2024年9月4日 「忘れられた日本人」感想
Audibleで、
宮本常一「忘れられた日本人」岩波文庫を聞き終わりましたので、
その感想です。
まごうことなき傑作
数ヶ月前、次は何を読もうかなぁ…とAudibleを検索していた際に、タイトルは知っているけれど、読んだことがないこの本を見つけて、ダウンロードしました。
しばらく他に読むものがあったので、置いてあったのですが、
夏の終わりになって、気になって聞き始めました。
とても良い…、
夏の終わりとこの本は相性が良いです。
終わっていく夏とふるさとそして、ノスタルジー、
生命力と死、
名もなく生きて死ぬこと、
盛りを迎えたもの、そして太陽が弱っていく時期にこの本を読むと
自分の生もこれで良いのだ、と言われているような気がします。
声高に訴える思想などないように思われる、
様々な人々の素朴な語りを
聞いていくうちに、
「生きることはそれ自体でよい」
「崇高な意味などなくてもよい」
ということばが頭に浮かんできます。
今年は「面白い!」と思える本を沢山読みました。
この本もその中の一冊ですが、これは1位2位を争う本です。
読書が苦手な人も、ぜひ、Audibleで聞いてほしい、本です。
内容は、
宮本常一という民俗学者が、自分の足でフィールドワークを行って
土地の高齢者などから聞き取った話を
わかりやすい語り口で書き起こしたものです。
元はもっと、方言で語られているのだと思いますが、ある程度噛み砕いた表現に変えられているような気がします。
語りをもとにした本ですから、書物を音読してくれるAudibleとは非常に相性が良く
聞きやすいです。
地方で生き、地方で死んでいった人々の語りが、すうっと頭の中に入ってきます。
多様な記述スタイル
「忘れられた日本人」には、たくさんの話が収録されています。
その記述スタイルは多様です。
座談会をそのまま記録したような文章、聞き書き、寄稿文、偉人伝のようなもの、などがあります。
雑多なスタイルが集められた本なのですが、
全体としてはちゃんとまとまりがあり、
またその記述スタイルの変更が読者を混乱させることはありません。
むしろ、それぞれの内容に相応しいスタイルにしてあるのだろうと感じいります。
宮本常一という人は、ひとの語りを最も魅力的に記載する特別な力があったのでしょう。
遠くで誰かが会話している、のではなく、
目の前で自分に向かって話している「あなた」を感じられる筆致です。
前時代と地方に対する無知を知る
明治時代、そしてそれより前の幕末時代、しかも京阪や東京でない場所と聞くと、
どれほど田舎で、いかなる未開の地で、どれだけ人々は苦難の日々を送っていただろうと考えていたのですが、
宮本常一のフィールドワークの記録は、そう言った思い込みを鮮やかに晴らしてくれます。
令和の現代よりある面ではずっと民主的ではないかと思われる寄り合いの様子、
座談会で語られる嫁姑の関係(嫁いじめより姑いじめの方が多い、嫁に自分の意向を押し付けてはならぬ)、
若い娘が嫁入り前に都会へ奉公に行く話、
いずれも想像もしたことがなかった、
地方の人々の、ありようでした。
文字を知らず、貧しくとも、明るくたくましく生きた人々を知ることができ、
とても驚くと同時に、嬉しく思いました。
その嬉しさというのは、人間の可能性に対する喜びです。
宮本常一というひと
著者である、宮本常一という民俗学者にも、強く興味をひかれました。
宮本常一は、アカデミックな民俗学者であった柳田國男や折口信夫とは少し異なり、農業指導をし、村おこしなどにも携わりながら、フィールドワークをした民俗学者です。
検索して、出てくる写真はどれも笑っている写真です。こちらを見て、明るく笑っています。親しみやすい雰囲気のおじさんです。
きっと人たらし、人の懐に飛び込むことができる人だったのだと思います。
実際にあったら、その陽の気配に圧倒されてしまい、怖く感じそうですし、
女性観については、喧嘩もするだろうなぁと思うのですが、
それでも宮本常一の著作の力には惹かれます。
三角寛という、サンカと呼ばれた、日本における放浪民族について書いた作家がいますが、
この三角寛よりは、外連味がなく、誠実な印象です。
三角寛の著作は、フィールドワークに基づいて書かれたような体裁ですが、ほぼ、創作だと言われています。冒険小説、犯罪小説のようなタッチでもあり、読み物としては面白いのですが、「サンカの人々」を自分とは異なる人々として眺めている印象が強いのです。
とはいえ、宮本常一の代表作、「土佐源氏」もフィールドワークそのままではなくて、宮本常一による手を加えられていると言う話もあります。
ただ、それでも、宮本常一の眼差しには、名もなき人の連帯感と尊敬が含まれていて、
「土佐源氏」の馬喰(ばくろう/牛の売り買いをする職業)も、異端の人、異界の人というよりは、
どこかチャーミングで、彼なりの知恵や経験を持った人として、描かれています。
こう言う眼差しを持って、「話を聞かせてください」と来られたら、きっと、多くの人は断れなかっただろうと思います。
誰だって、尊敬を持って話を聞かれたいと思うものでしょうから。
また、宮本常一は、存命中に、すでに、「調査される側の迷惑」についても、指摘し、論じていたらしく、先見の明があることだなぁとも思っています。
もっと読みたい、宮本常一
宮本常一は多くの著作や膨大な資料を残しているそうなのですが、
Audibleになっているのは、この「忘れられた日本人」のみのようです。
大変残念。
本で読むのも良いけれど、朗読の良さもある著作が多いと思うのです。
せめて「海に生きる人々」くらいはAudible化されないものでしょうか。
無理かなぁ。
しばらくは民俗学の本を聞きたい気分なので、他の著者の物を探すことにします。
いいなと思ったら応援しよう!
気に入ったら、サポートお願いします。いただいたサポートは、書籍費に使わせていただきます。