『ヤンキー多発地帯・足立区のたたかう書店員』第13棚
第13棚「アナログ万引き 〜情報はタダじゃない!」
携帯電話が普及し、スマホが主流となっている現代社会の日常で「デジタル万引き」という言葉を一度ぐらいは耳にしたことがあるだろうか。
書店員になる以前には、本屋さんの店先で、その現場を目撃したことがある。求人情報誌を手に取り、自分の興味のある求人情報だけを得るために写メを撮る男性会社員の姿。近年は求人情報誌はフリーペーパーが主流で、インターネットでも無料で求人情報を見ることができる。
しかし、デジタル万引きを目撃した頃というのは、求人情報誌は有料。彼は一件の求人情報のために丸々一冊分の代金を支払いたくなかったのだろう。
——でも、買えよ!
チンピラみたいなサラリーマンめ! おめーなんか転職しようと思っても面接で受かんねーよ! そんな心持ちじゃ、何やってもうまくいかねーよ!
心の中で罵倒しても、結局は何もできなかった。
目撃した時は書店員でも警察官でもないし、相手の体格が大きかったということもあり、注意できずにただただ嫌な気分になっていた臆病者は私なのだ。
だが、情報誌でもマンガ誌でもデジタル万引きは許せない犯罪だ。そして、今やもう誰もが「犯罪」とわかる行為になった。
では! 「アナログ万引き」という言葉はわかるだろうか。
「いや、普通の万引きに対して『デジタル万引き』という言葉が生まれたんだから、あえてわざわざ『アナログ』とつけるのはおかしい!」
「ご名答! さすが店長! その通りっす!」
首をかしげるオタク店長に私は「我が意を得たり」と声を上げた。
「これは私の造語なんですよ」
「ほう」
しかし、「デジタル万引き」に対して、一周回って「アナログ万引き」という行為が出てきたと思うのだ。
「じゃあ、具体的にどんな行為が『アナログ万引き』になるのかな?」
「わかりました。私が先日目撃した例を二つ挙げましょう」
「もうすぐ休憩時間が終わるから早めにね」
「へいっ」
岡っ引きのような返事をして、私はパイプ椅子に座り直した。
●足立区のおばちゃん(70歳代前半ぐらい)のアナログ万引きの一例
毎日1時間ごとに行う店内巡回中のことだ。書棚の隅っこあたりでしゃがみ込むおばちゃんの後ろ姿を発見した。ここではおばちゃんと呼んではいるがJKから見たら既におばあちゃんのお年頃。
「立ち読み」の回で書いたように「座り読み」は本当に多い。「またかよ……」と半ば呆れながらも注意しようと近づいてみて驚いた。
「え? おばちゃん何してたのっ?」
「店長、聞いててくださいよ」
「あ、ごめん」
そのおばちゃんはなんと!
売り物の「時刻表」を……書き写していたのです!
「マジか? 手書きだよな、もちろん」
「ボールペンで紙切れにね! そんなの初めて見ました。度肝抜かれましたよ!」
「前代未聞だよ……」
私は慌てておばちゃんに注意した。
ここからはおばちゃんと私の攻防戦である。
「お客様、時刻表を書き写すのを止めていただけますか」
「あら、ダメなの?」
「当たり前じゃないですか。これは商品なんです。調べたかったら買っていただけないでしょうか」
「だって、知りたいのはココのページだけなの。他のページはいらないから無駄でしょ。ココだけメモしちゃダメ?」
「ダメに決まってるじゃないですか。いいですか? これは万引きと同じなんですよ」
「あら、そうなの? いいじゃない、ココぐらい。一冊丸ごと盗ったわけじゃないし……」
もう会話が堂々巡りだ。エッシャーのだまし絵「永久機関」ぐらい延々と終わらない。
「お客様……この一冊を作るためにどれだけの会社と人が頑張ったと思ってるんですか。何度も言いますが、これは商品なんです。それを買わずに書き写すのは泥棒と同じですよ!」
「だって、コレ高いでしょ。ココしか要らないし。お金払いたくないからぁ〜」
「お客様、即刻、や・め・て・く・だ・さ・い!」
「おお、怖……はいはい、わかりましたよ」
おばちゃんは「よっこらしょ」と重い腰を上げてくれた。私も「やれやれ」とその場を立ち去り、巡回を続けようと歩き出した。
ところが、何だか嫌な予感がして振り返って再び驚いた。
おばちゃんは元の位置に再びしゃがみ込んで、「時刻表書き写し」を再開しているではないか!
「お客様! 止めてくださいって言いましたよね! 何度言えばわかるんですか。本当に止めてください!」
「あらぁ〜、ダメなの〜お?」
双六でいうと、「ふりだしに戻る」である。発見時に戻ってしまった。
そしてなんと、おばちゃんはこれを3回繰り返したのである。
私は疲れ果ててしまった。
「そんなに買いたくないんだったら、インターネットで検索すればいいじゃないですか。すぐに調べられます」
「タダなの? それ、タダなの? どうやればいいの?」
「家に帰って、お子さんにでも聞いたらどうですか。それもタダですから!」
吐き捨てた私のセリフを聞いて、店長が反応した。
「まぁ、正確にいうとインターネットだってタダじゃないけどね。巡り巡って経済は動いているわけだから」
「その通り! それにしてもはらわた煮えくり返る出来事でしたわ。あのおばちゃん、そのうち何かで捕まりそうな気がしますよ」
「それより魚住さん。ものすごく言ってること正しいけど、対応が怖すぎです」
「へ?」
「そういう時はやっぱり僕を呼んでくださいよ」
「……はーい」
こういうのをやぶ蛇というのであろう。
だが言いたい。
——「時刻表」は情報であり、商品であり、鉄道文化です。ちゃんと購入しましょう、と。
●足立区の高校生のアナログ万引きの一例
次も巡回中に目撃した出来事だ。
彼は雑学・教養・クイズの書棚の前に立っていた。制服ではなかったが年齢的には高校生ぐらいだと思う。駅ビル内にあるブックスあだち無双店には時間調整か暇つぶしで立ち寄っているようだ。
その書棚コーナーに近づいた時には彼は書棚に向って立ち、こちらに背を向けて、スマホで通話していたのだ。
あまりにデカい声だったため、聞こえてきた内容につい足と手が止まった。
「○○はなぜいつも西を向いているでしょうか? シンキングターイム!ブッブー!違げーよ、バーカ! 答えは○○だからだってさ。じゃあ、次の問題いくぞーー!」
(なんだ、これは?)
この、見たことのない行動に一瞬フリーズした。
(立ち読み? いや、立ち読み聞かせ? ちょっと違うな……立ちクイズ?)
「そんなんあるかっ!」
「まぁまぁ店長、最後まで聞いてくださいよ」
私は彼に向って、とても丁寧にやさしく……注意した。
「あの、お客様……本の内容を電話で他人に伝えるのはお止めいただけますか」
「あー、ちょっと待ってー今なんか言われたからさー。何? 何?」
(電話でそのまま話すんかいっ!)
もう一度、私は同じ事を繰り返した。すると……。
「え〜、今ぁ〜怒られちゃったぁ〜。万引きしたわけでもないのに電話で本を読むのもダメなんだってさ〜」
「お客様、お友達と本の内容を共有するのなら、その本を買ってからにしていただけませんか」
「え〜怖〜い! 立ち読みしただけなのに怒られちゃってるよオレ〜。盗ったわけでじゃないのにさー。お前も謝ってくれよお」
「物としての本は盗んでいないかもしれませんが、あなたは今、その本に書いてある情報を盗んだんですよ」
「何言ってんのコイツ〜」
「お客様、情報はタダではございません!」
「なんか〜本屋のうるせーババアがワケわかんねー!」
彼はゲラゲラと通話しながらブックスあだち無双店を出て行ってしまった。
彼のような感覚でいると、犯罪を犯している意識もなく遠隔でカンニングをしそうである。
(紙の神様の天罰が下って、トイレに入ったら毎回「紙がない」状態に陥るがよい!)
私の言う天罰はこればっかりだ。
「うーん、危険ですね」
「でしょう? ひどいアナログ万引きですよね?」
「危険なのは魚住さんのことですよ」
「はい?」
「さっきのおばちゃんのは仕方ないとはいえ、クイズ出題のアナログ万引きは無視するべき案件ですよ」
「ええー!」
「何かあったらどうするんですか。本が盗まれたわけでも破かれたわけでもないし、知らん顔して通り過ぎてもよかったんですよ」
……しまった。
これもやぶ蛇だったのか……。
「魚住さんは間違ったことは言ってないんですけどね。その、本に対する愛情からくる正義感は非常に危険です。何かあってからでは遅いですからね。僕に早く報告してくださいよ」
オタク店長、優しいじゃん。
(第13棚「アナログ万引き 〜情報はタダじゃない!」了)
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星の数ほどいるクリエイターの中から私を見つけて、読んでくれて、ありがとう。一人暮らしで、還暦を超えたクリエイター。まだ何も成し遂げていません。でも、将来の目標ができました。そのためにこれから芸大生(通信教育部)になります。「才能」なんてこれから創り出してみます(笑)。