【AOE2DE】文明別戦術メモ(9)ジョージア
シリーズ第9弾はジョージア。表記揺れ: グルジア(記事末尾参照)。2023年10月末発売のDLC「山中の王族」で、アルメニアとともに実装された新文明。特殊な内政ボーナスや強力なユニークユニットで一気に強文明の仲間入りを果たした。
文明特性と基本戦術
「防衛と騎兵の文明」という説明とは裏腹に、強力な騎乗ユニットで序盤から終盤まで攻撃的に立ち回れる。領主の時代から騎乗ユニットのHPが自然回復し、時代進化ごとに回復量も増す。早くから斥候でのヒットアンドアウェイで持続的に嫌がらせしつつ優勢を取り、進化して騎士やモナスパを多数出すのが必勝法。
モナスパと天敵
ユニークユニットのモナスパ(60F45G)は周囲に同ユニットまたは騎士が7体居るごとに攻撃力が+1(累積可能で、最大+4)。訓練時間は14秒で騎士(30秒)の半分以下。城はぜひ複数建てておいて数を溜めたいユニット。帝王でEL化(1000F700G)、鎧3まで入れれば建物へのボーナスダメージも相俟ってTCもガシガシ割れる。
一方で、相手の(重)石弓の数が溜まっていると基礎HPが低い(70→EL80)ため案外脆い。馬小屋で血統(&繁殖)の研究を早めに済ませておきたい。重石弓に対しては、相手の鎧の入り具合によって当てるか引くかを決定するのが良さそう。天敵は、矛はもちろんだが、ジェノヴァ石弓、ウォーエレファント(ペルシア)、チュートンナイト、ボヤール、レイティス等のユニークユニット群と相性が悪い。騎乗系ユニットにはこちらも矛を出し、ジェノヴァ石弓やチュートンナイト相手には散兵/砲撃手の他、破城投石機やへビスコも一案。
内政面
伐採所及び採掘所の代わりに移動する採集拠点であるラバの荷馬車(20F80W)を使用可能。通称・ラバ車。英: Mule Cart。ラバ車はTCや塔、城、要塞教会等の建物に避難可能で、ダメージを受けていれば駐留時に無償で回復する。
ラバの荷馬車が開始時に1台与えられる。遊牧系マップではTC建造時に1台生成(実装当初は開始時の食料-50が代償だったがそれも無くなった)。これ+建物1つで領主進化を押せるので、序盤の木こり人数をマイナス1~2人で回せる。また、序盤の鹿寄せが省略可能・木こりと金鉱や石が近ければ1つで済ませられるなど活用の余地が広い。MODで1マスのグラフィックに変えるもの(Small Mule Cart等で検索)があり、TheViperなどプロも活用している。
ラバ車で採集可能なもの……木、イノシシや鹿系の狩猟肉、鉱山資源
採集不可能のもの……果実の木、羊系の肉、畑の食糧、魚肉(ただし、これらは一旦遠くの鹿やイノシシ等をクリックして所持する肉の扱いを狩猟肉に変換すればラバ車に格納できる)
クロニクルDLCで登場した牡蠣(金)については未検証。他にラバ車は移動速度の遅い斥候のようにして探索に使えるが、羊系の家畜動物を獲得することはできない。
修道所の代わりに要塞教会(200W)を建設可。その9タイル以内(正方形の効果範囲)にいる町の人の作業速度+10%

※要塞教会はアルメニアと共通の地域固有建物で、修道所(175W)に比べ木のコストが多くかかる代わりに聖職者と農民やラバ車を駐留させることができる。駐留者数に応じて基礎射程4の矢を最大5本まで放つ。TC矢と同じで射程は伸びないため鉄工所/鍛冶場の攻撃テクで射程が伸びるようになった。しかし投石機には弱い。
テクと出せないユニットのメモ
鉄工所テク
鉄工所テクは弓鎧3以外すべて研究可能。
文明ボーナス
騎兵は、領主の時代では毎分5、城主の時代では10、帝王の時代では15HPを回復。これには斥候系統、騎士系統のほか(重)弓騎兵も対象となる。
高所で戦闘時、ユニットと建物のダメージ-15%。タタールの高所ボーナスの逆バージョン。
チーム ボーナス: 建物の修復コストが25%低下
城を修復しながら遠投合戦をするような局面では大いに働く。
ユニークテクノロジー
城主ユニテク: スヴァンの塔(300F200G)
防衛施設の攻撃力+2、塔が複数のユニットを貫通する矢を放つ。交易路や大森林の隘路等に防御塔を複数立てれば鉄壁の守りとなる。TCや要塞教会も強化対象。
帝王ユニテク: アズナウリ騎兵(550F250G)
騎兵ユニットの人口スペースが20%低下。モナスパ、(重)騎士、ハサー、(重)弓騎兵等が合計60体出ていれば12人分削減される計算。ゴートの文明ボーナスに近い。
出せないユニット・使用不可テクノロジー
戦士小屋…… 剣士・槍兵系統がフルアップする。相手が矛やラクダで対抗してきたときに有効。
弓小屋…… 重石弓が出せず、弓懸がない。弓鎧3もないため、重弓騎兵(パルティア戦術つき)が出るとはいえ終盤の主力にはできない。砲撃手は使える。
馬小屋…… 近衛騎士が使用不可だが、ハサー・重騎士ともフルアップする。
兵器小屋…… 大砲以外すべてフルアップ可。
聖職者…… 研究不可なのは償い(敵の聖職者を転向)、啓蒙(信仰の回復速度アップ)のみなので積極的に使って良い水準。要塞教会による内政力アップも逃せない。
学問所…… 火砲学・砲台のみ研究不可。城主ユニテク入りの防御塔はフルアップすればかなり強力。
内政テク…… 木こりテク3(両ひきのこぎり)・金の掘削が研究不可
海軍……乾ドック・カーヴェル船体、造船技術等がなく、キャラック船・重爆破工作船や機動キャノンガリオン船が使えないが、城主までは遜色なく戦える。サイフォン・焼夷兵器なし。詳細は割愛。
キャンペーンシナリオ
タマル女王(在位1184-1213)の半生を扱った全5戦のキャンペーンシナリオがある。語り部のルスダン女王(タマルの娘)はモンゴルに侵攻され降伏した。他にティムール(タタール)やイスマイル(ペルシア)で敵役として登場。
戦績
不戦勝敗を除くと11勝12敗(2024/12/31現在)。特にアリーナや大森林、丘の砦など、安全に内政を温められるマップと相性が良く、負けた対戦でも自サイドは優勢を取れていることが多い。オアシスで結構負けているので要研究。
参考動画
現時点での最強文明の一角であるとHeraもお墨付き。
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歴史のうんちく
ジョージア? グルジア?
Georgia (旧来はGruziyaとも)は歴史上は「グルジア」と呼ばれてきた領域。中世にペルシャ語で使われていた「グルジュ」もしくは「グルジャーン」という呼称がアラビア語などを経由して十字軍時代にヨーロッパへ紹介されたのが由来とされる。13世紀以降に、キリスト教国であるジョージアの守護聖人聖ゲオルギオスの名に結びつけられていった。AOE2DEクライアント内での表記は「グルジア」となっている。しかし、2015年以降は国際情勢を反映して「日本語の国名表記をジョージアとしてほしい」との要請がなされている。また、英語圏では2023年の実装当初から「ジョージア」と発音されていることもあわせ、ゲーム内表記とはズレるが攻略記事内では一貫して「ジョージア」表記を使用する。いっぽう、歴史用語としては「グルジア」と呼ばれた時期についてはそのままグルジア表記を使用。
有史以前~中世以前
現ジョージア南東部のドマニシの洞窟ではユーラシア大陸で最古と想定される180万〜160万年前ごろの原人の化石が発掘されており「ホモ・ゲオルギクス」と命名されている。黒海とカスピ海の間であるカフカース(コーカサス)は小麦の栽培化や金属精錬の発祥地の一つとされる。BCE6世紀以降、黒海に面する西グルジアの地にコルキス王国、BCE4~3世紀にかけては内陸部にイベリア王国が成立した。それぞれ近隣のギリシア植民都市やアケメネス朝ペルシア、セレウコス朝等の影響を受けて発展した。その後、ポントス王国や共和政ローマの支配下に置かれる。キリスト教が興ると(伝承によれば)十二使徒らによる布教が行われたという。アルメニアに続いて4世紀前半にキリスト教を受容。4~5世紀には独自のグルジア文字を考案した。東ローマ、ペルシア、7世紀に勃興したムスリムなど近隣の強国の影響下にあったが、イベリア大公家から出たバグラト3世(英語版wikipedia)が976年にグルジア王国を建国。国名としてのグルジアがようやく登場する。彼は実父、養父からアルメニアとグルジア南西部をそれぞれ継承。首都クタイシに創建したバグラティ大聖堂は民族の象徴のモチーフとなっている。

中近世のグルジア
1089年に即位したダヴィト4世は軍制改革を行ってセルジューク朝に勝利。トビリシを奪還して遷都した他、宗教・学術の振興につとめ「建設王」と呼ばれた。キャンペーンシナリオに登場する女王タマルはその曾孫にあたる。彼女は父親の存命中から共同統治者となっており、その死後1184年から単独の女王となった。当初は反乱が頻発したがこれを鎮圧、背後にいるビザンツ帝国やセルジューク、さらに離婚した夫ユーリーの実家であるウラジーミル大公家(ゲーム内ではブルガリア)との戦いにも勝利する(キャンペーンシナリオの1-2戦目)。折しもアルメニアでは1187年にレヴォン2世(後の大王)が公位を継承。1198-99年に王国に昇格した前後の時期において、タマルはアルメニアの北部を保護下に置いていた(3戦目)。また第4回十字軍(1202‐04)でビザンツ帝国が一旦滅亡した折、タマルから見て甥(妹の子)であるアレクシオス(1世)らによるトレビゾンド帝国建国を助けた(4戦目に登場するサブクエスト)。アイユーブ朝のサラディンとも外交を試みたという。東方の強大な敵であったホラズム・シャー朝やトルクメン人、ゴール朝等の連合軍との決戦に勝利した(5戦目)……というのは流石にちょっと誇大であるが、広大な領域にまたがる汎カフカス帝国を建設した。没後は息子が継承するも、在位10年でモンゴル軍に敗死。娘のルスダン女王が継承したが1243年までにモンゴルに降伏、臣従した。数代にわたる抵抗運動の末、イルハン朝の時に貢税支払いを停止して支配域を回復したが14世紀前半のペスト流行で国力を大きく損なった。14世紀末のティムールの侵攻時に大打撃を受け、1490年に王国は崩壊して3つの王国(後に5つの公国)に分かれた。
近世・近代のコーカサス
同時期のアルメニアと同様、団結を失った旧グルジア領域はオスマン帝国やサファヴィー朝、ロシア帝国の草刈り場となる。18世紀後半に至ってエレクレ2世(英語版wikipedia)がカルトリ・カヘティ王国(グルジア王国)を建国。産業振興に努め大いに発展した。第一次露土戦争ではロシア側で参戦し、オスマン帝国の支配から脱する。しかし18世紀末、ペルシアの新興ガージャール朝に敗北すると1801年にロシアに併合されてしまった。ナポレオン戦争においてロシア軍で活躍したピョートル・バグラチオン将軍はグルジア王家の出身である。19世紀後半~20世紀初にかけて民族運動が高まりを見せる。第一次大戦のカフカース戦線ではロシアはオスマン軍に対し優位にあったが、1917年に二月革命が起きると現地の3民族(グルジア人、アゼルバイジャン人、アルメニア人)が政治権力を執るようになる。3民族は対オスマン講和のため、ザカフカース民主連邦共和国を形成するが、外交的立場の違いから連邦は翌月、早々に解消。ドイツ軍保護下でグルジア民主共和国が独立し、アルメニア・アゼルバイジャン両国との紛争が始まる。両国ともソヴィエト政権化して孤立したグルジアは、1921年2月にグルジア社会主義ソビエト共和国となった。この時の赤軍侵攻(英語版wikipedia)で活躍したのがグルジア人ボリシェヴィキのヨシフ・スターリンや、ベリヤである。スターリンは1922年4月に共産党書記長に任命された。1922年末にザカフカース社会主義連邦ソビエト共和国に編入、ソヴィエト連邦の発足に参加する。スターリンのその後については「ソ連の歴史」になってしまうので割愛。ソ連の政権中枢にはベリヤをはじめ多くのグルジア出身者がいたが、スターリン晩年・没後の粛清や政争により失脚、処刑されたものもまた多かった。
ソ連崩壊前後と冷戦終結後の概観
1970年代からグルジアでも反体制運動が盛んになった。ゴルバチョフ政権のシェワルナゼ外相はグルジア共産党第一書記の出身である。1989年4月の第2次トビリシ事件をきっかけにグルジアの民族運動が加熱。同年11月に行った憲法改正が実質的な主権宣言となった。翌1990年11月に国名を「ジョージア共和国」に改称(1995年から「ジョージア」)。ジョージア国内には少数民族も多く、ソ連邦時代からアブハジア、南オセチア、アジャールという3つの自治地域を抱えていた。ソ連崩壊直後から南オセチア紛争その他、多くの内戦が続発。シェワルナゼ(上述)は「ジョージア市民同盟」を率い1995-2003の間、大統領に就任。親米路線で一貫して国内の安定化に努めたが、失業問題やインフラの貧困、官界の腐敗が蔓延。サーカシビリ率いる野党「ジョージア国民戦線」が不正選挙の追及など勢力を増し2003年に「バラ革命」で政権奪取。2008年にはロシアとの間で再度南オセチア紛争が発生している。2012年の議会選挙では野党の「ジョージアの夢」が勝利し、実業家のイヴァニシヴィリが首相となった。2025年現在でも彼が国内での実質的な権力を握っているとされる。マルグヴェラシヴィリ大統領のもと、ロシアとの関係改善とEU・NATOへの加盟を並行して進めており、情勢は流動的。アブハジアと南オセチアは、2015年時点で事実上、ジョージアより独立状態となっている。
なお2024年末の選挙については国内外から正当性が疑問視されており、7月現在で抗議デモが継続していることを併記しておく。
