『ヤンキー多発地帯・足立区のたたかう書店員』第7棚
第7棚「ヤンキーの箱船」
——ねぇ……なんかマンガ持ってない?
授業中にこっそりと後ろの席のヤンキー女子が話しかけてきた。
私が通っていた県立高校は普通科と職業科がいくつかあり、職業科の生徒は入学するとどんどんヤンキー化していく。当時、設計計測科という学科に在籍していた。授業内容はほぼ機械科。女子クラス35名ほどで半分はヤンキーぽい。卒業すると、9割が地元の工場に就職する。
いや、正確にいうと当時ヤンキーとは呼んでいなかった。
「ツッパリ」もしくは「スケバン」だ。今で言うと、クラスの「イケてるグループ」なのだろう。
私といえば、頑張って他人とコミュニケーションが取れるようになり、友達もできた頃。でも、ツッパリは嫌いだった。結局は「金持ちの子のワガママ」「群れないと生きていけない」だけとしか思えなかったが、口に出すことはなかった。
今思うと当時、田舎にはめずらしいオタクだった。「オタク」という言葉もまだない頃だ。マンガだったり、深夜ラジオだったり、フォークソングとロック、栗本薫を読むこと、ギター雑誌やバイク雑誌を見ること、レタリングをすること、文通をすること。情報の少ない田舎で、情報に対してはガツガツしても、友達と趣味をわかち合うことはあまりしてこなかった。
ただ、何人かとはマンガの話をしていたので、クラスの中でも「マンガが好きな子」と認識されていたのだろう。
(マンガは持ってるけど……趣味合わないかも……面白くないかもしれないよ)
先生の目を気にしながらコソコソと返事をする私に、眠そうな顔で彼女は答えた。
(マンガだったら何でもいいよ)
私がその時に持っていたマンガは『ノーラの箱船』だった。昭和54年1月に刊行された御厨さと美のSF短編集。彼女の趣味嗜好はわからなかったが、絶対にSFマンガを読むタイプではない。「何でもいい」という彼女に仕方なくコミックスを渡した。「退屈しのぎになればいい」という程度だろうから。
放課後になると彼女はコミックスを返しながら意外な感想を述べた。
「ありがと。面白かったよ」
「え、ホント? どこらへんが?」
「女の子と機械が喋るとこ」
ざっくり過ぎな感想に内心笑ってしまった。
確かに「女の子」と「機械」。作中で「ブラック・ボックス」と呼ばれる大型コンピューターも大枠で分類すると「機械」だ。
機械実習の授業で高校にある大型コンピューターに触る機会があるのに「機械」って……。
(どんだけ授業聞く気がないんだ)
私は内心クスクスと笑ってはいたが、否定はされなかったのでホッとした。
「あ、これ……こないだのお返し」
後日、彼女がぶっきらぼうに私に差し出してきたのは「ギャルズ・ライフ」というギャル向けの雑誌だった。でも、よく見ると雑誌全部ではなくて、何十ページかを切り取って、ホチキスで留めてあった。
「え……何これ?」
「このマンガ、あんた好きそうだと思って、切り取ってきた」
「あ……ありがとう」
それは大島弓子の『四月怪談』だった。まだ、単行本化される前のこと。
やはり昭和54年の出来事だ。
のちにそのマンガは実写映画化されるほどの人気を博すが、当時、大島弓子のマンガが何故「ギャルズ・ライフ」に掲載されていたのかちょっと不思議だった。だが、そのお陰で、ヤンキー女子から私の手元に渡ってくることになるのだ。これまた不思議なご縁を感じる。
その数カ月後、彼女……虎本香代子は突然、亡くなってしまった。登山部の部活中に滑落して……。葬儀前に彼女の自宅へ同級生数名で訪ね、ご遺体に別れを告げてきた。元々、美人だったが安らかに眠る顔もきれいだった。帰りの電車から見える立山連峰を見ながら脳内で荒井由実の「ひこうき雲」が流れる。
——あの子は箱船に乗ったのかな?
(バイバイ、虎ちゃん)
高校時代のヤンキーとの思い出はちょっとだけ美しい。
ところが現在、ブックスあだち無双店にやって来る元ヤンはこれっぽっちも美しくない。それどころかかなりタチが悪い。
(おまえら、ヤンキー卒業して丸くなったんじゃないのか!)
「だからよぉ、コンピューターの本って何買えばいいんだ?」
「お客様は何をお持ちですか? それによってマニュアル本は違いますので」
「マニュアル? それ何だ? そんなのいらねーよ。オレはパソコンの本を探してるんだ。パソコンってパーソナルコンピューターなんだろ?略してパソコン。オレ、知ってんだぜ。頭いいだろー」
「お客様のお持ちのパソコンは何ですか? それによって本は違います。それから、パソコンで何がしたいかでも見る本が変わります」
「知らねーよ。パソコンはパソコンだろう!」
「ウィンドウズですか? それともMacOSですか?」
「何ワケわかんねーこと言ってんだよ。バカにしやがって!」
「バカにしてませんよ。パソコンによって違いますし、載せられるアプリケーションやソフトウェア専用のマニュアル本もありますし、周辺機器の本もあるんです」
「シューヘンキキ? 難しい専門用語使うな! ナメやがって!」
「ナメてません。お客様の持っているパソコンやOSのバージョンやパソコンを使ってやりたいことをピンポイントで調べて出直してください!」
「うるせーバカヤロー! 二度と来るかっ!」
(ああ、もう来なくていいぜ。唐変木のトンチキ野郎め)
元ヤンとやり取りすると息が上がる。かなり体力を使うのだ。
(ヤンキーもしくは元ヤン相手の接客って何が正解なんだろう?)
接客といえば、駅ビルの接客講習会に出席したことがある。
駅ビルに入っている各テナントから1名ずつ出席させ、集める。そこに講師として元大手航空会社のCAが出向いてきて接客のイロハを教えてくれる接客講習会だという。
オタク店長に頼まれ、渋々出席した。なにせ、他の書店員はこの講習会に出席済みだったり、理由を付けてみんな逃げ回っているからだ。最近、面倒臭いことは私に回ってくる率が高い。
でも、接客のプロの講習会にちょっとだけ興味があった。
ところが、いざ参加してみると、講習会で具体的な接客について教えてくれず、基本的な接客についての座学だった。これではみんな眠くなるだろう。
「それでは、この中で、5W1Hを知ってるという方は挙手をお願いします」
講師の女性がにこやかに促す。
まわりを見回すと、講習を受けている約30人のうち、挙手しているのは私を含め3名だった。参加者たちは外見的に元ヤンかどうかはわからないし、足立区に住んでいる人が全員「元ヤン」という思い込みは乱暴すぎる。
だが、非常に驚いた。「5W1H」って誰でも知っていることじゃないんだ。
大学入試経験もなく、薄〜い学歴しかない(あえて低いとは言わない)私でさえ知っているからみんな知っているものだと思い込んでいた。
バカにはしないが疑問が湧いてくる。
(みんな、わからないことは「知りたい」と思わないのかな?)
(一つ、わかったら「もっと知りたい」と考えないのかな?)
学校の勉強が好きな人と、勉強は嫌いじゃないけど学校は嫌いな人。
本を読みたい人と、本なんか読みたくないと毛嫌いする人。
(いろんな人がいるなぁ、本当に)
居眠りする人が多い講習会で、「声が大きくてハキハキしていますね」と元CAの講師に褒められた。
うーむ。やはり声の大きさだけか。
これでは元ヤンのことは何も言えない。
褒められポイントが元ヤンとほぼ同じではないか……。
ふと、虎ちゃんがクスッと笑った気がした。
——ふわふわと空に浮く箱船に乗って……。
(第7棚「ヤンキーの箱船」了)
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星の数ほどいるクリエイターの中から私を見つけて、読んでくれて、ありがとう。一人暮らしで、還暦を超えたクリエイター。まだ何も成し遂げていません。でも、将来の目標ができました。そのためにこれから芸大生(通信教育部)になります。「才能」なんてこれから創り出してみます(笑)。