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【AOE2DE】文明メモ(48)べトナム

東南アジア文明シリーズ。ベトナム/ヴェトナムは射手やバトルエレファントのHPの高さを活かして正面からの撃ち合い・殴り合いで押し切るのに適している。ユニットの声がうるさいのが玉にキズ。ソンラン、ギェー! 内政ボーナスの恩恵が活かしやすいのと、敵の位置が最初からわかるので初級~中級者向けにオススメ。


文明特性と基本戦術

「射手文明」。とはいいながら最初から射手で行くのは、散兵全盛時代でもあり対策されて戦果を挙げにくい。自分も散兵(+槍)で行くか、あえて斥候でスタートして城主から弓騎兵にスイッチするのも有力(弓騎兵メタ)。ユニークユニットの籐弓兵も強力なので、城が建ち次第そちらにシフトするのが王道。相手が散兵を多く出してきたら、そこでバトルエレファントの数を溜めておいて一気に蹂躙する。他に、騎兵での荒らしや大砲の活用も考えたいところ。

ユニークユニットと天敵

ユニークユニットの籐弓兵(50W45G)は基礎防御力(0/4)で、射手に強いタイプの徒歩射手。(重)石弓と比べ基礎攻撃力が1高く、移動速度も速めだが基礎射程が1短い。訓練時間は16秒。EL化(1000F750G)で基礎防御力(0/6)になるので射手同士で撃ち負けることはない。他にHP+5、攻撃力&射程+1。木コストが高いことに注意。矢羽根系統のアップグレードを早めに入れること。天敵は、騎乗ユニット全般やイーグル系の衝撃歩兵ユニット類。散兵に対しても数が溜まっていると負けるが、その場合にはバトルエレファントに切り替えるのが有力。

また、チームボーナスとして帝王の時代に精鋭散兵から近衛散兵へのアップグレードが使用可能になる。アップグレードコストは300W300G。基礎攻撃力+1により、騎兵系ユニットにダメージが2通るようになるのが大きいという(©Blue Emotion)。他に射程防御+1。

地域ユニットの火槍兵(40W45G)は、30秒ごとに遠隔攻撃をする歩兵。遠距離では石弓や散兵に弱く(槍属性持ち)、接近されると騎乗ユニットに弱い。単独では使い所が難しいユニットと思われたが、数がたまれば強い。剣士系統と混ぜたり、(重)石弓・籐弓兵の肉壁にするのも有力。木と金を消費するのが石弓や兵器と被るが、むしろ内政を変化させずに済むと見るべきか。建物攻撃時には遠隔攻撃が発動しないので、敵ユニットが接近したタイミングで射撃してくれる。
参考動画
Introducing: Fire Lancers! Three Kingdoms Testing | AoE2: DE
How good are Fire Lancers? (new AoE2 unit!)

内政面

内政テクが木材不要で研究でき、研究速度2倍
……木の節約量としては微々たるものだが、木こり系テクや手押し車等が短時間で研究できて資源収集速度がアップするのは大きい。

敵の町の中心がゲーム開始時に見える
……遊牧系マップではかなり有用。他に、チーム戦では索敵不要で自サイドの対面の文明がわかるので作戦が立てやすくなる。

テクと出せないユニットのメモ

文明ボーナス

射手育成所のユニットと火槍兵の HP+20%
……火槍兵もこの恩恵を受ける。半分射程ユニットみたいなものだからだろうか。

徴用が無償・自動
……城が建っていなくても良いのは得。

チーム ボーナス: 帝王の時代に精鋭散兵を近衛散兵へアップグレード可能
上述の通り。*そもそも精鋭散兵をもたないトルコ(オスマン帝国)を除く。

ユニークテクノロジー

城主ユニテク: チャトラ(250F250G)
バトルエレファントのHP+100。基礎HPが250(ELで300)なのでなかなか強力。
帝王ユニテク: 紙幣(550F200W)
木こり農民が金も生み出すようになる(1秒あたり0.022)。木こりが30人いれば、約3分でもとが取れるという(底値で木と肉を売却した場合との比較)。

鉄工所テク

鉄工所テクは高温溶鉱炉(攻撃力の3段階目)のみ研究不可。

出せないユニット・使用不可テクノロジー

戦士小屋……近衛剣士、矛槍兵、(EL)火槍兵が使用できるがギャンベゾンなし。放火・従士は研究可能。
弓小屋……重石弓、先述の近衛散兵、重弓騎兵が使用可能でHP+20%。弓懸はあるがパルティア戦術はない。
馬小屋……騎兵、重騎士、(EL)バトルエレファントが使用可能。血統・繁殖あり。
兵器小屋……強化破城槌、改良型投石機、大砲が使用可能。攻囲技術あり。ヘビスコなし。
聖職者……篤信(移動速度アップ)、贖い、異端等が研究不可なので使い勝手は良くない。バトエレを使うなら帰依は早めに研究したい。
学問所……石工技術・建築学なし。帝王進化したら城壁強化だけでも入れておきたい。
内政テク……先述の通り木コスト不要で研究速度2倍。金の掘削が研究不可
海軍……高速火炎船のみアップグレード不可。造船技術、サイフォン・焼夷兵器なし。詳細は割愛。

戦績・対策

チーム戦では初期に多用しており14勝19敗。対ベトナム入りチーム戦では48勝37敗と勝ち越している。思うに、前衛で射手一本で行くと対策されやすく、後衛として馬・象を担当するには力不足という感じなのだろう。1vs1では2戦して2敗。

キャンペーンシナリオ等

15世紀の後黎朝の建国者、黎利を扱ったキャンペーンシナリオ(1418-1426)全6戦がある他、クメールやマレーのキャンペーンシナリオでも脇役として登場。

参考動画

火槍兵については上述の参考動画も参照。

こちらは6年前の動画だが、火槍兵以外の基本設計は変わっていないので参考にはなる。


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歴史のうんちく

国名の由来は「越南」の現地語読み。史記にも登場する越国の、更に南にある、ということか。綴りに忠実に書くと「ヴィエトナム」となるが、一般的ではないので本記事では一貫して「ベトナム」と書きます。

ベトナム前史

2023年にローマの帰還DLCで初代AOEが再構築された際に、ラックベト(雒越/ラクエツ)が実装された。これは、現代ベトナムにおいて初代AOEが未だに人気を博しており、国民的ビデオゲームとしてプレイされていることも背景にあったという。

ベトナム北部では紀元前3世紀ころから古蜀の亡命王族により建国された甌雒(上述の雒越を包含)、趙佗南越国などを経て中国(前漢~唐)の交趾郡が置かれ、ときに半独立と中国への従属を繰り返しながら10世紀に至る。939年に呉権が初めて完全な独立を達成した後、いくつかの短命王朝が交代。1009年に李公蘊によって建てられた李朝が1054年に国号を大越(ダイベト、Đại Việt)とし、越人王朝としては初めて国王として冊封された。AOE2で登場する「ベトナム」は主にこの北部ベトナムを中心とする大越の歴史である。

なお現ベトナムの中南部にはチャンパ王国(林邑、占城)が独立して15世紀まで存続したが、後黎朝(後述)により1471年に滅亡。残存勢力により16~17世紀にかけて広南国が建てられ、明清に従属する自治領となっていた。後の阮朝の創始者はこの流れを汲んでいる。また、現ベトナム南部には扶南(クメール系)が存在したが、もともと属国であったカンボジアの真臘に7世紀に征服され、その後しばらくはクメール・カンボジア文明の勢力圏であった。のちに西山朝が興って近隣諸勢力と抗争した(後述)。

キャンペーンシナリオ概説

さて、李朝の後を受けた陳朝(1225~1400)は三次にわたるモンゴルの侵攻を撃退した後、チャンパに圧力をかけて属国化を試みるなど勢威さかんであったが、続いた戦乱は国力の疲弊も招いた。折しも皇帝睿宗がチャンパへの親征で戦死すると外戚の黎季犛(後に祖先の姓に改名して胡季犛)が台頭。1400年に簒奪して胡朝を建てるも、永楽帝による介入を招いて1407年に滅亡。北部ベトナムは明の直接支配地となった(第四次北属期)。黎利(レ・ロイ、1385-1433)は後黎朝大越の初代皇帝(在位1428‐33)。1418年に挙兵、明朝に対する反乱を主導した。北ベトナム中部清華(タインホア)の藍山(ラムソン)の豪族で、上述の黎季犛と同姓だが縁戚関係ではなさそう。

1戦目は阮氏、鄭氏の拠点を支援しつつ明の討伐軍を撃退するのが目的。しかし2戦目で史実通り、至霊山において明軍の包囲を受けてしまう。旗揚げ仲間の一人だった黎来(中国語版wikipedia)の犠牲により辛くも脱出に成功。3戦目ではハノイを解放するために山岳部の反乱軍や明軍の脱走兵と共同して明軍を撃退する……のだが、どうも1424年の柵山攻略戦がモチーフと思われる(独自研究)。また、そもそも都市名「ハノイ」は後代の1831年の命名である。4戦目からは宿敵王通将軍が登場。数波にわたる明の遠征軍は早くから遠投投石機も装備しているため、初期陣地の乏しい資源で騎士を出すなどして撃退に大わらわである。陸海の明軍を撃破すればクリア。5戦目は最初から3箇所に拠点を持っており、王通将軍への支援として送られてくる馬車を襲撃しつつ、西方ではラオスを打倒(またはスルー)し、両方向から南方の乂安(ゲアン)の奪回を目指す。英雄ユニットを1体も失わずにクリアするアチーブメントがある。最終6戦目もとにかく敵兵が多い。全力で陣地を構築して槍散兵を溜めてからようやく反撃に転ずることができる。中央の明軍陣地にある城をすべて破壊すればクリア。

かくして黎利は10年間におよぶ抗争の末、明軍を安南から掃討し、ベトナムに独立を取り戻した。1426年に傀儡として陳朝の末裔の天慶帝を皇帝に擁立していた(キャンペーンシナリオはここまで)が、後にこれを殺害。1428年、東都(昇龍、現ハノイ)で皇帝への即位を宣言し後黎朝を開いたのだった。

その後のベトナム

後黎朝は皇位継承争いや皇帝の早逝、隣国チャンパとの争いなどで次第に衰微。16世紀前半に莫朝に禅譲して一旦滅亡。後に再興されるも実権は有力者の阮氏鄭氏に移り、両者は抗争の末に共倒れ。南方から興った西山朝阮恵(元は胡季犛と同じ胡姓)により1789年に滅亡した。しかし、その西山朝も広南阮氏阮福映の反攻により滅亡。阮福映は1802年にベトナム最後の王朝となった阮朝を興すが、19世紀後半になると現ベトナム・ラオス・カンボジアにまたがる広大な領域がフランス領インドシナとして植民地化されることになる。阮朝もその一部として、1945年まで命脈を保ったのだった。

日帝の進駐期と戦後の独立運動や対米抗戦などに踏み込むと終わらないので大胆に割愛。南北に別れて戦ったベトナム戦争の終戦から50年が経ち、形式的には社会主義体制を採りつつも経済的な繁栄を享受し始めている。

ゲームのモチーフ

籐弓兵……籐弓とは本来、籐(ヤシ科の植物)を巻き付けて強度・射程を高めた弓のことである。しかしゲーム内では、威力は強いが射程が短い射手。また、矢に対する防御力が高いので、「籐の笠・装甲を身に着けた弓兵」なのではないかと想像する。

民族の象徴はブットタップ寺(英語版wikipedia)。筆の形をした塔をもつことから、「筆塔寺」と呼ばれ、この現地語読みが「ブットタップ」。ハノイの東方約25km、バクニン省トアンタイン県に位置する。13世紀の創建で、千手千眼観音像をはじめ16~17世紀の作と伝わる木彫の仏像が多数安置されているという。

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