自分らしく生きられる日本人がたくさん増えればいいなと願う人
むかしむかし、ある村に、やさしい心を持つ「願い」という名の女性が住んでいました。願いは、村人たちが自分らしく生きることができずに悩んでいる姿を見かけては、心を痛めていました。
ある日、願いは村の広場で宣言しました。
「みなさん、自分の心の声に耳を傾けてみませんか?」
最初は戸惑う村人たちでしたが、願いは一人一人に寄り添い、話を聞いていきました。
「わたしは絵を描くのが好きだけど、両親は商人になれと言うの」と若者が打ち明けると、願いは「あなたの絵には魂が宿っていますね」と励ましました。
「私は畑仕事が好きだけど、女性だからって笑われるの」と少女が語ると、願いは「あなたの手から育つ作物は、きっと特別なものになるでしょう」と答えました。
次第に村人たちは、自分の心の声に従って生きることの喜びを知っていきました。絵師になった若者の作品は多くの人々の心を癒し、農家になった少女の野菜は評判になりました。
願いはよく言っていました。
「一人一人が違うように、生き方も違って当然。それを認め合える世界こそが、本当の豊かさを持つのです」
やがて、この村は「ありのままを祝福する村」として知られるようになり、多くの人々が訪れるようになったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年09月10日10時31分に書く無名人インタビュー1161回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは ひろひろ さんです!
年齢:30代前半
性別:男
職業:飲食店店長
現在:目立たないように、人と同じようにっていう姿勢は全くないですね。
qbc:
今何をしてる人でしょうか?
ひろひろ:
そうですね。僕は今本業で飲食店の店長をやっておりまして。そこから、現代の採用の難しさとか、一緒に働いていく若手の人達と、もともと社会に出て働いてた上のベテラン層との価値観のギャップ、乖離が大きくなっていってるなぁというのを感じて。
で、若手が高校生大学生から就職して社会に入ってきますけど、やっぱり学生の間から社会人として何たるかという教育が行き届いてないことによって、いきなり違う世界に飛び込んで、適応できないまま早期離職してしまうことが多いんじゃないかなっていうふうに感じまして。それを解決するために情報発信をしているというところですね。
qbc:
ありがとうございます。情報発信というのはどういう風なものですか?
ひろひろ:
Xを使って、例えば、遅刻はなんで遅刻しちゃいけないのかとか。人と一緒に働くって自分のことだけ考えてたら駄目なんだよ、権利と義務のバランスを取っていかないといけないんだよとか。そういったその学校の授業ではなかなか教えてくれない、触れられないような、社会性を高めるといいますか、そういった発信をしております。
qbc:
始めたきっかけで、大きいものとかってありますかね?
ひろひろ:
そうですね…僕の中で印象的だったエピソードが一つありまして。
飲食店なので、15時から18時が暇な時間帯になるんですよ。その時間帯に休憩をしてた高校新卒の社員がいたんですけど。3時間も休憩があるので、まぁ別にお店にいなくてもいいよみたいな、一旦家に帰っても大丈夫だよみたいな感じなんですけど。そこで、帰ったっきり、誰かと会ってたのか分かんないですけど、お店の方に連絡があって。「今僕の人生を変える大きな決断のタイミングなんで、今日はお店に戻れません」みたいな連絡があって、そのままシフトをばっくれくれてしまうみたいな。
そんなことがあって、やっぱりそれっていうのは責任感の欠如とかもあったのかなぁと。で、そういったものを学生のうちにきちんと指導する場面っていうのがなかなかないのかなぁって感じたのが、やっぱり在学中からたくさん社会性について教える機会、学ぶ機会を提供してあげないといけないのかなって思うきっかけになりましたね。
qbc:
なるほど。ちなみにその方はその後どうなったんですか?
ひろひろ:
そこから連絡が取れなくて、音信不通ですね。
qbc:
あ、なるほど。
ひろひろ:
もし本当に、ただただ仕事が嫌でばっくれるだけだったら連絡入れないと思うんですね。だから一旦連絡は入れてきたものの、その後どうなったのか分からないっていうのがちょっとよくわからなくて。
qbc:
はいはい。
ひろひろ:
でも本人にとって何か変化のきっかけがあったのか、それとも逃げるための言い訳だったのか。でもそれならなんで連絡してきたのかなぁとか、謎が深まるばかりな案件でした。
qbc:
ちなみにそれはいつ頃の話なんですか?
ひろひろ:
それが、2年前とかですかね。
qbc:
で、情報発信を始めたっていうのはいつ頃なんですか?
ひろひろ:
それが半年ぐらい前ですかね。
qbc:
今現在の活動の充実度っていうのは、自分の中でどれぐらいなんでしょう?
ひろひろ:
少しずつ…なんでしょうね、知ってくれてる方が増えてきてて。やっぱりその国数理英社とかそういう学校教育とはまた違ったものですけど、その社会性を高める主体性を高める人と働くってどういうことかを学ぶという意味で、教育だと思うので。その教育に興味関心がある方々とのコネクトができて、「ああ、今ものすごく社会的に求められてる需要のあることを発信されてるんですね」って言ってもらって、こんな面白い人がいるんだよって紹介づてで色んな人にご縁が繋がっていくようになったりであるとか。
その甲斐あってXのフォロワーは2000人を突破してますし。その教育の世界であったイベントに参加させていただいて、出会った方々と何かイベントを起こしてみようかっていう動きがあったり。そういった形で少しずつ物事が前に進んでいってる形があってすごく充実しております。
qbc:
その気持ちとしてはいかがでしょうか?今現在の活動を見て。
ひろひろ:
現状はマネタイズしてないですけど、やっぱり継続的に回していくためには資金が必要になってくるので、どうやって収益化を図るかっていうところを考えていきながらやっていく必要があるかなとは思ってますね。
qbc:
喜怒哀楽とか、そういうふうな感情はどうですか?
ひろひろ:
ああ、感情としては、やはり知らなかったことを知れる、新しい人と繋がれるっていうので、ワクワクが強いですね。
qbc:
どういった人たちと繋がって、一緒にやろうみたいな話になってるんですかね?
ひろひろ:
教育に興味関心がある人達なんで。小学校、中学校、高校の先生経験者とか。教育長に在籍してた実績がある方であるとか。あとは学生の頃に全国各地のボランティア団体総勢2000名の学生をまとめてた実績がある方と繋がったりであるとか。そういった形でのご縁が多いですかね。
qbc:
具体的に、こういうことをしようみたいな話になっているんですかね?
ひろひろ:
ちょっと今検討中で、それを決めるミーティングをいつにしようかっていう形で、予定を今組んでるところですね。
僕としては、情報発信してる人間なんで、企業研修なんかに呼んでもらって、若手に情報発信をより一層間近で届けられるようになったらいいなとか。
あとはそのイベントを開催して、同じ課題悩みを抱えている人達を集めて、きちんとニーズをヒアリングしたりであるとか。そういったことができるといいなとは思ってます。
qbc:
なるほど。具体的にその社会性とか責任感とは、具体的に何を伝えなければならないということなのでしょうか?
ひろひろ:
責任感ですかね。
qbc:
どういうものなんですかね、責任感というのは。
ひろひろ:
僕にとっての責任感は…やっぱりその社会に出て仕事をするっていうことは、お金をもらうということでお金をもらうということは、お金を払ってくれる人に対して、彼らが求めてる価値をきちんと提供するっていう責任を負うっていうことだと思うんです。
なので、例えばうちは飲食店ですけど、ご飯を提供する、でもご飯を食べれたらお金になるのかって言ったらそうじゃなくて、ご飯を食べてる楽しい時間を提供するために居心地の良い空間が必要になりますし、気持ちの良い接客が必要になってきますし、そういった諸々を価値として提供しているから、ありがとうを集める証明としてお金がもらえる。そのお金が僕達の給与になってくるっていうところのお金の理解。そのお金が回っていることに対して、責任を全うする、仕事をきちんとする。そういったそのやり切る責任っていうのを伝えていくことかなと思います。
qbc:
その今一緒にやろうという人達は教える側じゃないですか。教えられる側とのコミュニケーションというのは今あったりするんですか?
ひろひろ:
現状はなかなかそこがなくて。一応その教育関係で知り合った人の中に、今現在大学生で、教育に対する熱意があるからボランティアでイベントに参加してるとかっていう方とも繋がりはしたので。その現状の教わる側としての目線で、何を感じてるかっていうような話はしたことはありますね。
qbc:
当たり前な気がするんですけど、なんで若手の人達っていうのは社会性がないんですかね?責任感がないんですかね?
ひろひろ:
やはり学校側、文科省の設定する教育カリキュラムもそうですし、学校側もそうですけど、進学のための学びになってしまっているっていうのが大きいかなと思います。
やっぱりその高校であればいい大学に進学させられた実績みたいな、大学であればいい職場に就職させられた実績みたいな。自分達の評価というか実績作りのために教育をとらえてしまっているっていうところがあるようには感じるんですが。
でも結局のところ僕はその教育の内部のことを知らないので、学校教育の。なので先生達がどんな思いで、若手の方、お子さん達に触れあってるのか接してるのかっていうのは知らない、外からの、勝手な一方的な視点での発言にはなってしうのであれなんですけど。そういうふうには感じてましたね。
qbc:
ひろひろさんご自身は、責任感を持つというのは、どうやって身につけていったんでしょうかね?
ひろひろ:
僕は、経歴が不思議な方で。
えーと、中学卒業して、高校が定時制だったんですね。で、定時制高校でも今は授業カリキュラムを自分で組むことができる所も増えてて、3年で卒業できる定時制も当時からあったんですよ。ただ、僕が気になって行きたかった高校は4年の在籍が必須の高校で、19歳で卒業だったんですね。で、19歳で卒業と同時に入社した飲食店に、もう11年目なんですけど、ずっと在籍してるような形で。
qbc:
はいはいはい。
ひろひろ:
あんまり外の社会のことを知らないんですけど。中学までは普通の義務教育を受けて、高校では、定時制っていうこともあったんで、アルバイトが推奨されるような環境だったんですよ。で、アルバイトしてると、じゃあ最低賃金が上がるから、お前たちも給料上がるぞっていうようなことを授業中に話に出たりであるとか。じゃあなんで最低賃金は上がるのかとか。じゃあ例えば遅刻しますってなったら遅延証明書をちゃんと持ってくんだぞとか、遅刻するときには必ず職場に一旦連絡を入れるんだぞとか。そういう基本的な事を授業以外で先生達から教わる機会が多かったですね。
qbc:
あっ、どういうタイミングで、そういうのを教えられたんですか?
ひろひろ:
ホームルームの時間とか、あとはその社会の授業の中とか。そういったところですかね。
あとは文化祭みたいなことをやってる時に周りと連携する協力するっていう話の流れから、職場でもそうでしょ、アルバイトでもそうでしょみたいな話になったりであるとか。そういった、色んな場面でそんな話はありましたね。
qbc:
なるほど。じゃあそこらへんは理想というか。
ひろひろ:
そうですね。
qbc:
どれぐらい教えればいいものなんですかね?どれぐらいの時間とかどれぐらいの量とか。
ひろひろ:
多分こういう話って、感覚的に理解していくようになるものだと思うんです。人に迷惑をかけないためには、正しい情報を伝えてなければならない。だから情報共有が必要だ。
そのためには、伝えるではなく、伝わるが必要だ。
そのためには、じゃあ分かりやすい言い回しをしよう。
そのためには5W1Hで話をしよう。
だけど、事実や情報だけを伝えるだけでは、人と人とのコミュニケーションが足りなくて、配慮や感情に寄り添ったものの伝え方も必要だよね、みたいな形で色んなことに波及してくると思うんで。
時間とか教える回数というよりは、質感を理解してもらうために、継続的に言い続けないといけないものかなっていうふうには思います。
qbc:
その4年間にわたって行われてたって感じなんですよね。
ひろひろ:
そうですね。
qbc:
その先生と具体的にその当時の職場での話とかってされたりするもんだったんでしょうかね?
ひろひろ:
当時は仲のいい先生とかも多かったというか。何でしょうね、定時制高校なんで、やっぱり年齢が違う同級生もたくさんいたものですから。また経歴も違いますし、全日制高校に行かない、行けない理由もそれぞれありましたし。そういったそのバックグラウンドが違う者同士が集まった一つの教室の中で、コミュニケーションを取りながら何か一つを成し遂げていくっていうのが、おそらく同じような環境同じような家庭環境でセグメントされた全日制高校とはまた違った難しさも多々あるクラスだったんですよね。
なので先生達っていうのが、生徒に寄り添う姿勢がものすごい強い学校だったんで。もともと先生と生徒の仲っていうのはすごくよくて。なので、学校で、アルバイトはどうだった?家庭ではどうだった?っていうような話は、結構盛んに生徒が先生にするような環境でしたね。
qbc:
1クラス何人ぐらい?
ひろひろ:
その生徒一人ひとりをきちんと見てあげるためっていう意図があったようなんですけど。その年は120人入学して6クラスに分かれたんで、1クラス20人しかいないんですよ。
qbc:
あ、そんな感じなんだ。年齢幅ってどれくらいあるんですか?
ひろひろ:
高校一年生、16歳の代もいれば、30、40代の人とかもいましたし。
qbc:
割合としては?
ひろひろ:
20人中、高校1年生のクラスで16歳以外の人っていうようなくくり方でいえば、20人中3人ぐらいは年齢が違う人でしたね。
qbc:
ああ、なるほど、なるほど。じゃあ今ひろひろさんがイメージされている教育の場っていうのは、そういう状況を想定されてたりします?
ひろひろ:
そうですね。やっぱり、授業で社会を知るっていう授業があってもいいとは思いますけど。授業で扱うというよりは、その体験体感するという意味で、知ってもらうもそうですし、例えばインターンに参加してもらうもそうですし、社会人経験のある先生がそれを説いて伝えるっていうのでもそうですし、たくさんたくさん知る機会やイベント、教えてくれる人達との接点っていうのを作っていくような教育を想定してますね。
qbc:
ありがとうございます。ひろひろさんは、性格は人から何て言われたりします?
ひろひろ:
えー、性格は…外交的というか、その初対面の人にも普通にリラックスして接することができるであるとか。感情的なものの考え方決定よりも論理的なものの考え方決定をするであるとか。あとは決断が早いであるとか、そういったふうに言われますね。
qbc:
自分ではどんな性格だと思われますか?
ひろひろ:
僕もだいたい周りが見てる僕と同じ性格をしてるんじゃないかなとは思ってて。これをしなきゃいけないけど、これはやりたくないんだよなあって思うような性格ではなく。これをやらなきゃいけないから、どうしたら苦労せずにそれがやれる習慣を作れるかとかを考える節が多かったりするんで。概ねそういう性格なんじゃないかなとは思います。
qbc:
距離の近い人、家族とか、パートナーとか、親友とか、そういう近い人から言われる性格の一面ってありますか?
ひろひろ:
うーん、破天荒みたいな感じですかね。
qbc:
それはご自身ではどう思われるんですか?
ひろひろ:
これもまた、だいたい合ってるかなと思うところがありまして。やっぱり、目立たないように、人と同じようにっていう姿勢は全くないですね。
qbc:
はいはい。エピソードを具体的に教えてもらえると。
ひろひろ:
例えば、その定時制高校は私服通学だったんですけど。その服装が、ホストっぽいというか。当時は定時制高校に通う子達っていうのは、もうTシャツ、パーカー、リュック、メガネみたいな感じの子が多い中で。あとはまた逆に不良が多くて、金髪短髪ピアス空いてて、ズボンは腰で穿いて、タバコを吸ったり酒を飲んだりみたいな子達が多い中で。明らかに異質な見た目をしているにもかかわらず、そのまま生徒会長をやっちゃうとか。
qbc:
はいはいはい。
ひろひろ:
もう、その高校の歴代の生徒会長の中で、全然質感が違う人みたいな風には、先生達の中では言われてたみたいです。
あとは、こういう活動もそうですよね。普通の人はおそらくそういうことをしないとか、目立たないようにとか、普通に働いて普通にお金もらえる方法を考えると思うんですけど。そうではなくて、本当に社会課題になってるものは何か、それを解決するために自分は何ができるか、何かをするために何をしなければならないかを考えて動いてしまうっていうのは、一般的ではないなとは感じます。
qbc:
なるほど。趣味は?
ひろひろ:
趣味は、ドラム叩いてますね。
qbc:
バンド活動をしているとか?叩いているのはどういう感じですかね?
ひろひろ:
今は仕事が忙しいので、バンドとかは組んでないですけど。家に電子ドラムがあるので、それを叩いて練習をしてるとかそんな形で。学生の頃は軽音楽部にいたんで、その名残ですね。
qbc:
どんな楽曲を叩かれるんですか?
ひろひろ:
ロック系とか。ON OK ROCKとかで有名になったラウドロックとか、その手のジャンルを好きで叩いてます。
qbc:
叩いてる時って、どんな気分で叩いてるんですかね?
ひろひろ:
楽器の特性上、ギターとかはそのメロディーというか音の工程を作るような楽器ですけど、ドラムってリズム、速さ、一定さ加減を作り出す楽器なんで。
メトロノームの音と全く同じように、自分が思う叩き方をしてきちんとスピードが維持できたり、はたまたバンドでやってた頃は、そこのスピードに他の楽器が乗ってくれることによって、全体で作ってる楽しさっていうのを体で感じれるっていうのがすごく気持ちがいいなと思いながらやってます。
qbc:
ありがとうございます。
過去:僕はそういうのに負けるのすごく嫌いな人なんで。もう絶対負けないかんなみたいな。逆に燃えたぎってる感じで。
qbc:
過去について聞いていきたいと思います。子供の頃はどんなお子さんでしたでしょうかね。
ひろひろ:
一日中外に出て遊んでいるような腕白な子だったようですね。
qbc:
どんなことをして遊んでいましたか?
ひろひろ:
公園に行ってブランコだったり、色んな公園を一日で巡って、その公園に来た全く知らない子に話しかけて一緒に遊んで友達になったりっていうのをひたすら繰り返してるような子でしたね。
qbc:
もっと小さい頃、幼稚園とか、そんな小さい頃はどんな感じだったんですかね?
ひろひろ:
ちっちゃいころからずっとそんな感じでした。
qbc:
どんな遊びをしてたとかって覚えてらっしゃいます?
ひろひろ:
幼少期はもう鬼ごっこだの、公園の遊具を使うだの。あとは小学校1年生ぐらいの頃になると、折り紙やお絵かきが好きだったり。小学校3年生ぐらいになると、そこからバスケットボールが好きで、毎日のようにバスケットボールやるようになったり。
qbc:
はいはい。
ひろひろ:
小学校5、6年も同じくでしたね。そのまま中学もバスケ部に入ってみたいな形なんで。
基本的に運動。お絵かきとかもやってはいましたけど、運動系でずっと遊んでたような感じです。
qbc:
バスケは、どこが好きだったかってありますかね?
ひろひろ:
うーん、決められたところに点を入れる。それが自分よりも背が高い場所にあるから、技術が必要とされる。その技術を磨くというのが楽しかったですね。
qbc:
その技術を磨くっていうところだと、他のスポーツもそうじゃないですか。バスケ特有の何かみたいなのはありました?
ひろひろ:
なんだろう…。サッカーとかだと足だとコントロールが難しいなって感じてて。
qbc:
はいはい。
ひろひろ:
でもバスケットボールって手でコントロールするんで、手の方がコントロールしやすいぞっていうところから、うまくコントロールできた時の達成感や楽しさを多分感じやすかったんだと思います。
qbc:
小学校の、学校という場では、教室の中ではどんな存在でした?
ひろひろ:
なんか話しかけられたり、話題にあがったりすることが多くて、なぜかうるさくて目立っちゃってたような子。
qbc:
はいはいはい。
ひろひろ:
ですけど、だからってそのふざけて遊んでるだけの子ではなくて、提出物とか勉強とかもちゃんとやってはいたので。
夏休みの宿題も、夏休み前の最終登校日、家に帰ってきてそのまま夏休みの宿題スタートして、夏休みの後半は全部宿題終わってるからあと遊ぶだけだぜみたいな過ごし方をする子だったんで。ふざけて遊んでるうるさいやつだけど、やることはやってるみたいな、感じでした。
qbc:
中学校はどんな感じだったんでしょうかね。
ひろひろ:
中学に入って陰鬱な時期を過ごすことになって。小学校5、6年あたりからいじめにあってたんで。で、中学入ってもそのいじめてきた奴らがそのまま同じ中学校に通うことになり、あいつはいじめられてるやつなんだぜっていうのを他の子にも吹聴することによって、結局僕がいじめられてる状況っていうのは中学3年間ずっと続くんですね。
なのでちょっと陰鬱になりながらアニメオタクになって、こうジメジメした感じを3年間過ごすことになります。
qbc:
なんでいじめられたかみたいなのってありますかね?
ひろひろ:
家庭環境はあんまりよくなかったんで。両親は5歳で離婚してますし、母方に引き取られましたけど、僕が7歳の頃に母の友人と母が再婚して。
ただ、再婚相手が経済能力が低いし、一般的な正常な思考がちゃんと出来ない方なのか、お風呂のない6畳一間、その再婚相手がずっと住んでた家に家族3人で暮らすことになってしまったりとか。
qbc:
ん?どういうことですか?
ひろひろ:
再婚相手の方が住んでたのが6畳一間の風呂なしの家なんですよ。で、母と僕はそこへ転がり込むような形になりまして。
で、経済的にも裕福ではなかったので、引っ越しもできず、そのまま中学3年までそこで生活することになります。
qbc:
ワンルームに3人ってことですよね?
ひろひろ:
そうです。なので、お前んところ貧乏だよなみたいないじめから始まり。で、そのうち家にお風呂がないっていうことがばれ、臭いだの汚いだのと言われ…っていうような形でのいじめですね。
qbc:
その時ってどんな気持ちで日々過ごしておられたんですか?
ひろひろ:
うーん、嫌な奴らだなとは思ってましたけど。当時からそういういじめに屈して自殺してしまう子とかも話にはあがってはいましたけど、僕はそういうのに負けるのすごく嫌いな人なんで。もう絶対負けないかんなみたいな。逆に燃えたぎってる感じで。
なんか教科書とか筆箱の中身とかを女子トイレの中にぶちまけられたこともありましたし。なんでしょうね。色んなゴミを投げ捨てられたり、あてられたりっていうのもありましたけど。そういうのも、何人かは正常な思考を持った友達が居たり、協力者がいたりもしたので、女子トイレに物投げ入れられたら女子のクラスメイトに「ごめん、取ってくれない?助けて」って言ったりとか。寄り添ってくれる人がいたり、助けてくれる人がいたりしたんですね。
ものを投げてくるとかいう場面でも、あ、これ、今俺に投げようとしてんなっていうのを察知してよけてみたりであるとか。そう簡単にやられてたまるかよみたいな姿勢でずっと3年間過ごしてましたね。
qbc:
なるほど。自分の家庭環境に対してはどういう風に感じてたんですか?
ひろひろ:
再婚することに関しては母の自由だとは思うんで。離婚もそうですけど。
そこは別にいいんですけど、その後の生活がそれものなのは、お風呂がないっていうのは、僕も生活はしづらかったですし。
銭湯に行かなきゃいけないし、銭湯も毎日入ったらとんでもない金額になっちゃうから毎日は入れないし。じゃあ入れない日はフェイスタオルとかハンドタオルとかを濡らして体を拭いてとか。頭は給湯器から出てくるお湯でシンクの上で洗ったりとか。
本当にやりづらい生活しづらい時間を過ごしたんで、そこに関しては、なんでこうなってるのかなぁ?みたいなのは、漠然と疑問っていうような形で過ごしてました。
qbc:
そういう時に相談する人とかはいたりしたんですか?
ひろひろ:
いないですし、そもそも相談では物事を改善できないと思ってたので、幼いながらに。
大事なのは相談じゃなくて、実行できる力が自分にあることだと思ってたので。大人になるまでは、発言力とか経済力とか行動の幅、アルバイトさせてもらえる年齢かどうかとか、そういう条件が揃うまでは耐え忍ぶべきだなって思って耐えてましたね。
qbc:
ありがとうございます。高校生活自体はいかがだったんですか?
ひろひろ:
高校は、小学校から中学になるにあたって、結局いじめが継続してしまったことを鑑みて、中学のメンバーが誰も行かない高校に行って心機一転を図ろうとするんですね、僕は。
qbc:
それって、自分自身の考えで?
ひろひろ:
そうですね。小学校から中学校に進むにあたっての経験を生かして、同じ事を繰り返さないっていうところから。
で、やはり全日制高校に行けるか行けないかっていうのは、ずっと中学3年間の不安点・懸念点ではあったんですけど。結局やっぱり制服買えないとか、そういう話もあって、定時制の私服の高校になったんですね。
でもやっぱり誰も知らない地に行って、本来その家庭環境が良いか悪いかを知らない相手と関われば、同じ土俵に立ってる相手として接してもらうことができればいじめは無くなると思ってたんで。片道1時間ぐらいかかる所にある高校に僕は行ってました。毎日。
qbc:
高校生活自体はいかがでしたか?
ひろひろ:
高校が、結局僕のその考えがヒットして、全くいじめはなくなって。で、年代的、年齢的にいじりはあったような年代ですけれど、いじめは無くて。で、僕らしさが一番活きた4年間だったんじゃないかなというふうには感じます。
qbc:
楽しい、楽しくないで言うと?
ひろひろ:
とっても楽しかったですね。
qbc:
何が一番楽しかったですか?
ひろひろ:
うーん、新しい事に出会えるし、自分が好きなものが何だったのかに気付けるし。
アルバイトできるようになったことで、学校と友達だけじゃないコミュニティに属することができることによる発見があったりであるとか。そういうその自分の世界が広がる感じがとても楽しかったですね。
qbc:
新しいことで覚えてることあります?例えば、こういうこと知ったんだよねみたいな。
ひろひろ:
中学3年間それものだったんで、彼女いなかったんですよ。
高校に入って、当時はミクシィというSNSが流行ってた時代ですけど、そこを通じて彼女ができたりとかであったりとか。
あとは、ずっとアニメオタクとして3年間やってきたんで、アニメオタクの性質も引きずった状態ではあるんですけど、ちゃんとした学生になりたいっていうところから勉強もちゃんとやってましたし。勉強は出来るのにアニメオタクで、かつ定時制高校なんで不良が多いっていうところから、友達は不良なんで不良ともつるんでるっていう。なんだかわかんないカテゴリー、ジャンルの人間にはなったんですね。なので結構悪いこともしましたし、高校生時代は。
でも勉強はできるし。中学校から勉強はしてたんで。お金がなかったんで、奨学金をもらって高校へ行ってたんですよ。で、その奨学金の返還免除の項目に成績が優秀であることっていうのがあって。で、僕はどうしてもそのお金を返還せずに貰って卒業したかったんで、勉強はずっと続けてたんですね。で、結局4年間で960,000円もらって返還免除対象学生として卒業していくことになるんですけど。
不良なのか優等生なのかオタクなのか何だかわかんないみたいな。それでありながら、性格は尖ってるし、奇抜な服装をしてるし、生徒会長をやってるし、お前はなんなんだ?みたいな。そういう形で、色んなことを吸収した4年間でしたね。
qbc:
アニメは何が好きなんですか?
ひろひろ:
その年、その年で色々ありましたけど、深夜アニメだけで27本とか見てた時代だったんで。
qbc:
はいはいはいはい。
ひろひろ:
なので、当時は今みたいにネットの流通がそんなにちゃんとしてなかったんで、ワンセグ機能で録画してとか。
qbc:
あぁ。はいはいはい。
ひろひろ:
それを録画設定を1週間分すべてのアニメに組み込んで、毎日毎日寝てる間に録画してもらって、学校から帰ってきたらそれを消化するみたいな。
qbc:
住環境とかはどういう状況でしたか?その時の住んでいる場所は、どうなっていたんですか?
ひろひろ:
中学3年生までは、結局六畳一間なんですけど。なんだったら途中でおじいちゃんも引き取って。4人で大変なことになったんですけれど。
qbc:
おじいちゃんっていうのは誰のおじいちゃんなんですか?
ひろひろ:
母方のおじいちゃんがもう限界で、引き取ってくださいって国の方に言われちゃってみたいな。
qbc:
ああ、一人暮らしだったんですか?おじいちゃんは。
ひろひろ:
あ、そうでしたね。
qbc:
なるほど。
ひろひろ:
生活保護を受けてたんで。高校になると同時に、生活保護を使って引っ越しをさせてもらえることになって。で、その時には普通にいい暮らしというか、普通の暮らしにはなったんで。だいぶ落ち着いてましたけど。
六畳一間の時から、その再婚相手の養父が清潔感がない人間だったんで。家の中にゴキブリが多発するんですよ。なので、引っ越し先でもそんな生活に途中からなってしまって。僕の部屋だけはゴキブリが出ないようにしようって最大限やってましたけど、やっぱり入ってきちゃうじゃないですか。同じ部屋、同じ家ん中だと。なのでなかなかそこら辺だけは苦しんだ覚えがありますけど。家の中のどこの場所なのかによって、ゴキブリの出現頻度が全然違うみたいな感じにはなってました。
qbc:
なるほど。高校4年間の一番のエピソードとかってありますか?
ひろひろ:
4年間の一番のエピソードは、卒業が近くなってくると、卒業式とは別に、その卒業生を送る会みたいなのがあるんですけど。僕は軽音楽部だったこともあって、そういう場では、演奏する場所を提供してもらったりしてたんですけど。僕の親友が暴力事件というか生徒同士の喧嘩を起こしてしまって退学になってしまって。で、翌年再入学して、同級生だったのが後輩になっちゃったんですね。
なので僕が4年生の頃に元同級生である後輩に送られることになるんですけど。一緒にバンド組んでたんで、自分が送られる側だけど、自分も演奏に出るっていう年があって。そんでただ、その一緒に演奏に出たバンドメンバーである元同級生の後輩っていうのを送る側なんで。感慨深いものをお互い胸に抱きしめながら演奏するんですよ。
で、最後演奏終わった後、ステージ上で抱きしめあったりとかするのを見て、若いねぇみたいな形で、他の学生たちも歓喜を起こすみたいな。っていうのがすごく印象的でしたね。
qbc:
なるほど。その時は何を弾いてたんですか?
ひろひろ:
それはアーティスト名とか曲名を伝えればいい形ですか?
qbc:
はい、そうですね。
ひろひろ:
2、3曲やったんですけど。スパイエアーの『サクラミツツキ』っていう曲と、ええと、BUMP OF CHICKENの『友達の歌』っていう曲ですね。
qbc:
はいはい。ご両親からはどのように育てられたというふうに思っていらっしゃいますか?
ひろひろ:
とにかく何でも言語化されながら育てられた気がします。
qbc:
ああ。例えばどんなことですか?
ひろひろ:
えっと、なんて言ったらいいんでしょうね。お前は恵まれてるんだからしっかり生きろ。じゃあその恵まれてるっていうのはなんだっていうと、戦争が終わった焼け野原からお前の先人達っていうのは何もない中から自分達の手で作り出しながら苦労して汗水たらしてこの日本を作ってきたんだぞ。お前はある状態から育ってるんだから、そこへ感謝をしながら、自分が今度提供してやる側に回る決意と責任を持って生きろ。っていうようなことを言われたりであるとか。結構ガチガチな感じでしたね。
qbc:
それを聞いて、ひろひろさんはどういうふうに思ってたんですか?
ひろひろ:
ああ、でもやっぱり、子供の頃っていうのは親が世界で親がルールなんで。ああ、そうなのかと思って、聞いて学んでるうちに自分も言い回しは親に似てきちゃいますし。発想思想もだいぶ似てきちゃいますし。今でもやっぱりそういうのは色濃く残ってるんじゃないかなと思いますね。
qbc:
なるほど。で、高校卒業後は就職?
ひろひろ:
そうですね。
qbc:
多分重要な所であると思うんですけど、時間の関係で端折っちゃう形になるんですが、どんな10年間でした?一つの所だったというところで。
ひろひろ:
父親という父親がいた経験がない中で、就職して上司に出会うわけですけど。その上司が、人格者というか、仕事ができるというか。小さい会社なんであれですけど、ナンバー2ぐらいまで出世したんですよ、その上司は。で、その上司に直接教えられてるんで、僕の中に生きてる教えられたこととか、仕事の進め方とか、細かいルールであるとかっていうのは、やっぱ社内にいる誰よりもきちんとしてるものが僕の中に残ってるんですね。
なので、何か分かんないことあったら大体僕のところに聞けば、その会社のナンバー2になった人が教えたことと同じ事が僕の中に生きてるので。まぁ、ひろひろに聞けば何も間違いないみたいなふうに社内で思ってもらえたりであるとか。
そういった形で、優秀な方から色んなことを教わったんで。そしてまた父性を感じないまま育ってきた中で、その上司は僕にとって兄であり、僕にとって父であるような接し方をしてくれてたんで。
まぁ本当に飲食なんで過酷なんですけど。全然家帰れないとか、店で寝泊まりして翌朝からそのまま勤務するとかもありましたし、非常に過酷なんですけど。その中から責任を全うするってどういう事なのか、やり切るってどういう事なのか、部下や後輩を守って自分が嫌な目をかぶんなきゃいけない場面ってどういうものなのかとか。それによって、仕事が円滑に回ることによって、お客様にどんな価値を提供するのが働くってことなのか。そして、それらを積み重ねた先に出世や評価や、それによる社会的信用や自分自身の人生の幸福度がどう変わっていくのかっていうのを、非常に学べた10年でしたね。
qbc:
なるほど。自分の人生の転換点ってどこにあると思います?
ひろひろ:
子供ができたところが一つと。
qbc:
ああ、はい。
ひろひろ:
あと、何度言ってもきちんと仕事をする意欲が芽生えない社員達というのをたくさん見てきた過程、の二つですかね。
qbc:
ご結婚自体はいつ頃だったんですか?
ひろひろ:
結婚は僕21でしてて。22の時に一人目が生まれて、25で二人目、28で三人目。
qbc:
あ、はいはい。
ひろひろ:
で、数ヶ月前に離婚しました。
qbc:
あぁ(笑)お子さんは?
ひろひろ:
すべて元妻が育ててます。
qbc:
差し支えなければ離婚した理由というのは?
ひろひろ:
激務ゆえですね。
qbc:
ああ。なるほど。
ひろひろ:
やっぱ父親としてやってあげられる事がほぼなくて。で、多分妻の不満はどんどん募っていって、1人目が生まれておかしくなって、2人目が生まれてさらにおかしくなって、3人目が生まれて、コミュニケーションが全く取れなくなりましたね。そういった形で離婚ですね。
qbc:
じゃあ一番上のお子さんもう小学校もう4年生ぐらいですか?
ひろひろ:
あ、いや、ああ、そっか。違うじゃん。だから違いますね。
qbc:
今一番上が6歳になったとこなんで。
qbc:
あぁ、はいはいはい。
ひろひろ:
だから、たぶん時系列が違いますね。そう考えたら。
qbc:
あぁ、でも今6歳ってことなんですね。ありがとうございます。
未来:自分一人が有能なままで終わるんではなく、いろんな人間と協力することによって、社会をより前進させた人間として死んでいきたい
qbc:
では未来について、お伺いしていきます。
最後、自分が死ぬっていうところまでイメージをしていただいて、その上で、どんな未来を今思い描けますかね?
ひろひろ:
社会に名を残したいっていうのはありますね。
qbc:
どのように名を残したいですか?
ひろひろ:
例えばアンドリューカーネギーとか有名ですけど。彼は自分の墓場に、「自分よりも有能な人間を使うことに長けた人間がここに眠る」っていう言葉を残してるんですね。
結局一人一人でできることって限りがあるんで、多くの人達のそれぞれ違った優れた能力をいかにかみ合わせるかが大事だったりする中で、自分一人が有能なままで終わるんではなく、いろんな人間と協力することによって、社会をより前進させた人間として死んでいきたいっていうのはあります。
qbc:
はい。
ひろひろ:
あとは、離婚してしまいましたけど、子供たち3人には何か残してあげたいなとは思いますね。父親としての責務もそうですし、財という意味でもそうですし。
qbc:
今、距離的には近い所に住んでらっしゃるんですか?
ひろひろ:
ああ、そうですね。住んでる市が一緒なんで。そんなに会うのは大変じゃない感じです。
qbc:
冒頭に出てた若手教育という部分で言うと、どういう規模だったり、どういう風になっていきたいというようなビジョンがありますか?
ひろひろ:
最初は企業研修に呼んでいただくみたいな形から入って、イベントをやって同じ仲間を集めて大きな旋風を社会に起こしたいっていうところから。最終的には学校に外部講師として呼んでいただいて。
最初は、出発点はすでに働いてる若手を指導するっていうところから、学校で最終的に働く前の人達に指導するような立場になっていきたいなと思います。
qbc:
もしもの未来への質問をしていて。もしも仮に中学校の時とかに、六畳一間ではなかったら、そういう家庭環境ではなかったらどういう人間になっていたと思いますか。
ひろひろ:
それはもう少し裕福だったらっていう話ですかね?
qbc:
そうですね、はい。
ひろひろ:
裕福だったら多分普通の人になってたと思いますね、僕は。
qbc:
どういう人ですかね?イメージされる普通の人って。
ひろひろ:
いや、もう普通に…全日制高校に行き、普通科に行き、大学に進学し、勉強しながら遊びながらバイトしながら就職し。22歳からの就職なんで、3、4年やって25、26ってとこですよね。で、その過程でおそらく結婚もするでしょうし、子供も30手前ぐらいで生まれるんだろうしみたいな。
そういう形で、多分普通に大学まで行けば、飲食店に就職ってこともないでしょうから。大手なり、朝9時から午後5時6時まで働いて、残業せいぜい2時間やって8時退社とかっていうような生活になるんじゃないかなと。
飲食店とかだと、結局店舗の営業時間に左右されるんで。遅い店舗に配属されれば、深夜1時まで働いたりとかも全然あるんですよ。なので多分そういう事がなく、日が昇ったら仕事をし、日が落ちたら仕事を終えて家に帰ってきての繰り返しだったんじゃないかなって思います。
qbc:
その中学校の時に、六畳一間で何を得たと思いますか?
ひろひろ:
何を得た?うーん、そうですね…難しいところですけど、人生の一番下、深淵を見たんじゃないかなと思います。
qbc:
その時って、友達との交流関係、人間関係はどういう風だったんですか?
ひろひろ:
友達は、普通に裕福な家庭もありましたし。なんでしょうね、お前のとこちょっと大変だよなみたいなふうに言ってくれるような友達でしたかね。
qbc:
あ、そうですよね。助けてくれる人達もいたっていうふうに話してましたもんね。
ひろひろ:
そうですね。金銭的援助はないですけど、気にかけてくれる奴らがいましたね。そいつらは今でも年に1回忘年会で会って酒を飲みかわすような関係性です。
qbc:
その昔からの知り合いの人達から見て、すごい変わったねって言われるタイプなのか、あのころのままだなって言われるタイプなのか、どういう風に言われます?
ひろひろ:
ああ、僕は変わらないねって言われますね。
qbc:
あ、なるほど、同じなんですね。
ひろひろ:
そうですね。僕の友人とかは年を追うごとに変わっていってるんですよ。
優しくなったなとか、気遣いができるようになったなとか、いろいろ思考が深くなったなとか、色々あるんですけど、僕は変わってないみたいですね。
qbc:
お話を聞いていて、その破天荒さっていうところ、一つの枠にはまりたくないなみたいなところは感じられるんですけれど。それと同時に、ドラムだったりとか、ルールこうあるべきだよねっていう、そのルールを壊す方と守る方、両方持ってらっしゃる感じがあるんですよ。
ひろひろ:
ああ。なるほど。
qbc:
で、そういうひろひろさんにとって、一番楽しい時っていうのはどんな瞬間なんですかね?何してる時が一番楽しいですか?
ひろひろ:
今勤務して11年目ですけど、6年目ぐらいに店舗異動が発生したんです。僕。で、その異動先っていうのが超大型店で売り上げが一番取れるお店で。で、しかもそこのお店が耐久性の問題でリニューアルオープンするっていうタイミングでの異動だったんです。
qbc:
はいはい。
ひろひろ:
で、体制が大きく変わるタイミングだったんで、また大型店なんで抱える部下の数も一気に増えたんですよ。ってなった時に、元いたスタッフからしたら上司が変わるだけなんで一人変わるだけですけど、僕からしたら部下全部が変わるんで、全然違う環境の中に混ぜていただくみたいな立場で上司としていくんですね。
ってなった時に、やっぱ周りからの前の店長の方が良かったみたいな拒絶反応がひどくて。結構大変で、うつ状態の一歩手前ぐらいまで行ったんですけど。それを、もうすでに積み立てられてたいい部分は残して、よくない部分はぶっ壊して、そこを一から自分色に染め上げて立て直すっていうのがすごく楽しくてやりがいがあって。そしてそれが未だに成果として残ってるがゆえに、店舗の問題なんで立地もありますけど、それを管理運営させ成長させることができた人間として、社内で名前が上がる存在になったんで。
そういう意味で、壊すと作るが好きっていうのは、すごく…、言っていただいて初めて気づいた話ですけれど、それをすごく感じたエピソードだったなと思いますね。
qbc:
不安もあるわけじゃないですか。そういうことって。そのこと以前にもそういう経験ってあったんですかね?
ひろひろ:
まぁその小学校から中学、中学校から高校に上がる時に、どんな人生になるのかっていうのは、常々フェーズが変わるごとに感じてはいましたね。
qbc:
あぁ。でも高校でも生徒会長もやられてるんですもんね。
ひろひろ:
そうですね。
qbc:
ありがとうございます。では最後の質問なんですが、最後に言い残したことは?っていうので。遺言でもいいし、読んでる人へのメッセージでもいいし、独りごとみたいになってもいいんですが、最後に言い残したことがあればお伺いしています。
ひろひろ:
ああ、そうですね。じゃあ読者に向けたメッセージみたいな形になりますけど。
日本人の方は、自分を殺して生きていすぎるような気がするんです、僕は。なのでもっと自分が思う自分らしい生き方、自分の主義主張を通した生き方をしつつ、それが通しても許されるような配慮も必要だし、通せる力も必要だし。そういったものを手にしながら自分らしく生きられる日本人がたくさん増えればいいなと願っています。
あとがき
人生はがんばりだ!
【インタビュー・あとがき:qbc】
【編集:mii】
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