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[短編]What's up?

ーーシャラン。ーーシャラン。
ーーシャラン。



嗚呼あぁ
耳を済ますと、聞こえる。

シャラン、という鈴の音
そして半拍遅れて、トン、という可愛らしい音が追いかける。
まるで相槌を打つように。

あれは、彼女が階段を降りる音。
下の階で寛くつろぐわたしに向かって、一歩づつ、一歩づつ、近づいてくる音だ。

(………………)

おっと。
彼女の姿を思い浮かべるだけで、ついつい頬が緩んでしまう。

が、しかし。
ここはクールに振舞わなくてはいけない。

少しでも甘い顔を見せてしまえば、彼女は途端にわたしへの興味を失って、目も合わせず脇をするりとすり抜けて行ってしまうだろう。

彼女はとても天邪鬼な性格なんだ。
だから、わざと背を向ける。

けれど、本当は。
今すぐにでも振り向いて、わたしから駆け寄りたい。
近寄って、抱き上げて、黄金色に輝くすべすべの背中を上から下まで心ゆくまで撫でくり回したい。

(………………)

いや、いや、いいや。
ここは我慢。ひたすら我慢だ!

そうすれば彼女の方からわたしに擦り寄ってくるだろう。
どうも彼女はわたしのことが、特別に好きらしいから。



トン、シャンラン
トン、シャランシャラン、シャラン、シャラン…。

(………………)

どうやら階段は降り切ったようだ。


しかし遅い。
なんて遅いんだ。
焦らしやがってーーーーもう耐えられない。



横目でチラリ、チラリ。
本棚の本を探すふりを決め込み、かかとを滑らすようにして私の方から少しづつ距離を縮める。

私がその存在をとっくにこの目に捉えていることを、決して気づかれないように。
その度に、腰を右に左にとくねらせゆったりと歩く、"彼女"の気配を感じながら。



あと4メートル。
あと3メートル。
あと2……

「あらあ、プディン!」

その声がした瞬間、突然視界がホワイトアウトした。

(………………?)

視界はすぐに開けたものの、視線を元に戻すと"彼女"がいない。
あと2メートルまで近づいたはずの"彼女"の姿が、目の前で忽然と消えてしまった!

どういうことだ?



- ミャー

「おはよ、早いわね。優はまだ寝てる?」

- ミャー


「あら、またそれ、2階からくわえてきたの?
プディンたら、本当に気に入ってるのねえ、そのおもちゃ」


- ミャー ミャー


「ふふ、くすぐったいって。
わかったわかった、ママが遊んであげる」


……なんてことだ。
ホワイトアウト、と見紛うたのは白のブラウスを着た妻の背中。


こともあろうか、突如現れた妻がプディンを横取り。
あれほど待ちわびたわたしを差し置いて、彼女のスリスリを、独り占めしているではないか!!!


ああ!
これは悪夢だ!
なんて悪夢!

しかも、その上。


「キャー、プディンってば、すっごいジャンプ!」


彼女は、息子が作った謎の物体を、新体操の選手のようにくるりくるりと振り回す妻に向かって、まるで気が触れたかのごとく飛んだり跳ねたりを繰り返している。

ヒモに鈴を結わえただけの"アレ"は、我を忘れてしまうほど、今、彼女が一番夢中になってるシロモノなのだ。


「キャハハハハ、すごい!すごい!」

- ミャー!



(………………)

女どもは揃いも揃って、わたしの胸の内など一ミリも構おうともしない。


本当なら私が。

挨拶のスリスリをひとしきり堪能し、それから抱き上げて、ゴロゴロ音を聞きながら、思う存分ソフトタッチで愛撫を与え…。

二人きりの濃密な時間を十分に味わってから、アレを使って彼女を狂喜乱舞させる。

そんな朝のひとときを夢見ていたのに。
くそお!


「ん? あら、パパ、いたの?」

「い、いたのって」

「気配がないから気づかなかったわ」


そうだろうよ。
わざわざ、消してましたから。


「しかも、何よその顔。どうかした?」

「顔がーーーどうかしたか?」

「なんだか泣きそうよ? ねー、プディン?」

-ミャー

(………………)


「なあに?今度は抱っこ?
うふふ、ゴロゴロ言ってる。

可愛いわあ、赤ちゃんみたい。
久しぶりに私、おっぱいが出ちゃいそう」


( (゚Д゚)━━━━ !!!!! )


「うっとりしちゃって。
プディンはママのこと、一番好きだもんね」

(は?)

「いや、それはお前が一番丸っこ・・・」

「あ母様!!! お言葉ですが」


わたしが妻の幸福な勘違いを正そうと口を開いたところで、甲高い少年の声がそれを打ち消した。


「プディンが一番懐いてるのは僕です。
なんせ、一緒に寝てるんですから。
間違いありません」


「何よう、優ってば。
プディンより遅く起きてきて、いきなりヤキモチなんて!
優は勝手ねえ、プディン?
よしよし、そうよね、ママがいちばんよね!」


「いえ、違います、僕です」


「なんなんだよ、お前たち、その低レベルな争いは。
駄々っ子みたいで見苦しいぞ。
なあ、プディン?」


- ミャー


「よしよし、パパの方においで。
誰に抱かれても、ホントはパパが一番でちゅよねー?
なープディン、よーちよち……」


「何よ!さっきまでわたしにゴロゴロしてたのに!」


「プディンはパパが一番なの!! 
なあ、プディン、チューしよう、チュー」


- にゃん!!!!!


「いてッ!!!!!
 おいコラ、今パパを噛んだだろう、プディ…」

-フーーーーッ!!!

「ちょっとお、パパ、妙なことしてプディンを怒らせないでよ!」

「妙とは失礼な」

「フーッって言ってたわよ、フーッて!」


「おふたりとも、つまらない喧嘩はおやめください。
そもそも、残念ながら、プディンの一番は僕なんですから」


「それは違う!!!」

「違いません、一緒に寝てるんです。当然です」

「はっ!!!
そういえばパパ、さっき私のこと、丸っこいって言わなかった?!」

「なんで今更……あ、あれは習性についてというか、言葉のあやで……」


「……」

「……」

「……」


Want’s up !ーーーーどうしてる?

わたしは元気にしてる。


愛すべき家族。
愛すべき猫。
愛すべき時間。

愛すべき様々なものに囲まれて・・・。

愛すべき日常を、今日もわたしは生きている。

[Want’s up ! おわり]

★あとがき★
これはコロナ禍の、とある一日の物語。
当時、ブログの読者さんに向けて挨拶がわりに書いたものです。
読んでいただいてありがとうございました。

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