繋がってくるかなっていう感じはします。でもそこで何でそんなに歪んだかなって思うと、自分の人生の中では初めて会うパターンの男の子だったんです。
家族関係が悪くて「いつも1人でご飯食べてて、物凄く辛い」って言ってる子だったので、なんか力になりたいなってやっぱり思うじゃないですか。
そこで初めて、自分の中で『恋人』っていうところの枠を1個超えちゃってたんですよね。
家族じゃないですけど、この人も自分のすごい大事な家族の1人みたいなもの!ぐらいまで結構踏み込んで大事に思っちゃったんです。
だからもう別れた後はもうむちゃくちゃでした。高校辞めようかなとか、辞めてどうすんだよと思いますけど、そう考えちゃうぐらいには落ち込んだかな。
安東まつ:
何かその方が歌手になるっておっしゃってたってさっき最初の方で出たんですけど、音楽的な影響としては何かあったんですか。2人で曲聞いたりとか、教えてもらったりとか、どのあたりが今の歌手活動に影響を与えてるなみたいな思い出ってありますか。
Leina Karen:

まず弦楽器を触るっていうところですね。弦楽器っていうと、今までは琴とか三味線しか触ったことないんですけど、彼はベースを持ってたんですよね。
そこで初めてギターとベースの音の聞き分けができるようになりました。何気なく聞いてたけど、これベースじゃん!みたいなのとか、そういうのは教えてもらったかなと思います。
安東まつ:
ありがとうございます。
Leina Karen:
彼が緑色のベースを持ってたんですよね。蛍光グリーンじゃないですけど、ちょっと緑に白を混ぜたみたいな。黄緑とも青とも言えない何とも言えない緑のベースを持っていて、お父さんが買ってくれたとか言っていたかな。そんなの持ってきて一緒に何か弾かせてもらった思い出がありますね。
安東まつ:
そっか、そこで初めて弦楽器に触ってっていう。
Leina Karen:
そう、そういう類の竿のある弦楽器っていうのは初めてで。
安東まつ:
なるほど。中学高校の後、その活動を始める流れだけちょっとお聞きしたいんですが。
Leina Karen:
なんかね、具体的に始めたのは高校出てからなんですけど。でもオーディションを1回受けに行ったりとか。あとそのとき演劇部だったんですよ、私。
安東まつ:
高校時代?
Leina Karen:
そうなんです。廃部寸前の演劇部に入ってしまって、そのせいで強制的に部長になっちゃったんです。
私が部長になった2年生の年から、1年生が8人も入ってきて「なんで?!なんでこんなに入ってくれたんだ?!」って思いました。今でもその人たちをすごい大事に思ってますけど、救世主ですからね。廃部寸前の演劇部を助けてくれた恩人たちなんで。
演劇部がちょっと忙しかったっていうのもあって、結局そのときは音楽活動ってのはあんまりできなかったんですよね。私が行った高校は、「進学校」って言ったら変かもしれないけど「大体みんな大学行くでしょ?大学は行くもんでしょ、当たり前に」ぐらいの感じの学校だったんです。
でも、私は「歌手やりたいから絶対行かん」と頑なになって、それで結構方々揉めました。当時は絶対歌手がやりたいから行きたくないって言っていました。もし大学に行って変なバンドサークルみたいなのに入ってしまったら、もうそこで終わりだと思ってたんです。絶対ちゃんとガチでやりたいって言って、ちょっとずつちょっとずつですね。
でも結局はお金がなくなって苦労したり。大学行って就職すると、やっぱ道は広がりますよね。高校出てってなると、もうそこから何とか技術をいろいろ学んで、自分なりにやってかないとね。
でもそれは大学行ってもそうなのかな……?それでも、大学行ってたらまた違う道あったのかなとか思うときも。
安東まつ:
なるほど。
Leina Karen:
あと今デザインの仕事やっているので、デザインの専門学校行っときゃ良かったかな?と思うこともありましたけど。ちょうどその時期父が専門学校行っちゃったんです。それどころじゃないかもと思って、余計に大学行くとかあんまり考えられなかったかなとは思いますね。
安東まつ:
では高校卒業して、自分で1人で活動を始めたんですね?
Leina Karen:
そうですね。自分でバンド組んだりユニット組んだりしながら、結局自分の歌いたいことを自分で作って歌っていくしかないなと思って、自分で作ってずっと歌い続けましたね。
Leina Karen:

1回東京に行って5年ぐらい住んでから帰ってきてますけど、また東京に戻りたいなと思ってます。東京にいたときは、舞台のバックで弾き語るみたいな、変わったことやらせていただいたので、ものすごくありがたかったですね。
いろんな人と出会いましたしね。東京に行って人生が、より「音楽をやる」っていう意味で変わったかなと思いますね。
安東まつ:
一応高校卒業した後で身一つで出てきてるじゃないですけど、そういう状況でどうやって歌える場を作っていったというか、人との関わりを作っていったのか気になります。
Leina Karen:
まずそもそもが、東京に初めて行ったのが、スーツケースとギターだけ持って何か旅をするみたいな、わけわからない企画を叔父に提案されて。「お前歌って来いよ」とか言ってお酒を酒飲む場でのノリで決まっちゃって、本当に行ったんですね。当時私の仕事が全然うまくいかなくて体調を崩しちゃったりとかして落ち込んでて。
安東まつ:
それはやってたデザインの会社?
Leina Karen:
全然関係ない飲食店の仕事で。もう全然うまくいかないし、居場所がなくなっちゃってる感じがして。「ちょっと無理だなぁ」と思ってたときに、もうお前そんなんだったら歌ってこいよマジでみたいな感じで言われて。
スーツケースとギターだけ持って北の方は宮城県の石巻市とかまで行ったんですよ。あとどこ行ったっけな、千葉も浜松も行ったし、その途中で東京があって。
旅の途中で旅を提案してきた叔父に「もう帰りたい」って言ったんです。路上やってるとすぐ警察来るし、歌える環境がなさすぎるからこの旅は無理だって言ったら、「帰ってくんな」って言われたんです。「1回お友達を作るつもりで東京行ってみろ。東京ならおじちゃんの知り合いがいるから」って言って、そのおじちゃんの知り合いがいるからって言われて行った先が東京の高円寺っていう町で。
高円寺でたまたま叔父の知り合いがやってたお店に行ったら、そこにいたのが有名アイドルのバックボーカルとギタリストだったんですね。「東京すげえ!」ってなって。路上ライブとかやるとみんなお金入れてくれるんですよ。今は名古屋に住んでるんですけど、名古屋だったら入れてくれなかったんですよ。それが、「入れてくれるの?!」みたいな。そこから東京にとりつかれて。ちょうどこのインタビューの2日前もたまたま高円寺でライブがありました。だから高円寺にすごい恩があるんですけど。いい町ですね。
安東まつ:
最初のきっかけの町なんですね。
Leina Karen:
そうですね。私には妹がいるんですけど、当時妹がパンクバンド好きだったんですよ。妹が「お姉ちゃん、高円寺という町が世の中にあって、そこはパンクの人がいっぱいいるらしいよ!」って前に言ってくれたことが頭にあって。妹は「銀杏BOYZとかもいるらしいよ!」と。当時は(銀杏BOYZって誰だ……?)みたいな感じだったんですけど、「へえ銀杏BOYZがとにかくいるんだ?!」ってなった思い出がありますね(笑)
あの時の妹の言葉が、高円寺行ってみるかっていう気持ちにさせてくれたりしましたね。
安東まつ:
へえ。
Leina Karen:
飛び込みで、ライブハウスで歌わせてくださいって言いに行ったんですよ。普通そんなブッキングありえないんですよ、「当日に入れてくれ」って。
でも、言いに行ったライブハウスがROOTS!(ルーツ)さんっていう高円寺の、そこの方が「あなたの気合を尊重して、ぜひ出てもらおうと思います」って言って出演させてくださったりとか。
他にも二万電圧さんっていうライブハウスがあるんですよ。超ハードコアパンクみたいなライブばっかりやってるライブハウスなんですけど、二万電圧さんのところにも飛び込みで行かしていただいて。その後二万電圧さんでワンマンライブやることになるんですけど、ずっと長いお付き合いさせていただいていますね。
安東まつ:
そこから始まって?
Leina Karen:
そこから始まって、叔父が縁を繋いでくれて。
「ウルトラマンション」っていう劇団があるんですよね。ウルトラマンションの劇団の役者さんたちと知り合って一緒に舞台に出演したりっていうことができたり。
上京してから、眼鏡屋でライターをやってた時期があったんです。ライターはデザインをやる前に8年やっていたんですけど、たまたまその眼鏡屋さんで同じライターとして採用されて入ってきた方が、劇作家の人だったんですよ。
だからその劇作家さんの舞台の裏で弾き語るみたいなお仕事をいただいたりとか。パンクバンドの人との繋がりで、劇やったりとか。そういう感じで繋がったご縁がありますね。
未来:女性像を切り開いていけるといいなっていうのをすごい今目標にしてるところですね。
安東まつ:
ここから未来のお話お聞きしていきたいんですけれども、直近でもいいですし、5年後10年後とかのスパンでも、死ぬときまで想像していただいてもいいんですけど。未来について、こういうことやってみたいなだったりこういう人になりたいなであったりとかそういうイメージは何かありますか。
Leina Karen:
ありますね。とりあえずまず直近ではアルバム音源を出せたので、ちょっとラジオの方に出演したいなとか。もうちょっと曲を広めたいので、ショート動画をいろいろ撮ろうかなとか。
そっから先はですね、どうだろうなぁ……5年って最初言ってたんだけど、ここから10年ぐらいでフジロックにめちゃめちゃ出てみたいですね。フジロックで歌えたらめっちゃかっこいいじゃんと思って。
音楽活動をやろうって思ったときって私の年齢とかだと「いやもう無理だよ」とか、「この年にいたら諦めるもんだ、真面目に就職しろ」みたいなことがまだ言われてた時代だったと思うんです。でも全然最近そんなことなくなってきてて。いろんな世代の人が自分の才能とか、自分のやりたいこととかを叶えていけるようになってると思います。
自分も若い女性に向けて歌ってる曲が多くて、向けてっていうかな?若い女性の気持ちじゃないけど、この国で生まれると女性が生きていくことってすごく大変だと思ってて。なんていうのかな、過剰に気を使わせるし、過剰に気を使うように教育されるじゃないですか。
「自分はもう◯歳だからもうおばさんだからどうのこうの」とか、そういうことも一切考えないで、自分の精神とか魂とかがワーッて燃えるものっていうのを、自分よりももっと若い人たちが私を見て、「あいつができるんじゃ私もできるでしょ」みたいな。いけるかもしんないよね!みたいな可能性を感じてもらえるような人間にはなりたいなと思ってます。
だから何歳になったら辞めるみたいなのはあんまり考えてないですね。なんか別にいつでもフジロック行きたいなと言っていいはず。おばあさんだってフジロック行ったらめっちゃかっこいいなと思います。だからおばあさんになってもフジロックに行けるぐらいの感じでいたいですね。そうなると打首獄門同好会のベースの方(笑)理想的ですね。あんまり聴いたことがなくて本当に申し訳ないですけど。
安東まつ:
そうですよね。年齢を聞いてびっくりしますね。なるほど。
Leina Karen:
ああいう女性像を切り開いていけるといいなっていうのを今目標にしてるところですね。
安東まつ:
ありがとうございます。作る音楽の方、最初アルバムについてちょっと話していただいたときに、今は弾き語りでアルバム出したけど、もうちょっといろんな音を入れたいみたいなことをおっしゃったと思うんですが、自分がどういう音楽を作っていきたいかって言われると、そこに何かこういうことやりたいとかはありますか。
Leina Karen:
やっぱり、今後も人の気持ちのすごい暗い辛い部分とかは歌っていく気がします。でもなんかそれだけだと景気悪いじゃないですか。
あんまり明るい曲は歌えないかもしれないけど、「俺は燃えてるぜ」みたいな曲は歌える気がするんですよ。「私はやりたい!」とか、「私はこの恐怖に立ち向かうぜ!」みたいな、何かそういう曲だったら歌える気がします。
なんかあんまりハッピーな恋愛ソングとか絶対歌えないんですよ。昔は言われたんですよ、ハッピーな恋愛ソングとかもっと作ればいいじゃんみたいな。
でもそれって、例えば焼肉屋さん行ってクッキー出せって言ってるようなもんじゃないですか。それぐらい無理な話だぜ、っていう風にはちょっと思ってるんですけど。でもそういう景気の良い曲を作りたいなと思えたのが、COCKROACH(コックローチ)っていうバンドと出会ったおかげだったりしますね。
安東まつ:
どんなバンドなんですか。
Leina Karen:
もしお時間あればぜひ聴いていただきたいんですが、カルト的な人気があるバンドなんですよね。バンドというかもう宗教のような、そういう力があるバンドなんですけど。ライブで歌ってることもダークですし、演奏もダークなんですけど、ただすごい「生きる」っていうことに対して執念が強い感じなんですよね。
なんか死んで死んで、死にまくってめっちゃ生きてるみたいな感じのバンドで、そういうふうにしか表現ができない。難しいんですよね。
COCKROACHに出会ったもう少し後の時期に、THE BACK HORN(ザバックホーン)っていうバンドに出会って「うわー!こんな風に漢っていう感じの、俺はやるぜみたいな感じの曲歌う人いるんだ!」と思わせられました。「そういう感じだったらいけるかもしれないな、明るい曲っていうわけじゃないけど、景気のいい曲はできるんじゃないかな?」っていうのはちょっと思っていますね。
安東まつ:
ありがとうございます。今後そういう曲もやっていきたいって話だったんですけど、なんか割と人の暗い部分とかつらい気持ちが出てる曲が今は多いっておっしゃってて、それってどういう暗さというか、何かどういうつらさなのかなって。
Leina Karen:

いろんな曲があるんですけど、今回出したアルバムだと、「東京拘置所」っていう名前の曲があるんです。実際に東京拘置所の目の前で暮らしたことがあったんですよ。
丁度そのとき、ちょうどコロナ禍の始まりぐらいのときに、当時一緒に暮らしてた人と別々で暮らすことになって。急に好きだった高円寺から離れることになっちゃったし、仕事も急になくなっちゃって。このまま私、全部辞めちゃうのかな?ライブも結局できなくなっちゃうし、どうなるんだろうと思って。
ランニングとかそのとき始めてたので、夜に河原で走ってると、ちょうど東京拘置所が見えるんですよ。なんかね、明かりが拘置所のものなのに、むちゃくちゃ優しく輝いてるんですよ。それが、何なんだろうな私の人生みたいな感じになって。それで作った曲が東京拘置所だったりとか。
あと「針鼠(ハリネズミ)」っていう曲を入れてるんですけど、人の顔色とか伺ったりとか、パートナーにどう愛情を注いでも何にもうまく伝わってないっていうときとかの、すごいむなしい感じとかを書いたりとか。
あと「網膜」って曲もそのときぐらいにできてるから、結構似たようなジャンルなんですけど、「こんなに愛しても何も伝わってない」っていうか、自分が欲しいものも1ミリも返ってこない。何なんだろうみたいな、そういうのは今回はアルバムの中に多分入ってるんじゃないかなって思います。
でもやっぱり愛しているから結局は与え続けるしかないし、そこで何か見えてくるものはあるかどうか分からないけれど、それでも結局続けていくしかないよねみたいな感じの曲ですね。
今回出したのはそういうアルバムなんじゃないかなって。
安東まつ:
なるほど。ありがとうございます。曲もちょっとインタビュー前には聴けてないんですけど、聴きたいなって思ってるので、また聴かせていただきます。
Leina Karen:
ありがとうございます。
安東まつ:
もしも未来の質問っていうのをちょっとしてるんですけども、もし中学のときにいらっしゃった彼と出会っていなくて、歌手になるぞっていうきっかけがなかったとしたら、今何されてるかなって思いますか。
Leina Karen:
何だろうな、でもデザインか役者やってるかもしれないですね。演劇はずっとやりたかったので。結局そういう仕事をしてたんじゃないかな。なんか舞台に出たりとか、何か作ったりとか、物を作るのがすごい好きで、絵を描いたりとかも好きですけど。
ライターも8年できたのは、「物を作ってる」っていう意味で8年続けられたと思うので、何か作ってるのが好きなんですよね。だから舞台の脚本とかも書いたと思いますし、もし歌手やっていなかったら、そういう方に多分行ってたんじゃないかなと思いますね。
行きゃあいいのにね(笑)今でも行きゃあいいんだけど……って思います。
安東まつ:
作ることのどういうところが好きですか。こういう状態に自分がなるから好きとか、何かできるものに対して気持ちがあって楽しいと思うのか。作ることのどういうところが楽しいなって思いますか。
Leina Karen:
なんかね自分の世界を作ってる感じがするんですよね。自分の世界を最初から。
例えば部屋を選ぶときとかもなんかそんな感じじゃないですか?なんかどの色のカーテンにしようか、この色のカーテンにしようかとか、この家何色にしようみたいな、シルバニアファミリーみたいなことですよね。あれが結局好きなんでしょうね。
安東まつ:
なるほど、0から作り始めるわけじゃないですか、それが何か目に見える形になっていくっていう?
Leina Karen:
そうです。でも作業も楽しいんですよ。なんか今もうね、ずっとデザインの仕事してますけど、もうカチカチカチカチやりながら何か作ってること自体がもう楽しくてしょうがなくて。今、目下の悩みは楽しいので仕事してると遊んでるんじゃないかと思うくらい(笑)
遊んでんじゃないかと思われてたらどうしようと思って、なんかいらない作業とかしちゃったりするんですよ。なんか持ってくとか、重いものを運んでる人がいたら急に行っちゃうとか。「それやらなくていいですよ?」って言われちゃいます。
安東まつ:
ご自身的には0から作ってくっていう作業はいくらでもできるんですね。
Leina Karen:
もうほんと幸せですよね。
安東まつ:
ありがとうございます。ちょっとここは話し足りなかったなとか言い残したなとか、最後例えば聞いてくださる方へのメッセージでもいいですし、最後に何かあればっていうのでお伺いしてます。
Leina Karen:
アルバムを9年ぶりに作れたことが嬉しいです。
なんていうのかな、パーフェクトではないかもしれないんですけど、自分の今できることは全部注いで作ったし、聴いてくださった方が「もうあなたの人生そのものだね」って言ってくれたことがあって。
多分その人に自分の事情を色々話してるから余計にかもしれないんですけど「これはこういう時期のこういうことなんだろうなと彷彿とさせる部分もあったし、人生そのものみたいな曲だね」っていうふうには言っていただいたので、何かこれを機会に色んなご縁があるといいなとはすごく思ってます。もしよろしければ、ぜひアルバムを聴いていただきたいです。
あとがき
はっとするような声の方だった。
インタビューをしていると、言葉が先に入ってくる人と声が先に染み込んでくる人がいて面白い。レイナカーレンさんの声は、豪快にうねる波や澄んだ水中、伸びやかな地平線が浮かんでくるような、そんな印象だった。海を眺めているときの一抹の寂しさみたいなものも感じつつ、あっけらかんとした口調やお茶目な一面も素敵だった。その海の上を漂っているかのような時間。インタビュアーとしては錨をしっかり降ろしておいた方が良いのだろうが、そのまま流されてしまいたいと思うようなインタビューだった。
YouTubeに上がっているライブ映像を見ると、また彼女の新たな顔を見ることができる。いつもは曲を聞いて気になったアーティストのインタビュー記事を読み漁ることが多いのだが、インタビューを入口に曲を聞くというのも面白いなと思っている。
【インタビュー・あとがき:安東】
【編集:komima】
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