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【AOE2DE】手持ち文明の戦術メモ(1)ポルトガル

アリーナ過大・相手ランダム文明で練習していると、とくに1vs1の時はAIが的確なアンチユニットを出してきてくれるので参考になる……という話。

具体例1) ポルトガルで重石弓のとき、相手ペルシアだとサヴァールが出る。矛には砲撃手や散兵。対してこちらが散兵を出すとやっぱり騎乗ユニットで蹂躙される…… どうしたらいいんだろうね。
具体例2) ヒンドゥスタンで帝王即砲撃手を出したら、相手クメールがバトルエレファントをもりもり出して蹂躙された。矛を出したらやっぱり散兵が出てくる。これは文明見て初手ラクダにすべきだったのは後から分かった。
……という失敗を踏まえて、自分の手持ち文明からピックアップして分析してみようと思う。第1回はポルトガル
2025/7/1追記 最近のテンプレートに合わせて改稿。


ポルトガルの文明特性と基本戦術

ポルトガルの最大のボーナスはユニットの金コスト削減(-20%)。従って(重)石弓、聖職者や兵器のほか、砲撃手/大砲などの火薬ユニットが有利。ついで研究時間短縮と、果実の収穫時に追加で木を得られる。これを生かして序盤に安価な射手/石弓~投石機、ユニークユニットのオルガン砲などを出しつつ、帝王で火薬ユニットにシフト……というのが基本戦術。騎乗ユニットには金コスト削減以外には特にボーナスがないとはいえ、準主力として使っても良い。
即帝王など内政細めで帝王inした場合や、木が尽きやすい海マップなどではフェイトリア(350G300S)を建てて資源を確保、人口が圧迫される分は砲台などでしのぐ路線もある。海戦は普通に強いがランクマでめったに引かないので今回は割愛。

ユニークユニットと天敵

ユニークユニットのオルガン砲(80W56G、文明ボーナス適用後のコスト)は複数の弾丸を放つ鈍足の火薬ユニット。訓練時間は25秒(EL 21秒)。2025年8月アプデで射程6に変更される予定だったがキャンセルされた。城主でTCをノーリスクで攻撃できてしまうのは強すぎたためだろう。EL化(1200F500G)でHP+20、攻撃力+2射程+1。帝王では攻囲技術で射程さらに+1を優先するか、他の兵器や砲撃手に切り替えるほうが良いかもしれない。天敵は、贖い入り聖職者、投石機や破城槌。また、少数なら騎乗ユニットで接近すれば良い。歩兵や散兵はいい的である。(重)石弓は数しだい。

また、城主の時代以降に港からキャラベル船(90W35G、文明ボーナス適用後のコスト)を生産可能。大型ガレー船(90W24G、同)に比べ金コスト+11だがアップグレード不要ですぐ出せて、射撃がスコーピオンのように貫通する。海戦には深くは触れないが、これを主力としても差し支えない。ELキャラベル船へのアップグレードコスト700F525G。

内政面

果実を収穫する人が食料に加えて木材(3分の1相当)を生産。果実の木は通常125x6マスなので、収穫し終えるまでに木材250を得る。内政ボーナスはこれだけだが、後述の金コスト関連が実質的な内政ボーナスである。

テクと出せないユニットのメモ

鉄工所テク

鉄工所テクは3兵種3段階全て研究可能。

文明ボーナス

全ユニットの金コストが-20%。騎士、石弓どちらに進んでも強いし、兵器や聖職者、更には軍船や交易ユニットまで安価になる。仮にゲーム全体を通じて(アップグレード費用を除き)金10,000をユニット生産に費やすとすれば金2,000に相当するボーナスであり破格。
帝王の時代にフェイトリア(350G300S)を建設可能。これは農民約7人分の資源(4種のミックス)を持続的に生み出す代わりに人口枠20を消費する建物。終盤に金や石(、木材)が無尽蔵に得られるのは、マップの種類によっては最強のメリットになりうる。
軍船のHPが領主/城主/帝王で+10/15/20%。

チーム ボーナス: 技術の研究速度が+25%
1.25倍=2割引の時間で終了。例えば機織り(通常25秒)が20秒で研究可能。

ユニークテクノロジー

城主ユニテク: 世界一周航海(250F150W)、40秒
マップ全体が開拓済みになり、船の建造速度+33%

旧ユニテク: キャラック船(200W300G)
軍艦の近接防御/射程防御各+1。キャラベル船の防御力が若干低いのでその穴埋めと思われる。陸マップでは無関係。

帝王ユニテク: 火縄銃(700F400G)
火薬ユニットに弾道学が適用される。オルガン砲の他、大砲や砲撃手が安価な上に命中度が高いのは有用。また、キャノンガリオン船や砲台にも適用される。

出せないユニット・使用不可テクノロジー

戦士小屋: 従士(武者修行)なしのため移動速度↓ ただし近衛剣士・矛槍兵まで出せてギャンベゾンも乗る。
馬小屋: ハサー、近衛騎士アップグレード不可。ただし血統・繁殖はあり。フルアップ騎兵重騎士が出るのだから、ガチの馬文明以外の相手には使っても良さそう。
弓小屋: 重弓騎兵なし。パルティアン戦術もなし。金ユニットが安価なので重石弓、砲撃手は便利に使える。
兵器小屋: ラムと投石機が1段階ずつ上がるだけ。ヘビスコもなし。大砲と、歩兵対策にはオルガン砲や砲撃手をしっかり出せということだろう。
'24年10月追記: Update 125283でオルガン砲の作成時間が21秒→25秒になり若干弱体化(EL化で21秒になる)。
学問所: 狭間が研究不可。
海軍: 文明ボーナスで船のHP+10/15/20%と金コスト削減があるためかなりの強文明。帝王ユニテクで訓練速度33%アップ(75%の時間で育成できる)。高速火炎船へのアップグレード不可。造船技術、焼夷兵器が研究不可。
'24年10月アップデートでキャラベル船の建造時間が短縮され、使いやすくなった。'26年2月、爆破工作船系統を失った。

戦績

2026/2/16加筆: チーム戦では172勝152敗。勝ち星が積み上がっているように見えて、内実は不戦勝が多い。詳細は割愛。対ポルトガル入りチームでは66勝71敗。

2024/4/6~2025/1/27までの統計。チーム戦97回のうちゲーム成立した83戦で41勝42敗(他に不戦勝12、不戦敗2、ゲーム不成立1)。前衛ポジション68回、後衛ポジション9回、遊牧系6回。アリーナは22戦して9勝13敗と相変わらず。ただし7月以降の5勝7敗のうち、自責の負けは1敗のみ、劣勢で逆サイに勝ってもらったのは2勝なので自サイドの態勢維持には成功しているか……? アリーナ以外のオープンマップや大森林でも自責の負けや自サイド劣勢のパターンは減少傾向。

2024/4/3現在:ランクマッチでは93戦した内、86戦(92.5%)が前衛なので、これを重点的に取り上げる。切断等をno game扱いにして除外した76戦について見ると、戦績は42勝34敗。アリーナが過半数を占める39戦で17勝22敗。アリーナ+大森林+隠れ家だと27勝30敗。オープン/セミオープンマップで14勝4敗と大きく勝ち越し。海マップは統計をとれるほどの対戦数がない(バルト海で1勝)。アリーナで案外負けている(直近で3勝7敗)ので、ここを改善したい。なお、前衛ではない残り7戦の内訳はアリーナ後衛(4戦全敗)、大森林での後衛(1勝。騎士を出した)、遊牧(勝ち、ほぼ後衛の位置)とアマゾンのトンネル(負け。グレー/前衛だけど配置的には一番奥)。

アリーナでの負けパターン分析

逆サイが負けた例と切断などを除くと、負けパターンは下記の幾つかに当てはまる。

  1. 弓が効かない相手のラッシュ……象、騎士/ラクダ、シュリヴァムシャ騎兵、ハスカールなど

  2. トルコ・ビザンティン等による即帝王~遠投・大砲

  3. 城寄せ失敗

  4. 森を焼いての侵入等の奇策

対策案

まず帝王までに重石弓をしっかり出せるように準備すること。弾道学研究済み、in即小手、化学押し。小屋増設、20体/40体のタイミングを早められるよう練習する。そして文明役割として砲撃手や安価な大砲を出していく。一方で象や騎乗ユニットが出る文明相手には自分も矛を出す準備をする(足が遅いとはいえ)。鉄工所は複数持つこと。象全般には聖職者や投石機も有効なのを覚えておく。
相手前衛が即帝王含みの文明の場合、TRを選択肢にいれる。これは継続練習。城寄せからのオルガン砲Rは現パッチではそこまで強くないので深入りしない。森を焼いてきそうな文明(クメール、ケルト、スラブ他)が相手の場合、自陣内にも前哨を建てる。むやみに自陣内の壁をdelせず、敵陣方面の森を温存する。

オープンマップ前衛・1vs1

オープンマップの場合は、とにかく弓を出しての速攻でポイントを挙げつつ進化。騎士/ラクダ/象が出る文明相手には必ず自前の(長)槍/矛と聖職者を用意すること。終盤は交易は前提としても、金ユニットが安価なぶんだけ余裕を持って戦いたい。石が高くなる前にフェイトリアの活用も。

1vs1の場合は、オープンマップなら同じ考え方で良いかもしれない。上述の通り騎兵/重騎士もまあまあ強いので、相手が散兵を出しそうならためらわず馬小屋を建てていく。
別案として、斥候/騎士で攻め立てて相手が矛を溜めたところで(重)石弓や砲撃手、オルガン砲にスイッチするのはありかも。序盤に余りがちな木をしっかり畑に換えるのがポイント。終盤は荒らしあいよりフェイトリアと砲台を建てて金ユニットを出し続け、じっくり戦うのが良いのかも。
アリーナ1vs1は基本的にはチーム戦前衛の戦い方踏襲で良さそう。

1vs1戦績

2026/2/16加筆: 1vs1で累計21勝16敗
(2025/1/30追記)この記事を出したあと9戦して5勝4敗。アラビアで4勝3敗。領主から城主序盤まで射手(石弓)と(長)槍をしっかり出して防御的に立ち回り、相手の騎士やユニークユニットを撃退できれば勝ち。軍の準備が整わず蹂躙されると負け。はっきりしている。相手が精鋭散兵を出していても、フルアップの重石弓がしっかり出ていればそうそう負けない。(重)騎士・騎兵を投石機/遠投対策等でワンポイントで数体出すのはあり。
別のパターンとして、非・馬文明相手なら斥候~(重)騎士を主力にするのも有力。馬文明相手だと文明ボーナス等で競り負ける。

キャンペーンシナリオ等

フランシスコ・デ・アルメイダのキャンペーン(1476-1519)ではポルトガルの地方領主から大航海時代の主役に躍り出る様子を西アフリカ、アフリカ東岸~インド洋を股にかけてプレイできる。他に、イタリアのスフォルツァでヴェネツィア人に当てられている他、ペルシア~ヒンドゥスタンやビルマ、日本などを舞台にしたシナリオで西欧商人あるいはフランシスコ・デ・アルメイダ本人が登場することも。

参考動画

2024/4/18追記: Heraの動画でも、ポルトガルはアラビアのメタ文明、第3位として紹介されています。

以上です。ご意見、ご感想はツイッターまで

歴史のうんちく

ポルトガル前史

ポルトガル王国(1139-1910)は12世紀のレコンキスタ時代も後半にカスティーリャ王国から独立して誕生。旧く共和制~帝政ローマ時代にはイベリア半島西南部が属州ルシタニアとして統治されていたが、ローマ帝国の崩壊後はゲルマン系のスエビ族ついで西ゴート族が住み着いた。8世紀に入るとベルベル人を主戦力としたムスリム勢力が伸張しピレネー山脈以南を支配。わずかに北西部に逃れた西ゴート系の残存勢力がアストゥリアス王国(後のレオン王国)を建国。ここが10世紀以降のレコンキスタの足がかりとなった。11世紀末に、カスティーリャ=レオン連合王国の王の女婿であったブルゴーニュ家の騎士、アンリ・ド・ブルゴーニュがポルトゥカーレ伯領を与えられた(1094)ことがポルトガル王家の起源。このため、初期のポルトガル王家はボルゴーニャ王朝と呼ばれる。

レコンキスタ

レコンキスタは必ずしも順調ではなく一進一退の永い戦いで、ポルトガルの独立時にはムラービト朝(1040-1147)がイベリア半島南部を占拠していた。上述のアンリの息子であるアフォンソは、1139年にポルトガル南部のオーリッケの戦いでムラービト軍に勝利したのを契機に独立を宣言、王位に就いてアフォンソ1世を称した。その後もムワッヒド朝(1130-1269)への交代やムスリム勢力の内紛に乗じて領土を拡げ、13世紀半ばまでに現在のポルトガルの領域を確保。レコンキスタの完了を待たずに一足早く大西洋の島々やアフリカ沿岸での交易に乗り出すことになる。ブラガ、ポルトといった初期ポルトガル王国の中心都市は山岳によってレオン・カスティーリャ(後にはスペイン)の主要部と隔離されていたため、交通や言語面での独立性が生まれた。国家成立の経緯やスペイン王家との姻戚関係を背景に王位継承権を主張(1383-85)されたり一時的に同君連合(1581-1640)となることがあったものの、在地の貴族らの独立心は旺盛でありポルトガル王政復古戦争によって同君連合は解消されている。

大航海時代

14~15世紀になるとオスマン帝国が興隆し、ビザンティンを滅ぼす(1453)など東部地中海の制海権を握ると高率の関税を課すようになり、代替の交易ルートが模索されていた。ポルトガルのエンリケ航海王子(1394-1460)は自ら外洋に乗り出すことはなかったが、船乗りたちのスポンサーとなって頑丈なキャラック船キャラベル船の開発を助け、遠洋航海が可能になり始めた。これはポルトガルの城主ユニテクやユニークユニットに反映されている。バルトロメウ・ディアスヴァスコ・ダ・ガマといった著名な船乗りがアフリカ南端経由の航路を開拓(1488-98)したのはこの時代。また、フランシスコ・デ・アルメイダは王命により1509年にインド西岸のディーウ沖海戦でムスリム諸勢力の連合艦隊を破り、インドとの直接交易を可能にした。これはキャンペーンシナリオの4戦目で体験可能。その後、ポルトガルの艦隊は東南アジアや遠く日本(種子島)にまで到達している。一方大西洋では、コロンブスの西インド諸島到達(1492)に遅れること数年、カブラルがブラジルに到達。後にこれが「新大陸」であることが確かめられた。スペインがアステカやインカを侵略したのと同様に、ポルトガル人もブラジルにおいて原住民から富を収奪したとされている。マゼランの世界一周航海(1519-22)は、マゼラン当人を含め犠牲も多かった(当初の265名中、帰還できたのは18名)が快挙には違いない。その後、トルデシリャス条約(1494)、サラゴサ条約(1529)等によりスペインとの間で海外植民地の棲み分けが成立。ブラジルがポルトガル語圏、それ以外の中南米諸国がスペイン語圏となったのはこれが一因である。

民族の象徴についてはこちら。
リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔 - Wikipedia

近世~現代

ポルトガルはその後もギニアビサウやアンゴラ、モザンビーク、セイロン島、マラッカ、ティモール島やマカオといった要所を植民地または租借地とすることに成功。交易国家として長く栄えたがイギリスやオランダといった新興国と競合するようになる。18~19世紀のブラジルでの金産出も枯渇すると各地の植民地も次第に独立を志向するようになった。またナポレオン戦争の一環で1801年に侵攻してきたフランス軍に敗北。1808-21年まで一時的にブラジルに宮廷を移すなど動揺が見られる。これを期にブラジル帝国が独立、またポルトガル本国でも王位継承権を巡る内戦から共和主義者が台頭。最終的には1908年に国王・王太子が暗殺されるなどし、1910年の革命により共和国となった。革命後も国政は安定せずクーデターの連続であった。もともと経済学者であったサラザールは1928年に当時のカルモナ大統領に招聘されて財相となり、政治力を発揮して1932年には首相に就任。スペイン内戦後の1939年には首相、蔵相、国防相、外相を兼任する独裁者となり第二次大戦を中立国としてやり過ごす。しかしこの独裁体制は1960年代まで続いてしまい、海外植民地の独立を承認しないなど硬直性が見えてくる。アンゴラやギニアビサウ、モザンビーク等で中ソの支援を受けたゲリラによる独立闘争が続く中、サラザールは1968年に引退。後継のカエターノも1974年の無血革命で退場し、短い軍政のあと1976年に民主化。前後して海外植民地が次々に独立。1987年に中道左派政権が成立してようやく安定した国家運営が期待できるようになったのであった。

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