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飛行機が迷いなく進む空の上、わたしは今日も迷子です

かれこれ3か月ぶりぐらいにnoteを書く。内から湧き出るものはあれど、謎に「まあ、人様に見られる場に書くことでもないか」と考えてしまい、そうこうしているうちに何を書いたらいいのかわからなくなった。

じゃあなぜ今書いているのかというと、久々のフライトが通路側の席で、景色を見ることもなく暇だったからだ。

AIの台頭でライターの仕事が激減している、お先真っ暗だ不安しかない!

……とか。

自分で仕事をつくれるライターになるのが生き残りの秘訣だ!

……とかとか。

ただでさえ己の体力と精神力の衰えに振り回され、おまけに社会情勢とか物価高に不安を駆られまくっている弱っちい人間だ。そんなメンタルおぼろ豆腐人間が業界的なアレコレを浴びて無事なわけはなく、「無ー理ーっ!!」と悲鳴をあげている。

いやほんと、その通りですね、ぐうの音も出ませんと思うことだらけなんだけど、経営とか、ビジネスとか、戦略とか、本当に向いていなくて、めそっとしている。マネタイズを考えることが苦手すぎるのだ。

自分の強みや良さだって、歴10年目の今もなおわからない。自分にできることがあらゆる人にもできるとまでは思わないけれど、同業者であれば誰でもできるんじゃなかろうか、なんてそんなことを思ったりもする。これはもう、ネガティブ蟻地獄に囚われたアリだ。

公私ともにいろいろな仕事をしている人の話を聴く機会がある。会社員、公務員、自営業、フリーランス、いろいろな人がいる。話を聴くたび「すごいなあ、励まされるなあ」と思いながら、「わたしには何ができるんだ」と迷路に迷い込む。

確固たる「これがやりたい!」の段階から、もう数年ぐらい迷子なんですよ。自分のできること、持ちうる力で、人の役に立ったり、喜んでもらえたりすることができて、食べていければ、それでいい。……いや、それがわたしにとって十分すぎるくらい幸せなのだと思う。もし叶うのであれば、少しでもおだやかに生きやすい世の中になる一助となれたらいいな、くらいで。

今年で、わたしは39歳になる。母親であり、ライターとしても同じくらいの歴の友人(とわたしは思っている)に「30代でやっておけばいいことってある?」と尋ねたところ、特に「これが」というものはないようだった。まあ、29と30との差も、結局のところ毎年迎える誕生日と大差なかったもんな。なんだかんだ、ぬるっと四十路を迎えるのだろう。

とは、いえ。現状もだもだウダウダしているだけとはいえ、「このままじゃ良くないのではないでしょうか、自分」という思いは確かにあって。何も今の仕事に限らなくてもいいので、思い詰めず考えたいものだなあ、と思うのだ。

飛行機は、行き先が決まっているから遭難することなく目的地に着く。わたしは到底飛べないなあ。だって、向かいたい先がわからないのだ。せめて迷っても大事故にならない徒歩で進もう。飛行機はまもなく着陸態勢に入るという。今日はフライト日和です。

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卯岡若菜 お読みいただきありがとうございます。サポートいただけました暁には、金銭に直結しない創作・書きたいことを書き続ける励みにさせていただきます。