卜占の自由とデタラメ
ルノルマンカードを調べて思ったのは、卜占は自由でありデタラメだということ。
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ルノルマンカードに振られた番号は意味がない。
ルノルマンというトランプ占いの名手が18世紀フランスにいたらしいが、ルノルマンカードとは直接関係なく、単にカード製作会社が当時の有名人から箔付けに名前を借用しただけらしい。
それを後世の人間が無批判に受け継ぎ、有り難がってるのが現状のようだ。
何とも馬鹿馬鹿しい話だ。
しかしグランタブローという手法のように占う側が意味を規定すればデタラメな数字も効果を持つ。
イワシの頭も信心と言うがその通りで、信念(思い込み)は少なくとも卜占の世界でルールを作る。
牛を神聖視する宗教信者が牛のカードを読めば神聖な意味を持つし、猿を聖獣とする宗教なら猿がラッキーカードになる。
逆も然り。
この世には運命システムがあるが、それは作った製作者(神と呼んでも良いが施設管理者や牧場主に近い)がいるからだ。
その存在は四元素など基本ルールを規定したが、それは占星術や数理に表れている。
一方で人の中の神性、思念力にもルールを規定する力があり、それは卜占で顕著となる。
だから馬鹿な製作会社がデタラメなルールを卜占に持ち込んでもちゃんと機能する。
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グランタブローというスプレッド(展開法)もただ36枚全てを使ったスプレッドを作りたかっただけで機能性に乏しいと思われるが、複雑性や難易度を上げることでもっともらしさを受け手に印象付けられるなら製作者の狙い通りなのだろう。
それで的中率が上がるかは関係ないが、低く見られがちな卜占の、それも歴史の浅いルノルマンならハッタリも必要なのだろう。
ルノルマンという名前もハッタリ。
数字の並びもデタラメ。
グランタブローも虚仮威し。
それでも占い師の霊感直感が本物なら当たるのが卜占だ。
凄いのは人の思念力であって道具ではない、ということを押さえておけば何でもありが卜占。
石でも骨でも棒切れでも占える最弱にして最強の占法。
そこが卜占の面白いところであり、馬鹿馬鹿しい面でもある。
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グランタブローの並びを四元素で表すと、
男性的吉相❤️
女性的吉相💛
中立💙
凶相🖤
1,2,3,4,5,6,7,8,
💙💛❤️❤️💛🖤🖤🖤
9,10,11,12,13,14,15,16,
💛💙🖤💙💛🖤❤️❤️
17,18,19,20,21,22,23,24,
💙💙🖤💙🖤💙🖤💛
25,26,27,28,29,30,31,32,
💛💙💙❤️💛💛❤️💛
33,34,35,36
❤️❤️❤️🖤
または、
1,2,3,4,5,6,7,8,9,
💙💛❤️❤️💛🖤🖤🖤💛
10,11,12,13,14,15,16,17,18
💙🖤💙💛🖤❤️❤️💙💙
19,20,21,22,23,24,25,26,27,
🖤💙🖤💙🖤💛💛💙💙
28,29,30,31,32,33,34,35,36
❤️💛💛❤️💛❤️❤️❤️🖤
これが敷布としてグランタブロー・シートやマットの名で市販されてるが、誰もおかしいと思わないのだろうか?
私見だがスプレッドは自作してこそ卜占の醍醐味がある。
他人の作ったグランタブローより自分で36枚組の大型スプレッドを作ればいい。
その方が誰よりもそれを理解して実践できる。
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どんな馬鹿にも神性はあり、思念には現実を左右させる力がある。
むしろ馬鹿ほどデタラメなルールを信じ込む集中力が高く、強い霊能を発揮する場合もある。
根性論の根拠はここにある。
馬鹿の念力は馬鹿にできない。
「念力岩をも徹す」は思念の司る霊的世界では厳然たる事実だ。
叶うならば気持ちの良い、痛快な馬鹿になりたいものだ。
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